「眠れない」
なぜかふと起きてしまった。
今は午前・・・・はあ。
中途半端な時間につい、ため息をついてしまう。
「シンさん、起きてる?」
目の前で掌を、ひらひらと軽く振って見たけど。
静かに寝息をたてているだけ。
起きているわけがない。
また私は、この人の背中を自分の涙で濡らしていた。
迷惑じゃないのかな?
ただただいつも背中を預けてくれる。
ただそれだけ。
この人は決して自分からは私に触れてこない。
私は何をされても決して何も言えないのに。
優しさ?
違う。
まだ何かを隠しているんだ。
それは多分とても辛い過去。
私と出会う前にあった過去。
遠い。
こんなに近いのに。
こうやって背中を見ているのに。
ここにいないような感じの時がある。
いつの間にかいなくなってしまいそうな儚さがある。
起きないよね?
「ばんざーい」
そんなことを恐れながら私はシンさんの両手を頭のあたりに持って行って。
「ん。脱がせにくいな」
寝間着代わりにしている灰色のシャツを両手首のあたりまでたくし上げた。
手首のあたりで、くしゃっと丸まったシャツはまるで手枷のようにも見えて。
なんだか、ぞくぞくする。
この時、まるでシンさんを独占したような気持になった。
あらわになった引き締まった上半身。
ボディビルダーのような見せるための表の筋肉はないけど。
一歩違えば異形にも見える背中の筋肉。
それらの筋肉を覆う。
白い肌。
だけどそれをさらに覆う。
傷。
傷、傷、傷………。
沢山の傷によって凸凹。
多々の跡によって歪だ。
銃傷の跡。
火傷の跡。
刃傷の跡。
熱した刃物で切りつけられたような火傷の跡?
拷問の跡?
骨も何か所か触った感じ、なんか違和感がある。
ヒビか骨折の後を自然治癒させた?
爪も全て一度は剥されたようで。
少しだけ歪。
どんな戦場を潜りぬけてきたのだろうか想像したくもない。
多分一言で言いあらわすのなら。
地獄、というのが一番手っ取り早いと思う。
初めてじっくり見たのは、あのリナ・ウイングズという女性の依頼から帰ってきた時。
お腹に包帯を巻いて帰ってきて倒れた後。
あの時の高熱を私は忘れない。
あの高熱でなんで歩いて帰ってこれたのか分からない。
ただ私は。
唇を噛みしめて。
何かに耐えて。
私は見ないふりをした。
また――私は見ないふりをした。
そしてまた私は後悔をしている。
“あの子”以来、二度目の後悔。
そういえば。
みんなは元気にしているだろうか?
まだ会ったこともないお姉ちゃんはどんな人だろうか。
“あの子”は元気にしているだろうか?
言える立場じゃないのに・・・・。
分かんないよ。
誰が悪かったのかなんて。
誰が正しかったかなんて。
今でも分からない。
シンさんは言った。
皆悪い、と。
白か黒かなんて反転させるように、正義か悪かも見方を変えただけで簡単に変わる。
穢れのない白こそ、紛れもない黒でもある。
だから悪役ということを自覚して自分のために足掻くんだと。
でもその意味は・・・・。
この人は私に優しくしてくれる。
ここでは皆に優しく接している。
悪役という立場を背負って誰かを守るために足掻き続ける。
その生き方は私の知っている誰よりも強い生き方。
でも。
「本当は私よりも傷だらけで」
なのに。
「それでも力強く笑って・・・・。」
戦い続ける。
闘い続ける。
……たとえ自分は報われなくても。
そんなのただのやせ我慢だ。
「『英雄』・・なんかじゃないよ。」
痛いはずだ。
痛いに決まっている。
この人の笑顔はたいてい仮面だ。
まわりを安心させるための仮面。
いくら冗談を言っても。
いつも陰りが付き纏う。
そっとシンさんを仰向けにして、シンさんの胸に自分の手を置いてみた。
掌とは違って。
熱い。
火傷しそうなくらいに。
というよりもうすでにシンさんの胸には火傷の跡があった。刃傷のような火傷、または、火傷のような刃傷の跡が。
「消えないかな」
私はシンさんの胸の傷を、じっと見つめ。
そしてベロを出し延ばして。
つぅーー・・・。
と。
一番大きい拷問で受けたような。
刃傷のような火傷または――
火傷のような刃傷の跡にそって舐めた。
「んっ・・んん・・・っ」
なんだか悩んでいるような声が出た。
若干体温が上がったような気もした。
だけど私は気にしない。
あ。首にも傷がある、もう、しょうがないなあ。
しばらく。
いくつか。
何回か。
舐めてみたけど。
やっぱり。
「・・・消えるわけないよね」
傷は思い出、ともシンさんは言ったけど。
こんな思い出は辛すぎる。
「ねえ、願いだからもう戦わないでよ」
今度は私が少し移動。
シンさんのお腹の上に座った。
馬乗りして。
両手で首を掴んだ。
力を入れれば首がしまって息が止まる。
本気を出せば首の骨がゴキっと折れる。
なのに。
それなのに。
起きる気配はない。
子供のようにすやすやと眠っている。
だけ。
仮面をかぶった顔。
鎧をまとった心。
傷だらけの体。
「・・・・バカだよ」
辛いに痛いに決まっているのに、誰にも『助けて』って言わないなんて。
シン・アスカは強い。
再びデスティニーというガンダムに乗れば今なら世界を変えられると言われるぐらいに。
でも。
シンさんは本当は弱い。こんなに傷だらけだ。
それなのに。
私は知っているのに。
「ごめんね。助けてあげられなくて」
私は弱い。
弱いから、この世界では無力だから、しょうがないから、と。
言い訳ばかりして。
誰よりも傷ついている人の傷を、見ないふりしてる。
『弱さ』に負けてる。
何をどうしたらいいの?
どうしたらこの人を守れるの?
かけられるなら、命もかけてもいいのに!
震える胸を波打つ胸に押し付けた。
これも自分のため。
この人の心臓が動く音が欲しかった。
独りではないという実感が欲しかった。
確かに生きていると実感が欲しかった。
いったいどこまで・・・自分勝手なのだろう。
嫌になる。
その時、シンさんは寝ている筈なのに。
ガバッと腕を降ろして。
ギュッと力を込めて抱きしめて。
「俺のだ」
と確かに言った。
「!?」
あせこfjcおをあs!!!
ちょとまだ心のひゅんびが!!
「すぅ…すぅ……」
寝てる?!
本当に寝てる!!?
寝言!?
なにこの寝言!!?
心臓に悪すぎる!!
ふう……まったく。
「罪な人」
思いがけない反撃に思わず撤退。
の筈が。
「んっ。んっ。あれ? ・・・・抜け出せない」
思いのほか力が強くてゆるめるのに時間がかかった。
目の前には、いつもの険のとれて安らいだ顔があった。
もったいないなあ、寝顔は可愛いのに。
「いつか・・いつか起きてから言ってよね」
あ。ゆるんだ。
これで出れる。
「寝よ」
そう言って元に戻して布団の中へ戻る。
戻ろうとした。
もう少しだけ、もう少しだけ、この人の熱い胸の中で――。
「ねえ・・・・この気持ち、伝わってる?」
それは確かな恋という感情。
だが。
初恋というにはそれは、熱過ぎた。
閑話01『シークレット・デザイア』
最終更新:2011年10月24日 02:23