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<東方邂逅録~幽明境を同にする~>

<東方邂逅録~幽明境を同にする~>

 玉砂利を弾く音にわずかに遅れて竹と竹がぶつかり合う乾いた音が響く。
 見事なまでの佇まいを見せる枯山水の風情とはかけ離れた音色の発信源は二人の男女だった。
 片やこの冥界にとっては異物としか言いようのない生きた少年、片や長くこの冥界に住んではいるが半人半霊
というこちらも冥界では珍しい少女。
 一定の距離を保ち、時折手にした竹刀で相手に切りかかる。
 試合というには物騒で、死合というには緊張感が薄い。
 そんな曖昧な雰囲気の中での決闘――屋敷の主人は愉快そうに「チャンバラごっこ」と言っていたが――を
中庭の縁側で眺める二組の女性がいた。
 片やこの冥界にとっては似つかわしくないと言っていいこの世に生まれ落ちて数カ月ほどの九十九神、片や
この冥界にとってこれ以上相応しい者はいないであろう千年以上も存在している亡霊。
 それほどなまでに不釣り合いな二人が揃って正座しながら湯呑を傾けているのも幻想郷であればこその光景
といったところだろう。それは庭の二人にも言えた話であるが。

「……やはり、主殿はカタナに慣れないようですね」
「あら? そうなの?」
「あのような長物を扱ったことはあまりないはずです」
「でも貴女が憑くときは大きな剣を使うじゃない」
「あの状態のときは身体能力も上がりますから。同じようにはいかないのでしょう」
「へー」

 あまり興味がないのか、気のない相槌を返しながらこの白玉楼の主――西行寺幽々子はお茶を啜る。
 熱気すら感じる中庭の二人とは対照的に冷めきったような目でデスティニーは手の中で湯呑をぐるぐると
回しながら呟くように語りかける。

「それにしても、妖夢殿はまた腕を上げられたようですね。以前に増して速さが増している」
「そうかしら?」
「えぇ、主殿が卑しく死角を攻め続けた影響でしょう」
「あなたも随分言うわねぇ」
「言葉を選んでおりますので」

 ふふん、と得意げに微笑みながら茶を飲もうとして、庭で鍔迫り合いをしているシンが睨んでいることに気が
ついた。

「聞こえてましたか?」
「どうかしらねぇ」

 なにやら言い返そうとするシンだったが、その隙を突かれ妖夢に押し返され間を開けてしまった。そこから
一方的に攻められるもなんとかすべてを受け切る姿に再びデスティニーはうっすらと笑う。

「うれしそうね?」
「……そういうわけでは」

 表情を引き締めつつデスティニーは幽々子の顔を伺う。
 従者が優勢であっても劣勢であってもただニコニコと笑うばかりで何を考えているか分からない。
 この場に限った話ではなく言動から思考が読みにくいのがこの主の常だ。

「なにかしら?」
「いえ別に」

 その癖気付けばこちらの胸の内を覗き込むように笑顔のまま踏み込んでくる、それがどうにも苦手だ――と
デスティニーは諦観にも似た気持ちで温くなった茶を啜った。


「はぁ……疲れた」
「手合わせ、ありがとうございました」

 地面に仰向けに倒れ込んだ少年に深々と頭を下げる。顔を上げる余力もないのか、力なく手を振るシンに手を
差しのべる。

「サンキュ……っと。まだまだ妖夢には勝てそうにないな」
「あれだけ受けきった人が言うセリフですか」

 体力はこちらの方が残ってはいるが、実際のところは最後まで一撃たりとも有効打を決めることができなかっ
た。それどころか――当たりこそしなかったものの――何度か反撃もされたほどだ。
 ――先ほども何やら縁側の二人に叫ぼうとしていたので遠慮なく攻めさせてもらったが、なんと全て捌かれた。
 手合わせをする度に実感させられる。この少年のしぶとさは相当のものだ。あと一歩というところまで追い
詰めても倒しきれないことが多い。火事場のなんとやらというものか。

「とりあえず、今日のところはゆっくり休んだほうがいいわよ。お茶煎れてくるから幽々子様たちのところで
待ってなさい」
「あー……いや、そこまでしてもらわなくても」
「そんな汗だくのまま放置するのもこっちの気が引けるだけだから。あとで何か拭くものも持っていくから
遠慮せず大人しくしてなさい」

 むう、と呻きながら肩をぐるぐると回すシンを横目で眺めながら屋敷へと戻る。半人半霊である自分と半刻ほ
ど打ち合いをしたというのにこの程度の疲労で済んでいることにわずかながら驚きを感じていた。少し前までは
倒れたまま起き上がることもできなかったというのに。

 ――あの紅白や白黒とは、また別の意味で厄介ね……

 脳裏に浮かんだ二人も性質は真逆だが、目の前の少年はそのどちらにも当てはまらない。吸血鬼のメイドとも異なる。成長速度の凄まじさとこちらの予想から外れた奇抜な行動――今回も何度か体術を織り交ぜた我流の
戦法だった――には今でも不意を突かれてしまう。おかげで大抵の動きは目で追えるようにはなったのだが、そ
れでも容易には勝てない。ある程度ルールがある打ち合いですらこれだ、もっとなんでもありの……そう、例え
ば弾幕勝負であれば一体どうなることだろうか。

「あ」
「ん? どうした?」

 いや別に、と答えると不思議そうな顔をしつつも身体を引きずるようにシンは縁側の二人の方へと向かう。
 その背中を眺めながら、ある日のことを思い出していた。
 ああ、そういえば、

 ――そういえば……初めて逢ったときも勝てなかったっけ。



 ――その言葉は、唐突に天から降ってきた。

「……は?」
「だから、明日宴会をするから貴方も来なさいと言ったの」

 頭上を見上げながら間の抜けた声を返す少年に見下ろす少女は繰り返し告げる。
 少女は中空に浮いていた。それどころか体の半分が途切れている――否、何もない空間に現れた穴の中に隠れ
ている。
 そんなどう見ても怪しさの結晶体でしかない人物に、頬を掻きながら少年は心持ち声を小さくしつつ返答する。

「えっと……言っていること自体は二度も言われなくても分かる」
「あら? そうなの」
「うん。それでちょっと言いたいことがあるんだけどさ」
「何かしら?」
「ここで言うことかっ!?」

 人里のド真ん中――より正確に言えば慧音に買出しを頼まれた店の手前――でシンは叫ぶ。リアクションこそ
取ってはいないが心底驚いていたのだった。おまけにこのスキマ妖怪が現れてから周囲の視線が痛い。最悪目の
前の店にすら入れなくなりかねないほどに悪い意味で目立っていた。

「別にどこであろうと構いはしませんわ」
「俺が構うんだよ! というか毎度毎度出てくるのが唐突なんだよアンタは!」
「とうとつだっていいじゃない ようかいだもの ゆかりん」

 真上で微笑む大妖怪をブン殴りたくなる衝動をなんとか抑えていると、真横でこの事態に直面しながらも眉ひ
とつ動かさなかったデスティニーが口を開く。

「宴会と言いましたか。場所は何処で?」
「あら、貴女にしては珍しく乗り気な質問ね」
「勘違いしないでください。宴会自体にはさほど興味はありませんが、なにやらきな臭いものを感じたもので」

 すっとデスティニーは目を細める。あからさまに警戒色を示すその言葉に、このスキマ妖怪――八雲紫はうっ
すらと微笑を浮かべた。

「白玉楼、と言えば貴女なら分かるでしょう?」

 ――ハクギョクロウ?
 聞き覚えのない名前に困惑しながらデスティニーの横顔を伺うと、警戒を残しながらも納得したように頷いて
いた。

「……なるほど、御友人に主殿を紹介したいと」
「理解が早くて助かるわ」
「しかし何故?」
「貴女が今言ったじゃない。紹介したいのよ、彼女にね」

 むっとデスティニーは黙り込む。シン自身も何故紹介したいのかが気になったのだが、どうやら答えるつもり
はないらしい。

「それでは、また明日に会いましょう」

 清々しいほどに一方的に告げて、大妖怪はスキマの中へと消えた。


「……で、なんでこうなった?」
「? 何がですか?」
「いやだから、」

 言いかけて、口を紡ぐ。何を言ったところで何の解決もしないのは分かりきっていたことだ。
 それでも文句を言いたくなる衝動に駆られるのは、

「なんでお前の勝手な判断であのスキマ妖怪の言うことを聞く羽目になっていつもは問答無用でスキマ送りに
するクセに今回に限っては全然まったくこれっぽっちも顔を出しやがらないんだッ!!」
「主殿、結局叫んでしまったわけですが」
「だからなんだ!?」
「ねぇ、今どんな気持ち? 今どんな気持ち?」

 ――視線で人、いや神が殺せればいいのに。もしくは殺せる線っぽい何かが見えればいいのに。

 まぁこの九十九神に死なれるといろんな意味で困るのだが。
 淡々と無表情で尋ねてくるデスティニーを視界から外す。しかし、そうすると辺り一面に知らない光景が広が
り無性に不安な気持ちになってくる。
 ……そう、今二人は白玉楼へと向かうために幻想郷で今まで踏み入れたことのない土地にいるのだった。

「なぁデスティニー、本当にこっちでいいのか? というか本当に行き方分かってるのか?」
「何度目ですかその質問は。実際に行った経験こそありませんが行き方は知識として持ってはいますと言ったで
しょうに」

 そう、何度も聞いている。そして何度聞いても安心できる要素が見つからない答えだった。

「やっぱり慧音に案内してもらった方がよかったんじゃ……」
「私がいるから心配ないと言ったでしょうに。そんなに私が信用できませんか?」
「うん」
「…………」
「…………」

 沈黙。さすがにぶっちゃけ過ぎたかと思わないでもないが、既に何時間も歩かされている身としてはこれくら
いキッパリと言わなければ気がすまなかった。
 相変わらず無表情のデスティニーだったが、一度目を伏せる。
 そして、

「さて、もうそろそろ見えてもいい頃なのですが」
「聞かなかったフリか!? なかったことにする気なのか!?」
「は? 何の話ですか? さっぱり意味が分からないのですが」
「記憶からも抹消済かよ!? お前ほんっとーに大丈夫なんだろうな!?」
「うるさいですね、置いていきますよ」
「シャキシャキ付いて行くんでご案内よろしくお願いします」
「よろしい」

 満足そうに頷きながらデスティニーは先を進み、歯を軋ませながらシンはその後を追う。
 ――悲しいことに、今の状況ではこの気まぐれな九十九神がシンにとっての生命線だった。
 それはもう、いろんな意味で。


 ……さらにしばらく進んでいくと、吐く息がやや白みががってきた。
 おかしい。季節に合わない寒さというわけではないが、つい先ほどまでは少し汗ばむ程度の気温だったはずだ。
この落差はどう考えても異常だ。

「なぁデスティニー、なんか寒くなってきてないか?」
「確かに。霧の湖が近いからでしょうか」

 表情からはまったく読み取れなかったが、寒さは感じていたらしい。しかしそういった理屈で説明できるよう
な寒さではなくどこか異質な……そう、怖い話を聞いたときのような寒気である気がするのは気のせいだろうか。

「む?」

 先を行くデスティニーが足を止める。何かあったのかと肩越しに先を見ると、遠目からでも廃墟と分かる洋館
があった。
 洋館、幻想郷では数こそ少ないが珍しいものではない。紅魔館がいい例で魔理沙やアリスの家もある。
 しかし廃墟、となるとなかなか目にすることがない。物珍しさに心惹かれてついデスティニーから離れて廃洋
館へと近付いていく。

 ――音楽?

 人の気配を感じなかったというのにかすかに聞こえてきた楽器の音色に驚く。誰かいるのだろうかという好奇
心から屋敷へ向かう足が早まる。
 そして、

「あ、れ……?」

 視界が揺れる。足どりもおぼつかなくなり、一歩ごとに気が遠くなっていく。

 ――いったい、何が……?

 なんとか倒れないようにするだけで精一杯だった。しかし崩れそうになる身体を支えているだけで精神がすり
減らされるような感覚に襲われる。

 ――曲、が……頭に……

 比喩ではなく脳髄に響く音楽。音色そのものは美しさを感じるのだがここまで精神に影響するものにそれを
感じ入る余裕があるはずもなく。
 膝を地についてしまってからはあまりにも呆気なく、
 シンの意識は精神の奥底へと落下していった……


「――あー、これはちょっと危ないかも」

 ――声が、聞こえる。

「まさかこんなところに人間が来るなんて思わなかった」
「こんなところだしねー」

 聞き覚えのない少女の声が3つ。霞がかった頭は上手く働かず状況を把握できない。
 そもそも、どうしてこうなってしまったのか?

「ふむ、まぁ死にはしないでしょう。この程度で死ぬようなら……まぁその程度だったということで」

 ――イラッ。

「その程度って。私結構本気で演奏したんだけど」
「いえ、貴女の腕を過小評価しているわけではありません。よもやこのような、「たまたま通りがかった場所で
たまたま曲を聴いて死んでしまった」という末路など末代まで笑い飛ばされでもしないと救われないということです」
「まぁそれは確かに」

 ――イライラッ。

「はぁ……この後ライブなのに困った話ね」
「申し訳ありません。我が主殿が迷惑をかけて」

 ――…………。

「あ、起きた」

 いつの間にか、上半身だけ起き上がっていた。キリキリと首を廻らせて周囲を確認する。
 ――それぞれ黒白赤の洋服と帽子を纏った3人の少女。その可憐な姿と不思議な存在感を放つ子供たちのこと
はとりあえず置いておくとして、シンはデスティニーを視界の中央に捉える。

「……おい、デスティニー」
「嗚呼! やっとお目覚めになられたのですね我が主! このまま目を覚まさないのではないかと私はもう我
が事のように心配で心配で」
「どの口で戯言吐いてんだお前はッ!!」

 ――よよよと大げさに泣き崩れる従者に罵倒をかましつつ、シンは己の胃に穴が空く音を聞いた気がした。

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最終更新:2011年10月24日 05:56
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