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<東方邂逅録~幽明境を同にする~ 第二話>

<東方邂逅録~幽明境を同にする~ 第二話>

「えーっと……落ち着いた?」
「あぁ……なんとか」

 一通りデスティニーにありったけの暴言を撒き散らし――とはいえそれをぶつけられる当人はどこ吹く風
だったが――、シンは乱れに乱れた息を整えて声をかけてきた黒い帽子の少女へと答える。

「それで、貴方たち何?」
「いや何と言われても」
「じゃあ誰?」
「いや誰と言われても……あ、いやそれは答えられるけど」

 興味津々に顔を覗き込んでくる白と赤の帽子の少女たちに戸惑う。よくは分からないが、余程珍しいものでも
見るかのような反応だった。

「二人とも、そこまでにしなさい」
「「え~」」
「え~じゃなくて」

 物憂げな息を吐いて、黒い帽子の少女はシンに向かって深々を頭を下げる。

「ごめんなさい。まさかここに近づく人がいるとは思わなかったから」
「あぁいや謝らなくても……ってちょっと待った、ひょっとしてさっきのって君たちが?」

 3人の少女たちにそれぞれ確かめるように顔を見ると、何故か得意気にデスティニーが口を挟んできた。

「彼女たちは『プリズムリバー3姉妹』。幻想郷で屈指の……と言うより唯一の楽団ですよ」
「楽団?」
「先ほど主殿も聴いたでしょう? あれは彼女たちの演奏です」

 そう言われて反射的に思い出す。確かに音楽に疎い自分が聴いても素晴らしいと分かるほどの楽曲ではあったが……

「でもなんというかこう、頭の中がえらいことになったんだが」
「よかったですね生きてて」
「死ぬとこだったのか俺!?」

 条件反射でツッコミを入れるたシンだったが、目の前に突き出された掌にそれ以上の追求を防がれる。

「真剣に聞いてください。事実、主殿は危ないところでした」
「ま、マジで?」
「マジです」

 驚愕に固まるシンへ無表情に頷くデスティニーから説明を引き継ぐように、黒い帽子の少女が口を開く。

「私たちが操る音は人間への影響が大きいから」
「音?」
「そうそう。特に姉さんの音はずっと聞いてたら危ないし」
「……メルランの音だって危ないでしょ」
「二人とも危ないしねー。それに比べたら私は」
「「リリカのはうるさいだけ」」
「酷っ!?」

 ……何が何やらさっぱり分からないが、話をまとめるとこういうことらしい。
 彼女たちの楽団が操る音には精神に作用する。黒い帽子の少女、ルナサ・プリズムリバーは鬱の音を、白い
帽子の少女、メルラン・プリズムリバーは躁の音を、そして赤い帽子の少女、リリカ・プリズムリバーは幻想の
音――というなんだかよくわからないものを扱うらしい。
 いや、鬱や躁の音というのも中々に意味不明ではあるのだが。

「要はルナサ殿の音を聴き続ければ死ぬ気力すら沸かなくなる程になり、メルラン殿の音を聴き続ければ高所か
ら飛び降りたくなるほどテンションが変動する、という訳です」
「……わかりやすい説明をどーも」

 おかげで先程のことが死ななかっただけ幸運だったことが理解できた。

「つまり、貴方が助かったのは私のおかげなわけよ!」
「……そうなのか?」
「いえ、私にはよくわかりませんが」

 胸を張り自信満々に言ってのけるリリカの言葉の真偽をデスティニーに確認するが、彼女もそこまで詳しくは
知らないのか小首を傾げている。

「リリカの音は、私たちの躁鬱の音をちょうどいいバランスにしてくれるの」
「さっきは合奏の練習をしていたから貴方はそれほど大きな影響を受けなかったってこと」

 なるほど、と納得しているとさらにリリカは胸を張る。

「そう! つまり私がこの楽団の影のリーダー!」
「「いやそれはない」」
「え~?」

 仲睦まじい三姉妹だった。仲睦まじい……のだろう、多分。

「しかし、多少の代償はありましたが運が良かったですね主殿」
「多少って……ん? 何のことだ?」
「彼女たちも今日の宴で演奏する予定だそうで。これで白玉楼へ行けますよ」

 なるほど、それは確かに運が良い――と納得しそうになって、はたとシンはこの言葉の違和感に気付いた。

「……おい、俺たちは最初から白玉楼へ向かってたんだよな?」
「? 何故今さらそんな確認を」
「今お前、「白玉楼に行ける」って言ったよな? なんでそれが運が良いってことになるんだ?」
「…………いえ、私はただ主殿が真正のペドフィリアではないかと前々から思っていたので垂涎の機会ではない
かと思った次第で」
「人をブッ飛んだ変態扱いして誤魔化そうとするな! お前迷ってただろ!? 絶対迷ってただろ!?」
「あははははははは」
「笑ってるんじゃ……いやどう見ても笑ってないけど笑って逃げるな! おい待てコラ!」

 鉄面皮のまま声だけ笑いながらスタスタと歩くデスティニーを追いかけるシンを眺めながら、ルナサは目を
細めながらぽつりと呟く。

「……本当に、幻想郷って変わり者が多いわね」

 どう反応するべきか分からず、二人の妹は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ――かくして、人数を倍以上に増やした一行は白玉楼へと向かうこととなった。

「へぇ、人里でも演奏するのか」
「最近はぜんぜんやってないけどね~」
「姉さんは一人でいろいろやってるじゃん」
「リリカだって音探しでふらっといなくなるでしょ?」

 メルランとリリカは人間と話すことが余程珍しいのか、道中一時も休むことなくシンと語り続けていた。一方
で長女のルナサはほとんど口を挟むことなく一歩――という表現はずっと浮かんでいる三姉妹にはおかしいか
もしれないが――先を進んでいた。
 ……それ以上に静かに、そして細目で主の背中を見つめるデスティニーもいたが、シンは敢えて無視していた。

「でもあれだけ影響が出るのに人里で演奏しても大丈夫なのか?」
「さすがに加減はするわよ。三人でなら調整もできるし」
「まぁ私たちは人間以外を相手にライブすることの方が多いけどね~」

 なるほど、と納得する反面でつまりこの少女たちも人間ではないのかとシンは理解する。何の妖怪だかなのか
は分からないが、まぁ浮いている時点である程度予想はしていたことだった。

「あーっと、少し聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「……あの子、機嫌悪いのか? 人間が嫌いとか」
「あー……別にそういうわけじゃないんだけど」

 先を行くルナサに聞こえないようにできるだけ声を抑えてメルランに尋ねたつもりだったが、しっかり聞こえ
ていたのかルナサは振り向きすらせず嘆息混じりに答える。

「今日はテンションが低いだけ……気圧も低いし」

 分かるような分からないような理由に首を傾げるが、リリカの「まぁ大体姉さんはこんな感じ」という言葉に
一応の納得とすることにした。

「さて、見えたわよ」

 言われてシンは辺りを見渡すが、枯れ木が何本かあるだけで他には何もない。人や妖怪どころか生き物の気配
すらなかった。
 どういうことなのかと尋ねようとして、空に違和感があることに気付き視線を向ける。
 ――天に孔が空いていた。よく見てみると周囲の大気がゆっくりとその孔へ向かって流れているようだった。
 あの中に何かあるのだろうか……?

「さ、行きますよ」
「へ?」

 唐突に背後で聞こえたデスティニーの声に振り返ろうとしたがそれよりも早く首根っこを掴まれた。
 そして、

「ちょっ――――!?」

 凄まじい速さで、地面が遠ざかっていった……

 ――目眩のような感覚の直後、視界が暗転したところまでの記憶はある。
 そして気が付いたときには、仰向けに寝転がっていた。

「なんだ、ここ……寒い」

 起き上がってから身を縮ませて、その寒気が肌ではなく内側に感じたものであることが分かり既視感を覚える。
 ついぞ最近、どころではない。ほんの一時間ほど前、ルナサたちと出会う前に廃洋館付近で感じた寒さと同じ
ものだった。

「ここが白玉楼……?」
「いいえ、その一歩手前といったところです」

 いつの間にそこにいたのだろうか、声のした方を向くとデスティニーがぐるりと周囲を見渡しながら淡々と
語っていた。

「なるほど、資料にあった通りの場所です。しかし実際に見てみるとイメージとの差を感じる……やはり旅は
いいものですね主殿」
「いや、楽しんでるのはいいんだけどちゃんと説明してほしいんだが」

 とても楽しそうに――と言っても表情の変化は乏しいのだが――しているデスティニーをうんざりしながら
横目で睨む。
 今回のようにデスティニーが強引にシンを外へと連れ出すときは大抵こういう理由なのだ。書物で得た知識を
己の目で見たいという好奇心、一人でやればいいものを毎度のように主を巻き込むのは頭も抱えたくなるという
ものだ。
 ついこの間も、「主殿、妖怪の山に大蝦蟇の池という場所があるということは知ってますか? 是非見てみた
いので一緒に行きましょう。ついでに凶暴になった大蝦蟇にも興味があるので是非池に飛び込んでください。え?
イヤですか? 仕方ありませんね、私が飛び込ませてあげますので安心してください。さ、早く」と言いながら
ズルズルと引きずっていったのだった。そのときの出来事はシンの中で大事にしまって鍵つけて記憶の海に重し
付きで沈めたので深くは思い出せないのだが。
 それはともかく、

「で、なんなんだよここは? 幻想郷とも違った感じだけど」
「おや? 分かりませんか?」
「何が……」

 言いかけた言葉は、目の前を横切った『何か』のせいで最後まで出てこなかった。
 ワンテンポ遅れて視線をゆっくりと『何か』へ向ける。
 ――白い、何か。人の頭ほどの大きさだが不定形。ゆらゆらと揺れながら漂うように移動していった。
 背中に冷たい汗が流れるのを感じる。そういえば、妖怪も巫女もいるのにこういうのって今まで見たことなかっ
たなーとか軽く現実逃避しかけた思考をなんとか引き止める。

「おい……? あれって……」
「人魂ですね。そしてここが、」

 デスティニーの言葉を半ば放心状態で聞きながら、後を追いかけてきたプリズムリバー三姉妹を眺める。
 ――ああ、そういえば……彼女たちもさっきの人魂と似たような感じがしていた。

「冥界、と呼ばれる場所です」

「……それならそうと先に言えって、いやホントにお願いします」
「イヤです」

 とても楽しそうに――否、愉しそうに嗤うデスティニーはつまるところこの反応が見たかったのだろう。それを
意識するとただでさえやつれたシンの表情からさらに生気が抜け落ちる。わざわざ現地集合にしたあの八雲紫もど
こかで見ているのだろうか、そう考えると胸の内にふつふつと沸き上がる煮え滾る何かの存在を意識してしまうが、
生憎なことにそれをぶつける相手も手段もなかった。つくづくデスティニー相手に強く出れないことが悔やまれる。

「ルナサたちもそうならそうと最初から言ってくれ」
「と、言われても……ねぇ?」
「そもそも私たちは幽霊じゃなくて騒霊だし」

 違いが分からん、と言うとデスティニーに鼻で笑われそうなのでやめておく。思えばこの無駄に知識だけはある
この九十九神にしてはここに至るまで説明不足すぎたのだ。もっと疑うべきだったと悔やむが後の祭りである。

「まぁそれはもういいとして……どこまで続くんだこの階段」

 力なくうなだれるのは性根の悪い九十九神と生者にとって居心地の悪い土地だけのせいではなかった。
 もう何段目か数えることすら馬鹿馬鹿しくなるほどに積まれた石段。白玉楼へと続く唯一の道だそうなのだが、
肝心の目的地すら見えないのだからうんざりするどころの話ではない。登りきることすらイメージできないのだか
ら活力など出てくるはずもなかった。

「さぁ? まぁ着けば分かるでしょう。先に行きますよ」
「っておい! お前だけ先に飛んでいくのかよ!?」
「いやまぁ、私飛べますので」

 フフフ、と笑いながらゆっくりとデスティニーは離れていく。何故かは知らないが今回は異様なまでに煽ってき
ている。露骨だったからこそスルーしてきたが、たとえ海より広い心を持っていようとここらが我慢の限界かもし
れない。

「キツイなら私たちが上まで連れていってもいいけど?」
「いや、それはさすがに……」
「私たちは騒霊、ポルターガイストだから物を持ち上げるのは得意なの」

 ほら、と言いながらメルランはどこからか取り出したトランペットを浮かせてみせた。重さなどまったくないか
のように自在に宙を舞う楽器を見てシンはなるほどと納得する。彼女たちが大丈夫というのなら自分の体重でも問
題ないのだろう。何より既に足の筋肉が悲鳴を上げている現状ではそれはとても魅力的な提案だった。

「そらじゃあ、頼……」

 言いかけて、ふと視線を感じて階段の先を見る。
 先を進んでいたデスティニーが見下ろしていた。
 その目は、とても優しく、慈しみすら感じるほどに柔らかで、

 ――しょうがないですよね、どうぞ存分にその娘たちの力を借りてご自身の無力さを痛感してください。

 という言葉が声を用いずとも伝わってくるほどに明確に表れていた。

「いや、いい」
「え?」
「一人で、行ける」

 静かな怒りが疲労を忘れさせる。強く一つ上の石段を踏み締めて、その瞬間に生じた諸々のダメージを無視して
一気に駆け出す。

「ぬああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 二段三段を飛ばしながら一気に駆け上がる。シン自身も驚くほどのスピードで瞬く間にデスティニーすら追い
抜いてしまう。
 その後も止まらず上り続ける姿を見て、デスティニーはフッと笑う。

「……それでこそ、とひとまずは褒めておきましょうか」

 ちなみに、5分ほど後に限界を迎えたシンはそのまま転げ落ちそうになったところを三姉妹に支えられ、結局
そのまま運搬されることとなった。
 その様をとても良い笑顔でデスティニーが眺めていたのだが、半ば意識が飛んでいたシンがそれに気付くことは
なかった。

「……あー、悪い。もう大丈夫だから」
「そう? ならいいんだけど」
「いやぁ、いい運ばれっぷりでしたね主殿」
「頼むから黙りやがってくれませんかねカミサマこの野郎」

 とりあえず体力は回復できたので下ろしてもらう。体に残る浮遊感で足取りがおぼつかないが、ここで転けるこ
とは死に等しいので慎重に一段一段を上がっていく。

「しかし、まだ着かないってどうなってるんだよここは」
「飛べば割と早く着くはずなんだけどね」
「そうなのか……」

 ちらりとデスティニーを見る。明らかに気付いているはずだがまったくの無反応だ。人の迷惑より主人苛めを
優先しているのか、それとも他に理由があるのか微妙なところだった。

「む?」

デスティニーが動きを止める。ようやくゴールが見えたのかと先を確認して、シンもまた動きを止めた。
――桜の花びら。
風にたゆたう桃色の花弁は、この道程で荒んでいたシンの心を洗い流すかのような美しさがあった。
見蕩れているうちにいつの間にか階段を登りきってしまっていた。デスティニーも同じなのか、一言も発さない
まま立ち尽くす。
そんな二人を追い越し先に進んだ三姉妹が、進む先にいた人物に気付いた。

「どーもー。久しぶりね」

メルランの声にシンの視線が花びらから離れる。
竹箒を持った銀髪の少女。丁寧に切り揃えられたボブカットに黒いリボン、幼さを残してはいるが生真面目な印象があった。傍らには先ほど見たものよりも遥かに大きな人魂が浮かんでおり、背中にはその背丈に不釣合いな長さの長刀、腰には所謂打刀と同じ程度の長さの刀が提げられていた。

「ああ、これは……どうもご足労いただきありがとうございます」

深々と頭を下げる少女に――「まぁ足は使ってないし」とリリカが茶化しながらも――三姉妹は慣れたように挨拶をする。
 ここに住んでいる子だろうか? などと考えていると、少女と目が逢った。

「あの、この方々は?」
「途中で会った人間と……」
「どうも神です」
「……だそうよ。今日の宴会に呼ばれたらしいから一緒に来たの」

大真面目な顔をしてトンデモなことをさらっと抜かしたデスティニーにため息混じりのツッコミを入れようと
して、声音がわずかに低くなった少女が一歩踏み込んできたことに中断させられた。

「そうですか、あなたたちが……」

 少女の支えを失った箒がぱたりと横に倒れる。どうかしたのかと見つめていると、ゆっくりと少女が近付いてきた。

「どこの誰かは存じませんが、ここに来た本当の目的とかいろいろ吐いちゃってください。まぁ、別に喋らなくても」

言葉と共に殺気を放ちながら寄ってくる少女に呆気に取られる。その手が淀みない動きで長刀を抜くのをぼんやりと眺め、

「――切れば、分かるか」

 無情の言葉と同時に鳴った風切り音でようやく己が身の危機を現実と認めた。

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最終更新:2012年01月10日 10:32
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