『―――MSからの襲撃を受けている、敵機は一機のみだ、っ、伏せる!』
攻撃があったのだろう、早苗に対して指示をしている。もっともシンからすればアバウトすぎる指示だ、素人がどこまで持たせられるか。
しかしデスティニーからの言葉自体には驚きはない、概ね予測できていたことだ。もっとも早苗のことを思うとそうそう落ち着いていられるわけでもないが。
自然、ナイフの柄においていただけの手に力が入ってしまう。顔もきっと相当険がよっていることだろう。
余計な力を入れてはいけないのに、誰かに危機が迫れば身体がいうことをなかなか聞いてくれない。
「すぐ向かう、持たせられるか!?」
『どうにか持たせては、みせるがねっ! だが急いでくれ、もう兵装はアロンダイトとフラッシュエッジが一振りだけだ!』
「フラッシュエッジはあるか、アロンダイトはともかくそれがあるんならなんとか凌げる、か」
アロンダイトは他の兵装があってこそだ、振り回せば当たらずとも相手は自然と距離を開ける。そこをライフルなり長射程砲で狙い撃つなりどうとでもなる。
それ単体ではアロンダイトはただのデッドウェイトにしかならない。それこそ捨てた方がマシなぐらいだ。
もっとも、早苗にそこまでの判断を強いるのは酷というもの、使えるのならアロンダイトと言えど限界まで使わせるべきだろう。
「パルマは………いや、どのみち使いこなせないか。エネルギーは?」
『エネルギー? それはわりかし余裕はあるが、だったら一体どうだと』
「なら無理に避けることはない、致命傷にだけ気を付けて攻撃を防ぐよう早苗に言っておいてくれ」
VPS装甲ならそうそうは落ちることはないだろう、それに加えてハイパーデュートリオンエンジンだ、過剰な攻撃に転じなければエネルギーは有り余る。
早苗には辛い目を合わせることになるが死ぬよりは遥かにマシなはずだ、我慢してもらうしかない。
どうあれ、ここでこうしていてもどうにもならない。すぐにデスティニーの所に向かわなくては。
「すみませんレティさん、ちょっと俺」
「ん、いいわよ行ってらっしゃい」
シンの言葉を待つことなくレティから送り出す言葉が返ってくる。
事情を知らないレティから見ても固く強張ったシンの表情は「何か」があったのだと思わせるほどだ。
一瞬拍子抜けしたように固まるが、すぐに精神を切り替える。説明の手間が省けたのだ、好都合ではないか。
軽く頭を下げてアリス達の元へと走り出すシン、そんなシンを魔理沙は慌てて箒に乗って追いかけていく。
二人の背中が見えなくなると、レティはチルノへと視線を移す。正直置いていかれてむくれているのではないかと思っていた。
だがチルノは、そんなレティの想像とは裏腹に落ち着いた表情を浮かべていて。
「どうしたのレティ、変な顔して」
「………私も連れてけ、って言うかと思ってた」
「言わないよ」
レティの言葉に、しかしチルノはきょとんとした顔を浮かべるばかり。
大妖精も少し意外だったのかおずおずとチルノに声をかける。
「私も、チルノちゃん自分も連れてけって言うんじゃないかなって思ってたんだけど」
「だから言わないよ」
どうして? レティと大妖精の視線はありありとそう語っていて。
そんな二人の視線を腕組みをしながらチルノは堂々と受け止める。
「だって危ないんでしょ、危ないことが起こってるんでしょ」
「まあ………多分だけどね。怖い?」
「ううん、全然! あたいは全然怖くないよ。でも」
強がりでも何でもなく、ごく自然に、当たり前の様にチルノは。
「あたいが行っちゃったら、誰が大ちゃんとレティを守るの?」
少しの間、二人は声を出せなかった。不可能だからどうこうじゃない、当たり前の様にチルノは自分達を守ろうとしている。
滑稽だなんて思うはず無い、自分達を思いやってくれる何よりもうれしいその言葉。
レティは優しく微笑んで、くしゃり、とチルノの頭を撫でる。隣には大妖精も一緒だ。
「そう………それじゃ、ここで待ってましょう。私達をお願いね、チルノ?」
「ちょっと怖いけど………シンさんもいるし、それにチルノちゃんがここにいるから大丈夫だよね」
「うんっ、任せてよレティ、大ちゃん。あたいったら最強だからねっ!」
自信満々に胸を張るチルノの姿は子供らしいものだ、だがそれでも。ほんの少しだけ、大人びた何かがあった―――
森の中を走りながらデスティニーとの通信を続ける、戦闘に集中させてやりたいのはやまやまだが少しでも状況を把握しておきたい。
「アリスは無事か?」
『どうにかね。というか、僕らのサポートをしてもらっているよ、正直助かるっ』
「そうか、余裕があれば無理だけはしないよう言っておいてくれ」
『あればねっ。それで、敵機だが。データベースに照合するデータがあったよ、あれは―――』
デスティニーから伝えられた襲撃してきたMSの機体名。それを聞いてシンは軽く舌打ちをする。
ジンといい「それ」といい、なんだってこう古目の機体が来ると言うのか。
しかもジンはザフト製、「それ」は連合製だ、それに製造された時期も違えば量産機とワンオフ機。
関連性がまるで見えない、一体何が起きていると言うのか。考えたところでどうにもならないというのは分かっているが、しかしそれでも。
苦いものを感じるがそれに構っている暇などない、今必要なのは彼女達の所まで向かうことと。
「これで最後だ。そいつ、無人か有人か?」
『有人だね、さっきからやかましいったらありはしないっ』
「そうか………もういいぞ、相手に集中していてくれ」
シンが言い終わると同時に通信が終了する、やはり相当ギリギリだったのだろう。
急がなくてはならない、あの機体が有人なのだとしたらもしかするともしかするかもしれない。
もしも「そう」ならば一般人では反応しきれないだろう、自分だって完全に反応できるとは言い切れない。
聞き直すかと一瞬考えるが首を軽く振ってその考えを打ち消す。どうせ今聞いたところで何が出来るわけではない、デスティニーの集中を乱すだけだ。
今はとにかく急ぐだけ、しかし森の中では空を飛ぶ力を加えて走っても大したスピードが出るわけではない。
常人よりは遥かに早いが、それでも紅魔館で見せたような速度は到底出せない。そんな状況に心の中で焦りが生まれてしまいそうになる、と。
「何があったってんだよ、シンっ!」
魔理沙だ。箒にまたがって木にぶつかることなくシンに並走している。
何でもない、と言おうとして押し黙る。それでは以前のジンの時と同じではないか。
「………早苗達が襲撃を受けてる。多分、俺がいかなきゃどうにもならないんだ、だから」
「なら掴まれっ、私が飛んだ方が走るより速い!」
ばしばしと箒の柄を叩いてシンに手を出すよう促す。
だが。巻き込むわけにはいかないのだと言おうとするよりも早く。
「友達を放っておけるわけないだろっ、何が何でも間に合わせてみせるぜ!」
正論にぎり、と歯噛みする。確かに魔理沙の言う通りなのだ、このままでは間に合わないのは確実。
魔理沙を巻き込みたくないと思うのはそれが自分の信念だから。戦いにかかわらずに済む人達を戦いに巻き込ませない。
それがシンの信念であり、決して曲げたくないものだ。そうだ、曲げたくなんてない。
だが………だが。自分の信念と誰かの命、どちらが重いというのだ。
決まっている、分かりきっている。信念など曲げたところで自分が悔やむだけだ、命よりも重い信念なんてない、あってたまるものか。
だから、そう、だから。魔理沙の箒の柄をしっかりと掴む。身体が引っ張られる感覚を感じながらシンは叫ぶように魔理沙に。
「―――頼んだっ!」
「頼まれたっ、飛ばすぜシン、しっかりつかまってろよ!」
「ああ……そうだ魔理沙、ついたらお前は上空で待機していてくれるか?」
「………私のサポートとかは、いらないか?」
「いや、いるようなら合図をするよ。今の内に合図を決めておこうか」
そうは言うが、シンには極力魔理沙に合図を出したくはない。結局のところ巻き込まずに済むのなら巻き込みたくなどないのだから。
―――今回はそこまで巻き込まずに済むのかもしれない。だが、次もそうだという保証はない。
本当に、どうしようもないほどに戦いたくない誰かを巻き込んでしまったのなら。
その時自分は、どうするのだろう。
(―――考えるなっ、今は………今はっ!)
今は、集中するだけ。敵に集中しなくてはいけないのだから。
それが迷いから逃げるだけの体のいい方便ではないと、言いきることは出来ないのだけれど。
『あ、うっ!?』
肩から引き抜き投げつけようとした最後の一振りのフラッシュエッジを手から離れるよりも早く撃ち落とされる。
撃たれた物こそ質量弾だったがジェネレーターに当たったのか爆散し熱せられたコロイド粒子をまき散らす。
その程度の熱ではVPS装甲が破壊されることはない、しかし神経をデスティニーと一体化させている早苗は別だ。
『いたいっ!』
「痛いだけだっ、堪えて」
デスティニーがどうにか激励こそするが、MSがすぐ目前にまで迫っていることに気付く。
機体に繋がれた破砕球、ミョルニルを振り回して遠心力の勢いを付けながらどんどんと距離を詰めていく。
VPS装甲は質量兵器ではそうそう傷はつかない、しかし衝撃自体を吸収、軽減できるわけでは―――!
「―――防げぇッ!!」
『ひぃぃぃィィイイッ、殺ッッ!!』
デスティニーの声に早苗が反応して腕を上げるよりも早く、甲高くやかましいパイロットの叫び声と共にミョルニルが放たれる。
高質量の圧縮素材で作られた破砕球はデスティニーに叩きつけられる直前にスラスターの噴射により軌道を変化させつつ急加速、デスティニーの腹部に直撃してしまう。
『あがっ!?』
叩きつけられた衝撃で機体をくの字に曲げながら吹き飛ばされ、痛みで悶えて立ち上がることもできない。
腹から伝わる痛みに思考をぐちゃぐちゃにかき回されながらも早苗は先ほど襲ってきたMSの姿を改めてみる。
黒を基調としながらも所々に赤が混じるカラーリング、足周りやバックパックはもちろん腰やサイドスカートに至るまで備え付けられたバーニア。
そのバックパックは航空機を思わせる大型の翼を持ちながら、同時に猛禽類の爪を模したクローが見え隠れしていて。
盾には二連装機関砲が取り付けられており頭部の口に当たる部分には高出力エネルギー砲、ツォーンが存在。
左腕には先ほどデスティニーを吹き飛ばした破砕球、ミョルニルがワイヤーから外されて装着されている。
そのMSの姿、そして先ほどからぎゃんぎゃんとやかましいパイロット。
間違いない、早苗の記憶にもデスティニーのデータバンクにも存在するMS。
GAT-X370、レイダー。かつて連合がオーブ解放作戦及び以後の戦闘で用いられ第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で撃墜されたはずの機体。
それが、今目の前にいる。そもそもなぜこのような事態になったのかと言えばだ。
自分達が空でデスティニーを乗り回していた時だ、いきなり襲いかかられてしまった。
こちらの言葉などお構いなしに攻撃を繰り出してくるレイダーにどうにか応戦しようとしたのだが、いかんせん場慣れしているとは言えない早苗だ。
シンに応援を頼んだはいいが押し切られて地面まで落とされてしまい、今に至っている。
どうにか立ち上がろうとするが、それよりも早くレイダーは防盾砲を構えていて。
撃たれる。そう感じた早苗が一瞬動きを止めてしまう、その隙を繕うようにアリスの操る上海人形が槍をレイダーに突き刺しながら防盾砲の銃口を逸らす。
『ちィッ、うっ、ぜえんだよ人形何かがさぁっ!!!』
苛ついた声と共に上海人形を力任せに叩き落とす、そんなレイダーの姿にアリスは舌打ちをしながらも人形達の操作に狂いはない。
むしろ、その苛つきをつくかのように人形達が光弾を撃ち込んでいく。威力こそトランスフェイズ装甲を抜くことは出来ないが、牽制には十分だろう。
それに撃ち込み続ければいくら省電力を目的としたトランスフェイズ装甲と言えどいずれエネルギーも底をつく。
早苗から聞いた不十分な情報、しかしそこからデスティニーへの少ない質問で情報を補足していき勝機をどうにか作り出そうとしている。
アリスの冷静さが本当に助かる、早苗とデスティニーだけだったらどうすればいいのかも分からなかっただろう。
正直な話、アリスのサポートが無かったらとっくの昔に撃墜されているところだ。
「ぼさっとしてないで立ち上がるっ、私も逸らすぐらいしかできないんだからね!」
『は、はいっ!』
アリスではTP装甲を抜くことが出来ないこの現状、抜けるのはアロンダイトだけだろう。
だからこそ自分がしっかりと決めなくては。アロンダイトを握りしめながら早苗はそう思う。
一気に決める、その考えを胸にアロンダイトを大上段に構えてレイダーとの距離を詰める、だが。
「迂闊っ!」
アリスからの叱責が飛ぶ、それに反応するよりも早くレイダーが防盾砲の狙いをデスティニーにつけていて。
一瞬下がるかどうか迷うが十分避けられると判断しスラスターをさらに力強く噴射。
そんなデスティニーに狙いを定め、防盾砲の機関部から大型の弾丸が放たれる。
(避ける、避けられるっ!)
自信を持って機体を大きくかがませると、狙い通りに弾丸は機体を掠めることなくデスティニーを通り過ぎ背後の木にめり込む。
撃つ瞬間を予測したのではなく防盾砲から弾丸が放たれた瞬間に回避行動をとる反応の速さ。
早苗にはパイロットの素質、才があるとデスティニーが称した理由はここだ。反応の良さだけならシンどころか並みのパイロットも足元に及ばない。
体勢を低くしたままで一気にレイダーまで肉薄、アロンダイトを振りおろし。
どずん、という重い物質が地面に叩きつけられる音。振り抜かれたアロンダイトはレイダーに当たってなどいなかった。
デスティニーの眼前に「浮かんでいる」レイダー。より正確に言うのならばMA形態へ一瞬で変形したレイダーだ。
人型から猛禽型に変形することによってアロンダイトによる斬撃の軌道から僅かに逸れ、その僅かな隙をついてスラスターを全開で噴出、アロンダイトを回避したのだ。
避けられたということで早苗の頭は一瞬真っ白になってしまう、だが一瞬であってもその隙は致命的。
「馬鹿、下がれ!」
「集中力を切らすな!」
アリスとデスティニーの声に我に返るがもう遅い。レイダーは大型クローでデスティニーの両腕腕を掴んでいる。
そして大型クローの中心に存在する短距離プラズマ砲、アフラマズダにはもうエネルギーが充填されていて。
『瞬殺なんだよ、バァ~カッ!』
撃たれる、高温に熱せられプラズマと化したコロイド粒子を両腕に撃ち込まれ腕の機能が麻痺しアロンダイトを落としてしまう。
だが、機能が十全であってもアロンダイトを持ち続けることは出来なかっただろう。
『あ、う、ううううぅぅう~~~~っ!』
痛い。痛いなんてもんじゃない、もしも早苗が冷静であったなら腕に焼けた鉄の棒を突っ込まれた様だと比喩したであろう痛み。
これまでの人生で一度も味わったことのない痛みに蹲って動けなくなってしまう。
頭のどこかではレイダーから離れなくては、蹲ってないで立ち上がらなくてはと言うのだが心がちっとも言うことを聞いてくれない。
どうにか出来たのは座り込んだまま尺取り虫の様に足を動かしてのろのろとレイダーから離れることぐらい。
そんなデスティニーを見てゲラゲラと笑うレイダー、その姿はMA形態から人型のMSに戻っていた。
『かっこ悪ぃの、つーかバカじゃんただのっ。偉そうにかかってきといてさぁ?』
『うっ、うう゛う゛う゛う゛』
痛みに悶えるばかりで答えようとしないデスティニーに苛ついたのか、がん、とデスティニーの顎を蹴りあげる。
その痛みに結局また機体を縮こまらせて脅えてしまう。そんなデスティニーを面白そうに見ていたがすぐに飽きたのか防盾砲を構えた。。
「させると思うのかしらっ!」
だが、そんな凶行をアリスが黙って見ているはずもない。防盾砲の砲身を破壊すべくすぐさま人形達を操る。
自身の周囲を飛び回りながら光弾を撃ち込んで来る人形達をうっとおしそうに腕を振って追い払おうとする。
しかしそんな雑な動きではアリスの精密な操作によって動かされる人形達を捉えることは出来ない。
どうにもならないと判断したのか舌打ちをして狙いを蹲ったままのデスティニーに戻す。
この状態ならば打ち取るのも容易である以上放置する選択肢など無い。
全身に光弾を浴びながらもツォーンにエネルギーを集束させる、いくらVPS装甲であっても受けてしまっては確実に破壊されてしまう。
だというのに、間が悪いことにデスティニーから早苗の姿へと戻ってしまった。血の通った人間の身体に戻ったことを茫然とした目で手を見て理解する。
奇跡が起こったってもうどうにもならない、例えレイダーに何らかの異常が起こってもそのまま殴り殺しに来るだろう。待っているのは確実な死。
しかし、すぐそばにいたデスティニーから聞こえてきたのは快心の声。
「―――間に合ったかっ!」
間に合った、とはなんのことだろうか。不思議に思った早苗がのろのろと顔を上げる。
眼前にあるのはレイダーの姿だけ、しかし耳に響いてくる音がある。
背後から聞こえてくる、地面に降り立ち草地を駆け抜ける音、一体誰の物だと言うのか。
レイダーもその音を立てている者を見ているのか自分から僅かに視線が外れていて。
誰が来たと言うのか、ようやく気になりだし後ろを振り向こうとする、しかしその動作はレイダーを刺激してしまい。
『あいつの前に、こいつから圧殺ぅッ!!!』
ツォーンから光が漏れだし発射されようとする、もうどうにもならないことを悟りぎゅっと目を閉じた。
しかし、いつまでたっても覚悟していた熱が来ない。代わりに聞こえてきたのはじゅぅ、と肉が焼けるような音だけ。
何が起こったのか分からずに恐る恐る目を開けてみるとそこに待っていた光景に言葉を失う。
黒い服に黒い髪、そしてそこから覗く白い肌。腰に備え付けられたまるで鉈のようなナイフ。デスティニーの本来の乗り手。
シン・アスカがそこにいた。
「やっ、すまない。遅くなった……大丈夫か?」
早苗の恐怖心を少しでも和らげるようにシンは優しく笑いかける。
―――本当に危ないところだった。魔理沙の力を借りなければ絶対に間に合わなかっただろう。
魔理沙の箒から飛び降り、その勢いのままに空を飛ぶための力を加えながら地面を強く蹴って加速してどうにか間に合うことが出来た。
「は、はい、ありがとうございま………っ」
助かった安堵感に早苗は全身から力が抜けそうになったがシンが行っていることに気付くと絶句、顔から血の気が引いた。
なにしろ、レイダーの顎を右手で持って無理やりに上を向かせているのだ。
ツォーンに当たらないようにはしているが、それでもあふれ出た熱で手が焼けている。
先ほど聞こえてきた音の原因は間違いなくこれだろう、しかしそんな痛々しいことを行いながらもシンから闘志は消えない。
目の前のMSを睨みつける、間違いなくレイダーだ。かつて連合のデータベースで見た時の姿のまま。
もしもパイロットも同じなのだとしたらエクステンデットの前身、ブーステッドマンが乗っているのだろう。
(パイロットの名前は………何だったかな。いや、今はっ!)
『テメェ、なにすんだ、って、うわ!?』
「ンなくそォッ!!」
気合いの声と共にレイダーに渾身の力で体当たりをして突き飛ばす。
よろめき下がったときに顎を持っていた手から皮膚がべろりと剥がれてしまうがある程度は仕方ないと割り切る。
見ているだけで痛くなってくるシンの姿にどう声をかけていいのか分からずに早苗は口から意味の無い声が出てしまう。
だからこそ、早苗の不安を吹き飛ばしてしまうためにレイダーを睨みつけながらデスティニーに猛々しい叫びをかける。
「デスティニーっ! フォーム、アップ!!」
「うむっ、融合合体、行くぞっ!!」
シンの宣誓と共に地面にばらまかれていたスペルカードが一気にデスティニーの兵装へと変化、シンの身体に撃ち込まれていく。
身体に突き刺さるアロンダイトと長射程砲、フラッシュエッジは兵装へと、骨を焼きつくすビームはフレームへと、肉に食い込む弾丸は電装や装甲と化す。
全てがシンの身体へ撃ち込まれると激痛を伴いながら一気に変化、電圧が全身を奔り装甲が色づいていき。
一秒にも満たない時間、その瞬間でシンは顔に悪魔の隈取とも道化の化粧とも血の涙ともとれる赤いラインが浮かび上がるMS、デスティニーへと変化を完了させる。
だが、その姿は早苗の知る、先ほどまで操っていたデスティニーとはまるで別物だ。
『あァん? パイロット変わったからって何だってんだよ、大体そんな姿で僕と戦えるって思ってんのぉ?』
完全に馬鹿にした口調のレイダー、しかし早苗も到底今のデスティニーでは戦えるとは思えない。
背中にはウイングバインダーが存在しておらず肩のフラッシュエッジⅡも両方とも無い、長射程砲もウェポンラック自体が形成されていない。
両手のソリドゥス・フルゴールも無ければ実体盾も無い、掌部のパルマフィオキーナに至ってはジェネレーターが剥き出しの状態。
かろうじてアロンダイトだけはデスティニーの側に突き刺さっているがそれもビーム発信機がいかれているのかビーム刃が出ておらず連結部から今にも折れてしまいそう。
そんな痛々しい姿のデスティニーを、この事態を引き起こしてしまったことへの申し訳無さと相まって早苗は直視することが出来ない。
だがそんな早苗の心境を知ってか知らずかデスティニーはアロンダイトを地面から引き抜くと早苗とアリスの方へ首を巡らせる。
『二人とも、耳をふさいでいろっ!』
何故そんなことをするのか分からず早苗は眉を寄せるが、アリスはデスティニーの意図を理解したのか耳をふさぎ、早苗にもそうするよう目線を送ってくる。
二人が耳をふさいだのを確認すると、ミョルニルを振りかぶろうとしているレイダーに視線を戻して機体を捻じる。
そしてその捻じりから生まれるバネだけでアロンダイトをレイダーの顔面目掛けて突く。
完全に零距離からの突きとは言えどもアロンダイトの質量と人体と何ら変わりない可動を誇るデスティニーの機体のバネならばTP装甲と言えど十分に貫通可能。
レイダーもそのことを瞬時に理解したのかミョルニルを叩きつけるのを止めてすでに盾でアロンダイトを受け止めようと構えている。
この至近距離からの突きに反応できるレイダーの反応速度は凄まじい物だ、だが―――甘い。
『でぃぃいいやああアアッ!!』
息吹の如きデスティニーの叫びと共に機体の捻じりを解き放ちながら地面を強く踏み込みアロンダイトを突く。
レイダーの盾にブチ当たった瞬間、早苗達の身体をびりびりと痺れるような衝撃が襲いかかる。
(う、あっ!?)
子供のころに見た交通事故、車同士がぶつかり合うそれ以上の大音声で金属同士がぶつかり合う音が響く。
もはや痛みとも判別がつかない音による痺れを感じながらも早苗はデスティニーが言った言葉の意味をやっと理解する。
もしも耳をふさいでいなかったのなら冗談抜きで鼓膜が破れていたことだろう、一切減速を行わない金属同士のぶつかる音はそれほどまでに強烈だ。
レイダーの盾は割れこそしなかったがジョイント部から千切れ飛ぶ、しかしそれほどの衝撃がアロンダイトにも同様に伝わっているのだ。
切先は砕け、連結機構からひしゃげ折れる。ただでさえ碌にエネルギーも補充しない状態での再構成で脆くなっていたのだ、突けただけでも御の字だろう。
あまりの衝撃にレイダーが後ずさる。よろめき、足をふらつかせながらも倒れることはない。
達人が行ったのならば上半身ごと千切り飛ばすことも可能らしいが、どの道あの脆くなったアロンダイトの状態では達人であっても困難極まる。
しかし―――いい。その「脆い」アロンダイトだからこそ、ここからの展開を可能にするのだ。
『っハハァッ、これで武器は無くなったじゃんかよぅ、ぶぁ~~かッ!!』
馬鹿にしたようなレイダーの声、だがそんな煽りなどでデスティニーを揺らがせることは出来ない。
精々余裕を見せてくれと言うのがデスティニーの心情だ、どうあれやることに変わりなど無いのだから。
『そうかよっ、ならっ、受け取れぇっ!!』
レイダーが後ずさったために開いた距離、近すぎず離れすぎずのちょうどいい距離だ。
その距離を使って手に握ったままのアロンダイトの残骸を「投げつけた」。
『ンなァッ!?』
驚いたのはレイダーだけではない、早苗もただ一つの武器を手放すデスティニーの判断に驚きの顔を隠せない。
だがこの状況ではこれが最善の手となる。アロンダイトはこのままではただのデッドウェイトにしかならない、速やかに廃棄する必要がある。
加えてアロンダイトの重量だ、重斬刀としての使用が念頭に入っているためか頑健さを重視したアロンダイトの重量は凄まじく重い。
それこそ並みの対艦刀とは比較にならないほどだ、だからこそ半分に千切れ飛んでしまった今の状態であっても十分すぎるほどの質量となる。
そんなものをMSが全力で投げつけたらどうなるのか。答えは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるレイダーがありありと示してくれている。
武器を投げつけられるという行為が余程屈辱だったのか、レイダーは立ち上がることも忘れて喚き散らす。
『武器投げるとか、ふざけてるんじゃ』
『至って真面目だよ、俺はっ!』
しかしデスティニーはそんな喚き声を一蹴すると脚部スラスターを噴射しながら地面を蹴って勢いを付け跳躍。
木々を突きぬける高さまで一気に上昇、そしてそのままメイン、脚部スラスターを噴射して地上へ加速する。
レイダーを爆砕するために重力による落下の勢いも借りて蹴り潰す、直撃すればTP装甲が持っても内部フレームや電装系はただでは済まない。
そのことはレイダーも分かっている、地面に叩きつけられた程度で意識を手放すこともなければ、黙って受けてやるほど反応が悪いわけがない。
彼から見れば非常識としか言いようのないデスティニーの行動に舌打ちをしながらも地面を転がってデスティニーの落下点から退避。
地面に右足をめり込ませながら着地、ぐっと膝を曲げて屈むデスティニーとは対照的にレイダーはすでに立ち上がっている。
だが、そんなことはレイダーが転がって避けた時から分かっている。屈めた右足を軸にして左脚によるレイダーの足を狙った下段回し蹴り。
足を破壊することが目的ではなくレイダーの体勢を崩す、ひいては足を刈り飛ばして転倒させるのがデスティニーの目的だ。
『しつっこいんだよォッ!!』
悪態をつきながらもレイダーは後ろに下がって避ける、もし本当に転倒してしまったらデスティニーに武器が無いとはいえ流石にまずいと感じたのだろう。
再度避けられてしまった攻撃、しかしデスティニーにとっては予定通りだ。これで転倒させられたのならよし、そうでないなら次へとつなげるだけだ。
屈んでいた右足を伸ばして立ち上がり、今度は軸を先ほどの下段回し蹴りで一歩前へと出ていた左足に変えて再び回し蹴りを放つ。
一歩踏み込んだ形で腹部を狙って放たれたそれをのけぞってかろうじてレイダーは回避するが完全には避け切れずに腹部装甲をデスティニーの足が掠めてしまう。
僅かに掠めただけだがどちらも金属同士だ、甲高い金属を切断するかのような音を響かせながら掠った部分から火花が散る。
レイダーから背を向けた状態、しかしそこからさらに地面を蹴ってまた一歩レイダーへと距離を詰める。
(あ、これ、ヤバ―――)
もう完全に射程圏内だ、後ろに下がるどころかのけぞって逸らすことすらできない。
ここに至りレイダーもデスティニーは最初からこの状況を狙っていたことに気付くがもうどうにもならない。
デスティニーが軸となる右足をぎゅり、と回転させる。先ほどの二撃とは違い今回の物は地面に跡が付くほど強烈な踏み込みだ。
その踏みこみの勢いのままレイダーの頭部目掛けて足の甲を使ってのハイキック。右足のシリンダーが高熱で空気を焼き、機体全体が軋むほどの高速かつ重い蹴り。
疾風の如き三連撃、その最後を飾る今度こそ避けようが無い一撃を顔面にモロに受けてしまい吹き飛ばされ木に叩きつけられた。
『あ、がッッ!?』
叩きつけられた衝撃で苦悶の声を漏らし、機体全体に凄まじい負荷がかかり一瞬ながらも機能不全を起こしてしまう。
レイダーが木に叩きつけられ、身動きが取れなくなっているのを視界に映すと首を回して早苗に視線を向ける。
『離れているんだ早苗!』
デスティニーの言葉に、しかし腰を抜かしてしまったのか早苗は動こうとはしない。
だがそれは予想できていたこと、早苗が戦いに近い人間ではないことは雰囲気で察していた。
そんな人間が戦いに巻き込まれたのだ、どれほどの才があろうとも脅えないはずがない。
『アリス、早苗を頼む。そっちには回さないつもりだけど………気だけは抜かないでくれ』
「ン、わかった。ほら早苗、つかまって……あんたも、無理はしないようにね」
しなければ勝てない。そうは思いはしたが言ったところで不安にさせるだけ、わざわざ口にはしない。
早苗の腋に手を差しのばして引きずるようにデスティニーから離れていく。
それを視界の端に映しながらもデスティニーの思考はすでに勝ちまでの手を構築しようとしている。
(デスティニー、使える兵装と可動時間の割り出しを)
(兵装の方は見ての通りだよ、CIWSがどうにか七発ほど)
(パルマフィオキーナは? ジェネレーター押し付ければ使えそうだが)
(エネルギーの方が持たない、フェイズシフトが落ちるぞ!)
そうか、と頭の中で返事をする。しかし彼女の言葉を聞いてもデスティニーには落胆の色は無い。
もともと使用可能な兵装が無いのは分かっていたことだ、デスティニーに聞いたのもあくまでも確認のために念を入れただけのこと。
(可動時間は……動かなければエネルギーも回復はするんだがね)
(動かなけりゃな。で、どれくらい動ける?)
(フルに動き回って二十分、それでフェイズシフトが落ちるよ)
二十分とは言うが、攻撃を受けてしまえばVPS装甲にエネルギーを食われるのだ、実際にはもっと短いだろう。
一発も被弾しなければ二十分フルに動き回れるのだろうが、そんなことはありえない。もって十分といったところか。
―――また、死線をくぐらなければならない。状況を考えればそれは間違いなく不可避だろう。
しかし、ひりつくような熱を感じながらもシンはどこか冷静な感情も抱いていて。
(いつものこと………か。やって、やるさっ)
自身のための戦いならば出来得る限り自分の力で、それは正しい。
だがそれは自分のための戦いだけに限った話だ。誰かを守るための戦いならば、全てを振り絞る必要がある。
己が持ち得る全ての力、注ぐのは今この一瞬のためを置いて他にない。
握っていた拳を解き、肩を下ろして余分な消耗を少しでも減らす。
デスティニーが知る由もないがその姿は武において自然体と呼ばれるものに近い。
そのような姿で叩きつけられたレイダーを睨みつけていると、呻き声を上げながらレイダーが動き出す。
機体のバランスが崩れたのか、或いは操縦者の意識が朦朧としているためか木の幹にマニュピレーターを食い込ませて立ち上がった。
マニュピレーターの痕で痛々しく削られてしまった木を支えとしながらも、自身とデスティニーの姿を見比べて噴き出すようにして嘲笑う。
『ぷ―――ハハハッ、バックパックも無い、武器ももう無いくせに、悪あがきはみっともないんだよ!』
勝ち誇ったように甲高くけたたましい笑い声を響かせるレイダーをデスティニーはしばし眺めていたが、やがて、はぁ、と。一つ溜め息をつく。
デスティニーからの心底から詰まらなそうな溜め息を聞き、罵りの言葉を止めてしまう。
無論それは非礼を感じたからではなく頭をチリつかせるような怒りのため。
その怒りを感じて、その上でさらに怒りを煽りたてる言葉を。
『吹っ飛ばされて何を偉そうに。大体な、俺が勝てるかどうかはともかくだ。お前が俺に勝てる道理がないだろ?』
自分の不利を完全に理解し、その上で自分よりもお前は格下だ、とただの事実を述べるように淡々と告げた。
そのレイダーを侮辱するでもなく、事実を告げるような行為にレイダーの感情のリミッターは完全に外れてしまう。
普段ならば相手を口汚く罵りながら切りかかるのに、今は頭の中が沸騰しそうなほどの殺意が感情を支配していて。
『大体武器を失った時のことも考えているに決まってるだろ、頭脳が間抜けなんじゃあないかお前』
『…………滅殺、撃滅、瞬殺、抹殺、滅殺、虐殺…………っっっ!!』
俯き、カタカタと身体を震わせながらミョルニルを振り回して回転させていく。
自然と漏れ出たのか、ぶつぶつとデスティニーに対する殺意を口に出すレイダーに一切構うことなくデスティニーは言葉を続ける。
『それと言っておくが、俺が一番上手くデスティニーを扱えるなんて言う気はない、ないが、な。それでも俺達が勝つさ』
「すごい自信じゃあないか、いい傾向かな?」
『何言ってるんだ、ただ知ってるだけだよ。お前の性能はこんな状況なんかで揺るぎゃあしないって、知ってるんだ』
シンの言葉の真意を掴みかね、少し不思議そうな声を彼女は発した、しかしデスティニーは構うことなくレイダーを見据えていて。
拳を握り、両足を軽く開いて構える。開いた左手を真っ直ぐ前に突き出し、右拳を頭部近くまで上げた迎撃のための態勢。
ヴン、と羽虫が羽ばたくような低い音を立ててデスティニーのカメラアイが緑の光を放つ中、きっぱりとデスティニーは言い切った。
『俺が、デスティニーに一番長く乗っているんだから』
「―――っ!」
驚きか、或いは喜びか。デスティニーが息をのんだ音が早苗達にまではっきりと聞こえた。
何の疑いもなく、それこそ事実を述べるかのような、力強いわけでもない淡々とした言葉。
しかしその言葉にはデスティニーに対する絶大の信頼が伝わってきていて。
自分を信じているわけではなくとも、ただデスティニーを信じる、信じてくれている。
口に出さなくとも、シンにとっては腹の底から、前提条件とでも言えるほどにデスティニーのことを当たり前に信頼してくれている。
喜ばないはずが無い、嬉しくないはずが無い。同時に、自分はシンを信頼しきれていなかったからこそ驚いてしまった。
ならばどうすれば。シンの信頼に報いるための手段は。考えるまでもない、答えはすぐそこに転がっている、それも何一つ難しいことではない。
自分もまたシンを信じるだけだ、シンがデスティニーを信頼し全てを捧げたように、デスティニーもシンを信頼し全てを捧げるだけ。
ここに至り自分が感じたシンに対する不満が全て吹き飛ぶのをデスティニーは感じていた。そうであった、何も迷うことなど無かった。
己の主人は、デスティニーを知りつくしているのは、使いこなすために己を鍛え上げてきたのは、紛れもなくシン・アスカなのだから。
彼女の息をのむ音を意外に感じたのか僅かにデスティニーの呼吸が乱れた。しかしそれも一瞬のこと、すぐに平静を取り戻して。
『何が言いたいのかって? 何のことはないさ小僧。要するに、だ』
デスティニーが地面を踏みしめる、じり、という音が互いの駆動音やミョルニルが風を切る音に混じって思いのほか大きく響く。
マイクから漏れ出るクロトの殺意に満ちた吐息、緊張感に息をのむ早苗の吐息、逃亡の機会を窺うアリスの冷静な吐息、そして規則正しく吸って吐くデスティニーの吐息。
それらが極限まで高まり――――そして。
『ブッッッッチ、殺してやるううううううぅぅぅうああああアアアテメエェェエエ!!!』
『その程度で、俺とデスティニーが破れるかぁッ!!』
デスティニーは地面をより強く踏みしめ、レイダーはスラスターを全開にし、互いに一気にぶつかりあっていった―――
最終更新:2012年04月23日 13:13