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ガンダムSEED DH 9話-2

06
話の場所はジュース自販機のある場所にした。

理由は簡単というよりガキっぽくて。やっぱり嫌な予感がしてたから、カッ、とならないように液体でもいいから胃袋に何か入れたかったというもの。まあ、自分がガキだということを自覚できている分だけマシだとは思う。
「何がいい、ビックルでいいか?」
淡く無機質な光を放ち続ける自販機の前で振り向きながら俺はライに聞いた。
「・・・・子供扱いですか? できたらブラックで」
そんなつもりはなかったけど、どうやら機嫌を損ねたようだ。
「いんや、俺が好きなだけ。」
コーヒーのブラックを飲んでたからって、コーヒーのブラックが好きだとは限らない。
「・・・・じゃあ俺も。ビックルで」
「ハッハー、なんだかんだ言っても美味いもんなっ」
自販機のボタンを押して、そして勝手に続ける。
「ちょっと前まではさ、大人ぶってブラックばっか飲んでたよ。大して美味くもないのになぁ」
「・・・本当ですか?」
「ああ。1つ俺の黒歴史を公開すると、コーヒーのブラック飲んでれば大人になれるなんて考えてた頃があった。」
まあ、今思い出せば、それが子供ってことだって今なら分かるけど。
くははっ、と苦笑いしながら俺は自分だけの知っている黒歴史をさらした。誰かと仲良くなりたいなら自分からさらけ出すのが手っ取り早い、短い自分の人生で学んだことだ。
「コーヒーのブラックを飲んでたって大人にはなれない。ブラックの苦さが甘く感じるくらい人生を味わったのが大人ってもんなんだろうぜ」
まあ、今ブラックを飲んでいない俺が言っても説得力は皆無なんだろうけど。
ほらっ、と両手にもった紙コップに入ったビックルのうち右手に持ったほうをライに渡す。どうも、とライはそれを両手で受け取った。
うん、味が微妙に違う。地上の瓶詰のが欲しくなってきた。
「じゃあ・・・」
ビックルの味に意識がちょっといってた時、ライが何かを言いかけた。
「じゃあアスカさんは苦さを味わってきたんですか、大人になるくらいに?」
今の自分が大人か子供か、答えは決まってる。
「んー・・多分まだまだって感じかな。まだガキなんだろうな、俺は」
俺にとってこの場には“3人”いた。
俺とライと、2年前のシン・アスカ。
ムッ、と2年前の赤服を着たばかりのシン・アスカは俺を睨みつける。はあ・・・そういうところがガキなんだよ。
そう睨むなよ、俺はお前とはちがってもう汚れちまったんだからさ、と俺は心の中で軽く苦く笑って流した。
俺はお前を恨まないから、これでおあいこだ。
「・・・・」
その沈黙が。
ライが何かを考えている、ことを俺に教える。
悩め若者よ。なんて言うつもりはないけど・・やっぱり、悩め。悩んで悩みぬいて、考えて考えぬいて、迷って迷い尽せ。そして――本当の自分の道を見つけろ。
俺のように、大事な時に迷わぬように。

「あ・・そういえば!」
そうだ。大切なことを忘れていた。
とても大切なことだ。ここに来た理由、と言ってもいい。
「ところで。エロ本はどこで買えるんだ?」
「………」
      • 何この沈黙。
あっれ~~~? おっかしいなぁ、俺なにかおかしなことを言ったんだろうか?
「はぁあああッッッ!?」
おお! びっくりしたあ。
よし。冷静に聞こう。
ライだって男だ、分かってくれるさ。そう・・心を込めて。
「いやあー、最近さ、大事に隠してたコレクションが見つかってさ・・・うぇ、うう・・・・」
「マジ泣きしないで下さいよ! ここに売店ができたら流れてきますって!」
「ぐすっ・・看護婦さんもの、あるかな?」
「ありますよ! ・・・多分。つうか、看護婦さんっていったいいつの時代の言葉使ってんですか!」
「俺の理性が持たんときがきているのだ! 看護婦さん――・・・・この響きの良さがなぜ分からん!」
「エロだよ、それは! ――ん!」
ピキーン、とライは何か電流が自身の体を流れるような感覚を。
「誤魔化さないでください!!」
キーン、と耳に響く馬鹿でかい声だった。
うーん、勘いいなコイツ。空間把握能力者かよ・・・・ああ、空間把握能力者だった。このやりにくさはレイみたいだ。
「あー・・・悪かった悪かった、ごめんごめん。」
悪びれる様子もなく謝った。はっきり言って本心から謝ってはいない。
やっぱり声をかけたことここまで来てしまったことに後悔している。しかし、後悔後先立たずってやつで。
後ろを悔やんでもしょうがない、やっぱり前に進むしかないんだ、強引にでも。
「んで」
そして俺はライを試すように睨んだ。
「話ってなんだよ」

半目で睨んで試した。俺が他人を試すって? まったく笑えないぜ。笑えない・・・・。
「俺を・・・俺を弟子にして下さい!!」
「やなこった。」
ライは・・精一杯勇気を振り絞ってその言葉を言ってくれたのだと思う。けど俺は……振り払った、バッサリと無情に。
ちゃんと理由はある。まず子供が、戦場で武器を持って殺し合いをするのは――許さない、俺が軍人の頃の志の1つ。
そしてもう1つは、『もう1つの理由』。
「だって俺もうすぐ休業するもん」
もしこの仕事が無事に終わったら俺は去る・・・・戦場から。
「え………」
そんな、時が止まったような顔をするなよ。俺が辛くなるから。
「どう、いうこと・・・・ですか。な・・んで、ですか」
途切れ・・途切れ・・・に裏切られた顔で聞いてくる。裏切ったのはもちろん、俺だ。申し訳ないと思う。
なんと言えれば説得できるだろうか?
なんて伝えれば納得してくれるのか?
器用な答えなんて俺の頭には浮かんではくれなかった。
だから。
本心を伝えよう。そう思ったし、それしか選択が無かった、と思う。
「なあ、姉ちゃん好きか?」
        • ごめん、間違えた。
お前はシスコンか、と聞かれたようなキョトンとしたライが俺を見る。俺をそんな目で見ないでくれ。
「ああ、いやあ・・・聞き方が悪かった。お姉さんは大事か?」
うっわあ・・・・我ながら最っっ低だ。さっきまで・・・その姉ちゃんを追い込んでたのになあ、しかも泣く寸前まで・・・・。
「? ええ、まあ」
「そっか」
『もう1つの理由』は本当は誰にも言いたくはないんだ、本当に自分の中の大切なことだからこそ。

「最近・・・、『家族』ができた。ずっと欲しかった筈なのにご頭の中がちゃごちゃになってわけわかんなくなってきて・・不安でいっぱいだ」
本当に欲しかったものが手に入った。
でも。
誰にも言えない。
いっぱい不安があって。
不思議な安心があって。
今からどうしようかと悩んでいたと思っていたら――それはいつの間にか見失ってた“明日”を取り戻していたということで。
これまでの自分がどんどん崩れていく。
これからの自分にどんどん成っていく。
そんな、変わっていく自分に戸惑っている。
「不安でいっぱい? ・・・あなたが?」
「ああ。昔はさ、なんつうか・・みんな守れる力が欲しかった、戦争のない世界がほしかった。でも本当は・・力なんてどうでもよかった、世界なんてどうでもよかったんだ、俺は。」
家族が――帰れる場所が欲しかったんだ、隠してた心は。
それなのにいざ家族ができたら、こんな風に悩んでいる。
『本当の弱点』ができたことで弱気にもなるときがある。
もちろんこの選択は悩んだ末の、答えだ。
時折、衝動的に来る『本当に守っていけるのか?』という不安と凍えそうになるくらいの寒気に怯える夜だってある。だってそうじゃないか。俺に価値があるのは戦場という『非日常』。戦闘のない『日常』では何の価値も無いただのガキだ。そんなガキが、『家族を食わしていく』っていう責任を背負っていくんだ、逃げ出したくなるぐらいに不安で怯えてたりもするさ。
けど、逃げない。
だからどうした、と笑ってやる。
なぜなら、俺は。
なぜならその証拠に俺の顔は自然に勝手に――笑っているんだ。
ガキみたいに、ただただ嬉しいから笑っているんだ。
笑うことができるんだ。
「要するに、もう俺は背負ったんだ、『家族』を。だから死ねないんだよ」
帰る国もない。帰る町もない。帰る村もない。帰る・・・家もない。この世界のどこにもない。帰る場所は、『戦場』――しかなかった、これまでは。
だけど。
けど帰る『ヒト』はいた――『ディエチ』っていう帰れる『家族』が今はある。
帰るところがある。
それ以上になにがある。
何があるっていうんだ。

「くははっ。失望したか?」
俺は苦笑いしていた。
「・・・はい。」
ライはうつむいてその表情を俺は見ることがでなかった。それと同時に見えなくて安心すらしていた、本っ当ーに俺は最低な野郎だ。
「だってあなたは『英雄』なんだ! 俺にとって『ヒーロー』なのに!」
ライは感情を噴出しながらに言ってくる。
それでも俺は自分の態度を崩さない。むしろ冷たい態度になっていくし、なることができる。俺はいつから自分の感情を隠すことができるようになったのだろう?
「バーカ、俺は――」
歴史上には沢山の『英雄』と呼ばれる者がいる。
だがその『英雄』達のなかには加害者だっていて、被害者からすればそいつは悪鬼や悪魔と同じだ。
そう。
俺が殺してきた人間の遺族からすれば俺は――・・・・。
「『悪役』だ。」
そのことからも、逃げるつもりはない。
撃墜した敵にも愛し愛された大切な人たちがいるはずだ。
それなのに、「必要な犠牲」と言ったり、「しょうがなかった」と言ったり、「そんなつもりはなかった」と言って逃げていい筈がない。
「『英雄』? 『ヒーロー』? そんなの、まわりが勝手に言っているだけだろ」
「・・・・・・・・・」
またライの表情が固まっていた。
俺は続ける、汚い現実の続きを。
「それにさっ、現実には、正義や自由のヒーローなんてものはいないんだぜ? 正義も、自由も、神様って奴も、みーーーんな戦争をするためにあるようなもんだしなあ」
ハッハッハッ、と笑う。
自分で言うのもなんだけど俺の笑い声は渇いていた、悲しいぐらいに。
その事実を認めたくなかったのは、俺自身でもあったからだ。
正義や自由のヒーローもしくは神様なんていれば、いてくれれば、なんて思わずにはいられなかったこともあったけどそんなの――いなかった。
いなかったんだ。
「その現実は『ここ』にあった筈だ。見たんだろ、ならキレイごとなんて捨てちまえ」
とっとっ、と人さし指で自分のコメカミを軽く突っついて追い込むように問う。
「俺は・・・ッ、それでも俺はもう見たくないんだ、力のない人たちが――」
「嘘をつくな!」
ライが体がビクッと固まる。声に感情が乗り過ぎてしまった。
「復讐を・・考えてんだろ? キレイごとで覆い隠すなよ」
「・・・ッ!?」
そりゃ分かるよ・・・・俺はそんなことに関しても経験者なんだから。
「そしてお前は復讐のために“力”が欲しい――・・・・違うか?」
『あの時』、こいつに覗かれたときに感じた心情――それは俺にとってはこれ以上無いくらいになじみ深い、『復讐』というものだった。
そして俺はライに聞く。
「何がしたいんだ? 何をすべきなんだ? 本当の答えを聞かせろ」
と。
単純な質問だ。
「・・・・・・・・・」
単純だけど。
心の整理がついていないんだから。
答えられるわけがない。
残酷なことなんだと思う。
けど。
心の整理のつけずにMSに乗るのは危険だ。
だからこう言うしかなかった。
「やっぱ駄目だ。お前は『不合格』だ」



07
「ふ・・・んッ!」
突然目が覚めた。
夢を、見ていた。
ディエチに包まれるように正面から抱きしめられている夢だった。うん、ここまではおかしいところはないんだ。
いつものこといつものこと。
ただそのお・・・言い難いけど、正直に言うと上半身裸だった。
ただし俺だ。
一言でいうと裸の俺がディエチに抱きしめてたんだ。
うわあ。
自分でもドン引きだ。
誰にどこにニーズがあるんだよ、俺のサービスシーンなんてよ!
男のサービスシーンいらないよ!
誰得!?
普通は女の子のほうだろ、神様よお!
本音を言うとただ俺が欲しいだけなんだけどな!
くははっ・・笑えよ。
欲望と俺の対艦刀は正直だぜ。
ただ。
感想はというと。
嬉しかった。
いや違う! 違うからな!
決して絶対に断固としていやらしい意味では……まあそういう意味でも嬉しかったけど! 認めるけど!
ただ。
人が死なない夢は久しぶりだった、本当に。
本当に、久しぶりだ。
俺はよく大戦後の一年間に『地獄』という言葉を使うけど。
寝ている間にみる夢は本当の地獄だ。
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も。
殺したはずのかつての敵を自分の手でまた葬っていく。
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も。
死んだはずの大切な人たちが目の前でまた死んでいく。
いや違う。
俺は大切な人たちも殺し続けている。
見殺し――にし続けている。
痛みはなくても、その時の絶望感は変わらず・・ずっとずっと味わい続けている。
終らない苦しみや絶望。蘇り続く怒りや憎しみ、そして悲しみ。
まさしく地獄だ。
けどそれも。
そして今日。
終わりの兆しがみえた!
だれも死なない夢をようやく俺は久しぶりに見ることができた!
もう無理してアルコールを体にいれなくてもいい!
もうこの現実でさえも灰色に見えなくなるのかもしれない!
まったくいいことばっかりだ。
ディエチに会うまではずっとそんな夢しか見てなかった。
つうか。
でも。
冷静によく考えるとすぐそこに本物がいるんだよな……。
はあ、いつか本当に襲ってしまいそうな自分が恐い。

それはそうと。
なぜ起きたのか。
何が起きるかは。
自身の直感が教えてくれる。
なぜ分かるのかは分からない。
ただ役に立つ勘としか認知しないし、そのおかげで生き延びてきた分疑う余地はない。
ただ“アイツ”と戦って、戦う度に急激に鋭くなっていく気がする。

これこそが、モーガン・シュバリエの言った悪い予感。
『できそこないの空間把握能力』の覚醒。
ただの鋭い勘を『できそこないの空間把握能力』にまで昇華させる進化の因子の働き。
今思えばかつてアスラン・ザラに月面に叩きつけられたのが始まり、そこから死ぬような目にあう度にかすれ見えていき。
最終的にはゲイリー・ビアッジとの戦いでSEEDとできそこないの空間把握能力、両方のいろはを同時に手に入れたようなものだった。
心理学的に説明すると。
始まりはキラ・ヤマトのつけた。
『傷』だった。
傷とはいっても傷ついたのは体ではなく、トラウマ(=心の傷)だ。
心が傷つくと、脳にも傷がつく。極小さな小さな傷だ。
命には別条はない。
命には。
命には、の話であって、“ほか”にはある。
脳にそういう傷がつくと、何かができなくなる。
何かができなくなるということとは何かを失うということだ。
何かを失うということは―――別の何かを得るということだ。
等価交換ではないが。
脳は傷ついた部分を補うために、他の部分を活発に使う。
その結果。
心に深い傷を負った者は高度な思考能力や集中力をもってしまうことがまれにある。
シン・アスカがキラ・ヤマトに次いでSEEDを発動しやすいのはこれにある。
SEEDというのは、SEEDが発動するから集中力が上がるのではない、集中力がある一定の値を超えるからSEEDが発動するのだ。
愛や正義などといった正しい心などは自分を納得させて意識を集中させやすくさせるだけで、どんな意思でも本人の意思が強ければそこまで必要ない。
要は集中力の問題だ。

これが無調整のシン・アスカが最高傑作とよばれるキラ・ヤマトに匹敵できるカラクリでもある。
スーパーコーディネーターであるキラ・ヤマトに次いでSEEDを発動させやすいカラクリである。
心の傷(脳の傷)を原因とする集中力と、SEED。
それらは最高の組み合わせと言ってもいい。
最高にして最悪の組み合わせ。
一見便利のように見える。
だがその反面、“共感”などの機能を失ってしまい。
『殺人鬼』という人種になってしまう可能性もある。
別に共感以外の機能を失う場合があり、シン・アスカの場合は大戦後料理において子供用の味付けしかできなくなった。他にたとえば一人で階段を降りられなくなったり、たとえば記憶を忘れることができなくなったり、たとえば部屋を片付けられなくなったり、と様々でほんのささいなことであったりもする。
言い換えれば。
ほんのささいな代償でも人は人を超えた能力を手に入れられる。
シン・アスカの場合、心に傷が増える度に戦闘における“成長速度”が異常になっていった。
さらに戦後の地獄で心の傷が増えていった。
さらに異常な成長速度を手に入れていった。
多大なストレスによる数々の脳の傷と、戦場という戦闘しかいらない環境、これこそが戦いに特化し戦うことしかできない人間をつくるうえで最も好ましい状況。
絵に描いたような、よくある戦災孤児のストーリーがSEEDをこれ以上ないほどに刺激し活発にした。
刺激されたSEEDは。
シン・アスカの寿命を縮ませて、その寿命の分のエネルギーで、神経を、骨格を、筋肉を、――肉体を変え。
戦闘に要らない機能を停止させ、必要な機能を活発に使えるようにした。
そしてついにはほとんど皆無と言ってもいいほどの可能性である空間把握能力にさえも手に入れかけている。
本来はありえない。
だがありえないということは、ありえない。
皆無のような可能性でも可能性はあるというは事実、その可能性を強引に押し広げるのが――『SEED』という進化の可能性。
空間把握能力とは宇宙に適応とする進化。
SEEDだからこそ可能にできる進化。
望んでもいないのにSEED因子をもって、望むわけがないのに家族や大切な人たちを失って力を得続ける人生を送ってきた。
家族が生きていれば辛くてもまだ楽しい人生を送れていただろう。
SEED因子さえもっていなければ大戦中に戦死して苦しまずにもっとずっと楽になっていただろう。
その結果が戦場でしか生きられない生き物になりかけていた。
生きた兵器といってもいい。
まさしく運命。
悪魔の策略のような人生。
進化の因子というより悪魔の因子をもった人生。
心の傷、という原因。
戦場、という過程。
壊れながら進化する兵器、という結果。
現に時々垣間見る暴走しそうな攻撃性がその証拠であり、『心』ももうとっくにそんな存在になっていた。
筈だった……ディエチという存在さえいなければ。


「はぁ」
ため息をつく。
もちろんこれからあるのは。
「・・・・戦いか」
戦闘だ。
呟くことで、自身の殺戮本能を呼び起こす。
数回の意識した特別な呼吸法により数秒で覚悟を決める。
        • 心が乾く。
ヒシヒシと伝わってくる肌寒い風。
実際は風なんて吹いてはいない、感じているのは殺気と呼ばれる非科学的なものだ。
重要なのは敵はテロリストの類――つまり殺してもいい相手、かもしれないということ。
ごくっ。
と無意識に口に溜まった固い唾液を飲み込む。
久々の享楽。
久々の人間同士の殺し合い。
ここに来て以来の“アイツ”と殺し合った時の滾りが忘れられない。
何かわからない渇きを潤せるかもしれない、という期待を持たずにはいられない。
なぜか最近、本能的に女が欲しい時が出てきた。
獣のように欲している自分に気付いた。
そんな風に変わってしまった自身を嫌悪せずにはいられないが後に回す。戦場での迷いは死を呼ぶからだ。
否、そんなことどうでもいい。
戦いか女か、どちらでもいい。
欲が満たされれば――本当にそんなことどうでもいい。
よこせ、早く俺に。
もうすでに脳内麻薬が分泌されているのだろう。
少し興奮気味になった体の隅々の毛細血管にまで酸素を取り入れた血液がドクドクと送られていく。
全身に酸素供給完了。
これでいつも通りに動ける。
これでいつも通りに戦える。
さあ起きて戦場へ――
「ん?」
行こうと上半身から体を起こそうとするが上手くいかなかった。

ディエチの両手が俺の左腕を包んでいた。
彼女の顔は俯いていて見えなかったがその両手がまるで、戦場に行くなと、自分から離れないでと、一人にしないでと、訴えているかのようで――胸の奥が痛い。
心が揺らいだ。
情けない。
ごめんね、とかすかに寝言が聞こえていたのを思い出す。
左肩が湿っていた。
シャツにしみこんでいたのは彼女の色々な涙。
「また・・・泣いていたのか。厄介だよなぁ、罪を償えないってのは。辛いよなぁ、家族に会えないってのは。」
苦い顔をしつつ、起こさないように優しい手つきでディエチの指を一本一本を解いていく。
たったそれだけの動作がなぜかほんの少し悲しい。
ぎこちなく彼女の頭をなでることでそのモヤモヤを誤魔化す。
本当は見送って欲しいけど、不安にさせたくない。
眠っているのなら、無言で守りたい。
家族に再会するための希望はもってきてはやれない俺だけど、君の“明日”を守ることはできる。
ただ、それだけだ。
それだけで、俺はいい筈だったのに・・・・・・。
ハッ、とそんな心の葛藤に気付くと、すぐに心の奥底に沈めた。
無用だ。
こんな感情、今は必要ない。
彼女の荷物の優先順位の高いバッグ(何かあったらいつでも避難できるように荷物に優先順位を決め、すぐにとれる位置に置いている)にピンク色の携帯電話を軽く押し込む。
いつものことだ。
戦場に出るたびに勝手に預ける。
“心”は彼女のところに置いていく。
一度武器を手にして出れば全ての命は“ロウ・ライフ”――安い命に値下がるから。
『どうした?』
「!?」
目が慣れていないせいで、暗い部屋の中で8のディスプレイが発する光が眩しい。
「・・・多分もうすぐ戦闘だ」
ここから先に待っているのは、自分と同じように戦場で壊れてできた同類かもしれない。
…いや、それは戦闘を望む自分の勝手な願望だ。
「ディエチを頼む。できる限り戦闘には近づけさせないでくれ。この娘には、このままでいてほしい」
『分かった。死ぬなよ』
「誰も死なせない。つうか、なんで俺にそんなこと言うんだ?」
『ディエチが悲しむ。お前は力のない者を守るというが、誰がお前を守るんだ?』
「分からないのか?」
ほんの少しだけ笑い、彼女の頭を優しく撫でる。
その温かさは3秒前の冷たさと比べると別人のよう。
「俺はもう守ってもらっているよ。この娘に“心”を、な」
シンは右手の親指で、自分の胸をトントンと軽く叩いて言った。
『心?』
「分かんないならいい。それじゃちょっといってくる」
撫でていた手を惜しむように引き、ギュッと拳を握った。
握った拳が意味するのは、覚悟。
不敵な笑みが意味するは、強さ。
『ディエチが起きた時、どう伝える?』
「俺が帰ってこれるように祈っててくれ、それが最高の後方支援だ」
軽い。まるでちょっとコンビニに言ってくるような表面上の気軽さだが。
「あとも1つ。もし帰れなかったら・・・」
振り返った顔は。
キリッと真面目な顔で。
「俺の18禁フォルダを消しといてくれ」
と。
真面目な顔でこんなことを言った。

下手をすれば、これが遺言になるかもしれないのに。
『大丈夫だな。お前は絶対に死なない』
「くははッ」
そしてそのまま。
手をヒラヒラと振りながら、余裕をもって出て行った。

08
『行ったぞ。』
「・・・・」
そおっ、とまぶたを少しずつ開けていく。8のモニターの光が目に痛い。
『寝たふりはもういい』
「・・・バレてた?」
『いや、気付いてはいない』
「ふう」
ほっとして、胸を撫で下ろす。
『不思議だな。数キロ先の敵には感づくくせに、目の前にいる君の寝たふりにはまるで気付かない』
シンの戦闘に対する鋭い勘も非科学的だが、ディエチに対する鈍感さも非科学的だった。
『余程警戒心を解いているのだろう』
というより警戒すらしていないのだろう。
「そう・・かな?」
シン・アスカはディエチに会う前、裏世界のブラックリストに載るぐらいに何人かのプロの殺し屋を返り討ちにした経歴がある。
MS戦では話にならずに、スナイパーは弾を当てられず距離を詰められ、ナイフ使いはその場で返り討ちにしてきた。その殺し合いはリストに載るまで繰り返された。
『ところで、なぜシンを止めようとした?』
8にはディエチが寝たふりをしながらシンの腕を掴んで離さないようにしていたのが分かっていた。
「・・・・死んじゃうかもしれないんだよ?」
戦場での命のやりとりと引き金の本当の重さを知り、死の恐怖と残酷さを理解したが故の行為だった。
『大丈夫だ。あいつは確かに危うい面もあるが、同時に最高に近い戦闘の素質を持っている』
「それでも・・・ううん、だからこそ恐いんだ。まるで勝手にどっか行っちゃいそうで・・・上手くは言えないけど、シンさんがシンさんじゃなくなっちゃいそうで」
『なら帰ることを祈ってやれ。それがあいつにとって最高の後方支援だ』
それしかできないのが事実なら、それができるのはディエチしかいないのもまた事実。
「・・・・」
だが形にできない分、その重要さに気付くのは難しい。だから――
「ごめん。やっぱ無理」
立ち上がって行動するしかない。
『どこへ行く!?』
「決まってる、シンさんのとこ!」

『止めることはできないぞ!』
「でも・・できることは――ある!!」
言葉の最後を強めたのは自分に言い聞かせる為。
選択肢を選ぶのではなく――新しい選択肢を自ら作り出して進むため。
ドアから出て行った。
『若いな』
と。
思ったら。
「・・・・」
ディエチは戻ってきた。
『どうした?』
するとディエチは8の前に立ち。
「・・・・案内して」
開き直ってそう言った。シンの行く先(男用更衣室)が分からないのだった。
『ふう・・・了解』
やれやれ、とため息をついて8はそれを了承した。


時間差があまりなかったため、幸いにすぐにシンに追いついた。
というより。
シンに会う、のが目的なら、ガイアに乗る前に通過する通路で待つ、のが確実な正解だ。
「!」
通路の向こうから来たノーマルスーツでヘルメットを担いだシンはディエチの気付く。が、目をそらしてそのままなにごともなくないように通り過ぎようとした。
怖がられて、傷つくのが恐かったからだ。
「待って!」
「・・・・」
声をかけても、目をそらしたまま・・・・。
「ッ!」
ディエチは不安になってくる。
でもそれに負けるような心の弱さは・・もうない。
「エッチな本も男の子なんだからしょうがないよ!」
エッチな本、それは十代男子にとっては宝そのものである。
「!?」

ゴンッ! と。
ズッコケた、無重力なのに。しかも後頭部からだ。
「ぅゴオオァァアアア!」
宙にて悶絶するシン。
相当痛かったのだろう、若干涙目になっている。
そしてシンは、ふと気付く、
「・・・大丈夫?」
ディエチが目の前にいることに。
「・・・・」
それでも目をそらした。
「行くの?」
「・・・・ああ」
言いにくそうに言う。当たり前だ。

「いってらっしゃい。」

「え?」
しかしこの言葉は予想してはいなかった。
「でも、絶対に生きて帰って来てね。じゃないと私が独りになっちゃうから」
ディエチはまっすぐな瞳で言った、迷いのない真っ直ぐな瞳で。
「・・・敵わないな。」
俺の言葉とは違い、彼女の言葉には迷いがなかった。
迷いなく俺に生きてと言ってくれた。
迷いなく俺に帰ってと言ってくれた。
間違いなく、この娘は俺の天敵だ。
容赦なく俺の虚勢を剥す。
容赦なく俺の仮面を剥す。
唯一の敵わない天敵。
無二の安らぎの場所。
本当に、敵わない。
「必ず、すぐに、帰ってくる。だから待っててくれ」
シンは駆けだす。
本当に嬉しい顔は見せたくはなかった、照れくさいから。
「ありがとう」
ディエチが勇気を出してくれたんだ。
なら俺も応えなきゃな。
「そのかわり、俺はあとで君にエッチなことするぜ!」
ディエチとガイアの中間で俺は言った。
なぜだろうな。
なぜ勇気のベクトルはいつだって変な方向へ向かうのだろう。
「え!? ええ!!? ちょおっ!?」
「あ、もう出撃だ! それじゃあな、良い子して待っててくれ!」
まあいいや。たまには自分へのご褒美も必要だ。
「話はまだ終わっ――」
ガイアのコックピッドを閉めて会話を強制終了。相手方の沈黙は賛成と勝手に認識。
「はっはー」
『お前、最低だな。』
モニターに8の言葉が届く。ひどいことに反論のしようがない。
けど。
「ククっ・・・そうだよ、これが俺だ。バカみたいな話で大喜びして、直前になったらチキンになって何もできずに後で後悔をする。それが俺だ、俺の好きな俺だ!」


09

ライゴ・マツナガは1人――独りでいた。
『シン・アスカ』は俺にとって『英雄』であり『ヒーロー』・・・・、だった。
『英雄』――国や土地を守るために戦う強者。
『ヒーロー』――どこからともなく現れて助けてくれる存在。
けど。
現実は違った。
「・・・・嘘だ!」
俺は誰もいない、誰もよりつかない場所で叫んだ。
「嘘だ! 嘘だ! ・・・・嘘だああああ!!」
胸を裂いて、その裂け口から叫びたかった。
「なぜ何だアアアア!!」
勝手に嗚咽が出て、上手く声が出せない。
「自分のためにしか・・戦えない男に・・・あの、人たちの笑顔を守ってこれたはずがない!!」
思い出してみる。ジャンク屋としてオヤジと一緒に世界を回った。そこで『シン・アスカ』の評判と感謝の声も聞いた。彼はその人たちにとって――『英雄』だった。
両の拳は血で染まっていた。
壁を殴って、殴り続けて、殴り過ぎて・・出た自分の血。
「確かに俺は分からない・・・。けど必要なんだ、力が・・・ッ!!」
なぜ俺を認めてくれない!?
「!? ・・・この感じ!」
そう嫌な気分の刺激。
あの“赤い奴”まではいかないけど・・・・敵!?
そうか・・・そういうことか!
認められていないから駄目だったんだ! 子供が武器をもったり少年兵になることをよくは思わないってどっかで聞いたから・・・・。そうだ、そうだったんだ。俺が『子供』だからいけなかったんだ!
つまり。
「“力”を見せればよかったんだ!」
サイレンが鳴り響く。
「これが本当の試験開始の合図だ!」


10
俺が狙撃するためにいい場所を探して、そこで構えると。
もうすでに、敵はいた。
そして味方もいた。

エドさんはもうすでに先頭にいて警告をしていた。警備隊は配置についていた。
目の前には見たことのない黄緑色のMSが2体。
ゲイツのようだが、ジンハイマニューバのようにも見える。
「8、あの機体は?」
『ゲイツハイマニューバだ。ゲイツを高機動できるように強化改修した機体だと思えばいい』
「なるほど」
確かにビームライフルの砲身が短い・・・連射重視というわけか。
『講義終了だ』
敵の機体がどういうものなのかが分かれば怖くはない。
だがそれと同時に今回は中古だが新品のビーム砲の出番がないかもしれないということに不満をもつ。
ソード・カラミティの右手が背中の対艦刀のグリップを握る――『牽制射撃用意』の合図だ。
そして引き抜く――『撃て』だ。
光の雨が降る。
まさしく一斉。
ぴたりと一斉。
まるで規律のとれた軍隊のよう。
民間の警備隊が軍隊のように、だ。
これはかなり不安になる。
不安になり、動きが止まる。
動きが止まる、ということは、勢いを殺した、ということ。
恐怖と不安、その両方の心理をとことん突き詰めるまで利用する。
それがシン・アスカの――かつてのアスカ小隊の戦い方。
敵の目に見えるは全てがダミー、本体たちは“特製の隠れ蓑”に隠れている。MSが隠れられるぐらいのデブリに取っ手をつけただけだけど。
だが馬鹿はいる。
自分が『英雄』ヴェイアのように戦えると信じる馬鹿が特にコーディネーターには多い。2機のゲイツハイマニューバは当たらないと知っていながら突っ込んできた。ここまではいい、予想のなかにある。
「!」
そしてもう1人馬鹿はいた。
「8、あのシビリアンアストレイは!?」
後ろのほう、つまりギガムーヴからもこのなりかけの戦場に突っ込んでくる機体があった。
『おかしい! 警備隊のメンバーにはいないぞ!!』
いや・・・たぶん“あいつ”だ。やっぱりか。
「8、ギガムーヴからあのシビリアンアストレイをハッキングして回収しろ!!」
『了解!!』
これでガイアにいるのは俺だけだ。
余分な装備はいらない。アグニ改を放り出して俺はガイアを駆らせた。

「できる、できるんだよ、俺にだって!」
ライは脳内麻薬によって以上なほどに高揚していた。
「システムのロックが何だっていうんだ! 俺には意味がなかったぜ!」
そう、俺はできるんだ! なんだって!
そして“力”を手に入れてやるんだ!!
「は・・ハハハッ!」
なぜかおかしな壊れたような笑いが出てくる。
「敵が見えた!」
ゴクっ、と肩唾を飲み込みながら自分の言葉で自分に知らせて覚悟をさせる。
「やってやるんだ!! そ・・こだ!」
標準を合わせてビームガンを撃つ。
撃つ。撃つ。撃つ。だが当たらない。
距離が遠すぎた。そして――シビリアンアストレイが高揚したライゴの反射神経についてはいけなかった結果だった。

「そ・・んな・・・・」
一気に血の気と脳内麻薬が引いていく。
さっきの全能感はもうない。
残ったのは―――恐怖。
ガチガチと震えて、体に力が入り過ぎて動けなかった。
「引き返せ! 引き返すんだよ」
体は言うことを聞いてはくれない。
「い、嫌だ・・!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
ゲイツハイマニューバが左腕のシールドからビームクローを展開した。
「ッ・・死にたくないイイイイ!」
『歯アア食いしばれええ!!』
だがゲイツハイマニューバをビームと実弾の雨が退け、ソードカラミティがビームを展開していない対艦刀でシビリアンアストレイの胴体を殴った。ライゴの意識はここで途切れる。
敵に背を見せる。当たり前だが危険極まりない。
だがそれをカバーしていたのはエドの率いる第一分隊のフォーメーションだった。ビームガンで弾幕を張り、数秒ではあるが敵の勢いを殺した。
ソードカラミティがライゴの乗った機体を回収する。
はっきり言って分が一気に悪くなった。
ソードカラミティは近距離戦に特化した機体だ。高機動戦に特化した2機を相手にするには悪すぎる
だが、ガイア2ndと高機動戦もできるシン・アスカならできる、とエドは確信していた。
『シン、お前は敵に集中しろ! 俺を信じろ!!』
普通なら迷っていただろう。だがエドの最後の言葉はシンに刹那の瞬間も迷わせもしなかった。
その言葉を使う気持ちは知っている。
シンがディエチに言った言葉でもあったからだ。
ガイア2ndとソード・カラミティのデュアルアイが一瞬合い、同時にお互いに1つずつ言葉をおくる。
「頼みますッ!!」
『頼まれたぜ!!』
これだけでいい。
これだけで十分。いや十二分だ。
「さて――」
安全確保だ。
敵を赤い瞳の『羅刹』が睨みつける。
生きて逃がせば一見キレイなのかもしれない。
だが現実と人間はいつだって汚い。
敵は武器を人に向けて盗むことを知っている。
盗むために命を殺めることを知っている。死んでいい理由のない人の明日を奪う。相手が人だということ“知った”うえで行う。
あの娘とは違う。
知らない、ということは、世界に無い、ということと同じだ。
奴らは他にも生きる道があることを知っているはずなのに、選んだ。選んだんだ。
敵はこういうことに、慣れている。慣れているということは、生かして帰せば、ここで1人でも逃がせば、明日はほかの力のない人たちにその身勝手な矛が向かう可能性もある。
だから。
生け捕りにできないならここで終わらせる、相手の命を。
敵は全て。
「鏖(ミナゴロ)しだ」

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最終更新:2012年01月10日 09:55
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