「ふぅ、やっと着いたか。やっぱ高すぎやしないかここ」
ここは白玉楼の階段、はるか天空から繋がる冥界の中に存在する白玉楼の一歩手前。
またがっていた箒から降りて魔理沙は遥か遠くに見える地上を見下ろしながらぼやく。
彼女達が全速力で飛んでも中々に時間がかかるのだから実際相当な高さである。
未だに飛ぶことになれていないシンは途中で力尽きて魔理沙の箒の柄にしがみついていたという有様だ。
魔理沙自身は特に白玉楼にも八雲紫にも用という用は無いのだが、しかしシンがいくというのなら話は別だ。
なんだかんだでシンのことはまだ知らないことも多い、出来るだけ知っておきたいというのが魔理沙がここまで来た理由。
………知りたいのならシンに直接聞けばいいだろう、とは言ってはならない。
もし言ったら彼女の乙女心が高熱をまき散らしながら襲いかかってくるに違いないだろうから。
具体的にはマスタースパークとかスターダストレヴァリエとかその辺が。もしかしたらファイナルスパークかも。
そんな乙女をよそに他の少女達も各自この白玉楼に思いをはせている。
一番分かりやすいのは早苗だろう、きらきらと目を輝かせながら遠くに見える白玉楼を見つめている。
「こんな高いところに建造物だなんて……本当に、幻想郷では常識にとらわれてはいけないのですね」
「だからって常識をブン投げないようにね。で、霊夢。ちゃんと私も来るって話は通してるのよね?」
霊夢が紫に紹介するためと強引に連れてこられた早苗は最初こそ文句ばかりだったが、冥界に存在するこの白玉楼を見てから不満も吹き飛んだらしい。
感慨深げにつぶやく早苗を不安半分で横目に見ながらアリスは改めて霊夢に向き直る。
彼女も紫に用があるからこそ霊夢についてきたのだが、この腋巫女の場合面倒臭がって白玉楼に自分も来るということを話していない可能性がある。
そんなアリスに霊夢は鷹揚に手を振りながら暢気な口調で嘯く。
「え? あーうん、大丈夫大丈夫多分」
「なんなのよその適当さ加減は!? 本当に大丈夫なんでしょうね、冥界の機嫌損ねるなんて私嫌よ!?」
「早苗とシンは来ることが決まってたし、三人くらい増えてもまあなんとかなるでしょ」
霊夢からそう言われ増えた三人の一人―――デスティニーは何も言わずに肩をすくめる。
竦めた原因は言うまでもなく霊夢の言葉、もそうなのだがそれ以上に頭を抱えているアリスにだ。
本当に心中察する、相当霊夢との付き合いが長いのだろうがデスティニーからしてみれば正直同情しかない。
それにしても、当初の予定から倍になっているのになんとかなると言える霊夢ははたして呑気なのか大物なのか。
大物なのは間違いないだろうがただそれで済ませるのも癪だ。しばし考え、両方だなと結論付ける。
そんな益体の無いことを考えながら荒い息を吐くシンに視線を向けた。
「大丈夫かね御主人。大分辛そうだが」
「そうだぜ、ちょっと休んだ方がいいんじゃないか?」
魔理沙もデスティニーの言葉に同意してくる、実際シンの姿を見ていればその心配も当然かもしれない。
流れる汗や息の荒さはまだしも、ただでさえ白い顔色がさらに白くなり見ている者に不安を抱かせる。
霊夢達も同意見なのか、霊夢は早くも石段に腰掛けている。しかしシンはそんな彼女達を振りきって。
「いや、休んでなんかいられないさ。早く行こうぜ」
荒い息をつきながらもシンは立ち上がり全員を急かす、しかしその姿は今にも倒れてしまいそう。
よろめいたシンを慌てて魔理沙が支える。誰が見たって休んだ方がいいのだが。
「なあ、やっぱり無理しない方がいいんじゃないのか?」
いつ倒れてもおかしく無いシンを見ているのは魔理沙からしてみれば気が気でない。
しかしそれでもシンは止まろうとはしなくて。疲れ切った目、しかしその赤い目はしっかりと遠くにそびえたつ白玉楼を見据えている。
「早く行かなきゃ―――あいつが待ってるんだ」
―――――遡ること二週間ほど前。シンがレイダー達を追い払った翌日のことだ。
「どうかしたのかね、御主人」
顔中に青あざを作り、ぶすっと不貞腐れたシン。そんな彼に縁側に座っていたデスティニーが訝しげな声を上げる。
昨日はほとんど動くこともできなかった彼女だが、ある程度機能が回復したのか自分の足で歩くことぐらいならばできる。
とはいえ、出来ることと言えばそれぐらいだ、まだ目も片目でしか見えておらず右手もロクに動かせない状況。
紅魔館の再建が大体終わっていたから良かったものの、そうでなければ面倒なことになっていた。
時間がたてば直っていくだろうが、少なくともあと二日は満足に動くことはできないだろう。
付喪神だからこそそれで済むとはいえ、やはり道具としての本懐を果たせないのはデスティニーにとって本意ではない。
そんな彼女の心中を知る由も無く、シンはその表情通りの不機嫌そうな声を上げる。
「別に。なんでもないよ」
「なんでもないって顔はしてないわね。何なわけその青あざ」
霊夢からツッコまれて、ぐ、と答えにくかったのか一瞬言葉に詰まる。
しばし唇を曲げて答え辛そうにしていたが、せめて青あざの理由だけでも話さなければ引き下がりそうにない雰囲気で。
その空気に気付いたのか、話すべきか少し悩んでいたがやがて諦めたように息を吐く。
「美鈴さんから叱られただけだよ、大して身についてもいない技法を使うものじゃないって」
あの状況ではああするしかなかった、なんて言葉は言い訳だろう。
自分では思いつかなかったが自分が持っている技術で切り抜けられたかもしれないのだ。
それに、例えそうなのだとしてもはいそうですかとなあなあにしてしまっては師としての威厳も何もあったものではない。
シンだってそのことは承知している、だから修正されたところで機嫌が悪くなるはずが無いのだ。
………もっとも、身体で覚えさせると言って発勁を何度も何度も叩きこまれたのには流石に辟易したが。
「ふーん………その青あざが関係無いんなら、じゃなんで機嫌悪いのよ」
「それこそなんでもないって言ってるだろ、意外としつこいな」
声に少し険が混じりだす、眉間にも皺がより見るからに不機嫌そう。
らしくない、と霊夢は思うがだからと言ってわざわざ機嫌の悪い理由を聞く気にはなれない。
苛立っているシンに気を使った、わけではなく単純に面倒だからだ。
理由を話そうとしない以上無理に聞きださなくてはならないだろう、そこまでしてまで知りたい訳ではないのだ。
と、そんなことを考えていたら地面がぐらり、と揺れ出して。
「――――っと、また地震? 最近多いわね」
「大丈夫なのかよこの神社、その内崩れたりしないだろうな?」
「今崩れるのは困るね、僕が動けない以上神社と運命を共にしてしまう」
「この程度の地震じゃ崩れるわけ無いでしょ、と、収まったか」
数週間前に初めて地震が起こった時は流石の霊夢も慌てたのだが、それからは毎日のようにぐらりぐらりと揺れている。
今ではすっかり慣れてしまったのか、霊夢はおろか里の人間達も騒ぎ立てることもなかったりする。
それはシンも同じことだ、ああまたかとその程度の感想しかない。それ以上に今日の里の出来事でまた機嫌が悪くなってしまう。
面白くもなさそうにあの女狐めとぶつくさ呟いているシンの姿を呆れた目で霊夢は眺めていたが、やがて昨日のデスティニーの言葉を思い出す。
「まあいいいわ、どうでも。そんなことよりデスティニー、あんたシンに用があるんじゃなかったの?」
「確かにそうなのだが……バッジは君に預けてあるはずだが?」
「あれ、そうだっけ。んじゃ、ほい」
霊夢から小さい何かを投げ渡され、怪訝な顔で掴みまじまじと掌の中のそれが何なのかを見る。
しげしげとバッジを見ていたシンだが、それが何なのかを認識すると目を見開いて言葉を失う。
「――――」
「おお、同じ反応」
そんな昨日のデスティニーと同様の反応を見せるシンに霊夢は呑気な声を上げるが、シンからしてみれば霊夢に何か言う余裕なんてない。
ただただFAITHの証であるこのバッジが幻想郷にある驚愕とかつて自分がつけていたことへの懐かしさで声も出せない。
驚愕と懐かしさ、しかし胸にあるのはそれだけでは無く。ひょっとしたら、もしかしたら。そんな幾許かの期待が間違い無くあって。
「あの、霊夢。このバッジ」
「売っていい?」
「いや何言ってんだこの腋!? 駄目に決まってるだろ!」
チッ、と舌打ちされた。正論を言ったのにこの反応、まったくもって理不尽である。
思わず頭を抱えたくなったが、霊夢なりの冗談なのだろうと思い直し気持ちを切り替える。
どう見ても目がマジだった気がするがきっと気のせいだろう。
「………えっと、このバッジはどこから?」
「ん、昨日届いた。ほら、この手紙と一緒に入ってたのよ」
そう言うと霊夢は白玉楼から届いた手紙を懐から取り出しひらひらと振って見せた。
どこからの手紙なのか確認しようと、シンはひったくるようにして霊夢の手から手紙を奪う。
強引なやり方に霊夢がぶーたれるが無視。差出人の名前と内容を見る、が。
「…………………なあ、霊夢」
「何よ」
「読めないんだけど」
「………………あんた、文字が読めないほどのおバk」
「達筆過ぎるんだよ!!」
実際、手紙に書かれている書体は非常に美しいものだ、文字の美しさには疎いシンでもそれを感じさせるほど。
だがだからといって読みやすさとは全くの別問題。あまりの達筆振りに何と書かれているのかさっぱり分からない。
当然デスティニーも読めず、実のところ手紙の内容までは分かっていなかったりする。
全力のツッコミでぐったりとした雰囲気が漂っているが、どうにか気を取り直す。
「まあいいさ、霊夢は読めるんだろ?」
「当然。あんたみたいなおバカとは違うわよ」
「だーから頭は関係無いって言うに………ああ、もういい、バカでいいよ、話が進まない。で、なんて書いてあるんだ?」
霊夢の言葉に一々ツッコんでいたら話が進まない。いい加減で適当に流して霊夢に手紙の内容を確認しなくては。
そんなシンに霊夢は面白くなさそうな顔を浮かべるも、これ以上引っ張っても面倒なだけだと判断。
「かいつまんでだけど、いい?」
「大事なところを略さなけりゃな」
「チッ、読んでたか………ま、いいわ。簡単に言えばあんたの噂を聞いたから幽々子とお客さんがあんたに会いたいんだと」
霊夢の言葉にシンは意外そうな表情を浮かべるが、霊夢からしてみればそう意外な話でもない。
実のところ、シン・アスカという外来人の存在は幻想郷の識者には割かし知られている。
理由は当然ながら赤い館のU.N.オーエン、気の触れた吸血鬼にして悪魔の妹フランドール・スカーレットを打倒したこと。
シンからしてみればあれは勝利とは到底言い難いものだ、最終的に自分の足で立つことが出来なかったうえに彼女の脆さを最大限に利用したもの。
とてもじゃないが実力で勝ったとは言えないだろう、少なくとももう一度戦えば呆気なく負けることを予測している。
大体、勝ったのは自分ではなくデスティニーなのだから自分に注目されても、という思いがどうしてもある。
とはいえ、シンのそんな思いなど幻想郷の識者は当然ながら知る由もないのだが。
「んで、あんたの興味を引くためにこのバッジを入れた、そうよ」
「ふぅん………ま、そう言うことなら行くしかないじゃないか。で、そのお客さんの名前って?」
そこがシンにとっての最大の懸念事項。このバッジが送られてきたということは客人も十中八九FAITHだろう。
加えて白玉楼にいる、ということは幽霊である可能性、有り体に言うのならば故人である可能性が高い。
さらにはシンのことを知っており、会いたいと手紙をよこす存在。否が応でもそれは「彼」の存在をシンに思い起こさせる。
今もなお、彼の様な冷静さを纏おうと心がけている決して忘れることのできない存在。メサイア攻防戦で命を落とした、自分にとってかけがえのない親友。
レイ・ザ・バレル。
口さがない連中は利用していただけだと笑うが、自分は、いや、ルナマリアやヴィーノ、ヨウランは断じてそれだけではないと信じている。
彼には彼なりの想いがあって、口数こそ少ないが自分達と同様にお互いよき友人だと思っていたのだと。
公に口にすることはないがきっとアーサー艦長も同じように思っているだろう、人を見る目は自分達よりも確かなのだから。
望郷の念にとらわれ、胸が苦しくなってくるが首を軽く振ってその思いをひとまずは追いやる。
まずは白玉楼にいるのがレイなのかを確認する方が先決だ。シンの言葉を受けた霊夢はシンの手から手紙を奪い返すと手紙に目を落とし。
「ん………いや、名前は書いてないわね。さてはわざとかしら、あの性悪幽霊め」
「書いてない、そうか。いいさ、直接会って確かめればいいだけだしな」
そう言うとシンは気合を入れるように顔をぴしゃりと叩く。この辺りにはそれらしい場所は無かったのだ、それなりの距離があるはず。
夕飯までに帰ってこれればいいのだが、いや積もる話もあるのだからとてもじゃないが夕飯には間に合わないだろう。
先にアリスに話を通しておくべきか。そんなことを考えながら欠伸を噛み殺している霊夢に口を開く。
「霊夢、白玉楼はどこにあるんだ?」
「んー? 上に真っ直ぐ一、二時間ぐらいー」
「上………言いたいことは分かるけど、ちゃんと東西南北で答えろよな」
上ということはまあ北なのだろう。幻想郷の地図でも北を上にして描いていることだし。
霊夢が言った時間も飛んでの話、歩きとなると三時間、下手をすれば四時間はかかるのかもしれない。
デスティニーの力を借りればそれよりも早く行けるだろうが、あの状態ではとてもじゃないが動かすことは出来ない。
しかし急いで行けばなんとかなるはず、最悪アリスに黙って外泊することになるがそれはそれで仕方が無い。
そう勝手に決めて神社の階段を走り降りようとする、と、背中に霊夢の声がかかってきた。
「あー、何か勘違いしてるみたいだけど。白玉楼があるのは北じゃないわよ、上よ上」
「………………上?」
「そ。うえ」
人差し指をぴんと空に向かって立てる、その仕草で白玉楼のありかをはっきりと表していて。
北ではなく上、空のはるか高みに桜咲き誇るその楼閣は存在している。
その後も何度か諦め悪く自分一人でたどり着く方法を模索していたがどうやっても不可能と判断、素直に霊夢の退魔業を待つしか無く。
デスティニーが治るのを待ってデスティニーでいくという選択肢もあったのだが、それはやめておいた。
彼女が自身がMSであることに拘っていることは知っている、ならば足代わりに使うのはデスティニーに失礼だろう。
とはいえ、どちらにしてもそれはデスティニーの「ある機能」の調整に時間を食ってしまって出来なかったのだが。
急に変化する天候やら頻発する地震やらで色々とあり白玉楼を訪ねることが出来たのは手紙の存在を知ってから二週間がたってから。
シンが急くのも無理のない話である。
「別に急ぐ意味無いんだからゆっくりまったり行けばいいじゃない」
「用事あるんと違うか?」
ましてや本来先導すべき人物である霊夢がぐうたらしてばかりなのだから尚のことだ。
魔理沙達が何とも言えない目で霊夢のことを見ている、多分自分もそんな眼を浮かべていることだろう。
どうツッコミを入れてやろうかと考えていると、裾をちょいちょいと引っ張られて。
何かと思い振り向いてみるとすぐ側に魔理沙の顔が。少しだけ驚くが、それ以上に魔理沙の方が驚いていて。
「わ、わ」
「ちょ、危なっ!? 階段で急に動くなよな、落ちても知らないぞ?」
「お、おう、ありがとな」
後ろに転びそうになった魔理沙の腕を慌てて掴んで引っ張り上げる。
シンからしてみれば何でも無いことなのだが、シンの手の力強さが伝わり魔理沙は思わず赤面してしまう。
どうにかバランスを取って真っ直ぐ立つが顔の赤さは中々引いてくれない。
すぐにはどうにもならないと諦めて魔理沙は一つ咳払いをし。
「えっと。霊夢じゃないけどそんなに無理して急ぐこと無いんじゃないか。今のお前、見てて不安になってくるぜ」
「ン………いや、でもな」
「お前を呼んだのって、お前の友達なんだよな」
レイが幻想郷入りしていて、白玉楼から自分を呼んでいる。
はっきりそうと決まったわけではない、しかし相手は自分のことを知っている可能性が高い。
それに加えて白玉楼は冥界に存在している、そこに住まう者はやはり死を迎えた者たちなのだろう。
その上でFAITHなのだとしたら否応なしにレイの顔を思い浮かべてしまう。
レイの思惑はともかくとしても、少なくともシンはレイのことを親友だと思っている。
軽く頷いたシンに魔理沙も満足げに頷き返してきた。
「だったらさ、逃げたりするわけじゃないんだからそんな無理すること無いだろ」
ぐ、と言葉に詰まってしまう。確かに魔理沙の言う通りなのだ、そもそも手紙が送られてきてからもう二週間もたっている。
逃げようと思えばいくらでも逃げられる期間だ、しかし逃げるのならわざわざ手紙など寄越すはずもない。
だったら魔理沙の言う通り無理をする道理も無いということ。それは分かっている、自分でも無理をしすぎだとは思う。
だけど。だけど、それでもだ。
会いたい。結局はそこに行きつく。死に別れてしまった親友に会いたい、例えその口から発せられるものが罵倒なのだとしても会いたい。
レイは自分のことを親友だなんて思っていないのかもしれない、それでも会いたいものは会いたい。
ただ利用していただけ。本当は自分のことなど疎ましいと思っている。彼にはデュランダル議長さえいればそれでよかった。
そんな言葉がなんになる。そんなものはただの言葉でしかない。
どんなに言葉を重ねたって、シン・アスカはレイ・ザ・バレルという人間を親友だと未だに認識しているのだから。
「………けど」
「けど会いたい。まあそりゃ分かるけどさ、その………えーと?」
「レイ」
「そのレイって奴もお前に無茶して欲しくないって思うんじゃないか? 少なくとも私は、友達にはあんまり無茶してほしくないしな」
友達じゃない奴はいくら無茶しても知ったこっちゃないけどな、と魔理沙はおどけて笑う。
釣られてシンも笑いそうになるが、疲労で僅かに唇を持ちあげるのが精一杯。他のみんなもそうなのかと視線を向けると。
「ぶっちゃけどうでもいい………って睨まないでよ魔理沙、惚れたらどうするの」
「え、ほ、惚れるのか!?」
「ううん全然。ま、焦って会ってものんびり会っても結果がそんな変わるわけでもないでしょうに」
太平楽な霊夢らしい、しかし的を得たコメントに怒る気も失せてしまった。こんなことを臆面も無く言える彼女はある意味最強だと思う。
思うが、それでもシンは渋い顔で。そんな顔を浮かべるシンを仕方が無いなあと言いたげに早苗は人差し指を立てる。
「シンさんは友達だって思ってるんですよね、レイ・ザ・バレルさんのこと?」
「ああ、それは間違いなく」
「だったら待ってくれますって、ていうか、待たされた程度で怒るなんて友達じゃないですよ」
それはいくらなんでも適当すぎだろうとも思うのだが、しかし確かに待たされた程度で腹を立てるレイというのも想像できない。
彼女達の言う通り焦りすぎなのだろうか、そう思いながら黙っている残り二人をなんとなくちらりと見る。
ふんぎりがつかない、というわけではない。腹の内ではすでにどうするか決めている。
だからこそ、今度はデスティニーとアリスの反応も少し気になる、という悪戯めいた気持ちが湧いてきていて。
そんなシンの悪戯心を知ってか知らずか億劫そうに肩をすくめたのはデスティニーだ。
「僕は特に何も言うことは無いのだけれど」
「じゃあ言うなよ、って、悪かったよ、睨むなって。で、なんだよ」
「焦って会って、ちゃんとした話が出来るのかい? 僕は君がそんな上等な人間だとは思えないのだけれど」
「あー確かに。馬鹿なのにごちゃごちゃ考えすぎでしょ。単純馬鹿は単純馬鹿らしく行きなさいって」
霊夢の身も蓋もない言い草には少しカチンとくるものはあったけれど、確かにその通りなのだ。
デスティニーの言うようにシンは上等なわけではない、きっと言いたいことが空回りして気持ちの三分の一も伝えられない。
焦っていては尚のことだ、そのことに気付いているのに突き進もうとしていたのだから単純馬鹿と言われても仕方が無いだろう。
…………仕方が無いのだが、それでも腹は立つのでとりあえず二人の胸を嗤っておいた。
デスティニーと霊夢からアームロックを極められるシンに冷めた目を送りつつもアリスは何を言うべきか考える。
「えーと、なんか私もコメントしなきゃいけない空気だから言うけど」
他と被っていない方向性のアドバイス、且つうっかりシンから好意を向けられないであろう言葉。
考えた末に出した言葉は。
「重いわっ」
「え」
「友達に会うのに一々重くしてるんじゃないわよ、なに、あんた実はヤンデレ入ってる?」
いくら死別した友人だとは言えアリスから見てみれば執着しすぎである、いい加減疑っても罰は当たらないはずだ。
シンも痛いところを突かれたのか、ぐ、と押し黙ってしまう。
あくまでもレイとは純粋な友情のはず、流石にそう思われるのは心外だ。
心外だが、冷静に言動を思い返してみると疑わしい要素がちらほらと見え隠れしていて。
「そういうのはね、ごめーん待ったー? ってぐらいサクッとやっちゃえばいいのよ」
「いや流石にそういう女友達のノリはやりたくないぞ!?」
「う、うるさいわね、物の例えよ例え。普通に会えばいいのよ、普通に。一々劇的にしようとするから話がおかしくなる」
照れ臭いのか、早口気味にまくしたてるとそっぽを向いてしまった。どう反応した物か戸惑い頬をかくが、言いたいことは確かに伝わる。
不器用ではあるがこれもアリスなりの思いやりなのだろう。少女達からそんな思いやりを向けられているのにぐじぐじ言っているわけにもいかない。
「………分かったよ。少し、のぼせてた。心配掛けて悪かったな」
ぺこりと頭を下げたシンにようやく少女達―――主に魔理沙―――は安心したように肩から力を抜く。
頭を上げると軽く伸びをして、シンは気持ちを切り替えるように頬をぴしゃりと叩く。
「ただっ。止まったりはしないからな。急ぎはしないけど、歩いていこう」
まあ、それが妥当な落とし所だろう。ゆっくり歩いていけばシンの体力もある程度は元に戻る。
立ち止まっていたって結局シンが焦るだけ、それでは休んだとは言えない。
最適解とは言えない妥協案。しかしアリスの言うように一々劇的である必要はない。
劇的で誰もがそれしかないなんて思えるような最適の答えなんて思いつけないし思いつく意味もない。
妥協だろうがなんだろうがそれで進めるのなら良しとすべき、誰も傷つかないのなら最適で無くても最良だ。
それに霊夢だって本気でこの階段でのんびり腰掛けるつもりはないはずだ。
「えー。もうちょっと休んでいきましょうよ」
………ないはずだ。きっと冗談のはずだ、きっとそう。
「ていうかもう帰らない?」
そのはずだ。
博麗神社のそれよりもさらに長い、石造りの階段を全員そろって上っていく。
疲れただの面倒臭いだの帰りたいだの不満たらたらな霊夢は最早アリスが無理やり引っ張っている形に近い。
そんな霊夢に苦笑しながらも早苗はシンのことをちらりと覗き見る。
先ほどまでの様な焦りこそないものの、それでもやはり無心に階段を上るその姿。
それだけ親友に会いたいということなのだということは分かっている、分かってはいるのだが。
不安げな早苗の視線に気付いたのか、シンは不思議そうに視線を返してきた。
まさか気付かれるとは思わずに慌てたように早苗は両手を横に振る。
「あ、いえ。えーと、その………そう、本当に友達なんだな、って」
「ん? ああ、まあね。死に別れてから大分経つけど、やっぱりそうそう忘れられるもんじゃあない」
屈託なく笑うシン、それだけレイとの再会が楽しみなのだろう。しかしその笑顔が真っ直ぐであればある程早苗の心は曇ってしまって。
シンはレイのことを友人だと言うが、しかし、そのレイ・ザ・バレルは彼のことを。
顔に出したつもりはなかったが、早苗の沈黙に何を言わんとしているのかを察したのかシンは軽く笑う。
「けど。レイはシンさんのこと友達だとは思ってなかったじゃないですか………か?」
自分が心で思っていたことを言い当てられ早苗はぐ、と言葉に詰まってしまった。
見透かされていたという思い以上に、シンの責めるでも咎めるでもない穏やかな口調に戸惑ってしまう。
しかし戸惑ったところで何かが変わるわけではない、確かにシンの言う通りだ。
シンはレイのことを友人だとは言うが、当のレイは彼のことを利用していただけではないのかという思いは早苗の中に根強く残っている。
「え、と。その」
「ああ、いいよ別に。気にするなって、俺は気にしないからさ」
気にするなとは言うが、しかしそれでも心に引っかかる物はどうしてもあって。
友情を疑われたのなら気を悪くするだろうに、なのに本当に気にしていない様子。
「別に、君に初めて言われたってわけじゃないからさ。まあ、うん。何度かはね、色んな人から言われてるよ」
のんびりと足を進めながら穏やかな表情で訥々と語るシンに欠ける言葉が見当たらずに神妙な顔で聞き入るしかない。
シンにとっては様々な感情が入り混じっているのだろう、表情から窺える感情は決して激しいものではなかったが静かなだけの物ではない。
ただ、色んな、と言った時不快そうに眉をしかめたのが印象深かった。
聞くべきではない、とも思うが気にならないと言えばやはり嘘になってしまう。
「あの、色んな人、って?」
「ん? まあ色んな人は色んな人だよ………テロリストとか、ね」
目を覚ませ、奴は利用していただけだ、そんな言葉にとらわれるな、我々と共に行こう。
反デュランダル派のテロリスト共からさんざん聞かされた言葉。シンからしてみれば大きなお世話だ、とそれ以上の言葉を言えない。
利用していた? そんなことは百も承知だ、言われなくったって分かっている。
分かった上で聞き返してやりたい。だったら、自分達と共にいた時レイが浮かべていた笑顔はなんだったのだ、と。
それすらも自分を利用するために浮かべていただけ? そうかもしれない、それを否定する材料なんてどこにもない。
だが、信頼のために笑顔は必要だったのか? レイは滅多に笑うことはなかった、正直自分が見たのは数えるほどしかない。
それでも彼を信じられたのはいつだって冷静で的確な言葉を投げつけてくるからこそだ。
加えて戦争を無くしたいという真摯で揺らぐことの無い意思。
極論ではあるが、彼の笑顔を見たことが無いのだとしてもシンはレイのことを親友だと胸を張って答えられる。
そう、笑顔は必要が無いこと、理と意思だけでも信頼を得ることは十分に可能。レイだってそのことには気付けるはずだ。
必要が無いこと、それでも彼は笑っていた、それはつまり「そういうこと」なのだろう。
もちろんそれすらもレイの計算づく、と言われれば否定は出来ない。しかしそこまで言ったら際限が無くなる。
だったら後は自分の心の問題だ。レイを信じられるか否か。選んだ答えはレイ・ザ・バレルはシン・アスカの親友という答え。
もしかしたらレイの上っ面しか見えていないのかもしれない、しかしそれでも自分の心の中にいるレイを信じたい。
確かに彼は目的のために自分を利用したが、戦争を無くしたいからこそ友人に力を貸して欲しいと考えたのだと信じている。
そんなことを思い出していたら早苗から心配そうな顔を向けられていることに気付いた。
少しぼうっとしていたらしいことに気付き苦笑、心配を拭うために笑える話でも提供すべきかと考え。
「ああ、後はルナにも言われたっけ、レイが友達だったのは事実だけど神格化しすぎるな、って」
「ルナマリアさん、ですか」
その名前を聞いてピコピコと揺れる赤いアホ毛を頭の中で想像する。奇跡の赤服だの誤射マリアだの狙いは完璧よ(笑)などの言葉も踊ったが。
彼女には様々な蔑称をつけられていることはシンには黙っているべきだろう、自分の恋人を罵られて流石に笑ってはいられないだろうから。
しかしシンから帰ってきた言葉は予想外な物で。
「うん、たまに赤いビッチとかブタマリア・ポークって言われてる」
「ちょ!?」
ケラケラと笑うシンに流石につっこまざるを得ない、恋人ではないのか。
「あーうん、何考えてるのかは分かるけど、正直笑い話なんだって。俺も聞いた時はむかっと来たけど」
「来たけど?」
「……………言った奴全員、ルナにブッ飛ばされたから」
「う わ あ」
本当にあの時は大変だった、クライン派のパイロットが陰口をたたいている場面に出くわしたからさあ大変。
全員男だったにもかかわらずブチ切れたルナマリアは全員漏れなく病院送りにしてのけた。
シンが止めなかったら人死にが出ていた可能性すらあったと思う。
言った連中はどうせいてもいなくても大差ない有象無象のパイロットだったのは幸いだったが。
とはいえ、そりゃもうこれでもかというほどにボコボコにされた彼らに少々同情はしないでもない。
………あくまでも少々であり、自分含めてヴィーノやヨウランは大して同情はしていないのだが。
アカデミー以来の付き合いである友人を侮辱されて笑っていられるほどシンも無神経ではない。
それに、彼らの陰口にはシンやレイに対する物も含まれていたのだから尚更だ。
自分に対する物ではなく、むしろシンや、特にレイに対する言葉にルナマリアは強く反発しているように思えた。
そのことはルナマリアが言った、真っ当に生きていける奴に何が分かるんだという言葉から察することが出来て。
結局彼女だってレイのことを親友だと思っているのだ、だからこそああまで憤ったのだろうとシンは考えている。
「何と言うか、まあ………すごい話ですね」
「まあねえ。おかげでザフト兵にはルナに逆らう馬鹿なんて今となっちゃ一人もいないぞ?」
そうは言うが、決してルナマリアは他人の言葉に一々噛みついてくる凶暴な性格というわけではない。
彼女が反応するのは悪意を持って言われた時だけだ、そうでもなければ冗談で返してくる。
ヨウランが「そう言えばお前の行動って冷静にみるとビッチ臭がするよな、赤いビッチ(笑)」といった時にはやだーと笑いながら投げっぱなしジャーマンをかまし。
ヴィーノから「アスランがお前の名前呼ぶ時ブタマリアって聞こえるんだよな、ブタマリア・ポーク(笑)」といった時にはやめてよーと笑いながらスーパーウリアッ上を決め。
言うことが思いつかなかったのでとりあえず「赤ビッチのブタマリア(笑)」とシンが言った瞬間意識が飛び、気付いた時には見知らぬ病室の天井だった。
まあ概ねそんな感じで冗談を返してくる、ルナマリア・ホークとはそんな素敵な淑女である………たまに血の雨降らすけど。
「ふうん………恋人が強いって大変ですねえ」
「恋人か、はっはっは、ルナが恋人かあ!」
「え、何ですかその反応?」
はっはっは、と乾いた笑いをしばらく立てていたが、ぴたりと笑いやむと。
「自然消滅しましたが、何か」
「……………え、ええと。な、なんでそんなことに」
「分かんね。おかげで未だにどうて、と、これは関係ないか」
遠い目をするシンにどう声をかけた物か分からずに引きつった笑いを返すしかない。
まさか自然消滅していたとは。傷のなめ合いなんてそんなものか、と納得してしまうのもまた何とも。
とはいえ魔理沙を応援すると決めたのだから、シンとルナマリアには悪いが好都合とも言える。
納得はしたし好都合だと思う、のだが。同時にふと心の中で何かが呟くのを感じる。
本当に、完全消滅しているのだろうか?
当事者のシンが消滅したと言っている以上消滅したのだろうが、しかし彼の言葉からは肝心のルナマリア・ホークからの言葉が抜け落ちている。
それに加えて、シンの鈍さを考えると彼の自己申告は正直なところかなり怪しいものだ。
少し気になってしまい、そのことを聞くため口を開こうとした時。
「ああ、やっと来た。待ちかねたわよ、もう」
頭上からかけられる呆れたような声に思わず顔を上げる、見ればもう白玉楼の門が見えていて、そこには一人の少女が背筋を伸ばして立っていた。
どこかハイカラさを感じさせる緑色の上着とスカートを白いシャツの上から着こなし、首元には黒い蝶ネクタイを付けている。
青く透き通った瞳に軽くかかる銀の髪には黒いリボンのついたカチューシャをつけて、ごく自然な感じにさらりと流す髪型。
背中には先端に白い花がついた黒塗りの鞘に収まり、柄に豊かな白毛をあしらった刀―――楼観剣を結わえ付けている。
腰にはそれより少し短いもう一振り―――白楼剣が背中側に回されている。鞘からちらりと見えるその刀の文様はまるで儀式に用いられる物のよう。
そしてその背後にはふよふよと浮かぶ白い物体。ぷにぷに且つぽよぽよ、さらにはふわっふわな感触のそれは彼女の半身、半霊と呼ばれるもの。
白玉楼に住まう半人半霊の庭師、魂魄妖夢がようやく到着した来客に不機嫌そうな顔を浮かべていた。
そんな妖夢を見ても霊夢は悪びれた様子もなく、むしろ怒りを受け流すような態度のままで。
「へーいへい、ゴメンナサイネーっと」
「まったく………ほら、幽々子様が待っていらっしゃるんだから、さっさと行く」
「うーい」
「そうやって人の神経を逆撫でするものではないだろうに……失礼させてもらうよ」
「ええ、さっさと屋敷まで放りこんでください。自己紹介はまた後ほど」
相も変わらず呑気な霊夢を急かすが、まったく急ごうとしてくれない。
苦笑するデスティニーが仕方がなさそうに後ろから押してようやく人並みの速さといったところ。
まあ彼女の性格は今に始まったことではない、そう自分に言い聞かせて納得する。
………それでも完全には納得しきれず、背中の半霊が不機嫌そうに暴れていたが。
そんな妖夢を面白そうに見ていた魔理沙が気さくに片手を上げて挨拶をした。
「おっす、お勤めご苦労さん。ところで髪型変えたか?」
「髪型には触れないで」
今の妖夢の髪型は、前髪を切って揃えている普段の彼女とは明らかに違っている。
決して魔理沙は髪型の変化に目ざといわけではないが、流石にこれぐらいは気付く。
魔理沙からしてみれば見て分かる変化を何気なく指摘しただけなのだが、魔理沙の予想に反して即座にぴしゃりと返してきた。
妖夢自体は無表情を装っているが、その表情からは何とも言えない微妙な苛立ちが感じられて。
どう反応していいのか分からずにぱちくりと目を瞬かせていたが、気を取り直したように妖夢が咳払いを一つ。
「というか。白黒、貴女も来てたの。正直呼んでないんだけどなあ」
「いーや、呼ばれたぜ? 行間からそれがビンビン伝わってきた」
「キノコ弄りすぎて幻覚の類でも見てるんじゃないの」
ばっさりと切り捨てるような妖夢の言葉にもどこ吹く風ですたすたと白玉楼の門を通ろうとする。
そんな魔理沙に唇を尖らせながらどうにか自分の味方をしてくれそうな人を探す。霊夢、は論外。絶対手伝ってくれそうにない。
ならば、と視線を向けるのは。
「アリス、貴女からもなんか言ってやってよ」
「言って聞く子じゃないことぐらい妖夢も分かってるでしょうに」
助けてくれるものと期待の目を向けたアリスに門を通りながら肩を竦められて、ぐ、と言葉に詰まってしまう。
確かにアリスの言う通り魔理沙は言ったぐらいで聞く奴ではないのだが、なにかこう、釈然としない。
釈然としない感情に腕を組んでいるとすでに門を通った魔理沙の不満の声が聞こえてきて。
「て、おい、なんで私は駄目でアリスはスルーなんだよ?」
「日ごろの行いって知ってる?」
「私が善人って意味だろ?」
「しっかり躾けておいてね、アリス」
ぶーぶー不満たらたらの魔理沙に呆れたように溜め息をつきながら顔を上げると、どう反応した物か困った顔を浮かべた早苗と目が合う。
誰なのだろうと少し考え込むが、幽々子から妖怪の山に神社ごと越してきた外の世界の住人がいるということを耳にはさんでいたことを思い出す。
だとするとこの巫女服から察するに、彼女がその神社の現人神なのだろう。
なんでその現人神が直接来るのだろうという疑問もないわけではないが、礼を失するわけにはいかない。
「ああ、貴女がお山の………お噂はかねがね。私、この白玉楼で庭師をしている魂魄妖夢です」
「あ、いえいえ、御丁寧にどうも。東風谷早苗です、お山で神様やってます………お茶菓子持ってきた方が良かったかな」
「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ大したおもてなしもできずに」
「いえいえそんなこと。それにしたって立派なお屋敷ですねえ」
「時々立派すぎますけどね。掃除も中々時間がかかってかかって」
「あ、やっぱり。何かお掃除のコツってあります?」
完全に世間話に興じている早苗と妖夢に苦笑しながらもシンも白玉楼の門を通ろうとする。
が。妖夢が背中に背負った刀を鞘ごと抜くとシンの前を塞ぐように構えて。
「お前は通すわけにはいかないな」
じろりと睨まれてしまった。どうしたものかとぽりぽりと頬をかくがどうしていいのか分からない。
まさか白玉楼は男性が入ってはならない、なんて決まりはないはずだ。もしあるのなら霊夢がそうと伝えている。
…………伝えてくれると信じたい。それに、レイがここにいるのなら男子禁制なんてことはないだろう。
結局どうして通ってはならないのか分からず、妖夢に自分も客なのだということを証明するほかない。
「ええっと。いや、ここにいる俺の知り合いに呼ばれてきたんだけど」
「黙りなさいこの女の敵め!」
びしりとシンに指を突きつける妖夢、その言葉からは敵意がありありと感じられて。
しかしシンからしてみれば彼女が抱いている敵意は全く身に覚えが無い。
普段なら機嫌も悪くなりそうなものだが、戸惑いの方が強く出てしまいそれどころではない。
妖夢らしからぬ態度に魔理沙も疑問を感じているのか、シンの服の裾をちょいちょいと引っ張って不思議そうな顔を浮かべている。
「………お前妖夢になんかしたのか?」
「い、いや、間違い無く初対面のはずなんだけど?」
そう、初対面。名前だけなら霊夢から聞いた覚えはあるが会ったことは無いはずだ。
当然何かしたはずもないのだが、その割には彼女はシンのことを知っているようで。
首を傾げていると、そんなシンの態度に腹を立てたのか妖夢が言葉を続けてきた。
「咲夜さんから聞いているぞ、紅魔館のみんなのむ、胸を揉みしだいたと!」
ぐ、と呻いて言葉に詰まってしまう。そうなのだ、事故とは言え紅魔館のある特定の身体的特徴を持つ四人の胸にラキスケしてしまったのは事実。
弁明は無意味とは思うのだがここで黙ってしまっては通ることなんてできないだろう。
どうしたものかと考えていたシンだが、横から魔理沙が口を挟んできた。
「ちょっと待て、確かにそれは事実だけど……事故だぜそれ。私その場にいたからな、間違いない」
魔理沙の言葉に驚いたのか妖夢は目を丸くして魔理沙に念を押してくる。
そんな妖夢に仕方が無い奴と言わんばかりに魔理沙は肩をすくめる。
「シンだってその後すぐに謝ってたからな、妖夢が思ってるようなことじゃないぜ、なあシン」
「え、そ、そうなの?」
「ん、まあ、な。謝ったことは謝ったけど、それでもやっぱり俺が悪いと思うよ」
あの時のことを思い起こしてみると本当にひどい話である。不可抗力とは言え紅魔館の人々には色んな意味で迷惑をかけてしまった。
そのことを思い出しながらぽつりとシンは呟く。
「事故とは言えパチュリーさんの胸に顔面ダイブしたり咲夜さんと美鈴さんの胸に同時に手が当たったり小悪魔の胸を両手で触ったりしたからな」
「言い訳しようも無く女の敵だッ!!!!」
何か言いたそうにシンはしているが、言い返すべき言葉が見当たらない。
魔理沙も余計なことを言ったシンに呆れたようなジト目を向けてきている。
実際妖夢の言っていることはもっともである、女性の胸を触るなど事故とは言え許されることではないだろう。
大体事故で済ますには色々あまりにもミラクルすぎるし。
とはいえこのまま通れないというのも困る、どうしたものかと思い悩んでいると。
「双方の言い分は分かったわ、ここは穏便に済ましましょう」
二人の言葉を黙って聞いていた霊夢は一つ頷いてそう言うとシンと妖夢の間に立つ。
何をする気なのか、何を始めようとしているのか分からずに二人は訝しんだ目を霊夢に向ける。
そんな二人の視線を満足げに受け止め、霊夢はさっと両手を上げ。
「――――ファイッ」
開戦の言葉を高らかに叫んだ。
最終更新:2012年12月07日 10:32