「――――あれっ? どこだろ、ここ」
星空みゆきは首を傾げた。見たこともない豪華な部屋の中にいたからだ。
シャンデリアやベッドがあって大きなクローゼットまで、まるで御伽話のお城の中のよう。
普段のみゆきだったのならきっと目をキラキラ輝かせて喜ぶのだろうが、今は当惑の感情の方が強い。
―――事の発端は、ふしぎ図書館を使っていつもの五人とキャンディでお出かけしたことから初まる。
前は世界中を回ったのだから今度は日本の名所を、と様々な地域を飛び回っていた。
みんな一緒で本当に楽しかった、以前出会った少女たちやこれから出会う少女たちとも出会えたし。
最後には祖母の所にも寄った。いきなり来たことにも驚くことなく祖母は嬉しそうに出迎えてくれた。
一日中遊びまわり、ふしぎ図書館で一息ついた時みゆきは祖母の家に忘れ物をしていたことに気付いた。
ぞろぞろ行っても悪いから自分一人で取りに行こうとして、本を動かし向かった。
その先が、このお城の中である。まったくもって理解し難い状況だ。
「おっかしいなー、確かにおばあちゃんの家をイメージしたんだけどなあ」
以前のようにイメージがぶれたりしてはいない、なのについた所は全く知らないところ。
すぐに引き返そうか、とも思うのだが。この場所は全く知らないのによく知っている。
メルヘンの中に出てくるようなこの部屋に、みゆきの好奇心は強く刺激されてしまう。
「でも………なんだか面白そう」
五分か十分ぐらいだ、それぐらいしたら一度みんなの所に戻ろうと決めて部屋の中を見渡す。
家具も小物も御伽話に出てきそうな物ばかり。ランプなんて今日日家具としておいているところなんて無いだろう。
感嘆の息をつきながら部屋にある物をじっくりと見ていく、時折ちょんちょんと突っついたりしながら。
そんなことをしていたみゆきだったが、流石にこれ以上みんなを待たせるのも悪いなと思い直し本棚に向き直る。
(名残惜しいけど………また来れるよね)
今度はみんなで来よう、そう思いながら本を動かすと――――なにも、起きなかった。
「あ、あれ? 動かし方間違えたかな。ええっと」
もう一度動かしてみるが、しかし何も起きない。動かす本の場所を間違えたのかと思い一段ずつ本が何冊あるか数える。
数え終わり、動かす本の位置を落ち着いて確認してまた動かした。
結果は、変わらなかった。
「え、うそ、何で、何で!?」
段々とみゆきも状況を認識し出したのか顔が青くなっていく。このふしぎ図書館を使った移動は便利ではあるが連絡手段に乏しい。
普段ならそう困るようなことはないのだが、ふしぎ図書館が使えないのなら話は別だ。
自力では戻れない、しかもどうしてここに来れたのか分からないのだから助けが来る可能性も低い、と言うより無いに等しい。
怖くなってきてばたばたと音を立てながら何度も何度も本を動かすが反応はまるでない。
「やだ、うそ、どうして?」
御伽話の中に入り込んだかのようなどきどきはもう無く、ただひたすらに怖かった。
このまま帰れないのかという不安と恐怖で押しつぶされてしまいそう。
みんながいてくれたのならきっと大丈夫だと笑えるのだけれど、一人ではそんなことも出来なくて。
何度も動かして手が痛くなってきたが、次は、次こそはと本を動かすのを止められない。
止めてしまったら、絶対に帰れなくなってしまいそうで、だから止めることなんて出来ない。
(誰か)
目の端に涙が浮かぶ、だけどそれに気付くこともなく同じことを何度も何度も繰り返す。
それに意味がないと心のどこか冷静な部分が囁くけれどどうしても止めることが出来なくて。
(助けて)
怖くて怖くてたまらなくて、スマイルパクトを握りしめるけれどそれで恐怖が無くなるわけじゃない。
プリキュアは、一人ぼっちではなれないものなのだから。
(誰か、助けて。誰か―――)
ばたん、ばたんと部屋の外にまで聞こえそうな音を立てていることにもみゆきは気付けない。
もう誰にも会えないんじゃないか、世界には自分一人しかいないんじゃないかとさえ思えてきて。
怖い、どうしよう、誰か。そんな言葉がずっと頭の中で繰り返され、それは遂に言葉として出てくる。
「誰か――――助けて」
ぽつりと呟いた瞬間、バァンと音を立てて扉が開けられた。
驚いて恐怖も一瞬吹っ飛んでしまったみゆきは茫然としながらも扉の方を見やる。
黒い髪に白い肌、黒と白のツートンカラーの中でルビーのような赤い瞳が鮮明に印象に残る。
その顔は正規の美少年、などとは誇大広告もいいところ。街を少し見渡せば見つかりそうなぐらい平凡な顔立ち。
着ている服こそ王子が着るような純白の服だが、白だけのその服はみすぼらしく見えて。
少年と青年の中間、少なくともみゆきよりは年上に見える彼はみゆきのことをじっと見ていた。
囚われのお姫様を助けに来た王子。まるで御伽話の一幕の様な光景がそこにあった――――
激情版・スマイルプリキュア! ~ドキドキ☆ウルトラハッピーな王子様!?~
第一章「悲しみの国」
「どうやった、やよい!?」
「駄目、おばさまもまだ帰ってきてないって!」
「ああぁぁぁ…………」
日野お好み焼き店のあかねの部屋で、顔面を蒼白にさせながらあかねは両手で頭を抱えた。
みゆきが帰ってこない。最初の内は祖母と話が盛り上がっているのだろうと考えていたのだがいくら待っても戻ってこない。
1時間ほど経ってから痺れを切らせたなおが呼び戻しに行ったのだが、戻ってきたのはなおだけ。
おばあさんもみゆきを見ていない、という最悪な事実と共に。
なおは戻って説明するや否や外に向かって走り出した。もしかしたら市内のどこかにいるのかもという淡い期待を抱いて。
やよいは片っ端からみゆきの知り合いに電話をかけている、最初はみゆきの家にかけたがまだ帰ってきていないという返事。
それからクラスメイト達にかけてみたがやはりいない。今はもう一度みゆきの家にかけたところだったが。
と、あかねの本棚が光を放つと同時にれいかが本棚から出てきた。
「れいか、みゆきは」
「駄目ですね、世界の有名なお城を回ってみましたが………これ以上は、みゆきさんも知らない可能性が高いかと」
「さよか………うん、ご苦労さん」
深く息を吐く、と同時にばたばたと階段を駆け上る音が聞こえてきて。
足音があかねの部屋の前まで来ると扉が開かれた。なおが戻ってきたのだ。
息を切らしながら小さくなおが漏らした「いない」という言葉は、その場にいる全員がどこか予想していたものだった。
「そか………喉乾いたやろ、お茶淹れてくるわ」
辛そうな顔を浮かべているなおの頭をよく頑張ったと言いたげにぽん、と軽く叩いてあかねは階段を下りていく。
しん、と嫌な沈黙がはしるがその沈黙を破ったのはやよいに抱かれていたキャンディの喉を鳴らす音。
キャンディは泣くのを必死でこらえているが、目には大粒の涙が浮かび今にも決壊してしまいそう。
「キャンディ、何かおかしなことしたクル? キャンディのせいでみゆき帰ってこれないクル?」
「…………そんなことないよ。絶対に、キャンディのせいなんかじゃないよ」
そう言うとやよいは泣き出しそうなキャンディをぎゅっと抱きしめる。
泣き虫な彼女の目にも涙が浮かんでいたが、それを必死でこらえていた。
今一番泣き出したいのは自分ではなく、帰ってこれないみゆきなのだと分かっているから。
そのことを分かっているのか、なおはキャンディの頭を撫で、れいかは涙を拭う。
少しの間そうしていたが、外が何か騒がしいことに気付いた。
なんだろう、と窓の外を覗こうとしたら下からあかねが呼ぶ声が。
「ちょう、みんな外に来てえや!」
切羽詰まった声、まさかバッドエンド王国かと3人とキャンディは顔を見合わせ慌てて部屋から出る。
転げ落ちるように階段を下りて店の外に出ればあかねが空を見上げていて。
それに周りを見渡せば人々が空を指差している。何かあるのかと見上げてみれば。
「………人が、空に浮いてる!?」
何も無いはずの空中に浮かぶ一人の男性。茶色の髪に赤いメッシュが入った彼は眼下を見下ろしながら手に持った本を軽く振る。
歴史の授業で習ったような古臭い猟師の服装に火縄銃を携えた彼の側には浅黒い体毛を持つ小さな狐が同じように宙に浮いていて。
どう考えても通常の人間ではない、やはりバッドエンド王国の刺客なのかと少女達はスマイルパクトを思わず握りしめた。
そんな彼女達に気付く様子もなく男は片手には絵具を握って本を広げた。
「―――――世界よ、悲しみの結末サッドエンドに染まりな!」
しかし、彼が放った言葉に少女達は困惑した。明らかに口上がいつもと違う。
最悪の結末バッドエンドにすることがバッドエンド王国の目的だったはずなのだが。
少女達が困惑している間にも男は行動を止めることなく、手に持った絵具を握りつぶした。
普段ならば黒色が出るはずのそれからは出た物は、ちょうど真逆の白色。
「雑多な未来を、白く塗りつぶせ!」
そう叫び掌の絵の具を本にべったりと塗りつけた。
やはりこれも口上が違う、バッドエンド王国ではないのかと訝しがる少女たちだったが周りの様子に気付く。
3幹部の時には日が差し込まず暗くなるのだが、今は霧がかかったように周りが白く霞んでいる。
そして周囲にいた誰もかれもが悲しそうな顔を浮かべていた。それどころか中には泣いている人までも。
しかし、それだけだ。バッドエナジーが出ていないし空に浮いている男も集めようとしていない。
どういうことなのか分からなかった4人だったが、泣いている人々の声に何をすべきか判断する。
バッドエンド王国ではないのかもしれない、放っておいても害はないのかもしれない。
しかし、ここには笑顔が無い。奴が笑顔を奪うのならば、笑顔を守る自分達の出番だ。
「ここはウチらの出番やな」
「そ、そうだね。頑張ろうよみんな」
「正直、どういうことなのかはよく分かんないけどね」
「ですが、やらねばならない時なのです」
「クルっ!」
少女達は大きく頷いてスマイルパクトを手に取ると、空に浮かぶ男に真っ直ぐ視線を移す。
男もこの空間で何事もないように立つ少女達に気付いたのか、驚いた顔をしている。
互いの視線が交差し、しばしの沈黙が。
沈黙が。
沈黙が。
「………………ってえ、誰かなんか言うてや!?」
「考えてみれば、みゆきちゃん抜きって初めてだね」
「いっつも先陣切るのみゆきちゃんだもんねえ」
「みゆきさんが知らず知らずのうちに引っ張ってくれていたのですね」
しみじみ言うれいかになるほど確かにとあかねは頷く。
おっちょこちょいでドジではあるが、みゆきは間違いなく自分達のリーダーである。
出来れば、いなくなる前に気付きたかったことではあるけれど。
そんなことを噛みしめている少女達に浮かぶ男は肩をすくめて呆れたような声を上げる。
「あー……………よく分かんねんだけど。攻撃していいのか?」
「よくないよくない! ちょう待ちぃや………いくでみんな!」
あかねの言葉に3人は頷き、スマイルパクトを開く。
彼女達が持つ手鏡のようなそれを見た男は驚いたように眉を上げた。
より正しく言うのならば、少女達が手にしているものが何を意味するのかを知っているからこそ。
適当に威嚇でも何でもして驚かせて追い払おうつもりだが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。
「女の子に手を出すのもアレだけど………ほっとくわけにもいかねんだよ、っと。頼むぜ―――ヨウラン」
狐の名前だろうか、男に命じられた狐―――ヨウランはその小柄な体躯に不釣り合いな低い唸り声を鳴らす。
とん、と地面を蹴るかのように宙を蹴ったヨウランはまっすぐに少女達に向かって駆けていく。
空を駆け抜けていく中、どんどんとその身体が巨大になっていく。
初めは肩に乗れそうなほどの小ささだったのに大型犬程に、さらにライオンよりも巨大に。
その巨大化した狐が少女達の眼前に立ちふさがり、大音声で吠えた。
びりびりと空気を震わせる鳴き声に思わず竦んでしまい変身を中断してしまった。
ヨウランの巨大な身体を見てごくりと息をのみ、どうにか絞り出した言葉は。
「も、もふもふでかわいい………!」
「なお、そないなこと言うてる場合ちゃうやろ!?」
まったくである。目をキラキラと輝かせるなおの胸にあかねは平手でツッコミを入れた。
そんな漫才のようなやり取りにヨウランは不思議そうに首を傾げる。
その姿は確かに可愛らしいものの、人を喰い殺せそうな大きさでは可愛いと言っていられない。
「わ、私達食べられちゃうの?」
その恐怖がやよいの口から出る。しかしその恐怖は至って正常なものだ。
巨大な獣に相対したのならそう思うのも当然、ましてやそれが威嚇の唸り声を上げているのなら尚更だ。
そんな無残な死に方をしてしまうのか、そんな恐怖で震えるやよいを見た男が慌てたように声を上げる。
「食わん食わん、俺はそういうスプラッタなの嫌いなんだからな」
意外と言えば意外なほど穏便な方法。思わず目が点になってしまう少女達に男はがりがりと照れ臭そうに頭をかく。
悪人ではないのか、とも思うがしかし周りで起きていることは。
ちらり、とあかね達は目配せし合いもう一度スマイルパクトを開こうとする。
だがその素振りを見せた瞬間にヨウランがさせるものかとばかりに力強く吠えてくる。
「だからって邪魔させるわけにもいかないんだよな。動くなよ、嫌いなだけでやらないってわけじゃあない!」
赤いメッシュの彼の言葉に応えるようにヨウランがいつでも飛びかかれるよう体勢を低くしている。
もしも下手に動いたら威嚇だけでは終わらなくなってしまうだろうことは確実。
「あかん、このままじゃ変身できへん!」
「へ、変身できなきゃ私たち、ただの可愛い女子中学生だよ!?」
「その修飾語は必要なんー!?」
「おっぽもふもふ…………」
「なおは本当に動物が好きなのね」
「いつまでもボケとるんやないなおー! あとれいか、それってボケなん、素なん、どっちー!?」
やいのやいのと騒ぐ少女達を何とも言えない表情で見ていた男だったが、地面で悲しむ人々を見て満足そうに頷く。
何かをしているわけではない、まるで人々が悲しむこと、それこそが目的のようで。
ヨウランもまた少女達に警戒をしながらも満足げな主人に気を良くしたのか尻尾を小さく振っていた。
が、突如男が浮かぶ高さよりもさらに高い場所に視線を移すと浮かぶ男に焦ったように吠えた。
「あン、どうしたヨウラ、ンっ!?」
男が空を見上げた瞬間顔が引きつり、同時に後ろに思い切り仰け反る。
ひゅん、と風切り音が聞こえたと思えば次の瞬間にはずどぉん、と重い物が地面に落ちる音。
騒いでいた少女達も驚き、何が起きたのかと視線を音がした方に向けてみれば。
「なんやあれ、剣?」
あかねの言う通り、水色の刀身に白い切先を持つ長い剣が地面に突き刺さっていた。
空に浮かぶ彼目掛けて投げつけられたものなのか、しかしそれならば一体誰が。
みゆきではないだろう、あんなもの投げるくらいならプリキュアになって戦うはずだ。
ひょっとしてポップ、とも思ったが彼にしてはあまりにも乱暴すぎるやり口。
誰なのだと空を見上げたその瞬間、たん、と何かが地面に着地する音。
視線を戻せば、そこには黒い服を纏った男が突き刺さった大剣のすぐ側に着地していた。
黒い服にはまるで拘束具の様に大量のベルトがついていて、黒一色にもかかわらずファッション性を感じさせるその服装。
その服にはおよそ不釣り合いな、それこそ世が世なら王子様の様とも言える美顔が。
さらりと流れる茶色の髪から覗く紫の瞳は空の男を見据えていて。
しかし、それ以上に目を引くのはその黒一色の服の彼、その肩に乗っている鳥。
燕だとは思うのだが、首元に鈍色に光る小さなペンダントをかけ、その佇まいは妙な人間臭さを感じさせる、と。
「―――――大丈夫ですか!?」
喋った。間違いなく小さな燕のはずなのに人間の言葉をはっきりと。
ひょっとしてキャンディやポップと同じ、メルヘンランドの妖精だというのか。
その燕を肩に乗せた男は、しかし気にした様子もなく空から落ちてきた大剣を掴んだ。
「大丈夫だよ。そうじゃなきゃ話にならないじゃない」
頷きながら大剣を引き抜き、大上段に構える。その視線は空に浮かぶ男をしっかりと見据えていた。
浮かんだままの男は、驚いた顔をしていたがその表情が段々と忌々しそうな物へと変わっていく。
主人の心が伝わったのか、はたまた黒服の男を嫌っているのかヨウランもまた低い唸り声を男に対して向けていて。
「なんだってこんなこと………こんなことしても何にもならないだろ、ヴィーノっ!」
それが名前なのか、肩に乗った燕は空に浮かぶ男―――ヴィーノに向けて必死に声を上げた。
だがヴィーノは気にいらないものでもあったのか、その言葉に対して舌打ちをする。
「なんだってはこっちの台詞だろ、なんでお前はそんな奴と一緒にいるんだよ、シン!」
肩に乗った燕―――シンに向けてヴィーノは叫んだ。しかしその叫びは完全にシンに向けられたもの。
まるでシンを肩に乗せている男はどうでもいいと言いたげな叫びだった。
そのことを、しかし黒ずくめの男は気にした様子もなく剣を構え続ける。
「君たちを止めるためにシンはここにいるんだ、それも分からないって言うの?」
「――――うるッせえンだよこの腐れ電波がァッ、シンと話してんのに割り込むんじゃねえッ!!」
それまでの人の良さそうな青年、そんな雰囲気をかなぐり捨ててヴィーノは黒服の男を怒鳴りつけた。
唐突な変貌に少女達はびくりと身体を強張らせる。一体いきなりどうしたというのだろうか。
ヨウランもどこか心配そうにヴィーノのことを見ているように見える。
ヴィーノの言葉に、しかし男は動じた様子もなくヴィーノをじっと見ていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「シン。分かってるね?」
「………分かりたくありませんよっ」
「でも、やらなくちゃ。楽に助かるものなんてどこにも無いよ?」
ちらりと男は少女達に視線を向ける。シンもその行動の意味が分からないわけがない。
男の言葉に、シンは苦悩するかのように言葉を詰まらせる。
少しの間そうやって押し黙っていたシンだったが、やがてぽつりと呟くように言葉を絞り出した。
「………………お願い、します―――キラさん」
男―――キラはシンの言葉に頷くと音が聞こえそうなほどに強く大剣の柄を握り締める。
ヨウランに気を配りながらも、ヴィーノが向ける火縄銃をしっかりと見据えながら―――
・ ・ ・
しばらく二人は無言のまま互いを見ていたが、男が小さく息をつくとみゆきも身体をぴくりと震わせた。
「女の子が泥棒か、世も末だな」
「え!? あ、いや、違います、私泥棒じゃないです!」
「………説得力って知ってるか?」
う、と呻いてみゆきの顔が引きつる。部屋に入り込んだ見知らぬ人物。確かに彼の言う通り説得力はない。
とはいえ泥棒ではないということも事実、どうにか説得できない物かとコロネの様な髪ごと頭を抱えていると。
「ま、泥棒が助けてだなんて言うわけもないんだろうけど、さ」
「………え? き、聞いてたの?」
「何してたのかは知らないけど、あんなに音立ててたら泥棒と間違われるぜ?」
くすり、と妖艶に笑う男にどぎまぎしながらもみゆきは内心唇を尖らせる。
泥棒と間違われてはいないらしいが、なにも笑うことはないだろう、とも思う。
そんな感情がみゆきの顔に出ていたのか、男は笑みをひっこめて、しまったと言いたげな顔を浮かべる。
「ああ、悪い。馬鹿にするつもりはなかったんだけどな………悪かったよ」
「あ、いえ、そんなことは………こっちこそ、怪しいことしちゃってごめんなさい!
ぺこりと頭を下げた男にみゆきは逆に慌ててしまう。まさか素直に謝られるとは思わなかったのだ。
意外に思いながらも、男の誠実さはみゆきにとっては嬉しいものだった。
下げていた頭を上げると、みゆきの側にある本棚にちらりと目をやる。
「それで、君はここで何を? まさか本専門の泥棒ってわけじゃないだろ」
「え、え~と、それは、その~」
ふしぎ図書館通って来ました! え、ふしぎ図書館って何かって? それはね、メルヘンランドと人間界をつなぐ通路みたいなものなの!
流石に言う勇気はない。正直自分もプリキュアにならずにあかね達からこんなことを言われたら困っていただろうから。
どう説明した物かと必死に悩んでいたみゆきだったが、男の視線はみゆきの隣り、本棚に突き刺さっていて。
面白百面相をしているみゆきを横目に見て何とも言えない表情を浮かべたが、気を取り直したように咳払いを。
「あのさ、違ってたら違ってたでいいんだけど。ふしぎ図書館って知ってるか?」
「ふしぎ図書館なんて知りませ、って、え、ふしぎ図書館? ふしぎ図書館って、あのふしぎ図書館?」
ぽかん、と口を空けるみゆきに男は何度か目をぱちくりと瞬かせた。
状況が全く分からない、どうして目の前の人はふしぎ図書館のことを知っているのか。
そして再び沸き起こる疑問。一体ここは、どこだというのだ。
「……………えーと?」
そしてそれは彼も同様なのか、くしゃりと髪に手を置いた。
困った顔を浮かべながら溜め息を一つ。
「場所を移そうか、立ちながらってのもなんだろ」
部屋から出て食堂まで案内された。大きな机とたくさんの椅子が置かれている、何人も入りそうな大きな食堂だ。
壁に掛けられた絵を物珍しそうに見ていたみゆきだったが、男が椅子を引いて手を指示したことに気付く。
「ど、どうも」
気にするな、と言いたげに片手を上げ、そのままみゆきの対面に腰掛けた。
口元に手をやり何か考え込んでいる様子だったが、軽く首を振ってみゆきの目を正面から見据えてきた。
「まずは、お互い名前も知らないわけだけど」
「そう言えばそうですね………私、星空みゆきっていいます。七色ヶ丘中学校2年2組で」
「いや、名前だけでよかったんだけどな……しかし、中学生か。親御さんも心配してるかもな」
男はみゆきに気を使っているのか、心配そうな顔を浮かべている。
ぶっきらぼうに見えて優しい人なんだな、と少しみゆきは嬉しくなった。
同時に、男が姿を見せてから引っ込んでいた帰れるのだろうかという不安もまた戻ってきて。
「お母さん………あのっ」
「すぐには無理だ」
意を決したみゆきの言葉を聞くよりも早く男が片手でみゆきを制しながら口を開く。
簡潔な言葉だったが、それだけに言わんとしていることはありありと理解出来てしまい。
「すまない、すぐにでも帰したいんだけどな………早くても明日になる」
「えっと、理由を聞いても」
「もちろん話すさ、ただ、その前に自己紹介がまだだったな」
そう言われ、みゆきは緊張したように背筋を伸ばした。
みゆきのそんな様子がおかしかったのか、男はすっと目を細める。
「俺はシン・アスカ。このサッドエンド王国の、一応王子様やってるよ」
「やっぱり王子様だったんだ………」
似合わないとは思うけどな、とおどけたように肩をすくめる男―――シンにつられた様にみゆきも小さく笑った。
ラフな口調に仕草は確かにシンの言う通り少し王子様らしくはないと思う。
だが、こうやってみゆきのことを思いやることが出来る性格は王子らしいと言えばらしいのかもしれないな、とも思う。
「似合わないなんてそんなこと………このお城もシンさんも、とっても素敵だと思います!」
「そっか? そうか、ありがとうな。でも無理して褒めることはないぞ、おんぼろだから、この城」
触ってみな、とシンは壁を指差した。みゆきは席を立ち恐る恐る壁に指を伸ばし、そっと触れてみる。
石の固い感触が返ってくるものと思っていた壁は、しかし固さはあるものの明らかに石の感触ではなくて。
なんだろうと不思議そうになんどもぺたぺたと触れるみゆきがおかしかったのか、シンが笑った気配がする。
「わ、笑うこと無いじゃないですかぁ」
「悪い悪い………段ボールだよ、それ。段ボールに色塗っただけ」
「段ボール………って、あの段ボール!?」
「あの段ボール。ていうか、家具とかを除けばこの城はほとんどが段ボールだよ」
見かけ倒しだろ、と愉快そうにシンは笑う。言われてみれば確かに厚い紙で出来ていることに気付く。
段ボールではあるが、総段ボール製というのはそれはそれで凄いなとみゆきは感心する。
シンのことは大体は分かった、しかしそうなると気になったことが一つ。
「あの、さっどえんど、って?」
ハッピーエンドは当然知っている、みゆきが御伽話が好きな理由がそれなのだから。
バッドエンドも、まあ知っている。それを防ぐために日夜プリキュアになって戦っているわけだし。
しかしサッドエンドというものは聞いたことがない。こんなときれいかがいてくれたのならその知識を披露してくれるのだが。
「………サッドエンド。幸せな終わり方じゃ決してないけどバッドってほど最悪ってわけでもない」
シンは頬杖をついて面白くもなさそうにとつとつと語りだす。
ハッピーでもバッドでもない、ならそれは。
どういうことなのだろうと考え込むみゆきをシンはじっと見ていたが、軽く息をつくと言葉を続けた。
「悲しい終わり方、ってことさ。ここはそんな悲しい終わりを迎えた物語が行きつくところ」
「………悲しい、終わり方、かあ」
「好きかい、サッドエンド?」
「ハッピーエンドの方が好きです」
みゆきの言葉に、しかしシンは気を悪くした様子もなくくすくすと楽しそうに笑っている。
そんな彼の視線は窓の外に向かっていて。なんとなくみゆきはその視線を追って窓の外を見る。
そこには、どこまでも広がる不毛の荒野が夕日に照らされていた。
「ここはサッドエンド王国。メルヘンランドの辺境にある、忘れられた国さ」
「忘れられた、国? それってどういうことなの?」
みゆきの言葉にシンは応えることなく席を立った。
何か不味いことを言ってしまったのかと身体を強張らせるみゆきだったがシンに気にした様子はない。
「ここはふしぎ図書館も使えない、だから帰るってなるとロイヤルクイーンのお膝元に行かなくちゃならない」
「帰れるの?」
「帰れるよ。だけど今から向かったら日が暮れる、夜だと道に迷いかねないぞ」
シンの言う通り、城の外に広がる地平線まで続く荒野には目印になりそうなものが何もない。
ただでさえみゆきは方向音痴気味なのにこんなところを一人で進んだらどうなるのかは明白。
この城にも帰りつけなくなって途方に暮れる自分の姿を想像してしまい顔が引きつってしまう。
「だから今日はここに泊って、明日になったら送るよ」
「それは助かるんだけど、でも、みんなが」
きっと帰ってこない自分を心配しているはずだ。シンの厚意はありがたいし嬉しいのだが、自分一人だけ太平楽に眠る気にはなれない。
不安そうなみゆきの言葉に、心得ている、とばかりにシンが頷く。
「君の家族と友達に無事を伝えたいんだろ?」
こくりと頷く。自分は大丈夫なのだから心配しなくてもいいということを伝えておきたい。
みゆきの答えにシンは満足そうに頷く。
「それなら今ロイヤルクイーンの城の近くに俺の知り合いがいるからそいつに頼むけど」
「ホ、ホント!? それなら……ポップっていう妖精に私は大丈夫だよってみんなに伝えてって言って下さい」
「妖精のポップだな。分かった、伝書鳩を飛ばすからみゆきも手紙に何か書いてくれ、本人だって証明したい」
ついてきてくれ、と声をかけるとシンは席を立った、手紙を書くために書斎に向かうらしい。
シンの言う通り自分も何か書いてみんなを安心させるべきだろう、何もせず待っているのは悪い。
書斎へ続く廊下を歩きながらみゆきは廊下をきょろきょろと見渡す。敷き詰められた赤絨毯、壁にかかったランプ、所々にある調度品。
これが全て段ボール製だなんてとても信じられない、ランプに照らされた廊下は御伽話に出てくるお城そのものだ。
感心しきりながら、ふと、自分がそんな風に余裕をもって辺りを見渡していることがなんとなくおかしくなった。
さっきまでは不安で押しつぶされてしまいそうだったのに、どうしてだろうかと考え。
前を歩く背中を見る。広くて頼もしい、ということはないのだが、それでも不思議と安心できる背中。
ちゃんとみゆきのことを見て、心を配ってくれる優しい背中。
(この人がいたから………なのかなあ。うん、この人がいたからなんだよね)
一人ではないということは心強いものなのだ、ということに改めて気付き口元に笑みが浮かぶ。
いつものみゆきのような元気一杯の笑顔ではないが、それでもみゆきらしい笑顔だった―――
最終更新:2013年04月20日 18:41