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東方種子語11話

ランプで照らされた寝室に二人の男女が入ってきた。
一人はすらりとしていながらもしっかりと筋肉の付いた体に黒い衣服を身にまとった黒い髪の青年だ。
その顔は線の通った凛々しさと香り立つような妖艶さを感じさせながらもどこか優しげな雰囲気を感じさせる。
その腕はもう一人、少女を抱きかかえている。背中と膝裏に手を回す、所謂お姫様抱っこで抱きかかえられながら少女―――魔理沙ははにかみながらも幸せそうに微笑む。
普段の可愛らしい服装とは違い華やかな白を基調としたドレス姿でシンに抱きすくめられる姿はまるで花嫁のようで。
そんな彼女を赤い瞳で優しげに青年―――シンは見つめている。だがそれはシンだけではない、魔理沙もまたシンと同じようにシンの顔を見つめていて。

じっと見つめ合っていたら、シンの方から顔を近づけて唇を額に口づけた。しかしそれだけでは止まらない、瞼に頬に鼻に耳に首に。
ありったけの場所に口づけをしてから最後に優しく魔理沙の唇へキスを。シンの行動をむずがりながらも魔理沙は止めることはなかった。
やがて口づけを止めると天蓋付きのベッドへと魔理沙を横たわらせる。魔理沙は緊張しているのかされるがままに柔らかなベッドの感触を感じていた。
そんな魔理沙を見つめながら嬉しげに微笑むとシンもまたぎしりと軋む音を立てながらベッドの上、否、魔理沙の上へと覆いかぶさる。
顔を真っ赤にしながらも眼前のシンをどかそうとしない。緊張もあるが、それ以上に彼とこうなれるというのが何よりも喜ばしくて。
額に口づけるとそれをどんどんと下へ下げていく、唇には名残惜しそうに幾度となく口づけを交わすがそれも切り上げると首筋へ。
くすぐったそうな声を上げていた魔理沙だがシンのやろうとしていることに気付くと不安げな声へと変わる。

だがそれもシンに強く抱きしめられると恥ずかしそうにしながらも、こくりとひとつ頷いた。
口だけで器用に魔理沙の服のボタンを外していく、一つ外されるたびに羞恥で魔理沙の顔が際限なく赤くなっていく。
やがて全て外されるとあまりの気恥かしさに手で顔を覆ってしまう。しかしその手もシンにどかされて真っ赤になった顔をまじまじと眺められて。
何か言おうとしてもぱくぱくと口が動くだけで声が出ない、そんな魔理沙にシンは愛おしそうに再びキス。
とくん、とくんとさっきから心臓がうるさいぐらいに鳴っている、だがその音はシンが服に手を伸ばすとシンに聞こえるんじゃないのかと心配になるぐらいにもっと大きくなり。
そしてシンが脱がしやすいように背を浮かし、しゅるりという衣擦れの音共にドレスがはぎ取られ――――




「し、ン―――――うぇ?」
唐突に、目が覚めた。開いた目に映るのは天蓋なんて当然ついていない自分のベッドからいつも見ている天井。
当然シンが覆いかぶさっていることもないしそもそも部屋の中にいるわけも無し。自分の服装もドレスなんて気取ったものではなくただのパジャマだ。
別段服装に乱れたところもないしキスマークなんてもの体のどこにもついていない。

ようするに、だ。
「夢?」

そう、魔理沙が見ていた夢である。その夢の内容を思い出すたびにどんどんと顔に朱が差し込んでいく。
お姫様抱っこをされていたこととか、明らかに自分は着ないであろうドレスとか、シンと見つめ合っていたこととか。
やたらちゅっちゅされたこととか、天蓋付きなどとレミリアぐらいしか持っていないであろうベッドに寝かされたこととか。
そのベッドの上でシンに覆いかぶさられたこととか、ちゅっちゅされながら服を脱がされたこととか、脱がしやすいよう手伝ったこととか。
夢の中でやっていたことを思い出せば思い出すだけ顔が赤くなりどんどん恥ずかしくなっていく。
その恥ずかしさの裏に幸せな気持ちと少々の残念だったという気持ちもあるのだが、そこに気付ける余裕はない。
気恥かしさが極限にまで高まり、今にも破裂しそうな魔理沙はどうしていいのか分からずに部屋を見渡し、鏡の中の自分と目が合う。
ぽうっと上気した顔で嬉しそうに頬を緩ませながら目を潤ませる、恋にとろとろに蕩けてしまった表情を浮かべる自分自身と。

「う……………う…………………う……………」
それがトドメとなり、恥ずかしさを抑えきれずに魔理沙は。



「うええええええぇぇぇぇええええいいい!!?」
魔法の森に響き渡るんじゃないかという声で、絶叫してしまった。







「うううぅぅ………」
顔を洗っても顔の熱は引かず、困った魔理沙は魔法の材料集めを兼ねて魔法の森を散歩していた。
この顔を誰かに見られるんじゃないかという不安はあったが、火照った肌にしみわたる森の冷たい空気には代えられない。
ここ最近、紅魔館から帰ってきてからというもの毎日のようにシンを夢に見る。
最初の頃はそれこそただ夢に出てくるだけだったのだが、どんどんと出番がエスカレートしていき今日に至る。
この分だと明日の夢は今日の続きとなるのかもしれないと思うと恥ずかしがっていいやら喜んでいいやら。
(あの続き、ってことは………あれ、だよな。あれ、しちゃうんだよな)
どきどきと高鳴る胸を押さえながらも、その行為に夢とはいえ少しだけ期待もしてしまう。
そう、服を脱がされてから先のこと、つまり。

「い、いちゃいちゃする、んだよ、な……あの先、シンといちゃいちゃする………の、か」
具体的に何をするのかは分かっていないのだが。魔理沙も初心な少女だとはいえ、紫や慧音が聞いたら性教育の重要性に頭を抱えそうな言葉である。
恋に恋するお年頃とは言うが、色恋沙汰にはまだまだ疎い魔理沙を幼少のころから見ている霖之助が不安に思う気持ちももっともなのかもしれない。

何より魔理沙は押しが弱すぎる。いや、弱いなどというレベルではなくまるで押していない。
紅魔館でシンに対する恋心を認識してからはシンと直接話が出来ずにただ遠くから見ているだけだ、それどころかシンが話しかけようとしたら逃げる始末。
香霖堂でどうにかシンに気持ちを伝えようとしたが、結局最後まで言い切らずに逃げてしまい。アリスから聞く限りではやっぱり自分の想いは伝わっていなくて。
「まずい………よな、やっぱり」
断わっておくが、当然シンのことが嫌いだからではない。むしろ好きで好きでたまらなくて、逆にどうしていいのか分からないのだ。
今シンと話したりしたら頭の中が真っ白になってしまって訳の分からないことを言ってしまうのではないか、それが魔理沙には堪らなく怖いこと。
実際にはそうはならないのかもしれない、例えそうなってしまうのだとしても会って話をしなくては何も始まらない。そのことは魔理沙も分かってはいるのだが。
(でも………なんか、やっぱり、不安なんだよっ)
こういうところが霊夢が言うヘタレなところなのかもしれない、そう自嘲気味に思う。
分かってはいる、話さなくてはならないということも、それ以上に自分が今シンにたまらなく会いたいのだということも。
だけど怖くて不安な気持ちも嘘じゃなくて。逃げてはいけないとは思うけれど、けどやっぱり、と堂々巡りになってしまい。

はぁ、と肩を落として大きくため息をつく、こんな風にため息をつくのは本当に久しぶりだ。
普段は幸せが逃げてしまいそうだから出来るだけつかないようにしているが、シンに恋をしてからなんだかしょっちゅうつくようになってしまった。
………別に嫌なわけではないし、それはそれで幸せだとも思ってはいるのだが。
(好きにならなきゃ、分かんないことだったんだよな。いいこと………なのか? うう、よく分からないぜ)
こうやって自分で自分を思い通りに動かせない現状に対して不満混じりにまた溜め息が。
どうすればいいのか分からない魔理沙だったが、ふと耳を澄ますと何かが風を切る音が聞こえてきた。
考えていてもどうにもなりそうにないことは一度置いておき、好奇心の赴くまま音が聞こえてくる方へと足を向ける。
少し開けたところから音は聞こえてきていた、そこにいたのは。

(う、わっ!?)
シン。アイマスクで目を覆ったまま舞うようにあちらこちらの木々に拳を撃ち込み蹴りを放っている。
聞こえてきた音は恐らく蹴りによる音だろうということを考えるのとある程度収まっていた顔の赤さが再び強くなるのはほとんど同時で。
目隠しをしているのだから見えるはずはないのだが、それでも思わず木の陰に隠れてしまう。
どきどきと高鳴る胸を押さえながら跳ねるように動き回るシンを出来るだけ音を立てないようにしながら食い入るようにじっと見る。
踊る汗と黒の衣服からうっすらと見える鎖骨にどぎまぎしてしまいシンの鋭く吐く息と木を打つ音が心音に紛れてしまいそう。
シンがやっていることは魔理沙にはよく分からないことだった、少なくとも目隠しをした状態で行う鍛錬に何の意味があるのかを魔理沙は見いだせない。
無駄なことではないのだろうということぐらいはどうにか予想は出来るのだが、具体的な目的はよく分からずに。


首をかしげながらもっとよく見るために木から身を乗り出すと―――ぱきん、と落ちていた枯れ枝が折れる音が。
「わ、わっ」
普段なら聞き逃してしまいそうな小さな音だったがシンが立てる音以外には殆ど音が無かった森の中では思いのほかその音は大きい。
気付かれないようにと緊張していたこともあり、ほかならぬ魔理沙自身が驚いてしまい思わず声を上げてしまう。
鍛錬に集中していたようだが流石に聞こえたのだろう、シンは魔理沙の方を見てからアイマスクを外した。
目が合う。息が止まってしまいそうな魔理沙とは対照的に少しだけ間の抜けたきょとんとした顔をシンは浮かべる。
「あれ、魔理沙じゃないか。何か久しぶりだな」
何気ない言葉、そんなものにさえ魔理沙はびくりと体を震わせて。
直接話すのは久しぶりだから戸惑ってしまい隠れるべきか話すべきか迷ってしまう。
かぁ、と顔が赤くなるのが分かる、どうしていいのか分からずに魔理沙は。

「ちょ、ま、逃げるなって! 少し待て、待ってくれって、俺の話を聞いてくれ!?」
ガン逃げしようとしたがシンの言葉で一瞬立ち止まる。
が、立ち止まっただけだ。実際にはあわあわと視線をさまよわせながら言葉にならない声を上げるだけ。
完全にテンパりながら箒で空へ逃げようとする魔理沙の腕を慌てて掴む、飛び立とうとしていた魔理沙はぐらりとバランスを崩し。
「う、わっ!?」
「っと、悪い、大丈夫か?」
地面に叩きつけられる―――ことはなく、シンの胸の中へぽすりと収まって。

背中にシンの胸板の熱を感じる、それだけで頭が沸騰してしまいそうになる魔理沙の胸中を知る由もないシンはほっと安心した息を吐く。
魔理沙が怪我をしなくてよかったということもあるが、ここ数日妙に避けられてしまっていたのだ、こうして魔理沙が身近にいるのはなんだか久しぶりだ。
両手で脇を抱えて地面に降ろす―――特に抵抗はしなかったが顔がやたらと赤いのが気になった―――と、少し屈んで魔理沙と視線を合わせる。
「怪我はないか………って、ああこら、逃げようとするな、話が進まないだろ」
やっぱり逃げようとする魔理沙の服の襟を掴んで逃亡を阻止する。
少し乱暴ではないかとも思ったが、こうでもしないと逃げられてしまいそうだ。
しばらくじたばたとしていた魔理沙だったが、シンが放す気配が無いことが分かると溜め息をついておとなしくなった。

顔は、相変わらず赤いままだったが。
「分かった、分かったよ。逃げたりしないからまずは放してくれ」
「放すったって………説得力って言葉を知ってるか?」
「当然知っているぜ、というか、その、顔が近くて………」
何か言い訳がましいことを言っていたようだったが、最後の方はごにょごにょとした小さな声だったためにシンは聞きとることはできなかった。
首を傾げたが、まあ大したことではないのだろうと結論付けて魔理沙を放すべきか少し逡巡する。
逃げたりしないとは言うがさっきから何度も逃亡しようとしている姿を見ていると正直信用していいものか迷ってしまう。
しかしこのままでは話が進まないことも事実、こんな状態で落ち着いて話なんかできるわけがない。
どうすべきか迷っていたが、話を進めることの方が大事だと決めて魔理沙を放そうとする、が。

その前にやるべきことがある。先ほどから見て分かるほどに顔を赤くしている魔理沙の額にぴたりと自分の額を押し当てる。
ひょっとして熱があるのではないか、そう考えて行ったことだったがそれは彼女の顔をさらに赤くしてしまうことに全く気付いておらず。
「ひゃっ? ぅ、え、ちょ、わ、わ、わ」
「んー。熱はないみたいだけど………どうかしたのか魔理沙、さっきから顔赤いぞ?」
お前のせいだ。そう叫べれば楽だったかもしれないが正直それどころではない。
さっきまでの距離ですら顔が赤くなったのにこんな吐息すら感じられるような至近距離だなんて耐えられるわけがない。
完全にいっぱいいっぱいになった頭は、何故かこんな時に限って今朝の夢をフラッシュバックさせてしまい。
ぼんっ、と音が聞こえそうなほどの勢いで頬から額に至るまで完全に真っ赤になってしまった。


「魔理沙? もしかしてお前、何か悪い病気なのか? だったら早く休まないと………くそっ、ちょっと抱き上げるぞ!」
まあタチの悪い病気というのは正しいだろう、恋の病なんて最高級にタチが悪い。ましてやかかっているのが純情でヘタr、もとい、奥手な乙女ならば尚更だ。
とはいえこのまま抱きかかえられてしまえば間違いなく駄目になってしまうという確信がある魔理沙は慌ててシンを引きはがそうとする。
「だ、ちょ、大丈夫だからっ、別に何ともないんだぜ!? ただ、お前が………ン、いや、とにかく何でもないぜ」
必死に弁解する魔理沙に訝しむような目を向けていたが、病気にかかっているわけではなさそうだと判断し魔理沙を抱きかかえようとしていた腕を下ろす。
下ろすが、だからといって魔理沙を放すつもりはないのだが。これ以上避けられるのは非常に嬉しくない。
「あの、さ。なんだってそんなに逃げるんだよ、まだ紅魔館のこと気にしてるのか?」
「………まあ、今でもどうかと思う」

ぐ、と言葉に詰まってしまう。紅魔館の少女達に全力でラッキースケベしてしまったことは否定しようもない。
魔理沙が怒るのも当然だとは思うし、避けられるのも致し方ないとは思う、思いはするが。
「そりゃ魔理沙の言うことももっともだけどさ、だからってあんな、全力で逃げだすことないだろ、お前らしくもない」
「私らしくない、って…………そんな付き合い長いわけじゃないだろ、どうしてそう思うんだよ」
らしくない、と感じられる程度に自分を理解してもらえているのは嬉しいのだが、まあそれはまた別の話である。
出会ってからそこまで日はたっていないのに、どうして逃げ出したりするのは霧雨魔理沙らしからぬ行為だと思えたのか、それを聞きたい。
どんな答えが返ってくるのかと少し身構えていたが、シンの方は気楽そうに肩をすくめて。

「そういうことする奴は他人に泣いて謝ったりはしない。違うか?」
森の中でジンと戦い、大怪我をしたときに流した涙。あれを見れば霧雨魔理沙という少女がどれだけ真っ直ぐなのかぐらいは分かる。
少なくとも、嫌いな奴相手には逃げずにブッ飛ばそうとするであろうということはシンにも想像が出来るほどに。

シンの言葉に意表を突かれた魔理沙はしどろもどろになりながら両手を振りながら視線をさ迷わせる。
思いだして気恥かしくなったのか、頬にはまた赤みが差してきていて。
「う、あれか………いや、あれは、ほら、なんだ………あれだよ、あれ」
「なんだよ」
「いや…………うん。お前はさ、私がシンのことを顔も合わせたくないぐらい嫌ってるって思わないのか?」
「俺もそうは思ったけどさ、その割にはアリスとか霊夢とかに俺のこと聞いてたみたいだから、なんかおかしいな、って………ホント大変だったよ、霊夢なんて面倒臭いの一点張りで何度頭を下げたことか」
そういうところは鋭いんだな。そう言いたかったが、それを言ってしまえばじゃあ何に対して鈍いのかということまで説明しなくてはならなくなる。
ぐっと堪えると、霊夢達に自分のことを聞こうとしているシンを想像して少しだけ可笑しくなった。
「お前さあ、そんな必死になって聞くことじゃないと思うぜ?」
「悪いかよっ。別に、嫌うなら嫌うでもいいけどさ、あんな風に逃げ出したりしないでくれ。どうしていいのか分かんなくなるんだよ」
拗ねたように唇を尖らせるシンの姿は紅魔館で見せた凛々しさとは違う、どこか子供っぽいもので。
そのギャップでまた可笑しくなってしまい、とうとう堪え切れずに吹き出してしまった。
ジト目で見られてしまったが、その顔もやっぱり可笑しくて。

「お前は面白いなー」
「俺としてはお前の頭が面白いと思うけどな?」
呆れたようなジト目で見られるが、しかしシンが面白いというのは嘘偽りない魔理沙の本心だ。
やっぱり、隠れてびくびくしながらシンを見ているよりもこうやって本心をぶつける方がずっといい。
全部を言えるわけではないけれど、それでも今言えることは出来得る限り言っていきたい。
なんだかんだで霧雨魔理沙は捻くれたことが出来ない真っ直ぐな性分なのだから。
まだ少し顔は赤いが、ここで視線を逸らしてなるものかと腹をくくり、出来るだけいつも通りの会話を心がける。
「そういえば、だ。お前結局ここで何してたんだ?」
「何って言われると………まあ、日々の鍛錬、ってほどでもないか、慣らしって奴だよ慣らし」
「謎の秘密特訓にしか見えないんだが」
ぐ、と言葉に詰まる。自分でも客観的に見たらそうとしか見えないとは思ってはいたが、やはり実際に言われるとへこむものがある。
とはいえ、誤解だけは解いておかねば。そうしなければ秘密特訓なんて非常にアホっぽいことをやってる阿呆だと思われかねない。


「だから特訓とかじゃないって………ン、例えばだけどさ、魔理沙はこれは目をつぶっていても出来るぞってことってあるか?」
「目をつぶっていても? 簡単な魔法の配合ぐらいなら出来るけど、それが何だって言うんだ?」
「うん、じゃあさ、なんでそれは目をつぶってても出来るんだ?」
「何でってそりゃあ、体が覚えてるからだろ、手順とか適量とかを」
そこまで言ってからシンがやっていたことの目的に気付く。
魔理沙の得心がいった表情に満足そうに頷くと口を開く。
「ここからあの木まで三歩だろ? 正しく動かないと蹴りがからぶったり木にぶつかったりするからな」
「ふぅん………要するに、自分の思った通りに身体を動かせてるのかどうか、ってことか?」
「そういうこと。ただの確認だしな、鍛錬ってほどのことでもないだろ?」
MSを操縦する時、一々操縦桿やスイッチ、コンソールに目を落とすなんてことはできない。
目を落とすとは即ち敵から目を放すということに他ならないのだ、そんな危険極まりないこと出来るわけがない。
だからこそ、操縦の際にはレバー等を目で見ずに頭の中でシュミレートした通りに体を動かせるようにならなくてはならないのだ。

これぐらいはパイロットなら出来て当たり前のことだ、というよりこれを怠る奴から死んでいく。
そうでなくとも死ぬ時には死ぬものだが、少なくとも自分で気を付けていれば防げる死因だ。そんな間抜けな死に方はしたくない。
自身を鍛えるため、進むための鍛錬ではなく後退しないための確認作業だ、本当に地道な行為。だが、それでいいとシンは思っている。
「一足飛びに強くなれやしないものな、地道に………強さを落とさないようにやってくしかないんじゃないか?」
「ああ、うん。そうだな、それはなんか分かるぜ。もっと楽な方法があるんじゃないのか、って思ったりするんだけど」
シンの言葉に感じ入る物があったのか、うんうんと頷く魔理沙。
そんな魔理沙の反応に気を良くしたのかくすりと笑ってシンも楽しげに言葉を返す。
「で、そう言うのに限って時間かかったりトンデモなさすぎる方法だったりで、結局地道にやる方が手っ取り早かったりするんだよな」
「そうそう、よくあるよなー。で、考えた時間が無駄だったな、って後悔したりして」
「あー、あるある。そして後悔してる暇があったら動かなきゃ駄目だ、ってことに気付くのにまた時間がかかる」
好き勝手笑いながら言い合う、そんなことをしているうちに魔理沙の頬からは大分赤みが引いてきていて。
やいのやいのと楽しく騒いでいるうちに、ふっとどちらも喋らない間が出来て。

話を続けたいと思っているのになんとなく二人とも自分から話を切り出せない、そんな奇妙で、だが居心地がいい妙な間。
そんな間の中で、魔理沙は紅魔館でシンに向けてマスタースパークを放ったことを思い出す。
………確かに、腹が立ったのは事実だ。だがパチュリー達の胸を触ったのは事故だしシンもしっかりと謝っていた、そもそもシンが悪いわけでもないのだ。
大体、自分が怒ったのだってシンからしてみれば理不尽な話だろう、紅魔館の少女たちは許しているのに関係のない魔理沙が出しゃばっていい顔をするはずもない。
「なあシン、あの時は」
「あの時は悪かったな」
「悪か、ふ、ぇ?」
謝ろうとしたら、逆にシンから謝られてしまい変な声が出てしまう。
あんまりにも変な声に恥ずかしくなって咳払いで誤魔化し、落ち着くと今度は首を傾げる。

「え、えーと、悪いって何がだ、何の話か分からないぜ?」
「いや、紅魔館でさ。無理やり行け行けって言って結果的には危ない目に合わせちゃったからさ。だから………ごめん、悪かった」
「危ない目、って………いや、別に、それは。いいよ別に、そんなに危なくなかったし………その、お前のおかげ、でさ」
抱きかかえられた時のことを思い出してまた頬が赤くなってしまう。
そんな魔理沙の態度に気付く訳もなくシンは頭を下げ。
「だとしてもさ。やっぱり………うん、ゴメン。本を返すってことはともかく、フランのことは俺の勝手な理屈を押し付けただけなんだ、だから俺のせいだよ」
そんなことないだろう、そう思うがそのまま言っても「でも、だけど」そう返されてしまいそうで。


少なくとも魔理沙はシンのせいだなんてちっとも思っていない、むしろシンの方がよっぽど大変だったという認識だ。
どうすれば伝わるのだろうと考えるが、分からない。分からないから、いつものように真っ直ぐに自分が感じていることを声に出す。
自分の恋までうっかり伝わってしまうんじゃないかと思うと、いつもと違って少しだけ勇気のいることではあるのだけれど。
「まあ、うん。もしかしたらお前のせい、なのかもしれないよな。フランもお前が刺激しなければなんもしなかったのかもしれないし」
「………ン。そう、だな」
「でもっ、でもさっ、お前は私のこと守ってくれたじゃないかっ。危なくないようにって、ちゃんと守ってくれたんだぜ? だから、だから、さ」
魔理沙が言おうとしていることが分からずにいるシンの目を真っ直ぐに見据える。
申し訳なさそうな色を浮かべる深紅の瞳を見てしまいどぎまぎしてしまいそうになるが、言うべきことを言うまでは頑張らねば。

「危ないことから、守ってくれてありがとう、だぜ」

息をのむシンの姿を見ながらぺこん、と頭を下げる。
そこに含まれているのは感謝だけではなく謝罪も含まれていて。
「こっちの方こそ紅魔館ではマスタースパーク撃っちゃってごめんな? ちょっとやりすぎ、というか考えてみればお前が悪いわけじゃなかったのに」
「え? あ、いや、あれはその、俺が、いや………ン」
あれこそ自分が悪い、という思いがシンにはある。
例え自分に非が無いんだとしても、好きでもない男に胸を触られていい気分はしないだろう。

しかし、こうして頭を下げている少女に言う言葉はそれではない。
たったひとつだ。気にするな、自分は気にしない。その一言だけだ。
とはいえひょいひょいと言えるわけもなく、思いを軽い冗談のオブラートに包んで。
「そうだな…………ン、そうだな。よくもなんてことをー。罰としてこれから俺とは普通に話すんだー」
「お、おう。じ、じゃあ、よくも私を危ない目に合わせたなー、許して欲しければ俺は悪くないといえー」
「え? いや、流石にあれは俺が悪いと」
「い、いえー!」
なんだかおかしくなってくすりと笑ってしまう。
何のことはない、魔理沙も自分と同じことを考えていたのだ。
気にするな、と言われてもすぐに気にしないなんてことはできはしない。
だけどそう言ってくれる人の心遣いに報いたいものなのだ。
「お、俺は悪くヌェー」
「なんじゃそりゃ!?」
「いや、なんとなく………」

頭をかくシンに思わず吹き出してしまう、そんな魔理沙に文句を言いたそうな顔を浮かべていたが、楽しそうに笑う姿を見ているうちになんだかシンも口元がほころんできて。
仕方が無いとでも言いたげにシンが肩をすくめるとそれ以上の追及をどちらもすることはなかった。
どちらもなんとなく口を開くことなく、どことなく心地よい沈黙だけが流れていく。しかしそれがずっと続く訳もない。

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最終更新:2012年04月23日 11:53
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