「――最近、エミリアの様子が何かおかしいんだ」
シンは思い詰めたような顔でそう口にした。
「……はぁ」
シンの告白にそんな気の抜けたような生返事を返したのは、ガーディアンズ総合調査部の若きエース、ルミアである。
「様子がおかしいって、具体的にはどんな風におかしいんですか?」
ルミアの問いに、シンは言い辛そうに渋面を浮かべる。
「何ていうか、最近エミリアがデス子を見る目が変なんだよ。殺気立ってるっていうか、まるで肉食獣が今にも獲物に襲いかかろうとしてるみたいな感じでさ……」
「デス子? ……ああ、あの妙ちくりんなパートナーマシナリーですか」
シンの口から出た聞き慣れる名前に、ルミアは一瞬首を傾げる。が、すぐに自己解決した。そう言えば、そんなのもいたな。
パートナーマシナリーとは、ガーディアンズ隊員に支給される小型のサポートマシンである。
ガーディアンズ所属でない筈のシンが何故パートナーマシナリーを所有しているのかは不明だが、それは今はどうでもいい。
今問題とすべきなのは、エミリアが何故シンのパートナーマシナリーを敵視しているのかということだ。ふとその時、ルミアの脳裏に一つの仮説が浮かんだ。
「ところでシンさん。最近エミリアと一緒に任務に行ったことはありますか?」
「エミリアと? ……いや、最近はあいつ、研究の方が忙しいみたいで、ここ二、三ヶ月は殆どソロ(一人)ばっかだな」
ルミアの問いに、シンは戸惑いながらもそう答えた。
エミリアは書類上ではシンと同じ、軍事会社リトルウィングの傭兵である。しかし同時に、彼女には亜空間研究の第一人者という顔もある。
最近は研究の方が正念場らしく、一緒に任務はおろか顔を合わせることさえままならないというのが現状だ。
「……では、パートナーマシナリーは任務に連れて行ってますか?」
「そりゃあ、色々と便利だからな。それがどうかしたのか?」
「エミリアの奇行の原因が分かりました」
怪訝そうに眉を寄せるシンに、ルミアはどこかすっきりしたような笑顔で答えた。
「彼女は貴方のパートナーマシナリーに嫉妬しているんですよ」
シンのパートナーを自称するエミリアにとって、シンの隣は自分の指定席だ。しかし今、エミリアは研究室に押し込められ、シンの隣には人形が居座っている。
エミリアにとって、それはとても容認できることではなかったのだろう。亜空間研究の第一人者などと言われていても、エミリアはまだ16歳の少女なのだから。
「……なるほどな、そういうことか」
ルミアの推論を聞き終え、シンは納得したように頷いた。きっと寂しかったのだろう。今度息抜きにでも誘ってみようか。
「それにしても、よくあれだけの手がかりで気づけたな?」
「それは、分かりますよ」
感心したように声をかけるシンに、ルミアはそう言って微笑した。
「――だって、私も同じですから」
エミリアにとってシンが無二のパートナーであるように、ルミアにとってもシンは特別な存在なのだ。
今まで、多くの者がルミアを「英雄の妹」として捉え、ルミア自身を見てくれる者は、ほんの一握りの知り合いを除けば誰もいなかった。
そんな中で、初めてルミアを「ルミア」として扱ってくれたのが、エミリアとシンだったのだ。
ルミアにとって、エミリアは良きライバル、そしてシンは兄以外で初めて好意を抱いた異性だ。もしかしたら初恋かもしれない。
だからこそ、ルミアはエミリアの気持ちが理解できた。自分だけを見て欲しいのに、大好きな人はいつも自分以外の誰かを見ている。そのもどかしさを知っているから。
今だってそうだ。話がある、と何やら深刻そうな顔のシンに呼び出されてみれば、話の中身はエミリアのことばかり。本当にこの男は女心を分かっていない。
その時、カフェ入口の自動扉が開き、明るい声が店内に響き渡った。
「――あ、いたいた! シンーっ!」
店の客の迷惑などお構いなしに、大声を上げながらシン達の席へ駆け寄ってくるのは、金色の髪をサイドテールにまとめた少女。シン達の話題の中心、エミリアだ。
「エミリア! 貴女ねぇ、こんなところでそんな大声出して、もっと他の人の迷惑とか考えなさいよ」
開口一番に小言を飛ばすルミアに、エミリアはきょとんとした表情を浮かべた。
「あれ、ルミアもいたんだ?」
「何よ? 私がいちゃいけないの?」
本当に今気づいたと言わんばかりのエミリアの態度に、ルミアの語気がきつさを増す。
「いや、真っ昼間っからカフェに入り浸ってるなんて、ガーディアンズって意外と暇なのかなーって」
「今日はたまたまオフなのよ。貴女こそ、研究が面倒くさくなって逃げ出してきたんじゃないの?」
顔を合わせるや、いきなり口喧嘩を始めるルミアとエミリア。だがいつものことなのでシンは気にしない。二人にとっては、これが挨拶のようなものだ。
それより、シンには気になることがあった。エミリアが両手で抱えている“モノ”である。
見た目は大きな人形だった。一見メイド服を着た少女にようだが、背中に翼がついていたり、頭に角が生えていたりと、妙に「ゴツい」のが気になるが。
両腕でがっちりとホールドされ、まるで助けを求めるような目でシンを見ている。
「おい、エミリア。それ……」
「あっ、そうだった! あんたの部屋行ったついでに持ってきちゃったんだった」
エミリアの腕の中の“それ”を指差しながら声をかけるシンに、エミリアは満面の笑顔でこう言った。
「――ねぇ、シン。ちょっとデス子ちゃん貸してくれない?」
エミリアが抱えていたのは、シンのパートナーマシナリー・デス子だった。
「……おい、エミリア。お前デス子に何するつもりだ?」
「えっ? 嫌だなぁ、シン。何も変なことはしないってば!」
剣呑な表情で尋ねるシンに、エミリアはデス子を抱いたまま「あはは」と笑う。
「――ちょーっとデス子ちゃんをバージョンアップさせるだけだって♪」
「本当に何するつもりだ!?」
聞き捨てならないエミリアの科白に、シンは思わず叫んだ。
「いやー、何かデス子ちゃんを見てると、あたしの中を熱いパトスが迸るっていうか、職人の血が騒ぐっていうか……。もう駄目、我慢できない。だから改造させて?」
「言いやがった。こいつ遂に改造って言いやがった……!」
悪びれもせずにのたまうエミリアに、シンは眩暈がした。そうだった、そういえばこいつは“こういう奴”だった。
エミリアはグラール屈指の天才科学者であると同時に、前科二犯のマッドエンジニアでもあったのだ。
例えば、かつてエミリアはある調査任務の際に保護した一人のキャスト(機械人)を、あろうことか「カッコイイから」という理由で魔改造したことがある。
その事件は「Mの悲劇」と呼ばれ、今でもガーディアンズ所属のキャストを中心に語り草となっている。
そんなエミリアにとって、角とか翼とか生えたデス子はまさにドストライク。狙われない筈がなかった。
つまるところ、ルミアの推理は全くこれっぽっちも当たっていなかったのだ。
「えーっ? いいじゃん。あたしがもっとカッコイイ感じに無償でアップグレードしてあげるって!」
「それは無償でのアップグレードじゃなくて、無断での改造だ!!」
何はともあれ、今日もグラールは平和だった。