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ガンダムSEED DH 9話

第9話 『勝手な英雄像』

03
「昔、オッサンから空間認識能力の覚醒には2つのタイプがいると聞いたことがある。1つは受け継がれたナチュラルの血統で生まれながらに空間認識能力をもっている場合、もう1つは――極稀に素質ある者が宇宙で戦闘のような死ぬような目にあって覚醒する場合だ。」
現在、部屋のなかにいるのはエドとシンとミランダの3人。
ミランダは腹の前あたりで手を組んで立ち。
エドは腕を組んで壁にもたれかかり。
「どうやらライゴは後者のようです。この前の戦闘が“きっかけ”と言えば説明はつきますし」
シンは行儀悪く机の上に腰を下ろしていた。
「しかしなんで分かったんだシン?」
エドがシンに聞く。
話の内容が突飛過ぎたのだ。
まるでSF小説だ。
いきなり主人公の少年が不思議な力をもってしまったかのような、だ。
「さっき少し入られました。」
側頭部を人差し指で、とんとんと軽く小突きながら言った。
「いやあ、半年ぐらい前だったかな? 連合から送られてきた高い空間把握能力持ちで、人の頭の中を読めるナイフ使いの殺し屋にガイアから降りたところを狙われましてね。」
そう言って、
「その時に同じようなことが起きたんですよ。」
襟を少し開いて首を見せた。

白い肌の首には、小さな傷があった。
長い月日をかければ完全に消えてしまいそうで。
じっくりと目を凝らさなければ見えないような。
だがそれはあとほんの数ミリ深ければ、命を落とす傷だった。
たとえ見えないぐらいに小さくても、それは大きな傷だった。
「ああ、あとそいつはですね、悪いモノでも拾い食いしたんでしょうねぇ。突然調子の悪くなったところを――」
高い身体能力をもつコーディネーターでしかも高い技術をもつ『ナイフのフレッド』と呼ばれる男にかつて勝ったシン・アスカにつけられたその傷は、その殺し屋がどれほどの使い手だったのかを示す証だった。
「首を喰いちぎってやりましたよ。くははっ」
がちっ。
と一回だけ歯を鳴らす。
そして。
シン・アスカは口だけ笑う。
ニイィィィ、と左の口端が裂けるのではないのかと思えるぐらいに広げて、嗤う。
嗤う。
ぞわっ、と2人は背筋に気持ち悪い滴ができるのが分かった。
2人は、人肉の味を覚えた獣が一頭、目の前にいる錯覚を見た。
炎の匂いを纏った黒いモノが。
瞳に赤い戦火を宿したモノが。
目の前にいる幻覚を見ている。
だが次の刹那には。
もういない。
シン・アスカという青年が行儀悪く机の上に座っているだけだ。
幻覚か?
錯覚か?
否。

本質だ。
シン・アスカの中に隠れ潜む“何か”だ。
たまたま過去の戦いを思い出して本性の一片を隠し忘れただけだ。
たまたま昔の餌の味を思い出して正体の一片を隠し忘れただけだ。
『まとも』でもあり。
『イカレ』でもある。
シン・アスカは今も戦争のなかにいる。
シン・アスカの中で戦争は終ってない。
まだ今もなお、戦争の中にいて。
ずっと。
ずっとずっとずっと。
まだ戦火と狂気を胸に住まわせ続けている。
終わりの見えない戦いをずっと続けている。
獣のように牙を“誰か”に向け続けている。
正気でいるはずがない。命か戦争、どちらかが終るまでは。
「! あ、すいませんッ」
慌てて左手で顔――歪んだ口の端を隠す。
どうも駄目だ、“アイツ”と戦う度にこうなりやすくなる。
時間が経つほどに・・・あの赤い『種』から芽が出だしてからか。
最近俺は変だ。
自分が分からなくなってきている。
白兵戦の技も研鑚すれば研鑚するほど、脳裏にある“アイツ”の姿に近づいていく。
戦うための技も。
戦い求める心も。
“アイツ”に近づいていく。

「あと。“アイツ”が敵を仕留め損ねるなんてミスを起こすとは思えないんですよ。」
“アイツ”の実力が確かなことは保障する。
嫌だけど保障する。
“何か”がない限りありえない。
そして。
その“何か”がライの空間把握能力だった。
「まあ。俺が話したいことは2つです。」
シンは手を自分の前に出して話したい事柄の数を示した。
まず人差し指を立てて1つ目。
「1つ目は絶対に軍、特に大西洋連邦には関わらないこと。特に今でも非人道的なことをする大西洋連邦のほうの輩たちに関われば子供は兵器の部品にされることがオチでしょう。」
加えて中指を起こして2つ目。話しにくそうな顔になる。
「2つ目はしばらくあの子は戦場に出さないこと。むしろMSに乗せないほうがいい。今のままだと確実に死にます。」
むしろこちらが本題だった。
「・・・やっぱりそうですか。」
ミランダの顔がうつむいたせいで陰ができ、曇った症状がさらに曇った。
「俺も・・何度か、みんな死んで、俺一人だけ生き残った経験があります。そういう時はなんか罪悪感を持ってしまって生き急いで、仲間を守って死ぬとか“上等な死”が欲しくなるんです。」
しかし死は死だ。
周りの人間が悲しむという結果は変わらない。
なのに。
生き残ってしまった、という罪悪感は死を求めさせる。
「ライもそんな感じでした。」
出来得る限り真剣に、そして真摯に話した。
それだけ重要なことだからだ。
離している間、シンの表情には確かと罪悪感がある雰囲気を漂わせた。
それはシン自身も生き残ってしまったという間違った罪悪感が今でもある証拠でもあった。
「・・・ちょっとしか見ていないのによくわかりますね」
「これでもちょっと前まで小隊の隊長をやってましたから、死にそうな奴ってのがどんな奴かだいたい分かるんですよ。」
最後に、自慢できることじゃありませんがね、と少し哀しげにつけたした。
それは明らかに実体験から得たものだということを物語っていた。

「・・・あの」
突然、ミランダは必死になって声を絞り出そうとした。
シンは首をかしげて。
「何です?」
と、聞き返す。
敬語はいい、と言われもミランダはよくも知らない年上だ。
失礼だからという感じよりも、違和感を失くしたいという気持ちで敬語を使うことにした。
「あの子にかまってあげてもらえませんか?」
それがミランダが必死に絞り出した言葉の正体だった。
「どういう意味です?」
首をかしげて、少し険しさの混じった声で聞き返す。
「あの子は、あなたに憧れているんです!」
「・・・・」
「ザフトで『エース』と呼ばれ、『英雄』と呼ばれるまでになったあなたに!」
まるで栓をきったように
「ああストップストップ、「あなた」「あなた」と呼ばれるのは好きじゃないんで、シンでいいですよ。あと――」
しかしシンは、
「やめて下さいよ。」
冷徹に冷血に冷静に・・・冷たく切り払う。
「俺は『エース』や『英雄』になりたかったから戦ってきたわけじゃない、たとえ俺がそんなのだったとしても俺には何もできない。今一番何かできるとしたら――」
だが。
「『家族』であるあなただけです。」

その冷たさは他人を思いやる心からきていた。
ライゴはもうすでに空間認識能力を覚醒させ、しかも自分と同じ“あの種”さえも持ち合わせている可能性もある。
おそらくMSに乗り続ければ――間違いなくこの世界で『エース』と呼ばれる者たち、キラ・ヤマトや“アイツ”以上の強者になるだろう。
一定空間の全て・・・・死角からの攻撃からでさえも即座に把握する感知能力と、ビームの粒子でさえも見極めることのできる集中力の融合だなんて。
本物のチートだ。
だがそれ以上に。
子供に武器を手にする、ということは『シン・アスカ』を増やすことでもある。
それだけは止めたい。
だがそれでも。
「あなたは・・あなたは卑怯者だ!!」
シンの人生を知らないミランダは分からない。
何のために力を手に入れたのかを、知らない。
知らない、ということは世界に無いのと同じだ。
「え?」
「卑怯者だと言ったんだ!」
だからこそ。
人は残酷になれる。
「あなたには実力も名声もあるのに・・・・できるのにやらないなんて卑怯者のすることだ!」
ミランダの無謀で残酷な言葉はさらに続く。
だがその残酷さは弟を想う心からくるものであり、それがシンの心を締め付けた。
それでも。
それでもそれでもそれでも。
「あんたは自分の弟を少年兵にしたいのかッッ!!!」
シンは怒鳴らずにはいられなかった。
その一度の気迫でミランダは体をビクッと震える。ミランダだけではなく空気すらも震わせた。まるで獣の咆哮のように。
「俺にあるのは暴力と悪名だけだ。それにアンタ分かっているのかよ? 子供が武器をもって人を殺すなんて・・・・戦争をするなんて、本来あっちゃいけないことなんだ! それぐらい分かれよ!」
「ここには戦争なんてない!」
ミランダはなおも言い返す。
女性でここまで言える者はそうはいない、その胆力に、
「!」
シンとエドは驚いた。
だが。
「戦争なんだよ。小さくて誰も名前を付けないけどMSに乗って戦闘がある以上、俺にとってここでの戦いも・・・・戦争なんだ。」

連合の中心になってきた大国たちはこれまで資源のある発展途上国や小国たちを意図的に借金させて暗黙的に経済的に支配してきた。
今回の開発事業はその長く続いた支配関係を壊す可能性のあるもので、誰がいつ攻めてきてもおかしくはない。
ロウやエドさんやミランダ達は・・・ディエチは・・・・“キレイな人間”だ。
他人を信じることのできる人間だ。
人間の可能性がもつ『希望』を信じることのできる人間だ。
自分とは違う。俺はもう人間に『希望』をもってなんかいない。『絶望』だけだ。
『希望』と『絶望』は違う。
違う人種。
違う境界。
「俺は戦争をしに来た。」
“汚い”のは俺や“アイツ”のような人種で十分だ。
だから・・・・だからこっちに来るな。
来させるな。
入り込むな。
『シン・アスカ』をこれ以上つくるな!
それに。
俺には・・今の俺には『もう1つの理由』があるんだ。
「子供が戦争に慣れちゃいけない。だから誰か俺以外の――」
「き、君だって僕から見たら子供だ!」
「あんた歳は!」
「19!」
「スリーサイズは!」
「86―56―82・・って調子に乗るな!!」
ともかく、と仕切り直す。
「俺に関わることはあの子の将来がろくなことにならない。それに俺は傭兵だ。今回の雇い主はジャンク屋組合であってあんたじゃない」 
今度は暗い雰囲気を纏わせて、
「あんたに俺を雇えるだけの金があるのか?」
自身も嫌な現実を、自身も嫌悪する笑みを添えて突きつけた。
自分自身に吐き気がする。
「それは・・・ッ」
「無いだろ? それともそのボインな体で払うってか?」
指を指しながらつま先から額まで視線で舐めまわす。
うええ・・もう嫌だ。
「なっ?! このゲス!」
ミランダは数秒、何かに裏切られた感情を顔に表し。
歯を食いしばって赤面しながら怒鳴る。
目にわずかに無力感からくる涙をたまらせて。
「くくっ・・・ク・・アハハハッ! 正解、大正解!! アンタの目の前にいるのは『悪役』だ、ヒーローなんかじゃないッ!」
『ヒーロー』なんて存在は現実にはいない。それを知っているから、狂ったように笑っていたんだと思う。
胸糞悪い!
前を見ると目に涙をためたミランダが肩を震わせて弱々しく立っていた。
悪役はどちらか、は一目瞭然だった。
でもあと、もう少し―――。
「シン、その辺にしとけ。あと面倒ぐらい見てやれ、これは隊長命令だ」
ついに見るに見かねたエドが声をかける。
「・・・・!」
シンはエドを無言で恨めしそうに睨む。
しかし。
エドは真剣な眼差しで返した。
「ただし、“何を教えるか”はお前が決める――それでいいな?」

エドは諭すように続ける。
自分が原因とはいえうつむいたミランダの姿が痛々しかった。
そして。
ついに。
耐えられなくなった。
「・・・・分かりましたよ。でも・・考えさせてください」
あえて妥協点を残すことでシンを了承させた。
いやむしろシンの良心を、泣きそうになったミランダの姿で追い詰めた。
汚いやり方だ。
そして、俺は汚い大人だ、とエドは思った。
「失礼しましたッ」
話は終わりだ、と振り返って立ち去った。
きっとドアを閉めたら壁に八つ当たりをしたのだろう。
壁を殴った音が2人には聞こえた。
「悪く思わないでやってくれねえか。悪い奴のフリはするが、悪い奴じゃないんだ。」
エドは冗談っぽく両手を合わせてシンの分を謝罪した。
「ワガママを言っているのはこちらですから分かってますよ。けど・・・・」
「あいつなりの思いやりなんだよなあ。」
左手で後頭部を軽くかきながら、目をつむって面倒臭そうに喋る。
少しの間、目をつむり。
はあ、とため息をついて何かを決心した。
「なあ、“ブラックドッグ”って知っているか?」
「“ブラックドッグ”?」
ミランダはその名前に聞き覚えがあった。だが聞いたのか思い出せなかった。
「“ブラックドッグ”――大戦後シンのいた部隊のコードネームだ。」
ああ、とミランダは思い出す。
ライだ。
ライがシン・アスカを英雄活劇の主役のように話していたのだ。
けれど。
現実のシン・アスカは違った。
「で、“黒犬”の本当の意味は“生贄”っていう胸糞悪い意味だ」

そう。
現実は違う。
「い、“生贄”!?」
現実はいつも残酷だ。
現実はいつだって残酷だ。
「不穏分子の可能性として政治的に殺されかけたのさ。あの歳でだぜ?」
ただ誤算があった。
前線という環境に鍛えられてたった1年で期待の新人からエースになった異常な成長速度。
そして、さらにもう1年連続してさらに過酷な条件で戦わせ続けた。
その結果。
さらに強くなる環境を与えてしまったという事実。
恐ろしい者を、オゾマシイモノに変えてしまった。
「本当なら・・・アイツの戦いは狂犬のオッサンたちに勝ったところで終わるはずだった。」
エドは視線を遠くに移す。
語るべきではない、が。
否応なく語らなければならない状況になったからだ。
本当は個人の履歴を許可なく喋りたくはないし、シン・アスカの過去は許可があっても喋りたくはない。
「けどまあ、“ブラック・ドッグ”なんつう推測の建前は戦犯を集めたような部隊にいながら生き残った上に隊長までやってたもんだから、あいつは悪名を全部1人で背負うはめになっちまった。悪名を背負っちまったがゆえに、とばっちりが部下とその家族にいかないように平穏を捨てて旅をしなくちゃいけなくなった。地球では地球のバカなお偉いさんに狙われ、宇宙に出れば宇宙のアホなお偉いさんに狙われる。」
そして憂いの混じった声で言った。

「シンには帰れる国も町も村も土地も、この世界のどこにもないのさ。」

「ッ!?」
それは世界を敵に回したも同然の事実だった。

「どんな気分かねえ、帰る場所を亡くし失くし続けちまったガキの気持ちってのはよ」
「………」
ミランダは自然に言葉を失っていた。
勘違いしていた。
弟から誇らしく聞かされていた『英雄』には“光”があると思っていた。
だがその実は硝煙に遮られて一片の光すらもなかった。
「直接は聞いちゃあいなんだが、あいつは自分のような戦災孤児を増やさないために軍人になったらしい。だから子供が武器を持つのを嫌がるのさ――子供が武器をもつことを“当たり前”にすると、簡単に戦争が起きるからな」
「……」
それなのに分かったような口ぶりであんな風に・・・・。
「っと悪いな、愚痴っちまった。俺はイラついているんだ、シンにガキらしい振る舞いをさせてやれねえ自分にな」
エドは沈んだ様子のミランダに気づく。
「・・あ、あの、それはどこから聞いたんですか?」
「ん。地球のどこかの町に住んでいるあいつの元部下たちからだってよ。愛されているよなぁ」
そしてミランダ・マツナガは漏らす。
「なにかの物語には悪役として登場するのに、実は仲間を大切にしたり時に孤独に走ったり・・・・」
それはシン・アスカのもつ獣の一面性。
「まるで狼みたい」

04
シンはガイア2ndにいた。
ガイア2ndは宇宙にいた。
右わきには深緑色のアグニを改造した、連合のストライカーパックシステムをもたないMSでも携帯し使用できる長距離用ビーム砲をかかえていた。
さっきのことでむしゃくしゃしていた。
1人になりたかった。
誰にも八つ当たりしたくなかったから。
だが。
『命中精度はどうだった?』
こいつ(8)がいるのを忘れていた。
「・・・・」
シンはさっきまでここで支給された武器の試し撃ちを行っていたのだ。
もちろん乱れた心で撃っていたので結果はあまりよくはなかった。
けどまあいい、もともと反動や光の量などシウミレイターでは分からないことを知りたかったんだから。
と、自分に言い訳をする。
その姿が自分で情けなくなる。
はあ、と憂鬱なため息が自然に出ていた。

あえて名付けるなら「アグニ改」。連合のランチャーストライカーに装備されている320mm超高インパルス砲「アグニ」を取り外し、中折れにできるようにして携帯性を高めたものである。さらに円盤状の高性能索敵・照準用センサーをオプションとして追加することで高い命中精度を追加できる中古品からつくられた装備である。しかし、もともと必要だったパーツを取り除いて改造しただけあって色々と(例えばアームがないため両手で構えなければならない等)難があるのが欠点だった。

「ただ2発しか撃てないってのがなぁ」
欠点の1つが元のアグニ自体がかなりのエネルギーを食うしろものだったことから、1つのエネルギーパックにつき2発しか撃てないことだった(ちなみにグリップのコネクトを伝ってガイア2nd本体のエネルギーを使えば5発は撃てる)。
「あとスラスターを使わずにデブリ群を抜けられる索敵係の助手が欲しいところだ。」
狙撃を精密に集中すればするほど標準機に目がいって周りが見えなくなりがちだ。
もちろんそんなへまをやらかす気はないが油断は禁物。
だがスラスターを使わず(敵の熱源レーダーに引っかからず)デブリを渡って移動できる者は今のところシンだけであった。
『無茶言うな! そんな特殊部隊並みの技術をもった人間がジャンク屋組合にいるものか!』
「冗談だよ、冗談。マジになるなって!」
8の出すビービ―うるさい音を、しかめっ面で我慢する。ヘルメットをしていなければ耳を塞ぐことができていただろうができずに我慢するしかない。
やはり無いものねだりはあまりするべきではない。
『それに通信ならA8を介すればいいだけではないのか?』
A8には量子通信機能もある
「確かにそうだけどさ・・・だけどお前、戦闘は嫌いだろ?」
通常の会話ならばいいだろう。だが問題は、敵が『切り裂きエド』におびえなかった場合の話だ。
「俺は8の作ったものを引き金にしたくない」
『お前・・・』
「確かに楽で効率的だよ、分かってるさ。けど、なんか上手く言えないけど・・・そういう、何かの為に生まれたからやって当然っていう道理に負けたくないんだ、今は特に。」

そこには確かな決意があった。
言葉では言い表せないモノと闘う強い決意が。
「8も俺も銃やその部品じゃない、俺は俺の意思で引き金を引く――引かなきゃいけなんだ・・・!」
自分に言い聞かせるようにも言う。
『私にも覚悟はある』
「・・・ったく、オーケー分かったよ。んじゃ、『NO(撤退している相手を見逃せ)』の指示の時は教えてくれ」
『強情だな』
「お前もな」
さっきまでむしゃくしゃしていたけどやっぱり8がいてよかったと思った。
ほんの少しだけ誰かに胸の中の思いをさらして楽になった。
全く関係のないことでも誰かと話をするのはいいことだ。
『副隊長殿、そろそろ切り上げたほうがよろしいかと。そろそろ流れデブリ群がやってきますぜ』
後頭部にポールアンテナを設置しデュアルアイをバイザーで保護した、黄色いシビリアンアストレイJGカスタムが近づいてきて通信が入る。
相手はエド率いる第1分隊副隊長のジェニーだ。
この辺に関しては彼らジャンク屋の情報のほうが正確だ。
彼らの仕事場の多くはデブリ群なのだから。
しかもジェニーはかなりの熟練だ、まずその予測に間違いはない。
どうやら8のおかげでさっきのむしゃくしゃした気持ちをジェニーに見せずに済みそうだ。
まあ、もともと立場上個人的な感情を見せるべきはないのだけど。
「んー・・では、そのデブリ群の流れでも問題なく動ける人たち2人を護衛にしてのスリーマンセルでの見回るよう通達お願いします。」
情報はあちらから。
戦法はこちらから。
そんな風に協力すれば大概は上手くいく。
『了解』
「あ! あと、被って休憩が少なくなってしまった人にはビールを1本サービスして短時間で深く休憩するようにと!」
『へへっ。了解しました、副隊長殿!』
さっきの返事とは違って感情のこもったいい返事だ。
これでいい。
情報を集めたり、策を練ることだけが人を率いる者の仕事じゃない。
士気――つまり、やる気を出させることも立派な仕事だ。
「あ、あともう1つ。」
『どうしたんです?』
「ライ・・・ライゴ・マツナガについて何か知ってたら教えて欲しいんですけど」

つい言葉が固くなる。
一度関わったらなんだかんだと言っても気になってしまうのだ。
『ライですか・・・・。』
ジェニーは言い難そうに間を開ける。
そして意を決した息が聞こえたような気がした。
『ライゴの親父――タイチロウは俺の古いダチでした。頑固で、誰にでも真正面から向き合う男で・・・今でも覚えてますよ、あいつがライゴを引き取った時のこと。』
「引き取った? ライを?」
正直勘違いしていた。
名前からして引き取られていたのはミランダだと推測していたのだ。
引き取る――手を伸ばす。
そういえば家族を殺されてから最初に手を伸ばしてくれたオーブのあの軍人さんはどうしているのだろうか? 
名前なんて言ってたかなァ―――案外俺が自分の手で殺してたりして。
くははっ・・案外ありえそうだから困る。
まぁいいや。
だったとしても。
どうせもう2度とオーブの土は踏めない身分だし。
駒が駒を壊した、たかがそれだけの出来事だ。
そんな世界だ。
嫌な世界だ。
本当に嫌な・・・。
止めよう、こんなことを考えるのは。
『あいつら2人はおろか、ライの親父を含めた3人に血の繋がりはありませんよ。ミランダはいつの間にか、ライは4年前のオーブで引き取ったんですよ、タイチロウが。』
「ぉ・ぁ・・くぁ・・・っ」
声が勝手に出てくる。
言葉にもならない小さな声が。
気持ちを言葉にできない声が。
他人からすればただの奇妙な息だった。
だがその裏には複雑過ぎて溢れ過ぎるくらいの感情の火口が存在していた。
『ひどいもんでしたよ、ずっと・・家族の亡骸の前で泣き叫んでいました。引き取った後もしばらくは死人みたいな空っぽの目で・・・。』

「…・・・」
あいつも・・!
しかも当時の自分よりさらに幼い時に!!
いったいどこまで目を背けるつもりだ、アスハァァア!!
『でもどうして、こんなこと聞くんですかい?』
「え!? ああ、いやあ、なんかそのぉ、ライの面倒みるように頼まれたので・・・少しでも知りたい、と………」
怒りと憎しみに染まりかけた時、ジェニーの声で正気に戻る。
『ははッ! それは喜びます!』
野太くも陽気で、自身も嬉しそうな声だった。
しかしシンは神妙な顔だった。
「でも・・・・俺は自分にそんな価値があるとは思えないんです。」
声の様子からジェニーは気付いた。
今のシン・アスカは、ただの17歳の青年、だと。
誰かに嫌われる覚悟はあっても。
誰かに憧れられる心構えなんてなかった。
ありえないこと、だった。
そのありえないことがシン・アスカを素の青年に戻したのだった。
「俺には、正しさや自由を求める大義ってやつがない――戦ってきたのはただの自分の意思でしかないんですよ・・・・。」
そう、自分の身勝手だ。
ただ気に食わないから――戦ってきた――殺してきた。
自分の意思だけで、他者に死を強制し続けてきた。
誰かの為ではなく・・・・自分だけの為に。
『だからでしょう。』
「え」
『大義があれば・・いや大義があるかこそ戦争は起きます。だが大義ではなく生き様で誰かを守るために戦うからこそ、あんたは戦争で傷ついた人たちにとっての『英雄』なんですよ。』
「………」
『失礼ですが、なぜジャンク屋組合があんたにここの防衛を依頼したか知っていますかい?』
「……いいえ」
確かに不思議だった。
自分は傭兵になってまだ浅い。しかもかつてはデスティニープランを支持していた――本来歴史的な『悪役』だ。ジャンク屋組合が嫌うような人間だ。信頼なんてものはつくった覚えは無い。
なのに。
なぜこんな重要な仕事がまわってきたのか? しかも人を率いる重要なポジションを任せたのか?
疑問はあった。
『俺たちジャンク屋も当時はデスティニープランには反対だったし、流れてくる話からあんたの評判も最悪だった。だがジャンク屋として多くの戦争の爪痕の残った土地で、あんたが現実で手を汚してでも誰かを守ってきたこと、守ってくれたことに感謝している人たちの声を実際に聞いてきた! だから俺たちは信頼して依頼し、ライはあんたに憧れたんです』

「・・・・」
知らなかった。
気付かなかった。
誰にどう思われるからではなく自分がどう思うから行動する。
だから突っ走ってきた、いつだって。
だから聞こえないでいた、感謝の声も。
罵声と非難だけだと思っていた。
けど違った。
『だから胸を張ってください、“副隊長殿”!』
「………」
効いた――響いた――
「・・・先に戻ります。」
心に。
ジェニーの機体に背を向ける。
MSに乗っていなくても、生身でも同じ動作をしていただろう・・・感情を隠すために。
目の前には流れデブリ群。
「丁度いい」
ガイア2ndは突っ込む。
浮遊し続ける無数の岩たちにむかって。
『・・・・ありえない』
両手に持ったワイヤーガンとAMBC(重心移動)でバーニアやスラスターを使わずに移動する。
『サーペントテールの劾でもこんな速さで移動できないぞ!』
そしてデブリたちの間が狭くなってくると、四足獣形態に変形してまさしく天地関係なく縦横無尽に駆けていった。
だがこの状況、ディエチと一緒にはなれないだろう。多分吐く。
酸っぱい匂いで満たされるのは勘弁だ。
『お前、ガイアに乗らないほうが強いんじゃないのか?』
「うーん・・かもな。」
他愛のない会話が再び始まる。
自然に微笑んでた、子供のように。
「でも俺、コイツが気に入ってんだよ」
明らかにさっきとは雰囲気が違うことを8は気付いていた。
「あ、でも、VPS装甲の電圧を調整して即席にその場の保護色をつくったり、変形して森の中を走れば熱源センサーに引っかからずに移動できるし。派手さはないけど生き残りやすい、特殊な任務にはもってこいなんだぜ?」
そう、これは自慢だ。
大切な相棒にかける思いや恩からくる明るい自慢。

『お前自体が特殊だ』
「そんな風に言うなよ。誰もが特別なオンリーワンさ」
『世界に1つだけの花か』
「生憎、花屋で働いている女の子とは縁がなかったけどな。」
だが過去に花を売っている女の子とは縁が一度あった。
自らの花を。
いつかの娼婦の少女。
この時代珍しくもない。
傭兵はその日の命を売りに出してその日の金を得る。
娼婦はその日の体を売りに出してその日の金を得る。
似たようなもんだ。
どちらも戦争が生み出すのだから。
どちらも戦争の犠牲者から出来る場合が多いのだから。
そういや。
前に買ったことはあったけど、何にもできなかったなあ・・俺。
あの時は、“温もり”を買ったってことで納得している。

キレイだったなあ。
初々しいのに凛としてて。
逞しく生きる目をしてて。
いつかのあの子は元気にしているだろうか。
生きていることを願うことしかできない。
その子の弟と3人で食べた夕食は安かった筈なのにとても美味しかった。
あの時は分からなかったけど、なんで美味しかったのかは今なら分かる。
あの時の俺は何ができただろう?
あの子たちの住む町を一時的に守って、次の戦場へ向かわなければならなかった俺が。
何が。
何を。
何へ。
答えは安い花の香水に紛れて・・・。
その香りは蒸し暑い夜の風に流されて・・・。
あの子の言いかけた言葉は夜の喧騒に消されて・・・。
そして別れた。
体も交じあわせずに。
別れの言葉も無くに。
言葉もあまり交じあわせなかったけど。
お互いに秘密を持ち続けた関係だけど。
確かに。
あの子はあの時の俺に帰る場所になってくれた。
俺はあの子とその弟で川の字になって眠るのが好きだった。
笑顔で通じ合った2週間。
体温を感じ続けた2週間。
優しさに甘えない女の子・・いや、女だった。
あれは恋とよべたのだろうか?
へっ・・・甘苦い思い出だ。
いや、娼婦は夢の女だから甘苦い夢か。
それとも、夢と現実の間だったのか?
答えは、多分、あの時の夢と現実の狭間。
ん。
ああ、そうか
俺が本当に欲しかったのは平和な世界じゃなくて――・・・・もう手に入れたのか。
ふとした瞬間に。
劇的でない時に。
本当の答えに気づくこともある。
それもまた1つのかけがえなない幸福なのだと噛みしめてギガムーヴに戻っていった。

05
ガイア2ndから降り。
「よっ――つと」
トッ、と床に着地した。
「ふー・・ん、ん、ん」
右手を、グッと握って、パッと開く動作を数回繰り返して調子を見た。
この日のMS訓練は病み上がりということもあり、ただ慣らす程度で物足りない気分だったが不調はなかったので良しとしよう。
あとはメンタルの問題だ。
さて戻ろう帰ろう。
ふっふっふっ、さあどうやってディエチに甘えてやろうか! 後ろから抱きついてやろうか! お姫様抱っこでもしてやろうか!
あれ・・・っ、なんだか最近テンションがおかしいなぁ。
「ん」
歩いている途中。
膝を抱えて座っている少年がいた。
「……・・・」
出ていくときにはいなかった。
ライゴ・マツナガだ。
子供が浮かべてていい表情(カオ)ではなかった
「ん、ん~~~」
なんだかその周辺の雰囲気、というより空気が寂しく――寒そうに感じた。
「よお」
だから、とは言わないけど声をかけずにはいられなかった。
「あ。どうも」
こちらに気づくと、ごしっと一回腕の部分で顔の目のあたりをこすった。
ライの目の前にはシビリアンアストレイJGカスタムが立っていた。
「?」
それを見たシンはあることに気づく。
「なあこれ・・・」
「ああ、直ったんですよ。」
その疑問とは、“汚れ”。
汚れの広がりが、かみ合っていない。
だから、かみ合っていないパズルの絵のように違和感を感じていた。
「オヤジの・・・遺してくれたパーツをパッチワークして。」

“アイツ”の腕なら確実に胴体に命中させたことだろう。
だから残っていた。
だが『例外』であるライは胴体以外でまぬがれた。
「そっか。じゃあ大切にしなくちゃな」
両手を膝に着けて、膝を曲げてライと同じ目線に合わせて言った。
頭をくしゃっと撫でて出来る限り優しそうに微笑んだ。
ただ、できる限りのことをしたかっただけだ。
「・・・・はい」
何かを・・・思い出を思い出したのだろう。少し間をあけて返事をする。
うつむいていて表情は見えない。
「じゃあな、そろそろ行く。あと――」
膝を起こして立ち上がり、
「立ち上がれよ・・絶対に。」
背を向けて言葉をおくった。正直に言うと、早くここから立ち去りたかった。なんで声をかけてしまったんだ、と数秒前の自分を少し恨む。声をかけなければそれはそれで悔やむとは分かってはいるけれど。
歩いていく。一歩、二歩、三歩・・・・と。
「あ、あのッ!」
六歩目で、
「ん?」
声をかけられて立ち止まる。
「お、お話が、あるん・・ですけど、いいですか?」
振り向くとライは俺をまっすぐに見ていた。汚れた人間ということを意識している俺としてはその真っ直ぐな眼差しが苦しい。俺にも誰かに憧れてた頃があったんだろうけどさ。
「・・・・」
よく見るとライの腰のあたりで握られてた拳は震えていた。やめてくれ、と言いたかった。俺は王様でも歴史上の大人物でもない、強いて言えば歴史上のピエロだ。
ライの震える拳に俺は観念した。
「ああ。いいぜ」

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最終更新:2012年01月10日 09:54
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