<時空を越えて.4~再会~>
「――それじゃ、少し休憩しましょう」
レッスン場に響いた律子の声に、張り詰めていた緊張感が緩んだ。
「はぁ、疲れた……良い歌だけどこういうのはまだ苦手だなぁ、ボク。ダンスも大人しいし」
「でも、みんなでこの曲をちゃんと合わせて歌うとどうなるか気になるね」
「それは確かにね。そのためにも、早く上手く歌えるようにならないと! 頑張ろう、雪歩!」
「うん!」
「ふふ、みんな頑張ってるわね~」
「そういうあずささんも、いつもより気合いが入ってるみたいですね」
「あら、律子さんにはそう見えるの?」
「えぇ、とっても」
「あ、あらら……そうね、みんなに負けないくらい頑張ろうって思って」
「実は、私もです」
「あらあら」
各々が手応えとこれからに向けて気合いを入れている中、千早は一人沈んでいた。
歌合せが上手くいかなかったから――ではない。疲労が激しいから――でもない。
胸の奥で沈殿している不安が拭い切れないどころかより一層重くなってきていたからだった。
「ふぅ……千早ちゃん、大丈夫?」
「え? えぇ……平気よ」
顔を覗きこんでくる春香を避けるように離れていく。そんな行動にかつての自分を思い出し、さらに嫌な気分
になるのを感じながら自分の荷物からミネラルウォーターを取り出す。
「はふー……ちかれたね~」
「こんなときは~……って、あ~!? 真美たちのお菓子がない~!」
騒がしい声に顔を上げると、亜美と真美が各々の荷物をひっくり返していた。いろいろな物があたりに散乱す
るが、それでも構わずバッグの中身を漁っていた双子はやがて諦めたようにうな垂れた。
「うぬぬ……おのれこーめい、ひょーろーぜめとはこしゃくなマネを」
「どーすんの? シン兄(c)にメールする?」
突然出てきたシンの名前に千早は肩を震わせる。気付けば、自分の携帯電話を手にしていた。
「おおっ! いいアイデアだよ真美! それじゃさっそくメールを……どーん!」
凄まじい速度でメールを打った亜美は大袈裟に送信ボタンを押し、満足げに頷いた。
「これでおっけー!……なのはいーけどシン兄(c)いつ戻ってくるんだっけ?」
「あり? そーいえばわかんないや」
「え~!? それじゃ休憩に間に合わないじゃーん!」
あーだこーだと口ゲンカを始める二人だったが、その様子に気付いた律子が声を上げた。
「コラー! 二人とも何ケンカしてるの!? それにそんなに散らかして! さっさと片付けなさい!」
怒鳴り声を聞き弾かれるように荷物を片付け始めた双子を見ながら、溜息をつき千早は携帯電話をバッグにしまった。
――ギルバート・デュランダルにとって、これはチャンスと言えた。
時空を越え、世界を越え、そして帰還した少年。
コズミック・イラでこれから起こることを知る少年。
その詳細こそ聞けなかったものの、彼の記憶はプラントの今後、そしてデスティニープラン成就のための展開
を大きく動かすことができるほどに貴重なものだ。
(そして、もうひとつ)
目の前に置かれた携帯電話に視線を落とす。彼が『あちら側の世界』から持ってきた唯一の物。
出来るなら分解して調査したかったが、彼はそれを拒否した。
無理もない話だったが、この携帯電話の機能と登録されている番号やアドレスから『こちら側の世界』の物
ではあり得ないことを十分に証明することが出来た。実際にそれらへの発信を試みたが当然の如くすべて通じる
ことはなかった。その実験に直接立ち会いもしたのでそれは間違いない。
これにより、デュランダルのある疑惑をも解消するに至った。これが最も大きな成果と言えた。
(ならば……どうする?)
彼は敢えてこれからプラントで起こることを伏せている。タイム・パラドックスのことを知っているのかは
分からないが、本能的にそれを伝えることを危険だと感じているのかもしれない。
強引に聞き出すことは不可能ではないが、そうなるといろいろと困ることになる。彼を隔離してしまえばその
記憶とこれから起こることとの齟齬が生じやすくなることは明らかであり、そうなるとその記憶の価値も薄れて
しまう。
可能であれば、彼が自主的に協力を申し出ることが望ましいのだが……
(なかなかどうして、上手く事を運べないものだな)
思わず苦笑を漏らす。こんな荒唐無稽な話に真剣に頭を悩ましているなど誰も想像できないだろう。
――ブゥーーーン……
響き渡る振動音にデュランダルは動きを止める。
あまりにも突然のことで思考すらも凍りついてしまっていたが、徐々に脳が現実を認識しようと硬直を解いていく。
目の前の携帯電話が、頼りなくランプを点滅させながら振動していた。
そしてその液晶画面には、手紙が届くようなアニメーションが映っていた。文字は読めなかったがメールの
着信を知らせるメッセージであろうことは容易に想像できた。
――馬鹿な!?
言葉にこそ出さなかったものの、デュランダルは未だかつて経験したことがないほどに驚愕していた。
だが錯覚でも幻でもなく確かに携帯電話は何らかの反応を示している。振動はすぐに収まったものの、ランプ
は未だに点滅を続けていた。
おそるおそる手を伸ばし、携帯電話を掴む。しばし逡巡したが、意を決しメールを開いた。
――シン兄Chanおつかれちん→→→☆☆☆o(@^∀^@)o(@^∀^@)o
亜美だョ→→→→→→→→→→→→ン☆
と→とつだけどシン兄(C)におかしゲットさくせんのはつど→をめ→じる!
CHO→CHO→CHO→→→じゅ→よ→なさくせんだからリンキボーヘン?にタイショしてくれたまへ!
せいこ→のあかつきには真美のとっときのゲ→ムをかしてあげYO→☆ミ
そんじゃおつヵィよろよろ→☆☆☆さらバ→イ!
「はぁ!? メールが着た!?」
突如として上がった素っ頓狂な声に食堂にいた人間の視線が一斉に向けられる。
やや遅れてそれに気付いたシンは周囲に愛想笑いを返しながら声のトーンを落とし改めてレイに詰め寄った。
「どういうことだよ? あれに着信なんてあるはずがないだろ?」
「だが現実にあった。実際にこうして形として残っている」
涼しい顔のままのレイとテーブルの上に置かれた携帯電話へ交互に疑わしげな視線を向け、そっとシンは電話
を手に取りメールボックスを開く。
そこに書かれた文を見て……気が抜けたようにテーブルに突っ伏した。
「あ、あいつら……こんなときに菓子買ってこいってなんて呑気な」
「……読めるのか?」
「え? あぁ、まぁな」
「情報部の暗号解読斑でも一晩では断片的にしか判明しなかったと聞いたが」
「なんでそんな大事に!?」
「そのメールを見た議長が緊急で要請した」
自分が悪いわけでもないのだが、それでも沸き上がる奇妙な罪悪感にシンは頭を抱える。
その暗号解読斑とやらが小学生のメールの解読に勤しんでいたと知ったらどうするだろうか、などと考えて
しまった。
「だがシン、このメール何かおかしくないか?」
「そりゃいろいろおかしいって……文章だけじゃなくてここに届いたこととかもさ」
「そうじゃない。問題は着信の時刻だ」
その言葉にハッと身体を起こしシンは再度メールを見る。
――着信日時は携帯電話が表示する時刻の数分後……つまりこちらの世界に飛んだ数分後になっていた。
冷静に考えてみればメール本文は至って普通のものであることもおかしい。こちらの世界に来て一週間は経っ
ているというのにまったくもっていつも通りの内容だった。
これらの点を踏まえて考えると、考えられる可能性はひとつ。
「向こうでは……ほとんど時間が進んでいない?」
「素直に受け取ればそうなる。もっとも、時計の止まっているその携帯電話では断言できないが」
念のためメールを返信してみたが、何度やっても送信エラーになった。これでは何も確認できない。
結局のところ憶測はできても正確なところは何も分からずじまいとなった。
「……本当に、なんだんだろうなこれ」
「まったくだ」
揃って溜息をつく。もはや何が起こってもちょっとやそっとじゃ驚かない、そう考えてもまた驚かされる。
いい加減非常識な現象とは縁を切りたいところであった。
「ったく、本当にあっちに戻れるのか分からなくなってきた」
「例の、開発中のビルの話か?」
「あぁ」
「……普通に考えれば正気を疑うな」
当然だろう。何せ来た時と同じように鉄骨に押し潰されば戻れるのではないかという話なのだ。
自殺志願者だと思われるのが普通である。
あの場所についても何故地球と同じような場所なのかという疑問が残るのだが。
「ホント、あんたたち最近はいつも一緒ね」
背後から上がった声にシンが振り向くと、やや呆れたような顔をしたルナマリアが立っていた。
「明日から忙しくなる。そのための打ち合わせだ」
「あぁ、そういえばもう来るんだっけ。あのナチュラルのアイドルって」
ルナマリアの言葉に今さらのようにシンは一週間ぶりに春香や千早たちに会えるのだということを実感する。
つい先ほど亜美からのメールを受け取ったというのに……そう考えると奇妙な感覚だった。
そして気付く。再会を待ち望んでいる自分がいることに。
――この世界での接点など、明日までないというのに。
「ま、それは置いとくとして。あんたたちに紹介したい子がいるのよ」
「紹介?」
聞き返した直後に気付いた。ルナマリアの背後に隠れながらそわそわとしている少女がいた。
ルナマリアと同じ髪の色のツインテール、それだけで誰なのかすぐに察しがついた。
「ほら、出てきなさいって」
「う、うん……」
遠慮がちに見せたその姿は、やはりシンの想像通りの人物だった。
「私の妹、メイリンよ。私たちとは違うコースだからあんまり会うことはないかもしれないけど、よろしくお願いね」
「あの、メイリン・ホークです。よろしくお願いします」
「……レイ・ザ・バレルだ」
あまりにもそっけない自己紹介に戸惑いながら差し出された手を握り返すメイリンだったが、ふとシンの方に
目を向けて困惑した表情になった。
「えっと……どうかしたんですか?」
「え? あ、ああ……俺はシン。シン・アスカ」
そう言いながら頭を下げる。レイと同じように握手する気にはなれなかった。
――思い出してしまった。メイリンと会ったのは、アスランと共に脱走したところを追跡し……その機体を
撃墜したのが最後だったということに。
「何よシン、最近は結構明るくなったと思ったらまーた暗くなっちゃって」
「……別に、ちょっと驚いただけだって。ルナに妹がいたなんて知らなかったし」
「えぇ? ちょっと前に話したでしょ?」
しまった、と思いつつ反射的にレイを見る。表情こそ変わらなかったがかすかに溜息を漏らしていた。
「ここ最近は忙しかったからな。シンも忘れていたんだろう」
「しょうがないわねぇ……まぁいいわ、ちゃんと覚えてあげてよね」
「あぁ、わかったよ。よろしくなメイリン」
「あ……はい!」
握手を交わす。自分が覚えている素っ気ない出会いと比較すると、少しはマシになったかもしれないと感じていた。
同時に、記憶が塗り潰されるような感覚に奇妙な危機感を覚えてもいたが。
「あー、お取り込み中のところ悪いんだが少しいいか?」
唐突に割り込んできた声の主に視線が集まる。実習を終えた直後なのだろうか、整備服に身を包んだヨウラン
とヴィーノが立っていた。
――その手には、何故か色紙があった。
「……どうしたんだ? 二人揃って」
猛烈に嫌な予感を感じつつもシンは二人に問いかける。
「いやな、シン……俺達って友達だよな?」
「その切り出し方から始まることは大抵ろくでもないことの気がするぞ」
「まぁまぁ、そう複雑なことでもないって」
予想通りのことならば当然だろう、複雑であるのも困難であるのもおそらくはシン自身に降りかかることなの
だから。
「で? つまり何が言いたいんだ?」
「うむ、話せば長くなるからざっくりとまとめるが……」
すぅっと息を吸い、二人は同時に頭を下げながら色紙を差し出してきた。
「「俺達の代わりにサインを貰ってきてくれ!」」
予想と1ミリたりとも誤差のない言葉に、勝手に溜息が出てきた。
「あのなぁ……俺が頼んでどうにかなるもんじゃないだろ」
「だがしかし! それでもやってみる価値はあるはずだ!」
「たとえ99%可能性がなくても1%あれば挑むものだって昔の偉い人が言ってた!」
目が本気だった。何がこの二人をここまで突き動かしているのだろうかと疑問を抱いてしまうほどの熱があった。
もう一度、深く溜め息を吐く。今までこういう強引なサインをときに受け入れときに断っていた身分としては
どう答えるべきかということが既に浮かんではいた。問題は今はその身分ではないということなのだが。
「分かった、分かったよ。一応頼んではみる。でも断られても泣くなよ?」
「おおっ! マジで!?」
「今度から心の友と呼ばせてくれ」
「それはやめろ」
まぁ2枚くらいなら大丈夫だろう……そう考えた瞬間、不意に背筋に悪寒が走った。
まさか――そう考えたときにはもう遅かった。
「よぉしみんな! しっかり言質は取ったぞ!」
「全員集合!」
――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
いつの間に集まっていたのか、シンたちの周りのテーブルはすべて十数名ほどの整備科の連中に囲まれていた。
しかもそれぞれ色紙を持っている。それが意味することにシンは頬を引きつらせた。
「おい……? お前ら? これはいったいどういうことなのか説明してくれやがりませんか?」
「おいおい、さっき言ったろ? 『俺達』の代わりにサイン貰ってきてくれって」
「今さら撤回はしないよな?」
とても良い笑顔でそう告げる自称友達二人を憎々しげに睨みつけながら、シンは諦めたように一度目を伏せた。
「あぁ……あぁわかったよ! 聞くだけ聞いてやるから全部持ってこい!」
「お? いきなりノリノリだなシン」
「繰り返すけど聞くだけだからな? 絶対貰えるとは約束できないからな?」
「十分十分! それじゃみんな誰のサインが欲しいかちゃんと言っとけよ」
「ミキミキにお願いします!」
「あーはいはい美希にな!」
「春閣下に一票!」
「お前も愚民か!?」
「72で!」
「名前を言え名前を!」
「いおりんのサインを!」
「来ないっての!」
「やよいたんハァハァ」
「HENTAIは帰れ!」
「あずささんは俺の嫁!」
「それ言いたいだけだろお前!」
油臭い男たちに群がられたシンをポカンとした顔で眺めながら、放心したようにメイリンは呟いた。
「あのシンって人、なんかテンションの落差が激しいね」
「ちょっと前まではそうでもなかったんだけどね……でも、ナチュラルのアイドルかぁ」
「お姉ちゃんは興味ないの?」
「そこまではね。前からCMで流れてるけど、あの千早って子の歌少し苦手だし。全体的に暗いっていうか」
「ふーん……」
そんな会話が聞こえてきたが気にしている暇もなく矢継ぎ早に差し出される色紙の対処をするのに必死だっ
た。レイも手伝ってくれれば、と思い隣を見るが我関せずといった様子で紅茶を飲んでいた。
――半ばヤケになりながら色紙を仕分けながら、シンは思った。
レイやルナマリア、そして他のみんなともこうして騒がしくも賑やかな時間を過ごす。
まるで昔気付かず置いてきてしまったものを今拾い集めているようだ、と。
――慌ただしい一日が終わり、ついにこの日がやってきた。
いつもならアカデミーで講義を受けている頃だが、今日はレイと共にとある区の一角に来ていた。
プラントは極一部ではあるがナチュラルの入国を許可している区が存在する。第一世代コーディネイターの
親族やジャンク屋ギルドなどがプラントへの功績を残した場合のみに授与される入国パスポートを持つ者のみ
など厳しい制約もあるのだが、正式に入国を許可される数少ない場所である。
そして、765プロダクションのアイドルたちがライブ当日まで滞在する場所でもある。
今日は顔合わせと宿泊地への案内ということで宇宙港の一室で待機していた。
「……落ち着かないようだな」
そう指摘され、そわそわしている自分に気がつかされた。
自分でもよく分からないほど緊張しているらしい。
「仕方ないだろ。見知った顔ではあるけどこっちで会うのは初めてなんだし」
「いろいろ思うところはあるのだろうが気をつけろ。今の俺たちはプラントの代表としてここにいることを忘れるな」
「分かってるって」
憎たらしいほどにいつもどおりなレイを横目で一瞥し、瞳を閉じる。何度か深呼吸をしてようやく平静を取り
戻した。
それから数十分ほど経ち、何人かの足音が聞こえてきた。
身構えるように拳を握り締めると、予想した通りドアが控えめにノックされた。
「――どうぞ、開いてます」
起立しそう告げたレイに倣い慌てて立ち上がると、ほぼ同時にドアが開かれた。
「失礼します」
真っ先に入室してきた男に、見覚えはなかった。
格好や眼鏡をかけているところなどは自分の知るある男と似通ってはいたが、それでもはっきりと別人と分か
る程度には判別がついた。
挨拶と共に知らない名前の書かれた名刺が差し出される――『プロデューサー』という字にこれほど違和感を
覚えるとは思わなかった。
「そして、彼女たちが今回ライブをさせていただくうちのアイドルです」
プロデューサーに促され、リボンを付けた少女があたふたとしながら自己紹介を始める。
「えっと、はじめまして! 私、天海春香です! まだまだ駆け出しのアイドルですけど、今回のライブよろしくお願いします!」
ふーと息をつく春香だったが、ぼーっとしたままの金髪の少女に次の番だとなんとかジェスチャーで伝えようと試みる。
あくびを漏らしてようやくそれに気付いた少女は特に悪びれる様子もなく胸を張った。
「ミキはね、星井美希っていうの。ライブはそれなりに楽しめたらいいかなって思うな。よろしくね」
そして最後に、長髪の少女が口を開く。
「如月千早です。よろしくお願いします」
――自分のよく知る彼女たちのままだった。
春香はこっちが心配してしまうほど危なっかしく、美希は髪を切る前の頃を思い出すほどやる気がない。
そして千早は――すべてを拒絶していたあの頃の目をしていた。
最終更新:2011年08月04日 15:45