――――どうしてどいつもこいつも好きな奴に思いを真っ直ぐに伝えないのだろう。霧雨魔理沙は常々そう思う。
何でもかんでも言いにくいこともすっぱり言ってしまうような霊夢でさえも、だ。
好きなら好きとさっさと言ってしまえばいいのに尻込みしたり他愛のない世間話で流そうとする、まったくもっていらつくことこの上ない。
そのことを霊夢に言ったこともある、だが霊夢は肩をすくめただけで。「その内分かるわよ、あんたはお子ちゃまだものね」などと馬鹿にされただけに終わっていた。
理路整然と考えればちゃんと言えることのはずなのに、いつかは言わなくちゃいけないことなのに、他の誰かに言われてしまうかもしれないのに。馬鹿にされる、いわれなんてないのに。
だのに言ったら言ったで八汰乃のように必死で誤魔化して無かったことにしようとする始末。
本当に訳が分からない、好きなら好きと言えばいいのに、言って恥ずかしいことなんかないはずなのに。
恋なんてもっと簡単なものなのに。すらっとスマートにできることのはずなのに。
「―――シン?」
その機械人形をどうしてシン・アスカだと思ったのか、自分でも分からない。どう見たって違うもののはずなのに、共通点なんてないはずなのに。
ただ頭に手を置かれただけ、それがシンと同じように感じただけなのに。
自分自身にもよく分からない感情に首を傾げる魔理沙をパチュリーは愉しそうに眺めていたが、エライことになっている紅魔館を見て親友がどうなっているのか気になりレミリアに目を向ける。
さぞや愉快なことになっているのだろう、そう思って視線を映してみると。
「あン、どうかしたパチェ?」
意外なことに紅魔館の惨状に動揺した様子を見せていない。一体どうしたというのだろう。
普段ならうーうー言いながら頭抱えてるって言うのに」
「パチェうっさい!」
「お お っ と 。でも実際そうじゃない、今日に限ってどうしたってのよ」
「………ふん、どうせ館がぶっ壊れるのはフランの気が立ってるって時点で織り込み済みよ。それに、私は今とってもいい気分なんだ、あの人形が何なのかは知らんが寛容な精神で受け入れてやるわ」
「ふーん、てっきり偽物なのかと思った。ま、納得してるんならそれでいいわ………あ、今アンタの部屋がぶっ飛んだわよ」
自分の部屋ががらがらと音を立てて崩れていく光景を目の当たりにしてもレミリアは相変わらず動じる様子はない。
落ち込んでいるであろうレミリアを茶化して無理やりにでも元気を出させようと思っていたが、どうやらその必要はないみたい―――
「ところでパチェ」
「何?」
「寝て起きたら、紅魔館元通りになってたりしないかな?」
なんてこともなく今日もレミリアは通常運行のようだ、いつもの如くのノンカリスマ。
「ほんっと続かないわねーあんた。そんなんだから」
「な、なんだよう?」
「そんなんだから」
「だ、だからなんなんだよう!?」
「そんなんだから」
「ちゃんと言ってくれ頼むから!!」
「そんなんだから」
「うー! うー!」
いつもの如くレミリアで遊ぶパチュリーを何とも言えない目で見ていた咲夜だったが、フランが目茶苦茶に放った光弾がこちらに向かっているのに気付くと手に握っていたアルバで光弾を受け止める。
光弾はアルバに吸い込まれるように消え、メイド服に焦げ目一つついていない。
「相変わらず便利な身体ね、というか今さらだけどこんな扱いでいいの、盾扱い」
「完全には納得いきかねますが、私もあまり早くは動けない以上これが効率がいいのは事実ですので。気にしないで頂きたいものです」
快活な笑顔を返され咲夜は瀟洒に肩をすくめる。美鈴のようにだらけているのも問題ではあるけれどあまり気真面目すぎるのもよろしくはない。
………まあ、だからと言って見え見えの好意をシン・アスカにスルーされた時のように残念な状態になるのもそれはそれでどうかとは思うが。本当に残念な娘である。残念残念。
そんなことを思いながら光弾を防ぎつつ、吹っ飛んできた瓦礫を華麗に蹴り落とす美鈴を見る。
咲夜の視線に気付くと美鈴は瓦礫を叩き落としながら咲夜に話しかけてきた。
「どうかしました、咲夜さん?」
「いえ、何も言ってないわよ気絶してずるずるこの娘に引きずられてた紅美鈴」
「今ホンメイリンじゃなくてくれないみすずって呼びましたね!? いや、しょうがないじゃないですか、だって相手は妹様ですよ? 流石にちょっとキツイ物がありますって」
「あの黒黒はどうにか妹様を押さえてるってのに、まったくこの美鈴は」
「人の名前を形容詞扱いしないでくださいよう、お腹すいてたんだからしょうがないじゃないですか…………というか、そりゃあれだけ派手にやっていいんなら余裕で押さえられますけど」
たった今崩れた時計塔を横目で見ながら頬を膨らませて美鈴は咲夜に不満そうな視線を向けてくる。
その視線は館をこんな風にしちゃっていいんですかとありありと語っていて。
「お給金下げてもいいならやっちゃっていいわよ?」
「あはは、私のお給金ってあってないようなものですよね、これ以上どう下げれるんですかー?」
「そんなの決まってるじゃない」
がっし、と美鈴の両肩を掴み。
「―――あんたが私達に支払うのよ」
「理不尽にも程がありますよう!?」
言い聞かせるように一言一句はっきりと告げる咲夜とはらはらと涙を流す美鈴を何とも言えない顔で眺めていた魔理沙だったが、今しがたの会話で引っかかった部分がある。
そしてそれは魔理沙にとってもはっきりさせておきたいことでもあった。
「なあ咲夜、お前さっきあの、なんかごつごつした奴のこと黒黒って呼んでたけど。あれってやっぱりシンなのか?」
「ん……ええ、動きと使ってる武器があの黒黒と同じですもの。これで違ってたら怖いわよ」
「ふうん……そっか、ふうん」
「ちなみに魔理沙、貴女の根拠は? なんであれを黒黒だなんて思ったの」
「なんで、って………なんでって」
そんなの自分が知りたいぐらいだ。ただ頭に手を置かれただけだ、たったそれだけなのにどうして自分はあの機械人形にシンを感じたのか。
考えても答えは出ない、なんとなく手のやり方がシンと同じだと思ったとしか言いようがない。
両手を重ね、くしゃりと指を小さく丸めてくしくしと忙しなく動かしながら魔理沙は唇を尖らせる。
「あらやだかわいい」
「節操無いですね咲夜さん。あー白黒は気にしなくていいの、いつもの病気だから(トスッ」
無言で美鈴の額にナイフを突き立てる咲夜と何事もないかのように会話を続ける美鈴。まあ紅魔館ではいつもの光景である。
と、そんなことを暢気に話しているうちに、びしりと嫌な音が空から聞こえてきた。見上げればフランの顔の真ん前に掌をやった機械人形の全身に細かな罅がはしっていて。
その今にも崩れてしまいそうな機械人形の前で気を失ったフランの身体から力が抜け、地面に叩きつけられる―――ことはなく。
機械人形に優しく、それこそ花を摘むかのように抱き寄せられ、膝裏と背中に手をやって機械人形はゆっくりと地面に向けて降下し始めた。そんな優しげな動作にすら魔理沙はシンを感じて。
やがて地面に降り立ったが、地面に足がついた瞬間金属が軋む音が聞こえ足首が砕け、膝をつけば膝が、そして最後には足の付け根と徐々に砕けてしまった。
『ぐ、ぅ………!』
どうにかフランを優しく降ろそうとはしていたが、結局どうすることも出来ずにフランごと倒れこんでしまった。
それでも押し潰してしまわないようフランを抱えた状態で倒れたのは機械人形の意地なのか。
装甲はボロボロに崩れ去りフレームが完全に露出、腕もフランを地面に降ろすとぽろりと肩からとれて、脚同様にただの金属片レベルにまで砕けてしまっている。かろうじて胴体と頭部が残っている程度という有様だ。
そんな有様の機械人形から、シンとデスティニーの声が聞こえてきた。
『く、そ……大分ひどい、な。デスティニー、一旦解除してくれ』
「ん、それは構わないが………ショック死だけはしないでくれよ?」
『自信は無いけどな。だからってこのままってわけにもいかないだろ、下手すりゃ爆散すしかねないわけだし。お前もしんどいだろうけど、頼むよ』
「了解……歯を食いしばっておけよ、死ぬほど痛いから」
デスティニーの声と同時に、デスティニーの頭部からばきんと硬質な金属が砕ける音がした。いや、ようなではない。実際に砕けたのだ。
その音を切欠に機械人形の全身から同じような音が聞こえ、全てが砕け終わるとそこには黒い髪に黒ずくめの服装、シン・アスカがうつぶせで倒れ、傍らには霊夢のお古の巫女服を着込んだデスティニーが座り込んでいた。
状況が分からずぱちくりと目を瞬かせていた魔理沙だったが、シンがぐったりとしていることに気付くと慌てて声をかける。
「お前………シン、だよな? だ、大丈夫なのか!?」
魔理沙の言葉にぴくりと体が震え、シンが身体を起こそうとするが。
がぐん、と身体が大きく揺れ、蹲ったままガタガタと痙攣し出す。
その顔は目を大きく見開いたまま涙をぼたぼたと流しながら食いしばった口の間から涎がだらだらと垂れ流される正視するに堪えない苦悶に満ちたもの。
「お………い、ちょっと、どうしたって……っ、おい!?」
「あ、ガ――――ひっ、ひっ、うぅぅ、ぃぁあああ」
自分の身体を揺する魔理沙の声は聞こえていはいるが反応する余裕はないのだろう。
低い唸り声を上げたかと思えば喉を引きつらせたような甲高い途切れ途切れの音が声帯から漏れ、やがて息と音の中間のような声を上げて全身をかきむしる。
何度かそんなことを繰り返していたが唐突に口元を押さえ。
「う、ぼ……ぇぇえええええぇぇえ」
「うわっ!?」
びちゃびちゃと口から吐瀉物を「湖に」盛大にぶちまけた。
痛みで途切れ途切れな意識の中、えずきながらも自分が湖のほとりにいることに疑問を感じる。魔理沙も同じ疑問を感じているのか周囲をきょろきょろと見回していた。
先ほどまでは湖から離れた場所にいたはずなのだが。ふと横を見れば銀髪のメイド服が腕組みをして立っていて。
「また随分ときつそうね、介錯はいるかしら?」
「いらんっ、ですよ、そんなも――――ンぶぅぅううううッ!」
「はいはい無理しないの。んー、見た感じ内臓に傷はなさそうね」
鼻から逆流するほどの勢いで吐き出された吐瀉物を冷静な目で見ながらシンの容体を推測する。
先ほどので胃に残っていた物を出し切ったのか、今吐き出した物は血も混ざっていないただの胃液、だとすると内臓が痙攣を起こしているのだろう。
事実、胃の辺りがひくひくと小さく痙攣を起こしているのが目で見て分かる、恐らく下腹部に手を当てれば腸に至るまで痙攣しているのが分かるはずだ。
がくがくと身体を震わせていたが、やがてその震えも徐々に小さくなり代わりに荒い息をつきながら身体を弛緩させてすぐそばでシンの背中をさすっていた魔理沙へと倒れこむ。
落ち着いて見ていた咲夜にはシンが痛みに耐えかねて気を失ったことが分かったが、突如シンの重さを感じた魔理沙はとても冷静ではいられない。
「ぇ、あ、わ、ちょ―――う、うぇぇえええい!?」
パニック状態に陥った頭はまともに思考できずただ意味のない言葉を吐くだけで。そんな魔理沙を助ける気は一切ないのか咲夜は楽しそうに口元を緩ませていた。
だが、意味のない言葉は荒い息の中でシンが呟いた言葉を聞くとぴたりと止まった。
「……―――」
何とも言えない表情を浮かべてシンの顔をまじまじと見る。別に返事はない、ただ荒い息が返ってくるだけ。
その荒い息も少しずつ落ち着き、ゆっくりと閉じていた目が開いていく。気絶していた時間は十秒もないだろう。
「――――………ぅ、うう、う………う?」
「………大丈夫、か?」
「魔理沙、か? ……悪い、すぐ、どくよ」
「…………ん」
相当辛いのか、魔理沙に預けていた身体を起こすとすぐに地面に横たわり掠れた息をつきだす。
そんなシンを横目にしながら、魔理沙は帽子を深くかぶりなおしてシンの隣にちょこんと座りこんだ。
咲夜は二人を何も言わずに見ていたが、シンが一度大きく息を吐いて身体を起こしたのを見て口を開く。
「落ち着いたかしら? 落ち着いたのなら説明よろしく」
「無茶言いますね、ちょっとは労わってくださいよ……まあいいですけど。どこから話せば?」
「そうね、あの機械人形―――はいいわ、どうせ貴方達何でしょうし。とりあえず貴方が今苦しんでいた理由からお願いするわ」
咲夜の言葉にシンは右目を押さえながら湖まで這い、口を何度かゆすぐと億劫そうに口を開く。
痛みもある程度は収まってきたのか、話すぐらいなら何とかなるらしい。
「何のこたぁないですよ、デスティニー―――機械人形のダメージが俺達にフィードバックされるってだけの話です」
「達? ってことは、あの娘も含むのかしら。その割には貴方ほど苦しそうではなかったけど」
ただのやせ我慢ですよとしかめっ面を浮かべながら呆れたような声を上げる。
シンの言葉の意味を掴みかね訝しんだ顔を浮かべる咲夜にシンは言葉を続ける。
「ダメージを割り振ってるってだけですよ、俺は機械人形が感じた痛みを、デスティニーは損傷した機能に影響されます」
「……それって」
「痛くはないでしょうけど、右目は見えないわ頭ん中も穴開いてるわ手足は実質ぶっち切れてるのと同じだわ全身の筋細胞から神経までぐっちゃぐちゃでしょうね。これで動けたら生物学に喧嘩売ってるようなもんですよ」
その惨状を想像して今度は咲夜が顔をしかめる。瀟洒を以てよしとするような彼女であっても流石に想像するだけで辛いのだろう。
魔理沙もデスティニーの惨状を想像したのか自分の身体をきゅっと抱きすくめていて。
デスティニーがいる方を振り返り、軽く息をつくと再びシンに向き直る。
「ああ、それは確かに動けないわね………妖精達に運ばせた方がいいかしら?」
「そうしてくれると助かります。博麗神社まで運んでくれれば、後は安静にしてれば数日で動けるようになりますから」
「ふむふむ、回復の速さは妖精並み、か。オーケー、お嬢様が許可してくれれば運ばせるわ。貴方は動ける?」
「どうにかこうにか。さっさと帰れってのは勘弁して下さいよ、心臓止まるか溺れ死にますから」
普段ならばレミリアの判断を仰ぐまでもなく甘えたことをぬかすなとばかりにさっさと追いだしている。
とはいえ、先ほどまでの姿を見ていれば甘えということは流石に出来なかった。
「お嬢様に聞いておいてあげるわ。まあ個人的にはとっとと帰って欲しいのだけどね、疫病神にも程がある」
「………デスティニーが治ったら、修繕の手伝いに来ます」
「修繕というか立て直しコースよね、あれ。地下の大図書館が無事だったからいいようなものの、派手にやったわね」
そう言いながらも、紅魔館跡地目指して歩き出した咲夜の言葉に咎めるような響きはない。
結局のところフランを止めるとなれば館が無事で済むはずはないのだ、あの程度は許容範囲内。むしろ図書館が無事だっただけでも十分といったところ。
フランが暴れ出した元凶だからこそ疫病神と称したが、咲夜自身はフランを止めたこと自体は評価できることだと思っていた。
(ま、それはそれ。これはこれ。虐めたくなるってのは別件よねー。あー鎖で繋ぎたい。繋いで鞭とかでシバキ倒したい)
痛みが大分治まったのか自力で立ち上がり魔理沙と共に咲夜の後をついてきていたシンがぶるりと身体を震わせる。
その震えは間違いなく痛みによるものではないのだろう。
「なんか、不穏なこと考えてません?」
「ううん全然?」
この大嘘吐きめ。シンが咲夜の思考を知ったのなら確実にそうツッコんでいたであろう。
そんなことにお構いなく咲夜は二人を置いていく勢いでスタスタと速足気味に歩いている。
いや、実際置いていかれているのだ。シンは流石に早く動くことはできないしシンに対して何か言いたげに付き添っている魔理沙も急げない。
「ちょ、早いですよ咲夜さん」
「早くしてるの。先にお嬢様に説明してるから気にしなくていいわよ、だから」
そう言うと咲夜は魔理沙に視線を送り、茶目っ気たっぷりにウインクをして。
「――――ごゆっくり」
言うが早いか、シンたちの前からふっと消えた。目を瞬かせるシンとは対照的に魔理沙は咲夜の言葉に面白くなさそうに唇を尖らせる。
咲夜が今の自分を見て楽しんでいることが面白くないし、さらには自分でもよく分かっていない自分の思いが見透かされているようで実に面白くない。
そんな魔理沙の機嫌を知ってか知らずか、しんどそうに大きく息を吐きシンは軽く伸びをする。
「ま、ゆっくりしてけってんなら甘えさせてもらおうかな。流石にしんどいし」
「………ん」
気楽そうに軽く笑いながら木にもたれかかるシンに何か言おうとしたが言葉にならずに結局何も言わないでおいた。
大きく息を吐いてシンは咲夜が向かって言った方を見ている、その顔は少し困っているように見えて。
「っ、あの、さ。え………っと、その。大丈夫か?」
「ん? 大丈夫って……いや、そうだ。魔理沙の方こそ大丈夫なのか、怪我はしてないか?」
「あ、ああ、うん、私は平気だぜ、お前がちゃんと、その、何とかしてくれたからさ。というか質問に質問で返すなよ、私はお前が大丈夫なのかって聞いてるんだぜ?」
そうか、と穏やかな声で呟きながら嬉しそうな笑顔を浮かべると、少しだけシンの肩から力が抜けたように見えた。
そのまま何も言わずにしばらくしていたが、質問に答えないことに不満そうに唇を尖らせる魔理沙に苦笑しながら口を開く。
「俺は大丈夫だよ、まあちょっと貧血気味だけどそうそう死にゃあしないさ。ま、なんにしたってお前が無事で何よりだよ」
「……うぇーい。心配してくれるのはいいけど、お前は自分の心配をしろって。無事なら無事でいいんだけどさ」
口で言うほど無事ではない、ということはやはり言うべきではないだろう。
デスティニーガンダムからシン・アスカに戻った際に肉体は再構築され傷口は全て塞がれ体細胞もほとんどがリフレッシュされている。
だが、大量に失われた血液ばかりはどうにもならない。ある程度は戻っているがそれでも貧血症状が起こる程度には血は足りていない。
ついでに言うのなら、体外に出てしまった腎臓や腸などの内臓もやや調子が悪い。
とはいえ、そのことに触れるとフランとのスプラッタな戦いにも言及しなくてはならなくなる。それぐらいなら黙っているべきだろう、シンは嘘をつくのは得意なわけではないのだから。
そんなことを考えながら咲夜が向かった方向をぼんやりと眺めていると、魔理沙が帽子をきゅ、と深くかぶりなおしながらシンの服の袖をくいくいと小さく引っ張ってきた。
「魔理沙、どうかしたか?」
「や、うん、どうかしたってほどじゃないんだけどさ…………その、さ」
「ステラ、って。誰?」
「………え、あれ、何で魔理沙がステラのこと知ってるんだ? 俺話したっけ?」
「ん。さっき、言ってた」
痛みで意識がぶっ飛び、魔理沙に倒れ込んだ時に確かに呟いていた。シンの反応を見る限りではとぼけるでもなく、本当に気付いていなかったのだろう。
それは魔理沙も分かっている、むしろあの状況で理性的な行動など出来はしないだろうということも理解はしている。
しているのに、どうしてこうも面白くないのだろう。その不満が一言一言を区切るような話し方にさせていた。
「そっか、言ってたのか……悪い、気付かなかった。誰って……ん~、どう言えばいいんだろうな」
頭をかきながら困ったようにシンは眉を寄せる。エクステンデットのことを話しても長くて焦点がぼけてしまうし、それに加えて問題も一つある。
どこまで話すべきか少し考え、やがて口を開く。
「簡単でいいか?」
「分かんないとこあったら突っ込ませてもらうぜ」
「ん。俺の世界の方で会ったさ、無理やり戦わされてた女の子。俺にとって………まあ、大切な人、で、守りたいって一番強く思った女の子、なんだとは思うよ」
大切な人で守りたい人。シンにとってのステラ・ルーシェという存在を表すには妥当な言葉ではあると思う。しかしそれはシンにとっての話だということもシンは理解している。
案の定魔理沙はシンの言葉に首をかしげながら不満そうに唇を尖らせていた。
「何かはっきりしないな? はっきりしないのは好かんぜ」
「まあな、俺もそうは思うんだけどさ」
「その、なんていうかさ。その、ステラって奴のことが、その………好き、だったんじゃないの、か?」
言ってから少し眉をしかめてしまう。シンにははっきりしないといけないと言っておきながらどうして自分ははっきりとしない聞き方をしているのか。
それに、「好き」と聞いた瞬間からずきずきと痛む胸は何だというのだ。眉をしかめた魔理沙を不思議そうな目でシンから見られていることに気付くと何でもないと言いたげに手を軽く振った。
シンもそれで納得したのかそれ以上の追及はせず、頭をかきながら続きを話す。
「俺自身よく分かんないんだよ、ステラが大切な人で守りたかったってのは間違いが無いんだけど、じゃあ好きだったのか、恋してたのかって言われると……どうだったんだろうな、って思うんだ」
ルナマリア曰く、「どう考えたって恋でしょ好きだったんでしょ何いい年してグダグダ言ってんのよ女々しいわね!」とのことらしい。
だけど、それでも自分の中では何かが違っていて。好きかと聞かれれば間違いなく好きだと言える、だがそれが恋だったのかと言われると、何かが違うような気がしてしまう。
きっとステラが今も生きていたのなら、いや生きていずとももっと言葉を交わし心を通じ合わせられたのなら自分がステラに感じていた感情が何だったのかはっきりしたのかもしれない。
だが、それはもう無理。あり得ないことだ。ステラは死んだ、もういない。それはもう変わらないし変えちゃいけないことだ。
後は自分が受け入れるだけのこと。ステラの死も、キラの正しさも、自分の過ちも、何もかも。もっとも、それができれば苦労はしないのだけれど。
割りきらなくてはならないことを割りきれず、割りきってはいけないことを割りきってしまう。割りきれない強さも割り切れる弱さもない、中途半端な自分自身。
一番受け入れて変えなければならないのはそこなのかもしれない。心の中でそんな自嘲めいた呟きを漏らすシンを知る由もなく魔理沙は邪気のない真っ直ぐな目を向けてくる。
「ふぅ、ん。まあ、うん、なんとなくは分かったよ。んで、そのステラって奴、私と似てたのか?」
「ん? ……ん~」
「まあ似てたんだろ、私と見間違える、っ、くらいだしな」
見間違える、といった瞬間胸がずきりと痛み一瞬言葉に詰まってしまった。慌てて言葉を続けたが上ずった声になってしまい。
不思議そうな顔で見返してくるシンにちょっと噛んだだけと手を振りながら言い訳する。胸が痛む、苦しくなる理由なんてないはずなのに。
そんな魔理沙の胸の痛みなど当然気付かないシンは額に手を当て、何とも言えないような難しい表情を浮かべていて。
「んー。んーー。ん~~~、ん゛ん゛ん゛~~~~~~」
「なんだその反応。似てなかったのか?」
「いや、似てない……こともないような、そうでないような………あー、そういや金髪で癖っ毛なとこは似てた……よう、な?」
「なんだそりゃ。はっきりしろよ」
「ンなこと言われてもな、しょうがないだろ。大分前のことだったから正直あんまり思いだせないんだよ」
それが、ステラのことを話すための問題。
決して忘れてしまったわけではない。ステラのことは今もなお忘れられないしこれから先も忘れることは出来ないのだろう。
家族やレイ同様に自分の生き方を決定づけた人達の一人なのだ、忘れることなどあり得ない。
だが、彼女との思い出は家族やレイほど多いわけではない。まともに会話した時間など一時間もありはしないだろう。
どんな食べ物が好きだったのか、好きな歌や音楽は何だったのか、戦争が終わり自由になれたなら何をしたかったのか。
自分は知らない、聞く機会などなかった。知っていたのは死への恐怖と無理やり戦わされていたということだけ。それ以上は知らないのだ。
ステラのことを忘れはしない、決して忘れることは出来ない。だが、それでもステラとの思い出は短すぎる。
だから―――色褪せる。徐々にだが確実にその思い出は色褪せ、どんどんと薄れていく。
決して忘れることはない、無くなることもない。どれほど時間がたったとしても彼女の存在はシンからは消えない。
だが。出会った時と同じ感情を出すことはもうないのだろうと穏やかに受け入れている。
初めて触れた温もりはもうその掌にはなく、彼女の死を思い出してあの頃と同じように涙することもあの頃と同じように怒りに震えることもない。
時間は優しい、皮肉ではなく穏やかにシンは思う。ステラに対する思いが、少年だったあの時と同じ鮮やかさを保っていたのならきっと自分はおかしくなっていたという確信がある。
彼女のことを思い出す時間が減った時、自身に対する憤りと彼女に対する申し訳なさとどうしようもないほどの寂しさがあった。
しかし同時に、本当に少しだけだが前に進めたような気がした。それがいいことなのかどうかは未だに分かりはしないけれど、少なくとも自分の中で何かが変わったということだけは確かで。
だからこそ時間は優しい。途方もなく優しく、優しすぎるぐらいに。人によってはそれが残酷に感じられるほどに。
「………シン?」
少し考え込んでいたのか、魔理沙から戸惑うような声をかけられ自分の思考から浮き上がる。
大分色褪せてしまった思い出、その思い出と今目の前にいる少女を重ね合わせれば。
「いや……そうだな、見た目は少し似てたかもな。けど性格は結構違うよ、お前みたいに元気一杯って感じじゃなかった」
「ふう、ん。んで、そのステラって奴はどうしてるんだ?」
「………過去形使ってるってとこで、察してほしいな?」
ぐ、と言葉に詰まる。少しだけ寂しそうな微笑を浮かべるシンを見ていれば今はすっかり性格が変わったなんて楽観的な考えも消し去られてしまい。
ずっと過去形で話していたのは彼女がすでに故人で、シンの思い出の中にしかいないから。無知な童女でも無いのだ、はっきりと言葉にされなくともそれぐらいはいい加減気付く。
何か言おうとするが上手く言葉に出来ずに結局口ごもり、やがて出た言葉は。
「…………そ、っか。そっか」
なんてことのない益体のない言葉。慰めの言葉をかけようにも魔理沙はステラという人物のことを知らない、今シンの言葉から想像した人物像しかない。
そんな状態でどんな言葉をかけられるというのか。シンも何も求めているというわけではないのだろう、むしろ魔理沙の心情に気付いてか軽く笑いながら魔理沙の頭をぽん、と優しく叩く。
「ま、気にするな………たって難しいかもだけどさ。お前が気に病むことはないよ、俺がいらんこと言っちゃっただけだしな」
「………う、ん。そうっ、だな、うん、そうだな、お前がいらんこと言うからだ、このいらんことしいめ」
「はいはいゴメンナサイネー………ン、それじゃそろそろ行こうか、あんまり待たせるのも悪いしさ」
「ああ、そりゃ確かに。けっこう話し込んでたしな、ちょっと急ぐか」
シンの後ろについていきながらシンに気付かれないように小さくため息をつく。
どうにもさっきから自分が嫌な奴になったような気分になる。いや、実際嫌な奴なのだろう。
自分がステラという女性と間違われた時はシンの体調のことを忘れてしまうほどに憤ってしまったし、なによりもだ。
そのステラがもう故人だということを聞いて、ありえないことに一瞬「ほっとした」。
含むものなんて何もないはずなのに。ステラ・ルーシェという人物のことを知っているわけでもないのに。シンにとって大事な人ならいなくなったことを悼むべきなのに。
「………はぁ」
溜め息をついても答えは出ず、ただ気分がより落ち込んでいくだけだった。
嫌な気分だ。嫌な気分で、そして変な気分。
何だってこうも自分はシンのことばかり考えているのだろう。思い起こしてみれば今日はほとんどシンのことばかり考えている。
シンのことに思いをはせ始めたのは一体何がきっかけだったのか。
女の子だと当たり前に言われたことか。一つ目の機械人形に立ち向かったことか。流した涙を優しく拭ってくれたことか。心配してやったことならそれでいいとあっけらかんと笑ったことか。
慣れてないのに無理やり空を飛んで死にかけたことか。なんだかものすごくかっこ悪いところを見せていたことか。
怪我など構わずに自分をかばってくれたことか。フランのために怒っていたことか。勝ち目のない戦いを絶望にはまだ遠いと穏やかに話したことか。
無茶ばかりしているくせに無茶をするつもりはないと微笑みながら言ったことか。妹にするようについで頭を撫でられたことか。
今――――ステラという少女のことを話す時の寂しそうな表情のことか。
どれも正しいとは思う、思うけれど絶対にこれだと思える決定的なものが無い。いつの間にかシンのことばかり考えて、シンの行動に一喜一憂して、シンの言葉に気持ちが弾んだり沈んだりして。
一体、自分はどうしたというのだろう。自分はもう少し建設的な考えが出来る人間ではないのか、曖昧なんて大嫌いなはずじゃなかったのか、一人の人間に心を傾け続けるのは効率の悪いことではないのか。
それに、シンのことを考えていると胸が苦しくなる。シンの傷ついた姿を見るとすごく辛くなる。シンが他の少女と話しているとなんだかモヤモヤした気分になる。
しかも苦しい辛いモヤモヤする、その感情も決して不快なだけの物ではなくて。これらも一体全体どうしたことか。
考えても考えても答えは出なくて。結局、もう一度溜め息をついておいた。
「――――はぁ」
そのため息も、シンに聞かれないよう出来るだけ小さなものになっていることに霧雨魔理沙は気付かない。気付けない。
まだ。今は、まだ。
「どうもすみません、遅くなりまして」
木に優雅にもたれかかりながらティーカップを傾けるレミリアに軽く手を上げる。
視線を巡らせるとデスティニーがいないことに気付く。よくよく見てみれば八汰乃の姿も彼女達の中には無く。
「咲夜から聞いてるよ、神社まで家のメイド妖精達に運ばせた」
「ああ、そりゃどうも………お手数かけます。アルバも一緒についてったみたいですね」
「んにゃ、私からの命令。あの二人は知り合いなんだろ、だったら一緒にした方がいいんじゃないかしら?」
「知り合いってわけでもないんですけどね。でもま、お気づかいどうも」
シンの言葉に満足そうに頷くとレミリアは瓦礫の山と化した紅魔館に目を向ける。
どう考えても修繕、というより建て直しは一日やそこらでは終わりそうにはなくて。
「ふむ、建て直しは手伝ってもらう……ン、いや」
顎に手をやり考え込む素振りを見せるレミリアにシンは訝しげな目を向ける。
正直に言えばシンは紅魔館の建て直しには最初から協力するつもりだ、というより最悪自分ひとりでやれと言われるとも思っていた。
そのことはレミリアも分かっているはずなのに、何を悩むことがあるというのか。
何を悩んでいるのか聞こうとシンが口を開くよりも早くレミリアが一つ頷いて。
「うん、そうだな。聞きたいことがある、質問に答えな」
「……って、別にかまいませんけど。そんなに悩むことじゃないでしょう」
「もし嫌だ答えたくないってんなら」
無視しないでくださいよ。そう言おうとしたシンは、レミリアが次に発した言葉で押し黙らされた。
「お前は、紅魔館の建て直しを「手伝わなくてもいい」ことにしてやろうじゃあないか」
「…………なんだと?」
きゅっと不愉快そうに眉を寄せるシンを面白がっているのか、レミリアはにんまりと楽しそうに笑う。
そんなレミリアを見てパチュリーは仕方のない奴とでも言いたげに大袈裟に肩をすくめる。
だが、それだけだ。シンを助けようというつもりはないのだろう、呆れたような目をレミリアに向けるだけだ。
咲夜も美鈴も行動は変わらない、こちらを助ける気はさらさらないらしい。
そんな紅魔館の少女達とは対照的なのは魔理沙、どこか不穏な雰囲気に不思議そうに首を傾げて無邪気にシンに話しかけてくる。
「なーにをそんな不機嫌そうな顔してるんだお前は。別にいいだろ、レミリアが手伝わなくていいってんなら」
「い、いや、そりゃあまあそうなんだけどな。えーと………どう言えばいいのか」
真っ直ぐすぎる言葉に戸惑ってしまい思わずしどろもどろになってしまう。確かに文面だけなら魔理沙の考えも間違いではないのだが。
どう説明しようか考えるが結局思いつかず、まずはレミリアに対してどういうつもりか問いたださなくては。
「………ロクな死に方しませんよ、借りを売りつけるなんて恩着せがましいにも程がある」
「残念だね、私はそうそう簡単には死んだりしないのさ」
シンの精いっぱいの皮肉も鼻で笑って一蹴する様は500年以上生きている吸血鬼に相応しい物だ。
少なくとも自分の考えは聞き入れるつもりが無いということをシンに理解させるには十分で。
「ん、借り? 恩? ………ああ、そういうことか。性格悪いぞレミリア」
紅魔館が崩壊した原因の一端は間違いなくシンにある、ならばその原因にあえて何もさせないという恩を押し付ける。
その上で原因にも関わらず何もしなかったという借りをシンの心に打ち付ければ、今後いいように使えるだろうという判断。
そんなもの知ったことじゃないと突っぱねることは道理の上では何ら問題はない、問題があるとしたら道義の上の話。
人間はそうそう簡単に道義から目を逸らすことはできない、それを理解したうえでの借りと恩。
性格が悪いという魔理沙の評は割と的を得たものである。
「理解出来たようでなによりよ。なあに、そうするだけの価値がお前にはあるってことよ、光栄に思いなさい黒黒?」
「………んで? 何なんですか、聞きたいことってのは」
シンの言葉には呆れこそ混じっているが特に怒りはない。そもそも借りも何も、シンがレミリアの質問に答えれば丸く収まるだけの話だ。
大体借りを作らせるのならもっと気付かれないようにやるだろう、今回のようにわざわざ口にするようなことではない。
まあ本気で借りを押し付けようとするのなら流石に腹も立っただろうが、本気ではない以上腹を立てるだけ損というものである。
「ふん、そうね。あんたはなんで強くなろうとしたのかしら」
「…………ええと、質問の意図が分かりかねるんですが」
「読んで字の如くじゃない、どこで詰まる部分があるってのよ。ああ、どうやって強くなったかはいいわ、聞いたところで大して意味ないし」
傲岸不遜に言い切られる。まあ実際レミリアにとって強くなった方法には意味はないのだろう。
今で十分強いのだ、シンが自分を鍛え上げた方法を知ったところでそれこそ意味がない。
少なくともレミリアはフランよりも強いであろうことをシンは感じ取っている、力だけならばフランの方が上だろうが戦いはそれだけで決まるものでもない。
「強くなった理由、ですか。別にいいですけど………そんなの、恩着せようとしてまで知りたいことじゃないでしょう?」
「いいや、そうでもないね。なんとなく強くなった奴に何の価値があるってのよ、初めっから強い化物の話がどこが面白いって言うの。なんとなくでは強くなれない、初めっから弱いような人間が強くなった理由はね、宝石よりも貴重なのよ」
だから。そう区切り。
「知りたいね。知りたいのさ、お前はどうして強くなろうとした?」
「どうして………か」
何故と聞かれれば理由は色々とある。家族が吹き飛ばされた時何もできなかったのが悔しかったから。家族の死から少しでも離れたかったから
自分みたいな奴がこれ以上出てほしくなかったから。一緒に戦う仲間と新しい居場所を無くしたくなかったから。
亡くなった人たちに安らかに眠っていて欲しかったから。理不尽に蹂躙される人々を守りたかったから。少しでも平和に近付きたかったから。
全てを語れば長くなる、簡潔にまとめようとすれば結局のところ。
「自由と正義のため、ですかね?」
間。何とも言えない間がレミリア達の間で流れる、まあ正直シンにとっても予想は出来ていた反応ではあるのだが。
流石に言葉足らずだったかと苦笑しながら言葉を続ける。
「自由ってのは、人が不安がることなく明日を待てる、明日が来るのが当たり前ってことで。正義ってのはその当たり前を壊そうとする奴らに立ち向かうこと、なんだと思います。何で強く、って言われたら、これが理由です」
言葉を切って息をつく。決めたことは何でもないことで、自分にとっては当然のこと。
だけれども、だからこそ。照れなどが混じらないよう真っ直ぐに伝えなくてはならない。
「俺は自由と正義のために強くなりたいし、そのために力を振るいたいです」
実際にはままならないことばかりだ。敵を薙ぎ払うことに暗い快感を感じたことも否定はできないし、早く休みたいと思いながら戦っていたこともあった。
それでも――――それでもシンにとってはそうありたいと思える姿勢である。
とはいえ、大概はレミリアのように呆れたような声を上げられてしまうのだが。
「何と言うか……ふん、まるで一山いくらのヒーローが言いそうな言葉だな」
「いいじゃないですか一山いくら。それぐらいならだれでもなれそうでしょ?」
特別な何かじゃなくったっていいと思う、誰でもなれそうな何かで。
それでちゃんと誰かを守れるのなら、命を救えるのなら特別であることに意味なんてない。特別でなければならない理由なんてない。
特別な誰かにしか出来ないことよりも、誰にだって出来ることの方がよっぽど重要なはずだから。救われた命には、特別であることなんてどうだっていいことだから。
「ふ、ん………ま、納得はしたよ。納得はしたけど」
「したけど、なんです?」
「お前は自由とか正義とか、そんな言葉は嫌いそうな感じに見えたのよね」
耳が痛くなる、確かにフリーダムとジャスティス、というよりキラとアスランのおかげで複雑な心境があったのは事実。
正直メサイア攻防戦が終わった直後の最悪な精神状態の時は自由とは素晴らしい正義とはなんと良い言葉か。そんなことをのたまっている連中を殴り飛ばしたかったぐらいだ。
「ま、そりゃ確かに昔は嫌いでしたよ、ていうか今も大好きってわけじゃないです。でも―――」
ある時、肩の力を少しだけ抜いて自分の中のわだかまりと向き合ってゆっくりと自分の心に向き合い。
ぐだぐだぐだぐだと益体のないことを考え悩み意味のない呻き声を上げながらたまった疲れに深呼吸しながら伸びをしたら、ふっ、と思ったのだ。
「自由も正義も、そんなのただの言葉じゃないですか。だったら、あーだこーだって言ったってしょうがないかなって。それに」
「あん?」
「悪い言葉じゃないでしょ、自由も正義も」
「………ふん、早死にする奴が言いそうな言葉ね」
肩をすくめながら呆れたような目を浮かべたレミリア、しかしその口調はどこか楽しげで。
そんなレミリアの反応にシンは苦笑いするしかない。実際様々な人たちに言われてきた言葉だが、この幻想郷でも言われる機会があるとは思わなかった。
だけれども、紛れもない本心だ。誰かを傷つけ踏みにじらないのであれば非難程度で取り下げる気もない。
自分で決めたことだ、だったら続けるのも止めるのも自分で決めたい。
それだけはメサイア攻防戦後、自分が少しだけマシな人間になれたと思える数少ないことの一つのはずだから。
最終更新:2012年01月10日 10:16