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そろそろ氏の作品-13

月の無い夜。
底無しの闇が何物にも染まらぬ筈の紅を、紅魔館を呑み込む頃。
紅魔館の地下に存在する、永遠に光の届かない部屋の中に、か細いすすり泣く声が響いていた。
それは深い悲しみと後悔に押し潰されそうになりながら、ベッドの上で泣くフランドールの声だった。
しばらく続いたフランドールの泣く声は、段々と消えいる様に止んでいく。
泣く事に疲れ果て、涙が枯れる程に泣いた彼女の、虚ろではあるが確かに開かれているその両目。
彼女の両目に映るのは孤独の中で見慣れた天井ではない。
愛しい人と、シンと過ごした愛しい日々の過去を思い浮かべ、両目で見つめていた。

初めて出合った時の事、恋心を自覚した時の事、二人の間に愛が生まれた時の事、そしてそれから今に至るまでに二人で築き上げた日々の思い出を、走馬灯の様に巡らせ、見つめていた。

だが巡らせた記憶の最後に見せたのは、自分の前に血まみれで横たわるシンの姿。
フランドールにとって悪夢の様な光景。
それは覆す事の出来無い現実であり、つい先程自分が作り上げてしまった光景であった。

涙が枯れていなければ、思い出すだけで再び大粒の涙を流していたであろう。
涙の代わりに、身も心もを切り裂かれてしまう程の苦痛がフランドールを苛む。

殺そうとした訳ではない、傷つけるつもりも一切無い。
何よりも愛しい人を傷つけるなどフランドールはしない。

ただほんの少し、フランドールが力の加減を間違ってしまっただけの事故だ
だがシンの体は傷付き、その体を血に染まった。
フランドールのあまりに強すぎる力が悲劇に発展させてしまった。
幸い、シンは一命を取り留める事が出来た。
暫くは安静にしなければならないが、数ヶ月もすれば元通りの日々を取り戻す事が出来るだろうと、フランドールはそう告げられた。

それを聞いたフランドールは安堵した。
そして段々と怖くなった。

シンがこの事を切欠に自分を恐れるようになったら? 
命を奪いかねない程の傷を負わせてしまった自分を恐れてしまっても不思議ではない。

それすらもまだいい方だ。
もしも自分を遠ざけ、去ってしまったら?
もしも自分を憎悪し、罵倒し、恐れるようになったら?



否定する事が出来ない可能性が、恐怖が、まるで見えない刃のようにフランドールの心を切り刻む。
考えるだけで恐ろしくなり、段々と寒気がし、体が震えはじめる。
見えるはずの恐怖を壊そうと叫び、虚空に手を振るい、もがく。

だがどれほど叫ぼうとも、どれほど手を振るおうとも恐怖を壊す事など出来ない。
手を振る内、フランドールはベッドから落ちてしまうが、恐怖にもがく彼女にその事を気にする余裕は無い。
立ち上がり、手を振るいながら暴れ回り、部屋の壁や調度品を破壊して行く。
フランドールはその部屋や物を壊す感覚を、恐怖を壊す感覚と誤認し、全ての恐怖を壊そうと余計に暴れてしまうありさまだった。
そしてフランドールの破壊は疲労によって止まり、ようやく冷静さを取り戻した頃、部屋はボロボロに、そして無残に荒れ果てていた。

荒れ果てた部屋を、シンと数々の思い出を作った部屋を目の当たりにフランドールは力なく床に腰を落とす。
その目に枯れたはずの涙が溜まっていく。

どうしてこうなのだと、心の中で嘆く。
どうして自分の手は破壊を振りまく事しか出来ないのだろう。
シンの暖かな手は自分に優しさと愛をくれた。
だと言うのに自分の手は破壊と死をもたらす事しか出来ない。

どうして自分はいつもこうなのだろう。
そう思うと悔しさがこみ上げてきた。

ありとあらゆる物を破壊し、悲劇をもたらす事しか出来ない悪魔の力。
壊されてしまう恐怖で誰かを遠ざける事で自分を孤独にしてしまう忌まわしい力。

シンの暖かな手と取り合う時、この手がシンを抱きしめる時、この手が愛しい人を壊してしまうのではないかと言う恐怖に苛まれながらこれから生きていく。
この手でシンを求める時、常に恐怖を感じながら生きていくしかない。

破壊と悲劇を呼ぶ悪魔の力。
どう足掻いても消す事の出来ない力。

悪魔の力を行使する忌々しい手。

だがこの手を消す事は出来る。

力を消す事が出来ないの、だが力を行使するこの手を消す事が出来る。
悪魔の力を使って、この忌々しい手を消す事は出来る。
そうすればもう二度とシンを傷つける事も無い、誰も傷つけてしまう事も無い、誰も自分を恐れたりしない。
永い孤独の中で悲しみを宿したフランドールの心は瞬時はそんな考えに侵されて行く。



恐ろしい考えだと思うのは当然だった。
途方も無い痛みも伴う事も分かった、取り返しの付かない事になるのも分かった。
だが放っておけば、この手はもっと取り返しの付かない事をしてしまう。
それを考えればあまりにも小さな事だと言う結論に到る。

もう二度とシンと手を取り合うことが出来ないけれど、もう二度とシンを傷つける事は無い。
シンはきっと自分を恐れる事はしない、自分はシンを何も恐れる事無くシンと一緒にいられる。

素晴らしい考えだ、そう思いながら右手で左の手を掴む。
僅かに残った理性が震えを生み出してしまう。
それを抑える為に大きく息を吸い、ぐっと唾を飲みこむ。
今度は恐怖に心臓を締め付けられる感覚がやって来る。
もう一度大きく息を吸い、そのままぐっと息を止める。
理性を押し殺し、そして右手に力を込めた。



まず肉のちぎれる音がした、そして骨の砕ける音と、飛び散った血と破片が床に散らばる音がした。
続いて強烈な痛みに襲われた。
焼き切られる様な痛みが全身を、脳髄を駆け巡る。
今まで感じた事も無い痛みに耐えかね、フランドールは絶叫しうずくまる。

こうしなければならないのだと、こうする事が一番なのだとフランドールは必死に言い聞かせる。
心の中で何度も何度もその言葉を繰り返し、これから訪れるであろう幸せを思い描きなが耐える。

そうしている内に痛みに慣れ始め、何とか落ち着きを取り戻す事が出来た。
フランドールは残る右手へと目を向ける。
右手は左手を壊した際に付着した血や肉片に塗れた、シンを傷付けた時の自分の手と重なる。

その光景を思い出すだけで悲しくなり、そしてこの手が憎くなった。
憎しみがフランドールを襲う痛みを、未練を完全に消し去った。

憎悪と共にその右手を口に銜え、牙を立てる。
先程の激痛を思い出し、手を銜えたまま少しの間躊躇する。
それを先程と同じ言葉で自分を振るい立たせ、力一杯に噛み千切った。

左手の時と同じ様に、肉のちぎれる音と、骨の砕ける音と、飛び散った血と破片が床に散らばる音がした。
今度は砕いた固い骨が口の中のあちこちを傷つけるひどく嫌な感覚が口の中に広がる。
そして千切れた右手が床に落ちる鈍い音がした。

痛みと、口の中のかつて自分の体だった物を吐き出す事が出来なかったせいで呼吸が困難となり、声をあげる事がままならず床に倒れ悶絶する。
やっと思いで口の中の異物を全て吐き出し、大きく呼吸をする事が出来るようになり、痛みに支配された思考の中にほんの少しの冷静さが生まれる。

食いちぎった右手を、握り壊した左手の傷口を交互に見る。
フランドールの力によって壊されたせいだろうか、両手の傷口が再生する気配はまったく無い。

フランドールはそれを見て笑った。
これでもう二度と何かを破壊する事は無い、自分の力を恐れられる事は無い。
ずっとシンの隣にいられる、誰も傷つける事も出来なくなったから皆の中にいられる、シンの隣にいられる。
もうシンを血まみれにする事も無い、彼はずっと自分に笑顔を向けてくれる。
だからこんな痛みは些細な事だ。
両手と、この痛みと引き換えにして自分はこれから幸せを得る事が出来るのだ。
そう思うと嬉しくなって、笑みが自然とこぼれる。

「これで怖くないよ…シン。これで怖くないよ、もうシンを傷つける事なんてもう出来ない、何も壊す事も無い。だからずっと一緒にいられるよ…」

くすくすと、フランドールは可愛らしく、幸せそうに笑い始めた。
狂気と血肉で彩られたフランドールの笑う声が、部屋の中に、底無しの闇に包まれた幻想郷の夜の中に響き、消えていった。

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最終更新:2011年10月24日 02:37
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