16
「船長のエターナ・エッジだ。」
ヘビースモーカーなのか声がかすかにかすれている。
かすかにかすれた声は逆に色っぽさがあった。
煙草でかすかにかすれた声でザフトの黒い制服を着崩した女は。
深い、黒いくらいに深い緑色の長い髪を漂わせながら。
尋問されているにもかかわらず、満月を思わせる黄色い瞳で凛然とした態度で名乗った。
その女性は海賊船の船長である。
「俺は――」
「南米の『英雄』、エドワード・ハレルソンと見受ける。」
エターナはエドが名乗る前に言い。
同時に、己の立場など意も介さぬ気迫でその場を飲み込もうとする。
「取引がしたい」
たった。
たったその一言でエドの後ろにいる2人の大の男たちは、汗をかく無言の石像になった。
これでその尋問室にいるのは、エドとエターナの両名のみだ。
エターナの策、第一段階完了。
「私の“道具”をジャンク屋に引き取って欲しい」
だが。
「おいおい。ちょっとまてよ」
所詮は女の気迫である。
戦場の死の匂いに比べれば、エドにとってはそよ風に等しい。
「船も、MSも、物資も、当然頂く。あと、おたくに何が残っているんだ?」
ズカズカとまるで硬い軍靴で荒らしながら進むがごとくエターナをその眼光で追い詰めていく。
エドワード・ハレルソン、この男もまた連合に闘いを挑んだ勇者なのだ。
エターナはつい、両手の指を自分の胸の前で組んだ。
組んでしまった。
その動作は原始的に自分の心臓を守ろうとする本能の動作からきており、動揺している証拠だった。
エドワード・ハレルソンはそれを見逃さない。
エドの表情からエターナはそれを悟った。普通ならばここで、あきらめる。
だが。
「・・・・人員」
「は?」
「人員と言った。優秀な奴らだ、役に立つ。
この事件、主犯は、“私1人”だ。」
彼女は、強かった。
彼女の脳裏に乗組員たちの声や顔の記憶が蘇る。そして、その瞳にも、強い何かが宿った。
「残りは組合に入れてくれってことか・・・・。」
「そうだ。」
ただ真っ直ぐにエドを強い瞳で見つめる。
しかしエドの返事は――。
「悪いができない。俺はただの雇われ隊長でそんな権限はないんだ」
足りない。
交渉の材料にはまだ足りない。
その時。
「―――『ゲイツE2』」
彼女は切り札をきった。
「・・・ゲイツE・・2?」
「現在開発途中の最新型量産機だ。その大まかな性能と運用方法――ザフトと『何か』があった時に便利だ」
彼女は待っていた。
この瞬間を――エドが交渉材料を求める瞬間を。
技術の差とは一で十を覆す場合だってある。未知の兵器の情報は、戦いに優れた者であればあるほど喉から手が欲しい筈だ。
なぜならそこに未来の生命が懸かっているからだ。
「・・・・何故知っている?」
何故海賊が知っているのか? それは真実なのか? それをエドは確かめる必要があった。
「こちらが使用した『ゲイツハイマニューバ』と『ゲイツアサルトシュラウド』――この2種は『ゲイツE2』を完成させるための機体だからだ。」
エターナは慎重に言葉を選び、加減していく。
「どんな機体だ?」
「強いて言えば、コーディネーターの能力を最大発揮できる対集団戦用高機動高火力機。」
全てを知られぬように、虚偽のことだと判断されぬように、慎重に言葉を選ぶ。
互いを睨みつけたまま数分の時が過ぎる。
その数分は、エドの後ろにいた2人の男達には長すぎ、彼らは汗をかいて疲労していた。
「1つ、質問をさせてくれ」
エドが先に口を開けた。
エターナは若干発汗していた。
目の前にいない『シン・アスカ』に怯えていたのだ。
「・・・・・・・・・・」
思い出すだけでも、オゾマシイ。
幸いにして、あのサーカス出身者たちを除いてこちらにも死傷者はいないにしても。
まるで殺気を察知する獣のように攻撃を躱し、まるで当たり前の如く護衛用のMS3機を行動不能にして、『盾』にしながら船に接近してきたのだ。こちらのMS部隊隊長が部下を生かすことに努め続け、目の前の南米の『英雄』が彼らを捕虜にしなければ・・・・間違いなくあの『羅刹』に殺されていた。鏖にされていた。
あの時、響いた3人のパイロット達の「殺してくれ!」という悲鳴。
それをやる非道。
それを利用する外道。
戦場では正しいやり方だが。
やはり・・・・・オゾマシイ、その一言だ。
『シン・アスカ』というカードはこの場にはいなくても、その存在と残した恐怖は常にエターナを脅迫していた。
「何か?」
「ハッタリと攪乱。あんた、人死にが嫌いだろ? 高機動型ゲイツのパイロットたちは計算外で、今回の戦闘では、本当は誰も死なない算で動いてたはずだぜ」
的を射ていた、だがだからどうしたのだろうか? というのがエターナの思考。
「・・・・何故そう思った?」
「なぁに、ただそう思っただけだ。俺もシンも、本当は人死にが嫌いだからな」
「まさか、『英雄』が2人もいたとは思ってもいなかったよ・・・・」
正面で先陣を駆ける、『英雄』エドワード・ハレルソン。
孤独な奇襲をかける、『英雄』シン・アスカ。
実と虚の違いはあっても、表と裏の違いはあったとしても、最も死に近いのはこの2人。その戦いにおける姿はまさしく『英雄』。
「・・・・革命でも起こすつもりかい? 『フリーダム』を『羅刹』が墜として、あのクソアマをあんたが討てば、少なくとも10年間はプラントを治められる。」
今のプラントならできないことはない。
『ラクス・クラインの声』という魔法が無くなった今、もう狂った奇跡は起きない。
悪い夢は覚めたのだ。
「いいや。シンとここにいるのはたまたま、運ってやつだ。それにシンは誰かを慕うことはあっても、誰にも従うことはねえよ」
だからこそ、シン・アスカには安住の地はないのだ――たった1人を除いて。
「質問に戻るぜ。仮に取引が成功したとしても、あんたに自由はない。分かっているな?」
「承知だ。」
「そしてもう1つ。あんたは、『黒服』だ。俺の知っている限りじゃあ船長はたいてい白服だ。『あの船の本当の船長』は、どうしたんだ?」
エドは睨む。
何故、その質問をしたのか―――それはエド自身にも分からない。
ただの“勘”だ
明らかにしておけ、という何度も戦場で己の命を救ってくれた勘を信じた。
「・・・・それを言って何の得がある?」
「あんたに自由はない」
「・・・・」
その言葉に観念したのか、そのようなリアクションをわざとらしくとって。
「・・・・殺された――いや、死んだっていうのが本当なのかねえ」
エターナは遠い目をした。
本当に遠くまで来たな、というような。
「前大戦であの兵器で歌うクソアマに翻なかったのが運の尽きだったんだろう・・・・」
言葉は、語る口ではなく、ただ独り言のように言った。
「つまらない男だったさ。ザフト内で裏切られ、冤罪をかけられ、軍人として生きられなくなって・・・・本当に死んじまったよ。
あたしらは処罰される前に逃げ出してきたのさ」
一本いいかい、と指を2本立てて煙草を吸う仕草をした。
生憎ここは禁煙だ、と両掌を返して冗談っぽくリアクションをして断る。
だが厄介なことにクソッタレな現実は煙草の煙のようには去ってはくれない。
彼女にこれからリーアムと会い交渉をするための交渉をロウ・ギュールとする。
それは乗組員全員の命を賭けた彼女の闘いだった。
だが彼女は不敵に笑った。
一秒でも、一分でも、一時間でも、一日でも、未来を勝ち取ることができたのだ。
これは『生きる』ということを重点におくことのできる『女性の強さ』だった。
「なあに、自信はあるよ」
と、彼女は初めて笑った。
17
「ありがとうございまいた。」
「・・・あり・・がとう・・・ござい・まし・・・・た・・・・・」
「おう。もう来なくていいから」
と、手をヒラヒラと振りながら。
一見は中肉中背の黒い短髪をもった東洋人、しかし左目だけは険のある鋭い目つきの白衣を羽織った中年の男は、男には用が無いという風に言った。
その中年の男は、ドクター・コクブン。
ただそうみんなに呼ばれていた。
もう1つ特徴があるとすれば、その両手はまるで猛禽類のように爪は厚く指はごつく、異形に近かった。
「あ、でも、嬢ちゃんは別な。いつでも来なさい、お茶用意しているから」
しかし、ディエチにはカカッと笑って見送る。
シンはその様を見て、グゥルルル・・・とまるで歯をむき出して動物のようにうなる。
「こらこら・・・」とディエチはシンを困ったように笑いながらなだめていた。
「ありがとうございました!」
と言って、シンはディエチの右手を半ば強引に握って医務室から連れ出した。
そして。
「イチチ・・・ッ!」
医務室からでるとシンはひざを折り、涙目になって頭を自分で痛そうに抱える。
「がんばったね、えらいえらい」
ディエチはシンの頭をまるで優しく撫でた。これではどちらが保護者なのかわからない。
なんでも神経をいじって身体を調整するという医療技能
神経の塊である脳に最も近い頭から刺激されたのだ。
痛い。その一言である。
「でもすごいよね。あんな医療技術があるだなんて初めて知ったよ」
ディエチはコクブンの治療法にかなり驚いていた。
「まさか、手だけで治すなんてなぁ・・・・」
それはシンも同じであった。
レールガン3発分の衝撃・・・・その本来ならば誰も知らないほどの身体の影響をたった約2時間で後遺症も残さずに治したのだ。
手だけを使うという点でマッサージというものに似てはいるが、その範疇はまるで次元が違う。
「!?」
突然、ディエチが後ろを向いた。その視線の先はもうすでに閉じだ医務室のドアだ。
「・・・・ねえ、シンさん!」
そして、焦っていることがあきらかに分かる震えた声でシンに呼びかける。
ディエチの戦闘機人の強化された聴覚が閉ざされたドアの向こうの音を捉えた。
「ん?」
「・・・・あの先生、ベッドに倒れた・・・・!呼吸も荒れているし・・・・、かなり疲れてるみたい・・・・!」
「っ!?」
その瞬間、シンもまた焦った。
そんな素振り、自分でさえもまったく気付かなかったからだ。
『大丈夫だ。気にするな』
医務室に戻ろうとしたその時、ディエチの左手に持たれたアタッシュケースのような8の本体が音を出して2人を止める。
「8! コクブンは大丈夫なのかッ?!」
ディエチよりも早くシンは8に問う。
『おそらくただの疲労だろう』
「・・・疲労?」
『お前に施したのは約190年程前に失われたとされる医療法は、かなりの集中力と体力を使うものらしい』
「本当に、大丈夫なのか?」
『大丈夫だ。その医療法は施術者本人も健康体でなければ使えないらしいからな』
「そっか・・・」
「よかった・・・」
そのことを知ると2人は安心した。
よくよく考えれば2時間というの時間は人が集中できる時間をかなり上回っていた。誰だって疲れる筈だ。
「失われた?」
安心したディエチはさっきの8の言葉を思い出す。
「なんで?」
今度はディエチが疑問をもって問う。
コクブンのことも心配ではあったが、“あの技術”はとてつもなく研究されたはずだ。
でなければシンがここで、“もうすでにピンピンしている”はずがない。
『当時、ニホンというオーブの元になった国で、その高度さと未知さゆえに法律で扱いきれずインチキ扱いされ、社会上認められず消えてしまったらしい』
「・・・・消えてしまったならなんでその使用者がここに?」
ディエチはいつの間にか必死に聞いていた。
優れた技術を持ってはいるが認められない・・・・ジェイル・スカリエッティを思い出し意識し。
そして。
そして、“もしかしたら、自分たちには他に選択肢があったかもしれない”、という可能性を考えていたからだった。
結局は何も思いつかなかったけれど・・・。
『それでも陰で研究し伝え続けた者たちがいたからだ。たとえ誰かに認められなくても、誰かのための本当の医の道を歩んだ者がいたからだ』
「・・・・・」
だが結局は、“もし”の話であって――過程の話であって現実は何も変わらない。
それでも、未来を変えることはできる。また1人、人の生き様を知ったことでディエチの人間性の成長は促された。
「ありがとうございました」
ディエチは再度、閉じたドアに向かって、頭を下げて礼を言った。その一言には複数の意味が込められていた。
それを見たシンも頭を下げて無言の礼をした。
「本当の医の道か。そう・・・・だったなあ」
シンはその言葉でコクブンとの初対面を思い出す。
最初の襲撃の後のことだった。
『何やってんだお前は!! 自律神経が圧迫されて・・・・ッ、いつかブッ壊れるところだったぞ!!』
初めて会った時、いきなり叱られた。
なんでも・・・・・・・・説明するのが億劫になるくらいに俺の体はボロボロになっていたらしい。
もちろん自覚はあった。
レールガンをPS装甲の機体で受けたり、撃墜されたり、強い衝撃を体に受けたことは沢山あったからだ。
そして、誰にも言ったことはないが。
もう1つ。
ディエチに出会う前―――戦後の一年間の中で。
俺は、人の死体を喰った。
腹が減ったから、飢えていたから、死にたくないから喰った。
食えるのかなと思ってたら、もう飲み込んだ後だった
吐き出そうとして体は言うことを聞いてくれなくて・・・・踏み外した。
カラカラになって水分がなくなったと思った体だけど涙が出てきた。
涙はすぐに止まったけど、手と顎は・・・『暴食』は止まらなかった・・・・。止まっては、くれなかった・・・・ッ!
腹の中は、名前も知らない人間で満たされた。
絶望した。
体中の血や肉や内臓や血管がサラサラの砂となって、骨の隙間がらザァー・・・とこぼれていくような感覚で。
全部こぼれた後、空っぽになった。
空っぽになった俺は、『無視できる』ようになった・・・・。
頭が――細かく言えば頭の中の一部が、朦朧? として。
苦痛も、恐怖も、道徳も。
何も。
何も。
何も。
何もかも。
その気になれば『無視できる』。そして世界が赤とモノクロだけの色になり――目の前の殺人行為に集中できる。
だから、俺は何でもできる。
簡単に残酷なことができる。
まとめると。
ドクター曰くの自律神経の圧迫と、人の死体を喰ったことで起きた“何か”、その二つによる肉体疲労の麻痺と常識認識の異常。
前者はコクブンに治してもらったとして、後者は一生治らない俺の『病気』。
まあ、『腹が減った』ってことは無視できなかったから喰ってしまったんだけどな。
だから。
俺も多分――最期はイカレて、笑いながら死に向かって走っていくんだ・・・・。
でも。
身勝手なのかもしれないけど。
不可能なのかもしれないけど。
理不尽なのかもしれないけど。
強欲なのかもしれないけれど。
今は全てを思いっきり感じていたい。幸せになりたい。少しでも生きたい。隣にいる娘とそばにいたい。―――それが嘘のない俺の欲望だ。
「あの・・・少し、いいですか?」
その時突然、ミランダが向こうの通路の角から現れた。
「!」
だがミランダの気分が落ち込んでいることがシンは一目でわかった。その理由を大まかに理解した・・・・つもりになっていた。
18
「・・・・」
シンは数秒無言になる。
この前の別れ方が別れ方だったがゆえに何を言っていいのか分からない。
分からないから喋れない。
喋れないから無言になるしかない。
思考停止。
「初めまして。私は、ミランダ・マツナガといいます。」
ミランダの視線の先にはシン・アスカ、ではなく。ディエチだった。
ミランダは初対面のディエチに向かって礼儀正しく名乗った。
その礼儀正しさはシンにとって逆になぜか恐かった。
「初めまして、ディエチ・アスカです。」
ディエチも礼儀正しく名乗った。
「・・・・」
何だろうこの重圧な雰囲気は。
悪いことをし・・・・たかもしれないけど、なぜか謝ったほうが楽になりそうな気分だ。
「あなたが、シンさんのご家族ですか?」
「はい、そうですけど。シンさん?」
ちらりとディエチはシンを見た。
その表情は・・・・文字や言葉で表現できるような雰囲気ではない。
「・・・・・・・・・」
重い・・・ッ!!
嫌ああああああ! 助けてええええええええ~~~!! 誰かヘルプゥ・ミィィィイイー!!
重いよ、空気が重いよ!! カモン無重力!!
なアアアんでッ、こういう時に限って『アスカさん』じゃなくて、『シンさん』って呼んじゃうかなああ~~ッ!!? シンでいいって言ったのは俺だけどさアアア!
「そう、ですか・・・。」
なぜか、安心したような表情になるミランダ。
その心情をシン・アスカは理解できない。いや、シンは何も理解できてはいない。
それに関する知識は持ってもいなければ、学んでさえいない。
「シンさん。私、先に部屋に戻ってるね」
「え?」
だがディエチは初見だがシン以上にミランダの心を感じ取っていた。
「先に部屋で待ってる」
ディエチは感じ取った。おそらくこれから起こることはシンにとっては辛いことだ。そして逃げてはいけないことだ。
「ちゃああんと待っているから」
なら――私のやるべきことはもう既に決まっている!
「え、あ・・・」
シンの意識はベルトで移動していくディエチを見送りながら取り残され。
そしてシンとミランダだけが残った。
「優しいんですね、あの・・・」
だがシンも男である。
追い詰められたなら――
「ディエチです。ディエチ・アスカ。大切な俺の、今の家族です。」
もうすでに、覚悟は完了している。
もう呆けたような表情はどこにもない。
「今度会ったら、できたら、ディエチと名前でよんであげてください。」
追い詰めたのはディエチの意図である。
そしてディエチがいなくなったのならそこにいるのは、一匹の『悪役』だ。
柔かったシンの顔の皮膚は少しだけ固くなっていき。
険が戻り。
瞳からの、温かい光は弱まり、冷たい血色の光が増していく。
もうすでに別人ならぬ、別のモノだ。
だがその変化を見たからこそミランダは確信を得た。
「あの・・・」
「ん」
その一言でシンの視線の先はミランダに移っていく。
まただ。
また、何か分からないモノの前にいるような錯覚。よくよく考えれば戦闘のあとで気が立っていてもおかしくはなかった。
ミランダは一回深呼吸をし。
意を決して。
「この前は、卑怯者だなんて言って、ごめんなさい!!」
「ッ?」
シンは予想外の言葉に動揺する。
「・・・・本当のことですから気にしてませんよ」
また罵倒されるのかと思った。
「違います!」
けどミランダは真っ直ぐな瞳で言った。
「あなたは悪役でも卑怯者でもありません。ただ単に家族を大切にする男の人なだけ・・・・、とても誇らしいことです!」
つまり、真っ直ぐな心で言葉を発しているのだ。
「私は馬鹿です・・・・。2回もお父さんを喪って・・ようやく気付いたんです。お父さんの背中の大きさと、その大きさになるまでの険しさに」
今、ミランダは、シンと近い視点にいる。
だからこそシンが抱えている誰にも言えない不安を理解し、成長しているのだ。
「私が言うのもなんですけど。その誇らしさを貫いてください」
シンは自身の中の色々な感情から目をふせた。
「・・・・貫くさ、最後まで」
これでミランダが見えない。
「あと、私たちのことは気にしないでください。大丈夫ですから」
「・・・・・」
シン・アスカはミランダの心情がどういうものなのか、まるで分からなかった。
だが。
ただ分かったことがある。
言葉のあと移動した音がしたこと。
見なくても分かる。泣きそうな笑顔だった筈のこと。
何かを理由に見えないふりをしたこと。
「大丈夫なわけ・・・ないじゃないかッ!
心で――ずっと叫んでたくせに・・・ッ!」
そう言ってシン・アスカは壁を一度だけ悔しそうに殴った。
まるで、無力な自分を殴った、かのように。
そして思い出した。ライもまた“あの種”を宿していることを。
そして気付いてた。“あの種”を持つ者の末路を・・・・。
シン・アスカは壁をさらにもう一度だけ悔しそうに殴った。
19
部屋に帰って。
優しく出迎えれて。
優しく上着を脱がせてくれて。
「それで?」
優しく・・・・・・・・。
「………」
俺は仁王立ちをしたディエチと俺は向かい合っていた・・・・。
「それでどんなエッチなことをしてくれるのかな?」
「・・・・ええと・・そのお・・・・」
ディエチさん、マジこええッス! スイマセン、調子こいてました!
と、俺はDOGEZAを反射的にしそうになる。
「そ、それじゃあ!」
だがこの千載一隅のチャンス逃す気はない。純白の半そでシャツの奥には、おブラジャー様に包まれたOPPAIがあるんだ!
絶対ディエチの気迫なんかに、負けたりしない(キッ)!!
「ひ、膝枕!!」
ディエチの気迫には勝てなかったよ・・・。
「・・・・膝枕で、いいの?」
「・・・・はい・・・・すいませんッ・・・う、うう・・・」
泣きたい!
ああ・・俺はなんて――
「シンさんの腰抜け」
「心を読まんといて! マジ泣いてまうから!」
「中の人が関西弁になっているよ」
ああ、そういえば関西出身だったな。
そして。
ベッドの上。
「それじゃあ・・・・」
正座するディエチ。
「ん、いいよ」
ぽんぽんと、自分の膝をぽんぽんと軽く叩いての合図。
萌える! やべえ、これだけでオカズにできそうだ!
「それじゃあ、お願いします。」
なんで敬語になってんだ俺?
「ん・・・っ」
シンがディエチの膝にゆっくりと頭を乗せると、少しだけ色のある調子で声を殺した。
「ああ・・・落ち着くう・・・」
俺は今、ディエチに膝枕をされている。
膝枕だ。
膝枕なんだ。
俺にとってHなことって………俺ってほんと馬鹿ッ!
でも。
肌の匂い、髪の匂い、微かな汗のにおい、女の子の体特有の柔らかさと弾力、温かみ、まさしくパーフェクトハーモニーを奏でている。
くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか・・・。ふぅ・・・・最高だぜ。
事実として布1枚さえなければディエチの生太ももが俺の後頭部にあるんだよな。
いやそれだけじゃない、へそだとか!
お、お、お、お、お、おっぱいとかアアアアアアアアアアアアア!!?
焦るな! 集注しろ、集中するんだ……ディエチの生の太ももを! そう、そうだ、肌の色はもうちょっと白いよな!
そう、こういい具合にむっちりしてて・・・。おお、いい感じだ! 『色欲』万歳!!!
………待てよ!?
今の俺が出せる最大限の集中力を妄想力に使えばディエチの裸を脳内に再現できるか? やってみる価値はあるぜ!!
でもその前に。
ああ、幸せ。
たまらんですばい、な気分だ。超スーパーすげぇどすばい、と言ってもいい。……うん、今の俺は気が動転していることが確認できた。
でも事実として、“ここ”で死ねたら幸せなんだろうな。
……帰んなよ。一緒にいてくれよ、ずっと・・・・。
一緒に穏やかな土地でパン屋でもやろうかって言ったら、OKしてくれるかな?
くははっ……何考えているんだろうなあ、俺は。
『シン・アスカ』でいることにも、疲れたしなあ。
今は、考えるのをやめよう。平穏も、悪くないよな・・・・?
もうこのまま寝ちゃおっかな? 嫌なことはいったん忘れて、『怠惰』に寝てしまえば楽になる。楽に――・・・・
クソッ・・・・ッッ。
できない!
なんか、モヤモヤする。
ライゴのことなら、MSに乗らせないし戦闘にも参加させない、それで終わり!
俺とエドさんとみんながいれば十分できる。それでいいじゃないか!
『しかたない』の一言で終わらせてしまえばいいじゃないか!
なのに・・・ッ。
俺は、無用なことを、心の中で思っている!
俺にそんなことを言う権利があるのか?
今も『戦争』に復讐をしている俺に。
大戦中、確かに復讐をしていた俺に。
言う権利があるのか?
俺も“アイツ”に何かしらの因縁を感じていることには違いないし、あの4人を許した覚えなんて刹那の時もない。
そんな俺が、復讐のことを考えるな、と他人に言うだなんて・・・・可笑し過ぎて笑えねえよ。
笑えない。
クソクソクソオオオ!!!
多分、このままいけばライはいつか戦闘中に死ぬ。
もし、仮に生き延びたとしても、あいつは誰かを殺し続ける運命に飲み込まれる。
終わらない戦いの渦の中でいつか、戦死するだろう。
つまりは――自分を殺す道に進む。
『明日』をあきらめた道を進んでいく・・・・。
それも止められないのか・・・・俺は。
その道をいけば優しい奴ほどボロボロになっていくって、少し前の俺のように歩く死人になっていくって、分かっているのにッ!!
分かっているのに・・・・っ!!
分かってはいても・・・・ッ!!
所詮は・・ただの、言葉。意味を持たせようとしても、相手次第では――
意味が無い。無意味。
価値が無い。無価値。
それでも・・・・。
それでもそれでも!!
「ねえシンさん」
「っ!?」
シンの頭に、そっと優しく手を乗せた。
「どこかへ行きたいんでしょ?」
「!?」
「なぜかっていう理由はね、シンさんがシンさんだからだよ。」
「?」
そしてゆっくりと頭を撫で始めた。
「誰のためでもなく、いつだって自分のために戦う――これって聞こえは悪いけど、守るために戦ったあと――その罪を誰にも背負わせないためだよね?」
「いや・・・・違う」
言葉はあやふやだけど、疲れた声のトーンは正直にディエチに何かがあるということを教える。
「そう言って、そんな自分をつくっているだけだ」
俺は遠くを見るようにした。あとディエチの言ったことは・・・一応正解でもある。
「・・・・どういうこと?」
無垢なこの娘に軽蔑されたくなかったから・・・・。
でもそれ以上に嘘をつくことのほうが嫌だった・・・。
「君と出会う前、1つの村と仲間のために連合と戦って守った。
けどその結果、俺は1つの地域にとどまれなくなって・・・・どこにも帰れなくなった。」
声の、よどみは少しづつ増えていく。
「その時、誰かを憎んだり恨んだりしようとしている自分がいたんだ。
でもその矛先をどこへ向ければいいのか分からなかった・・・・。
そして今も分からない・・・・」
俺の体勢はいつの間にか自然に丸くなっていた。
「それから、か、こう・・・・ふとした時にやるせない思いってのが激しく渦巻くんだ、今でも・・・・」
胸糞悪くな、と切なく付け加える。
「勝手に理想を抱いてヒトデナシになって、失敗したら勝手にまわりに嘆いて・・・・・。
失望した、よな・・・・?」
完全に目を閉じた。
ディエチの顔を見るのが恐ったからだ。
「悪いとは思うけど。これがライの憧れている奴の本当の素顔なんだよ・・・」
ついには弱々しいだけの男の姿だけしか残らなかった・・・・。
「俺はもう・・・・他人のために――戦えない。
その後の結果次第で守ろうとしたものまで憎んだり恨もうとする自分はもう・・・・嫌なんだ」
「・・・・」
ディエチはいろんなことを考え思う。
おかしいところなんてどこにもない。
身勝手…というが・・・・。
■■の『英雄』。
それがシン・アスカの『英雄』として名だ。
それに故郷というものは存在せず。
そこに地獄という惨状しか存在せず。
それが終れば、存在の意義も必要性も存在しない――用無し。
まさに都合のいい英雄。
弱い人々の望んだ存在。
実は苦しんでいる人間。
この男は心の中で何度、絶望を叫び続けたのだろうか。
この男にはもはや死は一番楽になれる方法なのではないだろうかとさえ思わせる時がある。
いや、だからこそ命を懸けて戦ったのだろう。
まさしく一所懸命に。
一つの所に命を懸けて。
そこに咲く花のために。
だが戦いには勝ったとはしても、その結果が絶対な孤独だったならば………死んだことと同じだったならば、それは敗北。
酷い。
人間なら当たり前・・・・、それなのに苦しんでいる。
他人を憎み恨むことも悲しいことなら、それができないこともまた悲しいことだ。
戦果をあげ英雄と呼ばれながらも、本当の幸せにはなれなかった男(ヒト)。
他人のために戦うことができなくなって・・・・それでも、自分の為といって足掻き続けている。
シンさんの戦うときの『憤怒』は、間違いなく優しさからくる誰かのための怒りだ。
だから、こう言うしかない。・・・・ごめんね、こんな言葉しか言えなくて。
「それでもシンさんは動くべきだ。」
ごめんね。
ごめんね。
辛いよね、ごめんね。
「・・・・・」
少し厳しい口調でディエチは言った。
シンのために言った。
だがディエチはその体勢を崩さない。今もなお優しくシン・アスカの頭をその柔らかい女の体で受け止めたままだ。
その裏には、シン・アスカは自ら動く、となぜか胸のどこかで確信があったからだ。
「それは・・・・でき・・ないんだよ」
復讐は、何も生まない。
馬鹿馬鹿しいくらいに、当たり前だ。
復讐とは、『壊す』行為なのだから。
なら、何のために?
犠牲になった大切な人たちとその人たちを思い続ける自分のためにだ。
だから、止まれない。
独りでは、止まれない。
死ぬまで、止まれない。
失うまで、止まれない。
けど・・・・だけど、事実として、復讐も立派な正当性のある戦う理由だ。
間違っていると誰が証明できる?
誰も決められない。
決めるのは、決めていいのは、決めなきゃいけないのは、いつだって――本人だけだ。
過程で喪った者がいる以上、結果で失うものがある以上、本人で決めなきゃなきゃいけないんだ。
「なんで? 相手が間違っているから? それともシンさんが間違っているから?」
「多分、俺の言い分は・・間違ってはいないと思う。けど・・・・けど、そいつの言い分も正しくて、俺には口を出す資格がないことなんだ・・・・」
「口を出すことはできない、か・・・・」
うーん、と何かを考えている素振り。
「そっか、でもまだ相手の話を聞くっていう選択肢は残ってるよね」
「は? ・・・・話を聞く?」
ディエチの口から出た答えに俺はつい目を開ける。
「だけ?」
『私とあなたは違う』ことが戦争の始まりの理由で、相手の拒絶であり。
俺は戦争屋だ。話をせずに鉛玉で交渉するのが仕事だ。
なのに。
「だけ。あと相手を信じることもできる」
「・・・信じる?」
当たり前のようにディエチは言うんだ。
「そう、信じる。」
「でも、俺にはそんなこと――」
「できる、できるよ、できるはずだ」
否定された。3段活用で否定だ。
自分に聞いてみた。
正直に言えば、今の俺にとっては世界なんてもうどうでもいいし、今さら世界がどうのこうの言うつもりもない。
けど。
けどまだ!
まだ目の前の1人はどうでもよくはない!
手を・・・・手を伸ばしたいんだ!
「・・・その根拠は何なんだ?」
なんでそんな風に当たり前のように言える?
「無い。」
はっきりと言った。
ディエチの過去・・・・管理局の裏側――人間の裏側――集団を成した人間の負の部分。
という汚点の集合体のようなものを12年しか生きていないのに見て知ってしまったという人生を考慮すれば、不思議じゃあない。
誰にだってそうだ。
人間は汚い、なんていう現実は古今東西の少年少女を反抗期にむかわせるぐらいショッキングな事実だ。
なのに。
なのにどうして。
「けれど人を信じるのに根拠なんていらない」
するとディエチは得意げに言う。
自分のことでもないのに。
誇らしく。
「――シンさんが私に教えてくれた事だ。」
俺が?
嘘だ。
だって『悪役』だぜ?
そういうのはアンパンマンの仕事だ。あれこそ本当のヒーローってやつだ。
「君に信じろとは言った覚えはある。けど俺はそんなの言った記憶はない」
するとディエチは柔らかい動作で首を横に振り、俺に諭すように言った。
「口から出た言葉じゃない、教えてくれたのは――シンさんの背中だ。シンさんは私を信じてくれた」
「・・・・」
確かに……そうだ。
「背中で、私の涙を受け止めてくれた。」
今思い出せば、すんげー命知らずなことをしていたと思う。
なんでできたんだ?
どうして信じたんだ?
「じゃあ聞くけど、なんで私を助けてくれたの?」
「・・・・」
自分のことなのに答えられなかった。
ライのオヤジさんもこんな気持ちだっただろうなあ。
「答えはね、目の前にいたから、だと思うよ。
まず目の前の困った人を守って助ける。それが私の知っているシンさんの一面だから。」
「・・・・・・・」
ああ・・・そうだ。思い出した。
悪役になってもいい。
騙されたとしてもいい。
ただ――。
ただ俺は目の前の1人の女の子を助けたかったんだ。
守りたかったんだ。
「それに、私と出会う前に村のために戦ったっていうことにも後悔だけはなかったんでしょ?
過去で後悔があったから――未来で後悔したくないから戦ったんでしょう?」
―――後悔。
それがディエチにとって自身をどれだけ苦しめているか、俺は痛いぐらい知っている・・・!
痛いぐらいに受け止めている!
だから理解できる!
今、ディエチは・・・・自分を傷つけながら――心から血を流しながら俺に話をしてくれているんだ!!
「たとえどんな結果であっても、後悔しないために戦えたってことは誇りあることなんだ・・・・」
それが今持っている私の人生の答え。
精一杯探し続けている私の答え。
「・・・・誇り」
絶望はあった。けど後悔ってやつだけは見当たらない。
「だから、さ。戦ってきなよ。
理由が必要なら、そんな何かを抱えたようなシンさんの顔を見たくない私のために・・・・じゃ、だめかな?」
ほんの少し困ったような微笑みで言った。その表情は彼女なりの精一杯の気遣いだった。
「・・・・・・・・」
そして今。
今度は俺がその女の子に助けられている。
数秒間、俺は間抜け顔をしていたんだと思う。
そして、目が覚めた。
「ありがとう、でもゴメン。やっぱり俺は自分の意思で行くよ。あと、俺は戦うんじゃない、俺は――」
そう言って起き上がった。
「『戦争』と闘うんだ」
自分で言うのもなんだけど、いい顔をしていたんだと思う。ディエチに背中を向けたままだから誰も見てはいないけど。
そして。
赤服を一瞬見て、必要ないかのように視線を流し、己の行くべき“前”を見た。
そうだ。
今からの俺に赤服は必要ない。むしろ邪魔だ。
純粋な俺――シン・アスカという一人の人間として真正面から闘うためには、向き合うためにはいらないんだ。
人間というものに絶望しているからこそ――『シン・アスカ』として闘うことを選んだ俺だからこそ、あっちゃいけないんだ。
元ザフトの赤服でも、傭兵でもない、一人の人間のシン・アスカとしてぶつからなくちゃいけないんだ。
「上着は着ていかないの? 赤服って大事なものなんじゃないの?」
ディエチの口から『赤服』という単語が出た瞬間、少しだけ驚いた。
「赤服って・・・それの価値知ってんのか?」
知っていたことに正直驚いた。
ディエチからしたら何の価値も無いだろうに。正直に言えば、知らないでいてほしかった。
「8に教えてもらった。」
「そっか・・・。
でも、必要ないって決めたんだ――俺自身で」
心が落ち着いている。
はっきりしていることがある。
正義?
自由?
平和な歌?
理想?
この世界にあるわけがないッ!!!
必要な時に無いんじゃ、無いのと同じだ!!!
汚くてもいい。
醜くてもいい。
無様でもいい。
正しくなくてもいい。
でも、シン・アスカは・・・・俺はここにいる!
俺はいつだって、いつだって怒り憎んできたんだ・・・戦争を!
なら俺は、いつもの俺らしく戦争と闘う。
闘う!
それがシン・アスカの証明だ!!
「ねえシンさん」
「ん?」
「私のことはちゃんと憎んで恨んでね」
私はそれを笑顔で言った。
この先、どんな結末が待っているのかわからない。だけど絶望は繰り返させない。
だから受け止める。シンさんの言葉を借りるなら――たかが、それだけ・・・。
愛情をもらっいるなら、哀憎怨怒も、もらう。
「ああ、分かったよ・・・」
だからほら、そんな悲しそうな顔しないで、ね。
「じゃあちょっとまた行ってくる。どんな結果になるか分からないぞ?」
「うん、信じてる。行ってらっしゃい」
部屋から出ようとした時。
くどいようだけど。
「あ、そうそう」
背中を向けたまま。
唐突に――
「ありがとう。俺は、君が存在してくれたこと、君に出会えたことが、これまでの人生で一番幸せで嬉しい。」
と、俺は自分のエゴを言った。
言って早歩きで出て、逃げた。
逃げるように出て行ったんじゃなくて明確に、逃げたんだ。
分かっていることだけど、ミランダの言う通り俺は卑怯者だ。
正面を向いてちゃあ、こんなことは言えない。
後ろのほうから人間がベッドにダイブするような音が聞こえたけど、おそらく俺の気のせいだろう。
部屋から十数メートルほど歩いて、
「あれは将来、魔女の類になるな。魂とられそうだったぜ」
と独り言を言った。
『いずれ魔女と呼ばれる存在なのなら、今は魔法少女と呼ぶべきではないのか?』
近くのモニターが光って機動したかと思うと、そう表示された。
8だ。普通なら心臓に悪いホラーシーンだけど、もう俺は驚かない。慣れというのはこわいものだ。
「ははっ。かもな」
魂・・・・か。
うん。
あの娘にならくれてやってもいい。どんな地獄よりかはマシな筈さ、それが悲劇で終わったとしても。
「よお」
向かう先から来るように、ノーマルスーツから着替えたエドがいた。
「お疲れ様です」
と挨拶。
「で、海賊は結局どうなりました?」
「まだ保留中だ。」
難しい顔をして答える。
「そうですか」
探るような顔で言った。
「そうだ。」
「・・・・」
どうやら俺には意見をさせないつもり、か。まあいい――
「なあシン。お前は、さっきまで持っていた敵への憎しみを消せるか?」
「え・・・」
「消せるか?」
と再度、最後を強調されて聞かれた。
俺は今でも、とある4人を憎んでいる。
けどそれは俺たちを敗者にしたからとか友達や守りたかった人の仇という問題じゃなくて、勝者の『義務』を全うしなかったからだ。
加えてゲイリー・ビアッジ、あの男だけはなぜか許せない。
けど憎んでいるわけじゃあない。
許せない・・・というのも多分違う。
そう。
ただ――『嫌い』、なんだ。
『嫌い』――その一言だけで十分だ。それ以外の言葉は見つからない。
あいつが戦争屋だからか? 俺だって戦争屋だ。
あいつがナチュラルにもコーディネーターにもつくからか? 俺だって状況によってどっちも守るし、どっちも殺す。
あいつは戦争が好きで、俺は戦争が嫌いだからか? ・・・・これが妥当なんだろう。
なのに。
俺が“あいつに近づいていっている”から――嫌いなんだ。つまりは同族嫌悪。
「俺もプロです。」
「そうだ。『プロ』っていうのは都合の悪いときにこそ、だ。信用しているぞ」
なぜか釘を打たれた気分だ。
じゃあな、とエドさん立ち去ろうとしたその時。
「俺・・・ライと、話をしてみようと思います。」
俺はこれからやろうとしていることを告げた。
不安だった。だから唐突に言ってしまったのかもしれない。というよりこうやって逃げ道を自分でつぶしたかったのかもしれない。
「そうか・・・」
けど返事は力強く優しかった。
「おう! 頑張って行って来い!」
振り返ったエドさんの顔は嘘偽りなく本当に嬉しそうで、誰からも愛される理由の1つだと思う。
顔の筋肉の動きだとかしわとかまるで嬉しいから笑うっていう、子供の笑い方なんだ。
それから一変して。
今度は苦い現実を知った大人の顔になった。
「俺たちはこんな職業だ。
特に俺たちは好き勝手にやってる部類で、いつ好き勝手にやられて悲劇で終わったとしても文句は言えない。
いや、こんな時代なら確かな明日をもっている奴なんて誰もいやしない――俺たちがどんなに戦ってもな・・・・」
エドワード・ハレルソン、この男(ひと)もまた無力感を抱えていたのか。
と思うと少しだけ切なくなった。
守りたいものを守れば、欲しいものを手にできたら――それで満たされるのだと思っていた。
満たされるのはその瞬間。
その瞬間が過ぎれば、また欲しいものができる。
さらに大きな欲望が湧いてくる。
その繰り返し。
だから足掻き続けるしかないんだ、と再認識。
「だが、だからこそ、生きている間はとにかく全力で生きろ。
――『伝えきれなかったから起きた悲劇』なんて起こすな!」
それができたら苦労はしませんよ・・・。
それにリスクだってある。
「それでも、精一杯やったとしても、失敗したら・・・・無意味だとしたら?」
そう。
それが俺が恐れているリスクだ。
『前大戦で死んでいった仲間たちの命の意味』・・・・誰も俺にその意味を教えてくれない。
ラクス・クライン達の華々しい勝利のための演出道具だというのか? ふざけるな!!!
だから未だに俺の戦争は終わっていないんだ。
終わってくれないんだ。
終われないんだ・・・・。
「それでも、俺たちが全力で生きた意味を証明してくれる誰かは後から現れてくれる、絶対にな」
だがそれでも、誰だって恐れるリスクを背負って進めとエドは迷いなく返す。
その自信は、どこかの『野次馬』のおかげだ。
「頑張れよ。全力で生きれば、誰だって誰かのヒーローだ」
ライとミランダにとってタイイチロウは2人目の父であり、2人目のヒーローだったのかもしれない。
だからこそ、俺は自分に無力感を感じている。
俺はそこまで強くはない、と。
「・・・俺は、不器用です。他人と話をちゃんとするのが苦手で恐くて・・不器用のままでいいと思って・・そしたら、不器用なままになってて・・・・進歩が全然なくて・・・ッ」
「お前は今、自分の意思で歩いて進んでいるじゃないか」
「だから・・もしもの時は・・・・」
まるで歳相応の青年のようにシン・アスカは恐る恐る言った。
「もしもの時はまた・・いや、何度だって立ち上がればいい。あきらめたくないほどの強欲をもっているなら――捨てずに歩めばいいんだよ」
まるで歳相応の青年の兄貴分のようにエドは激を送る。
ばしっ、と背中を叩いた。
入り過ぎた力が抜けていく。
体が軽くなっていく。
心が叩かれた背中の手跡が熱いと感じている。
「強欲って・・・、悪役には似合いですけど・・・」
「生命(いのち)ってのは欲望で、欲望ってのは生命そのものだ。お前は、まだ歩く死人か?」
「・・・・ッ!!」
いや・・・違う。俺は今――生きている!
そして、生きているだけの人間でもない!
「違うだろ。なら心が歩きたいところに歩き続けろ。歩きたい心があって歩くか、どこかで亡くしたまま歩くか、それが生人と死人の違いだ」
「・・・・もう行きます。」
「ハッハッハッ! おう、行ってこい~~!」
俺は最後、顔を見せないように急いで行った。
ディエチは起き上がらせて機会をくれた。
エドさんは背中を叩いてくれた。
さてと、シリアスにいきますか。なんて、な。
人は歴史を繰り返す。
人の言葉も繰り返し使われ続ける。
人の事象も繰り返し起こし続ける。
だが俺と似たような過去は・・・俺と似たような過ちには去ってもらおう、繰り返すことなく。
義務でもなく権利でもない、俺のエゴ。
本当なら口を出すべきではないのかもしれないし、そんな権利もないのかもしれない。
けど目の前で――過ちは繰り返したくはない。自分を捨てて戦いに身を投じる子供を増やしたくはない。
手が届くのに、だ。
キレイな理想は捨てた。
人間の本性を見る度に、思い出す度に、絶望して希望を絶ってきた――つもりだった。
ならこれは。
ならこれは多分・・・・昔に砕け散った夢の欠片、というべきものなのかもしれない。
砕けた欠片が、胸に刺さって痛い。
イライラする筈だ。
忘れたはずだった。
捨てたはずだった。
殺したはずだった。
なのに、まだ、残っていた。くはははっ・・・・。
俺はまだやっぱり馬鹿でケツの青い男・・・・いやガキなんだろうなあ。
夢やキレイ事が一番のくせに、多くの言葉も大きな力ももってはいないガキ。
他人のことなんて考えなず、【我】が【食】うことしか頭にない【鬼】。
餓鬼。
ガキ。
だから開き直る――俺は他人の事情なんて考えない。
俺は俺のエゴで動く。
ディエチという頼ってくれる存在がいて、エドさんという頼れる存在がいて、俺は勇気を出して行動できる――いなければできない。
なのに。
できなくて、あとで絶対に後悔する。
そんなのはもう嫌だ。
失敗しても大丈夫だと、成功するまでやってやると、無責任な気持ちで行動しようとしている。
馬鹿のやることだ。
正しいというには自分勝手で、悪というには悪意がない、俺のエゴ――というガキの言い分。
俺はちっぽけな人間だ。
だからこそ俺は自分のエゴという動機だけで動ける。
動かずにはいられない。
だから、周りには迷惑をかけるだろうけど失敗できるうちはやってもいい失敗をしようと思う。それぐらいいいだろ? だって大人はみーんな、模倣と失敗を繰り返しながら大人になっていったんだからさ。
それになんだかんだ言っても。
それになんだかんだ言われても。
もしできたら、それはやっぱり――
「俺からすれば・・・・やっぱり“奇跡”なんだよな」
“力”ではなく――“思い”でこのエゴを通すのは、『これまでの俺』から見ればそれは・・・・『奇跡』。
有りえない、こと。
成しえない、こと。
本来無理、なこと。
だからこそ、奇跡。
「なら、奇跡―――起こしてやろうじゃないか!」
俺が始めようとしているのは、力と力のぶつかり合い。
ではなく。
思いと思いのぶつかりあい。
つまりは語り合い、でもあり、俺にとっては闘い。
未来を作っていくのは明日のある奴だけだ――俺じゃない。
未来ある奴のために、過去のこれまでの俺を超えなきゃいけない。
他人のために――いや、自分自身のために俺は俺を超える。
俺は戦うことしかできない、それだけが俺の価値だとそう思っていた。そう決めつけていた。
けどディエチは否定してくれた。
否定、してくれたんだ・・・ッ!!
だから。
これからのこと、これまでの自分と、目の前の『戦争』と、闘う。
自分らしく。
自分のために。
自分であるために。
歩き出す。
「ゲイリー・ビアッジ・・・・お前の作った『死の連鎖』を―――」
ライに、ミランダに、・・・未来ある者に明日を切り開かせるために―――
「切り裂くぜ」
最終更新:2013年04月20日 18:52