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第一話「フライト・オブ・ザ・イントルーダー」(前編)

 俺の自慢の姉、千冬姉には特別な友達が一人いる。名前を篠ノ之束といって、俺の幼馴染、箒のお姉さんでもある。
 束さんは一言でいえば『天才』だ。どれくらい天才かというと、文字通り世界をひっくり返した大発明、ISをたった一人で作成、完成させるくらいの大天才だ。
 そんな彼女は感性の方も俺達凡人とは違っているらしく、性格もかなり個性的。
 だから当時の俺は子供心に、「あの人には千冬姉(彼女も色々と突き抜けた人だから)以外に友達できないだろうなぁ」と常々思ったものだった。

 ところがびっくり。俺の予想を裏切り、何と束さんに千冬姉以外の友達ができたのだ。しかもそれが男だったから二倍びっくりだ。
 束さん曰く「海で拾ってきた」というその人は、何か訳ありの事情があるらしく、行くあてもないということで、箒の実家の神社に暫く居候していた。
 昼間は神社の掃除や雑用をこなし、たまに道場の手伝いにくることもある。驚いたことに、あの人、剣道という枠組みを取っ払えばあの千冬姉とも互角にやり合うのだ。
 俺もときどき宿題を教えて貰ったりしたけど、ぶっきらぼうだけど面倒見がよくて、「千冬姉の他にもう一人兄貴がいたらこんな感じなのかな」って何となく思った。

 いや、少なくとも当時の俺は、彼――シン・アスカのことを、本当の兄のように思っていたのだ。




 そんな懐かしい思い出が、『そいつ』を見た瞬間、不意に俺の脳裏をよぎった。




IS<インフィニット・ストラトス> ―Le Petit Prince-
 第一話「フライト・オブ・ザ・イントルーダー」(前編)




 楽しい筈の臨海学校。しかしIS学園上層部から通達された一つの特命任務が、楽しい旅行を大事件へと変えてしまった。
 ハワイ沖で試験稼働にあった第三世代型軍用無人IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が、突如制御下を離れて暴走。追跡を振り切り、監視空域を離脱したのである。

 IS。それは正式名称を『インフィニット・ストラトス』と言い、世界中に全467機存在する飛行パワードスーツである。
 元々は宇宙空間開発用のマルチフォーム・スーツとして開発されたのだが、十年前の『ある事件』をきっかけに、現在では『究極の機動兵器』として世界に認知されている。
 超音速による格闘能力、大質量の物質を粒子から構成する能力、操縦者を守る保護システム、コンピューター以上の処理速度、完璧なステルス能力、そして自己進化。
 それら全てを兼ね備えるISは、「女性にしか扱えない」という致命的な欠陥を抱えながらも、他のあらゆる現行兵器を圧倒的に凌駕し、史上最強の兵器として君臨していた。

 ISを倒せるのはISだけ。この緊急時において、暴走する『福音』を止められるのは、代表候補生を中心とする六人の専用機持ちIS学園生徒だけなのだ。
 こうして始まった『福音』捕獲作戦は、まず世界初の『ISを操縦できる男』、織斑一夏の『白式』と、篠ノ之箒の第四世代型IS『紅椿』がペアで出撃。
 『紅椿』の援護のもと、『白式』のバリア破壊能力『零落白夜』による電撃作戦を試みるが、『白式』撃墜により失敗。残存戦力の全てを投入する総力戦に切り替える。
 その後、『福音』の第二形態移行(セカンド・シフト)という予想外の展開もあったが、復帰した一夏も加えた六人がかりの猛攻によって遂に目標を追い詰めたその時――、

 ――『そいつ』は突然現れた。




                    ◆          ◆          ◆





 俺が『そいつ』の接近に気づけたのは、ひとえに『白式』に搭載された超音速戦用の超高感度ハイパーセンサーのおかげだった。
 警告と同時にスラスターを逆噴射。後方への瞬時加速(イグニッション・ブースト)で慣性エネルギーを無理矢理相殺して急停止する。
 直後、頭上から急降下してきた黒い影が俺の鼻先を掠めた。……危ねぇ、ブレーキしてなきゃ間違いなく直撃コースだったぜ。

 俺と『福音』の間に割り込むように現れた、突然の乱入者。そいつはどう見てもISだった。だが、それにしては不可解な点が幾つもある。
 全身をくまなく覆う灰色の装甲、まるで甲冑だ。背中の赤い大型の推進翼が、やけに鮮やかに見える。
 顔は頭部全体を覆う仮面、というかヘルム型のハイパーセンサーに完全に隠され、その表情を窺うことはできない。

 まず、その時点でおかしい。

 前にも話したことだが、ISは防御の殆どがシールドエネルギーによって行われ、見た目の装甲はあまり意味をなさない。
 全身を包み込む『皮膜装甲(スキンバリアー)』と、いざという時の『絶対防御』。これら二重の守りが、搭乗者へのダメージをほぼ完全にシャットアウトしてくれるのだ。
 だから通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。それも飾りの意味合いが強いだろう。全身装甲(フル・スキン)なんて無駄の極みだ。

 そして全身のハリネズミのような武装。背中に大型近接ブレードが二本、二つ折りのバレルが腰の左右に一本ずつ、脛の外側からも柄のようなものが飛び出している。
 武装の数、それ自体に問題はない。数だけで言えば、例えばシャルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』なんかは、もっと多くの武器を仕込んでいるだろう。
 だが通常、ISは武装を量子化し、『拡張領域(パス・スロット)』と呼ばれる領域に格納、自由に展開することができる。
 俺の『白式』みたいに拡張領域が全て埋まっている訳でもあるまいに、あれだけの武装をわざわざ展開している奴の意図が理解できない。

 一瞬、俺の脳裏を「無人機」という単語がよぎった。二ヶ月前、学園の学年別トーナメントに乱入して大暴れした謎の無人ISが、ちょうどこんな感じだったのだ。
 だが、頭の中に浮かんだその可能性を、俺は即座に否定した。違う。あの時の無人機とは明らかに違う。
 あいつが現れた瞬間、周囲が一気に肌寒くなった気がする。殺気だ。あいつの殺気に当てられているんだ。機械にこんな嫌な殺気が出せる筈がない。

「……何者だ?」

 ラウラが両肩のレールカノンを油断なく構え、警戒の表情で乱入者に尋ねる。この辺りの空域はIS学園の先生達が封鎖して、誰も侵入できない筈だ。
 かと言って、援軍のようにはどうも思えない。それならば千冬姉達から何か連絡があって然るべきだろう。

「答えろっ!」

 語気を強めるラウラに、仮面のISが初めて口を開いた。淡々と、ただ一言、奴は答える。

「――亡国機業(ファントム・タスク)」

 まるで男みたいな低い声だった。ファントム・タスク? いや、それよりこの声。仮面でくぐもっていたけど、どこか聞き覚えがある気がするのは、俺の気のせいだろうか。

「亡国機業ですって!?」

 乱入者の言葉に最初に反応したのはセシリアだった。

「聞いたことがありますわ。最近、世界中でISを強奪して回っているテロリスト!」

 セシリアの言葉に俺は息を呑んだ。ISを強奪? それじゃあ、まさか……!

「――まさか今回の事件、この『福音』の暴走事故は、お前が仕組んだのか!?」

 驚愕の声を上げる俺に、黒幕は仮面の奥で嗤った――ような気がした。

 気がつけば俺は《雪片弐型》を振り上げ、仮面のISに斬りかかっていた。間合いを詰め、渾身の力で刃を振り下ろ――せない!?
 よく見れば奴が《雪片弐型》の柄尻に左の掌底を押し当て、がっちりと俺の右腕を固定している。
 思わず息を呑む、その一瞬が命取りだった。次の瞬間、振り抜かれた奴の右拳が俺の顔面に突き刺さっていた。
 バランスを崩し、海面へ真っ逆さまに落下する。ヤバい、と水没を覚悟した次の瞬間、まるで時間が止まったかのように海面ギリギリで身体がぴたりと静止した。

「しっかりしろ、一夏!」

 耳を打つ鋭い叱咤の声。ラウラだった。そうか、AIC(停止結界)で俺の落下運動を打ち消して助けてくれたのか。

「サンキュ、ラウラ! 助かったぜ」

 ラウラに礼を言い、俺は再び飛翔。あの仮面野郎めがけて一直線に突き進む。だがその時、それまで大人しくしていた『福音』が動いた。
 頭部からエネルギーでできた『光の翼』が噴出。羽ばたくと、無数の欠片が羽根のように飛び散る。その一つ一つが、超高速で敵を撃ち抜く超高密度のエネルギー弾だ。
 怒涛の勢いで降り注ぐエネルギー弾雨を前に、俺達は咄嗟に回避、または防御の構えを取った。
 だが一人、あの仮面野郎だけは動かない。奴はただ、脚の小型近接ブレードを右手で無造作に抜き放ち――、



 ――次の瞬間、俺達はとんでもない光景を目の当たりにした。



 ガッ!ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ――!

 やかましく耳を打つ金属音。怒涛の勢いで押し寄せる何十、何百というエネルギー羽根の嵐を、それ以上の超々高速で振るわれる刃がことごとく叩き落としている。
 何だよあれ? 何なんだよあれ!?
 まさかあいつ、あれだけの数の羽根を全部知覚して、その一つ一つに正確に斬撃を叩き込んでるのか? あんな短いナイフ一本で!?
 いや、あり得ないだろ。ハイパーセンサーがあっても無理だろ、そんなの!

 唖然とする俺達を余所に、奴は右手のナイフを『福音』めがけて投擲。間髪入れず、腰のバレルを展開。二門のレールガンが連続で火を噴いた。
 さらに奴は一連の反撃と同時進行で、背中の大型推進翼を展開。がばりと口を開けた紅翼の中から、さらに三枚の小型推進翼が顔を出す。
 スラスターが点火され、左右五枚ずつの紅翼の先に巨大な『光の翼』が形成される。が、それも一瞬。いや、正確には、俺達の眼が、次の瞬間には奴を見失っていたのだ。

 一方、『福音』は自慢の超高速・超精密機動で、迫りくる刃と弾丸を難なく回避――したかに見えた。
 だが『福音』の逃げた先には、既に仮面のISが瞬時加速で回り込んでいた。いや、正確には、奴が瞬時加速で移動した先に、『福音』の方が誘導されていたのだ。

 これは後で束さんに聞いた話だが、『福音』などの無人ISの強みの一つは、AI(人工知能)制御による無駄のない完璧な機動であるらしい。
 人間のような感情による揺らぎがないから、敵がいつ、どんな奇抜な攻撃を仕掛けても、正確に分析し、最適な回避行動を選択、実行することができるという。
 だがそれは逆に言えば、絶妙なタイミングで的確な攻撃を行えば、無人機の動きを好きなように誘導できるということでもある。
 それは瞬間的な判断が問われる高機動戦であるほど、少ない手数でより多くの選択肢を削り、相手を追い込みやすくなる。らしい。少なくとも千冬姉はそう言っていた。
 完璧だからこそ起きる弊害、その矛盾が機械制御の限界だと二人は口を揃えて言う。でもはっきり言って、俺には何が何だかさっぱり分からない。

 奴の右手が『福音』の頭を鷲掴みし、ぎりぎりと万力のように締めつける。瞬間、掌の内側がピカッと光り、ズガンという轟音とともに『福音』の頭に亀裂が入る。
 あの光は、ビーム? あの野郎、掌に荷電粒子砲を仕込んでやがるのか!?
 しかも『絶対防御』を突破し、本体の装甲にヒビを入れるほどの大威力だ。もしもあの時、殴られるのではなく、あれを撃ち込まれていたらと思うとゾッとする。

『a……AAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 甲高いマシンボイスが大気を揺さぶる。『福音』の悲鳴だ。全身の装甲が卵の殻のようにひび割れ、小型のエネルギー翼が羽毛のように『福音』を包む。
 直後、あのエネルギー弾雨が零距離から奴を直撃。爆音が轟き、黒煙が二体のISを覆い隠す。

「やったか!?」

 俺は思わず叫んだ。あれだけの数のエネルギー弾をまともに食らって無事である筈がない。それは確信というより、願望だった。
 黒煙が晴れ、奴の姿が夜闇に浮かび上がる。奴は――無傷だった。
 奴の身体を覆い隠す全身装甲。灰色一色だったそれは、しかし今は白と青に変わり、背中の翼と合わせて鮮やかなトリコロールカラーを形成している。

「まさか――第二形態移行!?」

 奴の変身にセシリアが悲鳴を上げる。だが、それは違うと俺は思った。
 奴はただ装甲の色が変わっただけだ。『白式』の一次移行(ファースト・シフト)や、『福音』の第二形態移行のような劇的な変化とは違う。
 現に全身装甲のツートンカラーは徐々に薄まり、元の灰色に戻りつつある。恐らくだが、装甲の色を変えることで飛躍的に防御力を上げているのだろう。
 そして常時あの形態でいないのは、多分エネルギーの消耗が激しくて長時間維持できないのだろう。そう、俺の『零落白夜』と同じように。
 つまり、あれが奴の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)。そして全身装甲の秘密だったのだ。

 奴が『福音』の頭を握りしめ、再び掌部ビーム砲を撃ち込む。ひび割れた頭部装甲が砕け散り、内部フレームが剥き出しになる。
 不意に『福音』のエネルギー翼が消失した。エネルギー切れだ。
 俺達との激闘と、二度の『絶対防御』の発動によって、今の『福音』には『光の翼』を維持するだけのシールドエネルギーがもう残っていないのだろう。

 だらりと四肢を脱力した『福音』を右手で掴んだまま、奴はその胸に左手を突き立てた。そしてブチブチと配線を引き千切りながら、中から何かを抉り出す。
 『福音』が身体を一度大きく痙攣させ、死んだようにそれきり動かなくなった。

 奴の左手に握られたもの。まるで命を持つように明滅する、菱形立体のクリスタル。それはISの心臓部、『福音』のISコアだった。

 心臓を抉り出され、抜け殻となった『福音』の身体が、奴の手を離れてゆっくりと海へ落下する。気がつけば俺は飛び出し、落下する『福音』を受け止めていた。

「てめえ!!」

 腕の中の『福音』を抱き締め、俺は上空の仮面野郎を睨んだ。殺しやがった。あの野郎、『福音』を殺しやがった!
 無人ISは『機械』だ。その生死を問うのは馬鹿げているのかもしれない。
 それに俺達の任務は『福音』の停止。『福音』を殺そうとしていた俺が、『福音』を殺されたことを怒るのは筋違いかもしれない。
 だが、そんなややこしい理屈など関係ない。今の俺の頭にあること。それはあのいけ好かない仮面野郎をぶっ飛ばし、その仮面を叩き割ること。それだけだ!

 左手で『福音』をしっかりと抱え、ウイングスラスターを噴射して垂直上昇。右手の《雪片弐型》を大きく振り被り、俺は仮面野郎に斬りかかった。
 《雪片弐型》の刀身が二つに裂け、中央からエネルギーの噴出。長大な『光の刃』を形成する。『白式』の単一仕様能力『零落白夜』だ。

「食らええええっ!!」

 瞬時加速で仮面野郎の懐に飛び込み、俺は怒号とともに《雪片弐型》を振り下ろした。白銀の軌跡を虚空に刻み、光刃が吸い込まれるように奴へ迫る。
 その時、仮面野郎が左手のISコアをぽいっと上空へ放り投げた。そして空いた両手で《雪片弐型》を左右から挟み込み、俺の斬撃を止める。
 所謂『真剣白刃取り』。しかもよく見れば、奴の掌は『零落白夜』の光刃には一切触れず、刀身の実体刃部分を正確に押さえつけている。

「なっ……!?」

 瞠目する俺の腹、ちょうどへその辺りに、ごりっと硬い感触。レールガンの銃口だ。次の瞬間、零距離で射出された超高速の弾丸が『白式』の腹部装甲を撃ち抜いた。
 ダメージが『絶対防御』を突破し、まるで金属バットで殴られたような衝撃が鳩尾を襲う。
 瞬間的に呼吸が止まる。が、悶絶する暇すらなく、追撃で放たれた奴の回し蹴りが俺の脇腹に突き刺さり、『福音』ごとサッカーボールのように蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばされた俺は水切りのように海面を何度も跳ね、海岸に激突。『福音』を巻き込みながらもんどり打って砂浜を転がった。
 《雪片弐型》を杖代わりにして立ち上がると、落下する『福音』のコアを再び左手でキャッチする奴の姿が、ハイパーセンサー越しにはっきりと見えた。
 くそっ、と俺は思わず歯噛みした。あの野郎、完全に遊んでやがる。
 だが推進翼を広げ、再び飛び立とうとした俺の耳に、千冬姉の制止の声がコアネットワーク越しに突如飛び込んできた。

『――待て、織斑!』

 普段の彼女らしからぬ、どこか余裕のない千冬姉の声。そして続けて放たれた予想外の千冬姉の言葉が、俺の度肝を抜いた。

『作戦完了! 全員、ただちにその空域から離脱しろ!』
「……えっ?」

 思いもよらぬ千冬姉の言葉に、俺は頭の中が一瞬真っ白になる。そして気がつけば、俺は感情のままに千冬姉に食ってかかっていた。

「ちょっと待てよ、千冬姉! 『福音』のコアが奪われたんだぞ!? それを放っといて、このまま逃げ帰れって言うのかよ!?」
『織斑先生と呼べ、馬鹿者が。――お前達の任務は『福音』の回収。作戦目標自体は達成した。だからさっさとそこから逃げろ』

 激情に任せて喚き散らす俺に対し、千冬姉の言葉は冷静だった。千冬姉に諭され、俺は思わず「うっ」と言葉に詰まる。
 千冬姉の言うことは、多分正しい。コアは奪われてしまったけど、『福音』の機体自体はこうして俺の隣にあるのだから。
 この機体を無事に持ち帰りさえすれば、IS委員会、そして事故を起こした米軍への義理は、それで十分に果たしたと言えるだろう。
 それに冷静に考えれば、奴は俺達が六人がかりでも散々てこずった『福音』を、たった一機であっさり瞬殺した化け物だ。
 実力差は圧倒的。今の俺では百回戦ってもあいつに勝てる気がしない。案外、千冬姉の撤退命令もこの辺りが理由かもしれない。

 でも――!

 俺は《雪片弐型》を握る手に力を籠めた。千冬姉の言うことは、多分正しい。でも、俺はそんな風に割り切ることはできない。割り切れるほど大人ではない。
 奴は俺が絶対に倒す。奪われた『福音』のコアを取り返すために。いや、ただ俺は純粋に、俺はあいつに勝ちたいんだ。これは義務というより、俺の意地だった。

 ごめん、千冬姉。俺は生まれて初めて、貴女の言いつけに背きます!

 《雪片弐型》を地面から引き抜き、スラスターを点火。噴射炎が砂埃を巻き上げ、海岸に眠る『福音』を包み隠す。一度だけ振り返り、そして再び前を見据え、俺は飛んだ。
 水柱を背中に従えながら海面ぎりぎりを飛び、一気に急上昇。瞬時加速で奴の懐に飛び込み、一瞬だけ『零落白夜』を発動した《雪片弐型》を横薙ぎに振り抜く――!

 超高速の抜き打ち。だが奴は俺の肩アーマーを右手で掴み、それを支点にくるりと一回転。頭上を飛び越え、俺の斬撃を紙一重で躱した。
 一方、俺の方も斬撃の勢い余って横向きに回転。互いの立ち位置が入れ替わる形で、再び奴と向かい合う。
 だが不利なのは俺の方だ。精密機動が苦手な俺は体勢を立て直すのも時間がかかる。その致命的な隙を、奴が見逃す筈もない。
 破壊的な掌に光を宿し、奴の右手が俺の顔面めがけて突き出される。やばい! 鼻先に迫る圧倒的な「死」の気配に、俺の全身が総毛立つ。

 だが次の瞬間、奴は右手を突如引っ込め、その場から大きく飛び退いた。直後、奴がいた空間を切り裂くように真紅の閃光が駆け抜ける。鳥? いや、箒の『紅椿』だ。

「皆、一夏を援護するぞ!」

 二振りの刀を両手に握り、箒が凛とした声で音頭を取る。その呼びかけに応えるように、他の少女達も各々の武装を構え、戦闘態勢を取った。

「……まぁ、貴重なISコアをみすみすテロリストを渡す訳にもいかんからな」

 そう言って右手にアサルトカノンを担ぐラウラ。

「しょうがないなぁ」

 苦笑しながら両手のマシンガンを握るシャル。

「てゆうかアンタが偉そうに仕切ってんじゃないわよ!」

 箒に食ってかかりながらも、青龍刀をしっかり構える鈴。

「わたくし達の力を見せてあげますわ!」

 やる気満々で周囲にビットを展開するセシリア。

「悪ぃな、皆。俺のワガママに巻き込んじまって」

 《雪片弐型》を両手で構え直し、俺は皆に謝罪する。俺の意地につき合ったせいで、この後全員、命令違反で千冬姉の雷確定だ。それだけが少し心苦しい。
 そう、それだけ。今の俺は、奴に負けるなど微塵も思っていなかった。こんなに頼もしい、最高の仲間が一緒に戦ってくれるのだ。負けるものか。

 もう、何も怖くない。

 ……いや、前言撤回。やっぱり千冬姉の雷は怖い。だから千冬姉のご機嫌を取るためにも、『福音』のコアは絶対に取り戻す!
 何だか手段と目的が逆転している気がしないでもないが、多分問題ないだろう、うん。少なくとも俺は気にしない。

「いくぞ、皆!」
「「「「「応!」」」」」

 俺の合図とともに、六機のISが一斉に散開。仮面の襲撃者を取り囲み、第二ラウンドの火蓋が切って落とされる。
 長い夜は、まだ明けない。

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最終更新:2012年01月10日 10:41
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