12
「まったく本当に頼りになるぜ」
ある時は、獣のように標的の群れを崩し。
ある時は、獣のように味方の群れを守る。
まさしく戦場に現れるためにシン・アスカは生まれたようなものだ、とエドは直感的に感じた。
『ですな』
と、エドのソードカラミティの後ろについてくるシビリアンアストレイJGCからジェニーもそれに応える。
ほかの分隊隊員たちもリラックスしたいい感じだ。
もう“本命”との距離はそこまで離れてはいない。
偵察隊の調べてくれたデータを幾度か見直すが間違いない。
このまま予定通りに移動できれたならこちらと海賊の“本命”の戦力差は――約5対1。
必勝の戦力差と陣形を作りだしている!!
あえて表からははっきりと弱点とわかるように穴をつくり、裏ではその弱点こそに殲滅の罠をしく。
そして勢いを殺したところで必勝の陣形と戦法で一気に決着をつけるこの戦法。
“相手からみた警戒度”を推測する深山の狩人のような観察眼。
それからキャンパスに模様を描くように罠を作り出す想像力。
「これがおっさんと渡り合った戦術か・・・」
まったくもって末恐ろしい・・・・。
コーディネーターは過信の過ぎるものじゃなかったのか?
と、味方ながらに恐れた。
「!」
光る何かを発見。
送られてくる海賊のMSの位置データと照らしわせる。
プロトペラタンクを装備したザクウォーリア2機と、ゲイツアサルトシュラウド2機。
ゲイツアサルトシュラウド。
火力、推力、装甲の強化を目的に開発された追加オプションユニットを装備したゲイツEである。
上下可動できるスラスターをバックパック側面の推力偏向スラスター2基が撤去された箇所に設置。
胸部、肩部、前腕部に対ビームコーティングを施した装甲が追加。
MA-MV05 複合兵装防盾システムから新たにビームガン2門を増設した対ビームシールド。
ビームライフルの代わりに装備した右手の大型のレールバズーカには散弾を装填(シールドの裏に予備マガジンを装着)。
脚部にはスラスター内蔵の追加装甲に3連ミサイルポッドを設置(使用後脱着可能)。
画面の一部を拡大――バーニアから光を吹かしながら移動する“本命”である海賊を確認。
このあたりの宙域はNジャマーの影響が強い。よってまともに索敵や通信はできない。
エドたちが普通に通信できるのは機体の側頭部についている量子通信用アンテナがあるからだ。もちろんそれは一般にも軍隊にも出回っているものではいない。
情報能力の有利さは戦闘において何よりも強い。このことは戦争の歴史が証明していることだ。
「そんじゃ。俺は俺の仕事をするとしよう!」
ソードカラミティが右手が背中のゲシュベルトベールの柄を握り、掴み取る。
左手は柔軟な行動がとれるようにあえて空にしておく。
「よし、“傘”を開け!!」
巨大な『光の傘』が――モノフェーズ光波シールドが展開される。その巨大な『光の傘』を支えているのはマっシブなシルエットの――量産型パワーシリンダーのシリビアンストレイJGCだった。それと同時に、普段は“隠している数”のMSたちが姿を現す。
今このまま戦闘に入れば被害を出さずに海賊たちを殲滅できるだろう。
だが。
「警備隊各員に告ぐ!」
『!』
警備隊員たちに心の準備をさせ。
「ブッ放すぜ!!」
ソードカラミティはその胸から猛る獣の咆哮のようにスキュラを放つ。敵には当たってはいない。
その光の咆哮は4機のゲイツにソードカラミティの存在を、“『切り裂きエド』の存在”を知らしめた。
四面楚歌、という言葉がある。
その昔、古代中国の楚という国の軍隊が敵を包囲し、歌を歌うことで敵に包囲されたことを教えた戦術からきた言葉だ。今はまさにその状況。
もしくは。
前虎後狼、だろうか。
前門には集中砲火の用意ができた難攻不落の要塞。
後門には5倍の兵力差と、さらに『切り裂きエド』。
量でも、暴力的に勝てるはずもなく。
質でも、実力的に勝てるはずもない。
どちらにしろ。
悪夢。
まさにその一言である。
そしてエドワード・ハレルソンは叫ぶ。
「お前たちに逃げ場はない!! 死にたくなかったら投降しな!!!!」
まだ誰も傷つかなくてもいい可能性がある。
エドはまだその可能性を捨てはしなかった。
『・・・・・・分かった。投降する』
観念した成人した男の声が公開チャンネルから聞こえてきた。どうやらこの声の主が“頭”のようだ。
『各員、武装を解除』
その声とともに4つの1つ眼から灯が消えていく。
「・・・ふう。お利口さんで助かったぜ」
そしてこのまま緊張の中で海賊は武装を解除していく、そう思った。
だが。
思っていたその時。
『オイッ!! 武装を解除し――』
その時、2機いたゲイツアサルトシュラウドのうちの片方のモノアイが突然光り。頭の男の乗ったゲイツアサルトシュラウドのレールバズーカの砲身を対ビームシールドの先端から発生させたビームサーベルで切りつけた。
『!?』
「!?」
そして今度はレールバズーカをシリビリアンアストレイJGCの集団の密度の薄い箇所に打ち込み、突撃するようにバーニアを吹かして、広げた“穴”を目指した。
「各員コックピッドを守れ!!」
エドの指示により、混乱していた警備隊の者たちは混乱の中。
シールドでコックピッドを――自分を守るという行為のみを精一杯に行動。動くことすらできなかった。
何も言わず。
何も言わないからこそ、不気味に映る逃亡していくゲイツアサルトシュラウドから警備隊の全ての者が自ずから遠ざかっていき。
ゲイツアサルトシュラウドの逃亡は成功した。
『撃つなアアア!!』
戸惑うザクウォーリアのパイロット達。
発砲は止められたが、2つのビーム突撃銃は逃げていくゲイツアサルトシュラウドに構えられたまま、だ。
構えたまま、ということは、撃つ可能性がある、と捉えるのが当たり前だ。
そして、そんな危険な可能性をもった者たちを排除するのも、当たり前だ。
『待ってくれ! アイツは雇われ者だ、俺たちはこれ以上戦闘をする気はない!!』
見るとそこには迫ってくるソードカラミティ、標準をつけ始めるシリビアンアストレイJGC達のビームガン。
『くッ!!?』
どうする!?
ただただそれだけを数瞬のうちに精一杯考えた。考え、答えを出さなければ、部下が死ぬ。最初に指揮をとる自分が殺されて、後にコーディネーターとはいえ混乱状態になった部下たちが殺されてしまう。
『ク・・・ッ!!』
ゲイツアサルトシュラルドは、全ての追加ユニットをパージ。
さらに両手を広げ、コックピッドを開け。
なんと。
「ッ!?」
ノーマルスーツを着て両手を上げたパイロットがコックピッドから出て身をさらした。
『……これで、信じてもらえるか?』
助からないかもしれない、という可能性を・・・・・・頭にいれ・・・・。
それでも・・なお、部下を生かす可能性に・・・賭ける。
「信じよう」
その姿をエドは信じた。
祖国のために闘った男の魂と、敵とはいえ部下の命のために巨大な剣と無数の銃の前に身と命をさらす男の魂の高潔さに幾寸の違いがあるだろうか?
撃ちあわない。
血を流さない。
無駄な死人を出さず、この戦闘は自分の背中についてくる者たちを思う2人の男の判断によって終わりを迎えた。
この男の判断により、数分後、シン・アスカによって見つかる海賊船の組員達は命を拾った。
不明になったパイロットの名は、アチ。
シン・アスカの殺したセイブとランセの妹だった。
彼ら兄弟は妹の身を買い、妹を自由にするための費用のためにここに来た。その結果、シン・アスカとの戦闘によって死亡。
だがシン・アスカを遅らせて妹を生き残らせる、という目的は完遂。
それは誰も知られぬ、最期まで妹を想った兄2人の勝利ともとれた。
13
鋼の巨人たちは帰っていた。
「・・・・」
どうやらガイア2ndがその参列に戻ったの最後の最後だったようだ。
いつもの動作を戦闘の後でも難なくこなし、ハンガーに固定。
ガレージハッチが閉じていくのをゆっくりと見ていた。
閉じて、ようやくこの無限に広がる宇宙に限定的にだが人を安心させる空間が安定する。
「ふう・・・・お疲れさん」
暗くなったコックピッドの中でモニターの頭を撫でながら労いの言葉を言った。
その言葉はもちろん、さっきまで命を預けていた相棒に送った言葉だ。
自分がこのコックピッドから出ればすぐにでもメンテが始まるだろう。
まったく修理代・メンテ代・武装代・エネルギー代・推進剤代・・・・その他諸々が“込み”ではないというのは正直言って辛い。契約書はちゃんと読むべきだった。
しかも、取引をする者のなかには胡散臭い者までいる始末だ。
まったくこっちはできる限り稼いでおきたいのに・・・・戦争屋も楽じゃない。
ボーナスが欲しい。
チッ。
やっぱ、ギャラを稼ごうと思えば金持ちや大企業と契約を結ぶのが手っ取り早いな。
「・・・・ん?」
!?
俺は今・・・・どんな“価値観”を持っていた?
「へっ・・やっぱし――」
『シン、お迎えだ!』
突然モニターが光ったと思ったら文字が映し出されてすぐに消えた。どうやらあの音声は止めたらしい。
というより、本当に怖いから突然文字をを映し出すのは止めろと言いたい。心臓に悪すぎる。
「生きてる!?」
今度は突然コックピッドハッチが開いた。
開いた瞬間に光が入り込んできた。シンは左手で目に入り込んでくる眩しい光を遮った。
次の瞬間にはノーマルスーツを着たディエチが飛び込んできた。ディエチを遮るものは存在しなかった。
「ウワットオ!?」
「骨は折れてない!? 実は破片が刺さってったのは無しだよ!?」
心配そうな顔をしてディエチは呆気にとられるシンの体を急いで調べた。
8から中途半端に情報を聞いていた分、色々な妄想をしてしまい恐かったのだ。
「・・・・良かった。外傷はない」
ほっ、と一息。本当に安心したのだということが一目で分かる仕草と表情だった。
「気分は悪くない?」
「・・・悪くはないけど。ちょっと疲れた」
そうは言ったものの。
シンの相手をしたゲイツハイマニューバ―の2機。2機いれば部隊を攪乱できた。
その2機を己の策に乗せるための演技。
それらの猛攻を引きつけ続けるための精神力。
どれほどの集中力が必要になろうか。
三日三晩休まず行軍できる体力をもつシン・アスカがたった1戦でここまで疲労しているのがその証拠だった。
「そう。でも一応医務室へ行こ・・・」
ディエチは見上げてシンの顔を見ようとした。すると・・・・
「見るな」
そこには2つの畏るべき眼があった。
まるで血の凍るような眼、というよりもさらに凍てつく。
まるで血を凍らせてつくった氷のような紅い眼だった。
そしてその紅い氷には引き込まれそうな妖光が煌めいている。
そう。以前にディエチが恐れた殺人者の目がそこにあったのだ。
だが。
「大丈夫。大丈夫だから・・・ね」
ディエチは受け止めた。
戦闘とは忌むべき行為だ。
殺人とは嫌うべき行為だ。
今回の襲撃において唯一戦闘で殺人を犯したシン・アスカは独りのみ。
よって警備隊の人間たちにさえも心の中で忌み嫌われ、誰にも理解されず、シン・アスカは孤独になる――はずだった。
それをディエチは救った。
『孤独』から救った。
孤独という敵には、どんな最強の矛も盾も意味を成さない。
孤独という痛みは、どんな覇者をも死へと誘うものである。
それをその心身で知っているからこそ、ディエチにはシンを救いたかった。
無論、それだけの器をただで手に入れたわけではない。
悩んだ。悩み。迷い。苦悩し尽した挙句に、そこまでにいたる器に至ったのだ。
それを誰にも気付かれないように表には出さなかったのは、目の前の男の為・・・・。
「・・・・わかった。」
シンは悲しく悔やんだ。
この娘にここまで強さと覚悟を強制してしまったことへ。
だが確かと心の闇を振り払ってくれたことを自覚している。
「ならよく見て覚えておいてくれ。これがもう、元には戻れない最悪の加害者の目だ。」
そう言ってヘルメットを外す。
するとよりいっそう眼の妖光は冷たく煌めく、だがその表情はなんとも切ない。
それでもディエチは揺るがない。
揺るがない、そこに美しさがあった。
「君は・・・・」
「私はもう、人に向けて引き金を引かない」
その眼には、引き金を引けないのではなく、引かない覚悟がそこには確かとあった。自生の運命と闘い続ける強い覚悟が。
「・・・・ただいま」
切ない表情で、何にも考えずに出たシンの言葉。
「お帰り」
だがそれ以上にそれを包み込むような優しい微笑みでディエチは迎えた。
「さっ、一応検査しとこ。早く早く」
そう言ってディエチはシンの腕を引っぱってコックピッドから出た。
「ははっ・・引っ張るなよぉ」
口からはそんな言葉しかでなくて、でもやっぱり本心では引っぱってくれるその手が嬉しかったんだ。
ようやくシン・アスカは笑った。
それを見てディエチは安心した。
だが。
次の瞬間、ディエチの表情は固まった。“覚悟していなかったもの”を見たのだ。
無残。
無残にもコックピッドのみを抉られたMSが2機横たわっている。
シン・アスカが撃墜したゲイツハイマニューバだ。
「・・・・」
そこに人が乗っていたのだろう、と考えディエチは目を伏せた。
「“あれ”、俺がやったんだ。」
だからどうしたんだ? というのが俺の本心だった。そこに一片の罪悪感もなければ一粒の涙の気配すらもない。
今回の報酬、そこに命の価値の存在なんてなかった。
金になるものが金になっただけの現実。たかがそれだけだ。
だけどやっぱり。
必要なんだよ、金が・・・。
そんな俺を汚いと、理想という麻薬で頭がオシャンになった人間は思うかもしれない。
けれど。
けれどもし。
もし、その金で万が一に俺が死んだあとでディエチの明日が買えるのなら安いもんだ。
今さら天国行きの切符が買えるわけじゃないしな。
運が無きゃ死ぬ、それがあの場所だ。
だから運があるうちに稼ぐ、たかがそれだけの道理。
キレイごとなんて、“クソ食らえ”ってヤツだ。
「・・・・そう」
だけどそんな道理、ディエチには“知ったこと”じゃないんだよな・・・。苦しいんだろうなあ。
それらの言葉を交わすうちに冷たい床に着地。
そして・・・・
「?」
ディエチはゲイツハイマニューバに向かい、目を閉じて頭をほんの少し下げ、手を合わせていた。
祈っているように見えた。いや、見えたのではなく何かを祈って・・・・。
悼んでいた。
「勝手なことをしてごめんなさい。」
俺が尋ねるより先に、ディエチは謝った。
こちらを向かずに浮きながら祈りながら謝った。
「そいつらは“敵”だった奴らだぜ?」
その質問は意地が悪いと自分でも正直そう思う。
けど確認したかった。中途半端なキレイごとなのかどうかを。
自己満足のためにやっているのならそれは最悪的に性質(タチ)が悪い。
「・・・・分かっているよ。けどだからって、一度でも目を背けたり、しょうがないんだって思ったりしたら・・・・上手くはいえないけど、取り返しのつかないことになるんだって分かるんだ」
顔は見えない。
けどその声には強い意志があった。
そう返事を聞き、シン・アスカもまた体を向けた。
悔みはしない。できないから。
悼みはしない。できないから。
ただ一言。
「お前たちの連携はキラ・ヤマトとアスラン・ザラの連携を凌ぐものだったッ!!!」
その言葉はディエチだけが知る。
シン・アスカが自らが散らせた敵に送った唯一の華だった。
「ディエチ。頼みがある」
俺はあえて顔を向けなかった。それが本心からの頼みだったからだ。
「祈ってくれ。安らかに眠れるように――こんな言葉しか添えられない・・俺の代わりに」
“慣れた”俺にはもう、罪悪感が無い。
本心がないのなら、それこそ自己満足・・・自己満足ですらない、ただただ虚しいだけの動作だ。
嘆くべきところは多分そういう考え方なんだろう。
悩むべきところなんだろうけど、無くなったものはもう無いと割り切ったほうが楽だ。
というより、いくら求めても、もう・・・・取り戻せないんだ。
ギュリッ・・とシンが悔しそうに拳を握る音を隠してくれる音は静かなその空間には存在しなかった。
「うん」
ディエチは小さな背中で返事をした。
14
「戦闘中の1人の勝手が仲間の死を招く! しばらくはMSの搭乗禁止だ!」
こだまするエドの怒号。
そしてエドの拳によって倒れるライ。
エドの拳は痛かった。心と体の一部、殴ったエドと殴られたライ、計4つの意味で痛かった。
その迫力は大の大人でもビビりそうだ。いや、ビビッていた。そしてライゴを心配しながら見守っていた。
ライはエドの見下すエドの視線から目を背けた。恐かったから。
だがエドの瞳は怒り以外の何とも言えぬ表情も表し、それはライの位置からでしか見えない。
もし仮にライがエドの瞳を見ていたら、エドの心のどこか深い部分を理解できていたのかも、しれない。
だが恐かった。
責められることが。
自分の行動がここにいる全員を危険にさらしてしまったことを理解してしまうことが?
否。
それ以上に。
誰かの父親である誰かを死なせ自分のような孤児をつくりだしていたかもしれなかったことを理解していくことが。
怖かった。
「反省してろ!!」
「・・・・はい。申し訳ありませんでした」
エドは分かりやすいぐらいに怒りながら出て行った。
「!?」
ライは、グルグルグルグルと永遠に続くのではないかと錯覚するような朦朧とした頭の中でキィィー・・・・と響く金属音のような音に耐えながら言葉をなんとか、なんとか絞り出す。
すると。
お父さんの声、お母さんの声、兄さんの声、オヤジの声・・・・聞いたことのある死んだ人間の全ての声がライの名前を呼んできた。
怒った声で。
「ライ!」「ライっ!」「ライゴ!」「ライゴオオ!」「・・・・ライ」
呼んでくる!
木霊する!
雷鳴のように大きく!!
夜の海風のように続き続ける!!!
ライは先ほどの緊張からくる疲労から一度だけ、目蓋を閉じてしまった。
「う・・あ・・・くぁ・・」
その自分を悔やんだ。
「大丈夫! 大丈夫だから・・・ッ!」
姉ちゃんだ。姉ちゃんの声だ。
おぼろげだった体の感覚も戻ってきている。
両手の感覚だけがしっかりと感触を伝える。
姉ちゃんが手を握ってくれているんだ。
ミランダの心配しているその声と手の触感は、その吹き荒れる暗い嵐の中で灯台のように正気に導いてくれた。
「ハっ・・!?」
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、・・・・・・と異常なほど短く荒い呼吸を過呼吸になるほど繰り返し、力を込めて目蓋を閉じて再び開くと、数回繰り返すとガレージに戻っていた。
目の前にはミランダがいて。
両手でライの右手をどこにも行かないように掴んでいた。
オヤジも・・・・“あっち”に逝ったんだ・・・。
そして2人目の父親はもう死んだのだと、この時に自覚した。
嫌な汗がべっとりと冷たくなって全身を冷やしていく。
まわりには大人たちが心配そうに囲んでいたし、「大丈夫か?」などと声をかけているの者や、「一人で立てるか?」と手を差し伸べる者いた。
ジャンク屋の多くは元は戦災孤児の者が多い。だからこそ多くの者が温かい。
だがまだ誰もライ自身もライの本当の心の闇には気付ぬふりをし、手を出さなかった。
踏み込めなかった、とも言う。その痛みを知っているが故に。
「・・・・姉ちゃん」
泣きそうなミランダの顔を見て心が締め付けられる。
「もうっ! 心配させて!」
ミランダは抱きしめた。
愛情を表現するために。
涙を見せてライにこれ以上無茶をさせぬために。
だが。
「・・・・ラ・・イ?」
「・・・・ゴメン。・・・ごめん、姉ちゃん」
力の無い腕。
力の尽きた手で、力ミランダの腕を振りほどき。
「・・・・・・・・ごめん。1人にさせてくれ・・・・」
力なく去っていく。
ミランダは動けなかった。
言葉を出すこともできず。
ただ茫然と――また自分は孤独になってしまったんだ、と見送ることしかできなかった。
「・・・・ごめん。ごめん」
なにも分からずに。
なにも分からないから。
どこかへ行かなければ、ミランダを傷つけるかもしれない――という恐れからミランダから離れた。
それが一番ミランダを傷つけるということも考えずに・・・・。
15
シンは着替えてとディエチは医療室に向かう途中。
エドは取り調べ室に向かう途中。
「あ」
とシンとエドは廊下で顔を見た瞬間、同時に声を出した。
あの交叉した瞬間から、ようやく再会したのだ。
数秒後、気を取り直し。
真っ直ぐな瞳でお互いを見て、無言で互いが近づき。
ガっ、とお互いの右拳をぶつけた。そこにはもうすでに、絆と呼ぶに足りる信頼関係が築ていた。
「それにしても悪かったな。お前1人が汚れ役になっちまった・・・・」
拳を下ろしてエドは苦い顔で言った。
いくら確信があったとしても、あの状況でシンを1人に押し付けたことには罪悪感があった。
「何言ってるんです。今回、俺たちは1人も犠牲者を出さなかった。俺たちの“勝ち”です!」
シン・アスカは思う。
はたして自分はエドのように事をもっていけただろうか、と。
無理だ。
損害を限りなくゼロに近づけ続けられたのはエドワード・ハレルソンだからこそだ。
互いが自分にできることをやり通したからこそ、今回は誰も死なずに済んだのだ。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
シンは頭を下げて礼を言った。
それはライゴを助けてくれた事。ライゴの“あの種”を覚醒させなかったことだ。
「気にすんなよ」
まいったな、という疲れた表情をしていた。
「あの・・ライゴは?」
「修正した」
エドはライを殴った己の拳を見てさらに苦い表情をした。
エドだってあんな少年を殴って気分がいいわけがない。
だが規律だ。
規律がなければ集団は生きてはいけない。
集団でいなければ弱者は生きてはいけない。
「そうですか」
内心、ほっとした。
シメシをつけたというよりかは、“ちゃんと叱ってくれた”ことにたいして。
「けどまあ。・・・胸糞わりいいぜ」
エドはライの左手を握っていた自分の掌を見て眉間にしわを寄せる。
MSに乗れる――だからどうした? 何のために大人はいるんだ!
というのが心の叫びだった。
「なあシン。俺からも――頼みたいんだがな・・・あのガキの面倒、見てくれねえか?」
伏せていた視線を上げ、エドはシンを見る。
「え?」
「あのくらいのガキに必要なんだよ、なんつうか・・・・親父や兄貴の背中ってもんが」
後頭部を右手でかきながら言い難そうに・・・・。
「俺もかまってはやりたいんだが・・・お前にしかできない、ような感じがするんだ」
しかし、それでも真っ直ぐに言う。
「・・・・すいません」
シンは少し頭を下げ・・・・何かが喉に詰まっているように断った。
「そっか・・・・すまなかったな。なら話題を変えよう。」
引きずらない。
たった一言で終わらせる。
ねちねちしないこともこの男の好かれる理由なのだろう。おかげでシンは解放された気分になった。
「あの高機動型ゲイツのパイロット達は強かったか?」
「強かったですよ・・・。あいつらの実力なら一個中隊の攪乱なんてのも可能でした。」
一個中隊を攪乱できる2人組と撃破できる1人の対決。
だからこそお互いが、ここで命を奪っておくべきだと行動した。
「確か・・・・『サーカス』出身だとか、言ってましたね」
「『サーカス』?」
「プラントで親から捨てられた子供を引き取って兵士にするエース養成機関ですよ。プラントには捨て子が多かったんです。」
「? 確かコーディネーターは子供が生まれにくいはずじゃあ・・・」
子供は大切、なはずだ。なのに? と疑問ができる。
「そのことが発見される以前は、髪の毛やら顔やら容姿がコーディネイト通りじゃないという理由で子供を手放してたらしいですよ。ま、今でもその『サーカス』ってのがあるのかどうかは分かりませんがね」
あの2人以前にも2人殺したことがある。
死ぬほど努力すればどんなコーディネーターでもエースになれる――そのことを実践した厄介な組織だ。
「ふうん・・・・。ろくでもないことをするっていう点じゃあコーディネーターも、結局は人間のままってわけかよ」
呆れてため息が出る。
「新しい人類」とは前々大戦であちらが言っていたが、結局は人類・・・・なんにも変っちゃあいない。
「まあ、海賊の尋問は俺がやっとくから、お前は彼女と検査に行ってな。」
ふと自分の仕事を思い出す。
シンの仕事は次に備えて休むことだ。
「あ、俺も行きますよ!」
「・・・・何をして尋問するのか話してみろ。できたらソフトに」
ウ~ンとうなってからエドはシンに聞く。
「とりあえず焼けた太い針金を指と爪の間にブッ刺します。そのあとは爪を剥いでいって、その次に指を切り落として――」
「OKOK分かった! それ以上言うな! 聞くだけで痛くなる!!」
エドは耳を塞いで怒鳴った。
やりかねない、この男ならやる。それだけはわかった。
「でもただ、人死にを嫌った戦術だけは評価します。」
「・・・・」
呆然とするエド。
「どうかしましたか?」
「いや・・・」
安心した。シンに敵を正確に評価する能もあることに。
「!」
エドは置いてけぼりになったディエチの存在に気づいた。頬を膨らませてジト目でシンを睨んでいる。
シン、後が恐いぞ・・・・。
「今度ビールでもおごらせろよ! このこのォ!」
「あたたたた!」
コブラツイスト。
レールガンの衝撃を受けた体に対して。
「かはぁ・・・」
返事が無い。どうやらただの屍のようだ。
「そんじゃあなあ!」
じゃれるだけじゃれ、いつもの陽気な雰囲気になったと思ったら去っていった。
「なんだか嫉妬しちゃうな」
宙に四つん這いのかたちに浮くシンに対して、ディエチは近づいてジト目で見る。
「ん。何が?」
ディエチの視線が恐い・・・・目を合わせないでおこう・・・・。
「さっき・・・・私置いてきぼりだった」
「あ・・あー・・・んんー・・・・」
ようやく後悔。後悔後先たたず。
ただ悩んだ。
男同士のこういう付き合いは楽しくて、つい夢中になってしまう。
「仕事の付き合いなんだ。分かってくれよお」
なんだろう。いつだったか、父さんも同じようなことを言っていたような・・・・。
あの夜見た土下座の真意を俺はまだ知りたくない。
「どう見ても子供同士のじゃれあいだったッ」
「う~~ん~~・・・・ディエチがいじめるぅ」
「なにか言った?」
「なんでもないです・・・・」
小さくうなるシン。
さっきのお返しとばかりにせめるディエチはジト目でうりうりとシンの頬を指で突っつく。
ディエチは若干活き活きしてる。つまりはニヤついて楽しんでいるのだ。
ジト目で見つめられ、ニヤつかれ・・・・ほんのちょっぴり背徳感・・・・。
主人公よ、最初のSなお前はどこへ行った?
「でもいいや」
「はへ?」
「シンさん。さっきのコワイ雰囲気が抜けているし」
そういえば、と思い返す。
エドワード・ハレルソン、心(シン)から南米の風を吹かせる不思議な男であった。
最終更新:2012年12月07日 09:09