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東方小ネタ-15

さんざん苦しめられた猛暑が余計にも残していってくれた残暑もようやく去りつつある昼下がりの幻想郷。
彼――シン・アスカは、様々な人間や妖怪たちが雑多に入り乱れる人里のとある通りに自らも紛れ込んでいた。

「ふう」

額に滲む汗を手の甲で拭い、歩き疲れてシンは立ち止まった。一度立ち止まると歩き詰めだった足から滲み出て
くるような鈍い痛みを感じた。
朝と夜は大分肌寒くなってきてはいるが、昼間はまだまだ日差しが暖かい。ましてやシンが片手に持つそのかば
んは、端から見ても明らかに無理やり詰め込んだものと分かる。そんな物を持って半日も歩き続けていればなお
さらだろう。シンの肌から汗がどんどん流れ出してきた。

「さすがに買いすぎたな……」

ぽつりと呟いて、シンは自身の手からぶら下がるかばんを見やる。当初は軽い買出しのつもりだったのだが、見
かけた特売の旗の文字に釣られてついついあれもこれもと買ってしまった。
いずれは生活に必要になるものばかりを買ったので無駄になることはないだろうが、いかんせん買い過ぎであ
る。気づけばいつの間にやらかばんのボタンがなくなって中身が覗いている。どうやら途中で飛んでいってしまっ
たようだ。

「あーあ……裁縫箱に予備のボタンあったけかな……ん?」

ふと、視界の端に捉えた影を追って空を見上げる。
そうしたことに何か意図があるわけではなかった。ただの無意識の行動だ。シンが見たのは、凄まじい速さで空
中を一直線に滑空する少女の影だった。別段驚くこともなく、その少女が何なのかすぐに思い至った。
幻想郷にそびえる唯一の山である、妖怪の山。そに棲むといわれる、とにかく噂好きで、写真機を持ち、あるこ
と無いことを新聞にしてばら撒くはた迷惑で強大な存在。その名を天狗。
そんな天狗の少女が屋根に降り立つ姿が見えて、シンはなんとなく視線をその建物へと向けてみれば、そこには
なにやら人だかりができていた。おそらく天狗はその人だかりを見つけて現れたのだろう。

「あそこって……」

その場所には心当たりがあった。喫茶店だ。ふた月くらい前に買い出し先でチラシを見た覚えがある。
チラシの内容は新メニューの宣伝だったろうか。確か桃を使った氷菓子を売りにしていたはずだ。

(まだあんなに人だかりができるほど人気だったのか。知らなかったな)

別段甘いものが好物というわけではないが、歩き詰めで疲れていた身体がシンの興味をそそらせた。
着物のポケットに手を入れてみれば、おあつらえ向きに買い物で余った小銭がジャラジャラと小気味良い音を立
てる。
贅沢をするほど生活に余裕があるわけでもないが、甘味一つくらいならどうとでもなるだろう。

「……まあ、たまにはいいか」

一度決めてしまえば、行動に移るのは早かった。
先ほどまで重かった足取りも心なしか軽くなるのを感じながら、シンは喫茶店へと歩を進めた。


そうして人垣に近づいてみれば、自分が勘違いしていたことに気づくのに時間はかからなかった。

「ウワァァァァァ!!」

「……なんだ?」

店の前から響く怒鳴り声が聞こえて、何事かと人だかりを別けて進んでみると、鳥の頭をした妖怪が一人で店の前
で騒いでいた。妖怪の手にしている中身の減った一生瓶からすでに出来上がっているのだと分かる。
どうやらこの人だかりの原因は店の甘味ではなく、あの妖怪のせいだったらしい。

(ていうかこんな昼間から呑んだのか?)

「イヤァァァァァ!」

周囲の奇異な視線に構わず、妖怪は奇声を上げ続けている。
と、そこへシンの隣に現れた男が妖怪を見て声を上げた。

「ありゃあ、なんか妖怪が騒いでると思えばあいつでねーか。なんでこんな真っ昼間からあんな酔ってるんだべ?」
「なんでも浮気がバレてカミさんに逃げられたらしいっぺ」
「ああ……あいつ頭は良いけんど女ぐせ悪いもんなぁ」
「しかも自覚がないぶん尚更たちが悪いっぺ」

「………………」

つまりそういうことらしい。
浮気がバレて妻に出ていかれた夫が、やけ酒して騒いでいるだけという、人間の間では珍しくもなんともない話
だ。
ふと目線を上げると、家屋の屋根で先ほど見かけた天狗の少女がつまらなそうに酔っ払いを見下ろしていた。
ゴシップ好きな天狗からみてもこういう話は記事にならないらしい。


「……妖怪にもいるんだな。そういう奴って」

側で話す男性二人の物言いから、あの妖怪は人間に対してそれなりに友好的な方らしい。
大分飲んでいるのか、足取りも軽く押しただけで倒れそうなくらいふらふらだ。にも関わらず、たまに一生瓶に
口を着けて補充してる辺り、潰れるのも時間の問題だろう。
買出しも当に済ませている。特別、里に長居する理由もないし、甘味を求めてここまで来たのも気まぐれに過ぎ
ない。
惨劇が起こったときの後片付けをする羽目になる店員には同情するが、かといってわざわざ自分が関わる理由も
ない。

「帰るかな……」

なんとなく釈然としない思いを抱えながら、シンはその場を立ち去ろうと足を動かしかけた。
その時だった。

「オ、オレヴァ……うぷっ」

突然、鳥頭の妖怪――そう呼ぶと人聞きが悪い気もするが――がえずいた。
すわ惨劇かとシンを初め野次馬たちが軽く身構えた、直後。

轟っ!

「……………………」

一瞬、視界の下半分が瞬くように赤く染まった事の意味を、シンは理解できなかった。
だが頭が理解するより早く、すでに肉体は反応を返していた。
先ほどまでの暑さとは違う熱気に顔が火照り、どっと冷や汗が栓を抜いたように溢れてくる。
視線をゆっくり地面に向けると、そこは埃や木屑が一瞬で炭化し黒ずんだ地面が広がっていた。
それを見た時には、ようやくシンも事態を呑み込むことができていた。別段難しい話ではない。

つまりこの酔っ払い妖怪は、胃のなかをぶちまけるのではなく――よりにもよって火を吐いたのである。

「……ううっ」

クチバシから火の粉などを漏らしながら鳥頭の妖怪が身を起こす頃には、シン以外の野次馬たちも何が起こった
のか理解していた。

「う、うわああああッ!」
「きゃあああああッ!」

蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す野次馬たち。
不意に走り去る人々に思いっきりぶつかられ、危うくシンもバランスを崩しかけたがなんとか踏みとどまる。
さっきの衝撃で落としてしまったかばんが逃げる人達に蹴っ飛ばされて中身をぶちまけたが、そんなことに構っ
てはいられなかった。
幸い先ほど妖怪が吹いた炎が建物に引火することはなかったが、もはや現場はパニックに陥っていた。

「な、なんでこんな……」

騒然とする周囲などどうでもいいのか、鳥頭の妖怪はふらふらとまた酒を飲んでいる。
見れば先ほどまでつまらなそうにしていた天狗は先ほどとはうって代わり、逃げ惑う人々と鳥頭を目を輝かせて
見下ろしていた。あれは更に事態が展開されることを期待している目だ。
だが冗談ではない。これ以上事態が悪化する前に自分も早く避難しなければ。
そこまで考えてようやくシンも足を動かそうとした時だった。

「――――」

見てしまった。
ふらついている妖怪の背後、喫茶店の入り口で、前掛けをした中年の男が青ざめながらおろおろとうろたえる姿
を。
喫茶店の店主なのだろうその男は、さっさと避難すればいいだろうに、いつまた火を吹くか分からない妖怪
をどう対処すればいいのかも分からずその場で佇んでいた。
否、逃げないのではない。逃げられないのだ。男をその場に縛るものは店を失うことへの不安か、それとも生き
がいのためか、その両方か。はたまた違うものなのか。シンにはその答えが分からなかったが。
そしてとうとう妖怪が店に向かって再びえずいた。

「……ああ、もう!」

そこまで見たときには、既にシンは走り出していた。ただし妖怪から遠ざかるためではなく、近づく為に。

(すぐに向かわなかったあたり俺も成長したと思たんだけどなっ!)

半ば自棄になりながら、シンは拳を固める。
やることは単純。今から迷惑な酔っ払いをぶっ飛ばすだけだ。相手は妖怪。火を吐く前に倒さねばならない。物
に引火させてもいけない。人間相手の、しかもさび付いた格闘術が果たして通用するのだろうか。
一撃で倒さねばならない。急所はどこか。人間と同じか。わからない。でもやるしかない。
失敗は許されない。でももし失敗したら謝ろう。金銭面での償いはできないから出来る限り手伝う方向で。

(――必要なのは、最小の動きで、最大の一撃ッ!)

見据えた妖怪の瞳が、駆け寄るこちらの姿を捕らえた。妖怪の胡乱な顔がこちらに向いた。


好都合だ。少なくとももし間に合わなくとも、火が吐き出される対象は店でも野次馬でもなく、自分だ。

シン自身は知る由もないが、これから起こることはまさに奇跡の連続だった。
足運び、力み、速さ、重心の移動、タイミング、格闘技における様々な要素、その全てが最善にして最適な形で、
歯車のように合致した。
もし武術を嗜む者が――例えば紅魔館の門番などが、そのときのシンの動きを見ていれば眼を見張っただろう。そ
れほどまでにそのときのシンの体さばきは見事としか言い様がなかった。

その奇跡の一撃を放つため、シンは腰を捻り、拳を思いっきり前へ突き出す!

――直前。

「待ちなさい!」

空から降ってきた声の意味をシンが理解したのは、全てが終わった後だった。

奇跡だった。本来吐き出されるはずだった炎がシンへ向かって吐き出されなかったことが。

奇跡だった。空から降ってきて妖怪を押しつぶした奇妙な大岩に、シンが拳を叩き付けられることもなく砕けな
かったことが。

「この地上での狼藉は、この比那名居天きょがっ!?」

奇跡だった――遥か高みより高速で落下してきた少女の平らな胸に叩き込んだシンの拳が、まったく無傷だった
ことは。

「…………は?」

ドシャア……などと、まるでバトル漫画のような擬音とともに吹き飛ばされた少女が地面に倒れ伏した。

「…………え?」

いったい何が起こったのかまるで理解できず、シンは拳を放った姿勢のまま足元を見下ろした。
そこには空から降ってきた大岩ごと地面にめり込んだ妖怪の腕が隙間から生えて、ぴくぴくと震えていた。少な
くとも妖怪は生きてはいるらしい。

「…………いや、え?」

そして妖怪を押しつぶした大岩に乗っていた青い髪の少女は、シンの拳により離れた位置に吹き飛ばされ、その
まま伸びていた。その様はまるで野菜のような名称の戦闘民族に栽培された生物兵器に道連れに自爆された武道
家のようだった。

「……いや、え? え?」

気がつけば、周囲には野次馬が再び集まってきていた。ただ先ほどと違うのは、野次馬たちの興味の対象に自分
も含まれていることだろうか。
そして天狗も今度はしきりに写真機のシャッターを切っている。その様は場違いにもすごく楽しそうだとシンに
は思えた。
ふと、足元の妖怪のうめき声に、再びシンの視線が下がった。

「オレハ――ナンデコンナトコロニイルンダロウ……」
「いや……なんでかなあ……」

あまりの出来事に途方に暮れるシンの呟きに、答える者はいなかった。



――数日後。

あの酔っ払い妖怪が暴れた事件があった喫茶店に、赤眼黒髪の青年の姿があった。

「はあ……」

青年――シンは嘆息すると、先ほどまで何度も目を通した新聞をテーブルに放った。
でかでかと書かれた見出しは、もう見たくも思い返したくもなかった。

「はい、お待たせしましたー」

丁度そのとき、給仕の女性が注文の品を持ってきた。テーブルに置かれたのは、以前シンが食べ損ねた桃の氷菓
子だ。但しシンが注文したのは二つ。一つは自分の分。そしてもう一つは向かい側に座る人物の分だ。

「ふーん、なかなか美味しいじゃない」

その当の人物である少女は、上品にスプーンを口に運んでデザートに舌鼓を打っている。

「気に入ってくてたなら良かったよ」
「まあ私の従者ならこれくらい知ってて当然ね」
「…………」

少女の言葉に、不意に現在の状況を再確認させられ、シンは思わず口をつぐんだ。


シンとデザートを食べている少女は先日、この店で起こった騒動を収めようとしたシンが誤って殴り飛ばしてし
まった少女であった。
あの後、気絶した少女を大慌てで介抱していたシンの下に、少女の知人を名乗る女性が現れた。
竜宮の使いを名乗るその女性は気絶した少女を背負うと、後日またお話に向かいますとだけ言い残して帰って行っ
た。
色々不安はあったものの、野次馬たちに囲まれていたたまれなくなったシンは逃げるようにその場を後にした(ち
なみに落としたかばんとその中身は出来る限り回収したが、壊れ物はほとんど全滅であった)。ついでに岩に潰
された妖怪についてはすっかり忘れていた為、今日掘り起こすまで埋まったままであった。
そして事件から二日経ってから、ついに少女が女性を連れてシンの家を訪れたのである。少女の名前を知ったの
は、そのときになってようやくのことであった。
少女の名は比那名居天子。はるか天空に浮かぶ大地――天界に住む天人という種族の少女だ。シンにはいまいち
ピンとこないが、どうやらスゴイ種族らしい。
そして少女――比那名居天子は、天人のなかでもそれなりの立場の人物の娘で、本来ならシンのようなただの農
民の人間がおいそれと話せる相手ではないらしい。
そんな少女を殴り飛ばしてしまったという事実に、シンは大いにうろたえた。元とはいえ軍人の訓練を受けたシ
ンだが、女性を殴った経験などまったく無かった。しかも暴徒でも犯罪者でもない少女に、事故とはいえ手を上
げてしまったのだ。それだけで罪悪感に押しつぶされそうになっていたと言うのに、挙句それがとんでもない不
敬であったらしいことに、シンは生きた心地がしなかった。
被害者である少女の前で思わず正座していたシンに、それまで黙っていた比那名居天子が初めて口を開いた。
裁判で判決を聞かされる被告人のような気持ちでいたシンに聞かされた少女の言葉は、シンにとってあまりに予
想外のものだった。

――そういうことだから、貴方は私に恥をかかせた責任として従者をやってもらいます。異議はないわよね?

どうしてそんな結論になるのか、シンにはまるで見当が付かなかった。
無論、非は自分の方にあるのは理解していた。できる限りの償いはやるつもりではいたのだが、なぜ自分を従者
にするという話になるのだろうか。自分などよりもっと従者に相応しい優秀な人物なら、少女の近くにいくらで
もいると思うのだが。
恐る恐るそう訊ねるシンだったが、少女の目つきが不興に歪んだのが見えてそれ以上の追求は諦めた。それは人
の機微に疎いシンにしては珍しく賢明な判断だっただろう。
そうしてその日の翌日――つまり今現在のデザートに繋がるわけである。

「それで、なにか思いついた?」

そこで天子に声をかけられて意識が引き戻された。いつの間にか随分深く物思いに耽っていたらしい。

「あ、えっと……いや……」
「……話を聞いてなかったわね?」

しどろもどろになりながら何とか返事をしようとするが、結局白旗を上げた。天子は分かりやすく長い嘆息をす
るとやれやれとこれ見よがしに肩を竦める。

「もうっ! しっかりしてよね。仕方ないから最初からもう一度説明してあげるから、今度はちゃんと聞いてよ
ね!」

びしっと、口に運んでいたスプーンでこちらを指して天子は先ほどまで話していたらしい内容を口にする。
曰く、天界で天人としての品格を身につける為に日夜寝る間も惜しんで真面目に勉強に励んでいた天子だったが
、ある日父親から地上での修行を申し付けられる。あまりに突然のことで驚いたが、元々勤勉な性質である自分
は喜んで言いつけを承諾する。しかし目付け役……もとい、付き人を連れていては立派な天人になることなどで
きないと考えた天子は、敢えて付き人を連れず地上に降りる決意を固めた。
そしてちょうどその時、地上で妖怪が暴れていることに気づくと、騒動を収めるために急いで降りていき、状況
は今に至るということらしい。

「そういうことだから、どこか楽しいところに連れて行ってくれない?」
「なんかさっきまでの文脈と話しかみ合わない気がするんだけど……」
「そんな些細なことで揚げ足取らないの。で、どこかアテはあるの?」

些細か?
言いかけた台詞を何とか飲み込み、代わりにシンは訪ね返した。

「そう言われても……そもそも修行ってどんなことをするんだよ?」
「そうねえ……徳を積む行為とかかな」
「徳……人助けとか?」
「そんなところね」
「なら……」


人助けと聞いて、シンが住む里の風景が脳裏に浮かぶ。里の人達が喜びそうなことをいくつか思案し、口にする。

「妖怪退治」
「そういうのは巫女の仕事でしょ。却下」
「じゃあ畑仕事の手伝い」
「地味だし泥で汚れるからヤ」
「なら店で働いてみるとか?」
「ただの労働じゃない」
「……寺子屋で先生をやるとか」
「勉強なんてめんどくさい」
「……おい」

勤勉なんじゃなかったのかよ。
段々目の前の天人の人となりが見えてきた気がして、思わず半眼で彼女を見やった。
するとそんな自分の様子に気づいたのか、天子の肩がびくりと跳ねる。

「な、なによ……また私をぶ、打とうっていうの? 言っておくけど、この前のはまぐれなんだからね。本当な
らただの人間が天人に敵うわけないんだから」

そう強がりながらも天子は椅子に座ったまま身を引くような体勢で警戒をあらわにする。どうやら怒ったと勘違
いさせてしまったらしい。顔を赤らめもじもじと――もじもじ? いや、ビクつく天子の様子を見て、シンは慌
てて手を振って否定する。

「いや、だからあれは事故なんだって! 悪かったよ、あんなことはもうしない。約束する」
「…………あ、そう」

シンの言葉を信じてもらえたのかは分からないが、先ほどまでの動揺がなかったかの様に天子はいずまいを正し
た。どうやら自分はまだ警戒されているらしい。女の子が自分に手を上げた人間と相対していることを思えば当
然の話ではあるが。
しかしどことなくがっかりしているように見えた気がするのは気のせいだろうか。まあ気のせいだろう。そうに
決まっている。
とりあえずシンも天子に倣うように気を取り直し、一言。

「じゃあとりあえず、里を回ってみて困ってそうな人がいれば話を聞いてみるのは?」
「まあ無難なところね。地味だけど我慢してあげるわ」
「……ありがとう。さすが天人様は心が広いなー」

どこか諦めた様子で、シン。しかしそんな彼の言葉に天子は気を良くしたのか、ふふん、と鼻で笑うと出てない
胸を張った。

「そうそう。感謝しなさいよね。地上の人間である貴方にこうして挽回の機会を与えてあげたんだから。努力次
第では貴方も天人に上げてもらえるかもしれないわよ。そうなったら……わ、私の側近として傍に置いてあげな
いこともないわ。どう、嬉しいでしょ?」
「え? あ、うん。それは良かった」

溶けかけた自分の氷菓子に気づいてから意識がそちらへ向いてしまっていた為、話を聞かないまま咄嗟に返事を
返してしまったが、幸い天子は気づかなかったらしい。
むしろ天子はますます機嫌を良くしたようで、ぱっと表情が喜色一色に染まる。両手のひらを打って合わせてみ
たりして、朗らかに口を開く。

「じゃ、善は急げよ。早速行きましょっ!」
「あ、待って、まだこれ食べてない」
「もう、仕方ないわねー、私も手伝ってあげるわ」
「いやこれかなり量あったのにまだ食べたいのかよ」

すでに自分の分の氷菓子を片していたのも関わらず、それでもスプーンを片手に腕まくりするような仕草までし
てやる気を見せる天子。そんな彼女の――というか女性特有の別腹っぷりに呆れながらも、とはいえ元よりそん
なにたくさん食べるつもりも無かったシンはまあいいかと結論付けると、まだほとんど残っている自身の氷菓子
をテーブルの真ん中に寄せるのだった。



「ありがとうございましたー」

会計を済ませて店を出たシンと天子の背中を見送ったのは、二人の注文を運んだ女給仕だった。
わざわざ店から顔を出してまで興味深々といった様子で二人の背中を見つめる女給仕に、店の奥から現れた店主
が怪訝な顔で声をかける。


「お前はなにをしとるんだ?」
「あ、アンタ。ちょっとちょっとニュースだよ!」

店主の妻らしい女給仕は夫の下に駆け寄ると、声が漏れないようにしているつもりか口元に手など当て、もう片
方の手を手招きするように振る。

「なんだ落ち着きの無い。今のお客さんがどうかしたのか? この前の騒ぎのときの人達のようだったが」
「それがね、アンタ」

何事か言い掛けた女給仕は、しかしすぐに続けたりはせず一旦言葉を切って思い出すような仕草で虚空を見上げ
る。
先ほどまで例の二人の会話を“なんとか”聞き取れる位置から聞き耳を立てていたうわさ好きな女給仕は、虚空
を見上げたまま、うん、と納得したように頷くと店主へ視線を戻した。
そしてまず女給仕の口から出てきた一文はこんなものだった。


「あのお兄さん、天人さまのところに婿入りするらしいよ」


いくつもの偶然が重なり、普通ならば出会うはずのない人物と関わりができてしまったシン。
だがその人物が自分の人生を左右しつつあることに、思わぬ出費に財布の中身を気にしているシンが気づくのは
、まだまだ当分先のことであった。

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最終更新:2011年10月24日 05:33
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