男子生徒「あいつのこと?あぁ、知ってるよ」
赤く、暗く閉ざされた部屋。
かぎなれない薬品の独特のにおいが鼻につく。
病院でもかいだことのない、作業薬品独特のにおい。
一人の少年がひっそりとたたずんでいた。
彼は、作業を黙々と続けながらも、こちらの質問に答えてくれた。
静かな水音だけが、耳に届く。
こちらから質問するべきだろうか?
そう躊躇するなか、そんなこちらの感情を悟ったのか、彼が口を開く。
男子生徒「話せば長い。そう、古くない話さ」
その物言いはとても静かなもの。
だというのに、その声に宿る響きは、彼が歴戦の戦士であることを雄弁に物語っている。
男子生徒「知ってるか?主役ってのは3つに分けられる」
そうして、右手だけをこちらに向けて、指折り数え始める。
男子生徒「強さを求める奴。プライドに生きる奴。流れを読める奴・・・この3つだ」
あまりにも単純に分けられたその内容に、しかしそれ故に納得する。
誰よりも観客の目をひきつける者。
誰よりも己自身を誇ることが出来る者。
そして、観客を引き込む力を持つ者。
それだけが主役を張れる。
演技力など関係ない。
方向性は違えども、彼らの魅力は総じて観客を犯す猛毒だ。
だからこそ、『彼』のことが気になった。
その3つのうち、『彼』はどれに含まれるのか?
男子生徒「あいつ?あいつは『ラッキースケベ』と呼ばれた主役だった」
そして
男子生徒「『あの劇』の主役だった男」
瞬間、脳裏をよぎったのはあの絶対的な黒い姫。
星々を引き連れて、夜闇に包まれた、たった一人のお姫様/魔王様
男子生徒「俺は、『彼女』を追っている」
彼の声に、現実に呼び戻される。
そんなこちらの思いは関係ないのだろう。
たんたんと言葉が続いていく。
男子生徒「あれは、冬の始まる少し前。赤い枯葉がいつもよりも多く積もっていたよ」
そういって、彼は作業を止める。
しばし物思いにふけるように虚空を見上げ、口を開く
男子生徒「あの劇は謎が多い。誰もが正義となり・・・誰もが悪となる
そして誰が被害者で、誰が加害者なのか・・・」
ふと、目を閉じる気配がする。
そこに込められた沈黙は、悔恨か、それとも・・・
男子生徒「一体、あの劇とはなんなのか」
それを知るために私はここに来たのだから。
話はそう、これより3ヶ月前にさかのぼる・・・
シンとなのは達は幼馴染
~学園祭、あるいはシンにとっての黒歴史・上~
シン「演劇・・・ねぇ・・・」
感慨深げに呟いてから、背もたれに体重をかける。
高校生活も二年の半ばを過ぎた頃。
長年の使用にがたが来ているらしい椅子はギシリと音を立てて彼を受け止める。
夏も終わりの色を見せ始めたこの季節。
空調完備の学園の中とは言え、窓から差し込まれる光はまだ熱を多分にはらんでいた。
フェイト「演劇だって、シン」
シン「聞いてるよ」
不意に、真横から語りかけられる声に顔を向けずに答える。
相手からは微笑んだ気配がした。
こちらも相手も、まるで気になどしていない。
もう、何年も側にいるのだからお互いが空気のようなものだった。
フェイト「演劇かぁ、どんなのかな。やっぱりシェークスピア?」
シン「俺は、あぁいう文学作品とかには興味ないからなぁ」
フェイト「とか言いながら、ちゃんと読んではいるんでしょ」
シン「断定かよ・・・」
まぁ、読んでいるんだけどな。
と心の中で呟いてから、シンは隣に座る金髪の幼馴染を見る。
彼と同じようで全く違う赤い瞳が、弧を描いてこちらを見やる。
微笑んで、首をかしげるその微笑みに、やれやれとシンは息をつく。
フェイト「やっとこっち向いてくれたね」
シン「こらまて。まるで俺がいつもお前に顔を向けてないみたいじゃないか」
フェイト「そうだけどさ。シンに見られるのってなんか嬉しいんだもん」
シン「・・・相変わらずお前ってそういう恥ずかしいこと臆面もなく言うのな・・・」
フェイト「え?そうかな・・・でも、シンだからいえるんだと思うよ」
にこりと笑いながら呟いてくる彼女に、シンは心の底からこの純粋すぎる幼馴染にして親友の心の広さに感服する。
あぁ、せめて、と。
シン「せめて・・・こいつらもそんくらいの心の広さを持って欲しいんだがなぁ・・・」
呟いて、ちらりと教室内を見渡して。
男子生徒A「どういうことだよ!!」
男子生徒B「なんで俺たちが演劇なんて面倒くさいことしなきゃならないんだよ!?」
男子生徒C「そうだそうだーー!」
女子生徒A「私彼氏と約束してたのにー!!」
女子生徒B「え?あんたの彼氏って・・・あの?」
女子生徒C「まだ付き合ってたんだ・・・」
男子生徒D「んなことはどうでもいいんだよ!!リア充は黙ってろ!!」
女子生徒D「ちょっとあんた!何様のつもりよ!?いい加減にしなさいよね」
女子生徒E「まったく、これだから男子は・・・」
男子生徒E「んだとー!お前らこそなんだよその態度はーーー!!」
シン「・・・」
フェイト「・・・にぎやかだね」
さすがのフェイトも、苦笑を隠せないのか、眉根がわずかばかりよっているのを見てから、シンはもう一つ盛大なため息をついた。
なのは「ふぅ・・・やっとついたの・・・」
フェイト「あ、なのは」
シン「よう。まだ授業中だぞ」
なのは「もうこんなになってたら授業とか話し合いとか関係ないの・・・もう、髪の毛痛んじゃうよ」
そういって、彼の二人目の幼馴染にして親友である高町なのはが遠く離れた席からやってきた。
シンとなのはは離れた席にいたはずなのだが、この喧騒にまぎれてこちらに来たのだろう。
本来注意すべき教師(新任で、おっとりした女性教師。巨乳)も、おろおろとするばかりで生徒達の暴走を食い止められずにいる。
それを横目に見やってから、シンは再びなのはに目を向ける。
彼女はシンの前の席に座って、こちらを振り返るようにしてみてきていた。
なのは「演劇だってね」
シン「それはさっきフェイトと話したよ」
フェイト「なんだろうね・・・ワーグナーとか?」
シン「あんな英雄願望の塊の傲慢親父の作品なんぞを演らなきゃならんのかよ」
フェイト「ワーグナーはいいよ。人格はさておき」
はやて「文句ばっかりやなぁ・・・んじゃ、ダンテは?」
シン「神曲か?あんな一神教万歳の上に俺こそ至高とかいう厨二よりも酷い作品見たことない」
なのは「ていうか、なんだかんだ言って読んでるんじゃないシン君は」
二人してくつりと笑われて、シンはふんと鼻を鳴らす。
別段、彼の英雄譚が嫌いなわけではない。
作品の内容と才能は確かにとうなずくところはあるが、作者の人格は好きではない。
シン「だから、その作者の性格が気に食わないんだっての。俺は」
はやて「せなこというたかて・・・シン、私にワルキューレすすめてくれたやないの」
突然聞こえた声に、シンはそちらを振り返る。
いつの間にいたのかは分らないが、そこには彼の親友である八神はやてがへらへらと笑顔を浮かべていた。
かなりの喧騒の中とは言え、あいも変わらず神出鬼没なその登場。
シンは机に膝を突いて頬杖をつく。
シン「名作は名作だろうが。どんなに書いた奴が酷くても、それは変わらない」
はやて「うふふー。相変わらず、シンはツンデレさんやねー」
シン「うるさい・・・てか、ほっぺたをつっつくな」
つんつんとこちらの頬を指でつついてくるはやての手を軽く払いのけると、彼女はさして気にすることもなく、
側にあった椅子を持ってきてシンの隣に腰掛けて、シンの腕をとる。
シンにとってはわずらわしくも、いつものことなのでいい加減気にしない。
というか、ツッコムのに疲れ果てたといってもいいだろう。
無論、側にいる二人の親友の目が若干鋭くなったことを除外すれば、であるのだが・・・
はやて「にしても、演劇かぁ・・・みんなはなんかやりたいのあるん?」
なのは「私は、特にないかな?」
フェイト「うん、私も。ていうか、私はあんまり読んでないからわかんないや」
シン「別にかしこまった奴じゃなくていいんじゃないのか?浦島太郎とか、シンデレラとか・・・」
アリサ「甘いわね」
四人の言葉をさえぎるようにして、凛とした声が響く。
シンはその声に眉根を寄せてその声が聞こえてきた方向へと顔を向ける。
其処にいる自信に満ち溢れた風貌をもった王女のような風貌の少女と、それとは正反対なまるで月のような印象を受ける二人の少女。
まるで相反するような、それでいて対の姉妹のようなその二人の親友を見つけた。
アリサ「いい。私たちはもう中学生じゃないの」
シンに指を突きつけながら言い放つ勝気な親友、アリサ・バニングスは声を静かに燃やしながら言葉を続けた。
アリサ「私達ももう17歳なのよ?いい加減大人の一歩手前なの。そんな私達が浦島太郎?シンデレラ?
少しは高校二年生であるという自覚を持ちなさい」
すずか「もう、アリサちゃん。落ち着いて・・・」
荒ぶるアリサを抑えるように、もう一人の親友月村すずかが微笑みながら声をかける。
アリサはそれでも言い足りないのだろう。
わざわざ腕を振り上げてから再びシンに指を刺す。
アリサ「いぃい?私たちはもっと身の丈にあったものをやるべきなの!それが、己の責任であり、学校行事に対する義務よ」
シン「はいはい・・・お前ときたらまったく、いっつも熱くなって、大丈夫のなのか?」
アリサ「だから!いい加減名前で呼びなさいよね!お前とか、ふ、その、ふう・・・・」
シン「ふう?なんだ?」
アリサ「なんでもない!!」
きっぱりと言い放ち、腕を組んで胸と顔をそらす彼女に、シンは内心でため息をついた。
シンにとって学校行事など面倒くさいものの代弁詞だ。
やるからにはきっちりやるのが彼の流儀だが、基本的には彼は興味のないことはまるでやる気が起こらない。
言ってしまえば好き嫌いが激しい子供のようなものだ。
だからこそ、シンは彼女の言動に違和感を覚え
シン「お前・・・もしかして楽しみなのか?演劇」
アリサ「な!?そ、そんなわけないでしょ!!」
図星だな、と中りをつけた。
シンはニヤリと笑みを浮かべ
シン「そうだよなー。高校生にもなってヒーローごっこしたいんだもんなー。アリサはさー」
アリサ「~~~~ッ!!だからあんたはーーーーー!!」
赤く顔を染めるアリサをからかい、ながら。
だからこそシンは気が付かない。
はやて(なんであれで気付かへんのや?」
すずか(アリサちゃん・・・)
なのは(ライバルながら・・・同情するの)
フェイト「シン、皆のことが好きだもんね」
彼らを悲しい目で見つめる4対の瞳が在ることに。
すずか「でも、実際のところ大変だよね」
シン「なにがだよ?」
とりあえず、場の空気を変えようとすずかが話を振った。
はやて「あぁ、まさかくじ引きで演劇なんちゅー一番面倒くさいもんを引くとはなぁ・・・」
やれやれと妙に静かになったシンに腕を絡ませながらはやてが首を振る。
この文化祭には一つの変わったルールがあった。
それは、各クラスで行う出し物をくじ引きで決める、というものである。
別に、これは昨今の無気力な子供達対策だとか、言われなければやらない子どもたちだとか、ゆとり教育の弊害と言うわけではない。
勿論、マニュアル通りの人生を歩ませるわけでもなければ、生徒達を無理矢理こき使おうな度と言うわけでもない。
これには、深い事情があったのだ。
昔、まだシン達が中学生や小学生時代のこと。
ある一部の優秀な生徒達が面倒くさい学校行事を嫌って、画策したことがあった。
学園祭は、表向きはにぎやかそうで、それでいて全ての出し物が休憩所であるというとんでもない事態が。
お化け屋敷のような看板を出しながら、中身は休憩所。
喫茶店のような看板を掲げながら、その実は休憩所。
出店のようでいて、その実は休憩所。
さらには演劇のための舞台も全ては休憩所という徹底振りだった。
無論、教師陣もおかしいと思ったのだが、あまりにも巧妙に仕組まれたそれに、先生や、他の生徒達も気が付かないまま当日になるまで発覚することはなく。
その歳の文化祭は「おかしい。何かがおかしい」と皆に言わしめる伝説の年となってしまった。
ちなみに、その計画の発案者は
「だって、僕が一生懸命やるなんてめんどくさいじゃない?嫌いって言う人もいるんだしさ」
というどこまでもフリーダムな言葉を吐いていたとのことらしい。
それ以来、学校側もそのような事態が万が一にも起きないようにと、念には念をいれてくじ引きで決める。
ということが決定したのだった。
なのは「それにしても・・・全部休憩所ってむちゃくちゃシュールなの」
フェイト「そうだね。でも、かなり大変じゃないのかな?」
すずか「だよね・・・絶対にまともに学園祭をやったほうが楽だよね」
はやて「まぁ、何処にも無駄に優秀な奴はおるっていうことやな・・・シンの知り合いらしいけど」
なのは「あー・・・らしいね」
すずか「え?そうなの?」
シン「・・・聞くな・・・」
フェイト「まぁ・・・あの人なら・・・やりかねない・・・」
すずか「どんな人なの?」
フェイト「えーっと・・・あんまり、善人じゃない、かな?いい人ではあるんだろうけど」
なのは「フェイトちゃんでさえそういうんだもんね・・・それって、悪人じゃない?」
一つ笑みを浮かべて、なのははシンに目を向ける。
シンはばつの悪そうにそっぽを向くが、それでも周囲を親友に囲まれたせいで、誰からも逃げられていない。
なのは「本当に・・・まさかってかんじなの」
はやて「せやなぁ、まさか大当たりを引くなんてな・・・」
フェイト「でも、引いたのがシンだもん。仕方ないよ」
ちなみに、このクラスの代表でくじを引いたのはシンだった。
本来彼は実行委員ではないのだが、あいにく彼以外の全員がはずせない用事ばかりとなってしまい
彼が代理と言う形で引いたのだが・・・
なのは「シン君、くじ運ないもんね」
はやて「せやな。今までもシンって凶とか大凶ばっかりやもんな。おみくじ」
フェイト「それどころかビンゴから街の景品まで、全部ティッシュだよ?シン」
アリサ「あんた、どこまで運がないのよ・・・」
すずか「・・・それはある意味凄いような・・・」
シン「ほっとけ!!」
シンの悲しいツッパリと、虚勢。
幼馴染のあまりにもの運のなさにあきれを通り越して寧ろ悲しみすら感じ始めたころ、すずかがポツリと呟いた。
すずか「でも、実際何をやるんだろうね・・・」
その言葉にフェイトが首をかしげながら
フェイト「そうだね・・・個人的には、面白い劇がいいかな」
なのは「私も、そうかな。演劇って、皆で一丸となってやることができるから」
アリサ「私はシェークスピアかワーグナー」
シン「はいはい。高尚だねー」
アリサ「シン!!」
再びからかおうとするシンに今度はなのはが口を開いた。
なのは「シン。いくらアリサちゃんが可愛くても、そうやっていじめるのはかっこ悪いよ?」
アリサ「んな!?」
シン「な、何言ってんだなのは!!」
フェイト「アリサは、可愛いもんね」
シン「いや、それはそうだが・・・って、そうじゃなくて!!」
アリサ「か、かわ!?」
すずか「はい、アリサちゃん。深呼吸深呼吸」
はやて「うーん・・・でも、ありあわせのものでやるんもおもろないなぁ・・・」
ぽつりと呟いたはやての言葉に、皆が彼女を向く。
はやてはにんまりと笑いながらシンの腕から名残惜しそうに離れる
アリサ「はやて、どういうこと?」
すずか「ありあわせって、だめなのかな?」
皆の疑問を代弁したような二人の言葉に、はやてはやはり笑みを浮かべたまま、人差し指で眉間を軽く叩く。
普段のおちゃらけた姿からは想像もつかないほどに、その仕種が似合っていた。
はやて「だって、もう何度も演じられてきた題目を今さら私達みたいな素人が演じるんよ?
しかも古いから皆感情移入なんて難しいやろ?そんなんでいい舞台が出来るわけがないやん」
なのは「でも、もともと皆で楽しもうっていうものなんだし、別にいいんじゃないかな?」
フェイト「そうだよ。皆が楽しめればそれでいい。だよ」
うんうんと頷く二人にはやては大げさに首を振る。
はやて「いやいや。二人とも、よく考えてみ?さっきアリサちゃんがいっとったけど、私らももう高校生や。
高校生ゆうたらもう結婚もできるんや。シンと」
妙に『シンと』のところに力がはいっていたような気がするが、それはまぁ、無視しよう。
はやて「それやのにシェークスピアやらワーグナーやら・・・そんな手ごろにサクッと終わらせることなんてできひんものに手を出したら・・・
それこそ終いやで?」
確かに、素人が世界に名だたる名演を演じるなどおこがましいにも程が在るだろう。
荒も多いし未熟どころか素人の集団。
しかも舞台装置を一から創らなければならないという手間付だ。
シン「でもさ、それが文化祭ってもんだろ?まずい屋台とか、豚肉の入ってない焼きそばとか、タコが入ってないたこ焼きとか・・・」
アリサ「なんであんたはそんな夏祭りな感じなのよ!!しかも全部食べ物じゃない!!」
なのは「シン君、おなか空いてるんだね・・・」
フェイト「はい、シン」
シン「お、アーモンドチョコか。サンキュー」
フェイト「ううん。気にしないで」
フェイトが何処から取り出したのか、アーモンドチョコをシンへと渡す。
そのあまりにも自然な流れを見て、なのはは苦笑を浮かべる。
はやて「相変わらず、フェイトちゃんはシンにべったりやなぁ・・・」
フェイト「そうかな?いつも通りだから」
当たり前に笑う彼女をみて、なのはは少しだけ胸が痛んだ。
フェイトがシンの面倒を見ているようだが、その実は違うことを知っているからか、それとも
なのは「はやてちゃん。話の続き続き」
はやて「うん?あぁ、せやったな」
考えようとした内容を無理矢理洗い流すように、なのはははやてを促す。
はやてはコホンとわざとらしい咳払いをして
はやて「えーっと、どこまで話したか・・・あぁ、せやな。文化祭の醍醐味っちゅうところまでか・・・
確かに、ぎこちない演技、棒読みの台詞、その上舞台装置は張りぼてにすら見えないごちゃまぜ・・・
そういうのも確かに味がある。でもな、シン」
はやては言葉を区切り、一人ひとりの顔を見て、最後にシンに瞳をあわせる。
はやて「だからこそ、精一杯いいものに仕上げたいんや。皆が笑って過ごせるように。皆が面白かったっていえれるように」
ふと気が付けば喧騒が止んでいる。
今まで騒いでいた男子も。
今まで無関心だった女子も。
おろおろとのたまうばかりの新任教師(おっとりした巨乳)も。
皆が皆、しんと静まり返り、先ほどまで喧々囂々とした教室内にいる皆がはやての言葉に聞き入っていた。
はやて「せやから、思い出になるもんに、他人様のシナリオなんて持っての他や。きっちりかっちり一から創って、私らだけの舞台をつくる。
それが、文化祭やと思うんや」
と、そこではやても皆が自分の言葉に聞き入っていることに気が付いた。
きょろきょろと周りを見渡し、ばつの悪そうに頭に手をやり。
はやて「ま、まぁあれやな。皆で思い出に残るようなもんにしようちゅうことや」
シン「思い出、ねぇ・・・」
シンがあきれたように、それでいて眩しいものを見るかのようにはやてに微笑みかける。
相も変わらずのきれいごと。
普段のひねた彼ならば笑い飛ばすその言葉に、何故かいつも彼女の言葉は覆せなかった。
自分には到底出来ないことを容易くやってのける彼女は、まさしく四騎士の主に相応しかろうと考えながら、ふと疑問がわきあがり
アリサ「・・・でもさ、結局何をやるの?」
すずか「アリサちゃん、シビアすぎよ・・・」
なのは「ちょっとは空気を読むの」
アリサ「ちょ!?大事な問題でしょ!?」
- それを口に出さなくてよかったと心の中で息をついた。
しかし、はやては再び不敵に笑みを浮かべ
はやて「いやいや・・・よぉう聞いてくれた。まさしく空気読んどるで、アリサちゃん」
シン「よかったのかよ」
フェイト「シンもきっと思ってたでしょ」
シン「断定!?」
真横から当たり前のように、分かってるんだといわんばかりに微笑みながら言い当てた幼馴染に驚く。
はやてはそんなことも全て無視して
はやて「私がさっき言ったように、誰かの後を追うんやない。自分達の道を作るいうたんや・・・つまり」
間をためて、力を込める。
気が付けばクラスメイト全員がごくりとつばをならし、飲み込まれている。
そんなプレッシャーを何処吹く風と言うように。
はやてはビシリと何故かシンに指を突きつけ
はやて「わたしがオリジナルのシナリオ作ってそれを舞台でするんやーーーー!!!!!」
クラスを静けさが支配する。
はやてが凄まじいドヤ顔を決める。
そんな中、誰よりも突っ込みの申し子である彼が回復するのを起点にして
シン「お前は一体なにを考えてるんだーーーー!?」
シンはや以外「「「「「「はーーーーーーーーー!?」」」」」」」
少なくとも、この瞬間だけはクラスは文字通り一丸となった気がした。
シン「ただいまー」
マユ「お帰りなさい。お兄ちゃん!!」
学校から自宅である高層ビルの一角である自宅に帰ってきたシンは、己の胸に飛び込んできた妹を優しく抱きとめた。
白い肌に紫色のクリクリとした瞳。
料理中だったのだろう、フリルの付いた可愛らしいピンク色のエプロンを身に纏っている。
シンは、学校では見せないような優しい笑みを浮けべて、そっと自らの妹の頭を撫でる。
彼女はそれが心地よいのか、まるで猫が咽をくすぐられるように満面の笑みを浮かべた。
シン「ただいま、マユ。今日の飯はなんなんだ?」
シンはそう問いかけながらもマユをそっと放す。
彼女は一瞬眉根をひそめながらも名残惜しそうにシンから身を引き、かばんを半ば奪い取るように受け取る。
マユ「今日は秋刀魚のいいのが見つかったから、網焼きにしてみたんだ。あとね、左隣の佐藤さんからほうれん草をもらったからおひたしにして、
あ、それと筍ご飯も作ってみたんだよ!お兄ちゃん好きでしょ。それに、お芋のお味噌汁かな」
シン「へー、そいつは美味そうだな・・・なんか手伝いはいるか?」
マユ「うーん・・・もう一品あったほうがお兄ちゃんいいとは思うんだけど・・・ちょっと思いつかないから今日は大丈夫だよ」
シン「おい、俺を空腹にさせないでくれよな・・・」
そういいながら、シンは靴を脱いで居間に移動する。
清潔に保たれながらも、どこか生活観があふれる部屋からは、確かに筍のにおいと、魚を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
そこで、ふとシンはマユを振り返った。
シン「そういえば、父さんと母さんは?」
マユ「父さんも母さんも今日は泊りだって。なんかデバイス調整がうまく言ってないとか言ってたよ?」
シン「ふーん・・・それじゃあ、また徹夜か・・・いい加減年を考えて欲しいよな」
マユ「もう、そんなこと言ってたら、お父さんもお母さんも新しい弟か妹を作って抗議してくるよ?」
シン「・・・そういう生生しい発言は勘弁してくれ」
まるで主人にじゃれ付く子犬のようにつき従う妹に、シンはげんなりとしながら呟いた。
未だに子供たちの前でも堂々と甘いいちゃいちゃっぷりを見せ付けてくる両親ならばありえない話ではない。
いい年をした大人、しかも自らの両親が、目の前でいってらっしゃいのキスをするなど、子供達にとっては視覚的侵略に他ならない。
そんな両親がいない気軽さと、寂しさが入り混じった感情が胸裏をよぎる。
キッチンのすぐ側にあるテーブルの上には、おそらく一時帰宅した母のものであろうが、メモが殴り書きで置かれてあった。
それを横目で確認して、シンは居間にあるソファーに座り込み、なんともなしにテレビのリモコンをつけてチャンネルを変えていく。
ニュースキャスター『本日、白熊の赤ん坊が―――』
アニメ『負けられねーんだよ!!男の子―――』
ドラマ『まぁ!?奥さ―――』
お姉さん『さぁいきますわよ!黒ウサ―――』
特にとりとめもない番組ばかりとわかってはいたのだが、最終的にバラエティ番組にする。
いつかの再放送なのか、秋口の始まりにしてはやけに厚着をした司会者が、発言者にむかってひたすら突っ込んでいくというよくある内容だった。
シンはそれをぼうっと見つめていると頬につめたい何かを押し付けられた。
びくりとしながら振り向くと、そこにはマユが水滴の付いたままの缶ジュースを持っていた。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべているそれは、間違いなく確信犯なのだろう。
最終更新:2011年10月24日 06:19