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Galaxy Destiny ◆xuQJHBvQbU氏の東方小ネタ-01

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 ――2月13日 PM9:30

「ひかり~の鉄拳♪ せいぎ~の鉄拳♪ 夢の~マシンだ非想天則~♪」

 甘い香りの漂う夕食後のキッチンで、早苗はお気に入りのアニソンを口ずさみながらゴムべらをひっくり返した。
 弱火のコンロの上の鍋には湯が張られ、ひと回り小さなボウルが浮かべられている。
 ボウルの中身――つまり今、早苗が一心不乱にゴムべらでかき混ぜているのは、ドロドロに溶けたチョコレートだ。
 チョコレート、そして翌日の日付。この組み合わせの時点で、勘の良い者は早苗の目的を察するだろう。そう、バレンタインデーだ。

 2月14日、バレンタインデー。あるキリスト教の聖人に由来するこの記念日は、男女の愛の誓いの日として世界中で有名だが、日本ではもう一つ、独特の風習がある。
 日本において、バレンタインデーとは女性が男性に愛を告白し、その証としてチョコレートを贈る日なのだ。
 早苗も例に漏れず、翌日の本番に向けてプレゼント用のチョコレートを必死に作っているという訳である。そして隙あらば告白もする所存だ。
 八坂神を祀る風祝。洩矢神の血を引く現人神。受験間近の中学三年生。肩書は様々あるが、それら以前に東風谷早苗も一人の女の子なのだ。

「おっ? 気合い入ってるな~、早苗」

 感嘆の声を上げながらキッチンに顔を出したのは、早苗の保護者兼守矢神社の祭神、八坂神こと神奈子である。

「その手作りチョコ、明日“あいつ”にあげるのかい?」
「はい、神奈子様」

 神奈子の問いに、早苗は満面の笑顔で即答する。二人の脳裏には、赤い瞳の青年が共通して浮かんでいた。
 早苗が夏の終わり頃から勉強のお世話になっている、家庭教師の大学生。早苗は親しみを込めて「先輩」と呼んでいる。

「先輩、喜んでくれるといいんですけど……」

 そう言ってはにかむ早苗の顔は、恋する乙女そのものである。果たして神奈子は気づいているだろうか? それとも、気づいた上で敢えて何も言わないのか。

「頑張るのはいいけど、あんまり根を詰めすぎるんじゃないよ? 学校もあるし、明日はあいつの授業の日だろう?」
「大丈夫です。神奈子様」

 早苗の返答に神奈子は「ならよし」と頷き、くるりと身を翻してキッチンを退出する。歩き去る神奈子の背中に「おやすみなさい」と一礼し、早苗は作業を再開した。
 チョコレートが完全に溶けたのを確認し、火を止めて鍋からボウルを取り出す。そして型の中へ慎重に流し込み、そのまま冷蔵庫へ。
 一晩冷やせば、明日の朝には手作り本命チョコの完成だ。しかし仕上げやラッピングがまだ残っているから、明日は少し早めに起きよう。
 使い終わった鍋やボウルを洗い、まるで遠足前の子供のように胸を躍らせながら、早苗は眠りに就いたのだった。愛しの先輩の喜ぶ顔を夢見て。


 ――2月14日 AM5:40

 その日、八坂神奈子の朝は、早苗の悲鳴から始まった。

「ど、どうしたんだ早苗!?」

 慌ててキッチンへ駆け込んだ神奈子が見たものは、泣きそうな顔で床に座り込む早苗と、まだ型に入れられたままの――光沢を失い、白い斑模様に変色したチョコレート。

「これは……“ぶるーみんぐ”だね。チョコを溶かす温度が高すぎたんだ」

 早苗の手の中に握られた失敗チョコレートを覗き込み、神奈子は即座に失敗の原因を看破する。
 ブルーミング。チョコレートに含まれる脂肪分が分離し、表面に浮き出して冷えて固まる現象で、手作りチョコレートにおける典型的な失敗例の一つである。
 そのためチョコレート作りには慎重な温度調整が必要とされるのだが、初めて手作りチョコレートに挑戦する早苗がそんなことを知る由もなかった。

「……まぁ、確かに見た目はちょっと悪いかもだけど、よくできてるじゃないか!」

 慰めの言葉をかける神奈子に、早苗は絶望したような顔で首を振る。

「こんなみっともない失敗チョコ、先輩に渡せる訳ないじゃないですかっ!」

 激昂したように叫ぶ早苗の手の中で、チョコレートの表面にピシリと亀裂が走る。ひび割れたチョコレートを胸に抱き、早苗は今度こそ、声を上げて泣き出した。


 ――2月14日 PM6:00

 どうも今日の彼女はおかしい。そんな違和感をシン・アスカが自らの教え子に抱いたのは、勉強を始めて一時間が経とうという頃だった。
 今日の早苗はいつも以上にぼうっとしているというか、気もそぞろと言うべきか。明らかに勉強に身が入っていない。
 目下採点中の問題集も、今日は普段以上にケアレスミスが目立つ。もうすぐ受験も本番だというのに、この調子で大丈夫だろうか?

「――早苗ちゃん」
「ひゃい!?」

 シンの呼びかけに、早苗は怯えたようにびくりと身体を震わせた。少々声がきつかったかもしれない。彼は自省し、気を取り直して早苗に尋ねる。

「今日は何だか集中してないみたいだけど、何か悩みでもあるのか? 俺でよければ相談に乗るぞ?」
「それは……」

 彼の問いに、早苗は思わず俯いた。言える筈がない。バレンタインデーのチョコレート作りに失敗し、そのショックをまだ引きずっている――などと。
 どうしてこんなことになったんだろう? 早苗は無性に泣きたくなった。
 本当なら勉強で先輩にいいところを見せて、本命チョコを渡して、そしてあわよくば告白もするつもりだったのに。
 しかし現実は、勉強は間違いだらけのいいとこなしで、チョコは失敗して冷蔵庫の中。告白? 何それおいしいの? 何もかもが台なしだ。

 その時、軽快なノック音とともに勉強部屋入口の扉が突如開いた。

「――やぁ。調子はどうかな、お二人さん?」

 そう言いながら部屋の中に入ってきたのは、差し入れらしき盆を抱えた神奈子だった。

「神奈子さん?」
「神奈子様!?」

 突然の神奈子の来訪に、シンと早苗は揃って驚きの声を上げる。
 シンが早苗の家庭教師を始めて半年近くが経つが、保護者である筈の神奈子と顔を合わせた回数は、実はまだ片手にも満たない。
 差し入れ片手に勉強中の早苗の部屋を訪れるなど、初めてのことだ。

「お茶を淹れてきたんだ。ちょっと休憩してみたらどうだい?」

 そう言って、神奈子は二人へ盆を差し出す。盆の上には湯気を立てる湯呑が二つと、茶菓子の小鉢が一つ。小鉢の中身は、一口サイズに砕かれたチョコレートだ。
 早苗は「あっ」と息を呑んだ。バラバラになっているが、間違いない。ブルーミングで白濁したそのチョコレートは、冷蔵庫に入れたままの筈の失敗チョコだった。

「このチョコ、実は早苗が作ったんだ。手で割ったから形は不格好になっちゃったけど、味は保証するよ?」

 我がことにように自慢する神奈子に、シンは「へぇ」と相槌を打ちながらチョコレートの欠片を口へ放り込み――、

「――うん。美味いじゃん」

 そう言った。

 早苗は身体中がカッと熱くなった。顔の筋肉がだらしなく緩むのが分かる。神奈子や先輩の手前、顔を引き締めようと試みるも、やはりにやけてしまう。
 我ながら現金なものだ。あれだけ思い悩んでいたのに、彼の何気ない一言で自分はこんなにも幸せを感じている。

「えへへへ……」

 大好きな人に誉められたのが嬉しくて、早苗はとろけたチョコレートのような顔で笑った。

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最終更新:2012年04月23日 12:18
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