02
暗い部屋の中に数十人の男たちがところ狭しとパイプ椅子に座っており、男たちの視線は一点に集まっている。
ミーティングだ。
「じゃあこれからの編成についておさらいするぜ」
窓のように大きくダンボールのように薄いディスプレイの前にエドとシンが立っており、ディスプレイの中にはギガ・ムーヴを中心としたこの辺の宙域が映し出されている。
「偵察隊が8人で、動くときは必ずツーマンセル。第1分隊が隊長の俺と精鋭2人、第2分隊は隊長と副隊長と他9人、で第3分隊は――」
言われた配分の中にいるであろう男達はうなずきながら、無言で了解を示す。
「俺1人です。第1分隊が正面からの攻撃、第2分隊がけん制及び本陣の守備、俺は裏からの奇襲もしくは狙撃による援護。これらが大まかな役割分けになっていきます。」
シンは驚異的な体力と回復力により、本来なら10日間かかる傷の治癒を終えていた。
「よし、質問あるやつはいるか?」
このミーティングももうすぐ終わる。ミーティングはこれからも周期的に事前的に緊急的にやっていくがこの回はもうすぐ終わる。最後の質問タイムというやつだ。
誰も質問する者はいない・・・そう思った瞬間、一人だけ手を上げた者がいた。
「あの副隊長殿、狙撃及び奇襲つっても1人じゃ危険なんじゃないんですかい? たとえば軍人くずれの集団でこられたら・・・」
エドと行動を共にする精鋭の内の1人で名前はジェニーという名前の無骨で無精ひげの腹の出た中年だが、神妙な顔でシンを心配していることから数々の修羅場を潜り戦場の恐さを経験的に知っているベテランだということが分かる。
「ああ、そんな時は・・・」
シンが何かを思い出したような仕草をとる。
「そんな時は・・・!?」
ジェニーだけではなく、部屋の中にいるエド以外の一同がシンに・・・・注目する。
「シッポ巻いて逃げるんですよ。ワンワンとね」
数秒間、一同は目を点にして沈黙し。
ぷっ・・アハハハッ!!と吹きだして笑った。
良かった。すべったらどうしようかと本気で心配していた。
エドは部屋の明かりをつけて一同を自身に注目させる。
「そんなわけだ諸君、勝てない戦いからは逃げるのが一番だ! 死んだら温いビールも冷たいビールも飲めないからな!」
「飲んでばっかじゃないですか!」
「おっとバーガーを忘れていた!」
さらにおどけるエドに対し、「まったく」と呆れるふりをする。
「それじゃあ最後に俺から一言。戦闘の中心に加わらない偵察隊の人たちにも――」
シンは一呼吸おいて、真剣な眼差しと口調に変え、
「死なないでください。」
誠意をもって命令した。
「あなた達の仕事は有事の際に生きて情報を持って帰ることであり、その情報の有無は俺たちの生死を分けます。あなた達の仕事にもそれだけの危険性と重要性と責任があることを自覚してください。」
以上、と最後をしめた。
シンを見る男たちの力強い眼は、「了解!」と答えている。
いい雰囲気だ。
エドはその様子を見ると――よし、と内心うなずき。
「そんじゃ、解散!」
パンパンと2回手を叩いて、一同を解散させた。
ミーティング終了。
数分後、ミーティングルームにはシンとエドの2人だけが残った。
2人は適当な机に行儀悪く腰掛けて向かい合っている。
「ご苦労さん。上手く受け入れられたな」
どこに隠し持っていたのかエドはバーガーを2つ取り出して「食うか?」と1つをシンに手渡し、シンは「どうも」と言って受け取ってから包み紙を開いて食らいついた。貰っておいて図々しくて言えないが熱いコーヒーが欲しくなってくる。正直疲れた。なぜなら全員シンより歳上だからだ。人生の先輩に対して説明したり威厳をもたなくてはならない――なんて言うか、やっぱり『疲れる』の一言だ。昔の元小隊の連中なら、少しぐらい羽目を外しても問題ないのに・・・・。若いというのは時に損だ。
「最初の襲撃でかなり“あっち”に行っちゃいましたからね。人数が少ない分、この戦法が一番だと思います。もっともモーガンさんならもっといい戦法を思いつくと思いますけど」
自分の経験の少なさを皮肉る。強いけど若い、若い故に経験が足りない、経験が足りないからこそいくら算を繰り返しても不安が残る、それでも決断しなければならない。だがそうやって決断力と経験はついていく。
自分にこういうことが似合わないということは百の承知だが、無策に戦いをするのは負けの兆しというのは骨身に刻まれている。自分たちは弱い、弱いからこそ策が必要なのだ。
「いや、仮にオッサンがいたとしても同じような編成をしていただろうよ。お前はよくやってると思うぜ? しかし・・随分警戒した配置にしたなぁ」
ギガ・ムーブに設置されているレーダーや感知システム(ジャンク屋組合による、さらなる改造と改良を受けたもの)だけでも十分に警備はできる。だがシンはあえて十二分にするために偵察隊というものを設けた。少ない数をさらに割くのは危険だがそれをカバーするために、情報収集能力を特化させて有利に立とうという戦法だ。数は配置のしかたやダミーやトラップ次第でいくらかは誤魔化せるし、偵察隊はあとでバックパックを換装させて再び迅速に戦力に戻せばいい。警備隊は虚実の虚であり、虚実の実はエドの分隊とシンなのだから。
「一応、正規軍のミラージュコロイド搭載MSがくることも視野にいれていますから。」
ちなみに偵察隊のシリビリアンアストレイにはミラージュコロイドデテクターの改良小型化したものを装備しており、任務もミラージュコロイド反応がでたら迅速に帰投し、その後は本陣の守備をするというものであった。
名目上は緊急時における迎撃だが、内容は相手が怪しければエース2人による有無を言わさぬ先手必勝の強襲というものだ(ちなみに考案したのはシンである)。
「それにたとえ見つけた救命ポッドの中にどっかのお姫さまが入っていたとしても、怪しいと思ったらサーチ・アンド・デストロイでいきますよ!」
「いや、さすがにそれはマズイだろ」
エドがたしなめる。今のシンならば本当にやりかねない。シンの頭の中では、お姫様=厄介事の種、という方程式でも構築しているのだろうか?
「まあ、とりあえず出番がないことを祈ろうぜ。俺たちは給料泥棒でいるのが一番だ」
シンも「ですね」と答える。
シンにとってエドがいてくれたことはかなり心強く、なによりエド本来の性格からくる求心力には本当に助けられていることが事実だった。
宇宙にはザフトの軍人くずれからなった海賊が多い、つまり『切り裂きエド』の2つ名はかなり有効であり。エドに表で動いてもらうだけで敵の“勢い”を殺すことも、戦闘を回避できる場合が多いこともこの戦略の要因の1つだった。
ちなみになぜ分隊にロウが入っていないかというと、ロウは普通の『ジャンク屋』として現場に来たという。ごく当たり前の理由からである。
小さくなったバーガーの最後の一口を口の中に入れて、包み紙をクシャリと握って丸めて投げると、目の前にあったゴミ箱の口にカコンと入っていった。
その時、コンコンとドアからノックの音が聞こえる。
シンとエドはいつもの調子に戻すと今日のミーティングは終了したからもう誰も入ってこない筈なのだが?
「あの・・・・ちょっといいですか?」
若い女の声だった。残念だがディエチの声ではない。
シンはエドに「どうします?」と視線を送るとエドは両掌を水平に上げて「さあな」というジェスチャーで返したが、それでは進まないので――
「ああ、いいぜ」
「どうぞ」
応じて、シンもそれに合わせた。
「失礼します」
入ってきたのは髪はニンジンのような赤毛のショートカット(ただしサイドはあごまである)でたれ目の青い瞳をもった白い肌の女だった。服装は動きやすそうな黒いタンクトップに黒いジーンズと腕まくりした空色のデニムのジャケットで、着ている人間が活発な性格だということを証明しているようだった。歳は多分20歳手前、背は170cmのシンよりもちょっと低い(166cmぐらい)ぐらいだろうか。ちなみにけっこうボインなスタイルは半強制禁欲生活中のシンには目の毒でしかない。
そして、その後ろには黒いツンツンヘアーと青い瞳をもった褐色の少年がいた。シンは少年を見て懐かしいと思った、この年頃は大人に近づこうと大人ぶっていたがこの少年もそのようだ。
「あの・・ガイアのパイロットの方ですか?」
赤毛の女の子はシンを見つけると恐る恐る聞いてきた。目の前には『切り裂きエド』と『羅刹』という連合もザフトも恐れる『英雄』が2人もいるのだから当たり前だ。もし前髪にメッシュをいれた『やじ馬』がいたとしたら思わずカメラのシャッターをきっていたであろう構図だった。
「ああ、俺がそうだけど。えっと・・君たちは?」
シンは軽く右手を上げて軽い雰囲気で答える。ミランダと名乗った女の子はシンよりは年上なのだろうが緊張しているようなのでほぐそうとした。
「私はここの厨房で働かせてもらっているミランダ・マツナガ。こっちは弟のライゴはあなたに助けられた警備隊のパイロットです。」
誰が見ても、同じ青い瞳をもっていても2人に血がつながっていないことは一目瞭然だった。
シンは紹介されたライゴという少年を見る。
暗い。
聞いた話によるとこの子がいた警備隊の班はアイツによって全滅。生き残ったのは目の前のライゴと紹介された少年だけだったという。
一人だけ生き残った時の気持ちは痛いほど分かる、落ち込むなというほうが無理なのだ。
「ああ! よく無事だったな!」
だからこそ、辛いがいつもの調子で接することが大切だと知っていた。もし今のように落ち込んだまま、実戦になれば簡単に生きることをあきらめてそのまま早死にする危険性があるからだ。というより・・・・なぜかイライラする。
「ありがとう。助けられたのは俺も同じだ」
割り切るか、どんな戦場でも生き抜いてやるというぐらいの強い気力がなければ生き残れない。
割り切ることはできないだろう。ライゴの瞳はまだ半死人ではなく、まだ生者のものに近いだったから。
まだ、まだかつての自分がなってしまっていた歩く死人ではない。
立ち止まってはいるが、まだ明日に向かって歩ける生者だ。
自分とは違う、正直言って羨ましい。
「俺がシン・アスカだ、よろしくな!」
二カっと笑ってライゴに軽い握手の手を差し出す。エドは「ほお、そんな歳相応の顔もできるのか」と感心し、ミランダは「こ、これが・・・あの『羅刹』?」とあ然する。
ライゴは一瞬、目を輝かせ手を伸ばしてシンの手をとろうとした――だが。
「触らないほうがいいですよ。俺は・・・・『死神』ですから」
途中でその手は止まって、苦々しい顔でシンを視線から外す。
「『死神』?」
シンは頭の中で『死神』という単語を検索する。大体そんなのが使われるのは――
「・・・・俺に・・関わると・・・」
相場が決まっている。
「みんな死ぬってか? 知ったことかよ」
重々しく・・ようやくひねり出そうとした言葉をまるで大鎌でバッサリと薙ぐように否定する。
そして分かった、自分は目の前にいるアカデミーも卒業していないような子供が戦場に出ていたという事実にイラついているんだと。
「俺は『羅刹』だ。そんなの関係ない!」
否定してやる。そんなことぐらい否定できないで『戦闘機人』という鎖と闘えるものか。
そして、今度はライゴの手をつかむためにさらに手を伸ばして。
掴んだ。
幼い手だが以外太く短い指、どんなに手を洗っても爪の隙間に残るオイルの黒は働き者の証拠。壊す者の手じゃない――直したり作ったりする者の手だ。
なんだ、良い手をしているじゃないか。本当に・・・・・・羨ましいな。
そう思うのもつかの間。
次の瞬間、不思議な感覚に襲われた。
闇。
黒。
真っ暗。
ここはどこだ?! 何も見えない! なのになんだ? この見透かされているような不思議な感覚は!? ・・・気持ち悪い。
いや、ここには“2人”いる。
俺と・・・・・目の前にいたライゴ。距離は握手をした時と同じぐらい。
もうわけが分からない。
――■■■■■。
声? 言葉? 感情? なぜ伝わってくる!?
ライゴの胸の前に1つだけ輝く“なにか”があった。それは見慣れたものが1つ・・・・だが色が違う。
「ふはっ?!」
ここは・・・?
目の前にはライゴ、その後ろにはミランダ。自分の後ろにはエド。ここは・・・・ミーティングルーム? ・・・・戻ってきたのか? それとも最初からここにいたのか? この感覚・・・以前どこかで・・・・。
シンは目の前にいるライゴを不思議な目で見た。ライゴもすでにシンを不思議な目で見つめ声なき口で呟く――
「赤い・・・・種」
と。
おいおい、嘘だろ? あ・・・ヤバイ。
数秒間呆けてライゴと見つめ合っているシンをエドとミランダは怪しそうに見ていた。
違う! 俺にそんな趣味はないッ!! この物語にはヤマもオチも意味もあるんだ!! ・・・・・・・・たぶん。
「けど、よく“アイツ”の攻撃から生き残ってたな」
話題をそらした。
しかし、不思議でしょうがないことでもあった。シンはライゴを2度助けたがおせじでもMS技術、というより動きがいいとは思えなかった。なのに・・・・ライゴは警備隊の中で唯一生き残った。“アイツ”の襲撃から生き残ったのだ。
「なんでも良いMSパイロットの素質があるそうです。この前、ユーラシア連邦の軍人さんが教えてくれました」
ミランダが再び無口になったライゴの代わりに答える。
「ユーラシア連邦に来いと勧誘されました。今、人手不足なんだそうです」
心なしかミランダがちょっと迷惑な人を思い出しているように見えた。大体見当はつく。
「モーガンさんか」
「オッサンだな」
会ってまだ短い2人だが息の合った呆れ具合で言い当て、ハァとため息をつく。
まあ、あの大戦からまだ1年と少ししか経ってなくて人手不足なのは分かるが自重してほしい。自分も連合の人手が少なくなった理由の1つではあるけど。
「そういえばお前・・・・ミーティングの時、なんでいなかったんだ?」
ふとシンはさっきのミーティングでライゴの顔がなかったのを思い出す。なぜなら中年ばかりで少年という年齢のものはいなかったのだ。
「そ、それは今日は具合が悪くて―――・・・・」
ミランダがまるでかばう様にシンに言った。
シンからすればそんなふるえている瞳が嘘をついていることなど簡単に分かった。
「それは本当か・・・・ライゴ?」
シンはライゴの目をまっすぐに見て問う。
「・・・・ごめんなさい。嘘です」
素直に謝った。
ごめんなさいの言えるいい子のようだ。
「あの・・ッ・・・・実は前の襲撃で私たちのおと・・・父が亡くなりまして・・・・・―――」
ミランダが苦しそうに震えて訳を言おうとする。今にも泣き出しそうな顔だった。
あの襲撃から、もう1週間と一日。嫌でも実感をもってしまう――もういないのだと。心といわれるものにポッカリと穴が空いたような感じがして、しばらくは空しい苦しみや悲しみがつきまとう。
こんな・・こんな光景を無くしたいから今も戦い続けているのに。
「・・・・そっか。 でもな、ここはいつ戦場になるか分からないところだ。分かるな?」
シンの赤い瞳がライゴをとらえ、表情が険しいものに変わる。
「おいシン」
エドが止めようとするも意に介さない。
「分かってますよ、俺も親を喪う辛さは知っています。けど何かあった時にみんながどんなふうに動いているか分からない人間がいると、出なくてもいい犠牲者がでる可能性だってある。例外はありません」
シンだって辛いわけがない。
「目を食いしばれ!」
「はい! え? 目、目、目!?」
歯を食いしばれではないのか、とライゴはつい混乱した。
「それは瞬きだ」
「あでっ」
頬にパンチの修正ではなくゴスっと脳天チョップ。しかも割とじゃれ合う程度に軽め。
「次からはちゃんとミーティングに来い、これはその罰だ。今からさっきのミーティングで決まったことをおさらいするから、頭にねじ込むように」
シンは収めていた資料を再び取り出しはじめる。
なんでここまでしてくれるのか、とライゴとミランダはポカンと疑問に思い、聞くと。
「たとえ今はMSに乗れなくても、有事の際に男手が落ち着いて避難の誘導をすれば助かる命が増える可能性だってあるんだ。 無駄なことなんかじゃない」
シンは背中を向けたまま不器用に答えた。不器用なシンの優しさにミランダとライゴの悲しい表情が砕けた。エドはそんな3人の様子を微笑みながら無言で見守っていた。
そうこうしているうちに。
本日2回目のミーティング終了。
まさか2回もやるとは思ってはいなかった。2回目はさすがに楽だった。それにおかげで次のミーティング――警備隊の人たちの前で話すことは次はもっと上手くできそうだ、やはり回数と人の前で話す経験を重ねるしかない。何事も経験だ。
ライゴとは2回目のミーティング中でだいぶ親しくなった、ライゴではなくライと親しく呼べるぐらいに。
「ええとミランダ・・・さん?」
ライゴがドアから出かけた時、ミランダをシンが呼びとめた。
一応相手は年上なので呼び方を確認しておく、今から重要な話をするからだ。最低限のマナーは形だけでもやっておく。
「ミランダでけっこうです。あと敬語もけっこうです」
分かりました、と答え。
「大事な話があります、よろしいですか?」
「ナンパですか?」
ディエチのことを知っていて言っているのだろう。
「生憎、浮気はしないたち――というよりできない性分で身分なんですよ。」
冗談には冗談で返す。
「愛妻持ちなんですね。」
「恐妻でもあります、だがそこがいい」
「惚気話ですか?」
「はい」
「では、さようなら」
「冗談です! すいませんでした!」
去ろうとするミランダを割とけっこう焦って引き止める。何がいけなかった?
「真面目にいきましょう」
そうだ真面目にいこう。
だが真面目過ぎた。
次の言葉を聞いた瞬間、ミランダは、時間の止まってしまった、ような表情に固まった。
「もしかしたら、ライは空間把握能力に覚醒しかけているのかもしれません。」
最終更新:2011年08月04日 15:51