ひゅう、と風が吹いた。だがその風は普段シンが感じている物とはどこか調子が違っていた、なにしろ頭上から地面に向けて吹くそよ風と言う奇妙なもの。
吹き下ろしてくるぐらいならそこまで珍しいものではないが、そう言った物は往々にして強い風になるものだ。
こんな風にそよぐような穏やかなものではない。魔理沙も妙に思ったのか頭上を見上げている。
と、視界の端に何かが映った。何かと思い目を凝らしてみれば人間、それも少女の姿をしていて。
宙に浮く少女は見上げる自分らに気付いたのか高度をゆっくりと下げていく、そのたびにそよぐ風がシンと魔理沙の髪を靡かせ。
姿がはっきりと見えると、その少女に面識があったのか魔理沙が訝しがるような声を上げる。
「―――お? ありゃあ………なんでここに?」
知り合いだったのか。そう思いながら降りてきた少女の姿をしっかりと目に映す。
風にそよぐ若葉色の腰までかかった長髪を一房、白蛇状の髪飾りと蛙状のヘアピンでまとめて前へとたらしている。
髪と同じ緑の瞳は目に映るもの全てへの好奇心に満ちてキラキラと輝いているようで。
白と青を基調としながら、霊夢を彷彿とさせる腋を露出させた巫女服は清純さを感じさせるもの。
音もなく、ただ一陣のそよ風と共に地面に降り立ったどこか神秘性を感じさせる少女。
そんな彼女は魔理沙を見て不思議そうに首を傾げた。
「霧雨魔理沙さんではないですか。こんなところで会うとは思いませんでした」
「こんなところとはご挨拶じゃないか、私の家はここにあるんだぜ?」
「あ、そうだったんですか? それは失礼しまし」
魔理沙の隣に立っていたシンを見ると一瞬固まり。
「ん、どうかしたのか早苗?」
「………いえいえ、何でもないんですよ。ただちょっと知ってる人に似てたものですから」
こほん、と行儀よく咳払いをしてからにっこりとシンに笑いかけてくる。
なんとなくその笑顔を見ていると、営業スマイルという言葉がシンの頭の端によぎったのは心の中にしまっておく。
「失礼しました、外の方から新しくあちらのお山に引っ越してきた東風谷早苗です、よろしくお願いしますね」
「ああ、こりゃまたご丁寧に………巫女さんなんだよな、先々週ぐらいだったっけ、里の方に来てた」
「ん、知ってたのか………って、あーあー、そう言えば言ってたっけな、霊夢以外の腋巫女を見たって」
「腋て。いえ、そりゃ確かに腋ですけどね、もうちょっと、こう、言いようってものが」
「まあまあ……俺は遠目から見ただけだったけど近くで見た奴がいてさ、そいつから聞いて」
そこまで言ってから首を傾げる。
「……って、俺言ったっけ、そのこと」
「言った言った、ほら、紅魔館行く前に言ってたじゃないか、友達のおかげで巫女は腋を出してるもんなんだって思えたって」
「う、うーん、そっかあ、言ってたのか、もう二年以上前だからすっかり忘れてた」
「二週間前の間違いと違うか!?」
「細かいことは気にするなよ。というか、よく覚えてたなあ。俺なんか言ったかどうかも覚えてないってのに」
シンの言葉に魔理沙はぐ、と一瞬言葉に詰まり、ぷいっとそっぽを向くようにシンから視線を逸らした。
顔が赤いような気がしたが、赤くなるようなことは何もないのできっと気のせいだろうと考える。
「………ベツニ。い、いいだろ、私が何覚えてたって。それよか早苗だよ早苗、なんだってまた魔法の森に来たりしたんだ?」
「それはもちろん、これから守矢神社を信仰してくれるこの幻想郷を直接見て回るためにきまってるじゃないですか」
「信仰の自由くらいくれよ………というか、無理やりなんて嫌だぜ、強引にも程がある」
「押しつけがましい宗教は大体ロクなもんじゃないと思うけどね。勧誘するんなら気を付けた方がいいんじゃないか?」
二人の言葉を早苗は神妙な面持ちで聞いている、頷けるものがあったらしい。
どこか気持ちが空回りをしている印象をシンは彼女から覚える、かつての自分を思い出させる姿になんとなく居心地の悪い物を感じるのは黙っておくべきだろう。
「むむむ………言われてみれば、確かにお二人の言うとおりですね。どうもすみませんでした、魔理沙さんに、えーと」
「ああ、そう言えば自己紹介もしてなかったっけ。俺はシン・アスカ、君みたいに幻想郷に来たばかりだからさ、色々とよろしく」
シンからしてみればいたって普通の自己紹介、こちらこそよろしくと返されるのだろうと思っていた。
だが、シンの名前を聞いたとたん早苗はぴしりと硬直し、張り付いた笑顔のまま停止。
声にならない声を上げていたが、どうにか思考の凍結から立ち直ったらしく、ぎこちないながらも再び笑みを浮かべる。
先ほどのことは聞かなかったことにしたいのか耳に手をメガホンのように当てて。
「…………………え、なに、なんですって?」
「ん、何って。俺も幻想郷に来たばっかりで」
「いやそこじゃなくて! お名前は、なんでしたっけ?」
まくしたてるように聞いてくる早苗に押されながらも、上手く聞き取れなかったのだろうと考えもう一度名乗る。
早苗のような美少女にまじまじと顔をじっくりと見られるのが気恥ずかしくて少しぶっきらぼうな喋り方になるのはやむなしといったところだろう。
「シンだけど。シン・アスカ。苗字と名前が逆って言いたいのか、流石にそんなこと俺に言われても」
「…………まさかとは思いますけど、シンさんって軍人でロボットのパイロットだったり、しません? し、しませんよね、アハハ」
淡い期待を込めてかけた言葉は、しかし何故知っていると言いたげなシンの驚いた顔で粉砕されてしまった。
ほぼ確定である、だがまだ「ほぼ」だ。完全に確定したわけではない。そんな諦めの悪いことを考えながら違いますようにと祈りながら最後の確認を。
「その、ロボットの名前って………デスティニーガンダム?」
「…………がんだむ、ってのはつかないけど。ただのデスティニー」
何といっていいのか分からずにシンも早苗も押し黙ってしまう。
そんな気まずい空気を魔理沙も感じ取るが、黙っていては何も始まらないと無理にでも声を出し。
「えっと、あのさ。二人とも知り合いだったのか?」
「「いや、初対面」」
そのはずなのだが。ではなぜ自分のことを早苗は知っていたのか。
外から来たというのは嘘で実はシンと同じようにC・Eから来たのかと一瞬思うが即座に打ち消す。
わざわざそんな嘘をつく理由もないし、大体もしそうなら反応が不可解すぎる。
しかしそうすると今度は何故デスティニーのことまで知っていたのかということが分からなくなってくる。
確かにデスティニーはフリーダム系列やインフィニットジャスティス、アカツキ程とはいかなくとも一般人にもそれなりに知名度のある機体ではある。
あるが、だからといって幻想郷、ひいては外にまで伝わっているなんてことはあり得ない。
誰かから聞いた? しかし自分の事情を話しているのは霊夢とアリス、そして今ここにいる魔理沙ぐらいだ。
アリスが話したということはないだろう、少なくともアリスから早苗の話は全く出ていないのだ。
早苗がシンのことを口にして知り合いだったのかと驚いた魔理沙も除外、残るは霊夢だが。
「霊夢がシンのことを話した………わきゃないな」
魔理沙の言う通りだ、あの霊夢がわざわざ他人のことを話の話題に上らせるとは考えにくい。
結局のところ、どうして早苗がシンのことを知っているのかは本人に聞かない限り分からないということ。
はあ、と息をつく。早苗に害意は無いだろうから急いで聞く必要はないとはいえ、やはり気になる物は気になる。
そしてそれは早苗も同じなのだろう、どう話すべきか考え込んでいるようだった。
顎に人差し指を当てて考え込んでいた早苗だったが、体を寒そうに震わせる。秋と一口に言っても今は晩秋、もう直に初冬に差し掛かろうという季節だ。
日が昇っているのに、空っ風が吹くと思わず体を震わせてしまうほどだ。
ましてや腋が露出する巫女服ならば尚のことであろう。シンだって風の冷たさが身にしみてきている、それは魔理沙にも言えること。
「長くなりそうなら、場所を移そうか」
「ああ、なら私の家が近」
言いかけて、あることが脳裏をよぎりぴたりと魔理沙は硬直する。
脳裏によぎったのは今朝の夢、夢の中ではベッドに天蓋こそついていなかったが紛れもなく自分の部屋で起こったことで。
うっかり思い出してしまうと止まらない、真っ赤になりながら手をぶんぶんと振って制止する。
「や、やっぱ駄目だぜ! その、ち、散らかってるんだ、すっごく!」
「散らかってるって……………おいおい、二週間前に片付けただろ、もう散らかしたのか?」
「あ、いや、散らかってはいないんだけど………でも駄目だぜ、散らかってるから!」
「ハア? なんじゃそりゃ」
ちなみに、魔理沙の言う通り家はまったく散らかっていない。むしろシンが片付けてくれたのと同じように片付けるようにしている。
そうすればシンを近くに感じるようで嬉しいからだ。
魔理沙の態度に不可解なものを感じながらも、頭をかいてあっさりと諦める。
「ま、いっか。女の子の家に男が上がり込むわけにもいかないしな。ならアリスの家でいいか、ついてきてくれ早苗」
「え、ええ………あのー、魔理沙さん?」
戸惑っていたようにシンと魔理沙を見比べていた早苗だったが、何とも言えない微妙な顔を浮かべる。
咳払いをすると魔理沙の方に振りかえり、前を歩いているシンに聞こえないよう小さな声で魔理沙に耳打ちした。
「もしかしてシンさんって、ものすごいニブチンなんですか?」
「………あれを見てなんで勘が鋭いって思えるんだお前は」
「あ、アハハ………まあ、なんというか、大変ですねえ。ちなみにあの人のどんなところが良かったんですか?」
「どこ、って………どこって」
赤らんだ顔を隠すようにくしゃりと帽子を深くかぶり、ぼそぼそとシンに聞こえない程度の声で呟いている。
そんな魔理沙を見て早苗は頬に手を当て、口を震わせた恍惚の表情で見ていて。
「どこって、そりゃ、カッコいいとことか、優しいとことか、よく頭を撫でてくるとことか、頑張り屋なとことか、頼りになるとことか、ちゃんと人のこと見てくれてること、っむぎゅ」
シンの好きになったところを言い終っていないのに感極まった早苗に抱きつかれてしまった。
じたばたと暴れるが早苗はちっとも放そうとしてくれない。
「魔理沙さんカワイイ!」
「何だ唐突に!? というか、はーなーせー!」
「魔理沙さんカー(↑)ワー(↑)イー(↓)イー(→)!」
「なんかむかつくぞそのイントネーションー!?」
二人を先導していたシンだが、やいのやいのと騒ぎ立てている自分の背後にちょっぴりの寂しさを感じてしまう。
仲が悪くギスギスしているよりは遥かにいい、いいのだが。そこはかとない疎外感を感じるのもまた事実なのである。
「仲いいなあ………まあいいや、あいつも呼んどかないとか」
あいつ―――博麗神社に世話になっているデスティニーも連れてきた方がいいだろう、なにせデスティニーの名前も早苗の口から出たのだから。
そう考えデスティニーに通信をつなげる。この時間なら恐らく神社の掃除をしていたはずだが。
(ン、どうしたねご主人。何か僕の力が必要かい?)
(いや、そういうわけでもないんだが………ちょっと今から俺の所まで来れるか?)
シンの言葉に、だがデスティニーは思案するように少し沈黙。
(今からか………まあ今は無理だね、掃除の途中だから。終わってからでいいかね)
(ああ、それで構わないよ、無理に急がなくてもいい。詳しくは来たら話すよ、それじゃ)
通信を終了する。二、三十分もすれば掃除も終わってこちらに向かうことだろう、それまでに早苗の話を聞き終えればいいのだが。
背後からはきゃーきゃーと早苗の嬉しそうな声に混じって魔理沙の困惑した声も聞こえてくる。
「はしゃぐのはいいけど、木の幹で転ばないようになー」
「はぁい、気を付けまーす………うーん、それにしたって魔理沙さんがこんなに可愛い人だとは」
「なんか馬鹿にされてる気がするぜ。んで、何でお前はシンのことを知ってたんだ?」
「まあそのことは後で………私自身ちょっとよく分かんないですしこの状況」
早苗の言葉に一応は納得した魔理沙だが、少しだけ感じた胸騒ぎに不安げな顔を浮かべる。
「ふぅん………もしかしてあいつのことが好きだから、とかじゃないよな?」
早苗は二、三度目を瞬かせ、魔理沙の言葉の意味を理解すると可笑しそうに噴き出す。
何かあったのかとシンが振り向くが何でもないと手を振り、納得したように頷きまたシンが前を向くと魔理沙に向けて首を横に振る。
「いやいや、それは無いですって………流石に初恋が二次元とかないなあ」
「二次?」
「いえいえ、こちらの話ですよ? まあなんにしてもその線は無いですよ。むしろ私、魔理沙さんを応援しちゃいますよ」
明らかに好奇心100%な早苗にジト目になってしまうが、それでも厚意は厚意としてありがたいものである。
厚意は厚意、厚かましくならなければもらえるものは素直に受け取っておくものだろう。
というか、応援でもされなければ自分からどうこうするふんぎりがつかないだろうと言うこともいい加減自覚している。
「お、おう。そのときにはお願いするぜ」
「むふー、お願いされましたよー。そりゃもうこれでもかってぐらいに応援しちゃいますからね!」
「…………………なんか、早くも後悔しそうになってるんだが」
最終更新:2012年04月23日 11:55