とある世界のとある時代に生を受け、ただひたすらに戦い続けた男がいた。
その男は平和な国と平和な家庭に生を受け、平和に成長した。
しかし、不意に国土を襲った戦火によって家族を一瞬で失った男は、ただひたすらに力を求めて戦人となった。
戦争を厭うが故に、誰よりも戦争に長じる力を求めるという矛盾、
それは彼の中において『守る為の力』という一点のフレーズにおいて整合性を持っていた。
やがて戦場にたった男は阿修羅の如き奮戦を重ね、赫々たる武勲を挙げて行った。
しかし、男は戦いの中で多くの存在を失っていく。
喪失の中、それでも守れるものがあるならば、と男が求めたのは更なる戦場における奮戦であった。
しかし男が属した陣営も一時は最大勢力となって戦争の終結を目指すものの、
結局は突如として現れた第三勢力の奇襲の前に敗北し、歴史の表舞台から退場するに至った。
新たに世界の指導者となった女性と、その仲間達に諭され、
「新たな守る為の戦い」「花を吹き飛ばされてもまた植え直す戦い」を目指す事を、男は承諾した。
それが果てない泥沼に陥る事だとは知らず。
最大勢力を失って火薬庫と化した新たな世界の中、男は命令が下されればどこであろうと出撃した。
多くの敵を薙ぎ払い、多くの戦果を挙げ、多くの勝利をもたらした。
しかし、それは果てない泥沼の中であがき続けるのと同様であった。
どれ程勝利をあげようと、どれ程敵を薙ぎ払おうと、敵対勢力は次から次へと現れた。
新たな世界の指導者となった女王が基盤とした勢力、それは世界を主導するには国力的にも資源的にも小さすぎた。
覆いきれない範囲で芽吹いた叛乱や紛争を、ただひたすらに極端なまでに突出している軍事力で抑え込む、それが彼らの「新たな戦い」だった。
在来種の花を吹き飛ばし、新たな花を植えたとしても、その花が土壌に適していない種だったらどうなるだろうか?
結局はその花は立ち枯れ、新たな在来種が芽吹き続ける。
そうして芽吹いた在来種を吹き飛ばし、自分達の好みで品種改良した種を無理やりその土壌に植え込み、大地を埋め尽くそうとする、
それを延々と繰り返すうちに土壌は地力を失って疲弊する。
そうしてもはや在来種が芽吹くだけの力すら失った大地の中で、限られた養分を必死にかき集めて力なく咲く花が、
もはや原型がなんであったのかを彼ら好みの僅かな色合いからか細く主張する様を「平和の訪れ」「悪の完全なる打倒」と呼び続ける日々。
そんな中で心身を摩耗しつつも、他にすがるものもなくなっていた男は、ある日気が付いたら操縦していた機体ごと閃光に飲み込まれていた。
それが巡回機動中に敵対勢力が放ったビーム兵器の光だったのか、それとも他の要因だったのか。
心身を摩耗させていた男にはどちらでもよかった。
どの道心当たりなど多すぎたのだから。コクピット一杯に広がる輝きの中で、彼が思っていたのは一つだけだった。ああ、これでやっと終わる、と。
明り無き長い夜の中を手探りで歩いていたような日々の終わりが、光に包まれて終わるなら、それも悪くない、
そんな風にどこか諦観混じりに感じながら、彼の意識はそこで途切れた。
暗闇の中、黒髪赤瞳の男、シン・アスカは目を覚ました。ここはどこだろう?
そんな疑問を胸中でしのばせつつ、周囲の様子をそっと窺う。
そこは暗闇の中であるはずなのに、
彼が周囲を見渡すと、まるでそれを待っていたかのように静かな明かりがあちこちに灯り始めた。
明りは静かに、それでいて休むこともなく連続で無数の灯篭に宿り、世界を照らし出していく。
その怪異に驚嘆しつつも、シンは不意に己の前方に姿を現した一つの人影に心を奪われていた。
「現した」とは語弊があるのかもしれない。静かにそこに佇むその様子から見て、
ひょっとしたら自分が目を覚ます前からそこにいたのかもしれないのだから。
「あんたは……誰だ? ここはどこなんだ?」
シンは若干の迷いの後、とりあえず問いを投げる。
相手がどのような人間かもわからない状態であったが、とりあえず他に尋ねられそうな相手は見当たらない。
「ここは並行なる世界の連結点、迷える魂が集う場所であり、散っていく場所。
貴方という存在は無数に並列せる世界における魂達の一つであり、そのどれでもないもの。」
凛とした声が、静かにその場に響き渡る。
それと共に周囲を照らす明りの量が増えていき、前方にいる存在を明瞭にしていく。
白の素材に青の縁取りをしたロングコートを羽織りつつ、中には同じ色合いで、
なおかつ機能性を重視したと思われる、ミニスカ並に丈が短めなショートワンピース風の制服を着こんだ一人の女。
左手にはやたらと長めの杖を持っている。年のころなら20行くか行かずか、身長は160㎝に届くか届かずか。
栗色の長髪を動きやすそうなポニーテールでまとめ、機能性重視と思われる格好を均整のとれたスレンダーな体つきに纏わせたその姿からは、
彼女が放つ静かにして明瞭な空気と相まって、とても行動的な印象を受ける。
そんなシンの推測を裏付けるかのように、彼女の顔付は一見穏やかなようでありつつも、
強い輝きを放つ大きな瞳が、まるで彼を射抜くかのように見据えている。
何やら剣呑な雰囲気だ。
「何を言ってるんだ? あんた。」
思わず呆れた口調で問いかけるシン。
並行世界、魂、正直言ってシンにはピンと来ない事甚だしい。
何かのオカルトかドッキリか?と邪推せざるを得ないシンではあったが、
目の前の女性から放たれる気配は狂信や揶揄とは無縁のものだった。
ただただ強固なる信念の輝き、それが彼女の身にまとう気配からまざまざと感じられる。
おそらく彼女は生涯においてひたすらに己の信念を信じ、その誇りと共に駆けてきたのだろう。
ただまっすぐに、眩い程に純粋に。
自身の生涯の中で信念を見失い、いつしか心身を摩耗させていった彼から見ると羨望で胸が張り裂けそうになる程に。
「この世界はロストロギア、『魂の揺り篭』で構築された世界。
この世界での貴方は、無数にある並行世界の中に存在する貴方の中から、最近死亡した一つが選ばれ、
それをベースにして他世界の要素を様々に取り込み、デフォルメして構築された存在。」
そんなシンの胸中の葛藤を知ってか知らずか、彼女は淡々と続ける。
「このロストロギアは多重世界からそうやって召喚され、構築された魂達を戦わせ、
最後の勝者の願いを叶えるそうなの。でも、死者の魂を冒涜するこのロストロギアの存在を、私は許せない。」
そういって彼女は己が手にする杖を両手で持ち直し、まるで槍を突き出すようにして、こちらに向けて構える。
「だからこの戦いには私が勝ち残る。勝ち残って『魂の揺り篭』を破壊する。
それが不審なロストロギアの跳梁を管理する、時空管理局所属の魔導士たる私の使命。
私の名前は高町なのは、その最初の相手は貴方。さあ、得物を抜いて!」
断じるように宣言されたその言葉と共に、なのはから気迫が放たれる。
先程までと桁違いの闘気。こちらの肌を振わせる程に明確な、打ち付けるように強力な気迫を体に感じながら、シンは胸中で嘆息していた。
どうしてこう、強い信念を持った人間というのは、往々にしてこちら側の都合というものを聞かないのだろうか、と。
かつてのシンが生きていた世界を主導した女王や、その仲間達を思い出しつつ、あるいはそれが英雄とやらの条件なのかと、苦笑まじりに考える。
彼女は得物を抜けと言っているが、あいにくこちらは丸腰である。見渡す限り彼の格好は生前に着込んでいた黒服で、どこにも武装らしきものは見当たらない。
そもそも彼の本業は機動兵器のパイロットであって、彼女のように生身での戦闘ではない。
どうしたものかと思っていた時、不意に彼の内に声が響いた。
その声は優しく、耳ではなく魂に直接語りかけるような、そんな不思議な声だった。
―――戦いなさい、彷徨し続けた旅の果てに、なおも求めるものがあるのなら―――
その言葉と共に彼の中に瞬間的に幾多もの光景が流れて消える。
それは彼自身の記憶、彼自身が直接知らずとも自身ではない自身が知る記憶、
それらが混在した無数の記憶と映像の群れ。
それらと共に自身の中に湧き上がってくる感情に気が付いて、シンは思わず苦笑した。
ああ、まだ自身は渇望している、と。
―――戦いなさい、その望みが真に勝利を求めるに値するものであるならば―――
映像と共に自然に自身の中に定着していく知識に基づき、
シンが利き手をかざすと、そこには長大な長刀が収まっていた。
その形状にはシン自身も見覚えがあった。生前の自身の愛機、そのメインウェポンであった対艦刀アロンダイト。
規模こそ違えども、形状はそれによく似た長刀。それをはじめとした『戦い方』を既に彼は自身の中で『理解』していた。
生前の自身にとって縁がない知識であろうとも関係はない。
それらは全て、まるで古くから馴染んで来た知識と技法であるかのように、彼の心身にフィットしていた。
―――その望みが全てを打破する程に強いものであるならば、
これより起こる全てを乗り越えた後で願いなさい―――
手にした対艦刀を両手で握り、正眼に近い形で構える。
そして彼を取り巻くように光の粒子がほのかな輝きを伴って、彼が着込んだ黒服もろともに静かに全身を包み込む。
―――その時、全ての解はもたらされ、貴方の願いは成就する―――
魂に響く声が途絶えると共に、彼は口の端を釣り上げた。
湧き上がる静かな昂揚感が口をついて、彼の前に立ちはだかる敵に投げられる。
「来なよ、可愛い英雄さん。」
その言葉に応えるように、彼女が大地を蹴り、彼もまたそれを迎撃すべく、己の長刀を動かす。
それが開戦の合図となった。
シン・アスカの長い夜はまだまだ終わりを告げないようだった。
最終更新:2012年12月07日 09:29