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東方種子語12話その2

「……………普通、言うだろう」
「ん、何を?」
「言うだろうっ、ああいう風に言われたら、自分こそが一番上手く僕を動かせるんだ、って………言い返す、物だろうっ」
早苗にとって意外な言葉。口惜しそうな彼女に何と返せばいいのか分からずに口ごもってしまう。
そんな二人のやり取りを見ていたアリスは仕方が無いと言いたげに苦笑していて。
何も言えない早苗の返事を待つことなくデスティニーはさらに言葉を重ねていく、最初の内こそ皮肉めいたその口調は段々と熱く饒舌になっていって。
「大体だ、大体だね、そもそも自分のMSになんだって素人をホイホイ乗せる物なんだ、変な癖がついたらどうするつもりなんだい」
『あ、あの、ちょ、デスティニーさん?』
「クライン嬢の方針にしたってだ、少しは渋ったっていいだろうに、第一、自分より才に秀でた者に嫉妬一つしないでっ」
『も、もしもーし?』
「確かに僕は道具だけれども、ぞんざいに扱うのも自由ではあるけれど、だからと言って自分をないがしろにするような扱いなど」
『あの、ちょっと………デスティニー、さんっ!』
早苗の強い言葉にぐ、と言葉を詰まらせてから一拍置くとデスティニーは一度咳払いをして落ち着きを取り戻すために大きく息を吐いた。

「………すまないね、少し興奮してしまった」
『いえ、いいんですけどね………あの、やっぱり私、乗らない方が良かったんじゃ』
「うん? そんなことはないだろう、先ほども言ったが君が気にすることではないよ」
それでも納得しきれないのか、早苗がさらに言葉を重ねようとするがそれを制するようにデスティニーは早苗よりも早く口を開く。
その口調は先ほどまでの少し苛立ったような響きではなく、かといって皮肉めいた響きもない飾らない調子で。
「僕は道具だからね、シンが決めたことなら従うよ。そのことに関しては不満は無いんだよ」
そこまではね、と茶目っ気を混ぜた言葉で締める。そこに何か含むものは感じられない。
ならばあの苛立ちはなんだったのか。早苗がそう感じたのが分かっているのか、さらに言葉を重ねていく。
「ただ………ね。僕はシンのためにあるんだと言うことを、ちゃんとシンには分かってもらいたいものでね」
「だったらシンにそう言えばいいのに、なんぼなんでも言ったら答えるでしょあのお馬鹿でも」
苦笑しながらそう漏らすアリスに、デスティニーは姿こそ見えないけれど口を尖らせたように拗ねているようで。
「わざわざ言うことでも無いさ、道具が口をはさむものではないよ。まあ………癪だから、というのもあるがね」
『言わなきゃ伝わらないことも多いですよ?』
「道具の考えにかかずりあうものではないさ、知らなくてもいいことじゃないかね?』
デスティニーの言葉に納得がいかずにうんうん唸る早苗、そんな早苗に話はもう終わりだと言いたげにデスティニーが手を叩く音が聞こえてくる。


「何にしてもだ、せっかく僕に乗っているのだ、楽しまなくていいのかね?」
『この流れで素直に楽しめると思います?』
「楽しまなければ損ではないかね?」
逡巡するように黙り込んでいた早苗だったが、これ以上デスティニーにかけられる言葉が無いということが分かると溜め息を一つ。
同時にデスティニーのウイングバインダーが展開、コロイド粒子を噴出し始める。
両足が地面から離れ、空に向かって飛び立とうするデスティニーに向けてアリスが手を振る。
「あんまり遠くまでいかないようにねー」
アリスの言葉に敬礼をするかのように右手を額に当てて、デスティニーは空へと飛び立っていった。






「よく逃げずにやってきたわね黒黒!」
「ど、どうも、お久しぶりです、シンさん」
両手を腰に当てて小さな体で精一杯ふんぞり返る氷の妖精チルノとその隣でシンにおずおずと頭を下げる大妖精。
魔理沙とレティはというと木の根元に腰掛けて面白そうに三人のやり取りを観戦している。
来たくはなかったんだけどなあと内心思っているシンはレティから渡された果たし状をひらひらと振った。
それを見たチルノは満足げににっかりと笑いながら頷く。

「あたい直筆の果たし状を読んで怖気ついたかと思っていたわ!」
「いや、読めなかったんだけど」
間。しばしの沈黙があって。
「あんた、文字読めないほどバカなの?」
「汚くて読めなかったんだよ!!」

あれは文字ではない、暗号の類である。読めなかったシンを責めることなどできはしないだろう。
実際、魔理沙や早苗はおろか冬の間はチルノを構っているレティすらも読めなかったのだ。
かろうじて読めたのは付き合いの長い大妖精と子供とよく遊ぶことの多いアリスだけ。断じて恥ではない。
だがチルノはシンの言葉など全く聞いていないようで。
「いい。みなまで言わなくていいわ。あんたが文字も読めないおバカさんだとは思いもしなかった。でも安心しなさい!」
「いや人の話を」
「超賢くて超頭がよくて超超超天才のあ・た・い・が! 特別に勉強を教えてあげてもいいよ!」
むふー、と鼻息も荒くドヤ顔のチルノとは対照的にどこか疲れた、と言うより枯れてしまった顔を浮かべるシン。
子供の言うこと子供の言うこと、というカンペを必死で笑いをこらえている魔理沙が振り回している。
確かにその通りではあるのだがそれでも湧きあがってくる納得のいかなさは何なのだろうか。
しばし言葉が思い当たらずに遠い目をしていたが、ここに来た理由を何とか思いだす。

「………んで? なんだってこんな、果たし状なんか送ってきたりしたんだ?」
シンの言葉に一瞬きょとんとしたチルノだったがすぐにシンを睨みつけてきた。
びしっ、と勢いよくシンに人差し指を突きつける、人を指差すなとシンが注意しようとするよりも早くチルノが口を開き。
「大ちゃんに変なことしたりするからよ!」
「誤解を招きそうなこと言わないでチルノちゃん!?」
ごぶふっ、とチルノの爆弾言葉にシンは思いっきり吹いてしまった。
なにかこう、いかがわしい響きがビンビンに漂っている、というかアウトであろう。

「シ、シン………?」
魔理沙が不安そうな顔を浮かべてこちらを見ている隣では冗談半分なのだろうがレティが敗訴とでかでかと書かれた紙を笑顔で広げていて。
このままでは本当に冗談では済まなくなるとシンはどうにかチルノの言葉に反論を。
「待て! ちょっと待ってくれ!! 色々不本意すぎる、っていうか何の話なんだよ!?」
「そ、そうだよチルノちゃん、私シンさんに何かされたりされてないよ、っていうか何一つ起こってないよ、何一つ!」
何一つを強調して自分から落ち込んでしまう大妖精に魔理沙は親近感を覚えるが、まあそれは別の話。
チルノはぶんぶんと頭を振って大妖精の言葉に言い返す。
「うそ! だって大ちゃん、あの変な一つ目に怪我させられてからずっと黒黒のことばっかり話してるじゃない!」
一つ目、という言葉が一瞬気にかかったがすぐにあの時戦ったジンのことだと思い当たる。
シンにとってはそうなのかと少し嬉しくなる程度のこと、しかし大妖精にとってはシンに対して今はまだ内緒にしておきたいことで。
「ぇ………あ、チ、チルノちゃん、ちょっと」
待って、と制止しようとしたがチルノは止まることなく言葉を続け。
「起きた時もご飯の時もお昼寝の時もおやつの時も寝る前も、えーと、あとご飯の時もいっつも黒黒のことばっか!」
「あ、あの、チルノちゃん、その辺で! ばれちゃう! シンさんにばれちゃいけないものがばれちゃう!!」
シンでなければ間違いなくばれていただろう。


「大ちゃんがそうなっちゃったのは多分あんたのせい………だからっ! あたいがあんたをブッ飛ばして大ちゃんを正気に戻すの!」
ビシィッ、と再びシンに人差し指をカッコ良く突きつける。その隣では大妖精が顔を真っ赤にしてシンのことをちらちらと見ていて。
多分で決闘を挑むなよ、という思いもシンには無いわけではないが、チルノの言うことも理解は出来るのだ。
どうしたものかと考え込むが、やがて覚悟を決めたのか溜め息を一つつく。
「………いいよ、わかった。受けるよ、弾幕ごっこ。その代わり、終わったら俺の話も聞いてくれよ?」
「いいよ、聞いたげる。でも」
片手を大きく広げると同時に、大量の細やかな青白い槍のような氷弾がチルノの背後に生成される。
その多さに気押されそうになり焦れるシンの表情とは対照的にチルノはにんまりと不敵な笑みを浮かべていて。
離れててと言いたげに大妖精に軽く手を上げ、大妖精はチルノとシンの二人に数度おろおろと視線をさ迷わせる。
しかしもう自分が言ってもどうにもならないと思ったのか、諦めてレティの側まで飛んでいった。
満足げに手を空に掲げる、その動作と共に氷弾がぎゅるりと回転、切先をシンへと向け。

「話す元気が、残ってればねっ!」
掲げた手をシンに向けて打ちおろす、同時に氷弾が風を切りながらシン目掛けて放たれる。
地面を蹴ってチルノの周囲を回るように走り出す、ほとんどはシンに当たることなく地面に突き刺さる。
だがそれだけで全てを避け切れるはずもない、数発ほどは確実にシンに当たる軌道だ。
ナイフの柄を握り逆手で抜くと同時に迫る氷弾を切って弾く。森の中に響く氷が砕ける音、だがまだあと一発残って―――!
「まだだっ!!」
振り抜いたナイフを手首のスナップだけで掌の中でくるりと一回転、逆手から順手に握り直して切り上げ、眼前まで迫る氷弾を弾き落とす。
砕けた氷で頬を切ったものの初撃は凌いだ、しかしこのタイミングこそが狙い目となることはシンにとっては重々承知していること。
案の定チルノは両手を重ね、白く細い直線状の冷気を幾筋もシンへ向けて放ったところだ。
先ほどは避けることに専念しチルノとの距離を詰めることはなかった、しかし今度の攻撃ならば。

どの道距離を詰めなければ攻めようもないのだ、前に進む。冷気が肌を掠め凍傷を引き起こすが止まってなどいられない。
身体を左右に振りながら前進、どうしても避けきれないものはナイフで軌道を逸らしながら少しでも損害を抑える。
それを幾度か繰り返しながらチルノとの距離をナイフの射程圏内まで詰め、ナイフを振るう。
だがチルノに当たることなく刀身は空を切る、しかし重要なのはそこではない。
当てるつもりのなかった刃の軌跡、そこから霊力で構築された光弾が僅かに発射されていく。
射程もほとんどない光弾、しかしきっちりと距離を詰め放たれたためチルノに全段当て切れた。
「やった……やれたっ!?」
「やれて、なぁーい!」
攻撃が上手くいったシンの勢いを砕くかの如く両手で抱えるように持った氷塊で殴りつけてくる。
反撃は予想していたがこれほどまでの巨大な氷塊で殴りかかられるといくら予想していても反応が間に合わず。
飛び退るも、氷塊が振り回した勢いですっぽ抜けてしまいシンに直撃。すっぽ抜けることまでは読み切れたのだが反応が追いつかなかった。
両腕を交差するようにして衝撃を和らげるが、それでも身体全体が揺さぶられるような衝撃がシンを襲う。

痛みだけならまだいい、耐えればどうとでもなる。しかし衝撃は不味い、どれほど鍛えても耐えると言うことはできないのだ。
脳が揺れればそれだけで思考が回らなくなる、骨が揺れれば武器をとり落としてしまい、痛みは増幅されより強く認識される。
痛みよりも衝撃の方が戦闘では余程恐ろしく厄介、チルノはそれを知ってか知らずかシンが詰めた距離から再び離脱、距離を離す。
その合間にも氷弾を打ち出すことを忘れない、向かってくる氷弾を衝撃で朦朧としながらも体捌きだけでかろうじてかわす。
ナイフで切り払おうとするがそのナイフが地面に落ちていることに気付くとナイフの柄を蹴りあげナイフを宙へ浮かびあがらせる。
そのままナイフを順手で掴み、シンに向かって真っすぐに飛来する氷弾を三発程一気に叩き落とす。
打ち払った衝撃でびりびりと手が痺れるがシンの思考はすでに距離を離したチルノに向いていて。


「こんなんでやられちゃ困るっ、こっからが本番なんだから! いっくよお、氷符「アイシクルフォール」!」
チルノのスペルカードの宣誓。それを切っ掛けとして数千発、いや万にまで届くであろう尋常ならざる数の氷弾が腕を組むチルノの背後に展開する。
先ほどまでとは比べ物にもならない、まさに弾幕と言うに相応しい光景に顔を引きつらせるシン。
そんなシンの表情に満足げに頷いたチルノがシンを指差すと氷弾がシン目掛けて動き出す―――いや、墜ちてくる。
氷弾は速度こそ遅いがじりじりと距離を詰めてくる、その遅さが圧迫感を否応なしに増していた。
感じるプレッシャーは小さな氷弾のものではなくこちらを押しつぶそうとする巨大な氷塊のそれだ。
一つ一つの質量は小さくともその量が尋常ではないのならば、それは最早横方向への墜落である。
その墜落に人間が巻き込まれたのなら、翻弄されるまでもなく呆気なく吹き飛ばされるのみ。

(冗、談、じゃ………くそっ、どうする………どうするっ!?)
思考を回す、諦めて当たって終わりにするということも一瞬考えたが即座に却下。あっさり終わってしまってはチルノの鬱憤は晴れないことは容易に想像がつく。
しかしあれを避け切ることも捌き切ることも正攻法では到底不可能、ならば正攻法以外ならば。
じりじりとプレッシャーで焼けつきそうな胃に不快感を感じながらも、迫りくる弾幕を観察しているうちに気付いたことが。
チルノの眼前、僅かな領域だが弾幕が張られていない。その位置だけ氷弾が届いていないのだ。
(前に、出ろってことかよ………出るしかないって、ことかよっ)
どの道この位置に止まっていたところで待っているのは確実な敗北だけ、それぐらいなら誰だって可能性に賭けるものだ。
前進するにあたっては如何にあの弾幕を切り抜けるか、だ。そここそが一番大事、重要要な一点。
意識をそこに収束させる、後は反復によって鍛えられた身体が意識に沿ってくれるはずだ。
身体を出来るだけ低く、そして前傾にして少しでも表面積を小さくし弾幕の中へと突っ込んでいく。

「突っ切るぅっ!」
ただでさえ弾幕で前が碌に見えないのに加えて目に氷弾が入らないよう片腕で覆っているため視界は最悪。
それだけでない、氷弾に直撃しないよう回避、避け切れないものはナイフで叩き落とすのだから一歩進むのにも何秒もかかってしまう。
しかしその中でも少しでも氷弾が少ない個所を見極めながらじりじりと進んでいく、決して急いたりしてはならない。
焦りとは敵の力と同等、或いはそれ以上に自らを滅ぼしてしまうものなのだから。
背中を掠めて切り裂いていく氷弾、痛みに顔を歪めるがそれでもその足は止まらず前へと。
もうすぐだ、もうすぐ弾幕を抜けて氷弾がないチルノの眼前まで出られる距離。
いくらチルノでも攻撃を受けたら自分のすぐ前に安全地帯があることに気付くだろう、チャンスは一度だけ。
(しくっちゃ、いけない………い・け・る・かっ?)
最後の一歩、しかしチルノの周囲の弾幕はどこも途切れておらずどうやっても被弾を避けるのは不可能、ならば。
息を大きく吸う。分かっていたことだ、どれほど周到な策を練ったところで最後の最後に問われるのは自身の覚悟。
腹を括れ、やるしかない。そう自分に言い聞かせて。

「―――いけよォッ!!」
地面を強く蹴って前へと突っ切る。さくさくと音もなく身体に突き刺さっていく氷弾、どれも浅いものだが数が数のため馬鹿には出来ない。
だが、それも一瞬。弾幕を切り抜けチルノの眼前へと飛び出る。驚いた顔のチルノと目が合うが、だからって止まってはやれない。
「ふおぉっ!?」
「ンなくそォっ!」
口を菱形にして驚くチルノ目掛けてナイフを振って光弾を撃つ、この至近距離だ、見事に全弾命中。
シンの背後ではあれだけ大量に存在していた氷弾も一瞬でかき消える、このスペルカードの決着はついたということか。
背中に魔理沙の喝采を受けシンもまんざらではないのか片手をぐっと持ち上げガッツポーズをとる。

「すごいぜシン、やったな!」
「ああ、このまま押し切ってやる!」
………当初の目的は、微妙に忘れているようだが。
「ぐぬぬぬー…………黒黒の癖に調子に乗ってぇ!」
「熱くなっちゃ駄目よチルノ、溶けちゃうわよ?」
「溶けないよっ………た、多分」
眠そうな目を浮かべながらも冷静なレティの激励を受けてやる気を燃やすチルノ。
シンとチルノ。魔理沙とレティ。一人一人の反応こそ違えど今起こっている弾幕ごっこに心を傾けていて。


そんな中、どちらを応援しようかおろおろと迷っている者が一人。大妖精である。
彼女からの声が無いことにシンもチルノも気付いたのか、自然彼女に視線が集まる。
二人の視線を感じて頬から耳まで真っ赤になっておたおたする大妖精、やがてどうにか勇気を振り絞って。
「が、頑張れー! …………………ふ、二人とも!」
どっちつかずな非常に優柔不断な応援を。
「お前それは………正直どうかと思う」
「気持ちは分からないでもないけど、駄目ねえ」
「う、うわあぁあん!?」
魔理沙とレティからの容赦ないバッサリとしたツッコミに、大妖精自身も優柔不断であることを自覚していたのかぎゃふんと撃沈。
さて、そんな優柔不断で曖昧な応援を受けた二人はと言うと。

「うん分かった、あたい頑張るよ大ちゃん!!」
「やれるだけのことはやるさ、だから見ていてくれよ!」
ま さ に ⑨ 。
大妖精の優柔不断さにツッコミ一つ入れない、何一つ疑問に思っていない辺り実に貫禄のバカ二人である。
ぽかんとした顔を浮かべる大妖精に当然気付くことなくバカ共は再び弾幕ごっこに興じる。

「ふふ、ん。いい加減あたいのすごさが分かった? 分かったんなら、そろそろブッ飛ばされなさいっ!」
「そうすべきなんだろうけどな…………ま、なんだな。もうちょっとだけ、頑張ってみるとするさっ!」
右手で握っていたナイフの柄を両手で握り直す、シンの行動に満足げなにんまりとした笑みを浮かべながらチルノはシンを指差した。
氷でできた三対の羽が楽しそうに蠢きながらチルノの小さな体を宙へと浮かばせ、完全に宙空へ上ったチルノはもう一度スペルカードの宣言を。
何を起こすのか、次はどんな美しくド派手な弾幕が来るのか、どんな方法で自分の度肝を抜かせてくれるのか。
如何にして避けるのか凌ぐのかということ以上にどこかチルノのスペルカードを楽しみにしている自分がいることにシンは気付く。
(成程………ね。流行るわけだよ、実際)
くすりと少しだけ笑う、それは獰猛さも哀愁も含まない本当に楽しげな笑み。
幻想郷の流儀に染まってきている、ということなのだろう。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないけれども。
もうしばらくこの楽しい気分だけに浸っていたかったが状況は常に動く、一瞬目を伏せて気持ちを切り替える。
木を緩めてなんていられない、正念場はまだ続くのだから。

「いくよっ、凍符「パーフェクトフリーズ」!」
チルノから先ほどのアイシクルフォールと同じぐらいの大量の小さな色とりどりの光弾が放たれる。しかし違うのはその速度。
じりじりと迫ってくる、遅い弾幕だったアイシクルフォールとは違い目で追えないほどの速さ、まさに弾丸の様。
大きく横に跳んで避ける、ああも弾速が早いのではアイシクルフォールの様に弾幕の中を突っ切ることは出来ないだろう。
どう攻略するか考えあぐねているシン目掛けて先ほどの色とりどりの光弾とは違う白い光弾がチルノから放たれた。
避けるために動くがチルノの狙いを即座に看過して直後に舌打ち。放たれた光弾はシンから少し狙いを外した物、動かなければ当たらない代物だったのだ。
最小限の動きで避けるつもりだったが結局大きく動いてしまう、当たるよりはマシだがこれではこの先が思いやられる―――そう思った瞬間。
「ぐぁっ!?」
焼けつくような痛みを右腕に感じる。白い光弾は避け切ったはずだ、掠りもしなかった。ならば何故。そう考えたシンが右に視線を移し―――絶句。
そこには白い光弾ではなく、先ほど避けたはずの色とりどりの光弾が全てゆらゆらと揺らめきながら浮かんでいた。
右腕に当たったものは間違いなくこの漂っている光弾だろう。まるで凍ったものが溶け出しているかのようなその動き。

「パーフェクトフリーズって………そういう、ことかぁっ!!」
「バカの割りに物分かりがいいじゃないっ。それじゃあ第二陣、いっくよぉ!」
再びチルノから放出される光弾、大きく動いて避けようにも先ほど放たれ漂っている光弾がまだ残っていて。
当たるわけにもいかないが、だからと言って漂っている光弾をどうにかできるわけでもない。どうにもならずに前に倒れるようにして避けはする。
避けはしたが、再びチルノが放つシンから射軸を外したシンの動きを抑制するための弾幕に完全に身動きが取れなくなってしまう。
背中を掠める光弾の痛みに歯噛みし事態を動かすべく思考を回すが最早どうにもならない。


もしもシンが今展開されている弾幕をすべて消しされるような「何か」を持っていたのなら状況を好転させることもやぶさかではなかった。
だが実際にはシンはそんな「何か」を持っていない、武器と言えるものは自身の体躯と今手に握っている一振りのナイフ、それだけ。
たったそれだけではもうどうにもならない、どうしようもない。後はチルノが放つパーフェクトフリーズに当たるだけだ。
それ以外の結末なんて無い、回避なんてしようが無い。何のことはない、詰まるところ、だ。
「詰み………かよ」

「―――これで、最後ォッ!」
放たれた光弾が背中にどすどすと突き刺さっていく、その痛みに意識を駆り飛ばされそうになりながらもシンは自分がどうすべきかを考える。
立ち上がって反撃する? 無理だ。立ち上がる余裕も弾幕の中を突っ切る余力もありはしない。
ならこのまま無様に地に伏すか。それでもいいと頭で考えはするが、それでいいのかと心で思っていて。
自分の初志がなんだったのかを痛みで朦朧とする頭で考える、絞り出す。どうすればいい、自分はどうすべきなのか。
(分かって………るんだ、分かって…………分かってっ)
きちんと負ける。それが最初の目的だったはずだ、だったらこんな風に無様に、なあなあな負け方なんていいはずがない。
弾幕ごっこにおける完全敗北の証、今やらなくてはいけないのはその証を示すこと。自分はチルノに負けたのだと言うことを伝えなくてはならない。
正直に言えば、負けを認めることへの悔しさはある。別に負けてもいいと思っていたはずなのに現金なものだと苦笑するが同時にこうも思う。
次、だ。次は負けない、次は勝つ。命をかけるわけじゃない弾幕ごっこ、だったら次勝てるよう努力するだけ。
負けたって明日が無くなるわけではない、悔しがることが出来なくなるわけでもない。だったら、もっと気楽に悔しがればいいだけだ。

(俺の、負け………か。くそうっ)
中心にでかでかと白文字で[F]と書かれた黄色い札を宙に投げる、霊夢曰くこれが自分が負けを認めたという証らしい。
それを見てチルノは弾幕を張るのをぴたりと止めた。初めはきょとんとしていた表情だったが、時間がたつにつれてじわじわと喜びの色に染まっていって。
「………~っ、やっっっっ、ったあっ!! やったよレティ、あたい勝ったよ!」
ぴょんぴょんと跳び跳ねながら勝利の喜びを全身で表わす、表情も喜色満面の笑顔で。
そんなチルノにつられたのか、割とどうでもよさそうだったレティも少し微笑んでいる。
さて、そんな嬉しそうなチルノ達とは対照的な満身創痍で人生の負け組はと言うと。

「………全身痛い」
地味である。ひたすら地味である。そもそも黄色いカードを投げただけで見事な散り様になるわけがない。
また霊夢に適当なことを吹き込まれたんじゃないかと落ち込み、このまま不貞寝してしまいたくなる。
そんなどんよりとした気分だったが、魔理沙が近くに来てしゃがみこんだことに気付くとどうにか顔だけ上げて視線を合わせる。
「おつかれさん。弾幕ごっこが初めてにしては上々だぜ?」
「最初は負けるつもりだったんだけどな………なんか、勝ちたくなってたよ」
「そんなもんだろ、気にするなよ。まあ次は勝てるといいな」
そうだな、と答えながらもどうやって勝つか、と言うよりもどうやって弾幕を鍛えるかということに思考を回し始める。
霊夢に教えを請うのは考えたが、アバウト極まりない指示だけ出して後は放置された光景をありありと思い出したので却下。
放任主義なのよと嘯いてはいるがどう考えてもあれは面倒臭がっているだけだろう。
なら美鈴にとも考えたが、本人曰く弾幕ごっこはそこまで得意ではないとのことだ。
第一、彼女には武を教えてもらっているのだ、これ以上は贅沢というもの。
では咲夜やパチュリー………は、個人的理由により却下。
ちょっと首輪付けさせてくれないなんてのたまういい笑顔の咲夜。
この薬飲んで頂戴大丈夫大丈夫危険はないからギョッギョッギョッと笑うパチュリー。
嫌な予感しかしない。頼んだらロクでも無い目にあう光景しか浮かばない。
それならアリス? 悪くはないが、ただでさえ自分のことで迷惑をかけ通しなのだ、これ以上負担を強いるべきではないだろう。
じゃあ後は。そこまで考えて目の前の少女と目線が合う。


少しだけ顔を赤くしている魔理沙を不思議に思うが弾幕ごっこに興奮したのだろうと考える。
重要なのはそこじゃない。聞いた話によれば彼女も霊夢同様にたくさんの異変解決に携わっているのだ。
それに彼女の鍛錬の方向性も自分と似通っている、教師としてはこれ以上ないほどに最適な相手。
「そうだ魔理沙、今度俺に弾幕ごっこのコツ、っていうか色々教えてくれないか?」
「――――え?」
魔理沙にとっては完全に寝耳に水なシンの言葉、少し固まって目を瞬かせてしまう。
が、言葉の意味を理解すると顔をぽんっ、と一瞬で赤くして目を泳がせる。

「まあ嫌なら別にいいんだけど」
「いいいいい嫌じゃない嫌なわけないていうかむしろえーと」
言葉の最後はごにょごにょと言葉にならずに消えていき、真っ赤になった顔を隠すように帽子を深くかぶり直す魔理沙をシンは怪訝な目で見る。
言いたいことははっきりしているが言いだす勇気を持てずにえー、や、うー、といった意味のない声を上げる。
毎度毎度不意打ち気味にとんでもないことを言いだすシンをちょっとだけ睨むも不思議そうに首を傾げるシンに結局また顔の熱さが強くなるだけで。
「………いいぜ。あんまり教えるの慣れてないから上手く教えられるか分かんないけど、その………ふ、ふつつか者ですが、よろしく、だぜ?」
「いや、助かるよ。こっちこそよろしく」
ぺこり、と少しおしとやかに頭を下げる、そんな少し魔理沙らしくない行動に首をひねるが特に深く考えることなく軽く笑って感謝する。
本当に何故気付かないのかこの男。⑨もびっくりである。

そんな二人に、声をかけるタイミングを見計らっていたのか気まずそうに大妖精が声をかける。
「あ、あのっ。大丈夫ですかシンさん」
「ああ、君か。大丈夫だよ、もう立てる………っと」
少しよろめいたが、誰の手も借りずに立ち上がる。
身体についた土埃を軽く払っているとチルノと視線が合う。
「ふふん、あたいの最強さが分かったかしら!」
「あ、うん、割と。というか本当に強かったんだな君」
「外見通り煮え切らない男! まあいいわ、これにこりたら大ちゃんにいたずらなんてしないことね!」
「いやだからそんなことしてないって………というか、その表現はホント不味いんで勘弁してくれ」
シンの言葉に、何言ってんだこいつとでも言いたげにチルノは首を傾げる。
そんなチルノの誤解を解くために大妖精が必死に言葉をかける。

「あ、あのねチルノちゃん、本当に私何もされてないよ? シンさんのことは私が勝手に話してただけだよ?」
「…………ホント? ホントに何もされてないの?」
本当に大妖精のことが心配だったのだろう、念を押すようなチルノの声。
おずおずと頷く大妖精、そんな彼女にチルノは心底から安心した表情を浮かべる。
「……っとに、よかったぁ。大ちゃんがあの黒黒に変なことされたんじゃないかってあたいずっと心配だったんだ」
うんうんと嬉しそうに頷くチルノ、そんな彼女を見てシンは心が暖かくなるのを感じる。
誰かのことを案じること、誰かのために頑張ること、誰かの無事で喜べること。
それは本当に優しくて暖かいことだと思う、自分もそうありたいと思えるほどに。
現実に自分が「そう」在れるわけではないけれど、だからこそそう在れるチルノはシンには眩しいくらい。
しばらく頷ききりだったチルノだが、やがてあれっ? と首を傾げる。

「……じゃあ黒黒、なんであたいアンタと弾幕ごっこしたんだ?」
「それはこっちの台詞だぁぁあああ!?」
じ つ に ⑨ 。

暖かい気分やら勝負の充足感やら身体の痛みやら色々なものが一気にすっ飛んでしまった。
大声で突っ込んだことで疲れがどっと押し寄せてきてしまう、このまま座り込んでしまいたかったが男の沽券にかかわるような気がしてどうにか立ち続ける。
やるせない気分のシン、レティは何とも言えない表情を浮かべている彼の肩を叩く。
「お疲れ様、色々と」
「………いいですよ、いい勉強にはなりましたから」
これは本心、なんだかんだで学ぶものはあったと思う。
自分の力がどの程度なのか、どこまでならやれるのか、弾幕ごっこがどのようなものなのか。
まだまだ自信を持てるほどではないが、なんとなくの方針は見えたような気がする。
心身ともに強くなるための指針、戦いの中でしか見いだせないのはやはりまだまだ未熟と言うことか。
だが、決してそれは自嘲ではない。どんな形であっても見出したものは見出したものだ、大事にしたい。今はまだそれでいいと思っている。


そのように考えているシンをみてレティがくすりと微笑む。
「そう。一杯勉強して、一杯素敵な大人になってね」
もう大人ですよ。そう言い返そうとしたけど何故か出来なかった。
言い返せなかったのは自分がまだまだ子供なのかもしれないと少しだけ自分に苦笑する。
「ん、どうかしたのかシン、顔笑ってるぜ?」
「うんにゃ、どうも。まだまだ俺もガキだなって話………それじゃ、アリス達の所に戻るか」
チルノや大妖精、レティと親交を深めたいところではあるのだが流石に早苗をほっぽいたままは不味いだろう。
その前にまずはデスティニーに連絡を。勝敗ぐらいは報告してやらねば。
「デスティニー、聞こえてるか? 今終わったところだからそろそろそっちに………ん?」
何か、妙だ。普段ならすぐに応答するのに今日に限って応答が無い。

―――何か嫌な予感がした。予感とはどこからともなく湧いてくるような直感ではなく経験に裏打ちされたものだ。
普段と違う状況と言うものは何かしらの異常のサイン、決して軽視してはならない。
脳裏によぎるのは二週間前に死闘を繰り広げたジンの姿。まさか、いやしかし。
思考を回しながらも体を襲う嫌な感覚に、じり、と胃が焦れる。長い長い、実際には数秒ほどの沈黙があって。
『すまないっ、応答が遅れた!』
普段のデスティニーらしからぬ切迫した声、やはりという感情が心を占めるが感情だけで決めつけてはならない。
心を静めながら感情を極限まで削ぎ落とした声で彼女に言葉を促す、すぐに走り出せるよう関節をほぐしながら。
「いやいい、何があった?」

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最終更新:2012年04月23日 13:11
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