問題は次。パイロット。誰がデスティニーインパルスに乗っていたのか。これがさっぱり分からない。
まあ当然ルナマリア以下数名のインパルス乗りじゃないってことぐらいは分かってるけど、それ以外は皆目見当もつかない状態だ。
もちろん完全に誰が乗ってるかを割り出せるだなんて思っちゃいない、まだ機体の出自も分からないのにパイロットが分かるだなんて、そんなの超能力者か何かだろう?
ただ、MSの操縦ってのはどこに所属しているかで割と癖が出る。連合、ザフト、オーブ。大雑把に分ければこの三つだね。
そこからオーブ以外はさらに細かく分けていくことが出来る。ザフトだったらどの教官に当たったか、どこの任務を多くこなしたかってとこか。
連合ならもっと単純、地域ごとで結構違う。もちろんそういう違いってのは大きいものはその内矯正されるものだ。
当たり前だね、そうでなけりゃ癖にある弱点を研究されて完全に詰みだ、画一的ってのはそれだけ合理的ってことなんだから。
だけどそれでもある程度癖ってのは残る、よく見なければ気付けないようなものかもしれないけど、こうやって客観的に見てれば地球育ちか宇宙育ちかぐらいは分かるものさ。
分かるもの、なんだけど………見えてこないんだよなあ、そういう癖が。うん、驚くぐらい見当たらない。
というか人が乗ってるのかどうかも怪しいぐらいだ、正直全部AIが動かしているって言われたら信じると思う。
流石に完全AI制御のMSなんて今の僕らにも夢物語でしかないからそれはないと思うけど………
それでも、正直無機質すぎて怖いぐらいだ、一時期のキラ君並みじゃないか。正確すぎる狙い、異様に早い反応。
デスティニーに乗っているのがシンじゃなければ凌ぐこともできなかっただろうね。そんな凄腕なのに、動き方にまったく心当たりがない。
どういうこったろうね、ホント………はぁ。駄目だ、分からん。さっぱりだ、まったく分からない。
こちとら超能力者じゃないんだ、キュピーンと額が光ってなんもかんも理解しましたーなんてふざけた真似はできない、分からないものは分からないんだ。
分からないと言えば、もう一つ分からないことがある。動画の中のデスティニーはインパルスの猛攻を凌いでいる。
この辺は流石だと思う、ちゃんと渡り合っている、いや、僅かながらだけどデスティニーの方が押している。
そう、押している。確かにインパルスはシン以上に狙いも正確だし反応も速い、それだけ聞けばシンに勝ち目なんてないかもしれない。
だがそうじゃない、戦いを決めるのはそれだけじゃない。予測と判断、シンが優れているのはそこだ。
正確な狙いの射撃をかわし切れないのなら出来る限り損傷が軽微になるよう綺麗に当たるよう判断、早い反応による斬撃は一手も二手も先を予測して凌ぎ攻撃を叩きこむ。
トリッキーな戦い方はそれが必要だからやっているだけ、シンの戦い方は実際には堅実なものだ、自分の身体能力を頭脳で補う誰にでもできる戦い方。
それを指の先に至るまで徹底させているって言うだけの話。どれだけの努力を要したかなんて本人にしか分からないことだけど、デスティニーの動きでどれほどの努力だったのかは見て分かる。
そんな戦い方をする奴が弱いわけが無いんだ、しかも彼は自分が弱いことを十分すぎるぐらいに思い知っている、油断だってまずしてくれない。
このまま続けば恐らくはシンが勝つだろうと確信を持って言えるぐらいだ。
だのに。だのに、だ。フラッシュエッジⅡとエクスカリバーで切り結んでいる途中、額がぶつかり合うほどに肉薄した距離で。
動きを完全に止めた。無論インパルスがそんな隙を見逃すわけがない、当然コックピットに対艦刀を突き刺されてそのまま腹まで一気に切り裂かれた。
引き抜く瞬間、デスティニーの全身が痙攣したように震えて――――直後、爆散する光景まで映像には映っている。
「ふぅ、む」
一度息をつく、年をとったみたいで癪だけどどうしても出てしまうんだ、仕方が無いね。
ま、それで意識を切り替えられるんだからもうこの際いいだろう、さあ動画の内容について考えますかね。
………さて、どういうことだろうねあれは。
シンの身体になんらかの異常、間抜けな話だがくしゃみか何かで操縦できなくなった。ま、これは当然論外。
集中していればそんなもの出やしないし、例え出たとしてもその程度で動かせなくなるようなやわな鍛え方は彼に限った話じゃないがしちゃいないよ。
これらは少々の怪我についても同様、どんなに痛んだって死ぬよりはマシなんだ、動けなくなるわけがない。
そんな奴はいない、いるんだとしたらそいつはもう宇宙の藻屑になった奴だろうよ。だからシンの身体に異常が起こったってのは考えにくい。
ならデスティニーの方に異常が。これも考えにくい、あれは異常に頑丈だからね。まあシンの意向ではあるんだけど、あれの頑丈さは割と有名。
両手両足ブチ折れて各部装甲が千切れかかっている何て状態でも動くだけなら一切問題なく動くって言うトンデモ機体だ。
見たところ機体に大した損傷は見られない、ひょっとしたら内部に異常がとも考えられるけど、小惑星にぶつかってもピンピンしてるような機体だからなぁ。
問題が出るんならもっと早くに露見してるよ、ただでさえシンは目茶苦茶乱暴にデスティニーを乗り回すんだから。まあそれに応えられるデスティニーも大概だとは思うけどさ。
よってこの線も無し。ならインパルスから妨害電波が発せられて動きを止められた。さっきの二つに比べれば現実的だけど………まあ、ないだろう。
止めるんならもっといいタイミングがある、少なくとも僕ならあんなタイミングではやらない。
揉み合っているような状態でやるより距離を開けた砲戦で止めた方が余程仕留めやすいものだ。
大体、妨害電波なんてそうそう簡単に発生させられるような代物じゃない。どうしたって肥大化してしまうんだ、MSに組み込めるわけがない。
じゃあ、後は………心理。インパルスのパイロットがシンにとってなんらかの意味を持つ人物だった。
正直なところ、僕はこれが一番有力な線じゃないかと思っている。いや、人物に限った話じゃない、言葉、容姿、経歴。
インパルスのパイロットの何かしらがシンの心の琴線に触れてしまい、動きを止めてしまった。
軍人として不甲斐ない、なんてことは僕には言えない。もしもアイシャの声を持つ誰かと戦場で会ってしまったら僕もシンみたいに動けなくなるという確信がある。
それは人として、というよりももっとシンプルな、動物的感情、じゃない………なんだろう、そう、自己の意識を持つ存在だったら大なり小なりはあるものなんじゃないだろうか。
だから、シンを責める気にはなれない。まったくの無反応なんてことは無理、もしもそんなことが出来るのなら、そいつは人どころか獣ですらない。
ただの無機質な「物」だ。機械なんて生易しいものじゃない、あれは人が作り上げるものな。完全な「物」、ただ初めからそうであり終わりまでそうであり続ける存在。
――――そんな存在でありながら人の姿をしているモノを、僕は一人知っている。
「…………………面白くもない」
ああ、実に面白くない。これっぽっちも面白くない。よそうよそう、今考えることじゃない。
考えても何か変わるわけでも無し、それよりも目の前のことに集中しなくちゃ。
爆散したデスティニーを見届けたらそのままインパルスは宇宙の闇に消えていった、簡易的なミラージュコロイドによるステルスかな、しかしそんなことはどうだっていい。
どうして、撮影しているMSを放置している。気付いていないなんてことはないはずだ、彼はシンの援護をしようと何度か割りこんでいたからね。
だのに何故見逃す、合理に合わないだろう。撮影されていることに分からないのだとしても目撃はされているんだ、口を封じるだろう普通。
そうだ、普通は口を封じる。なら何故しない。その理由に関して一つだけ思い当たる節がある。
目的を果たしたから。つまり、ザフト、ひいては世界に対するための攻撃ではなく純粋にただシンに対するためだけの攻撃。
つまり、シンに対する復讐。それを果たしたからさっさと引いた。まあ、それっぽい論理だ。
実際彼を恨んでいる奴は少なくはない、現ザフトのトップエースだからってだけじゃない。
穿った見方をすればギルバート・デュランダル前議長が失脚した原因にもかかわらずラクス・クラインに尻尾を振る裏切り者。
そう見えないこともないんだ、疑い出せばキリがないぐらいに彼を恨む者はいる。それが逆恨みかどうかはともかく、だ。
なんだかんだで真面目すぎる彼だ、そんな逆恨みも真に受けてしまった可能性はゼロじゃない、そのあたり本当に不器用でヘタレだから、彼。
だが、迫る死を忘れるほどにか、と聞かれたらノーと答えるんだけど。
確かに真っ直ぐで純粋じゃなくてただの単純馬鹿じゃあないのかと疑いたくなる時もあるけどいくらなんでも彼はそこまで馬鹿じゃあないよ。
逆に言えば、だ。死の危険を忘れてしまうぐらいにシンに衝撃を与えるほどの存在だったってことだ、インパルスのパイロットの何かが。
「君は、何を見た?」
或いは聞いたか、それとも知った? 言葉はどうだっていい、大事なのは何が君の心に触れてしまったのか、だ。
考えたってこればっかりは分からない、僕は君じゃないんだから当然だけど、それでも知りたい。
シン・アスカ。君は、何を見たんだい? それは迫る死を忘れるぐらいに大切なことだったのかい?
「……………ままならんね、どうも」
聞いたって誰も答えない、死人は喋ってはくれないんだから当たり前か。
よそう、もうこれ以上考えたって答えは出ない。クライン派と思われる組織が用意したデスティニーインパルスにシンに恨みを持つものが乗っていた、のかもしれない。
結局どこまでいったって辿りつけるのはここまでだ、情報があまりにも少なすぎる。なにせこのインパルスの目撃はこの動画だけなんだから。
まったく姿を現しちゃくれない、それこそまるで用を果たしたかみたいに。
こんな凄腕だ、頼むからもう出てこないでくれという気持ちと頼むから出てきて正体を明らかにしたいと言う気持ちが半々。
いや、どっちかと言えば正体を知りたいかな。考えたところで益体もないけどね。
「やめやめ、止めだ止め、やーめーた、っと」
引き出しを開けて、中に入っている資料をぼんやりと眺める、もう意味の無くなったものだけど捨てる気にはなれない。
シン・アスカの個人情報、って言うと聞こえが悪いけど実際そうなんだから仕方がない。
ただ、これには身長だとか好物だとか、後天的なものは一切書かれていない。ゲノムマップから割り出した先天的な、早い話が遺伝子に依る情報がすべてだ。
身長が伸びやすいか、どういった味の物を好むようになるかということだけ。
恋する乙女が知りたくなるような何かじゃないさ、少なくとも僕はアイシャのこの資料を見たいとは思わない。
その中に書かれた項目の一つに僕の視線は吸い寄せられてしまう。何度も見ている物だけど、どうしてもね、見ちゃうんだ。
ラクス・クラインの声域が及ぼす影響に対する耐性について。
知ってる人は意外と少ないけど、ラクスの声は特にコーディネイターに顕著だけど何らかの精神的安定を及ぼす。それに対する耐性があるか否かの項目。
口さがない連中は洗脳音波だと言うけど、それに関しては他のみんなは怒りそうだけど僕は否定する気にはなれない。
僕も初めて聞いた時は洗脳か何かじゃないかと思ったしね、というか今でも半分はそうじゃないかと思ってる。
まあそれはいい、重要なことじゃない。大事なのはその項目の答え。
これを見て僕はかつてから考えていた計画を実行しようと思えたシン・アスカの耐性の有無。
見ていると僕は運命というものについて考えてしまう。彼は僕の計画のためだけに生まれてくる運命にあったんじゃないかという錯覚すら覚えるぐらいだ。
無論、そんなはずはないだろう。運命などに関係なく彼は生まれ、育ってきて、そして死んだ。
そうだ、彼は死んだ。だから耐性の有無なんて今更どうでもいいことなんだ。未練だけだ、この書類を捨てずにまだとっているのは。
さっさと僕の計画に必要な代わりを見つけ出さなくてはならない。シンのような条件を満たす者がどれほどいるかは分からないけれど、やらなくてはならない。
きっと後世の歴史家からは僕は最悪の愚者と呼ばれるだろうね、それぐらい僕がやろうとしていることは非常に碌でもなく情けない、エゴに満ちたものだ。
それでもだ。それでも僕にとってはやる価値のあるものだ、どれほどに罵られてったって構うものか。僕の計画の価値は僕とキラ君とそしてもう一人、彼女だけが理解していればいい。
多分シンやシンの代わりは怒るだろうけど、悪いね、人間割と身勝手なものということに気付けなかった君らが悪いってことであきらめてくれ。
………いや、多分彼女も怒るかな? まあいいよ、それぐらいは僕も諦めるさ、全てなんて手に出来ないものな。
「君は笑うかい、アイシャ?」
いや、分かってる。彼女は笑わない、ただちょっと片言な言葉で熱くならないでと諭すだけだろうね。
まったく僕は相変わらず………ホント、相変わらずだよ。
しばらく何もする気力が起きなくてぼんやりと椅子に腰かけていたけれど、内線の音で我に返る。
かけてきたのは………ダコスタ君か。プライベートチャンネルじゃないって時点で嫌な予感しかしないなあ。
「僕だ、何が…………そうか、戒厳令は? ………うん、ご苦労さん。とりあえずそっちに向かうよ、編成を考え直さなきゃならん」
受話器を置く。なんだろうねぇ、ホント。何が起きてるってんだか。
アスラン・ザラ、ルナマリア・ホーク両名の消息がつかめなくなった。
どちらもうちのエースと呼ぶにふさわしい二人だ、戦力としてはものすごく痛い。
正直単純に戦力としては、特にルナマリアは状況次第ではシンよりも頼りになる。
二人がいなくなったからってザフトが詰んだりはしない、そうならないように出来る限り兵の錬度はあげているつもりだ。
だが………キラ君に引き続いて三人目、か。戦死したシンも入れれば四人。
本当に、どうなっているんだか。神隠しか何かじゃあるまいし。続くようなら対策も練らないと、か。
ま、どちらにしてもだ。ラクスとの約束は破らなくちゃいけなさそうだな―――
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真っ暗な部屋だ、灯りと言えるものは蝋燭のぼんやりとした光だけ。窓こそあるがそこからは光は差し込まず外が昼なのか夜なのかも分からない。
そんな昼と夜、ひいては時間の境界が曖昧となった部屋にカタカタと何かを高速で叩く音が響く。
蝋燭の明かりで照らされた部屋の中にはある残骸が置かれていて、その残骸から延びたコードは端末へと繋がっている。
その端末のキーボードを叩く青年が一人。瞬きもロクにせずに作業を行うその表情は面白くもなさそうに眉がしかめられていて。
と、そんな青年の背後から白の手袋を付けた腕が彼を抱きすくめる。とん、と気安げに青年の肩に顎をのせるのは一人の女性。
―――奇妙な女性だった、着ている服は中華のようにも和装のようにも見えるし、どこか西洋のハイカラさも感じさせるもの。
長い金髪の所々を赤いリボンで結んだ頭、その頂上には赤いリボンで可愛らしくもどこか毒々しく彩られた白の帽子がちょこんと乗っかっていて。
一見すれば妖艶さと可憐さという相反する二つの要素を兼ね備えた美女といった風体。だが、彼女の最も奇妙なところは相反する要素の境界が曖昧なことではない。
あどけない童女のようにも天真爛漫な少女のようにも妙齢の女性にも妖艶な才女のようにも老獪な老婆のようにも、とにかく受ける印象があやふやだ。
目で見ていなければ、いや下手をすれば見ていたとしてもまるで受ける印象が曖昧で。そんな奇妙な雰囲気の女性が艶やかで鮮やかな紅の唇を開く。
「作業ははかどっていますか?」
「ええ、すごく。とてもいい部屋だから、ここ」
光と言えば蝋燭のぼんやりとしたものと端末から発せられるものだけ、そんな人の住みたいとは思わないであろう部屋の中で青年は嬉しそうな弾んだ声で返す。
その青年も奇妙、というよりもどこか居心地の悪いちぐはぐさを感じさせるものだ。
白を基調とした服には大量のベルトが巻かれており、所々にあしらわれた金の装飾のおかげでまるで拘束衣のよう。
黒と茶色の中間のようなはっきりとしない色の髪はさらさらと流れるような美しさ、そして顔もまた芸術品の如き作られたような美貌。
人が美しいと感じる要素だけを抜き出し、醜いと感じる要素を全て排除したような顔には紫水晶のような瞳が。
だが、その美貌に浮かべる表情はニヤニヤとした嫌らしい笑み、それがおぞましささえ感じさせる美顔を崩しアンバランスな不自然さを醸し出していた。
美貌の男女、しかしどちらともその評価を額面通りに与えることなどできはしないだろう、むしろどちらともどこか寒々しささえ感じさせるものだ。
しかし、当然ながらそんな評価など知ったことではないのだろう、両手を合わせて嬉しそうに女が安堵の息を吐く。
「まあそれはよかった。それで、何か分かったのかしら」
女は部屋に広げられた残骸を指差す、十日ほど前に湖から沈んだこれを引き上げて部屋に移して彼に解析を行わせていた。
彼女自身の手で調べると言うのもあったのだが、この残骸は外からやってきたこの男の元の世界にあったものだと言う。
ならば彼自身に調べさせるのが得策と判断し任せたのだが、その結果はいかに。
「んー。まだ確定事項はほとんどないね、ソースがはっきりしないことは口にしたくないなあ」
それでもよければ、と前置きしてから口を開く。
そこから語られる言葉は口調こそ楽しげだがどこか疎ましそうな気だるさが漂っていて。
「誰がやったのかは、まあ分かりやすかったよ。僕と御同類、同じ穴のムジナって奴だね」
「あらあら、迷惑な話ですのね」
「いやまったくもって。迷惑迷惑…………で、目的だけど」
教師気どりなのか、ぴ、と人差し指を立てて端末の画面に向き合いながら口を開く、その動作は自然な手慣れたもので。
「多分、無差別な暴力。誰でもいいから幸せそうな奴からブチのめす。ホントこんなところに来てまで………傍迷惑だったらありゃしないよ」
その言葉とは裏腹に彼はクスクスと可笑しそうに笑っている、どこが彼の笑いの琴線を弾いたのかなど分かりはしない。
彼女もどこがおもしろかったのか分かっているのか分かっていないのか男同様にクスクスと曖昧な笑顔を浮かべて相槌を打つ。
「ええ、本当に迷惑なこと………それで。その傍迷惑な貴方の御同類はどこにいらっしゃるのかしら、ご挨拶をしなくてはなりませんわ」
「ン、挨拶か、挨拶、ねえ。まあいいけど。流石にどこにいるのかまでは分からないね、多分宇宙だろうけど………具体的にどこかって言われると」
ひょいと肩をすくめる彼を楽しげな笑みを浮かべながら抱く腕に力を込める。
彼女も見つかるとは思っていなかったのだろう、特に男を咎めることはなかった。
「まあ分かったのはそれぐらいだねえ、結局大した実入りはなかったか」
「これを放置しておくよりはマシ、とも言うわねえ?」
喉の奥でくつくつと笑う女、その言葉に男も楽しそうなのかは分からないが同じように喉を鳴らして笑った。
残骸はもう動きはしないだろう、だがその残骸からとれる技術は幻想郷の外の世界でも実現されていないようなもの。
河童連中や知恵者に気付かれたらたまったものではないし何も知らないようなこっぱ妖怪でも下手にいじったら不味い代物だ、こうやって確保しておくにこしたことはないだろう。
もっとも、これを勧んで触りたがるものが多いのかと言われれば答えは否。胸から腹にかけてざっくりと熱によって切り裂かれた姿を見れば触りたがる奴は少ないだろう。
その切られた跡を見ていると男の口に僅かに笑みが浮かぶ、ニヤニヤとした嫌らしいものではなく青年の顔に似つかわしい表情。
「随分と楽しそうね、そんなにこれが壊れているのが嬉しいのかしら?」
残骸―――ZGMF-1017、ジン。だが嬉しいのは壊れているからではない。破壊した者の存在を感じ取れたからこその喜びだ。
楽しげな声を上げる彼の顔にはまた嫌らしい笑みが張り付いていて。
「そりゃ楽しいよ、愉しいさ。相変わらずやるねえシンは。いやあ褒めてやりたいぐらいだよ」
「ふうん? その割には、吸血鬼の妹に勝ったことには喜ばなかったけど」
女の言葉を聞き男は大袈裟に眉をしかめる、よほど気に入らない何かがあったようだ。
「毎度毎度のことだけど、敵に対して甘過ぎるよシンは。もっと安全に終わらせられたろうに、変にあの子のことを慮るからああなるんじゃない」
「殺すのは嫌なのかしら?」
鼻を鳴らし、もう一度肩をすくめる。彼にとって殺しとは出来るだけ避けたいものであることには変わらない。
変わりはしないが、どうにもならないのならばきっちりと殺し切るべきだ、とも考えていることも事実。
自分の命と他人の命、天秤にかけるまでもないことだ。その辺りは彼ははっきりと割り切っている、飽くまでも生き延びることの方が大事なのだ。
命を粗末にするわけでもないが、だからといって殺すべき相手は迷わずに殺す。それが、シンと彼との違いとも言えるのかもしれない。
「別にそんなこともないけどね。やるんなら徹底的にやるべきだと」
「ああ、そうではなく」
男の言葉を遮って可笑しそうに微笑を浮かべた女が艶やかな唇を開く。
そこから出た言葉は、うっとりと愉しげで、そのくせまとわりつくような毒がある代物。
「シン・アスカがあの娘を殺すのが嫌なのかと聞いたつもりなのだけれど」
「…………さあ、ね?」
ぎこちない笑み、それを振りきるように無理やり絞り出した言葉に女は愉しげな笑みをさらに深めて。
「どっちだっていいじゃあない、どの道吸血鬼の小娘ぐらいシンなら倒せるよ、そんなに驚くようなことじゃない」
「あらそう、十分驚くことではないかしら」
「そうでもないさ、相性ってものがある。ああいう………なんていうの、戦い方を徹底してない奴にはシンは強いよ」
フランがあそこまでシンに翻弄されたのは中途半端な策を弄したからこそだ、吸血鬼の力で圧倒すれば十分勝ち得た戦い。
策を用いるのならば徹底的に練り込まれたものでなくてはシンには通用しない、中途半端なところからこそシンは勝機を作り出していくものなのだから。
「シンに勝つんならもっと戦い方、て言うのかな、何かに徹すること。そう言うのには強くないから、シンは」
シン、というよりデスティニーはパイロット次第であらゆる状況に対応できる、しかしその対応はただ一つに尖らせたものには通用しない。
射撃戦に特化しているのなら徹底的に近接戦を嫌い近寄らせない、接近戦ならば距離を詰めた後何が何でもその距離を保つ。
つまり、自身の最も得意とする戦い方をデスティニーに強いる。それがデスティニーの泣き所、パイロットでは如何ともし難い特性の壁。
もっとも、機能特化にはそれ以外の能力で挑むのみ、むしろ相手の不得手とする領分に引きづり込めば。デスティニーはそれが出来る機体だ。
そしてシンはデスティニーの性能を引き出し切れるように自らを鍛え上げ続けている。結局のところ最後は腕次第、というだけの話。
「ふうん………まあ理には適っている。それにしても随分良く見ているのね、彼のこと」
「よしてよ、見てりゃあ分かるだけって話じゃない」
ふう、と一息つく。話は済んだと言いたげなその調子に彼女は少しだけ笑いを引っ込める。
内心ではああ面白いと思ってはいるが、聞くだけならともかくそれを顔に出していては一々話も出来やしない。
「報告はしたよ、それで? 彼に変わった様子はあったかい」
「ええ、特には無いわ。記憶―――自分が死んだ瞬間のことも思いだしてはいない」
直接的に言ったわけではないが、それはシンの記憶を自分が改竄したと言っているようなもの。
それはちょっとしたことで思い出すようなことでも、人形遣いが調べた程度で分かるようなことではない。
憑いてきた付喪神にも当然処置は行っているからログが残っている心配もないだろう。
どこか非人道的なものを感じさせる言葉、だがその言葉を男は咎めることはない、それどころか少し不安げな声を上げ。
「死んだ瞬間って、ちょっとちょっと、ラクスの頼みは? あれを思い出されたら困るんだけど」
「ああ、そうだったわね………まあ大丈夫よ、そちらの方も処理しているから思い出すことはないわ」
言葉の最後に多分だけれど、と付け加える。それでまた男は物憂げに眉をしかめるが女の方は泰然自若に笑うばかりで。
「曖昧ですもの、絶対とは言いませんわ」
「………ああ、なるほど。そりゃそうだね、うん、その通りだ」
女の言葉に男は特に不満を言うことなく頷く。彼女が断定的な言葉を使うことは滅多にないことだということは付き合いこそ短いがそろそろ理解している。
そのことは彼女の能力以上に性格に所以する者であろうことも含めて、だ。そういった彼女の人間性に関してあれこれ言ったところで仕方が無い。
第一、彼自身は女にあれこれと言えるような立場ではないのだから。
「まあ君がいなけりゃシンを幻想郷に連れてくることもできなかったし、文句言える筋は無いよね」
「そうだったかしらね………まあ、私の方はこんなところね。どうするのかしら?」
それは男にかけただけの言葉ではない、自身にとってもかかる言葉。
彼にかまけてうっちゃっていた者が一人いる、そんな彼女は気が長いわけではなく。
「散々放置してたからね、そろそろ来るんじゃない、君のお気に入りが」
「そうね、貴方のお気に入りを連れて、やってくるのかもしれないわね」
くつくつと喉の奥で笑う二人の声が室内に木霊する、その響きは愉しげでありまた恐ろしげでもあり。
暗闇の中ぼんやりと映し出される背中から美女に抱きつかれる美少年といった風体と相まって、どこか御伽話の中の黒幕を思わせるもので。
男はごそごそとポケットをまさぐると携帯電話を取り出し画面を開いた。
ピンクという彼には似つかわしくない色の携帯電話、その画面に映っている物を見て満足げに一つだけ頷いて再びポケットへしまう。
その動作に、どのような思いが込められているのかは当人にしか分からないことなのだろうけど。
「それじゃ、早いところ準備をしようか―――紫。僕は僕の望みのために」
「ええそうね、迎える準備をいたしましょう―――キラ。私は私の楽しみのために」
キラ・ヤマト。八雲紫。
己の世界では最強と呼ばれ、畏れられる二人の愉しげな笑い声が部屋の中で続いていた――――
「いい加減に、しろっ!」
すぱーん、と勢いよく開けられるドア、同時に部屋の中に入ってくる眩しい日の光。
開け放たれた扉からは紫によく似た白い帽子をかぶり中華を思わせる服を身にまとった美女が呆れた顔を浮かべていて。
「ぎゃー僕が滅菌消毒されるー!?」
「されてしまえっ! 紫さまも部屋閉め切って何をやっておられるんですか!?」
「もう、藍ったらもう少し空気を呼んで頂戴な。せっかくの黒幕的雰囲気が台無しじゃないぷんすか」
「可愛く言ってごまかそうとしないでくださいというかギリギリですからね、アウトの方で!」
頭痛がするのか、藍と呼ばれた女性は頭を抱える。その背中から覗く美しい毛並みを持ちつつも非常にもふもふとした九本の尻尾は力無く垂れ下がっていて。
そんな中、滅菌消毒されてしまったキラは何とか寝そべりながら藍を見上げる、その姿は非常に駄目なことこの上なし。
「なんて酷いことするんですか藍さん、僕が溶けたらどうするつもりなの?」
「溶けるわけがないだろう、何を言っているんだお前は」
「ええっ!?」
「藍、貴女何を言って………?」
「そうやって人を騙そうとする空気を作ろうとするなっ、紫さまも真顔でノらない!!」
「「ちぇー」」
………訂正、キラ・ヤマトと八雲紫、どっちも駄目な大人の縮図である。
橙にはああなってほしくないなあと言うのは八雲藍の何ら偽ることのない本心であることは言うまでもないだろう。
「………で? 部屋を閉め切って明かりもつけないで何をやっていたんですか?」
「「黒幕ごっこー」」
ぺかーっと笑いながら朗らかに答えるその姿はいい大人とはとても思えないものだった。無論ダメな方向で。
「いやーやっぱり黒幕といえば暗い部屋での企みごとだよね!」
「そして何言ってるんだか分かんない回りくどい言葉も大事なのよ!」
頭痛が痛い。明らかに言葉として間違っているにもかかわらず何故か無性に藍はその言葉を使いたかった。
やるせない気持ちを頭を抱えることで堪える、どうせ何言っても無駄だし。特に自分の主人である紫は。
「まあなんにしても、ちゃんとこの部屋は片付けておいてくださいね」
「「頑張って!」」
「……………ホント私がいないと成り立たないわーこの家」
そこで諦めるから二人がますますなにもしない、という事実は言わないのが華か。
だいたい注意したぐらいで二人、特に紫が何かするとは思えないし、どうせ何か、特に紫がやらかして藍の胃にまたダメージを与えてくる。
それぐらいなら自分でやった方がマシ、というのが藍の考えだ。本当に式の鑑である、いっそ哀しくなるぐらいに。
そんな彼女の後ろから近づいてくる藍の癒し、というか全てと言うか何と言うか。
「あのー、藍しゃま」
「ん? おお橙か、どうかしたのか? 駄目だぞこの部屋に近づいたら、駄目なのがうつるからな」
彼女の式、つまり妖怪の式の式である猫又、橙。今日もその二本の尻尾が可愛らしくふりふりと動いている。
というか可愛い、すごい可愛い、非常に可愛いああもうこれだけで後百年は戦える―――!」
「声に出てるわよ藍」
「何のことでしょうか。で、一体どうしたんだ」
「その、あの………」
もじもじと指をからめて申し訳なさそうな表情を浮かべる、それだけでまた藍は背後の駄目コンビのことも忘れるぐらい幸せな気持ちになってしまい。
出来ることならば今すぐ抱きしめてやりたいがそれをやっても橙が困るだけだろうというあるのかないのか分からない理性が働き自重する。
そんなこと考える時点で理性もクソもない、というのは言ってはいけない。そんな藍の心など露知らず、決心したように橙は一つ頷き。
「あのっ」
「うんなんだい橙抱っこならまた一分後ぐらいに」
「私も、紫さまとお話ししたいです。いっつもお忙しかったり寝ていらっしゃるから………いいでしょうか?」
「………………アアゾンブンニオハナシシテクルンダ!」
紫コロス。藍の視線にそんな思いが込められているのかどうかは彼女だけが知っている。
「あ、そうだキラ、紫さまとお話ししたいからお茶持ってきて、一分以内に」
「いいよーこれは純粋に君の頼みだからね、だから、その、そんな目で見ないでください藍さん……………ッ!」
キラコロス。死ね、可能な限り絶滅しろ。藍の視線にそんな思いが込められているのかどうかは彼女じゃなくても知っている。
「い、イテキマース」
「キラー、おまんじゅうもー」
式の式のパシリ。それが今のキラ・ヤマト。多分ザフト兵が見たら泣く。
数多の思惑がある。数え切れないほどの願いがある。抑えきれない欲望がある。もうあってはならない存在がある。
何を知らずともただ前を見る者がいる、誰かを想い恋焦がれる者がいる、課せられた使命のままあろうとする者がいる、何もできずに打ちひしがれる者がいる。
そんな全てを呑みこみながらも、今日も幻想郷は平和だった――――
最終更新:2012年01月10日 11:03