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東方種子語13話(後編)

しばらく、と言っても二、三秒ほどだろうか、倒れ伏して身じろぎ一つとらないレイダーを見下ろしていた。
レイダーが完全に意識を失っていることに気付くと軽く息をついて肩をおとす。
『……デスティニー、機体の状態はどうなってる?』
「ン、手首のモーターが焼けつきを起こしている、それに足周りにも大分ガタがきているな」
『そっか、大分ヤバかった、か』
デスティニーの言葉に今さらながらの危機感を覚えつつ、レイダーのミョルニルを握ってワイヤーを引き出す。
今はレイダーに完全にトドメを差すことは出来ない、兵装が無いこともそうだが、それ以上にレイダーからは出来る限り情報を引き出しておきたい。
目的は何なのか、何故幻想郷に来たのか、誰かからの命令なのか、先日のジンとの関係はあるのか。
レイダーからは知らなくてはならないことが山ほどある、自分がCEに戻るためにも幻想郷の平和を守るためにも、だ。
だからこそレイダーのパイロットの意識が戻った時身動きが取れないようにしておかなければならない。

『悪かったな、デスティニー』
「何かね、唐突に」
「んん、割とヘボなパイロットでさ。お前をボロボロにしちゃったからな』
ぎりぎりと限界までワイヤーを引っ張りCIWSを精確に三発、ワイヤーに向けて撃ち込む。これで完全にCIWSの残弾もゼロだ、もう何も残っていない。
いくら高い強度を誇る特殊繊維製のワイヤーと言えども靭性が極度に低下した状態でならば数発CIWSを撃ち込めば十分千切れる。
目算通りに繊維がほつれ千切れたワイヤーを使ってレイダーを木に縛り付ける。片腕だけの作業のため少々手間取ったがまず簡単には動けないよう拘束できた。
『だから、悪かったな、って』
バツの悪そうなその言葉に、デスティニーは意表を突かれたのか一瞬黙りこくる。
と、思えば一転してあっけらかんとした声を返してくる。

「何かと思えばそんなことかね、深刻な声で何かと思ったじゃないか」
『そんなことって、なあ。大変なのはお前だろ?』
「痛い思いをするのは君ではないか、お互いさまと言う奴だね」
くつくつと喉の奥で笑うデスティニーにどう返すべきか分からずに縛りつけたレイダーの拘束に不備が無いかを黙々と確認するほかない。
お互い様だとデスティニーは言うが、自分がもっとうまくやれていれば右腕を失わずに済んだのではないかと言う思いはどうしても消えなくて。
押し黙ったままの主人に仕方が無いとでも言いたげな溜め息、しかしそれは決して彼に対する悪感情から来るものではない。

「気に病むことでも無いだろう? 君はよくやったではないか」
『右腕吹っ飛ばされたってのによくやった、かよ』
「うん。君以外でならこうなるまでは戦い抜かないだろうね」
他の乗り手ならばそもそも戦わないレベル、ハイパーデュートリオンエンジンでフェイズシフトダウンが起こり得るとはそれほどまでの非常事態だ。
その状況でギリギリとはいえ勝ったのだ、よくやったと言うほかに何が言えるというのか。
「これで最善さ、早苗とアリスも無事なのだからこれ以上は贅沢だろうに」
デスティニーなりの勝算なのだということは分かっている、分かってはいるのだが。
それでも、だけど、そんな気持ちがどうしても抑えられない。
『………もっと、上手くやれたかもしれないだろ。そう思うのが、そんなに悪いことかよ』
「悪いとは言わないがね、反省からの修正は必要なことだろうから」
ただ、と一声置いて。

「引きずりすぎるなよ」
『………努力はするよ』
デスティニーにとっては満足いく答えではなかったのか、不満げに喉を鳴らすがそれ以上の追及はしない。
これが主人にとっての精一杯、彼女もそれぐらいは分かっている。人間すぐに変われないものだとも。
後は彼が自分自身に折り合いをつけていくしかない、これ以上はデスティニーが何を言ってもどうにもならないのだ。
「……このヘタレめ」
『うるさいよこの貧乳が』
お互いにそれを分かっている、だからこそ軽口をたたき合って話は終わりだと互いに告げる。

と、ようやくデスティニーに色が戻る。VPS装甲を起動できる程度にはエネルギーも回復したようだ。
ならば後は。レイダーの意識が戻るのをしばし眺めて待っていたが、背後から草を踏みしめる音に気付くと後ろを振り向く。
見ればアリスと早苗がこちらに駆け寄ってきている、空を見上げれば魔理沙も徐々に高度を下げてきていて。
『三人とも、無事だったか?』
「まーあんたよかは無事よ。またすごいことになって、まあ」
アリスの言葉に改めて目視と計器で全身をチェックしてみる。
右腕の肘から先は融解し頬の装甲は引き千切れ、下半身は飛び散った土で汚れきっている。
見えるだけのダメージですらこうなのだ、見えない内部機構や電装系には細かい損傷があちこちに出来ていて。
戦っている最中は無我夢中で気にする余裕などなかったが、確かにアリスの言う通り「すごい」ことになっていた。

「大丈夫なわけ? 突然爆発したりしないでしょうね」
『さ、流石にそれは無いと思うけど……デスティニー?』
「エンジン回りには大して損傷はないからね、よほどのことが無ければいきなりどうこうはないはずだよ」
その言葉に少し安心したのかアリスは軽く息をつく。とはいえアリスの心配も当然かもしれない。
なにしろモビルスーツ―――もっと有体に言ってしまえばロボットなのだ、彼女からしてみれば心配し過ぎるということもないだろう。
「んで? あんたの方は大丈夫なのかしら」
『大丈夫って……何がだよ?』
アリスが言わんとしていることがよく分からずにとぼけた声を返してしまう。
そのボケた言葉にアリスは端正な眉をきゅっと寄せるが、それ以上の追及はしない。
本音を言えばツッコミもしたいしそれなりには心配しているのだが、その言葉は彼女に譲ってやる。

「いや、右腕が酷いことになってるだろ。痛くないのか?」
箒にまたがってぷかぷかと宙に浮きながら魔理沙が心配そうな目をデスティニーに向けている。
魔理沙の言葉でようやく得心がいったのかデスティニーが全身を確認する。
『ま、そりゃ痛いって言えば痛いけどな、痛いって言ったら余計痛くなるだろ。我慢できないほどじゃないさ』
それにフランの時の方がよっぽどヤバかったしな。そう言いながら軽く笑ってデスティニーは残った左腕を振る。
魔理沙達を心配させないためにしたことだが、腕を振るたびにギシギシと軋んだ音が聞こえてきてどんどんと魔理沙の顔が曇っていって。
『ほ、本当に大丈夫だって、へいちゃらへいちゃら』
「不安しかないぜ……本当に大丈夫なんだろうな?」
『ああ、大丈夫。本当にヤバかったらちゃんと言うよ』
その言葉に一応の納得をしたのか魔理沙は軽く頷く。本心では心配なことこの上ないのだが本人が大丈夫と言っているのなら信じるほかない。
尚も不安そうな顔を浮かべる魔理沙をアリスはしばらく眺めていたが、やがてぽつりと口を開く。

「ところで。シン、あんた魔理沙に何か言うことがあるんじゃないのかしら」
『ああ、そうだな。魔理沙、本当に』
「ごめんとかすまないとか言ったらキックが飛ぶと思いなさい?」
『何で!?』
「その時には、僕もパンチを飛ばさせてもらう」
『お前シュトゥルムファウスト付いてたっけ!?』
自分の相棒についていた新機能に驚き、同時に一抹の理不尽さも感じてしまう。
確かに巻きこんでしまったことを謝ろうとはしていた、していたがここまで罵倒されなければならないものなのか。
しばらく視線を宙に彷徨わせるが答えは出ない。一体何だってここまで言われなければならないのやら。
どうすべきか分からずに魔理沙の様子を見てみる。巻き込まれ、多大な迷惑をかけてしまった彼女は。


「ま、まあ、なんだな? お前の手助けになったかもしれないが、別に大したことじゃないぜ、うん」


役に立ったでしょすごいでしょ褒めて褒めて。そう言いたげに耳をピンと立てて目をキラキラとさせた猫を彷彿とさせる。
ちょっと視線を外しただけなのにあっという間に違う表情を浮かべる、そんなところも猫らしさを増していて。
どうすべきかアリスを見ると、さあいけやれいけそこだいけとジェスチャーをしていて。
デスティニーの姿でなければ頭でもかいていたと思う、魔理沙に対する申し訳なさもあるが正直気恥かしい。
『あの、さ。ありがとうな魔理沙、助かった。その………サンキュ』
ぽん、とその鋼の腕で出来る限り優しく魔理沙の頭に手をやって帽子の上から撫でる。
くしくしと掌を動かすたびに喉を鳴らす姿はまるで気まぐれな癖に構ってもらいたくてたまらない猫その物のようで。

「………にへぇ」
『ま、なんにしてもお前が無事でよかったよ。無茶させて悪かったな』
謝るなと言うに。華麗なコンボを披露する必要がありそうね。そんなデスティニーとアリスの声が聞こえるが聞こえないふりをする。
どうあれ、魔理沙を戦いに巻き込んでしまったことは事実なのだ。
その行為の善し悪しは問えないのだとしても、自分の思っていることははっきりと伝えたい。
そうでなくては魔理沙に申し訳が立たなくなる、この先魔理沙の目を真っ直ぐ見ることなど出来なくなる。
少なくとも、彼はそう思っている。だからこそ、ちゃんとした謝罪を。
「へへ、シンは心配性だな。私の方こそ、それこそ「へいちゃら」だぜ。気にするなよ」
『そうか? そっか、ありがとうな』

少し救われた気持ちになり、それが撫でる手に伝わったのか頭を撫でる手がより優しいものとなり魔理沙が目を細める。
しばらくそうやって魔理沙の頭を撫でていたが、ふと早苗が何も言わないことに気付き視線を早苗へと向ける。
彼女は押し黙ったまま俯き震えている。何かあったのかと魔理沙の頭から手を離して早苗のそばへ近寄る。
手を離したとき魔理沙が残念そうな声を漏らしたが、魔理沙も早苗のことが気になったのか不満を口にはしない。
どうかしたのか、そう聞こうとするが早苗がばっと勢いよく顔を上げて。




「かん、っどーしました!!」



どーん、と背後で何かが爆発する光景が見えたような気がした。
感激している彼女が浮かべる笑顔はとてもうれしげ、その表情を言葉に表すことは出来ない。
図にするのなら>ヮ<こんな顔だが。
「デスティニーガンダムをあんな風に扱う発想なんて私にはとても出来ませんでしたよ!」
『え、あ、はい、ありがとうございます?』
本人は褒めているつもりなのだろうし悪気は一切ないのだろう。
ないのだろうが、何かこう、言外にこの非常識めと言われているような気がしてならない。

「MSの、いえ、ガンダムの操縦とは常識にとらわれてはいけないのですね!」
『い、いや、ブン投げていいわけでもないからな?』
\  /  
●  ●  
" ▽ "
こんな↑顔している早苗を止めながらデスティニーと小声で話をする。
「非常識だという自覚はあったのだね」
『流石にあれは教本に乗せられん。というか、何か早苗が変な方向にいっている気が』
「予想の他、エキセントリックな子だったようだねえ。どうしたものか」
興奮している彼女から聞こえる言葉は自分は常識にとらわれ過ぎていただの、幻想郷に来たんだからそこは改めなければだの、
弾幕ごっこも常識をまず投げ捨てないとだの、これからはポップさを前に出すべきだの。
まあ、概ねロクでもない。魔理沙とアリスは完全に呆気にとられている。引かれなかっただけマシと考えるべきか。

『何か責任感じてきた………あんまり悪化するようなら止めなくちゃなあ』
「止められるものならね」
早苗のテンションを見ていると、これ以上悪化されたら止められるかなあと不安になってくる。
そもそも今の状態でも止められる自信が無いのだが。
ひとしきり喋るとある程度興奮が落ち着いたのか、はたまた誰かの顔でも思い出したのか早苗は少しだけ落ち着きを取り戻す。
「本当にすごくて……性能頼りの誰かさんとは違いますね」
彼女はそう言うが、デスティニーからしてみれば性能頼りの何がいけないのかよく分からない。

一々パイロットの腕で機体性能にフォローを入れなければならないものよりもパイロットの未熟さを性能で補う方が遥かに効率がいい。
デスティニーが欠陥機と言われているのだってそこに起因する、パイロットの習熟に極端に依存する機体など欠陥機以外の何物でもない。
それぐらいなら性能で押し切る方がいいに決まっている、それにMSの操縦はパイロットだけでするものではない。
オペレーターや整備班はもちろんのこと、開発班だって少しでもパイロットの負担を減らそうと躍起になってくれている。
性能に頼ることを恥だというのなら、そんな言葉こそ彼らに対する裏切りというものだ。
そもそも性能頼りだろうがなんだろうが生き延びれるのなら何だっていいと思うのだが。
早苗なりに褒めているのだろうと思いそこはそれ以上追及はしないが。そう、そこは、だ。少し気になる言葉があった。
『誰かさんって………誰か性能頼りなパイロットでもいたのか?』
気になるところはそこだ。早苗の口ぶりからするとシンの知り合いでそんな人物がいるようなのだが。
しかしデスティニーにはまったく心当たりが無い、どいつもこいつも性能を腕で補える腕っこきばかりだ。

(キラさんは間違いなく違うだろうし、ルナとアスランもあり得ないよな……あれ、マジで誰だ?)
頭の中に知り合ったパイロットたちの名前を並べてみるが今一しっくりこない。
強いて言うならデスティニーインパルスを乗り潰したあのドアホが当てはまらないこともないのだが。
しかし彼だって腐ってもインパルス乗りだ、性格はともかく腕が悪いわけではない。
性格はともかく、機体の性能だけに頼るようなパイロットではないのだ。性格はともかく。
結局のところ、自分の知り合いには機体の性能に頼り切るようなパイロットなどいない。
むしろ自分こそがその言葉に当てはまる、機体の性能に頼り切ったパイロットなのだろうという思いが強くて。
そんなデスティニーの思いを知ってか知らずか、早苗は言葉を続けている。
「もう、誰のこと言ってるのか分かってるくせにそんな風にとぼけちゃって」
『いや、本当に分かんないんだけど』
「決まってるじゃないですか、キラさんですよ、キラ・ヤマトさん。性能頼りなパイロットと言えば常識ですよ」

しばし、間。
デスティニーは早苗の言葉を理解しようとし熟考、早苗はデスティニーに対してドヤ顔を向けている。
妙な沈黙があって、よく分からなかったのかデスティニーは首を傾げるだけに終わってしまった。
「え、何ですかその反応。あのフリーダムですよキラ・ヤマトさんと言えば」
『ああ、やっぱあのキラさんだったか、もしかして同姓同名の別人かと』
「いえいえ、あの人ですよ。呼び捨てにするほど親しみを感じないでおなじみの」
早苗の言葉を聞いているとやっぱり別人ではないのかという疑念がぬぐいきれない。
というより、何だって早苗はキラのことを嫌っているのかがよく分からない。
そこは本人にしか分からないことではあるのだが、分からないのは早苗がシンもキラのことを嫌っているであろうと思っていることだ。

『早苗はキラさんのこと、嫌いなのか?』
「もちろんですよ。シンさんだってそうでしょ?」
心底不思議そうな顔を浮かべて同意を求める、悪意があるというよりそれが当然と言いたげな言い回しに少々面食らってしまう。
どうとも思わない誰かなら適当に頷いたのかもしれないが、知り合いのことならば軽々には頷けない。
『いや、別にそんなことはないけど』
嫌う理由なんて無い、などと言ったら嘘になる。彼のやったことを全て納得しているわけではないのだから。
だが好ましいと思う部分も間違いなくあるわけで。むしろそうでなくては彼の「変貌」に首を傾げたりはしないだろう。
だからこその「キラさん」だ、先輩に対して呼び捨ては失礼にあたる物のはず。

大なり小なりキラのことは受け入れている、彼が死んだりしたら悲しみで動けなくなる、なんてことは無いだろうがきっと涙を流すぐらいには。
少なくとも、シンにとってのキラ・ヤマトとは早苗の言うような「嫌って当然」な人物ではないのだ。
それに加えて彼の持つ技量だ、あれは並み外れているなどと言うものではない、性能頼りなど流石に的外れだろう。
そう思えるからこそ別人と言う疑惑がまとわりつくのだが、どうにも彼女が語っているのはキラ・ヤマト本人のようで。
(………ま、嫌ってるんなら公平な判断は下しにくいんだろうけど、な)
結局そう結論付けざるを得ない。誰からも好感情を抱かれるなんてそんな人間はあり得ない、もしあるのならそちらの方が余程異常だろう。
それは自分にだって言えることだ、全ての人から好かれることなんて出来やしない。
身近な人から嫌われないようにするので精いっぱい、顔も知らない人達まで好かれるなんて絵空事もいいところ。
早苗がキラのことを嫌っているのなら別にそれでもいいと思う、無理に彼女が持つキラ・ヤマト像を訂正する必要もない。
キラに対して尊敬はしているが、早苗と口論をしてまで彼女が持つイメージを訂正してやる義務も無いのだから。

『早苗が嫌いなら嫌いでもいいと思うよ、個人のことだしね』
「むう………なんかそれっておかしくありません?」
『あの人のやってたことを云々言うんならそれこそ俺個人の問題だよ、誰かに言われるようなことじゃない』
声を荒げることなく落ち着いた調子で諭す言葉に早苗は押し黙る。
シンさんがそれでいいんなら、ととりあえず理解したのかそれ以上何か言うことはなかった。
もっとも、納得はし切れないのか釈然としない様子ではあったのだが。

悪いことをしたかなとは思うが、嫌えと言われたからって嫌うものではないはずだ。
そう考えてこれ以上の追及はしないでおく。いずれは早苗の誤解も解かなくてはならないだろうが、それは今ではない。
(今は………こいつ、だよな)
レイダーに視線を向けるがまだ意識が戻っていない。いい頃合いだろう、叩き起こして情報を引き出させてもらう。
多少手荒になるだろうから彼女達は帰らせた方がいいだろう。そこまで決めたところで―――


「熱源反応、二時から来るぞっ!」
『ッ!?』


デスティニーの緊迫した声と共に頭の中になり響くアラート、反射的に早苗の頭を左手で強引に下げさせる。
本当なら魔理沙とアリスも伏せさせたいのだが片手では彼女が限界、代わりに声を限りに張り上げる。
『伏せろ二人とも、新手だ!』
デスティニーの言葉に二人は困惑した表情を浮かべる、早苗もどうしていいのか分からずにデスティニーを見上げるばかりだ。
だが、そんな彼女たちの困惑は。

『――――がっ!?』
遠方からの砲撃により頭部の右半分近くが蒸発したデスティニーの姿によって吹き飛ばされる。
魔理沙はミニ八卦炉を構えアリスは人形を使って周囲の警戒を、早苗は状況についていけずただ茫然とデスティニーの姿を見ることしかできずにいて。
痛い、痛いなんてものじゃない。頭が半分近く蒸発する痛みなどまず感じる前に絶命するのだから当然だろう。
それでもその痛みの中で何が起きたのかを一つづつ吟味していく、何も分からないままなどそのまま死へ直行だ。
砲撃を受けた方向は熱源反応と同じ、ならばデスティニーの索敵範囲ギリギリから撃ち込めるような兵装を持った機体なのか。
頭部の焼け焦げた後から考えれば発射した物はビーム、それも相当の高出力な物だろう。
加えて正確に狙い撃ってきたところを見ればセンサーの類を砲戦に特化させているはず。
砲戦特化、それも高出力の機体となると思い当たる機体が多すぎて機体を見ないことには絞りきれない。
センサーの半分以上が死んだが、それでも残っているもの全てを動員してどうにか周囲の状況を探る。
痛みで割れてしまいそうな感覚の中、ノイズがかったモニターが捉えたのは遠くに見える青色のMS。

だが分かるのはそれだけ、破損してしまったセンサーでは詳細な姿形がどうしても分からない。
そのMSが何なのかを少しでも解析しようと思考を回そうとするが痛みでどうしても集中しきれない、と。
じっとデスティニーが見ていた方向と同じ方向を見ていた早苗がぽつりと呟く。
「レイダーがいるんなら、そうだ、あの二機だって………」
あの二機。何のことを言っているのか問いたださなくては。何か知っているのなら何だっていい、情報を仕入れるべきだ。
センサーに気を配りながら早苗に声をかけようとするが、それよりも早くアリスが鋭く叫ぶ。
「上っ、くるわよぼさっとしない!」
アリスの言葉に弾かれるように上を見上げる、センサーがイカれているのは分かっていたつもりだが、人形の索敵にも劣るとは。
第一このままでは魔理沙や早苗はおろかアリスまで巻き込むことになってしまう、それを自分は分かっているのか。

(………考えるなっ)
今はそんなことに心を割いている暇はない、アリスの人形の索敵が自身より上ならそれに頼るしかないのだ。
とにかく今は上から来るMSに対応しなくてはならない、まずは生き延びる、自分のことで思い悩むのはそれからでいい。
迎撃のために残った左拳を握りしめて頭上から襲い来る緑色のMSの姿を確認、しかしその姿はノイズがかかっていて詳細な姿が分からない。
だが、いい。分からないのなら分からないでどうしようもない、どの道やることは変わらないのだから。
頭上のMSが武器―――形状からして大鎌だと判断―――を振りかざす、まずはそれを防がなくては。
当然だが実体盾も光波盾もない、だが無いなら無いで何かで代用するのみ。ちょうどその代用品もおあつらえ向きにデスティニーにはあるのだから。
肘から先が蒸発した右腕。どうせただのデッドウェイトにしかならないのだ、盾代わりとしては上等だろう。

『ハァァァァ!』
どこかやる気の無い投げやりな叫びと共に振り下ろされる大鎌に合わせるように右腕を突き出す、当然大鎌は右腕の内部機構に突き刺さってしまう。
突き立てられた大鎌がフレームと残っていた電装をずたずたに引き裂いていく、その痛みはまさに焼けた鉄の棒を無遠慮に突っ込まれた様で。
『――――ぎ』
痛みだけで精神が死んでしまいそうになる、だが耐える、耐えなくては。
大鎌を突き刺した以上、MSの動きは止まる、止まらざるを得ない。突くべきはそこを置いて他に無い。
ぐい、と右手を引いて引き寄せる、残っていた電装がぶちぶちと千切れながら引き出されていくがどの道使いようが無いのだからどう使おうが同じことだ。
後は痛みを歯をくいしばって耐えればいいだけのこと、何も難しいことはない。
『ぃぃぃぃいいいいああああっ!!』
痛みに絶叫しながらもMSめがけて左脚による回し蹴り、動きさえ止まっていればこの状態でも直撃させることはたやすい。
足に伝わる衝撃、次いで聞こえてくるMSの呻き声。そして吹き飛ばされる勢いで引き抜かれる大鎌、同時に大鎌に電装も引きずり出されてしまい。
その痛みはまるで筋繊維や神経、血管の一本一本を皮膚の中で擦りあげ限界まで伸ばした上で引き千切るような激痛。
長年と呼べるほど年をとっているわけではないが、こんな痛みを経験する羽目になるとは思いもしなかった。

しかし、その痛みも伸ばし切った左脚部の脹脛をビームで撃ち抜かれてしまいさらに増していく。
何が起きたのかと視界を回せば先ほど遠方に見えた青色の砲戦機が距離を詰めていて。何故、と思うが痛みに乱される思考ではロクな答えが出ない。
その痛みに耐えきれずついに蹲ってしまうも、相変わらずノイズ混じりの視界だけはMSから外すことはない。
わざわざ砲戦の方が近寄ってくれたのは好都合だ、丁寧に時間をかけて画像に補正をかけることでどうにか二機の姿を捉える事が出来た。
(こいつら………こいつら、は!?)

青色の砲戦機は所々に黄色をあしらった装甲、全体的に上半身を大型化させた姿はまさしく砲戦のためにあるようなものだ。
右手にはバズーカ、それも単純な実弾や火薬による火器ではなくプラズマを発射するプラズマサボット・バズーカ砲「トーデスブロック」。
左手にはシールドを装備している、しかしただのシールドではなく2連装衝角砲「ケーファー・ツヴァイ」を備えたレイダー同様の防盾砲。
しかし最も目を引く物は背部からアームで接続された二基の2連装高エネルギー長射程ビーム砲「シュラーク」と胸部に搭載されている複列位相エネルギー砲「スキュラ」だろう。
そのどれもが大口径且つ高出力、その肥大したショルダーアーマーも敵の攻撃ではなく自身の砲撃の熱から身を守るための物だろう。

緑色の強襲機は所々に黒色を用いた装甲、他の二機とは違い本体そのものに特色と言えるものは無い。
あえて特色を挙げるならばその携行武器だろう、重斬刀とは違い特殊な製錬法を用いているのか鏡のように磨きあげられた大鎌、重刎首鎌「ニーズヘグ」。
しかしそれを抜きにしても通常のMSにカテゴライズすることなど出来ない、それほどまでにこのMSを異端たらしめている物はバックパックだ。
機体の上半身をすっぽりと丸ごと覆えるほどに巨大なバックパック、いや、突撃、強襲を行う際には実際に覆うのだろう。
その両側には可動式レールガン「エクツァーン」が設置され、先端には誘導プラズマ砲「フレスベルグ」が内蔵されている。
資料によればエクツァーン砲身に設置された誘導装置の磁場干渉によってフレスベルグからのビームの軌道を自在に偏向することが出来るらしい。
そして、バックパックにアームで接続された可動装甲、デスティニーのパルマフィオキーナ周辺にも小型化し設置されているエネルギー偏向装甲「ゲシュマイディッヒ・パンツァー」。
あの大きさならばデスティニーの物とは違い敵機から撃たれたビームを偏向させることも可能だろう。

こうまで特徴的な二機を間違えはしない、砲戦機はGAT-X131、カラミティ。強襲機はGAT-X252、フォビドゥン。
どちらも第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で破壊されたはずの機体だ、恐らくレイダー同様にこの幻想郷に流れ着いたのかもしれない。
そして、恐らくはパイロットもまた。レイダーが「そう」だったのならこの二機のパイロットも「そう」である可能性は十分あり得る。
第一あの動きだ、並みのパイロットに出来るものではない。あれでブーステッドマンでなければ堪ったものではない。
(なんだってここに……デスティニー、データベースとの照会は間違いないか?)
(間違い無いな、データベースが破損していなければだがね)
皮肉めいたデスティニーの言葉にもどこか余裕が無い、これ以上の戦闘は不可能に近いというのにこの二機だ。
レイダーを括りつけている木の側に降り立ったフォビドゥンはニーズヘグを振るいワイヤーを断ち切る。
カラミティが接近したのもレイダーを助けるためなのか、そのデスティニーの考えは。

『いつまで伸びてんだ、オラァ!』
がん、と何の容赦も無くレイダーを蹴り回す姿で払拭される。
レイダーの姿を見ればどれだけ激しい戦闘だったのか分かりそうな物にも関わらず一切の情を感じられないその行動に魔理沙達は不快なものを感じ得ない。
デスティニーにしても不快とまではいかないが妙な違和感を感じる、ステラ達もそうだったらしいが自分が知っているエクステンデット達は仲間を大事にしていたのだが。
蹴られたことで呻き声を上げながら意識を取り戻したレイダーはそんな四人の心情を知る由もない。
『―――っつぅ………なにしてくれてんだよ!?』
立ち上がりカラミティに噛みつこうとするが、全身の回路に不調が出ているのかロクに立ち上がれずに転んでしまう。
その姿をフォビドゥンは鼻で笑いカラミティはうっとおしそうにもう一度足で小突く。

『寝てろよ邪魔くせぇ。後はこいつらを討ち殺すだけだろ、楽勝じゃねえか』
『ていうか、何手こずってんの……ださい』
二機の言葉に言い返すことが出来ずレイダーはただ悔しそうにデスティニーを見据える。その気持ちは、分からないでもない。
デスティニーをここまで追い詰めたのは紛れもなくレイダーなのだ、その手柄を横から掻っ攫われて面白いはずもない。
悔しいに決まっている、繰り広げた死闘が無価値なものに貶められて悔しくないわけがない。
その悔しさを受け止めてやりたいという気持ちも無いではないのだが、いかんせん状況が悪すぎる。
何せ先ほどの砲撃で最早まともに動くことすらできないのだ、戦うなど困難などではなくほぼ不可能。
事ここに至っては腹を括るほかない、そう決めて口を開こうとすると。

「言っとくけど、お前達だけ逃げろなんて言わないようにね」
『………俺ってそんなに分かりやすいか、アリス?』
「ものすごく。やれるだけのことはやるわよ、諦める方がよっぽどスマートじゃないものね」
アリスが人形を優雅に舞わせれば魔理沙だってミニ八卦炉を構えた腕を真っ直ぐにカラミティに伸ばす。
その表情は引き締まっていながらも、にっかりとした笑顔を浮かべていて。
「私だって元気一杯、まだまだやれるぜ。お前をほっぽって逃げやしないって」
「わ、私も、頑張ってみます。シンさん一人に無茶させるわけにもいかないですし」
魔理沙に触発されたのか、早苗も脅えながらも御幣を突きつける。
少女達の意思は固いのだろう、自分が何をどう言ったって聞き届けてはくれそうにない。
ならば、いい。どうしようもない、彼女達の力を借りなくては生き延びることなど到底できないのだ。
戦えない人達を戦いに巻き込まない。信念に背くことだけれど、信念を守って命が吹き飛ばされるなどそれこそ馬鹿げている。
信念を破ったところで悔やむのは結局自分だ。自分の勝手に、それこそ誰かを巻き込んでいいはずはないのだから。

(………盾代わりになら、なれそう、だな)
(あまり持たないだろうけどね。君も無理しないように)
(覚えとくよ、約束は出来ないけどな)
魔理沙もアリスも早苗も、出来ることなら自分も。誰も死なさないことだけを心に決める。
それだけで誰も死なないのなら苦労はしない、分かっている。例え決めたって死ぬ時は死ぬ、そんなことは散々味わってきた。
またそれが繰り返されない保証なんてどこにも。今はそんなことを考えている場合ではないことは分かっている。
集中しなくてはいけない、だけどどうしたって心にある不安を消すことが出来ない。
こんなときに自分の弱さを思い知る、自分はどうやったってレイやキラ、ルナマリアやアスランのように強くないのだと思い知らされる。
彼らだけに限った話ではない、自分が出会ってきたパイロットたちは心を強く持っていて。
揺れない心が欲しいと思う、どんな時でも何があっても決して揺れたりしない心が。そうすれば、もっと強くなれるのに。

(考えるなっ、今は………今はっ)
それが逃げ口上ではないと何故言えるのだろう、ただ自分に都合の悪いことから目を逸らしているだけなのではないのか。
そう囁く心の声を黙殺しカラミティとフォビドゥンを見据える、正念場なのは間違いないのだ、ぬかることは出来ない。
ちりちりと心がざわめく、と。何かに呼ばれるように早苗が顔を上げた。

「神奈子様に、諏訪子様? 一体なんで」
よく聞き取れなかったがぶつぶつと呟く、正念場にしては妙に緊張感の無い早苗の行動にデスティニーは不審な物を感じる。
しかし、魔理沙とアリスも同じように顔を上げる、というよりもデスティニーの背中側の空を見ているようで。
事ここに至り、デスティニーも彼女達の行動は緊張を欠いているが故の物ではないと判断、咎めることなく敵機を注意深く見ることに留める。
好都合なことにカラミティとフォビドゥンはそんな彼女達が何かを狙っているのではないかと警戒し攻撃は仕掛けてこない。
代わりにプライベートチャンネルを使って相談しているのか微妙に意識がデスティニー達から逸れている。

とはいえ、状況自体はあまり変わらない。意識が逸れているのなら下手に刺激すると過剰な反応が返ってくることは確実だろう。
あげていた顔を下ろすと、少女達はじりじりと二機を刺激しないよう少しずつ離れようとし始める。
何があったのか聞きたいところだが、下手に話したのならカラミティとフォビドゥンを刺激する結果になりかねない。
互いにどうすべきか答えが出ない硬直状態、どうにか状況を好転させようと思考を回転させるが痛みでまともに回らない。
それでもどうにか思考を回そうとするが。

(ふむ、聞こえているかそこのMS)
頭の中に響く声で思考は中断される。女性の声だ、早苗達の子供らしさを残した声ではなく成熟し、落ち着き払った大人の声。
それが頭の中に直接聞こえてくる、どういうことなのかと困惑するがその声はデスティニーの困惑になど構う様子は無くて。
(後二歩下がれ、いいか、後二歩だ。忠告はしたぞ)
そう言い残し一方的に通信……と読んでいいのか分からないが、通信は打ち切られた。
どういうことなのか分からずに思考を回す、しかし答えは出ない。一体なんだったというのか。

(デスティニー、さっきの声は………一体?)
(ふむ。僕にも確かに聞こえたが、センサーは何も捉えていないよ。どうしたものか………)
デスティニーも困惑しているのか歯切れの悪い声を返してくる。
言う通りに下がるべきかとも思うのだが、下手に刺激するわけにもいかない。
どうにかじりじりと二機に気付かれないよう一歩分だけ下がるのが精いっぱい。
その間も思考を回す、目の前のカラミティとフォビドゥンもだが頭の中に聞こえた声。そのことに考え込んだため結果的にほとんど動いていない。







―――それがいけなかった。突如がぁん、と右肩に背後から何かがぶち当たった衝撃にもんどりうって地面に叩きつけられる。
次いで聞こえてくる硬質且つ大質量の物体がぶつかり合う派手な衝突音、そして地面に何かが落ちた音。
受けた時はただの衝撃だったが、すぐにがんがんと頭が割れそうな激痛へと変化する。
当然だろう。何せ右腕が肩からもげてしまったのだから。地面に落ちた右腕を痛みに浮かされながらぼんやりと見る。
何が起こったのか、必死で考える。背後から大質量の物体が高速で飛来し、デスティニーの右腕を千切り飛ばし同時にカラミティに叩きつけられた。
そこまではどうにか分かる、分からないのは何が飛来したのか、そもそも誰が行ったことなのか、先ほどの声と関係はあるのか。
普段ならば即座に大体の「あたり」をつけられるのだが、痛みに浮かされる頭ではそれもままならない。
そんなことを考えていたら、背後から声がした。先ほど頭の中に響いた声と同じ声、それと共に早苗達よりも幼さを感じさせる声もまた。

「は、成程、これがトランスフェイズシフト装甲か。中々に頑丈じゃあないか、砕き甲斐がある」
「あれ、神奈子、常夏三馬鹿のMSってトランスフェイズ装甲じゃなかったっけ?」
「細かいことは気にするな諏訪子、名前など大した問題でもないだろう」
「………自分の間違いぐらい素直に認めなヨ?」
帽子をかぶった諏訪子と呼ばれた童女から呆れたような目を向けられ、何のことだかなと背に注連縄を背負った神奈子と呼ばれた女性が嘯く。
そのやりとりは長年連れ添った間柄を想像させる。デスティニーにとっては初対面、しかしそんな二人を見て困惑しているのは自分を除けばアリスだけのようで。
早苗と魔理沙には知った顔だったのか、早苗は驚いた顔を、魔理沙は意外そうな顔を二人に向けている。
そんな二人に向けて神奈子と呼ばれた女性が軽く手を上げる。その姿をデスティニーは倒れ伏したまま改めて見た。

神奈子と呼ばれた女性は赤い上着に黒いスカートといった服装をまとい腕を組みながら先ほどデスティニーの右腕ごとカラミティを吹き飛ばした木の柱の上に降り立つ。
浮かべる表情は泰然自若な非常に落ち着き払った物、しかしその瞳から感じる確かな覇気は紛れもなく先ほどの荒事を行ったのだという確信をデスティニーに与える。
その衣装の所々には蛇をあしらった装飾があしらわれており、彼女の軽いウェーブのかかった青い髪には注連縄と紅葉を模した髪飾りがつけられていて。
そんな中で胸に付けられた鏡が目を引く、鏡と言っても姿見ではなく三種の神器としての鏡であるように見える。
確かにそれらが彼女を彩っている、しかしもっとも目を引く物は間違いなくその背にある物だろう。
注連縄に取り付けられた木の柱、決して細いものではないそれが何本も取り付けられている姿は一種神仏の様な貫禄を醸し出している。
それにしても注連縄に紅葉に鏡、一般的な女性がつけるには似つかわしくない装飾、しかしそのどれもが彼女の美顔にあつらえたようにしっくりと来ていて。
そんな彼女―――八坂神奈子の隣に立つ諏訪子と呼ばれた童女もまた異様な雰囲気を纏っている。

垂れ下がる金の髪の両端に赤く細いリボンをくくりつけ、紺色のワンピース上の衣装には緑色の蛙が描かれている。
膝丈まである靴下と同じく白い袖は彼女の小柄な体格に対して大きめで手が隠れてしまいそう。
くりくりとした蛙の様な目、神奈子の腰より少し上程度の身長、その小柄な体だけならばただの童女にしか見えないだろう。
だが、彼女の頭に収まっている物が彼女をただの童女にしてくれない。それがなんなのかはデスティニーには正直理解できない。
蛙を戯画して模した帽子であろうということまでは理解できる、理解できないのはその帽子の目がぎょろぎょろと動いていること。
デスティニーと目が合えば恥ずかしそうに目を逸らす、奇妙な言い草だが感情豊かな帽子である。
そんな奇妙な帽子をかぶった少女―――洩矢諏訪子は腕を組む神奈子とは対照的に至って自然体で構えている。
しかし、そんな彼女は静かにデスティニー達MSを観察しているのかその視線は一箇所に留まることはない。
神奈子が動、激しさで威厳を保つのならば諏訪子は静、静けさで威厳を発揮していた。

そんな二柱を見て魔理沙は首を傾げる。彼女達とは面識自体はある、来た理由も早苗を助けるためだろう。
分からないのはどうやってここに辿りついたのか、だ。いくらなんでも早苗を四六時中監視しているはずもないだろう。
「お前ら……お山の神様? なんだってここが」
「む、誰かと思えばあの時の白黒か。いや、なにね。ガキンガキンやかましい音が神社にまで響いてな」
「早苗も戻るのが遅いから見に来たってわけ。流石にこの状況は想定外だったけどね」
地面に横たわるデスティニーと木に叩きつけられたカラミティ、警戒するフォビドゥンとレイダーを見ながら諏訪子が一人ごちる。
想定外とは言うが、目の前に存在しているMS達を想定できる者などそうそうはいないだろう。
カラミティ達を警戒しながらも、諏訪子はデスティニーを視界の端にとらえて首を傾げる。

「にしても、このMSどっかで見たような………どこだったかなー」
「思い出せないのなら大した問題でも無いだろう、今はこ奴らの方が先だ」
カラミティとフォビドゥンをじろりと睨みつけながら顎でしゃくる、泰然とした態度ながらも決して意識を逸らすこと無く。
そんな神奈子が面白くなかったのか、諏訪子は揶揄するような声を上げる。
「はいはいそうですねー。相変わらず神奈子は合理的だねえ」
「不服か?」
「うんにゃ。こいつらが先ってのは事実だしねー、そこの顔半分吹っ飛んだ君っ」
びしりとデスティニーに向けて指を突きだす。どうにか応えたかったが、喋ることも億劫で顔だけを動かして諏訪子の顔を見ることしか出来ない。
しかし諏訪子はデスティニーの惨状からそれだけで満足したのか咎めることなく言葉を続ける。

「君、味方?」
『敵にはなりたくはないですよ』
「おけ、んじゃあ味方だはいけってーい」
デスティニーがどうにか絞り出した声に大して逡巡するでもなくさっさと決めつける諏訪子。
そんなやりとりを見ていた神奈子は鼻を鳴らすとぽつりと呟く。
「アバウトだな」
「合理的と呼んでよ、神奈子」
にんまりと笑う諏訪子に神奈子は肩をすくめるだけでそれ以上の追及はしない。
今はそんなことに構ってはいられないということは諏訪子も分かっていること、だから返事を求めたわけではないのだろう。
互いのことを分かっているのか、ふざけたやりとりをしながらも優先すべき事柄からは意識を逸らさない。

『――――ざっけんじゃねえぞクソババァが!!!』
そう、今優先すべきは他にある。オンバシラを受けたカラミティがどうにか立ち上がり両肩のシュラークを撃ち込んできた。
高出力のビーム、MSであっても直撃すれば蒸発するであろうそれは、しかし天から垂直に降り注いだオンバシラに当たって防がれる。
そう、防いだのだ。MSのシールドの様にビームを弾いたのではなくビームの熱量全てを受け切った、にもかかわらず焼け焦げ一つ起こしていない。
どう見たってただの太い木の棒にしか見えないそれがビームを防ぐ様はデスティニーからしてみれば悪い冗談としか思えない。
カラミティにしてもそれは同じなのだろう、驚愕の声が漏れ聞こえてきた。そんなカラミティを見て神奈子は鼻を鳴らす。
「―――疾くと云ね。粉微塵に砕かれたいか」
腕を組んだままカラミティを睨みつける、その風格はカラミティですら思わず一歩下がってしまうほど威厳と自信に満ちていて。
怯んでしまったことが気にいらなかったのか、カラミティは殊更に強気な態度を崩そうとしない。
『ハッ、ビビってんのかよババア。要するに見逃すってことじゃねえか』
カラミティからの挑発の言葉、しかしそれでも神奈子の威厳を崩すことは出来ない。
見逃すという言葉に神奈子は鷹揚に頷く。その反応もカラミティにとっては予想外の物で。

「ああ、見逃してやる。早苗に危害が及ぶ可能性を排除しきれんからな。それが那由他の彼方ほどだとしても十分だろう、ん?」
倒すことなど容易なことだと言外に言ってのけられてしまう。屈辱で無いはずが無い、今この瞬間もカラミティの頭は怒りで沸騰してしまいそう。
だが、動けない。神奈子が放つ覇気がカラミティの動きを止めてしまっている。まるでその姿は蛇に睨まれた蛙のようで。
動けないことに困惑するカラミティを見て神奈子はその頬を僅かに緩ませ笑う。
「あーうー。相変わらず大陸かぶれなんだから神奈子は」
しかしその神奈子に対して諏訪子が浴びせたのは呆れたような声、肩をすくめて視線もフォビドゥンから外している。
その隙をフォビドゥンは逃しはしない。ニーズヘグを構えて諏訪子に突進する。
元々強襲用に作られたフォビドゥンの初速は相当なものだ、あっと早苗が声を上げるよりも早く諏訪子との距離を詰め。

『ハァァァァッ!!』
叫びながらニーズヘグを振るう、神奈子に視線を映していた諏訪子の首はそれだけで胴体から離れ宙を舞った。
その光景に、早苗は言葉を失い魔理沙とアリスも凄惨な光景に目を逸らし、そしてデスティニーの心はざわりとさざめく。
やはり倒れ伏しているべきではなかった、何が何でも立ち上がって盾代わりになるべきだったのだ。
心に湧きたつ怒りに突き動かされるように必死で立ち上がろうとする、が。
何かがおかしいと感じだす、諏訪子の首が刎ねられたにも関わらず神奈子は一切関心を示していない。
心配していないどころか、まるで何か問題でもあるのかと言いたげにちらりと諏訪子の首に視線をやっただけ。
だがその行動に悪意は一切感じられない、そのことがデスティニーを困惑させる。それは少女達も同様らしく困惑の瞳が諏訪子の首に集まる。

その視線に応えるように、閉じていたはずの諏訪子の目が「開いた」。間違い無く胴体から離れたはずの首が、だ。それどころか。
「ま、私も同意見だけどねー。安全第一でいかなくちゃ、ねえ?」
飄々とした口調で喋り出す、その光景には流石にフォビドゥンも面食らったのか固まったまま動こうともしない。
しかしそんなフォビドゥンに構うことなく口は動き続けていて。いや、よく見てみれば動いているのは口だけではない。
首から、徐々に胴体が生えてくる。奇妙な表現だがそうとしか言いようが無いのだ。
まるでプラナリアか何かの様に身体が再生していく、よくよく見てみれば首が切り離された胴体はドロドロに溶けて大地に吸い込まれていって。
「私は神奈子みたいに野蛮なことはしないよ、精々祟る程度だ。お前の体も心も頭も夢も現も何もかも祟ってあげるよ」
『く………アアァァァァ!!』
叫びながら諏訪子の首を踏みつぶす、胴体が生えかけた諏訪子は呆気なくつぶれ体液が周囲に撒き散らされる。
荒い息のフォビドゥン、しかしその息をかき消す諏訪子の声が背後から。

「殺して下さいどうかお願いしますと、土下座する権利ぐらいはあげるよ」
何事もなかったかのように首だけで諏訪子が喋っている、その光景にフォビドゥンは発狂したかのような叫びを上げた。
ある意味、それは当然なのかもしれない。デスティニーだってあんなものを目の当たりにしたら冷静に対処できる自信はない。
狂ったような叫び声を上げながら地面から生えた諏訪子の首を踏みつぶす、しかしその度に飛び散った体液から諏訪子は再生して。
「ああ大丈夫大丈夫」
『はアァッ、うああ!』
「ちゃあんとお願い通りにしてあげるから」
『このぉ、このぉっ!!』
「なんせほら」
『お前っ、お前はー!?』
「私ってやつは義理堅いもん」
踏みつぶすたびに生える諏訪子の首が言葉を途切れさせない、ある種の悪循環に陥るがフォビドゥンは荒い息を吐きながらも諏訪子を踏みつぶすことを止めることが出来ない。
そうしているうちに諏訪子の声が聞こえなくなる、ようやく踏みつぶされてくれたかと安堵の息を漏らすフォビドゥンは、ふと機体に目を落とす。
飛び散った体液がべっとりと付着したその姿に猛烈な悪寒を感じる。感じるのは悪寒だけではない、肩のあたりから視線も感じて。
恐怖に震えながら肩に視線を移すと、そこには。




「あれれー? どうしたの、感謝の言葉が聞こえないよー?」
けたけたと笑う、童女の、生首が。




『―――――ァァァァアアアアアッ!!?』
絶叫、必死に肩から諏訪子を振り払う。地面に叩きつけられ一度バウンドした生首から一気に胴体が再生されカエルのような体勢で着地。
バウンドした一瞬で全身が再生されるその凄まじい再生速度は先ほどまではフォビドゥンを弄んでいただけだと雄弁に語っていて。
そんな諏訪子を茫然とした表情でデスティニーと少女達はみていたが、諏訪子の姿を見てぽつりと魔理沙が漏らす。
「あれ、服着てる」
「そりゃ布だって元をたどれば大地から生まれた物だからねえ、再生できて当然さね」
途方もないことを何でもないことの様に言う、彼女が行ったことはまさに神の御技なのだろう。
現象のすさまじさに言葉を失うデスティニーを見て、しかし諏訪子はぎたりと嫌な笑顔を浮かべている。
「全裸の方が良かった? グヘヘヘヘ」
「黙っとれお前は」
オンバシラで諏訪子の頭をがつんとぶったたく神奈子に容赦は全く見えない。
頭を抱えてあうあう悶える諏訪子に呆れながらもカラミティから意識を逸らすことは無い、むしろ睨んでいる目の強さはさらに増していて。

「―――さて。どうするね、まだやるつもりならば全力を以て砕くのみなのだが」
問うた訳ではない、ただ決定事項を淡々と告げただけだ。それが出来るだけの実力はあると証明もされた。
しばし睨みあっていたが、易々と撃てる相手ではないと判断したのかカラミティが舌打ちをした。
撤退するという通信でもあったのか、先ほどから脅えた様子のフォビドゥンを無視してレイダーを乱暴に足で小突く。
『さっきからガンガンと……なんだと思ってるんだよ!』
『あぁ? バカな負け犬だろ、オラさっさといくぞ』
相当に言い返したかったのだろう、しばしカラミティを睨みつけていたが結局何も言わずにMAへと変形する。
カラミティも何か言い返してくるかと思っていたのか拍子抜けしたかのような反応。
だからといってわざわざその反応を問いただすことも無い、レイダーの心境の変化などカラミティにとってはどうだっていいからだ。
何も言わずにレイダーの上に乗る、飛行能力の無いカラミティだがスラスターを同期させれば満身創痍のレイダーでも離陸は可能だろう。
エネルギーがスラスターから噴き出し機体を上昇させようとしている、と。レイダーのスピーカーからノイズ混じりの声が発せられた。

『―――クロト・ブエルだっ』
がなるような声、元々が甲高い声だったのに加え今のスピーカーの状態だ、最早割れに割れてかろうじて聞き取れる程度の言葉。
しかし発せられた言葉からはその聞き取り辛さを吹き飛ばすほどの確かな決意が感じられて。
『いいか、僕の名前はクロト・ブエルだかんなっ、次は僕が、僕がねェッ!!』
『熱くなってんじゃねえ、うぜぇよ!』
がぁん、とカラミティから足蹴にされ、フォビドゥンからは失笑されてしまう。
しかしそんな状況であっても聞こえてくる吐息からは闘志は消えていなくて。
『………覚えておけよっ!!』
言い残し、カラミティを乗せてフォビドゥンと共に空へと飛翔していく。
どんどんと高度を上げていき、雲に紛れたかと思えばあっというまに見えなくなってしまった。





しばし全員押し黙ったままだったが、やがてデスティニーが痛みで呻き声を上げると金縛りが解けたかのように魔理沙がデスティニーに走り寄る。
「大丈夫か?」
『どうにか。なんとかなってよかったよ』
本当に一時はどうなることかと気が気でなかった、神奈子達が来なければ自分一人の負傷では済まなかったかもしれない。
兵装が無い最悪の状況で戦えたのは単に乗り手が自分だったから。デスティニーはそうは言うけれど、戦えただけでは意味が無い。
ちゃんと守ることが出来なければ戦えても戦えなくても大差なんて無いのだ。よくやった、なんてただの自分を慰めるだけにすぎない。

(………くそぅっ)
―――本当に、自分の弱さが嫌になる。誰かを守れない弱さが、デスティニーの言葉に素直に喜べない弱さが。結局誰かを頼りにしてしまう弱さが。
アスラン、レイ、ルナマリア、キラ、彼らだけではない、自分が知り得る数多の戦士。
彼らのような強さが欲しい、そう願って強くなろうとしているがこうやって追いつめられると簡単にボロが出て。
ちょっとしたことですぐに呆気なく心が揺れるから自分は弱いんだということは分かっている。

そう、分かっている。そんなことは今さらだ、今になって気付いたことじゃない、ずっと前から自分に突きつけている命題。
揺らがない心が欲しい、どんなときでも平静を保てる心が。それが本当の意味で強いということだとたくさんの人たちから教わった。
もっとも、揺るがない心なんてどうやって手に入るのか、そんなことはいくら考えても未だに分からないでいるけれど。
表情が分からないMSの姿のままでよかったと思う、きっと今の自分は自嘲の笑みを浮かべているはずだから。そんな顔、見たい奴なんていやしない。
そんなデスティニーを神奈子は何も言わずにただじっと見ていたが、デスティニーが右肩を押さえているのを見てようやく口を開く。

「すまぬな、ちと乱暴が過ぎたか」
『………いいですよ、もう。全員無事だったんだから我慢します』
確かに右腕を吹き飛ばしたのは神奈子のオンバシラだったが、どちらにしてももう使い物にはならなかったのだ。
それに神奈子だってちゃんと忠告はしてくれた、すぐにどけば当たりはしなかったのに、彼女の言葉を信用すべきか迷ったこちらの責任でもある。
だからこそ彼女を責める道理はない、ないのだが。それでも納得のいかないものが言葉の端にどうしても滲み出てしまう。
神奈子もそれに気付いているのか、デスティニーの少々不満げな言葉をそれ以上追及しない。

「どう考えてもちょっと、なんてものじゃ無かったと思うけどね。にしても、どっかで見たことあるんだよねえこのMS」
どこだったかなーと考え込む諏訪子につられ神奈子も改めてデスティニーの姿をとっくりと観察する。
言われてみれば神奈子にもなんとなく見覚えのある姿、しかしデスティニーの損傷が激しすぎるためか記憶をたどっても思い当たらないようで。
そんな二人の姿を見ていた早苗は呆れたような声を上げる、ちゃんとDVDも持っているのだから即答してもらいたいという思いも多少はこもっていた。
「もう、お二人ともどうして分かんないんですか。デスティニーガンダムですよデスティニーガンダム、見れば分かりますよ」
「デスティニー? ………………………どの辺が?」
「どの辺がって、そりゃあ」

怪訝な顔を浮かべた諏訪子に自信満々な顔で答えようとした早苗はデスティニーの姿を改めて確認。
デスティニーの分かりやすい象徴であるウイングバインダーは存在しておらず、同時に対艦刀もビーム砲もない。
悪役じみたカメラアイからはしる隈取り状の装甲もレイダーのミョルニルで削り取られたのかほとんど残っておらず。
左腕も肩のフラッシュエッジ基部は潰され手甲も千切れかかっている、パルマフィオキーナも今はデスティニーが手を握っているので確認できない。
少なくとも、今のデスティニーをパッと見てデスティニーだと思える者はそうそうはいないだろう。

「………どの辺なんでしょうかシンさん?」
『俺に聞かれても。しかし改めてみると色々ひどい状態だな』
「元凶が何を言う」
デスティニーからの揶揄するような言葉、しかしそれは決して彼を責めるような口調ではない。
むしろ普段通りの皮肉なからかうような口調。だったらこちらも軽口で返すのみだ。
『ハイハイすいませんね元凶ですよ……デスティニー、解除するぞ』
「む? うむ、歯を食いしばっておけよ」

ばきん、と金属の砕ける音が連続で響き、デスティニーの全てが砕かれればそこには座り込むシンと右腕をだらんと垂らすデスティニーの姿が。
しかし魔理沙は知っている、戻るだけで終わるわけではないことを。MSデスティニーの破損状態はシンとデスティニーに受け継がれる。
デスティニーの身体は破損した箇所に応じて機能しなくなり、シンは破損した状態の痛みを引き継ぐ。
どちらが楽、なんてことはない。どちらも辛いのだから。がくん、とシンの身体が痙攣をおこし全身に脂汗が浮いてくる。
紅魔館の時に比べれば症状は遥かに落ち着いたものなのだが、それでもその表情は苦悶に歪んでいて。

「だ、大丈夫か、腕さすってやろうか?」
「―――悪いっ、頼む、ぅく、ふぅぅぅううう………!」
やはり相当に痛むのか右腕を抑え蹲る。普段なら気にしなくてもいいと笑うであろう魔理沙の言葉にも取り繕う余裕なんて無くて。
心配に顔を曇らせながら魔理沙は腕をさすりながら額に滲む汗をハンカチで拭ってやる。
そうした方がシンからよく見られるのだろうなんて考えが浮かぶ余裕はない、あるのはただシンのために何かしてやろうという思いだけ。

そうやって魔理沙から右腕をさすられながら俯き呻いていたシンだったが、しばらくしてようやく顔を上げた。
ある程度は落ち着いたのだろう、汗が額から滲みだしていたが意識ははっきりとしていて。
「………ありがとうな魔理沙。結構、楽になった。さんきゅ」
「お、おう、さんきゅ?」
シンに笑いかけられ、少しテンパった様子で魔理沙は親指をぐっと立てる。
その姿にくすりと笑いを漏らすも、シンも同じようにサムズアップで応えた。
まだ身体は痛むが、いつまでもこうやってへたり込んでいるわけにもいかない。魔理沙に肩を貸してもらいながらもどうにか立ち上がる。

「なんにしてもありがとうございます、マジでどうなることかと思いましたよ」
そう言い頭を下げるシンを神奈子は少しの間じっと見ていたが、やがて鷹揚に手を振る。
「あんな状態だったからな、お前さんが気に病むこともないだろう」
「そだね、生き延びれただけでも御の字じゃない?」
諏訪子も神奈子の言葉に同意してくる、実際レイダーとの戦いの時から相当に危ない橋は何度か渡っていた。
経験上大丈夫だろうというある程度の確証はあったが、それでもあんな真似は出来ることならやりたくはないものだ。

「そう言ってもらえればありがたいですよ、ホント一時はどうなることかと………紹介が遅れました、シン・アスカです、こっちはデスティニー」
「八坂神奈子だ、こちらの変なのは洩矢諏訪子。今後ともよろしく」
「変なのとは何さー、変なのとは。神奈子だってわりかし変なのに該当するじゃない」
聞こえんなと空とぼける神奈子を諏訪子はジト目で睨む、そんな二人だが不思議と仲は険悪には見えなくて。
少し嬉しくなってくすりと笑ってしまったシンを見て神奈子は軽く咳払いを。
「………ま、今後はあまりあのような無茶は控えるべきだな。心配をかけさせるものではないぞ」
「まったくよ、あんたは無茶しすぎ」
「こらやめんか痛い」
笑いながら鼻をこするシンをアリスは摘んで軽く引っ張る。そんなアリスにシンは不平の声を上げるがアリスは平然としていて。
何か言い返してやろうかとも思ったが、無茶をしすぎたのは事実だしアリスなりに心配してくれたのだろうと思い直し何も言わずにただ肩をすくめるだけに留める。

「しかし………デスティニーガンダムなどと言うからまさかとは思ったが、本当にシン・アスカだとはな」
「うんうん、スズボイスだからひょっとしてとは思ってたけど………アニメじゃないアニメじゃないホントのことさってこのことかな?」
「マニアックなチョイスだな、しかしムラケン声でMSなら確かに思い当たってしかるべきだったか」
「ムラケンて。普通はスズでしょ、ホントに神奈子ってさあ」
神奈子と諏訪子のやりとりにシンは付いていけない、なんとなく外の世界で放映されていたというガンなんちゃらという作品のことなのだろうとは思うのだが。
しかし二人が話している錫やら群件やら何のことなのやらさっぱりだ、ボイスや声と言うからには自分に何らかの関係は在りそうなのだが。

「すず? むらけん? ………いちっ、やっぱまだ痛むなあ。さっきから何の話です?」
「ああ、気にしない気にしない、中の人の話。そんなことより身体は大丈夫かい?」
「ン、俺はまあ大丈夫ですよ、全身痛いだけだから。それよりデスティニー、お前は大丈夫なのか?」
シンの言葉を受けてデスティニーはどうにかねとだけ返す。痛みが無いとはいえ右腕が完全に動かないのはやはり辛い。
それに目も片目が見えなくなり森の中の緑の香りもさほど感じないし声帯も少し引きつるような感じがする。
とりあえず動けるのは邪魔にならずに済むのでありがたいが、流石にこの状態で元気に走り回れはしないだろう。

「ただ、自力で博麗神社に戻るのは難しいだろうね」
「そっか。俺が何とか出来ればいいんだけどな………悪いけど頼めるか、アリス?」
アリスに視線を送りながら窺う、アリスの方も来るだろうと思っていたのか顎に手をやってすでに考え始めている。
家に帰ってきて昼食も食べずにすぐに神社にまで向かうのは流石に億劫なのか、それとも何か他に用事でもあったのか。
しかし彼女の考えていることはシンとはまったく別のことで。
(ここは魔理沙に送らせてこのおバカの好感度を稼がせるべきかしら……ああ、でも家でゆっくり話させた方が魔理沙のためなのかしらね)
考え込むのは全て魔理沙のため、良き友人としてはどちらがいいものなのか悩んでしまう。
そんなアリスの葛藤を断ち切ったのはシンのボケた発言、ではなく。

「そう言うことならば私が送ってやろう、どの道博麗神社にはちと用があるのでな」
「年末年始のことは早いうちから決めておかなきゃね、カチ合って喧嘩売られるのも面倒臭い」
ああ、それは確かにと魔理沙とアリスは頷く、霊夢なら確実に喧嘩を売りにいくだろうことが容易に想像できたからだ。
と同時に、自分の葛藤が無駄になったことにアリスは何とも言えない感情を抱かざるを得ない。
とはいえ悪いことではないはずだ、魔理沙にフォローを入れてやれるというのは大きい。
「ああ、そういう………じゃあお願いしてもいいですか、何から何までスイマセン」
「手間をかけさせて申し訳ない、いずれ何らかの形で返させてもらうよ」

シンとデスティニー、二人揃って頭を下げる姿を神奈子は意外そうな面持ちで見ていたが、軽く咳払いをして気持ちを切り替える。
諏訪子もそれは似たようなものだったが神奈子ほど面食らってはおらず、むしろ面白そうに二人、というよりもシンを観察していて。
そんな神奈子達を早苗は訝しげな表情を浮かべ首を傾げて見ていたが、神奈子がデスティニーに肩を貸そうとしていることに気付くと慌てて声を上げる。
「神奈子様、神社に向かうのでしたら私も」
「いいさ、大した話をするわけでもないからな。精々向こうの予定を聞く程度だからここでそ奴らと話でもしているといい」
「そそ、親交を深めることは大事だよー。それが信仰を深めることにつながる、っと。どうよ神奈子、このセンス!?」
「審議は拒否させてもらう」
えー、と唇を尖らせる諏訪子を完全に無視してそれではなと早苗に手を上げ浮かびあがろうとし。
つ、と顔を上げるとシンに首を回してきた。

「―――シン・アスカ」
「あ、はい。どうかしましたか?」
しばしじっとシンのことを見ていたが、やがてふぅっ、と息を吐くと軽くかぶりを振る。
「どうもしない。息災でな」
そう言い残すと諏訪子と共に空へと浮かび上がりあっという間に見えなくなった。
神奈子の態度から、本当は何か言いたかったのではないかとも思う、わざわざ言わなかったのなら少々言い辛いことだったのか。
しかし考えても詮ないことだ、本人が何も言わなかったのなら自分が詮索すべきではないだろう。

そう結論付けて息を吐くと、ずっと続いていた緊張が一気に抜けて魔理沙に寄りかかってしまう。
「わ、わ、わ」
「と、悪い魔理沙、重いだろ?」
腕をさすってもらったのだ、流石にそこまで甘えるわけにはいかないと慌てて離れる。
離れた時に魔理沙が残念そうな声を出したような気がしたが多分気のせいだろう。
「なんというか、こいつぶん殴っても罪に問われない気がするのよ」
「ア、アハハ………今は勘弁してあげましょうよ、色々大変でしたし」
何とも言えない表情でアリスはシンをジト目で睨んでいたが、どうせこれぐらいでは気付きはしないのだろうと諦める。

そんなことを思っていたら、魔理沙からくぅと可愛らしいお腹の鳴る音が。
自然と魔理沙に視線が集まり、魔理沙は特にシンの視線を感じて顔を赤らめる。
「あ、いや、これはだな」
必死で弁解しようとする魔理沙だがシンはあまり気にしておらず。
空を見上げて太陽の高さを目にする、もう完全に頭上に上がっておりちょうど昼飯時と言ったところか。
「そうか、もうそんな時間か………アリス、悪いけど頼めるか?」
本当なら今日の昼食はシンが作るはずだったのだが、この状態では満足に包丁も振るえないだろう。
そのことはアリスも分かっているらしく不満を言うことも無く何でも無いように頷いた。

「貸し一だからね、四人分は流石に………ああそうだ、手伝ってちょうだい魔理沙」
特に何も考えることなく頷く魔理沙に軽い頭痛を感じ得ないが、耳を貸せとちょいちょいと手を招く。
不思議そうに耳を近づけてくる、その形のいい耳をはむはむしたくなる衝動に駆られるがぐっと堪え我慢する。
(あのおバカに手料理作ってやるチャンスでしょ)
(お? おお、確かにそうだ。頑張っちゃうぜ)
何故か突然張り切りだした魔理沙をシンは不思議に感じながらも、魔理沙の料理の腕が楽しみになっている自分がいることに気付きくすりと笑う。
なんだかんだで女の子の手料理は男にとっては特別なものなのである。

それに加えてアリスである、なんだかんだと言いながらも自分を心配してくれるのはありがたい限りだ。
彼女のこんなさりげない優しさは好ましいと思う。同時に心配をかけてしまって申し訳ないという気持ちも湧いてきて。
今考えたってどうしようもないと軽く首を振って気持ちを切り替えるが、それでも心の奥底ではその気持ちを拭いきれなくて。
たまらない気分になってしまい、暗い気持ちを吹き飛ばすように少し勢いをつけて早苗に話しかける。

「それじゃあ行こうか、早苗。君の分もあるからさ」
「え、いいんですか?」
「片づけ手伝ってくれるんならね」
元々神奈子達もそのつもりで早苗をここに置いていったのだろう、なんだかんだで親睦を深めるには食事が一番だと思う。
シンの言葉に早苗は少し申し訳なさそうにしていたが、やがてよろしくお願いしますとぺこりと頭を下げた。




先に行ったアリスと魔理沙の背を見ながらシンと早苗は森の中を歩いていたが、早苗は意を決したようにシンの顔を見る。
「あの、色々考えたんですけど」
「ん?」
何でも無いようなシンの表情とは異なり早苗に浮かぶ表情は神妙な物で。
どうしたのかよく分からないが、ひとまず無言で言葉を促す。
「やっぱり私、キラさん達は嫌いですよ」
早苗の口から出た言葉にシンは少しの間何も言うことが出来なかったが、やがて頬を軽く掻く。
嫌っているのならそれはそれで仕方のないことだと思う、万人から好かれるなんて不可能だろう。
残念に思う気持ちも無くは無いが、早苗が嫌いならそれでいいと思う。わざわざフォローしてやるような義務はない。

「そか。まあいいんじゃないか、個人の自由だと思うよ」
何でも無いように話すシンに、早苗はぐっと言葉に詰まってしまう。
シンはそう言うが、それでも彼らの言動を知っているとどうしても納得は出来なくて。
「だってあんな、花が吹き飛ばされても代わりを植えればいいなんて、そんなの変ですよ」
「………そんなこと言ったっけ?」
「言ったじゃないですか、ほら、あのオーブの慰霊碑で」
オーブの慰霊碑。自分は何度も足を運んだことはある、彼らも個人個人時間の開いた時に花を手向けていることは知っている。
しかし一緒に向かったことは数えるほどしかない。その数度の思い出の中から早苗の言葉を思い返すと、思い当たったことが一度。
メサイア攻防戦の後キラと出会い――――いや、正しく言うのなら再会した時のことだ。

「慰霊碑………ああ、確かに言ったっけな、どんなに吹き飛ばされても花を植え続けるって」
「なら」
「それで、何の問題があるってんだ。それだって大事なことじゃないか」
彼女の言いたいことも分からないでもない。花を植えることよりも守る方が大事ではないのかという思いも自分の中に確かにある。
しかし、だからと言って彼らの言っていることをないがしろにすることが正しいとは思えない。
「そりゃあ、花を植えるよりも守る方が大事だとは俺は思うよ、だけどだからって植えること―――」
以て回ったような言い方をして何になるのか。あの言葉はきっと比喩表現だけで言ったことではないはずだ。
彼らなりに大事だと思った言葉で、自分だって大事だと感じた言葉。

「人が安心して命を増やしていけるように世界を整えていくことだって大事なはずだろ?」
「………でも、でも。それだけじゃ」
「そうだな、それだけだったら多分俺もキレてたと思うよ。でもさ、早苗」
納得のいかない様子の早苗に、シンは落ち着いた口調で言葉を重ねる。早苗の納得がいかない気持ちも分からないでもない。
実際、文面通り受け取れば彼らの言っていることはただ「それだけ」だ。今咲いている花が吹き飛ばされても構わないともとれる言葉。
だが――――だが。本当に彼らの言った言葉は「それだけ」だったのだろうか。

「あの人たちがいつ、今咲いている花、生きている命が大切じゃないなんて言ったんだ?」
「っ、詭弁ですよそんなの!」
「かもな。本人達の口から聞いたわけじゃないからね、俺の勝手な思い込みなのかもしれないよ。けど」
早苗がカッとしながら言った言葉にシンはあっさりと頷く。実際彼らから直接そうだと言われたわけではない。
今はたまたま今咲いている花を守っているだけ、花を植えるためなら守ることを放棄してしまう可能性が無いだなんて言えはしない。
結局のところ証明なんて出来ない、早苗の言う通り詭弁と言われても仕方のないことだとは思う。思うが、それでも、だ。

「だったらなんで、あの人たちは明日のためにって言い訳して、今を懸命に生きている人達を踏みにじろうとしないんだろうな」
輝かしい明日のためにいてはならない存在なのだ。未来のためならばどのような汚名も被って見せよう。散々テロリストから聞いてきた言葉だ。
連中は自分達は他とは違う、他とは違って覚悟も信念もあると思っているのだろうが、そんなものがなんだというのだろうか。
そんなものが何かを吹き飛ばす免罪符になどなりはしない。なってたまるものか。
自分達は違うのだと言おうとも、例えそれが事実であろうとも誰かを吹き飛ばしてしまっていることには変わりが無い。
そう、力で解決しようとするのなら違いなど無いのだ。それこそ連中が嫌っているラクス達とどうも違いはしないのだ。
だったら、どちらも同じなのだとしたら。今咲いている花を吹き飛ばさない方につきたい、吹き飛ばされることをよしとしない方がずっといい。

「結局さ、あの人たちだって守りたいに決まってるんだよ。だけどそれだけじゃ届かないから、だから」
「………だか、ら?」
「だから、どっちも大事なんだって話。ただ花を植えることを先に話して、花を守ることをわざわざ言わなかっただけなんじゃないかな」
「違うかも、しれませんよ?」
「かもね。けど俺は信じたいな、ラクスさん達が頑張ってるのを間近で見てきたからさ、まあ信じられる………かな」
何を言おうとも結局のところはそこに行きつく。情にほだされた、と言われれば否定はしない。
グフに乗ってザフトを脱走したアスランを討ったことは今でもたまに夢に見る、親しい人物を討つという恐ろしさは軍人という使命だけで拭えるものではない。
もしも彼らが道を外れてしまったのなら軍人として討つことは出来るだろう、後は自分の感情と折り合いをつけていけばいいだけだ。

だが私的な感情で討つことなど到底できない。軍人としてアスランを討った時ですらああも苦しかったのだ、私的な感情だけで銃を握る気にはもうなれない。
身勝手な臆病者と言いたければ言えばいいと思う。それでも、自分の中の気持ちを無視することなんてできない。
命令が無ければ人なんて殺せない。命令が無いのなら、素晴らしいお題目に酔っぱらわなければ出来やしないのだ。
シンの言葉に早苗はしばらく葛藤していた様子だったが、やがてゆっくりと首を横に振る。
「………それでも、やっぱり、納得いかないですよ」
「それでいいんじゃないか、さっきも言ったろ、個人の自由だって」
早苗を責めることなど出来ない、どこまでいったってそれは早苗にしか決められないことだ。
もしも彼女が自分で決めたことを押し付けようとしたなら腹も立っただろうが、彼女もそれはおかしいと分かっている。
ただ、本人も言っているように自分の中で納得が出来ないだけなのだろう。

「キラさんが友達だったなら、そんなことないって熱弁したんだろうけど………生憎、友達ってわけでもないしなあ」
「じゃあ、なんなんですか?」
「んー。なんだろうね、俺にもよう分かんないんだよなあ」
レイだったのなら何が何でもそんなことはないと必死で語ったのだろう、死に別れてから長いとはいえかけがえのない親友だ。
キラは………本当になんなのだろう。気は合う、とは思う。好ましいと思う部分と嫌っている部分、どちらも確かにある。
しかし友達かと聞かれれば間違いなく違うと答えざるを得ない。しかし単なる同僚、上司と言うには距離があまりにも近すぎて。
だからと言って宿敵、怨敵ともとても言えない、本当にはっきりとしない微妙な距離感を持った関係。
本当に自分にもよく分からずに曖昧な答えを返してしまう、きょとんとした早苗の視線に耐えきれずどうにか話題を変えようとし。



「しかし、あれだな。そんなことまでアニメ………なんだっけ、ガンガル?」
「ガ ン ダ ムです」
「そう、そのなんちゃらダム。慰霊碑でのこともやるとはなあ、どういう状況での回想シーンだったんだろ?」
何とは無しに思ったことを口にする。まあ恐らくは回想か何かで語られたのだろうと考えての言葉。
あの慰霊碑でのやり取りからはもう大分時間も立っている、いくら自分が主人公だったからと言って流石に詳細には描かないだろう。
そんなことを思っての言葉だったのだが、返ってきた反応は首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる早苗で。



「回想シーンも何も、それが最終話でしたよ? おかげで悪い意味で伝説になってます」
早苗からしてみれば当然の言葉、しかしシンからしてみれば完全に予想の外で。
一瞬、どころか三秒近くはじっくりと固まってしまい。




「……………………………………………ゑ?」





回想ではない、しかも最終話ということはそれ「以前」の話も当然やっているわけで。
思い起こされる過去のあれこれ。無かったことにしたいあれとかそれとかを思い出して嫌な汗が滲むのを感じる。
いや、だかしかし。諦めてはいけない、まだ可能性は残っている。
必ずしも過去のあれこれが放映されたとは限らない、あれとかそれとかをスルーしている可能性だってあるのではないか。
それどころか、早苗曰く自分は主人公だったらしいのだから、あんな醜態を晒す可能性はむしろ無いに等しいのでは………!

「でもシンさんの「さすが綺麗ごとはアスハのお家芸だな!」とか「あの人あんま強くないよね」は視聴者の心を代弁した名言だと思います!」
「ヴァー」
そんな甘いわきゃなかった。やっぱりきっちり放映されてましたとさ、やあめでたくなしめでたくなし。
自分の黒歴史を赤裸々に放映されるという羞恥プレイにかたかたとシンの体が震えだす。

この羞恥心は確実に一度体験したものだ、そう、カガリの執務室にかかっていた掛け軸に書かれていた言葉を見た時と同じ。
カガリ自身が書いたものなのかでかでかと豪快さを感じさせる筆で描かれた「さすがきれいごとはアスハのお家芸だな」というかつて自分が言った言葉。
ご丁寧なことにしっかりとシン・アスカと発言者の名前も記されていた、まったくもっていらんことをするものである。
彼女曰く、この言葉は父の言葉にとらわれていた自分にとって忘れてはならないもの、だからこうやって決して忘れないよう掛け軸として飾ってあるとのこと。
頼むから忘れてくれと言うのが正直な嘘偽りないシンの感想なのだが、さらに悪いことに先祖代々にわたって語り継ぐ気満々で。
お願いだから止めてくれと言うのがシンのまっすぐな意見、だけど結局聞き入れてもらえないまま幻想郷に来てしまった。
こんなことになるのならプライドなんて投げ捨てて土下座してでも勘弁して下さいと頼むべきだった。
もしもC・Eに戻れなかったら、きっとこれから先カガリは自分のあの言葉を語り継いでいくのだろう、早いところ黒歴史に葬り去りたいあの言葉を。
思い起こすと本気で死にたくなってくる、もうこれ以上考えるのは止めよう。

「………あのー。何か不味かったですか?」
「いや、うん………君が悪いわけじゃないよ、悪いわけじゃないけどお願いだから昔のあれとかそれには触れないでください、いやマジで」
「は、はあ」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げるシンに早苗は曖昧な笑顔を浮かべることしかできない。
数々の行動をシンは決して後悔していないのだろうと思っていたらこの反応である、まさか黒歴史にしたがっているとは思わなんだ。
逆に言えば過去のことを恥だと感じ入る、それだけの年月が過ぎたのだろう。自分が知らない月日を、重ねてきたのだろう。

考えてみれば、自分はシン・アスカという人物のことはアニメの中のことしか知らないのだ。
アニメから彼の心情を想像することぐらいしかできなかった、だからこうやって彼の想いと自分の中のシン・アスカ像が一致しないのだろう。
知りたい、と思う。アニメの中の人物だから、ではなく、キラ達を間違っていると言うだろうから、でもない。
ラクス達に逆襲するだろうから、それも違う。そんなこととは関係無しに知りたい。
ただ、彼のことを知りたいと思った。今ここにいる一人の隣人として。
彼が過ごしてきた自分が知らない年月も、彼の口から直接聞きたいものだ、と、そこまで考えてあれっと首を傾げる。

年月、ということはある程度年を重ねているということではないだろうか。少なくとも最終回の時の17歳のままではないはずだ。
「………あれ? そう言えば今ふと思ったんですが。シンさんって今幾つなんですか?」
「ん? んー」
早苗の言葉に、しかしシンは曖昧な言葉で返すだけ。というより微妙にその視線は早苗から外れていて。
しかしじっと見る早苗の視線に耐えきれなかったのか、ようやくその口を開いた。



「十代後半だよ………永遠の」
「それ十代後半の言葉じゃないですよね!?」



限りなく怪しい、というか先ほどから薄々感じていたことなのだが一年や二年であれだけの操縦技術や落ち着きが出てくるとは思えない。
そこに加えてこの発言である、どう考えても十代後半ではないはずだ。二十代、下手をしたら三十路越えの可能性すら。
「まあいいじゃないかそんなことっ。さあ昼飯が待ってるぜ、行こう、俺達の家に!」
「爽やかに言って誤魔化そうとしないでくださいよ、ちょ、ホントに貴方幾つなんですかー!?」
空にそのまま浮かべられそうなほどの爽やかな笑顔を浮かべるシンに、早苗は色んな意味でツッコミを入れざるを得なかった―――






(はっ、面白くもねえ)
先ほど吹き飛ばされたことを思い出してカラミティはレイダーに乗ったまま舌打ちをする。
あれではまるで自分達がビビって逃げ出したかのようではないか、何度思い出しても面白いはずが無い。
そして、面白くないことは今まさに足の下にいる彼の反応もだ。

『……………やっぱあそこはもっと踏み込めたんだよな、余裕かましすぎた、いや違うか、見誤った、って奴か』
先ほどからずっとこの調子である。飛翔し、あのMSから大分離れると途端にレイダーが先ほどの戦いの反省を行いだした。
最初の内はカラミティも黙って聞いていたのだが、流石にいい加減うっとおしくなってきた。
フォビドゥンもカラミティ同様うっとおしく感じているのか、レイダーから距離をとったまま近寄ろうともしない。
自分も飛行能力があったのならフォビドゥンと同じようにしていただろう。まったく忌々しいことだ。

『さっきからなんだよブツブツと。うぜぇよお前』
『ん? んー。まあなあ、自分でもうざいってのは分かってるんだけど』
『じゃあやめろよ、負けたこと愚痴って悔しがってんじゃねぇよクソうぜぇな』
本当に一体なんだというのだろうか。普段の彼なら相手を口汚く罵ってギャーギャー喚いて一晩寝たらすっきりしているのだが。
今のレイダーからはそういった部分が見えてこない、妙に冷静に自分の敗因を受け止めている。
理解しがたいことだ、今までの敗北とは何か違うとでも言いたいのだろうか。

『なんだろ、なんてーの? 負けたことは負けたんだけど、負け方が分かりやすいっての? なんかそんな感じなんだよ』
『意味分かんねえよ、頭までヤク回っちまったんじゃねえの?』
本当に意味が分からない、分かりやすい負け方? そんなものがなんだというのだ、負けは負けだ、何も変わらない。
そう思いレイダー、というよりもクロト・ブエルを苛立たせるような言い回しをするも。

『…………そうかな?』
レイダーのどこかとぼけたような反応にカラミティは再び舌打ち、どうにも勝手が違う。
普段ならクロトはこの辺りでキレているはずなのに、いつもと違う反応がカラミティを苛立たせる。

(いつもと違う………か。そもそもここがどこかも分かって無いんだけどな、俺ら)
どこだろうが同じことだとも思うが、それでも今の自分に対して思いをはせずにはいられない。
思い起こせばあのヤキンで自分は絶命したはずなのだが、気付いたら三人そろってどことも知れない部屋のベッドで寝ていた。
話を聞けばクロトもシャニも同じように死んだはずなのに何故か気付けばベッドの上、流石にこれにはオルガも面食らった。

だがそうして顔を突き合わせていたらドアが開き、奇妙な人物が姿を現した。
本当に奇妙な人物だった、金の髪にザフトの軍服だろうか、白い服を着た男性。しかしそれ以上に目を引いたのが彼がつけていた仮面。
そんな人物を奇妙と呼ばずにどう呼べばいいのか。おまけに彼の話す内容も奇妙なものだった。
曰く、気の向くままに地上で暴れろ、ただそれだけでいい。オルガ達からしてみれば望むところの無いようだった、しかし簡単に受けていいものかという思いもあって。
人から言われて暴れてもあまり面白ないと言う思いもあった、しかしそれ以上に正直その男が胡散臭い、それが一番のネックだ。
いくら気の向くままに暴力を振るうのは楽しいとはいえ、自分達の最低限の安全は確保したい。

そんなオルガ達の考えを読み取ったのか、男は大袈裟に肩をすくめると身振り手振りを加えながら芝居がかった口調で笑う。
決して君達の邪魔をすることは無い、君達が心のままに暴れることは自分にとっても望むところなのだから、と。
散々迷ったが、決め手になったのは彼がγ-グリフェプタンの精製法を知っていたこと。
彼にすがらなくてはまともに生きていくことも出来ないのでは彼の言葉を呑むしかないのだ。
彼の手によりTP装甲もほぼ機体の全身に施された、出力の向上も行われ細かい調整なども彼がいなければ成り立たないだろう。だが、それでも。

(本当に、面白くもねえ)
いつかは奴の寝首をかいてやる、今は奴の言葉もある程度は聞いてやるがいつまでもこの関係を続かせるつもりなどない。
もしも出し抜けたのならその時はクロトやシャニを踏み台にしてでも、自分だけでも生き延びてやる。
二人が嫌いというわけではない、ある程度の機嫌なら取ってやってもいいとは思っている。
だがどこまでいってもそれは自分の役に立たせるためだ、二人を思いやってのことではない。
もしも二人を踏み台にしなくても生き延びれるのならわざわざ殺すことは無いとは思うが、だからと言って切り捨てる時を見誤るつもりはない。

(生き延びてやる………必ずだ、俺は必ず生き延びてやる!)
三人のブーステッドマンの中でオルガはもっとも人格の破綻が少ない。故の生存本能だ、二人ほど戦いに命をかけるつもりはない。
無論オルガも戦い自体は好きだ。楽しいから、面白いから。だがそれで命を落とすのは馬鹿馬鹿しいと思っている。
だからこそ生き延びる、どんな手段を使ってでも、だ。ただそれだけをオルガは心に誓う――――







「それではな、霊夢よ」
「はいはい、どうせその内また会わなくちゃなんでしょうけど」
デスティニーを博麗神社に送り届けてから神奈子は霊夢と話し込んでいた、本当に大した用でもなかったのか五分ほどで話は終わり今から帰るところだ。
「それとデスティニー、山の者にもカラミティ共に気をつけるよう話をつけておく、お前の御主人共々参拝がてら報告を聞きに来るといい」
「布教活動が熱心なことで。だが助かるよ、感謝する」
「うんうん、お礼はれいぽうでいいよー」
にこにこと無邪気に笑う諏訪子、しかし言っていることは邪気、というか淫気に塗れていて。
どうツッコむべきか考えあぐねる、シンだったなら即座に的確なツッコミが飛ぶのだろうが、と。

「諏訪子よ、あまり冗談ばかり言うものではないぞ」
「え、別に冗談のつもりは」
「冗談なんだろう、ん?」
「あ、うん、冗談です、だからオンバシラでほっぺたぺしぺしするのは止めて欲しいなー?」
まったく、といった様子で神奈子は溜め息を吐きながら頭を抱える。昔からこの奔放さに悩まされてきたが幻想郷にきてもそれは変わらないらしい。
しばしそうやって頭を抱えていたが、やがて何か諦めたのか軽く手を振って神社を後にしようとする。

神奈子が背を向けた瞬間諏訪子はぎたりと嫌な笑顔を浮かべ、蛙のように高く大ジャンプ、それと同時に服を脱ぐ見事なルパンダイブ!
「ヒャッハー、知ったことかれいぽうだー!」
「必殺、オンバシラホームラン! 幻想郷のバックスクリーンまで、飛んで行けえ!!」
ぐわがらがきーん、と何故か金属の快音を響かせてオンバシラでぶっ叩かれた諏訪子は幻想郷の空をすっ飛んで行く。
バッターの構えでオンバシラを振り抜いた神奈子の瞳に映る感情は呆れか疲れか。どちらにしてもロクなもんじゃない。

「ほっといていいのかしら、あれ」
「ああ、どうせいつの間にか戻っているさ」
諦めの入った表情を浮かべ、神奈子は今度こそ霊夢とデスティニーに手を振り神社を後にした。
その足取りが憂鬱そうに見えたのはきっと気のせいではないのだろう。

神奈子を見送った霊夢は面倒臭そうに鼻を鳴らす、また面倒事が増えたと言わんばかりの表情だ。
「僕は面倒事かね?」
「面倒事ではないわよ、厄介事だとは思うけど。コレも含めて、ね」
懐から取り出した封筒に入った手紙をひらひらと振って肩をすくめる。博麗神社に手紙が届くとは珍しいこともあるものだとデスティニーは内心呟く。
博麗神社が繁盛していない、という意味ではなく神社に用がある者は大抵霊夢に直接会いに来るからだ。
それは神社で暮らしてから一ヶ月足らずという短い期間で会っても骨身にしみて感じていること。にも拘らずわざわざ手紙とは。
霊夢から手紙をひょいと投げつけられる、読めと言うことだろうか。差出人が誰なのか非常に達筆な宛名をじっくりと見てみると。

「しらたま………ろう?」
「はくぎょくろう、よ。まああの亡霊的にはそれでもいい気がするけど」
白玉楼。霊夢から幻想郷のことをシンは学んでいる、それに付きそっているデスティニーにもある程度の幻想郷に対する知識はある。
確か冥界に存在する、幽霊や亡霊が住み桜が咲き誇る広大な建物、だっただろうか。
霊夢からの又聞きなので今一要領を得ないが、まあさぞや美しいところなのだろうなと言うのがデスティニーの所感だ。


「で、その白玉楼からの手紙がなんだというのだい?」
「来いってさ。私の知り合いの行方を掴んでるから直接来いって………面倒臭い話よ実際」
「ふむ、よく分からないが………その知り合いの居場所を手紙で教えてもらうだけでは駄目なのかね?」
「それで会えるような相手ならこんな苦労しないわよ。ま、しばらくは忙しいから今すぐは行けないんだけどね」
そう言われてみれば、彼女は人間の里からちょっとした退魔業を頼まれていたのだった。
その間神社の家事は自分がやることになっていたのだが、生憎とこの身体の状態だ、あまり無茶は効かない。

霊夢も流石にそれは分かっているのか、ほとんど丸投げだった家事を手伝ってもらうことになっている。
退魔業のことも考えるとそうおいそれとは白玉楼には向かえないのだろう。
「あんたあとどれぐらいで治りそう?」
「む、そうだね。家事が出来るぐらいになら………そうだね、三日あれば直りそうだ」
「三日かー。んじゃあそれに退魔業加えるとなると………一週間後ぐらいかしらね」
「済まないね、縛りつけてしまって」
「いいわよ別に。今すぐどうこうって話でもないし、大体姿見せないアイツが悪いんだから」
アイツとは誰のことなのか、何と無く気にはなる、気にはなるがどうせ聞いても面倒臭がって教えてはくれないのだろう。
まあそのことはいい、いつものことだから。そんなことに気を裂くよりも身体が直るまでの三日間をどう過ごすかの方がよっぽど重要―――と。

封筒をいじっていたら、中に硬質な何かが入っていることに気付く。
なんだろうかと疑問に思い封筒を逆さまにしてみると、見事に硬質な何かだけが出た。
出てきた物を掌の中で転がして全容を見てみる、と。

「――――」
その金属でできた何かを見た瞬間、デスティニーの思考は一瞬止まった。
出てきた物――――バッジは完全に彼女の思考の外にあったもの、恐らくシンが見ても同じような反応をしたことだろう。
そんなデスティニーを見て霊夢は不思議そうな顔を浮かべる。

「あれ、どうかした?」
「ン、いや………このバッジは、その?」
「ああ、それ? 封筒の中に入ってたわよ、霖之助さんとこに売り飛ばそうか迷ってたんだけど」
「相変わらずだねこのヤクザ巫女」
ほっといてよと言わんばかりに肩を竦められてしまった、しかしそんな動作をされてもデスティニーの視線はそのバッジから離れなくて。
流石に何か様子がおかしいと気付いた霊夢は売り飛ばしたいという思いをとりあえず脇に置く。
置くだけだ、無くすわけではない。何も問題が無ければ売り飛ばしたいことには変わりがない。

「もしかして、あんたの私物か何か?」
「………というわけでもないのだがね。どちらかと言えば、シンの私物に近いか」
「要領を得ないわね、それは白玉楼のお客さん、というか食客か。その人、ていうか霊? の物だって手紙に書いてあったけど」
「なるほど………霊、か。レイ、ね」
シンの知り合いか、はたまた向こうがシンを一方的に知っていただけか。
どちらでも構わないだろう、問題は白玉楼に住むそのレイがこのバッジを持ち、且つこのバッジの意味を知っているという事実。

「霊夢、その白玉楼なのだが………シンと僕が付いていっても問題ないだろうか?」
「あんたらが? まあ別に構わないけど………何、知り合いだったの、それの持ち主」
「かもしれない、という程度の話さ。近いうちにシンにも連絡しておくよ」
「ふぅん………あ、そうだ、シンがいくんならついでに早苗もあいつと顔合わせてもいいのかも。その内お山の神社に話通しておこうかしら」
ぶつぶつと今後のことを決めていく霊夢の言葉を耳に入れながらもデスティニーは奇妙な運命もあるものだと心の中で一人ごちる。
シンがいたからこのバッジの持ち主も幻想郷に来たのか、それともその逆なのか、はたまたまったく因果関係が無いものなのか。

自分の様な道具がそんな益体の無いことを考えたところで仕方のないことだとも思うが、それでも考えずにはいられない。
シンはこのバッジを見てどんな反応をするのだろう。驚くのは間違いないだろうが、喜ぶのだろうか。それとも申し訳ないと感じるのだろうか。
そんなことを思いながら、鳥の羽を重ねてFの字を模したそのバッジ。
戦術統合即応本部、通称「FAITH」の証であるそのバッジを、デスティニーは掌の中で弄んでいた――――

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最終更新:2012年12月07日 08:42
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