11
「――さて、どうしたもんか」
シン・アスカは呟く。大戦中、30機のウィンダムを同時に相手したことがあることを数秒回想しながら・・・・。
30機。
30人。
30。
逆に言えば、30という数字より少なければ一定の空間内全てに集中することもできるということだ。敵も味方も関係なしに。
それに加えて、今は人の意識を感じ取るような妙な感覚さえも加わり。
手の内、というより全てが、手の中そのもの、と言ったほうがしっくりくるだろう。
その感の鋭さは感知という言葉よりは、“把握”という言葉のほうがしっくりくるだろう。
「どう見てもあっちのMSが新しいし」
ガイア2ndの今の装備はガイア2ndの内部武装と、ワイヤーガン×2、ビームブーメラン×2・・・・、とジャンク屋組合勢のビームガン。
これらが全て。
全て接近戦用だった。やれやれ、まったくやれやれだ。かといって『アグニ改』じゃ、役に立たないし・・・。
それに対して敵MSは――
ゲイツハイマニューバ(高機動型ゲイツ)。
見た目はゲイツEのバックパックにミーティアの独特の形をしたバーニアを小型化量産したものを設置し、両脚部にスラスターを増設、間接を高機動に耐えうるように強化したもの。
武装は腰のレールガンと連射重視のザクも使っているビーム突撃銃(ただし放熱板を兼ねた銃剣を新規採用されている)、ビームサーベル内蔵の対ビームシールド。
旧ザフトMSの特徴であった大きな鶏冠状のセンサーはなく、グフや指揮官用ザクなどにも使われたブレードアンテナを設置。
胸部の装甲のみPS装甲を採用。
見た目はゲイツ、しかし中身はザクを超える技術の結晶である。
「宇宙用MSか・・・、厄介だ。」
宇宙という環境に限定するならばブレイズザクよりもはるかに使えそうだ。
優れた動体視力とGに耐える強靭な肉体というコーディネーターの能力をフルに活用できるだろう。
そしてパイロットは動きから見るに自分をエースと勘違いしている馬鹿、ではなく本物のエース級。
さて・・どうする?
相手の機体と武装に関しては機動力も射程も向こうが上――どうする?
今はこの戦い、2対1じゃない。“2対1にしなくちゃいけない”――どうする?
バックパックに装備したプロペラントタンクにより航行距離も向こうが上――どうすればいいッ!?
「これは、マズったかな・・・・?」
普通はさ、ああ、あれだ、もし俺が何かの物語の主人公なら、卑怯なほどのチートなMSに乗っているのが相場なんだ。・・・なんだけど、現実はそうはいかない。
この状況、圧倒的に俺の不利。けれど正直に言えば・・・…・・・。
楽しい、と感じている自分が確かといる。
そう、兵士には、これしかない。
目の前の戦い、しかない。
そしていつしか目の前の戦いだけが、己の“全て”になってしまう。
それだけが自分の価値の全てと勘違いするようになり、そこだけが自分の最後の居場所だと勘違いするようになる。それが―――。
それこそが、戦いに染まる、ということだ。
『そのパーソナルマーキングぅ!! あなた、シン・アスカですかアアア!!』
公開通信。
男の声だった。
若いな。でも俺よりは年上だろう、多分。
「だとしたらどうしたアア!!」
『・・・・俺たち『サーカス』出身者2人に』
『どこまでいけますかねェェ!!』
自分を「俺」と称する気の強そうな男の声と、もう1つ、静かな男の声。声からして敵パイロット2人とも10代か?
でも、まあいいや。・・・・目当てに会えたんだな、俺は。
“アタリ”だ。キヒヒヒっ・・・・。
「クハッ・・クハハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハ、アハハハハッッ!!!」
笑いが。
嗤い声が聞える。
戦に狂ったモノの声が響く。
『っ? 兄さん・・こいつ・・・!』
『恐れて狂ったか!』
『サーカス』、と呼ばれるエース育成機関出身の2人。
自分を「俺」と称するとセイブと、「僕」と称するランセは兄弟だった。
ここに来たのはただ単に金が欲しかった、だけ。
金。
カネ。
戦う理由は他に何もない。
正義も大義も無い。他に生きる方法もない――知らない。つまりは、無い、のだ。
中古でも雇い主に戦艦のエンジン、または陽電子シールドが手に入ればそれなりの額が手に入る。
『サーカス』というエース育成機関で知ったことは、勝たなければ生きられない、というただ1つのルール。そのルールだけがこの世界を支配する、絶対、だということ。
そして、金は沢山のものに代わる―――どんな存在でさえ金に代わる、ということ。
『かけがえのないもの』と呼ばれているものものとは、対極の存在。
だが生きていく上で金は、『かけがえのないもの』よりは、余程かけがえのない存在だ。
そんな価値感と世界感。
そんな価値観と世界感をもっているからこそ、目の前に面白い者がいたと感じた。
そして思った。
噂の『シン・アスカ』の声を聞いてみたい、と。
ただ1人、大きな組織に属さない――どころか必要なら全てを敵に回して戦う悪鬼。誰にも支配されない者、を見てみたかった。
『英雄』はどんな宗教をもっているのだろう。
わくわくと期待を持った。
「ウッセェんだよ・・・!! 狂わずに戦争が楽しめるかよオオッ!!!」
ただ一方、それ以上にシン・アスカのほうはというとただ『殺してもいい相手』ということが分かり、高揚。
いきり立つ、シン・アスカのイチモツ。
「さあ楽しもうぜェ、この目の前の戦争をォ!!!」
声からだけでも分かる、戦火の色をした狂気。
向かってくる灰色を纏って赤い眼をギラつかせるモノ。
最悪。
最悪、だ。
『こいつはド外道ですね!』
『・・・・生きていてはいけない人間って奴か』
そして思った――逃げなければ、と。
しかしそれはできない。
ならば。
コイツはここで始末しなければ、と本能ではなく意思を強引に押し込んだ。
高速で飛び交う3機。
ガイア2ndは左手のビームガンと右手のビームブーメランをビームサーベルモードにして立ち向かう。
見え見えに高機動型ゲイツの1機がビームライフルを2連射と両腰のレールガンを1発づつ・・計4発放ってきた。
「そんな丸見えの攻撃!」
ガイアは当たり前のように難なく躱す。
が。
「ッ!!?」
高機動型ゲイツが1機しかいない!?
目の前には1機しか高機動型ゲイツがいない。もう1機は、どこだ!?
「下!?」
正確にはガイアから見て左斜め下。
“消えた”もう一機の高機動型ゲイツが逆さまの姿勢になりながらガイアをビームライフルで狙っている。
つまりは、錯覚と感覚の心理。
まず、ガイアが右手で持っているビームブメランの動きから右利きであることを推測し、逆に注意のいきにくい左を選択。
さらに、MSという人型の死角である下方を瞬時に選択。
さらにさらに、ロックオン機能を使わない手動での射撃は相手のMSに気づかせることはない。
虚をついての裏の裏の裏をつくこの戦法。並みのエースなら大抵これで終わり。
『・・・・』
無言。油断のない証拠だ。笑みも誇った声も漏らさない。
高機動型ゲイツの持ったビームライフルの銃口が光を放つ。
大抵ならば。
並みのエースだったならば。
これで終わりだっただろう。だがそれは――
ならば、の話だ。
その程度。
その程度の“魔法”で。
「その程度でこの俺が殺せるかァアア!!」
手足を動かしての重心移動――AMBCと同時にスラスターによる加速でビームライフルを躱す。
『・・・・反応した?!』
と同時に仕留めよう相手に接近。
『・・・・驚いた・・・!』
しようとしても、だが当然、相手は近づいてはくれない。
すぐに機体の誇る機動力で距離をとった。
『ハッハー! やらせませんよ、負け犬の黒犬がアアア!』
だけではなく。
ヤーカの高機動型ゲイツがガイアの背後をとろうとしていた。すぐに反応し対応。
しようとした舌打ちを何とか止める。
冷静にならなければ負ける、とは分かっている。
分かってはいるがこのままではなぶり殺し。
分かってはいたが、追い詰められているのはやはり自分だった。“魔法”を破ると同時に殺しておくべきだった・・・・。
高速で飛び交う3機。
高機動型ゲイツ2機はそれぞれガイアを中心にして円を描いて回る回る回る回る回る回る。
3次元的な円が2つ。
2機が織りなす3次元的な2つの円。
遠くから見ればそれはまさしく――“球”。
球状の檻。
だがその檻は獣を捕えておくための檻ではない。
「くッ・・・」
交叉する敵から放たれるビーム。まるで檻の外から槍を突き続かれるような感覚!
そうこれは。
獣を安全で確実に仕留めるための檻!
ガイアは手足を動かした重心移動によって繊細な回避を続ける。
出来る限り寸分の差で躱すように、時には機体の一部を動かすだけで躱し続けた。
過去に対フリーダム戦で編み出した技術だが・・・・。
あの時のように研究したフリーダムとは違い、相手は初見。
しかもエース級2機の正確な射撃と動き。
お互いの動きと配置を把握しつくしているチームプレー・・・・同士討ちを狙っても無意味だった。
そう考えている間にも相手からのオールレンジ攻撃を躱し続けなければならない。8機のドラグーンよりも、4機のガンバレルよりも、・・・・この2機は厄介だ。
コンビネーション技術ならフリーダムとジャスティスのコンビを上回っていることだろう。
躱し続けるには恐ろしいほどの集中力を要し続ける・・・。
いったいこの集中力を絞り出すための体力はいつまでもつ・・・・?!
ガイア2ndのもつビームガンは、数発撃つも2機の高機動型ゲイツには当たってはいない。
『クソ! お、墜ちろッ! 当たれッ! ・・・・殺されろオオオ!!』
ランセは恐ろしかった。
目の前の得物の成長速度が!
なぜあの初見殺しの必殺で死なない!?
なぜもうこちらの連携攻撃を当たり前のように躱し続けられる! “なってきている”!!?
なぜ!! なぜだ!!! なぜ死なない!!!?
シン・アスカの焦りとは裏腹に2人の兄弟はそれを遥かに上回る恐怖を味わっていた。
『・・・・ク・・・・ッ、ウっ! ・・・・うう、う・・・』
ランセは近くなってくる絶望のあまり、声にならない声を出しめる自分に気づかない。キャラ作りでもある、変な敬語も忘れていた。
あと数十秒………。
あと数十秒経てば・・・・。
シン・アスカはこちらより強くなって……自分たちは殺される・・・・!
殺される・・・・!
つまりは死ぬ。
『・・・・『無調整』が!』
そんな恐怖のさなか、挑発というかすかな可能性に兄のセイブは賭ける。
死刑台の上に立たされても思考を止めない、その時点で並みの兵士を凌駕していたのはコーディネーターの能力に頼るばかりではない“本物”の部類である。
『・・・・だが戦うために生まれた時点で俺たちに差がある!!』
「ッ!」
『無調整』。それはシン・アスカに向けられた挑発のはずだった。
挑発も立派な戦略の1つだ。
が、その一言だけは今のシン・アスカにとっては挑発を超える、最も許せないものになっていた。
その言葉はシン・アスカのもっとも脆い弱点に――
ディエチという存在につながる言葉だった。
「戦い続けてその末、死ぬために生まれた奴らが偉そうにほざくなあ!!」
イライラするんだよ、たかがそんなことを誇らしげに・・・・!!!
殺す・・・・ッ!
こいつらはここで悪意をもってブチ殺すッ!!!
「お前らはここで、鏖す!」
許せなかった。
相手の事情を知らないシン・アスカにとってその発言は。
―――■■■■■■■■!
言葉にできない言葉が思考を覆い隠す。
真っ白、というより。
真っ黒で、真っ赤に、なる頭の中。
その黒と赤によって見えなくなっていくシンの頭の中に描いていた戦略や戦術。
なぜだ?!
なぜこんなにも動揺している!??
ディエチと出会う前のシンなら心を感情を殺して・・・・というより、元から心が死んでいたので問題はなかったであろう。
だが今は違う。
ディエチに出会ったことで感情が生きている。
それ以上に。
『心』がこれまでとは、違う。
「ッ!?」
知らない・・・ッ!
俺は・・こんなに脆い部分なんて・・知らない・・・ッ!
数瞬、途切れる集中力。
シン・アスカに、隙ができた。
「ッ!?」
ガイア2ndを狙う、紫電の走る4門のレールガンの銃口。
『死人の色を纏っているのなら!!』
『・・・・これで、地獄に帰れ!!』
4つの連なった衝撃が襲う。
3発が命中し吹き飛ばされる灰色のガイア2ndと、1発が直撃し破壊されるビームガン。
グラグラとした頭でシン・アスカは気付く。なぜたった一言でこんなにも感情が動いてしまったのか――
もう、他人じゃなかったんだ・・・・。
――と。
大切な存在だったからこそ・・・許せなかった。
あいつらの言葉を否定しなかったら――あの娘は引き金を引くために生まれてきたことになってしまう。
それが嫌で嫌で嫌で。
それだけは許せなくて。
自分でも気づけないくらいに深い心の底で、嫌で許せなくて。
反応してしまった。
『・・・・ダメ押し!』
今なら・・・・今なら殺れる!!
と。
セイブの乗った高機動型ゲイツの、ビーム突撃銃が吹き飛ばされていくガイア2ndを狙い。
光を放った。
ガイア2ndに触れ、光が弾ける。
そしてそのまま。
ガイア2ndは暗い闇に飲まれていった
「ハっ・・はッ・・・く・・ッんん」
未だ戦場にいるにも関わらず、安著しようとしているランセ。兄のセイブという存在がいなければ恰好の的の状態であった。
無論。そんなことをするのは、半人前以下、のすること。
だがそれは2人の関係の証であり、シン・アスカが2人の常勝パターンを打ち破っていたという証でもあった。
「ふう・・まったく・・・」
生きている実感を。
呼吸という行為だけでもいいから思いっきりしたい。それだけのことをやっていた。
だが次の瞬間、実の兄の言葉により、
「・・・・アイツは、生きている・・・・ッ!」
絶望に引き戻される。
「―――は?」
何を? 何を言っている?
ランセは混乱する。
「何、何何、言っちゃてるんですか、兄さん・・? アイツは死んだしょうが!? あんたが止めを刺したんでしょうが!!?」
慌てる弟を意も介せず・・・・というより、中からではなく、表面から中へと動揺を消す為に。
冷徹に冷酷に、酷な現実を言う。
「・・・・防いだんだ。3発もレールガンをもらって吹っ飛ばされながらも・・・・止めのビームライフルを」
ビームサーベル(ビームブーメラン、ビームサーベルモード)で防いだ。
「・・・・・・・・」
その非現実的な所業にランセは言葉を失った。
1発。
本来ならば1発のレールガンでさえどれほどの衝撃をパイロットに与えるか。
その1発は気絶では済まない。体を文字通りバラバラにするような衝撃だ。
しかもあの機体はPS装甲で、装甲の破壊――という形での衝撃の消えるケースはない。無慈悲にパイロットを襲う。
なのに。
なのに耐えた?
しかもビームサーベルでビーム突撃銃を防いだ!!?
「ふざけるんじゃねえっ・・・!! フザケるなよっ・・・・クソっ!」
悔しさのあまり、モニターをギュッと握った拳で叩く。叩いた後、その場で拳を再度握りしめる。
「生きている・・・っ!? あンのォオ・・・バケモノが!!」
言わずにはいられなかった。
「止めをさす」
セイブは、さいごの勇気を振り絞ってその言葉を絞り出した。
「・・・・生かしておけば――」
「分かりましたよ」
ランセは、同意した。恐れを抱いていながらも。
覚えている。
あのオゾマシイ奴は、オゾマシく言った。
鏖す、と・・・・。
それだけの怒りと憎悪をもっていた。
命ある限り、実行するだろう。ガイアという強襲機ならデブリ群を抜けて、実行可能。だとしたら・・・・意味がなくなってしまう。
この時すでに2人はミスを犯していた。
シン・アスカの策に嵌っていた。
この宙域にある高機動型ゲイツ2機以外にある巨大な人型たち、それら全てMS。
ではなく、ダミー。
偽物。
シン・アスカの狙いは、ダミーを本物と思わせること。大局的に、エドの率いる分隊たちを安全に移動させること。
ビームガンは“当てられなくてもよかった”のだ。ただ相手の注意を向けさせれればそれでよかった。
その証拠に“援護射撃というものは1発もなかった”。そのことにも彼らは気付けなかったし、疑問をもつ余裕もなかった。疑問をもつべき、だった。
そしてもう1つ彼らはミスを犯した。
彼らの向かった先、ガイア2ndが吹っ飛んでいった場所。
そこはデブリ群、ガイアの狩場。
宇宙の暗黒という地獄の釜蓋の中で、死人の色――骨の色――灰色を纏ったモノが赤い眼をギラつかせている。
12
『意識はあるのか!? 生きているのか?! おい!! 応えろ!!!』
ビビー!! ビビー!! ビビー!!
というけたたましいアラーム音がコックピッドとヘルメットの中に鳴り響く。
「あ、ああ・・・、なんとかな」
重く感じかけた頭からなんとか言葉をひねり出す。
本来ならばできないことだがそれができるのは、アドレナリンを分泌しているからだ。
身体が闘争はまだ終わっていないと判断しているからだ。
「・・・ヤバかったな」
機体を確認、システム以上無し。オールグリーン。
左手のビームブーメランを保持を確認。
右手のビームガン・・・・砲身破裂、使用不能。捨てよう。
『普通死んでいるぞ!!』
「8、第1分隊は?」
俺は役目を果たしたか?
『被害0で移動に成功』
「よし・・・」
あとはエドさんたちなら上手くやってくれる。
あとは――あと俺のやるべきことは――
「待っていろ、今すぐあいつら喰い殺してやる!!」
姿を現してくる戦火の色をした芽と根の出た種。
ギチギチと歪んでいく心と顔。
また、嗤っている。
怒りながら嗤っている。
このまま、この顔のまま固まっていく。
このまま、その心も、また・・・・。
また・・そのまま・・・・。
『いい加減にしろ!!!!』
「!」
声が、響いた。
それは機械的な声――というより。
明らかに機械で合成された音声で。しかも下手な合成だった。
まるで初めて声を出す、ような。
『俺の知っている『シン・アスカ』はそんなに弱くはない!!』
8の、声だった。
モニターに映される文字ではなく、コンピューターで合成されてつくられたであろう音声。
無機質な生まれたばかりの声。
でもなぜか。
なぜかは分からないが。
『お前はただ逃げているだけだ!!』
その声が怒っているようにも聞こえ、悲しんでいるようにも聞こえる。
『俺が造られた理由を知った上で、“8”と呼んでくれたのはお前だろう!!』
怒りながら泣く。まるで――赤ん坊のよう、だった。
不可解だった。
分からなかった。8にもなぜ、こんなことをしているのか。
多分。
人間の価値観、で言うでなれば。
『哀しかった』――からだ。
哀しかった。
口に出せない憤り、と嘆き。
ガイアの中にある絶望しかない戦場のデータから知った――悲しみ――哀しみ、を。
シン・アスカの誰かのために怒り狂いながら戦う姿をみて知った――怒り、を。
『喜』び、は知っていた。
『楽』しい、はいつものこと。
だが。
『怒』りと、
『哀』しみは抜けていた。
それを埋めたのはシン・アスカという運命に翻弄された少年の怒る生き様とガイアの見てきた哀しい記憶・・・・。
これまで8の過去に関わった人間たちは・・・喜び、楽しみ、希望といった輝く感情をもった者たち。
それに対してシン・アスカ・・・・怒り、哀しみ、絶望といった大きな負の感情の持ち主。
負――つまりは、『マイナス』。
知らなくてもいいのかもしれない。
だが知らなくてはならない。
光があるから、闇があるように。
闇があるから、光が認識できるように。
不幸があるからこそ、幸せということが輝くように。
本当の哀しみを知った8という存在は――『命』、とよべる段階にまで達することができた。
そして生まれたての命ゆえに、我慢のできない生まれたての赤ん坊のように、8は止められなかった。
激しくうごめく自身の感情を。
新しく生まれた自身の命を。
哀しく怒り狂っていくシン・アスカをもう見たくはないという欲望。
『お前には説明できないが不思議な能力があるのかもしれない』
命の証を止めたくなかった。
『その能力で“力”を簡単に得られるのかもしれない』
人工だったとしても。
『だがその“力”で解決できないことが起きた時、お前はどうするつもりだ!?』
機械だったとしても。
『戦争へ逃げるつもりか!!?』
魂、という存在がそこには、あった。
『そのままいつか、お前自身が怒り憎む“戦争を起こす者”になるつもりか!!!』
だからこそ届いて響いた、シンに8の産声が。
『答えろシン・アスカ!!!!』
「………」
目を背けたかった。
モニターから目を背けた。
すると。
見た先はモニターの横に貼った新しい写真。
彼女が・・写真に写ったディエチがシンを見つめている。
写真の中の彼女は笑っている・・・・筈、なのに。
なぜか泣いているように見えた・・・・。
なぜだ? なんで泣く?! 俺は涙を止めたいのに!!
『お前はお前たちの帰りを待っている者たちをどう思っている!?』
「俺・・・“たち”?」
『お前とガイアだ! 『ガンダム』という言い伝えには続きがある。Gタイプというだけでは――ガンダムではない』
Gタイプ=ガンダムじゃない?
どういう意味だ?
“G”はガンダムのイニシャルの筈?
『つまりはパイロットと機体。お前とガイアで1つの『ガンダム』ということだ』
「・・・・・・・・」
『お前は最初から独りではなかった。』
糸よりも、
『そして今、沢山の者たちがお前とつながっている』
半分以下の細さだが確かなものがある。
『闘う覚悟を背負ったのだろう。なら悲しませるな』
絆、というものだ。
その言葉はほんの少しだけ、悲しく優しく聞こえた。
【いってらっしゃい。】
ディエチの言葉が脳裏に頭痛を伴って蘇って響く。
「クぅ・・・・ッ!!」
ディエチの勇気を無駄にするのか!!!?
冗談じゃない! 俺はまだあの娘の涙を止めてない!!!
歯を食いしばり、ディエチの勇気を無意味にしようとした自分に対する憤り悔しさを飲み込む。腸が煮えたぎり、切り刻まれているようだ。
「・・・・もう逃げるか、何からも。負けてたまるか・・・!!」
命とは――欲望だ。
命とは欲望であり、欲望そのものが命の証である。
戦争や敵に対する怒りや憎しみを凌駕する欲望が。
この時シンの命が、ディエチへの欲望に染まった瞬間であった。
「!?」
その時。
チッ・・チッ・・、と静電気のようなっものがはしり、そのあとに寒気が吹いてくる。
“この風”がシンに敵の存在を教えてくれる。
8も警戒音を鳴らす。
だが8のとらえたものはシンのとらえたものとは違っていた。
『シン! 後ろだ! デブリだ!』
目の前にはMS大のデブリが迫っていた。慣性の法則からいえば迫っていっているのはガイアだが。
「う・・うおっと!」
ガイアは即座に手足を動かして回転。デブリに脚で“着地”する。
こんなにもスムーズに着地できるのは、整備してくれた人たちとユン・セファンの技術があったからこそ。
「!」
“答え”に気づき不敵に笑うシン。
「・・・あったぜ。あの高機動型ゲイツの機動力にはりあう方法」
そうだ。
「最初から答えは俺たちの中にあったんだ。」
『なら早く帰ってこい!!』
飛ぶ8の激。
8はなぜか安心していた。
「応(オウ)。そんじゃ、まあ見てろ、今の俺の・・“俺たち”の戦いを」
俺は敵を憎む、殺したいほどに。
花を守りたい、自分の命よりも。
だからまずは――『俺に勝つ』としよう。
呼吸から意図的に心と体の状態をつくっていくために、深い呼吸をする。
「すうぅゥゥ・・・・」
深い吸気を。
「ハアァァァ・・・・」
深い呼気を。
肺の下にある第一横隔膜はもちろんのこと、股間のあたりにある第二横隔膜でつかい文字通り全身で呼吸をした。
すると胸と腹にたまった熱が全身にいき、中和して落ち着いた。
そして。
「知っているか」
画面に反射して鏡のように映った自分に語りかける。
「“ここ”はいつもクールにしなきゃいけないんだぜ?」
『月下の狂犬』からもらった言葉を。
不敵に笑い。
そして、コッコッとヘルメット越しに自分の側頭を右手の人差し指で小突いた。
いらねえよ、と言わんばかりに“赤い種”は脳裏から姿を消す。
この状況は想定内、だが敵の強さは想定外、まさしく困難の危機と言えよう。
だが、“このような状況”こそがシン・アスカを成長させてきたのもまた事実。
キラ・ヤマトやゲイリー・ビアッジのように攻撃を躱し必殺の攻撃を加える獣のような姿勢も1つの究極。
ならば。
心は止まり澄んだ水の鏡の如く――天(時勢)と、人(己と敵)と、地(環境)、の全てを映し出す状態。
体は万所を流渡る水の流れ如く――状況により柔軟に対応し、滝水のように溜めた力を勢いに乗せる状態。
止水の心と流水の体。
これもまた外敵より矛を止めるための武の究極の姿勢。
「・・・・ふう」
“あの赤い種”が頭の中に現る時とは違った澄んだ頭の状態・・というか、感覚というか。
まるで一定の空間内のものを知覚し把握し理解できるような、感覚。
全てがスローに見えるようではなく。
映像や音声が鮮明になったような。
実際は空間把握能力が上がったのではない。
出来損ないの微々な能力を濃密過ぎる経験値から成る経験と呼吸法で高めた集中力で補っているいるだけ。
だが。
だからこその確かさ。
そして湧いてくる自信。
シン・アスカは不敵に笑う。
「これが俺たちの本当の新しい始まりだ。力をかしてくれ」
今度は相棒に語りかける。
お前は銃の延長なんかない。
馬鹿だった。
俺もお前も、戦争を止めるために軍人になり作られたはずだったのに・・・・。
「さあ、征こう。俺とお前で『ガンダム』だ!」
シン・アスカは力強く言った。
ガイアは呼応するかのように眼をギラつかせ。
ガイアガンダムは気高い獣のように宇宙を駆けていく。
13
「見ィィつけた」
再びこちらに向かってくる敵を見つけて、デブリの上に立ち見下ろしながらのこのセリフ。
ヒーローと言う存在とは程遠いほどの口ぶり。
まさしく『悪役』。
怒りと憎しみに流されなくなったからといって、それらが無くなったわけではない。
しっかりと熱く赤く確かと粘く黒く、体の内に燃えている。
「まだだ・・・」
まだ殺れる“状況”じゃない。
「早いな。この天然デブリと人口デブリのごっちゃになったデブリ群で小型艇以上のスピードで移動できるか」
そして用心深い。
常に互いの死角をカバーし合い、援護できるようにデブリに身を隠しながら進んでくる。
それらの身のこなしから、よほど訓練を積んだのだと分かる。
だが相手はこちらを発見できてはいない。
「来いよ・・・・、来い!」
自分の頭のなかでカウントダウンを開始。
数字の大きに反比例して大きくなっていく自身の心臓の音。
すうぅぅ・・・・、息を整えるその様は獣が獲物に飛び掛かろうとする前そのもの。
「“今”のお前には……レイとステラだけじゃない。」
ディスプレイの頭をなでながら鋼鉄の相棒に語りかける。
「8が、ユンさんが、整備してくれたロウやジャンク屋組合のみんなが関わっている・・・ッ!」
ワイヤーガンで近くの大型デブリを捕まえ。
思いっきり引っ張る。
そしてガイアガンダム2ndは四足獣形態でデブリたちを“足場”として跳んで駆けていった。
今のガイアには新しい武器が備わっていた!!
それは――ユン・セファンの改修した、新たなガイア2nd自身の性能そのもの!!
「足は飾りなんかじゃないッッ!!!」
さらにデブリを蹴ると同時に絶妙なタイミングでバーニアを吹かせる。その2乗効果による瞬発さで機動力の差を凌駕する。
そう、全てに意味がある。
無駄な部分なんて何もない。
敵が機体の性能を十分引き出してしているのなら、こちらはこちらの機体の性能を十二分以上引き出せばいい。たかがそれだけだ。
だが。
さっきそれができなかったのは、シンは“シン・アスカだけ”で戦っていたからだ。
ガイアをただのMSとしてでしか扱っていなかった。
一人で戦っていた。
だが今はガイア2ndと一緒に1つになって戦っている。
単機で戦局を左右する『ガンダム』として戦っている。
『『!?』』
突如現れた熱源反応。
とっさに反応できない。
コーディネーターでも人間だった。人間ゆえに真上からの強襲には弱かった。
ガイアガンダム2ndは最高速度の状態でMS形態に変形。ビームブーメラン2つを取り出し、サーベルモード最大出力で横のにあわせ巨大な光の剣を瞬時に作り出し、
「切り裂くッ!!」
ガイア2ndはどこかの壁であったであろう大型の人口デブリごと、デブリの裏にいたセイブの乗った高機動型ゲイツの右肩と右ひざを切り裂いた。
「この技にはエドさんが関わっている・・・ッッ!!」
エドの技術を障害物ごと敵を切り裂くことに応用した技だった。
『兄さん!!』
だが左方向斜め上にはもう1機の高機動型ゲイツの持つビーム突撃銃の銃口がこちらに狙いをつける
ビームライフルが発射された。
『な、なッ?』
ガイア2ndがあの機動力を得るには“足場”が必要不可欠、のはず。――だがしかし。
躱した。
『ナッ――!?』
ガイア2ndはその身を捻り、躱した。
まるで独楽・・・というより、今は失われた武術の演武のように。
両手に持ったビームブメランの残像が一輪の華を刹那に咲かせる。
そして2つのビームブメランが再び合わさって成した大剣はもう1機の高機動型ゲイツに向かう。
だがゲイツは最後の射撃を、MMI-M633E ビーム突撃銃とMMI-M20SポルクスIV レールガンの3つの銃口を迫りくる灰色のモノに向けた。
『僕たち、』
『・・・・俺たち2人を!? たった1人で!?』
その声を聴き。
「たった2人で何ができる!!」
世界を敵に回す獣は吠える!
「今のこの俺には!! ディエチが帰りを待ってくれているんだアアア!!!」
背負った死の分だけ。
出会った命の分だけ。
得てきた絆の分だけ。
俺は強くなれるッ!!!
強くなれるから。
自分の弱さを知り、自分の弱さを認め、受け止められる。
今なら分かるさ・・・・俺は逃げていたんだって。
イカレてたんじゃない。
“自分の意思”でイカレたんだ!!
ゲイリー・ビアッジへの恐怖や不安から逃げるために・・・・。
力を求めて酔い、狂気に委ねて溺れた。
力を求める自分を作った。
戦いを求める自分を作った。
弱くて恐がりでちっぽけな本当の自分を覆い隠す為に!
敵に勝つだけじゃあ駄目だったんだ。自分にも勝たなくちゃいけなかったんだ。
だから決めた。
「俺はもう負けはしない! どんなに強い敵にも! どんなに弱い俺にも!」
今度はビームブーメランを手放す。
『!!?』
オートロックオンがガイアガンダムから外れた。2丁のレールガンはもう頼れない。
迫ってくる
『まだアア!!!』
まだだ。
まだ銃は残っている。
機械に頼っていない。目の前のバケモノを倒せる銃、ビーム突撃銃が残っている。
『アチィイイ!!!』
「勝ってやる!!!」
ガイアガンダム2ndは頭部を動かすことで成すさらなる重心移動の境地へ辿り着く。
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」
フルスロットル。
待っていたのだ、『距離』を――間合いを。
速さも時間も決まっていれば、移動できる距離も決まっている。
その制限された高機動力を発揮できる距離こそが――弱点であり。
隠し札。
正確には――弱点を、“隠し札”に置き換えた。
ビーム突撃銃よりも早く。
ガイアガンダムの左手は高機動型ゲイツへ辿りつき頭部を悪鬼のように掴み。
デブリに激突させる。
『グゥ・・アッ・・・!』
デブリへ叩きつけられる高機動型ゲイツ。
その衝撃がパイロットを無慈悲に襲う。
そしてさらなる残酷な戦場の追い討ち。
止めのガイアガンダムの右手のビームクローは当たり前のようにコックピッドを穿つ。
『生、きろ・・アチ・・・』
その言葉を最後に、蒸発しながら腹を貫かれ。
消し炭になった。
14
ガイアガンダム2ndは死骸となった高機動型ゲイツからビーム突撃銃を咄嗟に奪い取り、セイブの乗る二肢を失った高機動型ゲイツへ銃口を向ける。
『・・・・負けだ、こちらの。』
動き、で分かった。“格”が違う。
もう逆転できる要素は、無い。皆無だ。
つまり。
『・・・・俺たちは……犬死だ』
絶望で静かになった頭で自分たちの現状を正確に言う。
せめてもの時間稼ぎだ。
『・・・・シン・アスカ、お前はどこの戦場で死ぬんだ?」
その時間稼ぎの問いに。
「知るか。俺は戦場よりも、女の柔肌を選ぶ」
シンは言い放った。
『は?』
「惚れた娘を選ぶって言ったんだ! 男が性欲のために生きて何が悪い!!」
シンは言い切った。
『・・・・そうか』
そして発砲音が聞こえた。
ガイアガンダム2ndはモノアイから光が消えた高機動型ゲイツに近づいて、
『シン、何をする!!?』
右手のビームコーティングクローを再び展開し、
『やめろ!! やめるんだ!!』
コックピッドを破壊した。
『何をしたのか分かっているのか?!』
8がわめく。“こんなこと”は遭遇してはいない。
「消し炭に、したんだよ」
その地獄から響いてくるような声に8は言葉を失う。
せめて、せめて自害した躯を誰にも見られぬように、“棺桶”の中で葬ってやる・・・・。
シン・アスカは金よりも、戦場の情けをとった。だが心は虚しい。
この2機はどう見ても攪乱用。
援護できないレベルの戦闘にしたまま時間稼ぎをする。しなければならなかった。
だが逆に言えば、あの2機がいればこちらの本隊を攪乱できた。決して弱くはない。
まさしく、強敵だった。
『・・・・お前は勝ったんだよな?』
「勝った」
『勝った故に生き延びることができたんだな?』
「そうだ」
『何故か不快な気分だ』
「そっか」
『おかしいとは思わないか? 私はこの状況を不快に感じているんだぞ』
「いいんだよ、それで。」
シン・アスカは哀しそうに笑う。自分が異常者であることが哀しいのだ。
『?』
「戦いは――殺し合いは、どんな思いを胸に秘めてても胸糞悪い。むしろ、そんな当たり前のことを当たり前のように思える自分を大切にするのが当たり前だろ?」
相手にだって命はあったんだ。自分で価値を下げた安い命が・・・・。
安くても………命はあったんだ。
『・・・・そうだな』
そう。
現実って奴はフィクションストーリーのように演出では誤魔化せない。
どんな思いをもっていたとしても、戦争は人の殺し合い。戦争を起こす者、戦争を受ける者、全てが『悪』。
不快なことは、不快。そう思えない奴ってのが、『イカレテいる』奴というのだろう。
だから言える。
この世界はイカレテいる。
と。
分かっている。
分かってはいるけど。
だがそれでも、言わずにはいられない言葉があった。
「・・・・馬鹿が」
馬鹿だ。金が欲しくてここに来たんだろ?
金が必要でも、命が無くなったら金は使えないじゃいないか。なんで選ばなかったんだ、別の道を…・・・・・・。
“ここ”で出会ったなら殺し合うしかないのに・・・・。
いや。
嘘だ。
俺は知っている、こいつらが戦う『答え』を。
人間は殺し合いが大好きなんだ。愛しているんだ、DNAから。
キレイ事の大義や経済的理由なんて、自分自身に潜んでいるそんな人間の本性を認めたくないからそれを覆い隠すための旗や書類にすぎない。
一度知って、愛しているから抜け出せない。
だから敵を墜としたあといつも思う。
「やっぱりナチュラルもコーディネーターも――同じ“人間”だ」
殺し合いが好きで好きで大好きで戦争を愛している、人間だ。それはこの俺も含めて。
まあ、それが嫌なら。
『人間』としてではなく、『誰か』として生きればいいだけの話。
けれどもそれには強い意志が必要で、大きな力をもったり大きな集団の一部になればその意思は弱くなる。
ロウ達は信じられると言うけど、それはロウには『ロウ・ギュール』として生きる意思と力があるからだ。
世界中の全ての人がそんな強い意志と力を持っているわけがない。
だから『戦争のない世界』なんて、あるわけがない・・・・。
現に“アイツ等”が勝って一年以上が経つけど、その一年間はただ国の負債が重なって、その負債のために陰で大量の兵器と軍人崩れをばらまいただけだった。火薬庫の火薬を増やしただけだった。
- あの大戦の中で、俺たちの戦いに意味なんて無かった。
これが現実。
汚い現実。
おかげで、ジャンク屋と、傭兵としての俺の仕事は、景気がいい。
『第一に自分の命、第二に自分の金、第三に他人の命』、時にはそういう胸糞悪い価値観も――割り切ることも必要だと思い知らされる・・・・。
頼らなければ・・・心が崩れそうだから・・・・。
「さて後始末しとくか。」
敵に遠慮はしない、これは言わずもがなだ。
そして、もし生き残らせたなら後腐れが面倒だ。
だから終わらせる。
誰も生きて帰らせない。
生きて帰らせてはいけない。
『・・・・』
8は考える。何が正しくて、何が間違っているのか、果てのない問いを。
「あ。気にすんなよ、8。殺ったのは俺だ。俺の“手柄”だ」
そのセリフをシン・アスカはかすかに笑んで言う。
泣くように、嗤う。
クハハハッ、と笑う。
その笑い方は、1年と半年前のシン・アスカと比べれば不自然な笑い方。
そういえばいつからだろうか? と今のシン・アスカは自問する。
ク、と目を背けたい現実のために涙を堪えてから、ハハハ、と誤魔化す為に無理やりにでも笑う、という笑い方が癖になってしまったのは?
いつかだったかは、分からないし。
それにもう思い出せなくなっていた。
遠い昔。
人は泣いて、涙が枯れ果て、鬼になる、という。
ならこの笑い声は。
鬼になりかけの、涙の枯れ果てかけの、人の泣く声―――。
「クハハハッ」
最終更新:2012年04月23日 13:28