「ふざけんなあああああああアアアアア!?」
「あら、どうかした?」
「何煽ってんだよ何がファイッだよどの辺が穏便なんだよていうかお前馬鹿か馬鹿じゃないのか馬鹿だろこの馬鹿!?」
「人に馬鹿って言う方が馬鹿なのよこの馬鹿」
「うるせーバーカバーカ!」
「ていうか、よそ見してていいの?」
呑気に明後日の方を指差す霊夢の言葉に一瞬眉を寄せるが、霊夢が指差す先を見て即座に思考を切り替える。
靴が石造りの階段を叩く軽快な音、同時に背負った楼観剣に手をかけ迫る妖夢の姿。
いや、あの刀身の長さからすればもうすでに射程圏、即座に切り捨てられる距離。
距離を離す? いや間に合わない、ならば。
「このぉっ!」
逆に、踏み込む。切先ではなく刀身全体を使っての両断、しかしそれはシンに一歩踏み込まれてしまい鐔が肩に当たるだけに終わってしまう。
もしも剣聖が振るうのならば例え鐔に当たっただけでも骨を砕くことも可能だろう、しかし実際には骨は無事、ただズキズキとした痛みがあるだけ。
いくら渾身の力を込めたところで妖夢の剣は剛剣と呼べるものではない、力でなく技で断つ、それが魂魄妖夢の剣というものだ。
それは決して恥じるものではない。体格上どうしたって不足する腕力を補う行為、むしろ刀としては正解といってもいい。
だが、正解であることが勝利につながるとは限らない。王道だけをやって勝てるのならば邪道などまかり通るものか。
刀剣の類は接近戦を想定して作られているものだ、距離を離されれば当然当てることは出来ない。
しかし、それとは逆―――距離を詰められ過ぎても真価は発揮できない。刀身に当てることが出来ない、それどころかまともに振ることも難しい。
そんなことは刀剣を扱う者ならば前提条件、その前提を知らないのは扱いに慣れていないか、もしくは。
(こいつ、場慣れしてないなっ)
純粋な経験不足。前提は実戦に数度放りこまれれば嫌でも理解することだ、理解しなければそもそも生きていない。
妖夢も知識としては間違いなくその前提は知っているのだろう、しかしそれを感覚として理解していなければ知らないのと同じこと。
単純な技量だけならば或いはそれなりに腕がたつのかもしれない、少なくともシンでは比較することすら馬鹿馬鹿しいほどの腕なのは確実。
しかし剣を振るって強い、とはそもそも剣を振るだけではままならない。
如何にして距離を詰めるか、詰めた距離を保つか、敢えて離れるか、剣を振れないほどの距離に迫られた時どう対応するか。
技量など大体は自然に身につくものだ、重要なのはその技量をいかにして活かせるよう立ち回るか。
多少の技量の未熟さはそれで十分カバーできる、そうでなければシンがエースパイロットなどと呼ばれることはなかっただろう。
詰めた距離のまま、妖夢の腕を引き、同時に背を妖夢の腹に当てて一気に跳ねあげる。
背負い投げ、直下に落としては命を落としかねないので地面には叩きつけずにそのまま投げ捨てる。
妖夢も下手に逆らっては余計な傷を負うことを察知したのか流れに逆らうことなく、むしろ投げやすいよう自分からシンへと身を任せる。
その勢いのまま投げる、妖夢は器用に空中で体勢を立て直して両足で着地、即座に飛び退ってシンから距離を開けてきた。
(判断自体は悪くないけど………状況には、適して無い!)
妖夢が取っている距離はいつでも切りかかれる距離だ、少なくともシンならもっと距離を空ける。
技量がどうこうの話ではない、単純に妖夢が取っている距離はこの状況では中途半端なのだ。
もしもこれが自分から切りかかっていった後ならば然程問題は無いのだろう、相手の出方を窺えるいい位置。
しかし今は相手から攻撃を受けた直後なのだ、わざわざ相手の出方を窺っている場合ではない。
反撃を行うのなら相手の出方を待つまでも無くもっと詰めてくるし、相手の追撃を嫌うのならばもっと露骨に空ければいい。
近接戦闘を主とするのならばこの状況においては絶対にとらない距離だ、相手の腕が分かっていないのならば尚のこと。
刀剣は寄らなければ意味が無いとは言うが、本当に距離を詰めての戦いが得意ならば寄るための手法などいくらでも思いつけるものだ。
だからこそこの状況でならば距離を離すのが正解、次善は距離を詰めて一気呵成に攻め立てるといったところか。
どちらにしても今妖夢がとっている策は下策もいいところ、経験不足が如実に表れてしまっている。
そう、彼女は経験不足、決して妖怪に勝ると言えないようなシンにだって十分あしらえる程の。
だからこそ、だ。
(―――――厄介なっ)
そんな存在にも拘らず、門番を務め上げているという事実。それがなによりも恐ろしく、シンの警戒心に警鐘をやかましいぐらいに鳴らしてくる。
もしも本当にただ少し剣の腕がたつだけならばとてもじゃないが門番なんてやれはしない。
それは美鈴を見ていれば分かることだ、徒手空拳での戦いならばレミリアだって上回れるほどの実力。
彼女の強さを支えているものは技量だけではない、判断力に相手の行動の先読み、その予測の精度は相手の行動を操れるほどで。
判断に予測ならシンも中々の物だと自負していたのだが、彼女を見ていればその自身もあっけなく崩れ去った。
立ち回り方や精神力、それが美鈴の技術を支え最大限に発揮させる。
とかく、門番とは相応の実力が無くては務まらないものだ、妖夢に美鈴ほどの戦術眼はないだろうし精神もシンが見て分かるほどに未熟。
それでも、門番であるというのなら、その二つを補って余りある「なにか」があるということ。
そんな「なにか」を持っている存在を、シンは一人知っている。
(あいつと、同じだっていうのか!?)
接近戦に対する並みはずれたセンス。自分の知っている「彼女」と同じものを持っている可能性。
その可能性を、無いと断言することは出来ない、むしろ刀剣の類を扱う妖夢を考えれば無い方が不自然。
もし妖夢に「彼女」と同レベルのそれが備わっているのなら妖夢の未熟さを補い門番を十分に務めあげられるだろう。
それほどまでに「彼女」の近接戦闘は見事なものだ、少なくともシンは絶対に「彼女」に接近戦を挑みたくない。
妖夢が「彼女」同様に、そんな接近戦の天才なのかどうかはまだ分かりはしない。
だが。
(過小評価だけは、するもんかよ!)
過大評価もするべきではない、心の冷静な部分はそう分析するが、まだまだそこまでは成れない。
経験だけはそれなりには積んでいるが、それでも未だに未熟なのだ。全てを完璧にこなすよりも出来ることをしくじらない、その方が余程大事。
意味もなく妖夢が得意とする距離をとらない、ひとまずはそれを徹底する。
のだが。それ以前にもっと最良のやり方があることを忘れてはならない。
「見てないで止めろよ、特に霊夢!」
そもそも戦わない。実のところこれが戦闘における一番の解決策になる。
臆病だと罵りたければ罵ればいいと思う、生き残れなくては勇猛も誇りも経験も何の意味もないのだから。
そんなわけで霊夢にブン投げる。というか、そもそもこの状況の元凶は霊夢なのだ、止めてもらわなくては困る。
それは魔理沙達も同意見なのか自然と霊夢に視線が集まる、特に魔理沙からの非難の意がとても強く感じられて。
シンの必死の言葉と周囲からの視線を受け、霊夢も事の重大性を理解したのか深く頷いた。
頷いた。
頷いた。
頷いただけ。
「はよ止めろや!!」
「いやよ面倒臭い」
「ふざけんなこの腋!?」
「大体胸触ったのは事実でしょ、素直に腕の三、四本ぐらい切られなさいよ」
「お前ホント後でひどいからな!?」
そんなことを言い合っている間にも妖夢は切りかかってくる、今度は思い切り距離をとることで対処。
楼観剣の切先が鼻先をかすめるがどうにか回避、崩れそうになる体勢も必死で持ち直す。
「うおっ………つーか! あんたも何で霊夢に乗せられてるんだよ!?」
「初志貫徹!」
「捨てちまえそんな初志!!」
怒鳴り返しながらもバックステップを繰り返して距離を空けようとする、しかしその距離は中々に空かない。
下がろうとする動きに合わせて妖夢も前へと出る、そうなれば当然距離が空くはずもない。
そうするだろうという確信はあった、近接戦に対する彼女の自信を考えれば行って然るべきだ。
だが、そんなシンの予測を遥かに上回る光景が眼前では繰り広げられていた。
(冗談だろ!?)
当たり前だが、シンはただ下がっているわけではない、時にフェイントを織り交ぜながら決して単調にならないような下がり方。
いや、それ以前に攻撃だって加えている。接近されないようビームライフルを腰溜めに構えながら乱射、そうそう近づけるものではないはず。
だのに、だというのに。それなのに距離は空かないのだ。むしろじわりじわりと詰められている。
理由は単純。フェイントを行っても踏み込み過ぎないよう適切な間合いを保ち、ビームライフルはギリギリで見極めて回避している、ただそれだけ。
ただそれだけが、なによりも恐ろしい。フェイントといっても瞬きをすれば見落としてしまうであろう程の一瞬だ、大抵の相手ならばむしろフェイントとすら思うまい。
にも関わらず反応、対応が出来るだけの反射神経。そしてビームライフルを避けるとは言うが、彼我の距離など人が二人分入るかどうかだ。
射程からすれば超至近距離、だというのにギリギリまで引きつけ、あまつさえ掠りもしないとは。
いくら銃口、トリガーから発射を予期できると言えどもどのような運動神経をしていれば可能たらしめるというのか。
(寄らせない、つもりだったけど、こいつは………こ・い・つ・は!?)
接近戦は不可避、理屈ではなく直感で理解する。接近戦に強いということは、すなわち寄るため詰めるための技法も身につけているということなのだから。
しかしシンの接近戦の能力が彼女に通用するかといえばまず不可能、それこそ「彼女」並みの技量で無くては太刀打ちできまい。
距離を詰められるのはもうどうしようもない、ある程度は許容せざるを得ないだろう。
だが、張り付かせては駄目だ、それだけは回避しなくてはならない。相手の得意とする距離で戦う愚を犯すわけにはいかない。
(やるしか、無いってのかよ!)
もうすでに妖夢は懐にまで潜り込んでいる、これ以上彼女の斬撃を避けることは出来ないだろう。
大振りではなく手首の返しを利用して振るっている。「戻し」を極力行わない、刀を突き出した状態での捌きはシンには到底反応、回避することが出来ない程。
これが重斬刀のような西洋剣だったのなら当たっても打撲程度で済むのだろうが、日本刀というものは切れ味に極端に特化した刀剣だ。
そのことはあのジャンク屋が乗るMS、それが振るうガーベラストレートで散々見せつけられているのだから。
重量で叩き砕くのではなく技術を以て切り裂く。それをより効率よく行うための物が刀だということはフェイズシフト装甲を切り裂いたことで証明されている。
多少当たっても、などという考えは捨てなくてはならない。もし刀身が当たったのなら肉を大きく斬り裂かれてしまうことは必至。
ならば防ぐ。ソリドゥス・フルゴール、は無理だ、光波シールドは物理的干渉力はさほど大きくない。
実体兵器なら叩きつけられる光波により融解させることになるのだが、妖夢の剣の速さなら溶かし切られる前に抜くことが出来るだろう。
フラッシュエッジで切り落とすのも同様に不可能、技量の差を考えれば逆にこちらの首が落とされかねない。
ならば実体盾をとも考えるが防いだ後が続かないだろう、盾で殴り飛ばそうにも避けられるのが目に見えている。
後は頼りになりそうなものは腰に備え付けたナイフなのだが、妖夢との戦闘に耐えられるかは微妙なところだ。
あのジャンク屋が持っていた刀の切れ味から考えるに切り結んだ瞬間に切り落とされる可能性は高い。
最後に残ったものは。これを使うのは正直なところ不安しかない、妖夢の様な速い相手にはとことんまで向かない兵装なのだ。
だが、実体兵器で彼女に切り落とされない武器はもうこれしかないのだから腹を括って使うしかない。
最早完全に射程内、鼻先にまで迫った妖夢の青い瞳にはやれるという確信が満ちている。
だからこそ小手先の手首で振るう剣ではなく、「戻し」を十分に取ったシンを両断するための胴を狙った大振りな横一閃。
「とった――――!」
「させるかァッ!」
妖夢が振り抜いてくるタイミングに合わせてアロンダイトを実体化、金属が切りつけられる甲高い音が響く中、右手で逆手に握ったアロンダイトが楼観剣を防いでいた。
抜いた、或いは抜かされたか。どちらにしても出来ることならアロンダイトは使いたくはなかった。
アロンダイトはたしかにビーム刃を持つが飽くまでもそれは補助、本質は重さによって叩き潰す重斬刀と同じ鈍器としての性質の強い兵装。
だが、刀と呼ばれるものはちょうどその間逆に存在する。そのことはあのジャンク屋の菊一文字から推測できる。
恐らくは妖夢が振るう物も同じだろう、速さと切れ味を武器とする刀とは相性が悪すぎる。
本来ならば使用しないのが一番なのだがそうもいっていられない、というよりこれしかないのだ。
彼女の剣の技術は間違いなくシンの遥か上をいっている、もしもフラッシュエッジを使った剣載戦に持ち込んでも勝てる可能性は最初からない。
剣の腕で劣る以上は特性の全く違うアロンダイトだけが勝ちの目を作り出せる。
それに、妖夢がちらりとアロンダイトの連結部に目をやったのが見えた、そこから考えることは非常に分かりやすい。
分かりやすい、ということは即ち使い手であるシンも気付けること。裏を返せば対策も十分に練っているということでもある。
(多分、ハマってくれる、はず、だ。後は………状況を、どう作るか、か!)
なんにしても張り付いた妖夢と距離をとらないことにはどうにもならない、この状況では何が出来るか。
アロンダイト、は当然論外。避けられるどころか振った瞬間に切られて終わりだ。肉薄されたのなら先ほど同様さらに距離を詰めるのみ。
また妖夢を投げ飛ばすかとも考えるが妖夢もそれは警戒しているだろう、ならば次は打撃で距離を離させる。だん、と音がするほどの強い踏み込み。
左手の掌を妖夢の腹に押し当てる、同時に全身のひねりを使って踏み込みによって発生した力を伝達。
発勁、しかし本能的に危険を察したのか妖夢に力が叩きこまれる直前に飛び退られてしまう。
単発の攻撃としては失敗、だが構いはしない。どうせ避けられると思っての攻撃だ、当たってくれるとも思ってはいない。
重要なのは妖夢が距離をとったということ、これならアロンダイトを使う以外の選択もとれる。
そのことは彼女も気づいているのか自分の失策に眉をしかめている。
ここからは射撃に切り替えて妖夢を寄せ付けないのが正解なのだろう、剣で勝てない以上それ以外の正解は無い。
(って、思ってるんだろアンタは?)
だが。正解をとることだけが常に正しいとは限らない。
シンが取った行動は妖夢にとって予想外の物、アロンダイトを構えて自分から距離を詰めてきたのだ。
「何を、みょんなことをっ!?」
「一々答える馬鹿がいるかよっ!」
妖夢の言葉に答えながらアロンダイトを袈裟に振りおろす、しかしその太刀筋は妖夢の目から見れば拙いもの。
刀を使って受け流し体勢を崩そうとした妖夢だったが、背筋に走った怖気に思わず避けてしまう。
アロンダイトを危なげなく回避した妖夢だが、しかしその心中は穏やかではいられない。
何故、自分はあの大剣を避けたのか。受け流すことは十分に出来たはずだ、だのに何故避けるという選択をとったのか。
背後に飛び退ってシンから距離を空けようとする、こんなことをするまでもないことだとは頭が冷静に判断を下す。
だが今自分が感じた疑念は決して軽視してはいけないものだと心が警鐘を鳴らしてくる。
その疑念を晴らすためにあえて距離をとる、先ほどまでシンが行おうとしていた行動を今度は逆に妖夢が取っている。
客観的に見ればおかしさも感じたのかもしれないが、行っている当人たちは必死だ。
距離をとるために後ずさるが、しかしシンはその行動にぴったりと付いてくる。
そうそう簡単には振りきれないと判断、ならばどうやって距離をとるか。すぐ側にあった石灯籠にちらりと視線を向ける。
庭師としては出来ることなら壊したくはないのだがこの際仕方が無いと剣士としての妖夢は割り切り。
「ふぅっ!」
通り過ぎた一瞬で石灯籠を中台から切り裂く。そのあまりの剣速で石を切った音はせず、きん、とただ澄んだ音がしただけ。
だが確かに切れているのだ、一瞬立ち止まり宝珠の部分を思い切り蹴飛ばす。
当然石灯籠は中台からシンに向けて倒れ込む、その切られた断面は顔が映り込みそうなほど。
このままでは石灯籠がぶつかってしまう、シンは舌打ちと共にアロンダイトを真っ直ぐ前へと突きだした。
「ちぃっ!」
がぁん、と耳を震わす轟音と共に石灯籠が砕け散る。大きな固まりなど無く全て細かな破片へと砕けてシンに降り注ぐ。
破片が皮膚を裂き血を滲ませるがその程度ならば委細問題は無い、構わず前進あるのみ。
問題があるのだとしたら、それはむしろ石灯籠をアロンダイトで砕いたこと自体。確実にアロンダイトの性質が妖夢に伝わってしまったことだろう。
事実、妖夢は自分を襲った怖気の正体が分かり手の中で冷や汗をかいている。
(あれは………重量と硬度で砕くものなのか!)
危ないところだった、もしも全力でアロンダイトに切りつけていたら楼観剣の方が折れるところだ。
刀とは鋭利な刃物である、しかしそれは裏を返せば薄く折れやすいということにも繋がっている。
無論極力折れないよう切れ味と強度のバランスは保つよう作られている、しかしそれでも西洋剣に比べればどうしたって強度は劣ってしまうのだ。
先ほど切りつけた時も危なかったのだ、シンが防ぐことに専念していたから何ともなかったがもしも打ちあおうとしていたらと思うとぞっとする。
決してまともには切り結ばない。それが最善だ、まともな打ち合いでは腕以上に剣の特性故に圧倒的に不利となる。
妖夢は口にしたわけではない、しかし雰囲気からシンも妖夢がアロンダイトの特性に気付いたであろうことは察する。
シンからしてみれば出来ることならギリギリまで隠しておいて妖夢の刀をへし折るつもりだったのだが、この際贅沢は言っていられない。
「怯むと思うのかよ、こんなもんでさぁっ!」
強気な言葉を発しながら妖夢との距離を詰めていく。決して彼女に自分の目算を悟られてはならない。
アロンダイトは両手で腰溜めに構える、いくら妖夢の攻撃を誘うとは言っても大上段に構えてしまうと今度は隙が大きすぎる。
ベストはどんな状況でも対応しやすい正眼なのだが、そうするとアロンダイトが邪魔をする。
「軽い」ビームサーベルならまだしも、アロンダイトの重量はシンの筋力では維持しきれないのだ。
だからこそ少しでも先端の重心が身体の中心に近づく腰溜めで構えなくてはならない。
(さて、どう出る?)
アロンダイトの正体が知れた以上妖夢が取る選択は2つ。
このままさらに距離を離して撹乱しつつ隙を窺うか、それとも詰めてアロンダイトを避けながら切り結ぶか。
前者をやられてしまうともうどうにもならない、どれほど気を張っていてもアロンダイトの重量ではどうしたって隙が出来てしまう。
これはどうしたって変えられない、どんなに好意的に解釈してもアロンダイトはやはり取り回し難いのだから。
それは後者でも然程変わらない、それならば妖夢がどちらの手をとっても同じなのか。
無論、そんなことはない。シンが狙っている反応は妖夢が距離を詰めてくれること。
そしてその反応が出る可能性が高いとシンは踏んでいて。
(…………来たっ!)
シンの予想通り妖夢が下がるのを止めてシンへと踏み込んできた。アロンダイトは取り回し辛い、ならば接近戦も容易と踏んでの判断。
妖夢ならそう判断するだろうと思っていた、彼女の技量はシンでは及びもつかないほどの高みにある。
それならばわざわざ距離を空けて隙を窺ったりはしないだろう、むしろ距離を詰めて一気呵成に畳みかけた方が手っ取り早い。
何より、アロンダイトには見て分かるほどに分かりやすい「弱点」があることだし。
連結部の脆弱性。アロンダイトは刀身の真ん中から折り畳むことが出来るのだがそれが同時に大きな「弱点」となってしまう。
実体剣としては確かに最悪と言ってもいい「弱点」だ、しかも見て分かる上に致命的と来ている。
だが。確かに連結部の脆弱性は「弱点」ではある、しかしそれは「欠点」ではない。
(その意味、知ってもらうぞ!)
振り抜かれる楼観剣をアロンダイトで受ける、甲高い金属音とアロンダイトを握る両手に走る衝撃に思わず眉をしかめてしまう。
刀身を妖夢の剣閃に合わせる形で打ちつければ折ることもできるのだろうが、剣速のあまりの速さに受けるだけで精いっぱい。
とはいえこの程度なら許容範囲内、予想できていたことだ。むしろまだ反応できる程度の速さであることでよしとすべき。
何度も何度も執拗に切りつけてくるのだ、反応できなければ策も何もあったものではない。
ぎぃん、ぎぃんと刀剣がぶつかり合い火花を散らす、しかしそれは全て楼観剣がアロンダイトに切りつけている音。
完全に防戦一方、攻撃を繰り出す暇もない。しかしだからと言ってこのまま受け続けることが出来るのかと問われれば答えは否。
「くぅっ!?」
楼観剣が腕を掠める、ただそれだけで、つ、と血が噴き出した。それは今に始まったことではない。
アロンダイトで受けている時から受け切れずに何度か掠っているのだ、確かにそれは掠るだけで致命傷ではない。
だからと言って、傷は傷なのだ。死に至らないだけで少しずつシンの腕の力を削ってくる。
こんなことを何度か繰り返されれば受け切ることもできなくなるだろう、そうなっては策は完全に意味を成さなくなる。
まだシンが立てた策は成立する前の準備段階、それも三分の一程度しか成り立っていない。
ここから先が肝心なのだ、成り立たせるためにはアロンダイトで妖夢の剣戟を受け続けなくてはならない。
そのためには―――矛盾するようだが―――妖夢の剣戟を受け続けてはならないのだ。なら、どうするか。
(片手でも、いけるかっ。ならさ!)
妖夢の剣は技によって斬る、言ってしまえば「軽い」剣だ。それならばアロンダイトは片手で握るだけでも防ぐだけならどうにかなる。
それならば、とアロンダイトを器用に右手だけで逆手に握り、左手にはフラッシュエッジを実体化。
妖夢が踏み込んできた瞬間を狙いフラッシュエッジで切りつける。懐に飛び込もうとしていた妖夢はシンの反撃に驚いたのか思わず飛び退った。
このまま押し切れると考えていたのだが流石に甘かったかと思考を訂正、同時にシンが実体化させたフラッシュエッジを観察する。
(ビーム刃………私の剣速なら焼き切られるより速く斬れるな。というかなんか、なんだろ、短いな?)
妖夢が疑問に思った通りシンが握っているフラッシュエッジの刃はブーメラン形態の物。
脇差よりも短い、まるでナイフのようなそれが振るわれ鼻先を掠めそうになる。
だが、当たらない。剣筋をしっかりと見極めて不必要な動きを排した回避行動、これぐらいは妖夢にとってはなんてことはない。
重要なのは次だ、眼前の男がなにをしてくるのか、何をしようとしているのかが今一つかめない。
既に左手の短刀はカードに戻して今は大剣を両手で握っている、そんな彼の目は妖夢の動きを見逃すまいとじっと妖夢を見据えていて。
気にせずに押し切ればいいとは思うのだが、そんな強引な手を使っては彼が握っている大剣がまぐれ当たりする可能性が出てくる。
やはり焦らずに一手ずつ確実に仕留めていくべきか。左手のビーム刃を警戒しつつ大剣の連結部を狙って切り落とす、それが最善だろう。
そうと決めたら行動は早かった、正眼に構えているアロンダイトに対して妖夢は楼観剣を下から上へ、逆袈裟に振るう。
連結部を狙った一閃、しかしそれはシンが僅かにアロンダイトを引き戻したために連結部から僅かに逸れて金属音を響かせるだけ。
しかし妖夢は止まることなく即座に刀を引き戻す、鍔迫り合いをしてシンと力比べをするつもりなど毛頭ない。
この重い大剣を振るえる以上相応の筋力はあって然るべき、いくら鍛えているとはいえ妖夢はまだまだ少女にすぎない。
力では妖夢はシンに劣るのだ、これは今この瞬間にどうこうすることのできない事実。それが分かっているからこそ鍔迫り合いは諦めてすぐに次の手に移る。
シンが再び左手に短刀を握ったのが見えた、そのまま真っ直ぐに突いてくるが身体を最小限に捻って回避。
だがそこから腕を伸ばしたままで袈裟へと繋げる、しかしそれも危なげなく避けることが出来た。
舌打ちと共にシンが短刀を引き戻す動作に合わせて妖夢は逆胴から切りかかる、しかしそれもまたシンがアロンダイトを動かしたことで連結部を切り裂くことは出来なかった。
だが、いい。もとよりこの一撃で決めるつもりはない、飽くまでもこれは繋ぎだ。
切りつけたまま刀にかかる力をいなしながらアロンダイトの側面へと移る、狙いはここだ。
一瞬アロンダイトから刃を離したことでシンの体勢が僅かに崩れる、すぐに立て直されるだろうが妖夢の一閃はそれよりも尚早い。
連結部目掛けて真っ直ぐ唐竹に振りおろされる楼観剣、だが―――決まらない。体勢を崩しながらもシンはアロンダイトを引き戻していた。
結果再び連結部から逸れてしまい頑健な実体剣部に叩きつけられただけ。楼観剣の刃が欠けたり折れたりしていないだけマシだと思い直し再び切りかかろうとする。
今度は突き、楼観剣を両手で握って連結部を狙い突き穿とうとするも、あっさりと逸らされ体勢が崩れてしまう。
しかしその逸らされた勢いのままにシンの胴目掛けて回し蹴りを。シンも予想外だったのか右手で蹴りを受け止めながらも軽く眉を上げている。
そして右手で防いだということはシンは片手でアロンダイトを握っているということ、片手ならばそう上手くは動かせまい。
そう考えて再び連結部目掛けて突きを。しかしそれでも決まってくれない。左手の中でアロンダイトの柄を滑らせて狙いより上に当たってしまった。
ならば今度は、とアロンダイトの連結部に斬り込むための算段を考えるも、それを実行に移そうとはしない。
アロンダイトの連結部を狙って切りかかる、それを二度、三度と繰り返すうち、いい加減で妖夢も何かがおかしいと感じ始めていた。
当たらないのだ。アロンダイトの連結部、明らかに見て分かる脆弱な部分に振るう剣が当たってくれない。
実際にはあともう少し、あとほんの僅かの惜しい位置には当たるものの直前でシンがアロンダイトを動かすために当たらない。
最初は偶然だろうと思っていたが、こうも続くとなるとやはりシンが狙って行っていると考えるしかない。
そして妖夢のその考えは当たっていた。来ると分かっていて防御に専念していれば斬撃の瞬間に打点をずらすことは十分可能。
シンからしてみればここまで上手くいくと笑みの一つも浮かべたくなってくる。
―――アロンダイトには連結部という脆弱な箇所が明確に存在している。それは一目見ればはっきり分かるほどに分かりやすい。
だからこそアロンダイトと相対した相手はほとんどがこう考える。あそこが狙い目だと、狙いどころが分かりやすいあれはなんという欠陥武装か、と。
そして連結部を狙うのだ。20m近いアロンダイトに対して僅か数㎝しか露出していない連結部を。
お互いに動きまわる実戦の中でそんなごく僅かな箇所を狙うなどとてもじゃないが現実的ではない。
そこを狙って当ててアロンダイトを折ることが出来た人間など未だにキラ・ヤマトとサーペントテールの元リーダーの二人だけだ。
戦闘技術においては頂点にあると断言しても差し支えないほどの凄まじい技量を持つその二人でしか成し得ていない偉業、そんな物の何が狙い目だと言うのか。
加えて狙いが一点に集中することで攻撃も自然読みやすくなる。弱点を突くということは即ちそこを狙いますよと大声で言っているのと変わらない。
つまり、攻撃を加えるためには異常なまでの精密性が必要とされ、攻撃の狙いも簡単に看過される。
これらの要素が合わさることで相手がアロンダイトに攻撃を加えようとした時にはほんの少し動かしてやればいい。
たったそれだけで連結部の破壊を狙った攻撃は簡単に打点がずれてしまうのだ。
それに、斬りつけた際に連結部から折れてしまう危険性を指摘する物がいるが的外れもいいところだ。
本当に斬りつけただけで折れてしまうのなら、デストロイという巨大MSを叩き切ることなど出来はしない。
無論、何度も繰り返せば金属疲労が蓄積されやすい個所かもしれない、しかしそれは他の実体剣も抱えている問題点だ。
デストロイを一刀両断に叩き切った、その事実だけでも十分に運用可能ということではないか。
それでも連結部の脆弱性は存在している、使い手がフォローしなくてはならないのなら欠点と呼べるのではないか、という声もある。
確かにそれだけならまだ欠点と呼べるのかもしれない、だがしかし。
本当にそれが欠点、欠けている点ならば何故今に至るまで改修されていないのか。
自分が使う兵装のことぐらい知り尽くしている、長所や特性はもちろん、弱点や欠点に至るまで。
大して知りもしない、ただ見ただけの奴が今さらしたり顔で何それが欠点ですだからそれは欠陥品ですなどと笑わせてくれる。
如何様にでも相手の思考を操る要素になり得るのならば、もっと言えば利用することを思いつけるのならばそれは欠点ではない、弱点だ。
そして弱点とはただ単に弱い部分ではない、マイナスなのではなくむしろ小さなプラスと考えるべき。
フルに活用すれば十分に相手を嵌め取る事も可能、それは長所では出来ないことだ。
強い部分と弱い部分。どちらが狙い目なのかと問われれば大抵の人間は弱い方を選択する。
その思考こそ狙い目だ、少し弱い部分をちらつかせてやれば呆気なく弱い部分に飛びかかっていく。
それがより困難な道であることにも、思考を誘導されていることにも気付かず。
本人は自分で選んだつもりなのだろう、しかし実際には選ばされているだけ。
戦いにおいて主導権を握れないというのは致命的だ、しかもそれに気付くこともない。
ただ強いだけ、理にかなっているだけでは有利な状況は作れない、合理的であるということは同時に読まれやすいということなのだから。
妖夢が取るべき戦術は連結部を狙うことではない、切りこめる場所に切り込んでいればただそれだけで勝てたのだ。
いい加減で妖夢もそのことに気付いたのだろう、しかめた眉は自分の迂闊さに対してか。
だが―――遅い。迂闊と悔やむのならばアロンダイトの連結部を狙った時ではなくシンが接近戦を挑んだ時に悔やむべきだ。
「いけるかっ!?」
既にアロンダイトはスペルカードに戻し、代わりに右手に握ったフラッシュエッジを横薙ぎに振るう。
しかし妖夢は完全にフラッシュエッジの剣閃を見切っているのか僅かにスウェーしてギリギリの回避をしてくる。
そう、余計な動きも無くビームブーメランの刃先を寸前で避ける。だから「いい」のだ。
出力を調整しブーメランからサーベルへと切り替える、サーベルのビーム刃は当然ブーメランよりも長い。
ブーメランをギリギリで避けようとしていた妖夢では僅かな動きで避けることは出来ない。
だが妖夢も迫るビーム刃にとっさに気付いたのか体勢が崩れることも厭わず思い切り地面を蹴ってシンから距離を開ける。
同時にシンもまた地面を蹴って妖夢から距離を空けようとする、ちょうど互いが距離をとりあったことにより相応の距離が発生。
これだけ距離が離れたのならば十分に長射程砲を構えて狙うことが可能となる。
シンの狙いは最初からこれだ、アロンダイトなど最初からただのおとり、妖夢に考え違いを起こさせるための要素の一つにすぎない。
加えてフラッシュエッジだけでもブーメランとサーベルの切り替えという小細工でも仕留められないことは分かっていた。
砲戦に持ち込む。剣で彼女に勝てない以上それ以外にシンの勝つ目は無いのだから当然と言えば当然。
そのことに気付いていれば妖夢も何が何でも距離をとらせようとはしなかっただろうが、シンが何度かとった戦法により考え違いを起こさせられていた。
接近戦を主とする戦い方。もっと経験を積んでいれば簡単に見抜けるそのブラフに引っかかる、その未熟さこそがシンがつけ入れる最大の隙だ。
がしゃん、と音を立てて長射程砲が展開。足を止めることなくさらに妖夢から距離をとりながら長射程砲の高エネルギービームを発射する。
「いけよォッ!!」
叫びながら連射、この距離を詰めさせないために妖夢を金縛りにする。
そのためには左手の長射程砲だけでは足りない、右手にビームライフルを握りさらに弾幕の密度を上げていく。
幻想郷で行われる弾幕ごっことは違い豪華さも絢爛さもない、ただ当てようという意思により繰り出される弾幕。
その弾幕が妖夢の動きを止める。撃ち込まれる光線自体は避けるのだが、しかし数が数だからか距離を詰めることが出来ない。
それがシンの狙いだということは妖夢だって分かりきっている、だからこそ何が何でも前に出ようとするのだが。
(く、うっ!?)
出れない。シンだって再び距離を詰められたら勝ちようがないと分かっているのだからそうそう妖夢の前進など許すはずがない。
ならばと妖夢はシン目掛けて剣閃による光弾を撃ち込もうとするが、しかしそれさえも光線の量が多すぎて。
どうする、どうすればいい。長射程砲もライフルも避け続ける中、次第に妖夢の思考はただそれだけに染まっていく。
このまま留まりシンが隙を見せるまで避け続ける? 避けるだけならそう難しくは無いが隙を見せるとは思えない。
それに避けることが難しくはないとはいえ、一切隙を見せずにというわけにはいかない。
ならばじわりと距離を詰めていく? それも難しいだろう、例えゆっくりでも隙が出来てしまう。
シンに距離を詰める前に余計な体力を削られてしまう、そしてそんな調子で倒せるほど目の前の男は甘くない。
では。残った答えはシンプルな力押し、正直自分の性分だとは言えないような答え。
その答えに沿うことが正しいことなのか、剣士として相応しいのか、自己を曲げる行為ではないのか。
そんな言葉が脳裏をよぎるが、しかし同時に今現在この白玉楼で世話をしている客人の笑みが浮かんでしまい。
―――なんだ、そんなつまらないことで悩んでいるのかこの半人前。片唇を持ち上げながら言うであろう言葉も鮮明に思い浮かべられてしまう。
正念場だというのに「彼」のことを思い出して思わずかっときてしまい、それが余計に腹立たしい。
しかし、その通りでもあるのだ。これしかないのなら迷ってなんていられない。それに目の前の男を見ていて分かったことも一つある。
隙は窺うものではない、作り出すものなのだ、と。そうと決めたのなら行動は迅速に行わなくてはならない。
撃ち込まれていく光線を避けつつ「距離を空ける」。近寄ろうと隙を窺っていたはずの妖夢の行動にシンは訝しげに眉を寄せた。
どんどんと距離が空いていく、シンからしてみれば願ったり叶ったりなのだが、しかしシンの疑念は晴れない。
有利も過ぎると不信へと変わる。今のシンがまさにそれだ。妖夢にとっては間違いなく不利な選択、にも関わらずこの行動。
何かある、そう考えるも何をしようとしているのかが判然としない。まさか距離を離せば射撃の精度が荒くなるからか。
確かにそうではある、ここまで距離が開けば照準をつけるのは難しい。しかし、それは妖夢にも言えることのはずだ。
ましてや彼女は剣士である。距離を詰めなければ話にならない、事実先ほどまでは距離をどうにかして詰めようとしていたはず。
思考を回しながらも弾幕を張ることは止めない、その弾幕の中で妖夢が刀を背中に背負っている鞘に納めたのが見えた。
何故納刀を、そのことを考えるよりも早く妖夢がぐっと屈みこむ。まるでクラウチングスタートを思わせるその姿に、シンの背筋が意味もなく粟立った。
(何だ、あいつ何をしようと)
ビームライフルと長射程砲が発する轟音の中、たん、と地面を蹴る軽やかな音が響く。
聞こえるはずの無い音にシンは一瞬目を見開く、しかし直後その見開かれた眼に映る物は。
さらりと揺れる銀髪、真っ直ぐにシンだけを見据えた怜悧な青い瞳、背後には必死に追いつこうとしている半霊。
楼観剣の柄を握り締めた妖夢の姿がそこにはあった。一瞬前までは確かに遠く離れた位置にいたはずなのに、吐息がかかりそうなほどすぐ目の前にいて。
(は・や)
「ふゥッ」
「いぃっ!?」
二百由旬すらも一瞬で駆け抜けられそうなほどの速さを持った抜き足からの抜刀から繋げた一閃をシンへと放つ。
居合い斬りと呼ばれるそれにシンの反射神経は反応しきれない。かろうじて長射程砲を盾代わりにすることだけだ。
当然長射程砲はまるで紙細工のようにあっさりと真っ二つに叩き切られる、しかしそれ自体は彼女が刀を抜いた瞬間に予測できたことだ。
動揺を押し隠し妖夢との距離をあえてさらに詰める、互いの息遣いが感じられるほどに肉薄した状態では刀を振ることは出来ないだろう。
ここまではいい、こうするという予定もあった。しかし理解しがたいのは妖夢がいつまでたってもこの至近距離から脱しようとしないこと。
左手を腰の刀の柄に伸ばし順手で握ったのを視界の端にとらえる、だがこの距離では振るうどころか抜くことも満足にできないはず。
行動の不可解さに一瞬眉を寄せるが、何の意味も無く彼女がそんな行動をとるとは思えずこの状況で妖夢が取れる手段を予測。
抜刀し二刀流に? 無い。ここまで距離が詰まっているのなら抜かずに攻め抜く方が理にかなっている。
それならば抜いた瞬間に切りつける? それも無い、もしそれを行うのなら逆手で握った方がやりやすい、そうすれば鞘を跳ね上げながら切りつけられるはずだ。
残る可能性は。その可能性に思い当たった瞬間反射的に飛び退ろうとするが、所詮シンの反応速度では妖夢の速さには追いつけない。
「―――がっ!?」
ごっ、という鈍い音。シンにはそれだけではなくみしり、と骨が軋む音が体内で響いていて。
切るだけが武器ではない。鞘、峰、柄。どれも硬質且つ十分の重量を持つものだ、斬撃が打撃に切り替わるだけのこと。
抜いた勢いでの柄打ち。それがシンの胸を直撃していた。いくら妖夢が比較的非力と言えども直に当たれば相応の衝撃が走る。
碌に防げなかったのなら尚のことだ、下がろうとしていなければ胸骨が砕けていただろう。
だが今はそんなことはさほど重要ではない。痛みは歯を食いしばれば耐えられる、肋骨が砕けても内臓に刺さらなければ大して問題はない。
しかし酸素は別だ。叩きこまれた衝撃で肺の中から息が強制的に吐き出される上に吸うことが一瞬ではあるがままならなくなる。
酸素が無くては人体はまともに動くことは出来ない、これは耐えることすらできない生体としての限界。
息苦しさに耐えられず蹲ったシンの肩を思い切り蹴飛ばす、普段ならばよろめくことも無い軽い蹴りだが今の状態では耐えることは難しい。
思わず後ずさってしまう、しかしその位置はもう妖夢の楼観剣の射程内で。それどころか、もう振りかぶっている姿を視界の端にとらえ。
(間、に、合、え――――!)
体勢を立て直して避けることはもう不可能、妖夢の剣速を考えれば絶対に間に合わない。
だからと言ってこのままでは切られてしまう、ならばやるべきはその逆、さらに体勢を崩して転倒。
地面に叩きつけられた衝撃でただでさえほとんど残っていなかった肺の中の酸素が押し出されてしまう。
一瞬だが酸欠状態に陥り、転倒の衝撃と相まって目の前で不快な光がちかちかとついたり消えたりする。
無様ではあるが避けたと言える、しかし、だ。
「これを避けたなんて言える物かっ!」
苛だった妖夢の声、まったくだと朦朧とする意識の中でシンも自嘲してしまう。
これは避けたとは言わない、避けるとは次へとつなげるために行うもの、これは先に繋がらないただの延命処置にすぎない。
転倒してしまっては次撃は避けようが無い、シンが立ち上がるよりも妖夢がその剣を振るう方が早いのだから。
だからこそ妖夢は避けたと言えない、もっと言えば意味の無い回避だと断じた。
シンもそのことは頭では理解できている、最善ではあったが確かに意味の無いこと。
だが―――意味が無ければ行うべきではないのか。その時その時の最善を尽くすこと、その最善を尽くしても終わってしまうのなら最善など意味が無いのか。
多分それは違う。例え意味が無くともやらずにはいられない、そうでなければ後悔するだけ。どう終わっても同じ、なんてこと思えやしないのだ。
そのことに妖夢が気付けないのはシンほどの死線を越えていないからなのか。真実はシンには分からない、この朦朧とする頭では考え付かない。
「何にしても、これで終いです………命までは奪いませんが」
シンの肩を足で押さえ、妖夢は大上段に構えた楼観剣を手の中で器用にくるりと回しシンに向けるのを刃から峰に替えた。
峰打ち。言葉からは大した危険性は感じないかもしれない、しかし刀とは鉄の塊だ。その重量は馬鹿にはならない。
例え峰であってもそんなものが頭に打ち込まれればどうなるか。彼女の言う通り刃と比べれば死ぬ可能性は下がるだろうが、危険でないはずが無い。
ここまでか、と観念すべきだと頭の中の冷静な部分が囁くが、心がちっとも納得してくれない。
まだ何か出来ることがあるのではないかもっと根性を入れれば動けるのではないのか諦めて綺麗に終わるなど馬鹿げた幻想ではないのか。
そんな風に考え、何か逆転の一手を思い浮かべるべく思考を回すけれど、現実はこれっぽっちも優しくなくて。
もう目前にまで迫った陽光を映しだす鋼を見ながら、心の中でくそうっと一声呻いて。
(レイ――――ごめん)
そう、親友に謝った。
だから気付かない。妖夢の背後にいた男の存在に。
紐のようなものが右手に巻きつくのと同時にぐいっと引っ張られる。
右腕に感じた力に何が起きたのかと引きずられながらも右腕に視線をやると、そこには丈夫そうな金属で出来た鎖が巻きついていた。
一体何が起きているのか理解が及ばず、しかし直後背中に走った衝撃に頭が真っ白になってしまう。
朦朧とする頭をどうにか働かせて背後を見れば石灯籠。叩きつけられたのだと気付くのとぎしぎしと軋むような痛みが全身に走るのは同時で。
呻きながらも周囲を見渡せば、心配そうな魔理沙と早苗が息を切らしている。止めるために人を呼んできたのだ、と理解が及び、ならば、と思考が働く。
自分と妖夢を止めるために来た人物、それがもしかしてと思い、鎖の先にいる人物を見やる。
―――鮮明。懐かしさよりも驚愕よりも、それが彼を見たときに真っ先に感じた印象だ。
鮮やかに燃えるような山吹色の髪に煌めく緑色の瞳、涼やかさを感じさせる整った顔立ち。
そして赤よりもずっと明るい茜色の気流しにオレンジ色の帯、からんころんと小気味いい音を立てそうな下駄の緒は深紅色で。
手に握っているのは鎖ではなく剣。手に巻きついた鎖もよく見てみれば先端には刃が付いている。
蛇腹剣と呼ばれるそれを器用に振るってシンの手から傷一つつけること無く刃を外して手元に戻す。
ぎゃりぎゃりと金属音を立てながら鞭状に長くのばされていた蛇腹剣が直剣の形へと姿を変える。
和服には不釣り合いなはずのそれは、しかし彼の容貌と相まってあまり違和感を感じさせない。
着流しを着こなしたその姿。そんな彼はぽかんと口を開けた妖夢を見て薄く笑う。
「まったく。人の客にピヨピヨと手ぇ出してるんじゃあないよこのチックちゃんは」
だが、驚いたのは妖夢だけではない。シンもまた妖夢とは違う理由で驚いていた。
レイだと思っていた、白玉楼で自分を待っている人物は親友、レイ・ザ・バレルなのだと。
そう思い完全に失念していたが、確かに彼もまた条件に当てはまるのだ。
故人で、シンのことを知っていて、FAITHである。その条件を満たすのはレイだけではない。
そんな彼がシンに向き直ると、妖夢に向けた笑みとは違う、気さくそうな笑顔を浮かべて。
「よっ、お久し」
ハイネ・ヴェステンフルス。自分達とアスランとの関係を改善させ、C・Eの空に散ったかつての上司。
そんな彼が人差し指と中指をそろえた状態でシンに対して振る。
予想外の人物に何も言うことが出来ず、かろうじて彼の名前だけを絞り出す。
「「―――――ハイネ?」」
奇しくも、シンと妖夢の呟きが同時に白玉楼の階段に吸い込まれていった――――
最終更新:2012年12月07日 10:38