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東方種子語8話その2

もっとも、やったデスティニーにとっては何のことはあるのだが。
『―――ぶ、はァッ!!』
緊張から解き放たれ大きく息を吐く。確かに理屈では問題はない、問題があるのだとしたら打ち抜くのが遅れることぐらい。
だからと言って上手くいく保証があったわけでもない。下手をすれば自分で自分のクランブル・ポイントを砕いていた可能性もあった。

ほぼ間違いないとは言っても、正直他の手段があるのならこんな危険すぎる橋は渡りたくなかったというのがデスティニーの本音。
そんなデスティニーの心境を知る由もないフランは手を押さえながら痛みに顔をゆがませる。しかし心中を埋めるのは目の前の機械人形を破壊できなかったことへの不満と、そして―――そして?
「っ、もう、要らない手間をかけさせて!」
もう一度掌を開き能力を使おうとするが、足止めもしない雑な行動をデスティニーが見逃すはずもなく。

一気に接近してCIWSを近距離から放つ。流石に目に入ると不味いとフランも理解しているのか能力の発動を切り上げて手で顔を防ぐが、デスティニーにとってはその行動も都合がよくて。
顔の前まで上げられた手をデスティニーの鋼鉄の手が掴み、手首を捻じりあげる。
「ッつぅっ!?」
捻じりあげられた痛みにフランが呻き、そしてデスティニーの顔を見る。感情を映さない硝子の瞳、能面のような白い顔、そして目じりに走る血の涙のような、或いは悪魔じみた赤いライン。
息をのむフランに向けてデスティニーは静かに、一言だけ呟く。

『――――』

その言葉を聞いたフランはかっと頬を赤く染め、ぶんぶんと片腕をでたらめに振り回す。その赤みと行動は羞恥ではなく怒りから来るもの。
振り回す腕がデスティニーに当たり手首の拘束が緩むとそのままデスティニーの腹を蹴飛ばして強引に距離を開ける。
そうして距離が開くとブツブツと苛立たしげな呟きをし始める。
「……にして……かにして……バカにして、バカにして、バカにしてぇっ!」


腹を押さえながらデスティニーは体勢を整えて片手でフラッシュエッジを引き抜く。
その視線をフランから逸らさずに機体の状態を確認。
(ぐ、ぅ………デスティニー、動力部は大丈夫か?)
(問題はないがね……腹部フレームが少し歪んでいる、どれだけ馬鹿力なんだか)
(動きゃいいさ。それより………あの反応からすると「図星」みたいだな)
デスティニーがフランに呟いた言葉はたった一言。

怖いか。

ただその一言だけ。ただ鼻白めばいいだけの言葉に対しての過剰な反応。その反応が如実に真実を映している。
一番最初に気付いた違和感は、気が振れているという霊夢の評に対して気を失った美鈴に向けた心配そうな眼差し。気が振れているのならあんな目が出来るはずもない、ならばフランは少々情緒不安定なだけの小さな子供ではないのか。それがシンがフランを見ていて感じたこと。
それを踏まえた上で早くデスティニーとの戦いを切り上げようとしていることを考えれば、ある程度は予測はつけられる。
後はフランに確認の言葉を投げつければいいだけのこと。反応はまさしくデスティニーが予想した通り。つまり、フランは自分に恐怖を感じ始めているということ。
本人はまだはっきりとは認識していないだろう、ただ早く勝負をつけたいだけ。しかし勝負を切り上げようとする焦燥や挑発に対する怒りはどこから来たものなのか。

結局のところ、彼女はこれ以上デスティニーと戦うことが怖いのだ。だからこそ勝負を早くつけようとする――デスティニーと相対する時間を少しでも早く終わらせたいと考えだす。図星を突かれ、動揺する。
500年近く生きていたとしてもほとんどこの屋敷の中のことしか知らないフランとは違い何度も何度も、それこそ初めての出撃の時から死線をくぐり抜けてきたシンとでは時間の濃度が違う。
その濃度の違いがフランの心に恐怖心を抱かせる。今はまだ焦燥や苛立ち程度だろう、しかし心に芽生えた恐怖の種は最後の詰め、肝心要となる部分で必要になってくる。
(どうにか……仕込めた、か。ならさ、後は。詰めてくっ!)

満月を背に鉄の翼を広げ、デュアルアイを緑色に強く光らせるデスティニーを見てフランは身体をふるりと震わせ首筋が泡立たち、掌にじんわりと汗が滲む。
自身が感じているものが何なのか、彼女は知らない。まだ、知らない。



―――ZGMF-X42S、デスティニーは欠陥機である。兵器としては最悪といってもいい。どうあってもその評価はもう動かない。
ならば。デスティニーは「弱い」機体なのか?
否である、その答えはまったくもって否である。豊富な武装もさることながらそれ以上に人体と遜色のない柔軟な可動により、剣の達人が操れば巨大な鋼鉄の剣聖と化し、銃の名手が操れば戦場を制圧する銃神と成る。
乗り手の能力をダイレクトに増幅させて発現させ、人類の歴史そのものが武器となる、マン・マシン・インターフェイスの完成形。それがデスティニーという機体の本質。
MSの兵器としての一面ではなく、人類が宇宙に適応するための巨大なパワードスーツとしての一面を色濃く受け継ぎ完成させた、本来あるべき姿のはずが時代の流れの中では異端となってしまった奇妙な機体。
反応が早いわけでもなく格別飛び抜けた技量を持たないシン・アスカは強いとは言えない。器用貧乏とも言える兵器としてあまりある欠陥を持つデスティニーは強いとは言えない。
だが、その二つが噛み合ったのなら。シン・アスカの叩き上げていった努力に応えられる機体があるのなら。デスティニーの性能を限界まで引き出す努力を行う乗り手がいるのなら。
デスティニーガンダムは強い。シン・アスカとデスティニーが共にあるのなら、剣聖になれずとも銃神になれずとも、どんな欠陥などものともしないほどに。



「やああああ!」
叫び声と共にレーヴァテインを大きく振り回すが、脚部スラスターを噴射され距離を開けられレーヴァテインは空を切り、距離を開けられたときにビームライフルを連射されるだけに終わってしまう。
そうして開いた距離をフランが詰めようとしてもそれより早くフラッシュエッジを投擲されデスティニーの方から距離を詰めてくる。
舌打ちと共に迫るフラッシュエッジを手刀で弾くがデスティニーはその弾かれたフラッシュエッジを右手でグリップを握ってまた上段から斬りかかってきた。体を仰け反らせて刃を避けながらもデスティニーの行動にフランは意外なものを覚える。
(っ、また上から!? そういう……癖? みたいなものなのかな?)
先ほどのフォーオブアカインドの時にも感じたが切りかかる時、と言うより仕掛ける時は上段から仕掛けてきている。それも何度も何度も必ず決まって、だ。
今フラッシュエッジの刃をギリギリまで引きつけた上で避けることが出来たのもデスティニーが毎回上段から斬りかかってきたから今回もまた上段からではないか。そう予測したからこそ。
無論そう思わせておいて下段に切り替える、ということも考えないわけではなかったが、今の仕掛け方でそれは無いとフランは踏んでいた。

いい加減デスティニーの攻撃にも慣れてきて反応できるようになっていたところだ、無論それはデスティニーも感じていることだろう。ならわざわざ回避されて隙を作るような仕掛け方はフランの中の常識ではやりはしない。それでも行うのなら、それはもう完全に身体に染みつきとれない癖のようなもの。
デスティニーに気付かれないようフランはこっそりとほくそ笑む。正直な話この鉄人形を倒すとっかかりが見当たらなかったのだ、それがここにきて見せた致命的な隙。
(ふふん? やっぱり人間だね、詰めが甘すぎ。早く上からおいでよ、モツぶちまけてあげるよお兄さんっ)
距離を開けるために思い切り腹を殴りつけて吹き飛ばす。錐揉みしながら館の正門と衝突し轟音を立てて門が崩れ落ちる。
土煙の中光る一対の緑色の光、その光がデスティニーが健在であることを告げていて。
直後、大出力のビームがフラン目掛けて撃ち込まれる。危なげなく回避したフランが下を見れば瓦礫の山の中でデスティニーが長射程砲を腰溜めに構えている姿が。

(ぐぅ、う……デスティニー、損傷は!?)
(不味いね、動力部の損傷はないんだが……腹部装甲のフレームとの接合が千切れかかってる。下手したら装甲が持ってかれるよ!)
(くそっ、当たったらどうってことあるってことかよ!)
うっとおしそうに機体に引っ掛かった瓦礫を振り払い、フランを寄せ付けないように地面を走りながらビームライフルを乱射。
とにかくどうにかしてフランの上をとらなくてはならないが、下手に上昇すれば当然フランに蜂の巣にされてしまう。
フランに隙を作った上で一瞬で構わない、彼女の上をとり、そして。

(多分……かかるはずだ。なら後はどうやって上がるか、か)
上空から撃ち込まれる光弾をソリドゥス・フルゴールで防ぎ光線を装甲に掠めながらも致命的となる一撃を回避しながらデスティニーはフランの隙を窺う。
向こうから降りてきてくれるのが一番ではあるのだが先ほどから自分からはデスティニーに寄ろうとはしない、こちらから接近してもすぐに距離を強引に開けようとしてくるぐらい。
(なら、一度落とす……か)
(装甲もいい加減不味いんだがね?)
(持たせるのがお前の役目だろ、なるたけ避けるから!)
心の中で言うが早いか、ウイングスラスターを広げ一気に上昇する。隙だらけのデスティニー向けてフランは杖を向け、スターボウブレイクを撃ち込んでいく。
機体を捻じり、スラスターを噴射し、盾を両腕に構えて防ぎ避けるがそれでも全く損傷が無いわけもなく。

空気を裂く音が響く中、装甲が削れる甲高い音が混じる。回避しきれず掠めているだけだがそれでも光弾の量が尋常ではないのだ、VPS装甲と言えど徐々に削れ内部のフレームが露出していく。
だが、それだけの価値はあった。スターボウブレイクで勝負を決められると思っていたのか、眼前に迫るデスティニーに目を見開き驚いた表情を浮かべていて。
「―――ッ!」
『ん、な、クソォォオオ!!』
慌ててデスティニーから距離をとろうとするが、それよりもデスティニーがフランの腕を掴む方が早い。そのまま衝撃が出来るだけ少なく済むよう紅魔館だった瓦礫の山目掛けて投げつける。
轟音と瓦礫を巻き上げてフランが紅魔館の残骸に叩きつけられたのを横目にデスティニーはかろうじて無事に建っている時計塔を見る。


(ン……よし、後は、あの子が上がってきたら……………う?)
デスティニーのセンサーが森の中の反応を捉える、その数は5つと小さな反応が1つ。考えるまでもない、魔理沙達だろう。
近づいてきた理由は………まあ、ここまで派手にやらかしたからだろう。というよりここまでやっておいて来ない方がどうかしている。
(どうする……どうする!? あの子は俺に気をとられてるけど、だからって魔理沙達に流れ弾がいく可能性が……いや、魔理沙達の方に突っ込んでくかも……くそっ、な、ら、さ!)
『デスティニー! アロンダイトっ、使うぞ!』
「ここでか!? ――――ン、了解!」
デスティニーが言うが早いか背部ウェポンラックに収まっていたアロンダイトの刀身がバシャンと小気味のいい音を立てて展開、同時にデスティニーは地上に降り立つべく一気にスラスターを噴射する。
両手でアロンダイトの柄を掴み一気に引き抜きながら、ずどんという轟音を響かせてデスティニーが大地に立つ。

そして、虫の羽音のような低い音が脇構えに構えられたアロンダイトから静かに聞こえてくる。暗闇の中、デスティニーの瞳とアロンダイトの光刃が鮮やかに浮かび上がっていて。
背後から聞こえてきたのは魔理沙の戸惑うような声、いやだが今は。デスティニーが構えているアロンダイトなら与しやすいと考えたのかフランがレーヴァテインを大上段に構えて突っ込んできている。
どんどんと距離を詰めてくるフランに対してギリギリまで動こうとしないデスティニー。そうして限界まで引きつけておいて、上段から振りおろされるレーヴァテインを迎え撃つべくアロンダイトを跳ねあげ袈裟に斬りつける。
ぶおん、と豪快な風切り音を立てたアロンダイトがレーヴァテインとぶつかりあい一瞬火花が散る、エネルギーの総量で上回るレーヴァテインがアロンダイトのビーム刃を突き破り実体部に当たり。

そのままフランが吹き飛ばされ、瓦礫と化した紅魔館で時計塔と並び無事だったレミリアの部屋へとブチ当たり部屋が粉砕された。レーヴァテインが直にぶつかったアロンダイトの実体剣部は僅かに焦げただけで変形一つ起こしていない。


―――――宇宙空間は無重力である。子供でも知っている当然のことだと偉い人は笑うが、しかしそのことを感覚としてどれだけ理解できていることか。
例えば、だ。戦艦に向かって突っ込んで来るMSがいたとしよう。そのMSをビームサーベルで叩き切り、もしも爆散しなければどうなるだろう。
重力圏ならばそのまま重力に引かれて地上へ落下するだけだろうが、宇宙ではほとんど減速することなく戦艦へと向かうことになる。当然だ、ビームサーベルにはMSの重量を支えられるほどの干渉力があるはずもない。
戦艦ならばそのまま轟沈するだけで済むだろうが、もしも迫られているのがコロニーだとしたら?

それを防ぐために実体剣は存在する、どれほど非効率的と嘲られようとも宇宙空間での戦闘を行う以上絶対に必要なものなのだ。だからこそデスティニーガンダムはアロンダイトを今もなお背負い続けている。
高出力など必要ない、精々MSのPS装甲に傷をつけられる程度でいい、後は強固な実体剣部でフレームを圧し折る。必要なのは戦場で長く扱えるような硬度と耐久性、そして切りつけたMSを確実に弾き飛ばせる重量。対艦刀の名を冠してはいるが戦艦の装甲を引き裂けるよう出力に重点を置く対艦刀とはまるで違うコンセプト。
むしろ、正当進化した重斬刀。それがアロンダイトという兵装の実質。



構えたまま吹き飛んで行ったフランをアロンダイトを振り抜いたまま見ていたデスティニーだったが、ぶん、と残心を行いアロンダイトを背部ウェポンラックへと収めた。
轟音と共に瓦礫に埋まったフランがすぐに立ち上がりまた上空へと上がっていったからだ、すぐに追わなくては。そろそろ決着を付けられるだろう、そのための布石はもう十分打ってある。


と。背中から戸惑うような声が。
「え、あ、誰だお前、って、いうか、シンは。シンをどこやったんだよ!?」
魔理沙の声。彼女からしてみればシンとフランが戦っているはずなのに当のシンはおらず、代わりにいたのはシンとは関わりのなさそうなゴツゴツとした機械人形。戸惑うのは当然だろう。
本当ならちゃんと説明すべきなのだろうが、そんな暇があるわけもなく。だから、せめて。

ぽん、と。本当に何気なく魔理沙の頭に手を置く。撫でるでもないその動き、しかしその動作は淀みもなく何よりも優しくて。
まるで違う姿なのに、その動きはシンを彷彿とさせる。だから、魔理沙は思わず口にしていた。

「――――シン?」

魔理沙の言葉に機械人形は応えない。何も言わずにただ、心配するなとでも言いたげに魔理沙の頭から離した手を軽く振り、そのまま上空へと飛翔していった。
(馬鹿だね、君は。そんなことやってる暇はないだろうに)
揶揄するようなデスティニーの言葉、だが咎めるような響きはない。
(馬鹿さ、俺は。馬鹿だからな、馬鹿をやり続けてるんだもんな、馬鹿だよ俺は。けど…………お前もさ?)
(分かってるよ、分かっているんだ、君に付き合う僕はもっと大馬鹿なんだって……シン、ウイングバインダーからのミラージュコロイドの散布量を上げるよ!)
(ああ、限界までやってくれ! ミラージュコロイドも……それに、速さも!)
展開し広がったウイングバインダーから鮮やかな紫色の光が噴出し一気にデスティニーが加速、高温に熱せられたミラージュコロイドであるその光はウイングバインダーから排出される端からまるで鳥の羽のように千切れていって夜の闇に消えていく。
一切速度を緩めることなくフランの周囲を飛び交いながらビームライフルを乱射しながら接近し、すれ違い様にフラッシュエッジで切りつける。

しかし、フランもデスティニーの速さに反応できていないわけではなく、すれ違った瞬間に小さな光弾を確実に当てていく。
デスティニーの速度こそ落ちないもののその攻撃はデスティニーの装甲を確実に削っていき、徐々に内部フレームが露出していく。
それでも、デスティニーは速度を緩めることなくフランが僅かに見せる隙をついて長射程砲を乱射し撃ち込む。速度が速度だけに照準が定まらず砲身もガタガタと震え安定しないためほとんどは当たることなく空へと消えていく、しかしそれ以上に狙いを付けられない理由がある。

『―――グゥウウウウ!』
方向転換の際にかかるGでデスティニーの機体がぎしぎしと音を立てて軋む。極力径を大きくして旋回してはいるものの一切減速せずに方向を変えているのだ、いくらVPS装甲が頑丈でもフレームが持たない。
だが、あと少し。空中に撒き散らされたコロイド粒子があともう少しだけ足りない。尚も長射程砲を乱射するが、碌に冷却も行わずに連射し続けた銃身がどんどんと焼けついていく。
(銃身が焼けつくまで撃ち続ける奴があるかっ、これ以上は撃てんよ、暴発しかねない!)
(く、う? あともう少し、あともう少しだってのに………い、や? 待てよ……待てよ? どの道コレは使わなくて、だったら……だったら、ン、よし、いけるなっ!)
高速で飛行しながら手に握った長射程砲を背部ウェポンラックから取り外し、同時にアロンダイトを引き抜き構えることなく刀身を展開させる。

だがデスティニーが動くよりも速くフランがレーヴァテインを振りかざし迫る。レーヴァテインを胸に突き立てようとするが、デスティニーが膝を顔の近くまで垂直に上げてレーヴァテインの光刃をカチ上げる。
それでも完全に逸らすことはできずにレーヴァテインがデスティニーの頭部へと接触、首を捻じって頭が吹き飛ぶのだけは避けられたが右のカメラアイに突き刺さりそのまま後頭部まで突き抜け、右方ウイングバインダーまでも半分ほど千切れて飛んで。
『グ、ゥ、ォォオオオオオ!?』
ぶちぶちと回路が引き千切れる激痛と共に視界がブラックアウト、一瞬後にサブモニターが起動し視界が戻る。パチ、パチと抉られた頭部からは火花が飛び頬の装甲も一緒に引き千切られてしまい内部機構から冷却ガスが噴出していて。

しかし、その甲斐はあった。勝利を確信したフランに隙が出来ていて。
備えていた長射程砲を無造作に放り投げ、同時に脚部スラスターを逆噴射して距離を開けながらアロンダイトをフラン目掛けて勢いよく投げつけた。
「うぇっ、まだぁっ!?」
頭部を破壊されてもなおしぶとく追いすがるデスティニーに苛ついた声―――本当にそうなのかは分からないけれど―――を上げながらもフランは迫るアロンダイトを危なげなく回避する。
呆気ないとも感じる回避、しかしアロンダイトを避けることに集中しているが故にデスティニーの本命には気付かない。


ビーム刃が出ている状態の、空を切る音を立てながら回転するアロンダイトがエネルギー自体はまだ残っている長射程砲を叩き切ることでスパークが発生、コロイド粒子をまき散らしながら閃光がフランの目を焼く。
「くぅっ!?」
いくら吸血鬼といえども、至近距離からのビームコンフューズを受けては網膜が焼き切れる。無論再生される、再生はされるが即時再生というわけにはいかない、確実に隙が出来るのだ。
その隙を逃してくれるほどデスティニーは甘い相手ではないということはいい加減フランは思い知っている、確実にこのタイミングで仕掛けてくるだろう。

だが―――だが。知っている、フランは知っている。デスティニーには仕掛ける時は上から仕掛けてくるという癖があることを。
今は確かに目が見えない、しかしスターボウブレイクを待機させておくことでデスティニーの接近を妨げることならばできる。
がづん、と音がした。恐らくは投げたアロンダイトが時計塔に突き刺さった音だろう、しかし今はそんなことはどうでもいい、重要なことではない。
重要なのは。網膜は治り、「見える」ということだけ。そう、分かっているのだ、上を見上げれば―――

(――――見ぃぃつけた♪)
デスティニーがいるということを。きゅうっ、と口が三日月のように吊り上がり空中で静止しているデスティニー目掛けてレーヴァテインを伸ばす。
この至近距離、外すことなどあるはずが無くレーヴァテインがデスティニーの胸に吸い込まれるように突き刺さり。



そのまま、何の抵抗もなく突き抜けた。比喩表現ではない、本当に何の抵抗もなかった。それこそ、まるで霧に杖を突き立てたかのような。

―――地上から、羽虫が羽ばたくような生理的嫌悪を感じさせる音が聞こえる。同時に、かち、かちと言う音も。
フランは理解する、理解してしまう。仕掛ける時は必ず上から、デスティニーにそんな癖などなかったことを。ただの自分に都合のいい思い込みだったことを。そして今、自分が感じている感覚を。
かち、かちと固い物が触れ合う音がする。かち、かちと耳元で音がする。かち、かちと自分の歯が鳴る音。
地面に降り立ち、翼から紫の鮮やかな光をまき散らし、真っ直ぐ右腕を伸ばし掌に光球を握るデスティニーに恐怖する音。



―――MMI-X340、パルマフィオキーナ掌部ビーム砲。デスティニーガンダムが両の掌に持つ特徴的なこの兵装。
状況に合わせて的確な兵装を選択しなくてはならないという欠点を持つデスティニーの中では比較的どのような状況での使用に耐えられる兵装ではあるが、しかし近距離での奇襲以外にはやや扱いづらい兵装でもある。
デスティニーの爆発的な推進力があるからこそ真正面から突進してパルマフィオキーナを直にブチ当てられるが、そもそもいくら出力がジェネレータに直結しているとはいえ砲口の小ささと砲身の短さからどうしても出力を上げづらいのだ。
集束率を変えることでビームライフルから目晦ましまで使えるが、撃墜となるといずれ装甲の技術躍進に追い付けなくなることは自明の理。
だからこそ改修するのならば欠点を補うか、それともいっそのこと取り外すかだ。シンが選んだのは前者、出力を増加させる方法。とはいえただ出力を上げるだけではただのいたちごっこ、根本的な解決とはならない。

本来ならそのままパルマフィオキーナは撤去されるだけの話だったのだが、その状況はラクス・クラインの「互いが互いの抑止力となれるよう軍事力を均一化する」という目論見で行われたプラントと地球連合との技術交換で一変する。目を付けたのは特殊装甲、エネルギー偏向装甲ゲシュマイディッヒ・パンツァーである。
元々は強烈な磁場を発生させることでビームの軌道を曲げるための兵装であり、フリーダムの兵装の中でも最大出力を誇るパラエーナプラズマ収束ビーム砲をも歪曲させるほどの磁場を発生させ得ていたもの。
しかしデスティニーに使用するものはそれよりもごく小規模なもの、パルマフィオキーナの周りに使用しているだけ。当然それだけでは撃たれたビームを曲げることも撃ったビームを曲げることもできない。
だが、それは弾速の速い通常のビームの話。今デスティニーが行っているのは高温に熱せられたコロイド粒子をゆっくりと噴出しているだけ、その「遅い」ビームはゲシュマイディッヒ・パンツァーによって歪曲され徐々に円を描いていく。
円を描きつつもパルマフィオキーナからコロイド粒子が尚も噴出され、ゲシュマイディッヒ・パンツァーの磁場の中で圧縮されていく。
それを繰り返した結果、デスティニーの掌にはビームの球が形成される。超高温にして超高圧のビームの塊だ、MSの実体盾ならば紙きれのように容易に貫通し要塞に使われるPS装甲すらも溶解させうる。
泣き所は範囲がピンポイントすぎて当てづらいことと、ビーム球の形成に時間がかかることだろう。当て難さはシンの戦術でどうにかカバーするとして、問題はどうチャージの時間を稼ぐか。

わざわざフランに目晦ましをかけたのはそれが理由、閃光が炸裂した瞬間一度フランの頭上をとり、即座に地上目掛けてスラスターを吹かしていた。ウイングバインダーと叩き切られた長射程砲から周囲に撒き散らされたコロイド粒子はデスティニーの姿をスクリーンに焼くように鮮明に浮かび上がらせていて、それも時間を稼いでくれた。
全ては、パルマフィオキーナを最高の形で叩きこむための布石。そして今。パルマフィオキーナのチャージが終わる。上空に浮かぶフランを見上げてカメラアイを緑色に光らせ。


「――――――ひっ」
フランが息をのむ、その仕草も顔も雰囲気も、何もかもがデスティニーに対する恐怖に染まっていて。

手を伸ばしありとあらゆるものを破壊する程度の能力を精度を落として発動、手当たりしだいに周囲の物を破壊する。雑に破壊することで生まれる衝撃は波紋となって光弾をまき散らしデスティニーを襲う。
デスティニーは地面を蹴り、自らの足で駆けながら弾幕を避けていく。全てを避けることはできずに徐々に装甲が削られていくが、その姿からは明確で強い意志が感じられて。

(だい、じょうぶ、だいじょうぶ! 翼が壊れちゃってるんだもの、私がいるとこまでは登ってこれない、私はここから弾幕を張ってればいいんだよ、簡単なことじゃあない!)
安心しながらも恐怖を拭いきれないフランの心境を知ってか知らずか、デスティニーは光弾を避けながら地面を駆け、時計塔を目指していく。
頭部は右半分がスクラップ同然となり、ブレードアンテナは折れ、ショルダーアーマーは千切れ、所々からフレームが見え隠れしている、そんな姿になってもなお駆け抜け、時計塔まで辿りつき。


跳躍し時計塔の壁を片手で掴んで張り付く、しかしそれだけではフランに届くはずもなく。だからこそ、時計塔の壁を蹴り、直後スラスターを噴射し再び壁に張り付く。それを何度も繰り返すことで煉瓦が砕ける音と共に壁を蹴り登っていく、最早壁を手で掴むこともせずただ蹴りとスラスターだけでどんどんと高く。
フランも光弾を撃ち込んでいくが真っ直ぐに上を目指すデスティニーを追い切れず、機体を掠めて壁にひびを作るだけに終わってしまう。デスティニーは抉られた装甲から覗くフレームが削られながらも尚も上を―――時計盤に突き刺さったアロンダイトを目指し、辿りつく。
時計盤に突き刺さったアロンダイトの上に飛び乗る、デスティニーの重量に軋んだ音を立てるがそれでもアロンダイトは折れることなく。

腰を屈めながら翼を広げ、伸ばした右手に光球を携えるその姿は止まり木に止まった悪魔のようで。
その姿をフランは歯をかちかちと鳴らし、身体を震わせながらただ見る。自分が館の外で悪魔の妹と呼ばれていることはなんとなく知っている、吸血鬼という存在が途方もなく畏れられていることも。
だが、そんなことを言っていた奴らはとんでもない大嘘つきだとフランは思う。だって、目の前の鉄の機械人形の方が余程悪魔めいているではないか、余程畏れに足る存在ではないか。あれに比べたら自分の、自分達の如何に脆弱なことか。

………冷静に考えられたのなら、フランが今考えていることは本当に馬鹿馬鹿しいことだ。満身創痍のデスティニーと比べほとんど無傷なのだから、どちらが優位かなど考えるまでもないこと。
しかし、今現在のフランにとってはその馬鹿馬鹿しい考えこそが正しいこと、恐怖に焼かれた頭は目の前の取るに足らないはずの存在を途方もなく巨大なものと認識してしまう。
フランがもしレミリアのように外に目を向けていたのなら、もう少し正常に年を重ねていたのなら冷静さを失うこともなかっただろう、フランに敗因があるのならばそれは彼女の幼さ故。


そして。デスティニーが、アロンダイトを蹴り、飛び立った。


「―――ぅぅゃあああああ!!」
恐慌に駆られ、真っ直ぐフラン目掛けて突っ込んで来るデスティニー目掛けてスターボウブレイクを無茶苦茶に乱射する。しかし碌に狙いもつけない弾幕がデスティニーに通用するはずもなく、殆どが当たることなく時計塔に吸い込まれるように撃ち込まれ、時計塔が崩れていくだけ。装甲を掠めながらも速度を緩めることなく突進し続けて。
どうしようどうしようと思考は混乱状態、だがフランは今できることが一つ思い当たる。恐らくデスティニーは長い距離は飛べないだろうから背を向けて全速力で距離を開ける。状況的にもその行動がベスト、しかしフランはその行動をとらない、とりたくない。
背を向けることがプライドに障るから、ではない。あの機械人形から目を離す、そんなこと恐ろしくてとても出来ないのだ。だからと言って見続けることも怖くてとても出来ない。だから、フランが選んだのは下策中の下策。

ありとあらゆるものを破壊する程度の能力で、向かってくるデスティニーを破壊する。これ以上デスティニーと向かい合わなくて済む、そんな心に支配されたフランにとっては下策も魅力的に映ってしまう。
そうすることを選んだはいいが、デスティニーのクランブル・ポイントを掌に収めようとする間にもどんどんと距離が詰まってきていて。

(はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやくはやくはやくはやくはやくぅぅうう!!」
知らぬ間に声に出ていることにもフランは気付けない、クランブル・ポイントが掌に収まるまでの時間は至っていつも通り、遅いわけではない。
だが急く気持ちがそのいつも通りを遅く感じさせる、一瞬のはずがフランにとっては無限に続くかのようで。
その間にも当然デスティニーはフラン目掛けて突っ込んできていて、掌の中の光がはっきりと目で見えるほどにまで近づき。

『パルマ―――!』

クランブル・ポイントがようやく掌に収まり後は握りつぶすだけ、しかしデスティニーももう腕を振りかぶっていて光球をフランにぶつけようとする寸前。
恐怖で混乱を起こしながら破壊しようとする、ただ破壊することだけを一心に願い、デスティニーがここからいなくなってくれるよう強く思う。
(壊れろっ、壊れろ! 壊れろ、壊れろ壊れろ壊れろ壊れて壊れて壊れて壊れて―――!!)

だけど、もう。デスティニーの硬質な掌と光球は眼前に合って。

『フィオキーナァッ!!!』
「壊れてよぉぉおっ!」


―――恐怖で極限状態のフランが意識を失う直前見えたのは、光球が無くなった大きな灰色の掌と、全身に細かな亀裂が入って崩れ去りそうなデスティニーだった―――

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最終更新:2011年08月04日 15:14
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