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幻想忘戦録 外典 『久遠』

初めて蓬莱人同士の殺し合いを止めに入った時、慧音先生から受けた説教が
今でも耳に残っている。

『あれは本人達が望んでやっていることで、人として生きていくためには必要なことなんだ。
 彼女たちなりの、不老不死の苦しみを和らげる方法なんだ。
 だから、我慢して見守っていてくれないか』

俺には理解できなかった。
殺し合いを容認しなければならない慧音先生の気持ちが、
親が屈辱を受けたってだけで千年以上も恨み続けた妹紅の気持ちが、
殺し合いを娯楽にしている輝夜の気持ちが。

妹紅も輝夜も知ってる相手だ。幻想郷で出来た友人だ。
殺し合いなんてやめて欲しいし、仲良くだってして欲しい。
幻想郷に来てまで、仲間が殺し合う姿なんて見たくない。

だけど、それは俺のわがままだ。
そもそも、どう言ってやめさせればいい。俺が見たくないっていうのか。
本人達があれで納得してるのに、俺が納得できてないからなんだっていうんだ。
倫理観や常識なんて、ここじゃなんの意味も持たない。
俺の気持ちだって、慧音先生に止められて終わるような価値しかない。

やるせ無さも、意味のわからない怒りも呑み込んで、
俺は悲しそうな顔をした慧音先生の言葉に黙って頷くしかなかった。

『優しいのだな。その怒りは、きっと理不尽な運命に対する怒り。
 彼女達がそうせざるを得ないことへの憤りなのだろう。
 それだけ大切に思ってくれているんだな』

それがどうした。こんな怒りなんて、何の役にも立たないじゃないか。
想いなんかじゃ、あいつらの殺し合いを止められないじゃないか。

慧音先生も、そう思ったはずだ。そう思っているはずだ。
なのに、どうすることもできないでいる。
それが、たまらなく悔しかった。

幻想郷の住人でも、不老不死でもない俺はどうしたって部外者でしかない。
アスランみたいに、何もかもわかったふりで余計な口を出したって拒絶されるだけだ。
そう自分に言い聞かせて、俺はずっと見て見ぬふりをしてきた。
あいつらが生きるためには痛みも必要なんだと、必死で自分に言い聞かせてきた。

―――――今日までは。





ジリリリリリッ ジリリリリリッ ガチャッ

『はい、こちら永遠亭。あら、シン』
「永琳先生、今日は診療はお休みでしたよね。入院してる人はいるんですか」
『今は私達だけだけど。それがどうかしたの』
「いえ、逃がす手間が省けました」
『どういうk―――』ブツ

外部からの熱センサーで対象の位置は感知している。
狙いは最初から、あの女一人だ。
民間人が居ないことを確認してから、俺はデスティニーを永遠亭に突っ込ませた。


幻想忘戦録 外典 『久遠』


軒先からあいつの部屋までを完全に押し潰したにもかかわらず、生命反応は残っていた。
不老不死、便利な能力だと思う。
だが、それが何をやっても許される理由にはならない事を、あいつはわかってない。


永琳先生と鈴仙は診療所、妖怪兎は竹林、瓦礫を押しのけて駆けつけてくるにはまだ時間がかかるはずだ。
今ここには俺とあいつだけしかいない。

デスティニーのコクピットから、瓦礫に埋もれかけた輝夜の部屋に降りる。
自分の部屋を破壊されたにもかかわらず、あいつは和室だった場所の奥からこちらに微笑みかけていた。

怒らないのは壊れる物に価値を見いだせないから。
逃げないのは恐れを抱く必要がないから。

不老不死の蓬莱人らしい考え方だ。ただの人間なんて端から眼中にないらしい。
こんなものじゃ、お仕置きにすら届かない。

「周辺への被害は無し。せいぜい家屋が半壊したくらいか」
「ちょっと。お陰で私は一回死んじゃってるんだけど」
「それは被害じゃなくて目的だ。最初から一回は“殺す”つもりだったからな」
「・・・何よ。今日はやけに切れてるのね。用件は・・・ああ、あの薬の事」

機械人形から降りた彼が、紅い目を更に血走らせてこちらへ歩いてくる。
こんなに怒っている姿は久しぶりに見た。
いつもはどんなにからかっても本気で怒りはしないのに、仲間が絡むとすぐこれだ。
誰にでもそうなのだろうが、その対象が今回は妹紅だということに何故か苛立ちを覚える。

もっとも、私としては楽しみが増えたのは純粋に喜ばしい。
他人任せの策謀は、楽ではあるがつまらない。
まして、宿敵である妹紅頼りでは余計に興がそがれるというもの。

これで、あわよくば彼をこの手で“蓬莱人”にすることができる。


「その様子だと不老不死は思い留まったみたいね。せっかく蓬莱の薬を与えてやったのに・・・」グイッ
「黙れよ。妹紅に“アレ”を渡して、俺に飲ませるようそそのかしたな」
「ええ」
「何のためにそんな事・・・。そんなにあいつを苦しめたいのか、あんたはっ!」


俺は、初めて心の底から輝夜に怒りを覚えていた。

付きまとわれたり、からかわれたりした事は何度かあった。
元々輝夜はわがままな性格だったし、喧嘩になった事だって一度や二度じゃない。
だけど、あいつはどことなく憎めない奴だった。
気持ちの切り替えが早いというか、喧嘩していたのに次に顔を合わせた時には
笑顔で話しかけてきたなんてしょっちゅうだ。

霊夢は、輝夜がそれを意図してやっているのではないかと言っていた。
気持ちをころころ切り替えることで、過去の罪からも現在の悲惨さからも目をそむける。
それは、軟禁状態で1300年以上もの時を過ごさなければならなかった、
輝夜なりの生き延びる術だったのかもしれない。

だが、今回の妹紅への仕打ちは別だ。

人と生きる事に餓えている妹紅は、蓬莱の薬を渡されて苦しんだはずだ。
そうでなければ、あんな顔を俺に向けたりはしない。

一人は辛い。
自分の隣に誰もいない事を悲しみ、家族と楽しげに話す他人を妬み、
自分を孤独にした世界を恨み、こうなってしまった運命を憎み、
そんな風にしか考えられない自分を嫌悪する。

少なくとも、アカデミーにいた頃の俺はそうだった。

悩んで、抱えて、もがいて、絞り出した言葉で良心を傷つけて。
もし俺が蓬莱人になっていたら、妹紅は後悔と罪悪感で心を壊してしまったかもしれない。

だから、輝夜のやった事はどうしても許せなかった。

ロゴスと同じ、人の心に隙間を作って思い通りに操ろうというやり方を、俺は認めない。
ステラや他のエクステンデッド達のような悲劇を繰り返すというのなら、例え誰だろうと俺は撃つ。

人間だろうが不死だろうが関係ない。知り合いだろうが容赦はしない。
それが、俺の幻想郷での生き方だ。



「そこまで怒ることじゃないでしょう。あなたを蓬莱人にするためのちょっとした悪戯じゃないの」
「ふざけるな! やっていいことと悪い事くらいわかるだろ!」
「なによ、そのくらい。力が欲しかったんでしょう! 不老不死なんて手に入れようのない最高の力よ! 」
「そういう問題じゃない! 妹紅に謝れ。ごめん、やりすぎたって」
「冗談いわないで。私と彼女は宿敵で、お互いに殺し合うほど憎み合ってるのよ」
「本当にそれだけなのか。同じ不老不死なんだろ。お互いに永久に生きてかなきゃならないんだぞ!」
「くどいわね。他にどんな理由があるって言うのよ」

彼にここまで想われている妹紅のことなど分かりたくもない。
嫉妬? 馬鹿馬鹿しい。
月の住人である私が、地上人の彼にそんな感情を抱くはずがない。

権力、金、名誉をあり余るほどそなえた為政者たちだって蹴飛ばしてきた。
連中が望むのは私の外側だけ。中には子供がいながら擦り寄ってくる色好みの男もいた。
中身の醜い二枚目だって容赦なく追いだした。
あいつらが望むのは自分が満足する事だけ。私なんて端から見ていない。
当時の最高権力者ですら、私は退屈を紛らわせるおもちゃにした。
蓬莱の薬を飲めば、さぞかし面白い事になっただろうに。

彼を蓬莱人にしようとしたのは、あくまでも退屈しのぎに過ぎない。
役割は妹紅のスペア、それ以上は望んでいない。
所詮、遊びための人形。私の物語に割り込んできた瞬く間に消えていく通りすがり。

――――それだけ、だろうか。

蓬莱の薬をわざわざ用意したのは、
数多くいた人間の中から、わざわざ彼を選んだのは、
妹紅が失敗した事で満足し、私自身が手を下せる事を喜んだのは

――――私が苛立っているのは、本当に、それだけ?

馬鹿馬鹿しい。
迷う理由などない。

私は、私の道楽のために彼を隣に据える。


「まどろっこしいのはなしにしましょう。弾幕勝負、するんでしょう。それとも、さっきみたいに私を殺してでも従わせる?」
「・・・どうしても、謝らないんなら、俺にだって考えがある」
「へぇ、唯の人間が私をどうするのかしら。殺すにしても犯すにしても少しは抵抗するかもしれないわよ」

私がスペルカードを手にし、彼がナイフを抜く。
つまらない問答もここまでだ。
あいつのことを“唯の人間”と言ったが、それは取り消そう。
妖怪という驚異が間近に潜む人里であっても、これ程の殺気を秘めた人間はいない。
あの妹紅ですら、ここまでどす黒くはなかっただろう。
とはいえ、人を殺すのは感情ではなく、物理的な現象だ。

閉鎖空間ならば私が逃げられないとでも思ったのだろうか。
神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」に、神宝「蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-」。
どれをとっても、部屋中の瓦礫の山を焼きつくして余りある火力を誇るスペルカードばかりだ。
ナイフ一本でどう戦うつもりなのか。正気とは思えない。

「スペルカードは出さないでいいの? ナイフ一本じゃ勝ち目はないわよ」
「・・・最後にもう一度だけ。本当に謝らないんだな」
「下手に出るなら手加減してあげようと思ってたんだけど、どうも根本から調教し直す必要がありそうね。力関係が分かってないみたいだし」
「舐めるなよ輝夜。俺が今まで、何千人殺してきたと思ってる」
「しらないわよそんなの。で、それが何の――――!?」

眼をそらしていたわけでもないのに、シンが目の前に迫ってきていた。
反応する間もなくスペルカードをはじき落とされ、一本背負いで地面にたたきつけられる。
早い―――考えが追いついたのは組み敷かれた後の事。
気付けば、私はシンの寝技で完全に動きを封じられていた。

「っ、何するのよ! まだスペルカードの宣言は・・・」
「誰もスペルカードで戦うとは言ってない。約束した覚えもない」
「―――!」
「何か勘違いしてないか。俺は善人でも正義の味方でもない」
「ちょ、ちょっと・・・ま―――」
「俺は、人殺しだ」

自由だったシンの右手に握られたナイフが、振り下ろされる。



痛みが、体中に走った。
想像すらしなかった激痛に、勝手に悲鳴が口から漏れだした。
逃れようともがいたが、彼は地面に私を抑えつけたまま動いてくれない。
関節が、がっちりと固められている。

「が、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」

いたい、イタい、痛い、

思考が、痛みで、塗りつぶされる。
痛みが、思考に、縫いつけられる。

「いたあああああああああああああああ」

自分でも、何を叫んでいるかわからない。
何故叫んでいるかもわからない。

ただ、痛い。
すごく、痛い。
笑えないほど、痛い。
泣きそうなほど、痛い。
我慢できないくらい、痛い。
おかしくなりそうなほど、痛い。
壊れてしまいそうなくらい、痛い。
死ぬんじゃないかってくらい、痛い。

助けを求める私の悲鳴は、口を塞がれて、届かない。
ただ、意味もわからず、叫ぶだけ。

私は、死ぬのが怖いと、本気で思った。



どのくらい叫んでいただろうか、自分の荒い呼吸で意識を取り戻した私は、涙と鼻水で顔をぐちょぐちょに濡らしていた。
どうやら気絶していたらしい。彼は相変わらず私の上に乗ったまま、私の胸にナイフを突き付けている。
今度、あの痛みを受けたら気が狂うかもしれない。
冗談じゃなくそう思った時、ただの人間ではずの彼が本物の悪魔に見えた。



「・・ごほっ、ごほっ・・・ひ・・・」
「軍人はな、拷問で人の心を殺すやり方を知ってるんだ。どこを刺せば死にたくなるほど痛いかってこともな」
「・・・あ、はぅ・・・」
「本当は死ぬまでこれを味あわせるんだ。死ぬってことがどれだけ痛いか、これでよくわかっただろ」
「・・・」コクコク
「だったら、妹紅に謝りに行け。次にこんなくだらない真似をしたら・・・もう容赦はしないからな」
「・・・・・・う、う」
「・・・・・・?」
「うわあああああん! シンのばかあああああっ!」
「な、はぁ!?」

彼女は、大声をあげながらまるで子供みたいに泣きだし始めた。
いきなりの展開に、頭の回転が追いつかない。
さっきまでの輝かんばかりの彼女のカリスマは、とうにどこかへ飛んでいってしまっている。

癇癪を起したままスペルカードを使われると俺の命に関わるので寝技は解いていないが、
それを考えに入れなくてもひどい暴れようだ。
必死の抵抗というよりは、駄々っ子の暴れ回りに近い。
マユも子供の頃、持て余した感情を周りに力いっぱいぶつけていた時期があったけど、これはそっくり生き映しだ。

この場合、感情を持て余した原因って言ったら・・・まさか、俺?



「シンのばかぁっ! シンのばかぁっ! シンのばぁかああああっ!」
「ば、馬鹿って・・・お前があんな事するから・・・」
「何でそんなに怒るのよ! 悪ふざけなんていつものことじゃない!」
「あれが悪ふざけで済むわけ―――!?」

・・・待てよ。もしかしてこいつ。
妹紅より、いや下手したら俺よりも子供なのか?

妹紅と違って、輝夜はずっと屋敷の中で大切に保護されてた。
居場所を与えられて、周りから常にちやほやされて生きてきた。
身を隠した後も、鈴仙や永琳、てゐが側にいて世話を焼いていた。

もちろん永琳と二人の時は孤独を味わっただろうし、永遠の時間に苦しんだこともあったかもしれない。

でも、生活に不自由はしなかった。人からの悪意にも晒されなかった。
傷つけられることもなかったし、嫌な思いもほとんどしてこなかった。

子供なんだ、輝夜は。
人からの悪意が自分を傷つけることを知っている。
でも、自分の悪意が人を傷つけていることにまるっきり気付いていない。

そんな輝夜が、間近で苦しむ姿を見ている俺や慧音先生ならともかく、
妹紅の苦しみを理解できる筈がない。

まさか・・・こいつは、俺が何で怒っているかすら理解してないのか。
だとしたら、俺がやっていることは・・・。

「そんなわけあるか! だって・・・」

妹紅は、輝夜から蓬莱の薬を貰った。
輝夜が薬を渡したのは、妹紅を苦しめるためだったはずだ。
なのに、妹紅の苦しみを輝夜が理解できていない?

「だって、そうじゃなきゃ・・・」

輝夜は、妹紅が俺に薬を使うか使わないかで苦しむ事を知ってなきゃならない。
そうでなければ、わざわざ妹紅に『渡す理由がない』。
最初から、自分たちで俺に不老不死になるよう誘えばいい。

「そうじゃなきゃ・・・辻褄が・・・」



妹紅を邪魔に思ってる奴は、誰だ?

輝夜を盾にしてる奴は、誰だ?

蓬莱の薬を管理していたのは、誰だ?

俺を蓬莱人にして喜ぶのは、誰だ?

俺を蓬莱人にしようとした本当の黒幕は・・・。


「輝夜、素直に答えてくれ。そうすれば離してやる。痛い事も、もうしない」
「・・・ぐす、うん」
「お前に、蓬莱の薬を、妹紅に渡すように言ったのは・・・“誰”だ?」
「・・・『永琳』。永琳が妹紅も追い詰められる一石二鳥の作戦だって」
「・・・・・・さく、せん?」

――――今、何て言った?
妹紅の精神を追い詰める? 一石二鳥?

その時、俺は戦場で何度も味わった感覚を背筋に感じて、ナイフを握り直した。
命の危機を知らせてくれる勘が、振り切れんばかりに警告を発している。

―――いる。
後ろに、立っている。
こっちを、見ている。

いや、ずっと見られていたのかもしれない。
輝夜に怒りをぶつけた時も、抑え込んで痛めつけた時も、ずっと。

そうでなければ、おかしい。
様子を伺っていたのでなければ、こんなに長い間、輝夜を襲った賊である俺を自由にしておくわけがない。

「いらっしゃいシン・アスカ。ようこそ永遠亭へ」
「あんた、だったのか・・・。八意、永琳」

振り返れば、底の見えない微笑みが、俺の眼を射竦めていた。

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最終更新:2011年08月04日 16:01
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