警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、計画はすんなりと成功した。
シン・アスカが不老不死になれば、必然的に同じ不老不死が多くいる永遠亭との繋がりが強くなるはず。
そうなれば、幻想郷の中心に“蓬莱山輝夜”の名を掲げることも夢ではなくなるだろう。
そう、欲しいのはシン・アスカの全て。
本人は気付いていないが、彼が幻想郷で築いた人脈、影響力は既に無視できないレベルに達している。
守矢の神々の加護を受け、妖怪、人間双方から信頼されているだけではない。
八雲家、人里の人間達はもちろんだが、紅魔館、冥界、天界、地獄、命連寺などにも相当に太いパイプを持っているのだ。
神々やそれに匹敵する存在に事欠かない幻想郷において、人脈というのは時に個々の戦闘力差を覆す要因となる。
たかが友達ごっこと侮ることは出来ない。
加えて、幻想郷でも途出した戦闘力を持つ機械人形である『デスティニー』が、彼にしか操れないというのも大きい。
その破壊力は、彼が関わった沢山の事件で各陣営に並々ならぬ影響を与えた。
力と人脈だけを見るなら、候補者は他にもいる。
だが、彼は中立の立場を取る“博麗霊夢”や自分の都合を優先する“霧雨魔理沙”ほど自らの立ち位置を確定していない。
守矢神社に保護され、彼女たちと信頼関係を築いてはいるが、束縛されてはいないし、
本人も神を信仰しているわけではない。
あくまでもシン・アスカのポジションは“外来人”であり、元の世界に帰るかもしれない“居候”なのだ。
そこに、永遠亭の付け入る隙がある。
いや、我々だけではない。
表に出さないだけで、すでに他の陣営も自分たちがシンを獲得しようと動き出しているはずだ。
どの勢力にも属さない彼の存在は、幻想郷のミリタリーバランスを担っている巫女と魔法使いに次ぐ、『第三の男』となっているのだから。
幻想忘戦録 外典 『うつろい』
永琳のいう事は正しいと思った。
デュランダル議長もレイも、世界の仕組みを変えることは出来なかった。
入念に準備して、人々に信頼されようと努力して、それでもオーブの連中に敗北した。
あんなに知識と人々を惹きつけるカリスマに満ち溢れていたデュランダル議長でも駄目だったんだ。
戦うことしか出来ない俺には、きっと生涯、人々を導くなんて出来ないだろう。
それでも世界を変えたいのなら、人の生涯を越えるしかない。
今の俺にその才能がないとしても、人の一生を越えるほどの時間をかければ、指導者としての器を身につけられるかもしれない。
人間のままじゃできないのなら、人を超えなければ世の中を変えられないのなら。
俺は、不老不死になってでもあの世界を戦争のない世界にしてみせる。
たとえそれで、守れなかった人達のところに永久に逝けなくなるとしても。
「俺は・・・蓬莱の薬を飲みます」
「そう、あなたも不老不死になるのね」
黙ってうなずく俺に永琳は少しだけ微笑むと、さっき返した蓬莱の薬を残っていたお茶の中に混ぜた。
「覚悟が決まったのなら、これを飲みなさい」
覚悟なら、もう決まっている。
家族が死んだあの日からずっと、俺はずっと戦争のない世界を夢見て生きてきたんだから。
ためらうことなく俺は薬に手を伸ばして―――
―――何かが、ぱさりと懐から落ちた。
「あら、意外ね。あなたがそんなにたくさんスペルカードを持っていたなんて」
それは、神奈子さんに貰ったスペルカードだった。
魔力のない俺にも使えるように改良された特別製で、カード自体に弾幕が封じてある。
量が多いのは、込める神力の調節が難しいらしくて、今でも試行錯誤を続けているからだ。
大半はまだ試作品で、まともに弾が飛んでいくかも怪しい代物だが。
「別に使えるカードばかりじゃないですけどね。でも、武器のない俺が戦うにはこれしかないですから」
こぼれたそれらを拾い集めるうちに、守矢神社のみんなのことが頭に浮かんできた。
俺が不老不死になったら、守矢の神様たちはどうするだろう。
受け入れてくれるだろうか、それとも出て行けと罵倒されるだろうか。
(出て行け、か。そういえば、前にも神奈子さんと喧嘩したことがあったな)
あれは確か、出来たばかりのスペルカードを神奈子さんから受け取った時だった。
自衛の手段だと説明されていたはずだったのに、俺は能天気に力が手に入ったと喜んでいたっけ。
そうだ、俺はあの時も・・・。
『それが、俺のスペルカード』
『試作段階だからこれからも調節が必要だけれど、おおむね注文どおりに出来ているはずよ』
『いえ、十分です。これでようやくデスティニーに頼らずに戦えるんですから』
神奈子さんに呼ばれた俺は、彼女が懐から取り出したスペルカードを見て眼を輝かせていた。
ちょうど、デスティニーを議長から貰ったときのように。
だけど、神奈子さんはそんな俺の危うさに、きっと気付いていたんだ。
『・・・シン。これを渡す前に、約束して欲しい事がある』
『約束? 何でも言ってください、俺に出来る事なら・・・』
『これからは、闇雲に“力”を求めるのはやめなさい』
『っ! それは・・・!』
それだけは、出来なかった。
全てを失った日から今日まで、力が欲しいという執念があったから生きてこれた。
それをいまさら否定するなんて、そんなこと俺にできるわけがない。
なにより、力を否定してしまったら、仲間も、家族も、理想も失った俺には、
あの世界で得た物が何も残らなくなるような気がしていた。
『その条件が飲めないというのなら、スペルカードを渡すわけにはいかない』
『どうして、どうしてそんなこというんです! 俺が力が欲しい理由は知ってるじゃないですか!』
『それは・・・あなたがいつまでも同じ過ちを繰り返そうとしているからよ』
『過ち? “戦争のない世界”のために“力”を求める事が過ちだって言うんですか!』
『一方的に力を振るえば、確かに畏怖と恐怖で戦いを鎮められる。しかし、その先にある拒絶と嫌悪は、
次の争いの火種にしかならない。もう気づいているはずだ』
ああ気づいているさ。前の戦争が終わって数年で次の戦争が始まったときから、とっくに。
それでも止まれなかったんだ。
平和を目指すために力を振るうことしか知らない俺は。
プランがあるから、俺は戦うことを許された。
プランがなければ、俺は絶望から立ち直れなかった。
プランが間違いだというのなら、俺はあの戦争で死んだ人達にどう償えばいい。
プランを否定して、どうやって戦争のない世界を作れっていうんだ。
『人の心に望みがある限り、感情を管理することなどできはしない。人が人であることを止められぬ限り、
次はプランを肯定する者と否定する者の戦争が始まるだろう』
『だったら、どうすればいいっていうんです! あの世界は、そんな甘いものじゃない!
どの道、戦争から抜け出せないのなら、いっそプランに従った方がみんな幸せになれるんだ!』
そうだ、俺にもっと力があれば。
デスティニープランに逆らう気すらおこさせないだけの力があれば・・・。
畏怖と恐怖の眼で見られようと、人々からどれだけ蔑まれようと、
力で抑えつけることでしか平和が手に入らないなら、俺は・・・。
『おごるなシン!! 支配して欲しいのは世界ではなく己の心ではないのか!!』
『・・・な、に!?』
『誰かを正しいと信じるはよし。だが、妄信に足を取られた者に未来を選ぶ資格なし。
それとも、眼を塞ぎ、意思を閉ざして楽になるのがお前の望みか』
『ち、違います! 俺は、ただ・・・』
ただ・・・どうしたかったんだ。
戦争をやめさせるために、戦争をするのか。
プランを成し遂げれば、それで本当に戦争の無い世界になるのか。
『道しるべがあればさぞ楽な人生であろう。しかし、それを皆が望むと思うのは、お前の傲慢に過ぎん。
“戦争のない世界”と、“戦争が起こらない世界”は似ているようで全く違うのだ』
『っ! 神奈子さんまであいつらの肩を持つんですか!』
『悪は、自らを否定した者か。それとも、耳を貸さぬ自分か。
相手を拒絶し、ただ憎み続ける悪鬼が、お前の求めた“平和”を求める戦士の姿か』
『・・・お、俺は』
俺達ザフトはオーブの連中とは違う。
私情で戦ってるんじゃない。戦争のない世界を実現するって言う大義を背負って戦ってるんだ。
そう叫びたかった。
けど、言葉が出てこない。
『世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを私はここに宣言します!』
『我等を討ったとて、ただ奴らが取って代わるだけじゃわ』
『わたくしはデュランダル議長の言葉と行動を支持しておりません』
地位と名誉で人を信じさせ、
『ブルーコスモスが薬やその他の様々な手段を使って作り上げている生きた兵器。戦うためだけの人間』
『もしもお前が力を欲する日来たれば、その希求に応えて私はこれを贈ろう』
『平和のためにとその軍服を纏った誇りがまだその身にあるのなら、道を空けなさい!』
資金と権力で力を振るい、
『ふふふふはははははは!どうです?圧倒的じゃないですか、デストロイは』
『さあ奏でてやろうデュランダル。お前達のレクイエムを!』
『発射口の敵を掃討後、オーブを討ってこの戦闘を終わらせる。全軍に通達!』
圧倒的な力で邪魔ものを蹴散らす。
なにも、否定できなかった。
あいつらとは違う、俺達が正しいんだ。
そう言いながら相手を拒絶し暴力を振るっていたのなら、俺の・・・ザフトのしていた事はあいつらと何も変わらない。
結局、悲しみを広げながら平和を遠ざけていただけだ。
なら、俺はどうすればよかったんだ。
戦争が全てを奪って、同じように奪われた人達を見て、俺は世界を変えたいと思った。
でも、そのための手段が戦争なら、俺のしていたことは・・・。
『思い出せシン。お前を育てた家族は、お前と出会った仲間は、お前が守りたかった人達は、
望む未来を縛られなければならないほど救いようのない人間だったのか。
お前が知る全ての人は、遺伝子に支配されることでしか幸せになれぬ弱い人間だったのか』
違う、そんなことない。オーブにいた頃は、遺伝子なんて考えもしなかった。
豊かだったわけじゃないけど、家族みんなで幸せに暮らしていた。
そんな普通に暮らしていく人々を守りたいって願いが、いつからデスティニープランを守るために戦い続ける事に変わったんだ。
戦争のない世界を作る道が、プランの導く方法だけとは限らないのに。
けど・・・!
俺はそれでも戦うしかなかったんだ!
戦争のない世界の夢を見るには勝ち続けるしかなかったんだ!
たとえ目の前に立ちはだかったのが、ステラと同じ戦争の被害者だったとしても。
『その身に起きた悲劇は運否天賦だけで片付けていいものではないだろう。
だが、自らの不幸に甘え、本当の望みから眼を背け続けるは愚行!』
『神奈子さんはあの場にいなかったからそんな事が言えるんだ!
殺したくなんてなかった!死なせたくなんてなかった!
けど、そうしなきゃ―――プランを肯定しなきゃ誰も救えないと思ったから、俺は・・・俺はぁっ!」
『・・・そうね。その場にいれば、道を示す事は出来なくとも支えてあげることくらいはできたでしょうに』
『―――あ』
神奈子さんはどうしようもなくなった俺を抱きしめてくれた。
家族に抱かれたみたいに暖かかった
泣き叫びたいほどに、苦しかった。
『―――う、く・・・うわあああああああああああああああぁぁぁっ!!』
ひとしきり泣いた後、俺は神奈子さんに撫でられながら膝枕されていた。
いつの間にかそうなっていただけで、そうしたかったわけじゃない。
思い出すだけで顔から火が出るほど恥ずかしいけれど、そのときは本当に、思い出すのも難しいくらい久しぶりに心が安らいでいた。
そのことだけは、今でもはっきりと思い出せる。
『シン、何故スペルカードル―ルに死がないかわかるかい?』
『・・・どういう、意味ですか』
『言い方が悪かったか。つまり、実力主義を否定するスペルカードルールに人妖問わず夢中になったのはどうしてかってこと』
『・・・・・・わからないですよそんなの。俺は妖怪でも神様でもないし』
『正解は、スペルカードルールは心の強さを競う戦いだから」
『心の、強さ?」
『心って言うのは不思議なものでね。恐る恐る触れあうより、思いっきりぶつかってみたほうが早く理解しあえるものなのよ』
『全力でぶつかって、能力の全てを使って、相手を打ち負かそうとする。勝ったら嬉しい、負けたら悲しい』
『でも、被弾しても次がある。負けたら再戦すればいい。どちらかの心が折れた時が本当の終わり。心が強い者が最後には勝つ』
『・・・生きているから、明日がある」
それは、ステラが夢で俺に言い残した言葉だ。
『敗者が勝者を称え、勝者が敗者を慈しむ。それってお互いが本気で向き合っているから生まれる感情でしょう。
半端な慣れ合いじゃないむき出しの魂の競い合い。そこには人も妖怪も神も仏もない。
ただ純粋に、相手と向き合う心があるだけ』
『相手と向き合う、心・・・』
『無知は疑心へ、疑心は殺意へ、殺意は争いの種へと変わる。
ならば、相手を知る事が争いを解決する手段になったところでおかしくはない』
『理屈はわかりますけど・・・』
『・・・シン、これは貴方が一番学ぶべき事なのよ』
『え?』
そういって、神奈子さんは、俺にスペルカードを渡してくれた。
『焦らず、急がず、ゆっくりと自分を見つめ直しなさい。忘れている物を思い出せば、きっとあなたの本当の望みが見えてくる』
『本当の望み、アスランに言われたのと同じ俺の・・・。でも、まだ俺には・・・」
『焦らずに考えなさい。幸か不幸か、この世界はあなたを迎え入れた。あなたの本当に欲しかった物が、幻想郷(ここ)で見つかるといいわね』
「・・・俺は、俺が欲しかったのは・・・」
「どうしたの? 」
これが、俺の本当の望みなのか?
不老不死になることが、世界を操る力を手に入れることのが俺の本当に欲しかったもの?
家族が死んだ時、力が欲しいと願った。
それは、守るための力か? 救うための力か? 失わないための力か?
繰り返さないための力か?
―――違う。
俺は力が欲しかったんじゃない。俺はただ、奪われたくなかったんだ。
誰にも奪わせたくなかったんだ。
力を手に入れれば、奪おうとする奴らから何も知らない人々を守れると思っていた。
俺のような子供が増えないですむと思っていた。
けど、力を手に入れたって変わったのは立場だけだった。
『力を手にした時から、今度は自分が誰かを泣かす者になる』
奪われる側から、奪う側へ。世界は、何も変わっちゃくれなかった。
デスティニープランも同じだ。
個人が望む将来を奪い、遺伝子で決められた運命を押し付ける。
「いつの間にかやっていたんだ。自分が一番嫌ってたことを、この手で」
そして、俺は撃墜されて、世界の未来を奪い合う戦いにプラントは敗北した。
あいつらが正しかったから俺達が負けたんだとは思っていない。
でも、ザフトが勝っても同じだっただろう。
また誰かから何かを奪う日々が始まるだけ。
そして、討って討たれて奪い取った物は、もう二度と戻ってこない。
「だとしたら、力を振るって、脅して、脅えさせて、そんなことで平和なんて来るはずがない」
「・・・?」
「デスティニープランは繰り返すだけなんだ。勝ったとしても、またいつか自由を求める人たちとの戦争が始まる。
俺の欲しかったものは、そんな世界じゃない」
蓬莱の薬が混ざったお茶を置いて、永琳を真っ直ぐに見詰める。
不思議そうに見つめ返す彼女の眼に、たぶん俺の姿は映っていない。
なぜだか、そう感じた。
「帰ります。夜分遅くまで失礼しました」
「・・・そう、でも本当にそれでいいの」
一瞬で全てを理解したであろう永琳の声が心に刺さり、立ちあがりかけていた足が止まる。
彼女はたぶん分かっている。
自分の計略が失敗しかかっている事を、そして俺の決心がまだ固まり切っていない事を。
「デスティニープランは確かに様々な矛盾をはらんでいる。けど、あれは現実を鑑みて作られたシステムよ。
あなたの行こうとしている道とは違う。プランを施行すれば、今を生きる多くの人を救えるわ」
「けど、未来は救えない。そして、未来を決めていいのは過去じゃない」
デスティニープランの実現は、確かに戦争をなくせる一番の近道だ。
それを捨てると言う事は、プランなしで人類を変革させることを意味する。
それは、そのまま今この瞬間にも戦争の犠牲になっている人たちを見捨てると言う事になる。
この先流れる多くの血に眼をそらして選んだ理想で、本当に現実を生きる人々を救えるのか。
永琳は暗にそう告げていた。
「本当にならなくていいのね。不老不死に」
「・・・はい」
「それで、あなたは世界をどう変えるというのかしら」
「わかりませんよ、そんなの。わからなくて当然なんだ」
「俺は神様でも妖怪でもない。誰かの幸せを願うだけのただの人間です。
目の前に人が居たら助ける、助けを求める声があれば駆けつける。
けど、その人が幸せになれるかどうかは俺が責任をとっていい事じゃない。
俺が、誰かが決め付けていいことじゃなかったんだ」
俺は、それに気付かなかった。
戦争に勝てば人々を平和にできると思っていた。
それだけが人類にとって何よりも幸せな世界だと、決めつけていた。
自分がしていることが正しいと・・・信じたかった。
「誰かが誰かの夢や未来を決めつけて、戦争のない世界なんてできるわけがなかったんだ。
自分の過去に決着を付けないまま、誰かに正しい事を決められるような世界じゃ駄目なんです」
「理想を捨てるの?」
「できませんよ。元の世界に帰ったって俺は戦争のない世界のために戦います。
ただ、血を流すだけのやり方じゃ駄目だって気付けたから、デスティニーで戦うかはわかりませんけど」
「そう、そういうこと」
俺は戦争を起こさないために戦い、戦争の無い世界を目指して生きていくと言い切った。
たぶん、ナチュラルとコーディネイターが争い続けた過去に決着を付けるという、途方も無く長い道のりになるはずだ。
人々を助けながら、人々と共に歩んでいく。
あくまでも、人として
だから、支配者となるための永遠なんて俺にはもう何の価値も無い。
「デスティニープランを肯定してくれて、ありがとうございました。嘘でも、嬉しかったです。
あの頃の自分や“あの人達”を受け入れて貰えた気がして」
「はいはい、用が済んだなら帰りなさい」
今度こそ、永琳は自分の計略が完璧に破綻したことを悟ったらしい。
あれほど熱心に勧誘したにもかかわらず、その気が消えたと見るや至極あっさりと俺に帰るよう促した。
興味を失った、という風にも見えるが・・・たぶん次の機会を狙うつもりなんだろう。
その証拠に、彼女は一度だって俺には謝らなかった。
そして、今も心根を見せないよう表情をがっちりと固めている。まるで、次の手がばれるのを防いでいるかのように。
「・・・・・どうして貴方がこんな面倒な手を使ったのか、教えてくれますか」
俺の疑問に、永琳の顔が真剣さを取り戻した。
「・・・そうね、当たり前のことだけど、表立ってあなたを不老不死にすれば、守矢の神々と対立する事になるわ。
恐らく、幻想郷全体を巻き込む大戦争になるでしょうね。自分たちが保護している人間を勝手に蓬莱人にされたのでは神の面子が丸潰れだもの」
「だから、俺をここへ呼び出したすために妹紅を利用したっていうんですか」
「ええ、彼女ならどこにも属してないし、人里の信用も得ている。何より、“裏がない”わ」
「ほとんど賭けじゃないですか。真相を知って、もし俺が神奈子さん達に相談していたら・・・」
「それはないわね。あなたに限って幻想郷を割るような選択はしないでしょうから」
「・・・そういう信頼のされ方は嫌いです」
永遠亭の襲撃を決意した時、真っ先に考えた事をまんまと見抜かれている。
信仰の加護と医療、両方とも人里には必要だ。
だから、どれだけ思惑が絡んでいようと、失敗して殺されたときのことを考えて、
この戦いは俺自身の個人的な復讐劇で済ませなければならなかった。
これで話すべきことは話しきった。
「妹紅への謝罪と輝夜の件、よろしくお願いします」
見送りに来た永琳に釘をさして、俺は永遠亭の庭に出た。
竹林からは、風の音と、自分が草を踏む音しか聞こえてこない。
「月の形だけは、コズミック・イラも幻想郷も変わらないんだな」
「ずいぶんセンチメンタルな台詞ね」
「おかしいですか」
「ええ、似合ってないわ」
レイや議長が眠っているのはあの月じゃないけれど、不思議と懐かしい気持ちが込み上げて来た。
風に銀の髪を揺らせながら、永琳が俺を見る。
「・・・戦争を手段にせず、プランにも頼らずに、本気で戦争の無い世界を目指すつもりなの。それは、幻を追っているようなものなのよ」
「ようやく、神奈子さんの言った言葉の意味が、分かった気がします」
「ありますよ。だってここは人々が忘れ去った幻想が集う、幻想郷なんですから」
そう、とだけ答えて、彼女は俺に背を向けた。
永遠亭に帰って、診療の準備をするのだろうか。思えば、俺は彼女のことを何も知らない。
利用されそうになった怒りもいつしか消えていた。
それどころか恩すら感じているのは、答えを見つけるきっかけを貰ったからだろうか。
「ああ、言い忘れてた」
「まだ何か?」
「伝えて置いて貰えますか。今度は“誰も巻き込むな”って」
「・・・・・・いつから」
「妙に俺の事情に詳しいし、やり方がいちいち黒いし。なにより、俺を“信頼しすぎて”いるからです」
永琳の驚いた顔を見るのは、これが最初で最後かもしれない。
俺は、そのまま彼女を振り返ることなくデスティニーに乗り込み、帰路に着いた。
もう夜が明ける。
早苗さんたちはもう起きているだろうか。それとも、まだ布団の中だろうか。
急に彼女たちの顔が見たくなって、デスティニーの速度を上げる。
体は疲れているはずなのに、俺の心は不思議とすっきりしていた。
デスティニープランを否定するといっても、代替案があるわけじゃない。
戦争をなくせる方法なんて、本当は無いのかもしれない。
それでも、俺は戦争の無い世界を作る方法を探し続ける。
・・・・どんなに救いが無いように見えても、生きているかぎり、明日はやってくるのだから。
「・・・これで満足かしら、守矢神様。いえ、“洩矢”神様」
シンが飛び去って少し経ったころ、薄暗い永遠亭の庭で、永琳は彼女に語りかけた。
「本当は幻想郷(ここ)に残る決心をしてくれたら万々歳だったんだけど・・・まぁ、順当だね」
「怖い御方、身内をここまで追い詰めて失敗でもしたら取り返しがつかないでしょうに」
「この計画に失敗なんてないよ。万が一、彼が蓬莱の薬を飲んだとしたら、神々の一角として私たちの神社に迎える。
飲まなかったとしても、彼の精神は壁を乗り越えて一回り大きく成長する」
「私はだらけきった姫へのお仕置きと余っていた薬の処分が出来ればそれでよかった」
「両者の思惑が一致した一挙両得の作戦。取り敢えずは、成功・・・と言っていいんじゃないかな」
失敗したときのことも、始めから計算のうちだったのだ。
仮に永遠亭にシンが下ったとて結果は変わらなかった。
むしろ、幻想郷に必要不可欠な“医療”の分野に関わることで守矢神社の立ち位置は人里で盤石なものになる。
(彼を永遠亭に引き込むには、少々搦め手が甘かったか。でも、次はどうかしらね)
(甘いねぇ。永琳は未だに彼を凡百の人間から派生した変わり種としか思っていない)
(幾らでもチャンスはあるわ。こちらには“永遠”に等しい時間が味方しているのだから)
(当たり前の人間だと思って接している限り、彼を手に入れることは不可能だよ。それこそ、“永遠”にね)
八意永琳と洩矢 諏訪子の思惑が複雑に絡み合った今回の事件は、すでに幕を迎えている。
シンにばれかけた以上、今後、同じようなことが起こることは無いだろう。
同じでない事件は起こるかもしれないが、両者が組むことは恐らくこれっきりだ。
「では早々に解散を。ばれては元も子もありませんから。もっとも、彼はうすうす気付いていたようですけど」
「そこがシンの油断なら無いところでね。また何かあったら頼みに来るよ」
「永遠亭との繋がりを強化することも、目的の一角ですものね」
「さてね。そこはそれ。神のみぞ知るって奴だ」
土着神はにやりと笑う。
永琳の背に走ったわずかばかりの悪寒は気のせいではないだろう。
はたして、八坂の神が洩矢の神に攻め入って土地を奪ったとき、八坂神奈子が彼女に協同統治を頼んだのは偶然だったのだろうか。
力では適わない相手を丸め込み、支配者として頂点に立ち続けるにはどうすればいいのか。
それをこの小さな土着神は、数千年も前から知っていたのではないか。
地を司る祟り神の策謀がどこまで大地に張り巡らされていたのか。
完成したシンの器が試されるのは、元の世界なのか、それともこの幻想郷なのか。
永琳の頭脳をもってしても、その全貌を知ることは出来なかった。
知れば知るほど絡めとられるような気がしたからだ、まるで蜘蛛の巣の中にいるように。
東風谷早苗の朝は、日も出ていない早朝から境内の掃除をすることで始まる。
さすがに冬は寒く、わきの出るような服も自重しマフラーも巻いているが、寒い事には変わりない。
彼女がひょっこりと帰って来た神様と出くわしたのは、自分の吐く息で手を温めていた時だった。
「あ、諏訪子様。おはようございます。今朝はどちらにいらっしゃってたんですか?」
「ん、おはよう。ちょっと、シンを探すついでにお散歩にね」
「遅いですよね、シンさん。永遠亭で何かあったんでしょうか」
「朝帰りだったりしてね」
「え、そんな・・・って、からかわないでください!」
「あはは、浮気は男の甲斐性だよ。大丈夫、シンが帰ってくる場所は守矢神社(ここ)なんだから」
噂をすればなんとやら。独特の飛行音を耳にして、早苗は顔を見る間に明るくする。
ころころと変わる乙女の顔を目にして、私の時よりいい笑顔だなぁ、と小声で愚痴りながら、諏訪子は早苗と空を見上げた。
(彼の心はひどく純粋な根を持つために、相手の心を簡単に写してしまう。悪意には悪意を、善意には善意を。
永琳のように、欲望を持って接した所で彼はすぐに気付いてしまう。
言葉巧みに洗脳しようとも、彼は本質的な心根の部分でそれを拒絶する。
利用されたくないという無意識が芽生えているのか。元々そういう性格だったのか)
日の出と共に、雲の切れ目からデスティニーが姿を現し、明日が今日へと変わっていく。
成長していくシンの行く先に何があるのか、それはまだ誰にも分からない。
「愛しの彼のお帰りだね」
「もう! 諏訪子様!」
(まぁ、いいか。妄信に食われる様な男なら最初から要らなかったし)
(なんにせよ、これで彼はまた一つ成長した。戦争の傷が癒えるのも、そう遠い未来じゃない)
(情が移った神奈子が彼を導き、好意を抱く早苗が隣で支え、私が裏から適度な試練を与える)
(さて、次はどんな手段で癒してあげようかな)
幻想忘戦録 外典 永遠亭編 完
最終更新:2012年01月10日 11:13