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幻想忘戦録 外典 『永久』

雨が降っていた。
空がそうそうに暗くなり、どしゃ降りに埋もれて行き場を失った俺は、妹紅の家に厄介にならざるをえなかった。
女の子の家で一夜を過ごすというのは躊躇われたけど、外がこれではどうしようもない。

気楽に了承してくれた妹紅から手ぬぐいを受け取って、俺は囲炉裏のそばに腰を下ろす。
デスティニーがメンテナンス中なのが恨めしい。
あれがあれば、すぐにでも守矢神社にとって返す事が出来るのに。

しばらくして、雨漏りを調べ終えた妹紅が向かい側に座った。
二、三他愛無い言葉を交わしてからの、少しばかり長い沈黙。
普段は気の合う友達同士といった感じで会話がどんどん続いていくのに、今日はどうも様子がおかしい。

気になって、声をかけようとした時だった。


「シン、不老不死の力が欲しくはないか」



幻想忘戦録 外典 『永久』



―――――それは、唐突な誘惑だった。

ふっと湧き出たような言葉じゃない。
偶に会って軽い冗談を言い合っていた時とは、口調も顔つきも違う。
彼女は、共に永遠を生きる仲間にならないかと、真剣に俺の事を誘っていた。


「妹紅?」
「・・・いや、冗談だよ。他愛無い冗談だ。忘れてくれていい」


冷え込んだ雰囲気をかき消すように、私はわざと大げさに笑って見せる。
ほっとしたような彼の表情。
それを見て、ああやっぱりと思ってしまう自分が憎らしかった。

死は、救いではない。
生は、地獄ではない。

そんなことはとうに分かっていた。だが、それでも思わずにはいられない。

永遠の生は、牢獄だと。
訪れない死は、拷問だと。

愛も憎しみも時間の前では無力だ。何もかもが波間に消えて、後には燃えカスも残らない。
記憶さえももおぼろげにかすんで、やがては思い出せなくなる。
私が彼に抱く感情も、いつか悲しみに変わる時が来る。

それが、たまらなく、怖かった。

誰しもが私を老いて去って逝く。
生を紡いで、死を迎え、何かを次に残しながら。
羨ましいと何度思ったろう。妬ましいと何度呪ったろう。
私はそうはなれない。
幼かったころのたった一度の過ちで、私は全ての生を失ってしまったから。

自分でまいた種である以上、誰かを怨むのは筋違いだ。
それでも、時に胸を掻き毟りたくなるような寂しさに襲われるのは自分ではどうしようもない。

輝夜では駄目だ。永琳でも駄目だ。
慧音には里の人間達がいる。
だから、苦痛を癒してくれるのはいつも同じ顔。

私を支えてくれる彼にずっと一緒にいて欲しい。
私が愛した彼に永遠に隣にいて欲しい。
私を人に戻してくれる彼に心をゆだねさせて欲しい。

憎まれてもいい。相手にされなくてもいい。
ただ、私を知っている人が、私が心に想う人が生きていてくれるだけでいい。
それだけで、私は救われる。
果てのない旅路を進むのが一人だけではないと自分を慰める事ができる。

でも、それはエゴに過ぎないから、私は笑ってごまかした。

力が欲しいと願う彼に、情欲で包んだ毒を盛りつけるなんて
私は、こんなにも卑怯な女だっただろうか。


「さて、濡れた服を乾かさなきゃならないし、裏に行って薪を取ってくるよ」
「・・・なあ、妹紅」
「ん? シンは来なくていいよ。私だけで・・・」
「自分を責めるのはやめろ。あと、謝るとかもしなくていい」
「・・・え? な、なんだよシン。私は別に・・・」
「魔が差すことだってあるさ。 “人間”ならきっと誰だって」


永遠を生きると言う事がどういう事なのか、俺にはよく分からない。
その答えが出せるのは、たぶん永遠を生きてる奴だけなんだろうと思う。

けれど、もしも俺が永遠を生きられるとするならば
持てる全ての時間を、『戦争のない世界』のために使う事が出来たなら。
その力で、二度と訪れる事のない後悔をあざ笑う事が出来たなら。

俺はきっと、悪魔にも魂を売るだろう。

だから彼女の言葉を聞いた時、(妹紅は気付かなかったけど)内心は自分でも可笑しくなるくらい動揺していた。

永遠の時間があれば何だってできる。死ななければどんな無茶だってやれる。
知識だって、権力だって、資金だって、いくらでも貯め込める。
無様な敗北は永久に訪れない。
かつてロゴスがそうしたように、今度は俺の手で世界を動かすことも不可能じゃない。

どんな権力者も、為政者も、独裁者も届かなかった“不老不死”という絶対の力。

死なないのが怖くないと言えば嘘になる。自分が人間じゃなくなる恐怖だって確かにある。
けど、そんなものは今さらだ。
多くの命を奪った俺に、メサイア攻防戦で一度死んだ俺に、幻想郷で得た二度目の生を生きる俺に、
穏やかな日常を過ごすしかない俺に、そんなものは“いまさら”だ。

死んでいった仲間のために、今度こそ『戦争のない世界』を。
無念のまま朽ちていった戦友のために、今度こそ『永遠の平和』を。

ひた隠しにしていた力への執着が蘇ってきた。
口惜しいと囁く声が俺の背中を突き飛ばし、もっと力をと嘆く声が、喉元までせり上がった。
うなずきかけた。欲しいと叫びかけた。

だけど、俺はどうしても、妹紅の誘惑に答えることができなかった。


何故かは、わからない。
いや、本当は、わかっていたのかもしれない。

『シン、不老不死の力が欲しくないか』

そう言った彼女の顔は、真剣で、まっすぐで、あまりにも悲しそうだった。
今にも泣きだしそうなくらいに震えた声だった。
俺の知らない何かに追い詰められているような眼だった。

永遠を生きる事の意味は、永遠を生きなきゃならない彼女にしか分からない。
不滅の命を持たない俺はその苦しみを何一つ知らないし、分かってあげることもできない。
だけど、彼女がこれまでずっと一人で抱え込んで、十二分に苦しんできたことだけは異邦人の俺だってわかるつもりだ。

誰よりも永く生きながら、誰よりも人間である事に執着する彼女。
人を拒み、無人の竹林に籠ながらも、誰かがいなくなる事に極端に脅える彼女。
宿敵と殺し合う事でしか己を保てず、宿敵としかわかりあえない世界にいる彼女。

だから、俺は答えることができなかった。
信頼している友達を自分と同じ苦しみに引きずり込んだなどという業を、彼女に背負わせるわけにはいかなかった。
彼女が後悔する事が分かり切っている選択肢を、選ぶわけにはいかなかった。

眠りを知らない過去に苦しんでいた頃、それは甘さだと戦友に言われた。
それでは何も守れない。“過去”を乗り越えて“未来”のために戦えと。
討つべきものを討たなければ、本当に守りたい者も守れないと。
その言葉に従うなら、俺は躊躇なく“蓬莱の薬”を飲むべきなんだろう。

成長していないと、自分でも思う。
もしかしたら、ありえたかもしれない平和への可能性を自分で摘んでしまったのかもしれない。
それでも・・・今目の前で苦しんでいる女の子を見捨てられないのが甘さだとしても、俺に後悔はなかった。
あえて踏み出さない事で守れるものもあるのだと、俺はこの幻想郷で学んだのだから。


「だから、気にするなよ」
「でも、私は不老不死で・・・もう蓬莱人だから・・・」
「そうやってうじうじ悩むのが“人間”である何よりの証拠だ。妖怪の連中を見てみろよ。
自分を悩ませてる奴を全てふっ飛ばして終わらせようとする奴らばっかりじゃないか」
「・・・」
「うまく言えないけど、一人で悩んだって答えなんかでない。俺なら結構暇な時も多いし、
寂しくなったらすきに呼んでくれればいいから」
「・・・うん」
「だから、抱え込むのだけはやめてくれ。俺も、一人の辛さはわかってるつもりだ」
「うん」


彼は、何に対して謝らなくていいと言ったのか。
力に飢えた獣の前で、餌をちらつかせるような卑劣な真似をした事か。
それとも、自分から話を振っておきながら、怖くなって自分で勝手に終わらせてしまった事か。
はからずも許されてしまった私には、その真意を知る事は出来なかった。

でも、伝わってきた。
彼の不器用な思いやりと言葉にこもった暖かさ。
慧音に貰ったものと同じ、苦しみを和らげてくれるもの。
心の底から望んで、ずっと手に入らなかったもの。

「シン」
「?」
「夕御飯、食ってくだろ」

そう、考えて見ればお粗末な話だ。
終わりのない苦しみを一番分かっている私が、その輪廻に愛した人を巻き込むだなんて後悔するに決まってる。

もしかすると、彼には最初からわかっていたのかもしれない。
この想いが、永遠からくる寂しさと孤独からくる苛立ちがもたらした、一時の気の迷いだった事を。
わかっていて許すと言ってくれたのかもしれない。
最後まで言葉を繋げられずに、冗談だと言ってごまかして、自分を卑怯だと罵った私を。

いつか、彼の事を想い出にして、だんだんと忘れていく日が来るのかもしれない。
過去を振り返って今日という日を後悔するかもしれない。
あの時、無理やりにでも、騙してでも、蓬莱の薬を飲ましていればと。

だけど・・・

「・・・妹紅が作るのか」
「なんだよ、その嫌そうな面は」
「前みたいにおこげしかないご飯なんてごめんだからな」
「うぐ! ひ、火加減さえ間違えなきゃ美味しく作れるんだよ」
「成功率が三割以下じゃないか! いいよ俺が作るから」
「やだ。客人にご飯作られるわけにはいかない」
「俺の胃の心配をしてくれ!」


それまでは、こうしているのも悪くない。
不思議と、私にはそう思えた。

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最終更新:2011年08月04日 14:56
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