灯台のない夜の港は、昼の賑わいとは裏腹に波と風だけがさざめく静かな世界だ。
人も動物も、がらんとしたコンテナの森に好き好んで立ち入ろうとはしない。
ごくたまに、表に出せない犯罪行為を成立させようと裏の人間達が集まるくらいである。
だから、悪魔が出現した事も、悪魔を倒そうとする者達が居ることも、人々は知らないでいられる。
自分達の生殺与奪が、知らず知らずの内に彼女達の様な退魔集団に託されていることも・・・。
?「こちら、コードネーム『烈火』。『鉄槌』と共に現地に到着した」
長いピンク色の髪を頭の後で縛った女騎士が張りのある声で携帯電話に話しかける。
どうにも危なげな手つきからするに、機械にはあまり強くないらしい。
その隣で、子どもと見紛うような幼い少女が、手に持った不釣り合いなほど巨大なハンマーを肩に担ぎ直した。
こちらも、相方の得手不得手を知っているのか、騎士姿の女性を不安そうに見つめていた。
軽装の鎧にゴスロリ服、恰好こそ倉庫街には不似合いだが、眼光の奥に秘めている凄みはもっとそぐわない。
纏う雰囲気は、命を盾に生き残ってきた、数多くの命を葬ってきた者のみが持つ本物の殺気。
平和な日本にいるはずのない戦場帰りのそれである。
?「私の方でも把握したわ。すごい魔力反応が二つ、かなりの大物ね」
鉄槌「魔王クラスでも戦ってんのか? 手こずりそうだな。目標の様子は?」
烈火「待て、今探ってみる」
現場と目された場所に近づけば近づくほど伝わってくる魔力同士がぶつかる感覚。
その大きさに比例して緊張感も増していく。
悪魔とは何度も戦ったが、魔王クラスが相手ともなると数えるほどもない。
それも、二体。苦戦は必至だろう。
恐る恐る激戦の舞台となっているだろう倉庫を覗いた女騎士は、あまりに予想外の場面を前に我が目を疑った。
烈火「・・・・・・なんだこれは」
?「どうしたの、シ・・・烈火。何があったの!」
烈火「いや、目標と思われる悪魔が・・・」
?「目標がどうしたの!」
烈火「・・・巨大な女の子に・・・踏みつぶされている」
?「・・・・・・シグナム、あなた疲れてるのよ」
鉄槌「いや、まじだ。あたしにも見える。見ちゃいけないものがはっきり見えてる」
信じてもらえないどころか、逆に心配されてしまう女騎士と、自分の視界を疑う少女。
それももっともな話だろう。
巨人の少女が豹頭の悪魔を潰そうとしているなど、退魔を生業としてきた彼女たちにとっても
ファンタジーにしか思えない光景だったのだから。
題名未定 第2.5話「 盾を取り、槍を高くかざせ 」 後篇
日本の妖怪は一般的に西洋の悪魔に劣るといわれている。
それは名の知れた西洋の悪魔が神に逆らい人間を惑わす存在であるのに対し、
神よりも人間にほど近い日本の妖怪は戦う力を持たないものが多いからだ。
無論、大半がそうであっても全てがそうであるわけではない。
例外として、天狗などの一部の妖怪は西洋の上位悪魔や神に匹敵する力を持っていることがある。
中でも最も有名な例が、日本の妖怪の中でも最強クラスの種族『鬼』であろう。
元が人間だった者、種族として最初から存在した者、祖先は違ってもその大半は他の妖怪を寄せ付けないほどの力を持っている。
まして、マユが呼び出したのは鬼の中でも最上位クラス。
かつて鬼の世界で茨木童子達と並び称され、幻想郷で山の四天王の一角とされた力の萃香だった。
萃香「さあ、どうしたい。西洋妖怪」
オセ『ぐ、ぐぐ・・・』
足元の蟻を踏みつぶそうと力を込める萃香に対し、オセはぺしゃんこにされるまいと両手を広げ、足を突っ張って踏みとどまってた。
子供の体格のまま質量を大きく増大した萃香の巨体は容易に引っ繰り返せるものではない。
かといって、オセの腕力も萃香の増した質量を支えきれないほどではない。
加減を誤ればどう転ぶかわからない状況の中で、両者の力は拮抗していた。
萃香「じゃあ、そろそろもう少し力を入れてみようかねぇ」
オセ『(好機!)オオオォォッ!』
萃香「うわ、わわわっ」
さらなる力を加えようとして僅かに溜めを作ったのがいけなかったのか、オセの全力が徐々に萃香の力を押し返していく。
轟音と地響きと埃を立てながら引っくり返った萃香は、しゅるしゅるとコミカルな擬音をたてて元の大きさに戻ってしまった。
萃香「いててて、あちゃ~巨大化が解けちゃったか。やるね、虎頭」
オセ『私は豹頭だっ!』
お尻をさすりながら起き上がった萃香に、お返しとばかりにオセが二本の剣で切りかかっていく。
しかし、酔っ払ったようなステップで攻撃をかわす萃香の独特の動きはとらえどころがなく、オセの猛攻を全く寄せ付けない。
萃香「す~い、すいっと」
オセ『おのれ、ちょこまかと!』
萃香「悔しかったら、当ててみるんだね~」
オセ『抜かしたな小娘が!』
オセの剣がコンクリートの破片を切り飛ばし萃香の視界を塞ぐ。
土の壁の向こう側から来る見えない剣筋によって、今度こそ萃香も危ういかと思われたが、
萃香はにやりと笑ったかと思うと、血を欲する刃を驚異的な反応速度を発揮し腕の鎖で受け止めた。
まさに五分と五分。速さではオセに、力では萃香に軍配が上がる、総合的には互角の勝負。
にも拘らず、萃香は余裕の態度を崩さない。
萃香「おっとっと、これはちょっと危なかったかな」
オセ『このまま叩き斬ってくれるわ!』
ぎりぎりと鋼鉄がこすれ合い、刀と鎖のつばぜり合いで周辺の大地が割れる。
こすれあった魔力が火花を散らし、そこだけがまるで地獄の写し鏡のようだ。
力と力のぶつかり合いで飛び散る火花を横目で見ながら、マユは傷ついて動くことのできないデスティニーの元へ滑り込んだ。
デスティニーを連れて倉庫から逃げなければ、あの二人の戦いの巻き添えを食らってしまうと考えたのだ。
だが、デスティニーの重量は数百キロ。マユの細腕ではもちあげることすらできない。
方法は一つ。萃香がオセを抑えている僅かな間に、ぼろぼろのデス子を自力で移動できるまでに直しきるしかない。
戦闘力のないマユでは、何が飛んできたとしても致命傷になる。
時間相手の一発勝負、賭け金と報酬は自分とデス子の命だ。
マユ「デス子、待ってて。すぐに下半身を繋ぎ直すから」
デス子「マユ様、わたしを―――」
マユ「見捨ててでも逃げて、とかのべたな泣き事以外なら聞いてあげる」
その一言だけで、デス子はマユが覚悟を決めていることを思い知った。
長く仕えていたおかげで、マユの頑固さは身にしみて分かっている。
ならば、危ないから逃げろなどとくっちゃべって時間を無駄にすることはない。
余計な会話は集中力を乱すノイズにすぎない。カットするべき戯言である。
デス子「一つだけ。メインプログラムは落とさないでください。もう少し、戦いを見ていていたいんです」
マユ「・・・わかった。でも、修理がきつかったら電源を落とすから」
マユ「構いません、お願いします」
自身が全く歯が立たなかった相手が、人知を超えた存在と互角の戦いを繰り広げている。
敗北した身としては色々想うこともあるのだろうと、マユはあえて何も聞かなかった。
デス子(これが戦い。力が絶対の世界。でも、私はその場所に並び立つことも許されなかった)
戦闘において常人以上の知識を持つデスティニーの目から見ても、オセの剣技は人間離れしたものだ。
肉眼でとらえることすら難しい斬撃は、一撃一撃が達人の居合いのごとく鋭く、巨大な質量が振り注いだかのような重さを秘めている。
あれに悪魔としての身体能力等が加わっているのだから、場合によっては戦車ですら真っ二つにできるかもしれない。
そのオセの猛攻を、萃香は先ほどから独特のステップでかわし続けている。
次元が違うと言っていい戦いの様子を見守りながら、デスティニーは新たに芽生えた『悔しさ』という感情を糧に戦闘記録を取り続けた。
デス子(だとしても、このままでは終われない)
彼女は、この時初めての望みを記憶の深くに刻んだ。
プログラムされた感情を超えて、萃香より強くなるという『夢』を機械の心に抱いたのだ。
萃香「頑丈だね。これだけ殴れば普通はぐうの音も出ないんだけど」
オセ『この魔王をそこらの雑魚と一緒にしてもらっては困る(物理耐性があるにもかかわらず、じわじわと削られている。馬鹿力め)』
亜音速に近い速度で剣を振り回しながら、オセは思案を巡らせる。
確かにパワーはこの子鬼の方が遥かに上回っている。
しかし、スピードと手数はオセの方が上だ。純粋に強さのみを比べればほぼ互角だろう。
それでも決定打を浴びせられないのは、他の要因によるものが大きい。
魔界で長く3つの軍団を率いていていたオセだが地上で戦った経験はない。
無論、マグネタイトで一から構成された体で戦うのも初めてである。
満足になじんでいないのだ。
対して、萃香はつい最近まで同格かそれ以上の相手と戦っていたらしく、
動きのキレが格段に高い。
なにより、戦いの前に受けたあの“送還儀式”が一番のネックだった。
生体マグネタイトの大半を奪われたせいで、素早い動きを支えるためのスタミナが著しく低下したのだ。
忌々しい事に、悪あがきにも似た人間の奇襲はじわじわと実を結びつつあった。
オセは追い詰められていた。
だが、追い詰められているだけだ。敗北にはまだ遥かに遠い。
なにより、萃香の独特の動きが読めなくとも、“それごと”なぎ倒せるスキルをオセは身につけている。
萃香「それにしてもぬるいね、西洋妖怪は。馬鹿の一つ覚えみたいに剣を振り回すだけじゃあ、私は倒せないよ」
オセ『ほう・・・これを受けても余裕が続くかな? ヒートウェイブッ!』
ついに、魔王オセは対象全体を攻撃できる剣技系の特技『ヒートウェイブ』を放った。
デスティニーを一撃で破壊した赤い衝撃波の壁が、萃香の小さな体を吹き飛ばさんとして、地面を削りながら迫る。
右にも左にも後ろにも逃げられない。地面の下に潜るには時間が無さ過ぎる。
となれば萃香は飛んで逃げようとするだろう。デスティニーもそうやって逃げようとした。
そして、無謀になった一瞬を見極められ、待ち構えていたオセに空中で切り落とされたのだ。
オセ『(さあ来るがいい、鬼の子よ。斬獲してくれる)』
しかし、眼を塞ぎたくなるような結果が待っていただろうその連携技は、予想に反して萃香には及ばなかった。
小さな体躯が後方に宙返りをして着地したかと思うと、
コンクリートの地面が盛り上がり、付き出てきた巨大な岩塊が『ヒートウェイブ』の衝撃波を遮ったのだ。
岩の塊を砕いた『ヒートウェイブ』だが、威力が弱まった分萃香を切る事はできず、片手で簡単にはじかれてしまう。
自分の背丈と並ぶほどの岩塊が突然せり上がってきた事にオセは驚きを隠せない。
跨ぐでも、受け止めるでもなく、萃香は全く予想していなかった方法であっさりとオセの手の中から逃げ出したのだ。
オセ『マグナス、いやマグダインだと! (しかし、マグナ系は空中に浮かべた岩塊を、
相手の頭上に落下させる技のはずだ。どうなっている?!)』
萃香「地霊―密―。いい攻撃だけど、まだまだ私には届かないかなぁ。さてと・・・」
渾身の一撃は地面に爪痕を残しただけで消えてしまった。
動揺するオセを殴り飛ばそうと今度は萃香が向かって行く。
だが、両腕を広げたままのコミカルな走り方には全く緊張感が感じられない。
おまけに良く見れば足元がふらつき、重心もぐらぐら。
俗に言う、千鳥足ではないか。
萃香「今度は、こっちの番だ~。いっくぞ~!」
オセ(こいつ、まさか・・・酔っ払っているのか)
先ほど飲んだ瓢箪の中身は酒であり、酔っ払ったようなステップでかわしていたのではなく本当に酔っていた。
その事実が、オセのプライドを激しく傷つけた。
魔王とは読んで字のごとく、悪魔を従える王である。
絶大な力を持ち、他の悪魔たちから称えられ、人間が泥水を飲んでいた頃から
神話に名をはせていた、正真正銘頂点に立つ存在である。
その王に対して酒を飲んで戦うなど、これ以上の侮辱はない。
オセ『ふざけているのか貴様はぁ!』
豹に似た顔を憎しみでゆがませながら、マハラギオンを放つオセ。
怒りが乗り移ったかのように炎が青白く輝き、先ほどより何倍も大きな火柱が萃香に迫る。
萃香「お、飛び道具だね。それならこっちも・・・」
萃香は飛んでくる火柱を見て足を止め、両腕を向かい合わせて作った黒い球体をマハラギオンに向けて撃ちはなった。
魔法同士の正面からのぶつかり合いにマユはデスティニーを抱いたまま身を固めるが、その心配は全くの無駄だった。
燃え盛る火柱がすっぽりと黒い球体に飲み込まれてしまったのだ。
マユ「・・・は?」
オセ『馬鹿な。炎が吸い込まれただと!?』
萃香「萃めた花火、そっくり返すよ。―――萃霊花! 」
萃香が合図すると、黒い球体から吸収されたはずの炎の破片がオセに向かって一斉に吐き出された。
オセ『ぐおおぉぉ(巨大化に、大地に、重力。なんなのだ、ヤツの属性は!)』
自分の魔法だった火柱のかけらを避けようとするが、何故かオートで追撃してくる。
何らかの力の干渉を受けているであろうそれを刀で切り落としながら、オセは必死に萃香の能力について考えを巡らせた。
魔界で知られている魔法は五行や四元素などの魔術的な属性を持っている。
そこに住む悪魔たちもそうだ。上位悪魔でない限り、属性に沿った魔法しか覚えられない。
しかし、萃香の能力は根本的に違う全く別系統の力だとオセは感じていた。
先ほどのあれも、相手の攻撃を返すという形は取っていても、反射魔法であるマカラカーンではなかった。そ
の正体がわからなければ、オセに勝ちはない。
オセ(まさかとは思うが・・・)
マユ(間違いない。この鬼の子の能力は・・・)
巨大化、地面の隆起、そして黒い球体・・・。
オセと時を同じくして、マユも限られた情報から疑問を解き明かしつつあった。
萃香「おや、気付いたみたいだね。―――私の『密と疎を操る程度の能力』に」
その言葉を聞いて、オセとマユは戦慄した。
巨大化は周りの質量を自分に集めて、地面の隆起は大地の密度を調節して、黒い球体は
重力を萃めてブラックホールのようなものを作ったのだろう。
オート追撃は、吸い込んだ物体が散っていく力によって跳ね返るときに、
マハラギオンの欠片に自分の魔力を挟みこんで動かしていたのだ。
オセ『(しかし、だとすればあまりにも、あまりにも強力すぎる)』
マユ(どんな生物、物質も密度によって形を保っている。本当にそれを自由にできるのなら・・・)
―――その力は、神にも匹敵しかねない。
萃香「さてと、能力がばれたところでもう一撃行きますか・・・妖鬼―密―」
周囲の空気が萃香の拳に集まっていき、限界を超えて圧縮されたことで熱を持ち始める。
オセは自分が魔王である事も忘れ、純粋に恐怖した。
萃香が本気を出せば、プラズマだろうが、ビームだろうが、幾らでもどこにでも自由自在に作り出せるのだ。
勝てるはずがない。それどころか、勝負にすらなっていない。
今なら、あの余裕も合点がいく。
結果がわかっていたのだから、オセの全力の足掻きはさぞ滑稽に思えただろう。
遊ばれていたと気づいた時、オセは地位も名誉もプライドも捨て去って、心の底から逃げ出したいと思った。
オセ『化け物め!』
オセは、無意識のうちにそう叫んでいた。
萃香「でぇぇいやっと!」
至近距離から繰り出された萃香の拳をオセは何とか避ける。
拳から出た爆炎の塊は地面をがりがりと削りながら直進し、倉庫の壁に当たって大爆発を起こした。
その威力は、マハラギオン以上、アギダイン級かもしれない。
続いてオセの死角から、ひもの付いた瓢箪がハンマーのように側頭部のを狙い撃つ。
これもオセは間一髪、剣で防いだ。
やはりスピードはオセの方が早い。完全に防戦に回ればある程度までは凌ぎきれない事もない。
だが、それがなんだというのか。
反撃は通じないのならば勝負を無駄に引き延ばすだけだ。
現に、カウンターで放ったヒートウェイブは、萃香が自らの能力を使って
体を霧のように霧散させたことでかわされてしまった。
オセは物理攻撃を得意とする魔王だ。相手が霧になってしまっては手が出ない。
しかし、萃香は何を思ったのか絶対に有利なはずの霧化を解いて、オセに真っ向から向かいあった。
オセ『・・・・・・なんのつもりだ』
萃香「本物の鬼ごっこと行きたいところだけどさすがにこれは卑怯臭いしねぇ。
鬼は正々堂々がモットーなのさ」
マユ(よく言うわ。密度を操るなんてチートもいいとこじゃない)
萃香「それに・・・そろそろじゃないかな」
なにが、と言おうとしてオセは自分の体の変調に気が付いた。
刀を持つ腕に力が入らず、立ちくらみが起こったかのように頭がぼんやりと曇る。
この症状は覚えがあった。そう、人間に不覚を取りマグネタイトを大量に失った時と同じ。
気が付けば、オセの中から体を構成している生体マグネタイトが漏れ出していた。
オセ『ぐ・・・まさか、いつの間に・・・』
萃香「攻撃するたびに体から何か漏れ出してたから、試しに散らせてみたけど
その様子だとどうやら命綱だったみたいだね」
全ては萃香の計算通りだった。
オセが気付かないようなタイミングで、気付かないほどの微かな量を少しずつ散らしていたのだ。
そして、必死で戦う意思を繋ぎ止めようとするオセの心中に、止めを刺しかねない言葉が萃香の口からもたらされた。
萃香「でも、負けても仕方ないんじゃない? あんたは、魔王としては格下なんだから」
オセ『・・・!?』
マユ「格下!? あの強さで!?」
萃香「強者は強者を知るなんて気取るつもりはないが、私の戦った西洋妖怪はもっと強かった。
単純に弱体化した分を差し引いても、その力量じゃ私には及ばない」
事実だった。オセは魔王ではあるものの、魔界全体から考えれば真ん中より上。
上の下の位置だ。
もっと恐ろしい事実は、拳を合わせただけでオセの強さを完全に見切った萃香の戦闘経験の豊富さにある。
過去に悪魔と戦った経験があると言うが、事実だとしたら『魔王オセを上回る悪魔』と
競い合っただけの実力者だということになりはしないか。
萃香「悪い事は言わないから、素直に魔界に帰りなよ。帰る手段くらいこのお穣ちゃんが用意してくれるだろうし
意地を張ってまで死ぬ事はない」
オセの力量を見抜いたことで、萃香は戦いに対する熱意を失っていた。
確かに『密と疎を操る程度の能力』を封じればいい勝負にはなったかもしれない。
スタミナ不足で戦いを急いでくれたおかげで萃香がペースを握れたが、冷静に動きを見極めてきたら、もっとずっと苦戦しただろう。
その証拠に、萃香が繰り出した一撃はその全てが僅かに打点をずらされて致命傷に至っていない。
自慢の腕力もオセの物理耐性で威力は半減されていた。
だが、能力を使わないとなると、それはもう萃香の全力とはいえない。
全力で戦えない相手は弱者である。ならば、オセと戦うのは弱い者いじめである。
同格か、自分より強い者との戦いを楽しむ萃香にとって、この戦いは既に享楽から俗事にまでなり下がっていた。
だが、オセは違った。
降伏など端から頭になく、ひたすら萃香を出し抜く術を考えていた。
勝利が不可能と分かった以上、対面などにこだわる必要はもうないのだ。
オセ『・・・(くくく、この期に及んで情けをかけて手を止めるとは感謝の言葉もない。さて、どうしたものか・・・)』
敗北は腹立たしいが、生きてさえいれば屈辱を晴らす事もできると考える者もいるだろう。
地上にまだこれだけの力を持った妖怪がいることを部下や仲魔に知らせなければならないし、
橋頭堡一つ作れなかったとあっては、何のために地上に来たのかわからない。
それも道理だ。
オセ『(だが、それでも・・・。プライドをずたずたにし、散々舐めた態度を取った子鬼に尻尾を振って従うなど、
到底許せる事ではない!)』
どちらが間違っているともいえない。戦いに対する価値観が根本的に違うのだ。
もっとも、この状況でオセが取れる手段は多くはない。
油断なく構える萃香を隙をついて倒すという事は出来なさそうだ。
マユ達を人質にするという手があるが、自分と同じく召喚者を石ころのようにしか思っていない可能性もある。
オセ『(ならば、ここは撤退して体勢を立て直す。この鬼は魔界から仲魔を呼ばずして勝てる相手ではない)』
萃香(殺気が鳴りをひそめた・・・まさか)
萃香が霧化して包み込むよりも早く、オセは一気に倉庫の出口へと向かった。
オセ『降伏は受け入れられない。だが、私も命は惜しいからな』
萃香「尻尾を巻いて逃げる気かい。魔王を名乗る割にはずいぶんと姑息じゃないか」
オセ『どう思ってくれてもかまわんよ。次に会う時にその印象は払拭させてもらおう』
萃香「・・・次、ね。私たちが貴方を逃がすとでも?」
オセ『逃げ切って見せるとも。どの道、貴様らのスピードでは追いつけまい』
萃香(ばれてたか。力で劣っていようと魔王と名乗るだけのことはあるらしいね)
追い詰められていながらも冷静に状況を見極め、最善であろう策に命を賭ける。
魔王オセは、戦士としては萃香に劣っていたかもしれないが、その度量は決して低いものではなかった。
そのことは、だれよりも戦った萃香がよくわかっている。
敗北しようと、追い詰められようと、必ず生き残ろうとする執着。
誇りを捨てようと、名を貶めようと、雪辱を晴らそうとする執念。
軍を率いる将としての器でいえば、萃香を遥かに凌ぐだろう。
オセ『マグネタイトなら人間から幾らでも摂取できる。まさにここは我らにとって食糧庫も同然というわけだ』
萃香「一緒にしないでほしいもんだ。鬼は力のない相手を理由もなく襲うほど下種じゃないよ」
オセ『化け物に大差などないと思うがな。では、そろそろお暇するとしよう』
マユ「駄目、逃がさないで!」
マユが撃を飛ばすが、やはり速さではオセに追いつけない。
倉庫を出た辺りで、萃香はあっけなく見失ってしまった。
マユ「追わないと! でも、まだデス子の復旧が済んでないし」
萃香「・・・いや、案外大丈夫かもしれないよ」
デス子「こちらを探っていた四つの反応の事ですね」
萃香「ふ~ん、それが分かるなんて人間の技術も進歩したもんだね。魔法と大差ないんじゃない?」
マユ「反応? オセを助けなかったってことは悪魔側の増援じゃないってこと?」
萃香「たぶんね。恐らく、あいつを倒しに来た連中だろう。もっとも・・・」
萃香「私たちの味方どうかは、まだわからないけどね」
港の倉庫街から少し離れた建物の陰で、オセはその身を休めていた。
月明かりに照らされたその体は、既にあちこちがスライム状に溶けかけてきている。
デスティニーや萃香と戦ったときのダメージで、体を構成している生体マグネタイトを消耗しすぎたのだ。
オセ『く、体が崩れかけてきている。早く人間からマグネタイトを・・・』
?「やらせねぇよバーカ」
目の前の地面に浮かび上がった影を見て、オセはとっさに身をかわした。
紅い何かが空から降ってきたかと思うと、間髪いれずさっきまで休んでいた場所に攻撃が加えられる。
ハンマーの様な武器で叩かれた地面が、地響きとともにべっこりと凹んでいた。
オセ『おのれ、このタイミングを狙ったか! 悪魔払い(エクソシスト)共!』
?「違うな。我らは主と主の守りたい者を守る『騎士』だっ!」
ハンマーを持った赤い服の少女に気を取られている間に、もう一人剣を抜いた女騎士が背後からオセに切りかかった。
避ける間もなくスライム状になった部分を切り裂かれ、マグネタイトが更にその数を減らす。
体のスライム化が進み、傷口がさらに溶けだしていく。
オセ『グッ、はやク、マグねタいとをはヤくククく』
もはや語呂もはっきりしない呪詛を吐きながら、長髪の女性を弾き飛ばすオセ。
そのパワーは頭が半分溶けかけている分、理性の枷が無くなって上がっているように思える。
?「(崩れかけた肉体でこのパワーか! )シャマル、ザフィーラ、援護を頼む! 捕縛結界を!」
了解したと少し離れた位置から返事が届き、地面から白銀のつららと幾多の鎖が立ち昇って、
オセを封印しようと手足を縛りつけ包み込む。
しかしそれも二本の剣から発する衝撃波によっていとも簡単に粉砕されてしまった。
?「うそ、こんなに簡単に・・・」
オセ『オオオオオァァァッ』
結界生成には自信があったらしく、鎖の紡ぎ手から悲鳴にも近い呟きが漏れ出す。
咆哮を上げるオセだが、結界の破片で死角が出来たことには気づいていない。
攻撃後の隙を突き、少女と女騎士は持ちえる全力の攻撃で挟み打ちを仕掛けた。
オセ『きサマラに・・・キサまらごトキニィ・・・・・』
?「これまでだ、魔王よっ!!」
?「こいつで眠れぇ!」
炎を吹き上げた剣によって胸部を切断され、巨大化したハンマーに腰部を砕かれ、今度こそ魔王オセはその体に致命傷を負った。
引き裂かれた傷口からマグネタイトが際限なく漏れ出してしていき、比例してオセの体が急速に崩れていく。
オセ『グギャアアア・・・アア・・・アアアア・・・オオ・・・ォォォッ』
くずくずにとけていった体は、やがて白い煙をあげながらも縮んでいき、見えなくなっていった。
その様子を見て、魔王の撃破に成功した乱入者達はようやく一息つく。
?「シュツルムファルケンとギガントシュラ―クでようやくかよ。どんだけしぶといんだこいつ」
?「瀕死でこれでは、無傷だったときの強さは考えたくもないな」
?「ほんと、私とザフィーラの二人がかりの結界があんなにあっさり破られるなんて、ちょっと自身無くしちゃいそう」
?「とにかく、今日はもう遅い。彼女たちへの対応はまた後日改めて考えよう」
魔王という圧倒的なカテゴリーを見せつけられて、頭の中にもしもがちらつく。
もしも、オセが無事なままだったら。もしも、理性が残っていたら。
どの推論も、至る結論は同じ。
勝てなかったかもしれないという小さいが消えようのない疼きだ。
?「(あんなものまで出てくるとは。やはり“巨大シャドウの覚醒”と関係があるのか?)それにしても・・・」
手早く確実な勝利だったが、叫ぶには厳しすぎる戦いだった。
思い思いの会話をしながら帰路に就く四つの影。
彼女達が何者なのか。どこの誰の味方なのか。それを知る者はまだ誰もいない。
?「まさか、主はやての教え子である彼女がこの世界に足を踏み入れるとは・・・因果というのずいぶんと酷なものだな」
そこそこ小奇麗な小部屋にいるのは三人の男女。
一人は通信機で遠方の姉妹に話しかけ、残りの二人は、向かいあって言葉を交わしていた。
?「・・・ええ、わかったわ。詳細はモニターしていたから。ううん、無事に帰ってきてくれればそれでいいの。
じゃあ、切るわね」
?「ふむ、失敗したか。君にしては珍しいな、スカリエッティ」
?「なに、あまりうまく行き過ぎても面白くない。多少の失敗も舞台を盛り上げるには必要だ。
次は取り戻して見せるさ」
?「・・・いや、今回は様子見で終わりにしよう」
?「珍しいね。どういう風の吹き回しかな」
?「あの少女、プログラムを使いこなしているように見えた。その事実に興味がわいた。
彼女に関しては保留、と言うことにしておいてもらいたい」
?「なるほど。では、私は依頼主の意思を尊重するとしよう。クアットロ、彼の見送りを頼むよ。」
?「はぁ~い。」
?「この埋め合わせはいずれまた」
現れた女性に連れられて、車椅子の男が部屋から姿を消す。
それを見届けて、残された男はゆっくりとソファーにもたれかかった。
?(しかし、ハーモナイザーシステムを積んだアンドロイドに鬼の角と特異な能力を持った少女。
そして、マユ・アスカの頭脳と『悪魔召喚プログラム』。魔王オセに止めを刺した謎の魔装集団。
この狙ったかのようなキャスティングは、まるで本命を隠すためにわざと目立たせているようだ。
こちらでも少し探ってみるとしようか)
丑三つ時は、現在で言う午前3時くらいに相当する。
古来より、暗く視界の利かない深夜は、人外の跋扈する世界でもあった。
近年、電灯によってその流れは払拭されつつあったが、人間は本能的に闇を恐れ身を隠す。
だというのに、ギルバート・デュランダルは灯りをつけることもせず、一人執務室に残っていた。
昼間の喧騒がかえって夜の静けさを際立たせ、夜の学校は恐ろしく不気味だ。
光源と呼べるものは窓辺からほんのり漏れる月明かりのみである。
ぎしりと音を立てて机に重なる影が増える。
それだけで、デュランダルはいつもの訪問者が訪れたのだと察していた。
ギル「君がそそのかしたガギソンは回収に失敗したそうだ」
紫「あら、そそのかしたなんて失礼な言い方ですわ」
ギル「では、あちら側の“住人”をこちら側に呼び出すのにあれが必要だと告げたのは、親切心からの助言だと?」
紫「ええ、心優しいゆかりさんにできるのはそのくらいですもの」
返す言葉に含まれるのが何であるか、彼女の場合は読みとるのが難しい。
表情や言葉に含まれるであろう喜びや悲しみが、全く見えてこないのだ。
感情すら仮面でしかないのではと疑りたくなるくらいに、彼女の言葉は空っぽだった。
ギル「では、私の勘違いだろう。てっきり、君に魔王の配下に付く様脅迫してきた彼を厄介払いしたのかと思っていたよ」
紫「ひどい言いがかり。彼が失敗したのは自己責任でしょうに」
ギル「全くもってその通りだ。仮にそうだとしても私の良心は傷むことはないがね。
“あれ” は人類にとっては敵だ。・・・失礼、君もだったか」
紫「さて、どうかしらね」
暗に八雲紫が人類にとって味方であるのかと問うていたのだが、紫からは意味のある返答は帰ってこなかった。
人間より何倍も長く生きられる妖怪にとって、興味がない事などどうでもいいらしい。
ギル「さて、さっぱりしたところで悪いが、いい情報とよくない情報が届いている」
紫「よくないものから頂きましょう。放っておくと痛んで手の施しようが無くなるもの」
ギル「スカリエッティの娘達が動いたらしい。そのせいで、魔王オセが召喚されてしまったようだ」
紫「大変ね。魔王オセといえば、ソロモン王が使役した72柱の魔神の1柱。魔界でも中々の実力者と聞いているわ」
大変と言いながらもまるで他人事のような口調。
実力からして脅える事がないのは当然としても、驚くくらいはしてもいいはずだ。
デュランダルにとってはついさっき聞いたばかりの最新情報でも、
紫にとっては予測していた通りの出来事だったのではないかと疑いたくなってくる。
ギル「次はいい情報だ。その魔王が角を付けた女の子と謎の魔装集団に倒されたらしい。
十中八九、君の探していた鬼の少女だろう。魔装集団というのは、恐らく彼女達だ」
紫「なるほど、どうりで見つからないはずですわ。それにしても・・・ヴォルケンリッター。
欧州最強と名高い魔装騎士部隊が何故日本に? あちらは余程人材が余っているのかしら」
ギル「それについては、こちらも色々調べているよ。具体的な事についてはまだ“調査中”だが。
今夜はこんなところかな」
紫「そう・・・。では、ごきげんようデュランダル。またいずれ何かあった時に」
空気が揺らぎ、影が消えたのを見計らって、デュランダルは大きなため息をついた。
同盟といえば聞こえはいいが、デュランダルが彼女に勝る点は何一つとしてない。
言うなれば、拳銃を持った相手と話しているようなものだ。
彼女に敵意が“まだ”ないことはわかっていても、銃口がもしもこちらを向いたらと思うと気疲れは避けられない。
余計なことを口走って、命を失うどころか計画そのものを破綻させてしまうかもしれないという不安もある。
我ながら気弱な事を、と思うが相手は人間ではなく妖怪である。
用心しすぎて困る事はないし、心配し過ぎても悪い結果にはならないだろう。
ギル(さて、次の一手はどうしたものかな・・・)
デュランダルはまだ知らない。自分の目の届かない所で、八雲紫がシンに対して何を行っているかを。
八雲紫はまだ知らない。ヴォルケンリッターに関して、デュランダルが一切の情報を秘匿している理由を。
彼らはまだ知らない。行方不明になったはずの伊吹萃香がマユに召喚されたことの意味を。
舞台に上がった者達は、皆思い思いの武器を手に取った。
野心のため、自衛のため、契約のため、信義のため、償いのため、未来のため。
自らが求めるままに、自らのなすべきことも分からず、ただ闇雲に掲げた理想へ。
そうして、互いの道が交差した時に叫ぶのだ。
『盾を取り、槍を高くかざせ』と。
彼らの望みが交わる日は、もう間近に迫っていた。
【次回予告】
力を求めたマユとは逆に、与えられた力の大きさに戸惑うシン。
しかし、世界は考える時間を与えてはくれない。
何も知らぬまま、命じられるまま、戦わなければならないのか。
デュランダルは微笑む
“君は、誰を信じるのか”と
イゴールは告げる
“力を持つ者には責任が生じる”と
次回
題名未定 第2.5話「 盾を取り、槍を高くかざせ 」 後篇
では、力を与えた者に責任はないのか
最終更新:2011年08月04日 14:00