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Prelude Chaptar01

 ……純白の機体が緑色に輝く世界を駆ける。


──戦闘機のように丸みを帯びた胸部。流線型を崩さないスマートな手足。


 そのヒロイックな外観に似合わず、それは大半の人間から畏怖される"力"だ。今の世界で最強を誇る兵器の一角にして、個人が運用できる最も巨大な武力の象徴。


──アーマード・コア"ネクスト"


 一時は百機近く運用され、戦場の主役となっていたそれも、今では数えるくらいしか残存していない。その生き残りの一機を操る"彼"は、紛れもなく最強の兵士の一人だった。
「……間もなく作戦領域に入る。状況は?」
 年季の入った落ち着いた声。情報が得られない戦場で勝つことは出来ない。それを"彼"は身を以て知っている。
『変わらない。相変わらず静止している』
「そうか。……誘われているな」
 それでも、情報が意味を持たない状況というのは存在している。
『そろそろ敵機が見えるはずだ。……本当に単独でいいんだな?』
 情報を分析する手段が存在しないとき、情報を分析する時間を待てないとき。そして……。
「選択肢のないネクスト戦だ。静かに戦いたい」
 情報を生かす手段の存在しないとき。勘と経験で戦う"彼"にとって、適切でないオペレートなど意味のあることではなかった。
『わかった。……無責任だろうが、こう言っておく』


──君ならやれる、幸運を


 その言葉の直後、通信が途切れる。サポートを頼んでいるわけでもない。殺し、殺される瞬間を伝える必要など無いのだから、それで十分だった。
 それに、目標は直ぐそこにいる。ズーム性能に劣るカメラ故に黒い点にしか見えていなかったが。
「目標補足」
 OB(オーバード・ブースト)をカット。推進力を失った機体がつんのめり、"彼"の細やかなスラスター制御で綺麗に地面に着く。


──私は思索者だ、自分だって破壊して見せる


 はっきりと捉えられるようになった目標たる蒼い機体は、ただ、佇んでいた。淡い緑に輝くPA(プライマルアーマー)を纏い、その紅いゴーグルを光らせて。


──私は撃つ者だ、それしかできない子供なのだから


 不意に途切れたはずの通信から、それなりに年を喰った男の歌声が聞こえる。意識を通信モジュールに向ければ、別の回線が開かれていた。"首輪付き"の肉声か。
「……懐かしい」
 遠い昔の詩。まだこの世界に国家と呼べる物が残っていた時代の、派手好きな歌手が路上でシャウトしていたラブソング。


──煽動し、衆目を集め、そしてその"先"に気付いた


 多くの時代の思想家が愛した、迷える人々の詩。それを目の前の"リンクス"は歌っていた。"彼"は愛機の足を止め、それに聴き入る。


──貴方は私と"海の底"を語れるか?




 暫く聞いている間に"彼"は、その懐かしさには"リンクス"の機体自体も影響していることに気付いた。
 ローゼンタール新標準機の頭部ユニットに、その親会社であったオーメル標準機の腕部。足に至っては被検体殺しの実験機として名高いフラジールの同型、ソブレロ。フレームの統一感などありはしないし、"彼"が戦場で見た機体にもそんな組み合わせは有りはしない。


──深い魂は貴方を永遠に愛するだろう


 それでも懐かしいのは、見知った物があったからだろう。旧イクバールの標準コアと、右腕に握られたローゼンタールの誇るMR-R102アサルトライフル。


──全ては貴方の観た世界さ


 それらはかつて敵として戦い、友として祝杯の約束をし、自らがその命を刈り取った戦友の愛用したパーツだった。そのコアを生み出したメーカーもまた、"彼"の手によって既に滅亡し、南アジアはGAの牙城と化していたが。


──世界の外で誰かが待つのなら


 "リンクス"が全てを承知した上でこの詩を歌っているのなら。それは"彼"が自分と同じだと、そう非難しているのだろう。


──轟音と共に"彼ら"は出て行ってしまうだろう


 或いは、天空を目指したかつての盟友達を、人知れず弔っているのかもしれないが。
『待っていました』
 ……歌い終えた"リンクス"が落ち着いた声で告げる。その声に緊張感はなく、油断も隙も存在しない。その佇まいはかつての戦友達を連想させた。
「何を、だ?」
 その懐かしさに戸惑いつつ、目の前の"敵"に問いかける。作戦自体は起動前に叩き潰せと言う物だったが、彼にそのつもりはなかった。そもそも殆どの人間が"空のない世界"に消えた後のラインアークに、一撃で"ネクスト"を叩き伏せる装備など残されているわけが無い。
『貴方を』
 簡潔な回答。かつての戦友とは異なり、目の前の"リンクス"とは約束などしてはいない。
『……此処で待っていれば来る、とわかっていたから』
 それでもその声の主にとって、"彼"が来ることは確定事項に過ぎなかった。


──アルテリア・カーパルス


 この場所は、人類の将来を賭けた戦いが始まり、それが全てを上回る暴力のもとに葬られた象徴の地なのだから。


「何故来たかはわかっているんだろうな?」
 "彼"は敢えて冷たく告げる。なれ合うつもりも、その思想を理解することもない、と。
『当然です。わからないままこの道は選べなかった』
 それに対する答えは静かな物だったが、その声の真剣さだけは"彼"にもわかる物だった。
「……だろうな」
 だけど、と小さく呟く。その主張が理解できるからと言って、それを認めるわけには行かない。


──どんな命でも生きられるのなら生きたいだろう


 "彼"は誰よりも未来を求めた戦友の言葉を思い返す。その叫びは歴史の渦の中に飲み込まれ、今では誰も知ることはない。共に戦った"彼"でさえその声を思い返すことは叶わない。
 それでも……。その想いだけは引き継いで戦ってきたつもりだった。
「此処で墜ちて貰う……理由は解るな」
 だからこそ目の前の存在を許容することは出来ない。理由が何であれ空の住人を皆殺しにした人類の敵は。
『どちらが勝つかは運次第だ』
 リンクスのその声に気負った何かはなく、おそらく普段通りの──普通の任務と同じであろう──声だった。
『貴方に負けるつもりはない』
 まるで、在りし日の"カラード"の依頼を果たしているだけのような、そんな感じさえしそうな。"彼"はその正気の裏にある"狂気"を見逃しはしなかった。
「アンタは俺が討つ」
 あの頃の求めた明日がこの末期的な世界だというのなら、それを作ってしまった"彼"には大きな責任があった。その象徴を討ち果たす事こそ"彼"の最後の義務だろう。
「今日、此処で」
 静かな口調。かつてそれを告げた相手も今やこの世にいない。あの頃の敵も味方も、愛した者もみんな居なくなってしまった。
『……そうですか』
 目の前の"リンクス"のそうした存在も既に失っていたはずだった。その腕で葬ったと、"彼"はそう聞いている。
『ならば、言葉は不要か』
 "リンクス"は小さく呟く。かつての戦友と同じ言葉を。それに対して"レイヴン"である"彼"は一言だけ告げた。
「覚悟しろよ、"人類種の天敵(Enemy of the Human)"」
 その言葉が終わりの始まりを告げる。
『"最後の鴉(Last Raven)"、貴方を落とす』
 蒼いネクストが前傾姿勢を取る。OB(オーバード・ブースト)のチャージ音が、二人だけの世界に木霊する。


──それから、全てが……


 爆発的なブースターの駆動音に混じって、人類種の天敵の小さな声が響く。その願い通りの明日があるのか、それは誰にも判りはしない。
 ただ一つ判ることは、地上で戦い抜いた最強の二人の内どちらかが……。


──此処で消え果てることだった

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最終更新:2012年12月07日 11:38
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