第8話『赤と青』
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『ふう。そんじゃっ、今日はここまでにするか』
黒い宇宙に2体の巨人がいた。
「は・・はい。ありがとう・・ございました」
いや、1体は死体のように漂っているという感じだ。というより黒い分、燃え尽きた死体のように見える。
『しっかし・・・お前もよくやるよなぁ』
朱い巨人ソードカラミティのパイロット、エドは呆れた口調で言った。
彼らは1時間きっかり模擬戦をやっていた。
普通模擬戦をやるならシュミレ・・じゃなくてシミュレイターを使えばいい、だがシンはあえてエドと実際にMSに乗って対艦刀の代わりに模擬戦用の鉄骨でやっていた。
人の集中力は大体60~90分と言われている。そこでシンのとった方法は最初から限られている一日一日の模擬戦の質を出来得る限り高くするということだった。
ガイア2ndのVPS装甲をわざと最低レベルの黒にしたのも宇宙用迷彩のためだけではなく衝撃と痛みを出来る限り自身に与え、痛みと一緒に身に経験を刻み込むためである。しかし、シンはまだ1本もエドからは取ってはおらず一方的に打たれ続けた。
だがむしろ、実戦の恐ろしさをしっかりと理解している二人はこのやり方のほうが有効だと考えた。実戦は体が動かなくなるくらい恐ろしい、だからこそできる限りやっておくのは基本であるからだ。
エドの長所はギリギリまで動きを読ませず、相手の隙と装甲の隙間を狙い、一気に攻めに転じることのできる心理的余裕をもっているところだ。
それは水のように無形にして、激流のようにいくべきところに勢いをつけていく“流水”のような理想的な戦いかた。まさに勝負は一瞬にして一撃。その間合いでの勝負のまえには無数の銃口も刃も意味をなさず、勝敗を決めるのは心の強さだけ。
シンだってそれには気付いてはいるが、自分の性格と経験値の違いが勝負の分け目をつくっているという事実に手も足も出ないでいた。むしろ気付いているからこそ悔しい。
『本当によくやるな』
「う・・うるさい」
なんでも8はシンを気に入ったらしく、勝手にA8をガイア2ndにとりつけられていた。
『なあシン、1つアドバイスがある。――俺のマネゴトはもうやめろ』
「ッ?!」
「勘違いするなよ?お前に力が無いと言っているんじゃない。」
エドとシンは違う、反応速度などならシンのほうが速い。
『お前の強さ――自分の持ち味を生かすことも考えろ、と言っているんだ。』
確かにエドの剣技はシンの理想のものに近い、だがそれは所詮エドのものであり、不十分に会得して実戦でシンが使えば迷いが生まれ死を招くこともある。だからこそ元の持ち味を伸ばすこと、土台(シン)にあったアレンジが大切なのだ。
そして、もう一つ。シンの戦い方は文字通り“狩り”だ。最初に群れを統率する頭を獣のような勢いで討ち、その後バラバラになった雑魚を狩っていく・・・・古代の戦者のような戦い方だ(無論本人には自覚がない)。
ここぞと決めてから勢いをつけて決めるのがエドなら、最初から勢いをつけるのがシンの戦い方だ。
だから根本的に違うのである。
「俺の・・強さ」
分からない。
迷い。
迷う。
自分で自分を見ることはできない。
自分で自分に聞くことはできない。
百閒することもできない。
一見することもできない。
自分に自身は分からない。
『対艦刀を当たり前のように振り回すバランス技術、遠・中・近をこなすオールラウンダー、決めつけは高機動戦闘だ』
8がいたのは幸運だった、こういうことは本人には分かりにくい。
「・・・・エドさんはギリギリまで見切られるのを防ぐためにあの構えをとった。なら、俺は」
見切られる前に、とる。それがシンの出した結論。
『もう、なんで俺が装甲と装甲の隙間―――関節を切り裂くのは分かっているんだろ?我慢しなくてもいいんだ、思う通りにやってみろ!』
「・・・はい。もう一度お願いします!」
『いいだろう』
ぞわっ――寒気がする。持っているのは鉄骨でも、エドから感じているのは本気の殺気。
全身から感じる冷たい『風』。
ただただ・・・・寒い。
- これだ。あの時、“アイツ”と殺し合った時の広がる感覚と爆発し続ける衝動。あの頭の中がクリアになる感覚とは違う・・・・言葉では言い表せない、相手から冷たい何かを感じ取る力。そして全てを・・・・薙ぎ払い・・・・切り裂き・・・・・・・・・・・・・喰らいたいッ!!!
相手の殺気という日光と、危機感という水と、経験という養分により成長していく。
それにともないに『シン・アスカ』を捕食者として進化させていく。
それが寄生するモノと寄生される者にとっての共生という関係である。
「フーッ・・・・いきます!」
『切り裂きエド』の強さに呼応するように高鳴り熱くなっていく鼓動を押さえていた。
さっきからずっと我慢していた。逸る攻撃性を押さえていた。
『来いっ!』
相手は自分より強いのだ、遠慮はいらない。
もういい・・・・・・我慢はもういいんだ。
闘争本能と勇気の赴くままに、
殺戮本能と凶気の赴くままに、
ただ向かっていく、それだけだ。
エドは唯一人、愛機の中で、暗い宇宙の中で黄昏ていた。
「へえ、オッサンの言った通りだな」
エドは分かっているのだ。もしシンが接近戦にこだわらずに遠・中・近距離を全てこなす、オールラウンダーならではの戦い方をすれば自分は負ける。
さらに言えばシンには『型』がないのだ。
強いて言えば感情と環境と状況によって戦いの型が変化していく。言うでなれば、型の無い臨機にして応変な理想的な“流水”の体を持っている。
だがもし、シンが熱くなりやすい接近戦においても感情を制御して、戦いにも緩急をつけることのできる冷たく静かな“止水”の心を持てば・・・。
「アレは道を外すと――危険だ。」
エドは恐れた。
遠距離が強いということは近距離が弱いということであり、近距離が強いということは遠距離が弱いということであり、全距離が弱くないということは、全距離が強くないといことである。・・・・本来は。
異常だ。
異常者の中の異常者だ。
戦う時は単純に相手の相対的な強さで戦えば簡単に勝てる。だがそれは運任せのようなもので実際はそう上手くはいかないが――それをシンは成せる。状況や環境を選ばずにだ。
さらにいえばまだ未熟。つまり――まだ強くなる可能性がある、突然強くなる可能性がある、たとえ優勢であっても油断した瞬間仕留められている可能性がある。余りある可能性を持ちすぎている。
恐怖だ。
戦っている最中に、正確にして虚実織りなす射撃を擦れ擦れでかわし続けてようやく近づいて剣での間合いに入れたと思った瞬間に、その瞬間にも近距離に特化した自分より強くなり続ける可能性があるなんてものは恐怖以外なんでもない。もちろん味方なら援護から偵察、切り込みからしんがりまでこなしてくれる頼れる存在だ。
しかも何か最近のシンの心に余裕を感じる。
今のシンには感じるだけではなく、考える余裕がある。エドのように「これが自分戦い方だ」と何か一点に集中特化させた者は無意識に自分の得意な距離や戦術を無意識に組み立てることができるが、シンのような万能型は戦いの中で距離や戦法などの複雑な加減をしなければならないので余裕の無さと心の弱さが付きまとう筈なのだ。
それなのに。
自身の敗北を受け入れるだけの余裕がある。
自分の弱さを受け止めるだけの余裕がある。
ただ突っ走るだけだったあの男が、着々と多くのものを見渡すようになってきている。
明日にはもっと強くなってくるだろう。
嘘のようなことを、戯言のようなことを、現実に着々と成していく。
「ははっ・・これじゃあ、まるで“進化”だ。」
冷や汗をかきながら何かを誤魔化すように笑う。
進化こそが真価ともいうのだろうか。
ソードカラミティのあちこちにはまるで連続した攻撃を受けた様な小さな跡がいくつか残っていた。
かつては『ナイフのフレッド』を倒すために、かつては『ヤキンのフリーダム』を討つために、かつては大戦後の地獄を生き残るために、シン・アスカは驚異的な早さで成長を成した。今また、その『ゲイリー・ビアッジ』と『切り裂きエド』という事象を前にして、さらなる成長を成そうとしていた。
また負けた、そんな何度目か分からない悔しさを噛みしめながら、でも呼吸を荒げながらシンはガレージの中に立たせたガイアから力なく出た。
「あッ・・ああーー・・・つっかれたー。気持ちわりぃ」
体中痛いし、何より正直吐きそうだ。今日もまたヘルメットを酸っぱい匂いで満たさなかった自分を褒めてあげたい。
そして熱い。
暑いのではなく熱い。体が熱い。
説明はしにくいけど。
何かこう――・・・・血も、肉も、骨も、体中の細胞全てが熱い。体が沸騰しているようだ。
頭がボーとするとか不快または不健康な感じじゃない。むしろ頭はいつも通り。
ノーマルスーツの内側はもう・・・・蒸れてヤバい。ヤバいぐらいなのではなく、ヤバいんだ。
体温と汗で分かるんだ。――これはマジでヤバいと。
恐怖ものだ。
勝手だが、これ以上不快な話は止めよう。
シリアスにいこう、初心(なんの初心だ?)に戻ってシリアスに。
今日もまた今日なりに得たものがあった。
だがまだだ、まだ強さが足りない。まだ“アイツ”には勝てない。
ゲーリー・ビアッジ・・・・血のように錆びた赤色の機体に乗る凄腕の傭兵。その名前も本名なのか分からない、顔も知らない、戦ったことしかない、戦場で2回しか会ったことのないのに『敵』と分かる男。
今、分かっているのはアイツもガンダムという力を手に入れ、それも短期間で使いこなす腕があることと、今後使い慣れることでさらに強くなっていくということだ。
ただ分からない。・・・どうやって手に入れた? あれは確かインパルスシステムの一部でプロパンダ用に作られたものだ。しかも聞いた話だと過去に戦中ムラサメに撃墜されたというし。可能性は機体からデータを入手した連合のデットコピー、それともザフトの再製作・・・?
いや。
もう一つある。ラクス・クライン率いる裏組織。カオスを回収し当時の新型ドラグーンのデータを盗用した可能性も十分ある。そういえば大戦中ガイアもいつの間にか渡っていたぐらいだから一番黒い、光沢があって黒光りするぐらいゴキブリのように黒い。その他にも傭兵やジャンク屋が“なぜか”最新機や秘匿機をもっているのはいくつか知っているのであまり気がかりにはならない。だがそれ以上に厄介なことは・・・・余計なことを詮索しようとすれば命を狙われるかもしれない、ということだ。しかも今はディエチがいる。自分1人だけ狙われるのはいいが、もしあの娘に何かあったら・・・いや第一にあの娘を狙うだろう、しかも関係のない多くの人たちを平気で巻き込んで不慮の事故に見せることだろう、裏の組織とはそういうことが得意な連中だ。情報屋に頼んで知っても結果は同じ、よって何もできない、何も調べられない、何も知ることもできない。
できるのは、せいぜい今のうちに強くなってまた出会ったときに生き残る術と可能性を少しでも増やすことだ。
強くなるため意図的に“あの感覚”になってからエドさんと模擬戦をするという選択肢もあった。そうすれば格段に得るものは増えるだろうけど、そうすれば格段に強くなるのは早くなるだろうけど、駄目だ。“あの感覚”は使えば使うほど使いやすくなり、体もそれに合わせるように頑丈になっていくという
オマケまでついてくる。だが大戦後の地獄の中で知ったことだがアレは戦いのために使えば使うほど、“倫理感”を失っていき、目的のために手段を選ばない人間になっていく危険なもあるのだ。使えば使うほど、“それしかできない人間”になっていく。ようは戦うために使っていくた者は戦うためだけの最低の存在に、人を支配するために使っていく者は人を支配することしかできない最悪の存在になっていく。
もっとも『子供殺し』でもある最低最悪の自分が今さらだとは思うけど・・・・まだ人間でいたい。ただそれだけだ。
あと、できることならもうアイツにも赤い機体にもあの感覚にも関わりたくない。
だがもし、もしもう一度戦場で出会ったのなら――次は殺る、必ずだ。
もう俺は負けられない――誰にも負けられない。
なぜなら今の俺に『家族』ができた、たった一人の俺の家族だ。そのたった一人のおかげで俺はもう、独りじゃない。ぶっちゃけて言えば――世界なんてもう、どうでもいい。
自慢できることじゃないけど、本人の前では言えるわけないけど、今の俺は『家族』のために――ディエチのために強くなりたい。力が欲しい、渇くほどに望んでいる。『世界』という全ではなく、ディエチという目の前の『一人』の家族のためにだ。世界は『孤独』をつくる。『孤独』っていうことはいてもいなくてもどうでもいいということで、『死』に近い。でも、『孤独』を壊してくれるのは鬼人でもなく機人でもなく戦士でもなく戦闘狂でもなく、いつだって――『家族』だけだ。俺にとってはディエチだけだ。全て、と言ってもいい。それは俺が世界の灰色や人の本性を見て得た答えだから否定する人もいるだろうけど――その人は『孤独』の恐ろしさを知らないんだと思う。たいてい何か物語の主人公は孤独の本当の恐ろしさを知らない。最終回になってようやく近くにいてくれる人のありがたみに気付く場合が多いけど、今の俺個人はディエチのおかげで“生きている人間”で、孤独っていうのがどういうのか知っているからこの答えが一番だと思う。・・・・2年前の俺なら、今の俺を否定するだろうけど。
あー・・早くディエチと一緒に厨房でイモの皮むきをやりたい、あれけっこう和むんだよなぁ。
「お疲れ様です、兄貴!」
そんなことを考えていると、いきなり少年の声が聞こえた。
「ん。おう!」
俺がその声に応えた先には少年がいた。
ヤマアラシのような硬そうな黒く短い髪にサファイアを思わせる青い瞳をもつ褐色の少年だった。左耳には無骨で銀色に輝く小さなイヤリングが輝いている。
幼さが残る顔だが瞳はちゃんとした男の子だ。背は俺よりちょっと低い。
着ているものはオイルの香りがほんのりする濃い黄色いツナギに焦げた茶色のジャンパーと飾りっ気のない格好だが、青い瞳からはまだ青さが残っている。
「今から整備か?」
強がる様子もなくシンはぐったりした様子のまま応える。本来、他人には弱さを見せないはずなのに。
「はい!あれ?――またエドさんと模擬戦をやってたんですか?」
ボロボロでヨロヨロになった俺の様子に気づき、ライは驚いていた。
「こてんぱんにな」
苦笑いしなら言った。だけどむしろここまでやられると清々しかった。
「よくやりますねぇ。また模擬戦の前に高重力室でトレーニングしてたんでしょ?」
ライは俺を信じられないような目で見た。しょうがないじゃないか、少しでも実戦に近くするためには最初からある程度体力を消耗しておかなければならない。
実戦では高い意識の集中、戦術や状況への思考、死への恐怖、精密な操縦の動作、高いGに対する筋肉の力みやストレスなどによってすぐに体力を奪われる。シウミレーションだけやっていればいいだなんて死にたがりの馬鹿のすることだ。
そして、体を限界以上に鍛える理由はもう1つある。管理局とかという得体のしれない世界の組織と戦争をするかもしれないからだ。可能性が万が一でもあれば何か手立てを用意しなければなない。
「けど今日は攻撃を当てられたんだぜ」
ニシシと笑う。進歩を実感している証拠であり、目標に向かって進んでいる実感のある笑いだった。
「マジですか!?」
「マジマジ、大マジだ」
「すっげぇー!」
ライはしゃいでいた、まるでヒーローが目の前にいるかのように。
いや、ライにとって俺はヒーローらしい。物語のヒーローのように身を挺して命を救ってくれたヒーロー・・・『英雄』。どう考えても俺じゃ役不足、なおかつガラじゃない。
「おっと、もうそろそろ行かなきゃな」
早く行かなければディエチがすねてしまう。厨房でのイモ剥きは本来MSの操縦がまだあまりできていないディエチが自ら率先してやっていることで、傭兵として雇われた俺が手伝う義務はないけど今の生活においては数少ないコミュニケーションの機会になっていた。それになんか新婚っぽくていいじゃん? 脳内のことだから本人には言えないけど。・・・・いいじゃないか片思いぐらい。
でも・・・・口先を尖らせてすねた姿も正直見てみたいかも。というより見てみたい。無論見つけたら即、名前を付けて画像を脳内に保存だ! 何に使うかは・・・・言えないッ。
「じゃあな、ライ! たっははのはー!」
さっきまでの痛みと疲労はどこへぶっ飛んだのか?脳内で数十パターンのイケナイ妄想を育てながら、いい笑顔でディエチの待っている厨房に向かって行った。
もちろん全速力だ。エプロン姿のあの娘がいるのだから、理由はそれだけでいい。
「あ、はい! それじゃあ・・・はええ」
少年は、あ・はは・・と苦笑いでシンを見送ると踵を返して歩き出す。最近のシンは戦場と日常ではギャップがあり過ぎるのだ。
すぐにシンの背中は見えなくなった。
少年が向かった先には細かい傷だらけのシリビリアンアストレイJGカスタムが立っていた。
「・・・オヤジ」
ライは左耳の小さな男性用イヤリングに触れながら、ほんの少し悲しく笑ってつぶやく。自分は大丈夫だ、と伝えるように。
赤い瞳のシンと青い瞳のライとの出会いは少し前にさかのぼる。
■ ■
01
最初の襲撃から1週間後。
シンとエドは明日のミーティングの打ち合わせをしていた。
シンの怪我は普通なら2週間治療かかる怪我だった――それを1週間で完治させた。1つ目の理由は麻酔や痛み止めを使わなかったこと、無視してもいい痛みだったので無視しただけだ。2つ目の理由は本能と自分の意思で治したこと、大戦後一年間の地獄で知った治療法で自然の治癒力に任せるのではなく自分の意思で治癒力を高める方法だ。3つ目の理由はシン自身も知らぬ――SEEDの影響だった。
薄暗い仮設の酒場で、黄白い照明に照らされて酒を飲みながら。エドは茶色いフライトジャケットにベージュ色のズボン、シンは腕まくりに胸元を開けるという赤服をラフに着ていた(本当はあまり着たくはないが、若いためなめられがちになってしまうからである)。ここで出た死者への弔いも自分たちの意思で勝手に兼ねながら。
ちなみにテーブルの上にある酒の瓶はシンとエドの2本とあの襲撃の犠牲者達のための12本、合計14本。始まりの儀式は、無言でグラスの底でテーブルをコンコンと2回叩き、そして一気に飲み干すというものだった。遺族たちとは別に、勝手に弔っているのもなんだが悔しくも自分たちにはこんな弔い方しかできないのが、苦しい。
2人は馬鹿話も含みしながら飲んだ。これ以上悲しい思いを増やさないように・・・・。
2人の頬は若干赤く、すでに軽く出来上がっていた。
「なあ、大丈夫なのか?」
軽くアルコールがまわっているにもかかわらず、エドの真剣な眼差しがシンに向けられた。
「お前、今回、長距離狙撃用のビーム砲を使うらしいが――」
「撃って場所がわれたら、最悪、孤立した状態で集中砲火を受ける可能性もあるでしょうね。」
エドが言い終わる前にシンが言いたいことを言って遮る。
分かっていたのか、とエドはキョトンとしている。
「撃ってきたら撃ってきたで逃げ回って俺は囮になる作戦です。そうなったら護衛は剥しますから、俺がやられる前にエドさんが決めて下さい。」
ニヤリと不敵に笑って簡単に――命を託した。
「ハッ、簡単に言ってくれるぜ」
エドも呆れ、数瞬遅れながらも応じた。
普通なら長距離ビーム砲などの目立つ武装を使う場合には、それぞれ遠・近・中距離に対応できる小回りのきく武装をもった者たちとスリーマンセルで動くのが一般的だからだ。そうでなければただの『自殺用兵器』でしかない。
ただの戦争だったのならばまだいい、相手を狙撃するだけでいいのだから。だがここはジャンク屋組合の現場だ。まず相手に『警告』をしなければならない。
これが厄介だ。
「だが『警告』はできる限り俺がやる。文句はないな?」
一番危険な仕事といってもいい。
「ッ?!」
「おっと、これは譲る気はねえぜ。」
反論しようとした立ち上がりかけたシンを、エドは左掌を見せるジェスチャーで止める。
「隊長である俺が体を張らねぇとしめしがつかねえし、誰もついてきちゃくれないからな」
正論だ。言葉ではなく行動で――でないと誰も命を預けてはくれない。預けてもらわなければ、命は助けられない。
しかし、シンはまだ納得のいかないという意思と表情を隠しきれなかった。酒があるからだ。酒がなければ隠していただろう。酒があるから隠し事はできない。酒があるから本人の意思や付き合いの浅さに関わらずに腹を割って話せる。だからエドは酒を飲みながらシンと話したかったのだ。男同士の付き合いは、今も昔も、東も西も南も北も、海も陸も空も宇宙も、関係がなかった。
「そういえばよ」
それを見たエドは話を突然話を切り替える。
「そういえば、あの娘とは一体どこまでいったんだ? ほらあの・・外はねの可愛い茶髪の。えーと・・ディエチちゃん、だっけ?」
今は関係が無い筈のことに。
「え!? あ、あの、あの、あの娘とは!?」
ディエチというたった1人の少女の名前で、シンはまるでどこかの純情な中二のようにあたふたしていた。中二といえば恋心を隠したがる頃合いであり。それはその恋心が“本物”である証拠。
「言ってみろ、どこまでいったんだ?」
ニヤニヤと意地悪な笑い方でエドはシンに詰め寄っていく。
「お、俺とッ・・ディエチは・・・・その・・・・」
シンのあたふたする様を見たエドは目を閉じて優しく微笑んで、
「お前がそんな反応をするんなら、多分その娘もお前が危険な目に会えば悲しんだり心配するはずだぜ? お前も男ならそういうことも考えてやれ」
諭すようにそう言った。
「・・・・」
「一人で危ねえこと全部背負おうとするな。肩の力を抜け。もう人死にを出したくない気持ちは俺も同じだ。」
エドの表情は深く。何もない空間を見つめていた。
「そのためにも1人1人が無理をせず全力を出せるようにする、それが最善策のはずだ。だからお前も無理すんな」
「はい・・・・わかりました。お願いします!」
シンはエドの強い意志の宿る瞳を見ると無駄だと悟った。いや、気さくだが決める時は決めるというそんな性格だからこそ彼のまわりに人が集まるのだろう。不思議にいつの間にか安心感も得ていた。
「そうそう、そうやって頼ればいいんだよ。信じて頼り合うってのがチームってもんだ。つうわけで――今日からここのタイトルも『ガンダムSEED Double Hero’s』に改名するぜ!!」
「却下です! 過ちは繰り返させない!!」
本編すら軽く食っちまうような人間が何を言うんだ。先にあんた、一応一回こっきりだけどゲームや漫画で主役をやったこともあったじゃないか。
「まったく・・・。」
頼れる兄貴分。
そんな存在はシンからすれば久しぶりだ。というよりそんなものは忘れていた、完全に。ついコートニーやハイネを思い出してしまう・・・・もっと多くの悪いことも良いことも教えて欲しかった。そして、人に頼るというそんな心の余裕でさえも自分に欠けていたのだと痛感する。アスラン・ザラはろくな指示を出さなかったし、大戦終盤では自分がMS隊の指揮をやってたこともあったし、大戦後はMS小隊隊長だったし・・・…他人に頼ることよりも頼られることのほうが多かった。本当によく生きてたことと、胃に穴が開かなかったのが不思議なくらいだ。…幻覚を見た時は錯乱してしまったが。
これで1番危険な役割を担うのはエドになった。
つまりはできる限りエドが表から相手に『警告』を出し、シンが陰から相手を狙い撃つかたちになる。
戦闘はチームプレイだ、仲間を信頼しなければ何もできない。シンはエドの接近戦の経験と実力が自分以上の腕と知っているからこそ頼ることができるのだ。
シン・アスカのこれまでの人生からみれば、人を頼るというのは難しいことだ。だからここは、頼らせるエドがすごいと言えるのだろう。
突然、エドは酒の入ったグラスを掲げた。どうやらこの飲みもお開きのようだ。
「死に栄光あれ!」
エドがそれを口にすると、それを合図に、
「死に栄光あれ!」
シンも続き、2人は減るはずのない12杯のグラスに視線を落とし、グラスの底で犠牲者と乾杯をするようにテーブルを叩き、一気に飲み干す。顔も声も知らなかった勇気ある男達に対して。男達の残していったものを必ず守ってみせると誓って。
ダンッ。
枯れた音が鳴った。
これで終わり、ケジメをつけた。
だから、もう振り返らない。
だから、もう振り返れない。
前を見ずに振り返って迷えば、さらに人が死ぬ可能性がある、から。辛い。
「それじゃあ俺はこれで。」
「おう! 俺は今からコイツを空にする任務につく!」
エドは顔を振り向かずに、酒の瓶を持ち上げて背中越しに言った。
「まったく・・・飲み過ぎないで下さいよ」
呆れたように言ったが。
シンも振り向かなかった。理由を、理解しているから。
隊長という立場は辛い。誰にも弱さを見せられないから。まわりの人間を安心させるために泣くことも許されず、逆に力強く笑ってまわりを安心させなければならない。残酷なほどに、孤独だ。
エドは飲む、瓶一杯の悔やみの酒を。
悔やまなかったはずがない。もっと早く来ていれば犠牲者はもっと出なかったのではないか、と。
だがもう遅い。遅い、のだ。
誰もエドを責める人間はいなかった。エドが敵の戦艦を切り裂かなければそもそも戦闘は終わらなかったし、ゲイリー・ビアッジの戦う理由を絶たなければシンが死んでいた可能性だってあった。賞賛されることはあっても責められる筋合いはない。だがエドやシンの立場から言えば、犠牲者が出た時点で、負けだ。物は盗まれても代用がきくが、命は戻っては来ない。ましてや死を覚悟するのが当たり前の軍人でもないのに。
戻ってこなくなった命が出た時点で、負け。
残酷にも時間は刻々と過ぎてくる。未来の敵は待ってはくれない。その時にまで引きずってはならない。もう犠牲者はだしてはならない。割り切らねばならない。
だから。
背中から流れた涙の痕を苦い酒で、明日のために洗い流すのだった。
琥珀色の液体の入った12杯のグラスは去っていくシンの後ろ姿をドアの向こうに消えるまで、声も出さず無表情に映し続けていた。
「あ。おかえり」
ふとディエチの声が聞こえた――というより目の前にいた。ディエチの髪型は“とある出来事”から三つ編みにしている。
「え? ああ・・ただいま」
気が付いたらもうすでに帰っていたようだ。でも何を考えていたのかは思い出せない。
というより変だ。変な関係だ。この世界ではディエチにはもちろんのこと、シン・アスカにも、帰るべき家が無い。だから互いを帰る場所にすることで心と存在を安定させ合っている。
これまでのシン・アスカがもっていたもの、いくらかの金とガイアガンダムというMSと悪名・・・・・そして体に染みついた蒸せる炎と冷たい血と死の匂い。戦場には出るのに帰るべき家はないシン・アスカは、実のことこの世界におけるディエチと同じぐらいに儚い存在でもあった。
当たり前のように、ごく自然に俺の赤い軍服を脱がして手に取っていく。人は土地に帰るのではなく、本当は人は人に帰るのかもしれない。
「シンさんは・・・」
後ろから怯えて震える声が聞こえる。振り返ってみると、俺の赤服の上着をぎゅっと両手で震える女の子がいた。その顔は俯いていて見えない。
「シンさんは、死んだりしないよね?」
もしくはあえて見せたくなのかもしれない。多分そうだろう。
そうだ思い出した。目の前にいるディエチは俺が死んだら割り切ってくれるだろうか、と考えながら帰ってきたのだった。故人を弔う、あの何とも言えない雰囲気に流されていたようだ。
「実はさ。最初の襲撃の後・・・死んだ人たちが入った袋が並べられてて、その前で・・・・泣いている人たちを見たんだ。」
ディエチは言い難そうに、途切れ、途切れ、に言う。
当たり前だ。戦場に出る人間にとってそういうことを言うのは縁起が悪い。
「怖かった。シンさんも一歩間違ってたら――って思うと、本当に・・怖かったんだ」
小さな肩が震える。脆く、今にも壊れそうに。
足元に水滴が一滴舞う。
「今も怖いんだよ。またMSに乗れるようになって・・・もしかしたらって、思うと・・・・」
本来なら禁句――言ってはいけないこと。
でも。
「ありがとな、恐いと思った時に素直に恐いって言ってくれて」
けどシンはディエチの頭の上に右手を優しく置いて、撫でて微笑んでいた。それは今、戦場に出る者という服を脱いでいる素のシン・アスカにとっては、嬉しいことだった。自分が彼女に信じられて頼られることで支えてもらっていることが実感できる。これまでの人生はあまりいいことが少なかったとは思う、けど今は胸を張って、今の俺は幸せだと言えそうだ。恥ずかしくて絶対に言わないとは思うけど。
死ねない――嬉しいことだ。
生きる理由がまた1つ増えた。
「けど大丈夫! ここには俺より強いエドさんがいる、悪運はロウが呼んでくれる、いい知恵は8が出してくれる。そして、今の俺は今までのどの俺よりも強いっ!」
なぜ強いか、その理由は目の前にいるんだ。
たとえデスティニーに乗った過去の自分であろうと、フリーダムに乗ったキラだろうと、ジャスティスに乗ったアスラン・ザラだろうと、今はまとめて戦っても負ける気は一切しない。というより、その3人ならチームワークの悪さで本当に個々に相手をするよりは楽なのかもしれない。変で、嫌な自信だ。
「これでも大戦中は『戦艦斬り』、『中隊潰し』、『デストロイ殺し』、『フリーダム墜とし』と呼ばれ、そして今は『羅刹』なんて呼ばれているんだ。大丈夫大丈夫」
「それってハッタリでしょ? シンさん、強くないもん」
強くない、目の前の鬼人をそう言うのはこの世界ではディエチだけだろう。『戦う者』以外の価値でシン・アスカを見ることのできるディエチだけだろう。知らなかった前とは違う。戦っているシンを見たことのある上で、弱いと言えるのはこの世界でたった1人の少女だけだろう。
「あ、ばれた?」
悪びれていないような態度でおどけてみるとディエチはクスッと笑ってくれた。やはり笑顔のほうがいい、笑顔が見れるのなら俺は『ピエロ』でいい。
「でも今回――明日からはそんなに危険じゃないのは本当なんだ。」
俺はエドさんに心の中で深く深く感謝した。エドの心遣いが無ければディエチを安心させられるだけの根拠がなかっただろう。もしくは、つきたくもない嘘をついて、被りたくもない偽の笑顔の仮面を被っていただろう。本当にいくら感謝しても足りないぐらいだ。
「そういえばさ。都合がいいとは思うんだけど・・・・撃墜されない魔法とかってない?」
うん、バカだ。都合が良過ぎる。そんなものがあるのならディエチ自身、管理局の『白い人間じゃないもの』とやらにやれていないわけで。
「うーん・・・・あるよ」
あった。
「あるの!? マジで!?」
あったよ。ご都合主義もいいところだ、都合が良過ぎる。
「うん、マジで。」
「かけてかけて!」
そんなものがあるのなら頼まないほうがおかしい。神様は信じてはいないが、魔法ってやつは最近信じるようになった。誰かさんのおかげで。
「でも、これ対価が・・・」
言い難そうに言う。
「ん? 魔法だからやっぱ・・・・生贄とかじゃないだろうな?」
もしかして蛙とか鶏が必要なのか、と少しだけ引いて聞く。
「恥ずかしい話とか、ここだけの話とか。まあ、何が出るかな、何が出るかな、だよ」
「ライオンの使いまわしか?」
ここにはゲストもいなければ、どこぞの銘菓もない、緑色の鬣を持った実はエイリアンの黄色いライオンももちろんいない。ああ、なんか甘いものが欲しくなってきた。
「いいぜ、その時がきたら俺がダイスの『当たり』を出して視聴者プレゼントをしてやるぜ、ファイナルアンサー!」
もうごちゃ混ぜだ、わけがわからない。
「それじゃあ・・・」
そう言って、ディエチは俺の頭を両手でがっちり持って自分のほうに引き寄せ・・・・ってあれ、近いよ? 近い近い近いいいいいいいいいいいいいいいい!!!
「ちょっと待て! 撃墜されない魔法ってほっぺにちゅうなのか!?」
「うん。そうだよ」
平然と答えた。いや、かすかに頬を赤くしてモジモジしている。困った可愛いぞコンチクショウ!
「マジで!?」
困った。それだと俺は別の意味で撃墜されてしまう。
「マジだよ」
「オーディエンス!」
我ながらナイスな起死回生の選択だ。
「はいもしもし」
ノリがいいな。しかも左手で受話器を持って、右手で配線をイジイジする仕草を再現するところまでするところに芸の細かさを感じる。一見天然のようで実は辛口突っ込み、さらにノリもいいときたら、一緒にいると退屈しない。一緒にボーッとするのもそれはそれで好きだけど。
「撃墜されない魔法ってのが、ほっぺにちゅうだったんだけどどうしよう!?」
「やってもらっちゃいなよ」
いや、平然と答えるように見せかけてポッと頬を赤くするなよ、可愛いから。あとそのジト目も禁止と言いたい、今その組み合わせは反則的に卑怯だ!
「ある意味俺が撃墜されるんだけど!?」
「逆に考えるんだよ。ここで撃墜されてしまえば、もう撃墜されることはないってね。」
なんだか騙されているような気がするな。だけど言われてみればその通りなのかもしれない。よし、覚悟完了!
「じゃあしょうがないな。」
「じゃあしょうがないね。ちなみに時間切れでオーディエンス終ー了ー」
「なら、かけてもらおうか、撃墜されない魔法ってやつを」
「キャンセルはできないよ?」
「いいよ。」
ディエチに長い後ろ髪の端のリボンを、しゅっと引いて三つ編みを解く。シンにとって一日の終わりの合図がディエチに上着をとってもらうことなら、ディエチにとっての一日の終わりはシンに結っってもらったディエチの三つ編みをシンの手で解いてもらうことだった。
「ここだけの話――魔法なんて、もうとっくにかけられているから」
どうやら今晩、俺はこれまでよりさらに強力な魔法をかけられてしまったらしい。
タチが悪いことに、その性質は呪いに近く。今晩は高鳴る心臓の鼓動でなかなか簡単に眠れそうにない。
けどこの熱さを俺はひっそりと秘めながら大切にしたい。俺がもう歩く死人じゃない証拠でもあるから。
最終更新:2011年08月04日 15:49