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そろそろ多重クロス-06

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七色ヶ丘中学校の校舎に、授業の終了と、次の授業が始まるまでの間に設けられた、短い休み時間の始まりを告げるチャイムの音が鳴り渡る。
授業を終了した担任のなみえが教室を後にすると、窮屈な授業から解放された生徒達は、それぞれの思いのまま、短い休息を過ごす。
そんな教室の最後列の窓際の座席、星空みゆきの座席には、二組の女子生徒達が大勢集まっていた。
今朝、みゆきが登校した時と同じ光景だ。
その時と違う点は、みゆきを取り囲む少女の数が増えている事、その中にはあかねとやよいも含まれている事だ。

「さぁ、みゆきぃ? 朝の続きを聞かせてもらうで」

逃げ場を塞ぐ様に、座席を取り囲む少女達の熱気に、みゆきはただ戸惑う。
みゆきと向かい合って座り、集団の中で一番に口を開いたあかねのニヤニヤとした笑みは、そんなみゆきの心情を看破しているからこそ浮かぶ物。

「みゆきちゃんは、シンさんって人と、やっぱり……」

今度は、みゆきの左側から、やよいが問いかける。
キラキラと、輝いている様にも見える彼女の瞳に篭る感情、それは期待である。
期待に瞳を輝かせているのは、やよいだけではない。
みゆきの周りを囲む少女達全員が、同じ様に期待の篭った眼差しを向けている。
この状況に窮するみゆきが取った手段は、この集団に参加していない、なおやれいかに割って入ってもらう事だった。
正義感の強い二人、助けを求めれば、皆を制してくれるだろうと考え、隣り合って座り談笑しながら、この事態を見守っている二人へ救援を求めて視線を送る。
なおとれいかは、みゆきの視線に込められた意図をすぐさま理解する。
理解した上で、非情にも、哀訴の眼差しから逃れる様に二人とも顔を反らした。
ひどい裏切りに、みゆきは何で?! と声を上げそうになる。
いっそ、叫んでしまえば、この事態に一石を投じる事が出来たのかもしれない。

二人が顔を反らしたのは、この事態を収める自信、割って入る勇気がなかったのもあるが、それ以上に、この事態を収める気がなかったからだ。
輪に加わらず、遠巻きに見守っていたが、イコール興味が無いと言う訳ではない。
ただ、はしたないとの思いが邪魔したからであって、二人とも、友人の異性関係に大いに興味があった。
みゆきを不憫に思う気持ちはもちろんあるが、あかね達の追及に期待し、応援する気持ちの方が何倍も大きかった。
二人……いや、今現在教室に残る女生徒達、皆がそうであった。
皆、色恋沙汰の魅惑には勝てない年頃の乙女なのだ。

「みゆきぃ、黙ってたらあかんでぇ」

文字通りの孤立無縁となったみゆきに、前後左右、教室全体から期待と言う名のプレッシャーが容赦なく重く圧し掛かってくる。
みゆきも、他人の色恋沙汰には興味が無いわけではない、むしろ旺盛な部類だ。
例えば、今ノリノリで自分に問いかけてくるあかねが当事者となっていたなら、やよいの様に大はしゃぎし、この輪に真っ先に加わるだろう。
だがそれにしても、この様は大げさ過ぎるのではないか、心の中で涙を浮かべながら考え、実際その通りでもある。
これほどまでに事態が発展したのは、みゆきと言う少女が、恋愛とは無縁の存在だと思われていた反動だが、みゆきがそんな事を知る由もない。
知った所で納得できる訳も、慰めになる訳でもないのだ。


「みゆきちゃん。お友達がね、知らない男の人と二人っきりで、しかもとてもラブラブで歩いてたら……すごく気になるよね?」
「そ、それは……ラブラブ?」
「気になるやろぉ? どないな関係か教えてくれへんか?」

ラブラブ、などとやよいは言うが、彼女は現場を目撃してはいない。
実際に目撃した少女も、そこまでは言っていない。
授業中にあれこれと妄想を膨らませた結果、やよいの脳内では、いつの間にかそう言う事になっていた。
これはやよいに限った話ではなく、全員が程度の差異さえあれ、似たような妄想を抱いていた。

「みゆきぃ、全部白状したらすぐに楽になるで?」
「正直が一番だよみゆきちゃん、嘘付くなんていけないことだよ」
「……説得力あらへんで、やよい」

まるで古いドラマに出てくる鬼刑事の様に詰め寄ってくるあかねと、それに追従するやよいの言葉。
教室中から掛かる無言のプレッシャーとの、二重の責め苦に、みゆきはどうする事もできず、ただ怯えるだけ。
みゆきの姿から、口を割るのは近いと見たあかね達は、あと一息と、このまま一気に畳み掛けようとする。

だが、それ遮るように割って入る来る物があった。

『二年二組の星空みゆきさん。至急、職員室までお越しください。繰り返します……』

校内放送の開始を告げる木琴の音と、みゆきに対する職員室への呼び出しであった。

「あ、大変! 呼び出されちゃった! 私、行って来るね!」

放送を聞いたみゆきは、弾かれた様に勢いよく立ち上がると、取り囲む少女達を掻き分け、教室を脱出した。
あっと言う間もない、とはこの事を指すのだろう。
あまりにも速すぎて、声をかける間もなく、みゆきは教室から姿を消した。

「……逃げられた」

座る者の居なくなった空の座席と、みゆきが走り出て行った扉と、少女達は交互に視線を送る。
追うにしても引き止めるにしても、呼び出した相手が教員とあっては、それも叶わない。
みゆきも、恐らく休み時間ギリギリまで戻って来ないであろう。
そうなると、この場に理由も無くなる。
不承不承ではあるが、今回はこれでお開きと、前の座席のあかねと、やよいを残し、集団は自然と解散していった。

「もう、あかねもやよいちゃんも、あんな風に問い詰めたら、みゆきちゃんがかわいそうでしょ」
「気になるのは分かりますが、もう少し冷静になるべきです」
「せやかて、なお達も気になるんは気になるんやろ?」
「……二人とも、こっちの事をちらちら見てたもんねー」

あかねとやよい以外が居なくなった、みゆきの座席へ、れいかとなおがやって来る、
呆れ顔を浮かべながら、あかねとやよいに苦言を呈する二人だが、先述の通り、みゆき達のやり取りを好奇の目で見ていた事を、やよいは見逃してはいなかった。
その事を指摘されてしまうと、バツの悪そうな表情を浮かべるしか出来ない。

「そんな事より……」

こっちこっちと、なおとれいかを手招きするやよい。

「ね、キャンディ」
「クル?」
「シンさんって人の事、知ってる?」

やよいの言葉に応じて、机に掛けられた鞄の中から現れたのは、妖精のキャンディ。
みゆきがダメなら、みゆきと行動を共にする事の多いキャンディに聞こう、そう言う魂胆である。

「いやいや、やよい。さすがにキャンディでも知らんと思うで」
「そうだよ、流石にデ……デートの時に、キャンディは連れて行かないよ」
「それ以前に、こう言う事は本人から直接聞くのが筋です」

さすがにダメ元すぎると呆れるあかね。
自分の発言に顔を赤くするなお。
邪道だと断じるれいか。
だが、今のやよいには何か、勘の様な物があった。


「シンの事なら知ってるクル」
「でかしたでぇ、キャンディ!」
「キャンディ詳しく!」
「……たまには筋から外れる事も道です」
「知ってる限りでいいから、こっそり教えてほしいなぁ」
「……みんな、キャンディが怖がってるよ」

やよいの勘は見事に的中していた。
鞄から飛び出し、机の上に乗ったキャンディの言葉に、三人は驚き、態度を180度翻す。
やよいが言う様に、キャンディは自分を取り囲む三人の様相に若干怯えていた。
気を取り直した三人、気まずそうに咳払いすると、今度は怖がらせない様に、同時にキャンディの姿を周囲から隠すように机を囲む。

「それじゃキャンディ、シンさんってどんな人か教えてくれる?」
「どんなって、どんなクル?」
「そうですね……例えば年齢はおいくつか分かりますか?」

やよいとはれいかの質問に、キャンディは口元に手をあてて、クル~とうなりながら少しばかり悩む。
四人は黙って、キャンディの姿を食い入るように見つめ、答えを待つ。

「クル~みゆきより、少しお兄さんクル」
「ちゅう事は、高校生ぐらいやな」
「年上の男の人と……素敵♪」
「ねぇキャンディ、そのさ、シンさんって……えっと、どんな感じの人?」

頬に両手を当て、その場で身悶えるやよい。
やよいをよそに、今度の質問は、自分の言葉なのに恥ずかしさを感じ、頬を少し赤くしているなおの物。
キャンディは再び口元に手を当てる。

「……怖いクル、笑わないクル」

キャンディの口から出た言葉は、四人に取っては予想外であった。

「笑わへん……か」
「何か、意外だね」
「うん、みゆきちゃんの彼氏だから、明るい人だと思ったのに」

笑顔と元気の塊の様で、全員の幸福を望む性格のみゆき。
彼女がいるだけで、周囲には自然と笑顔が生まれる。
だと言うのに、シンと言う男は笑顔を見せないらしい。
みゆきには悪いのだが、似合わない組み合わせではないかとの感想を四人は抱いた。

「意外と、みゆきさんの前では笑う方なのかもしれませんよ?」
「クル、シンはお家の中でも笑わないクル」

れいかのフォローに、キャンディはすぐさま反論する。
それには、聞き捨てならない単語が含まれていた。

「家って……」
「キャンディ、シンさんのお家に言った事あるの?」
「ま、まさかお泊りっ?!」
「そんな、中学生の身空で……!」
「違うクル、みゆきのお家クル」
「……なんやぁ」
「みゆきちゃんの家か~」
「そうだよ、お泊りは中学生には早いよねっ……あはは」
「私はなんて愚かなのでしょう……みゆきさんを疑うだなんて」

家と聞いて、すぐさまシンの家と想像するのはいかがな物だろうか。
早とちりを誤魔化す様に笑う四人だが、冷静になるにつれ、キャンディの言葉が、やはりのっぴきならない事に気付き、同時に“あれ”っと言う呟きをもらす。

「シンは朝から夜まで、ずっと笑わないクル。シンがお家に来てから、笑う所は見たことないクル」

今度は“えっ”と言う呟きが重なる。
そして一斉に声を上げ、教室中の注目を集めるのであった。


 ・ ・ ・


休み時間が始まって早々、職員室へと呼び出されたみゆきに、なみえから一冊の教科書を手渡された。
それは七色ヶ丘中学校指定の英語の教科書で、みゆきが転入する際に配布された物である。
何故、なみえが自分の教科書を持っているのかをみゆきが尋ねる前に、なみえが事情を説明し始める。

「さっきの授業中に、ご家族が届けにいらっしゃったそうよ」
「え、お母さんが届けに来たんですか?」
「いいえ、お兄さんよ」
「えっ……?」

なみえの口から出た“お兄さん”と言う単語を理解するのに、わずかに時間が掛かってしまった。

「おにい……さん?」
「足を悪くしてるのかしら、杖を付いて大変そうだったらしいわ。ダメよ、家族でも迷惑をかけちゃ」

みゆきの体に、わずかに冷や汗が浮かび上がるの。
鼓動も早まり、目も泳ぎはじめる。
なみえの言葉が耳に入ってこない、入ってきてもすぐに通り抜けてしまう。
実に分かりやすく、みゆきは動揺している。

「……星空さん? どうしたの?」
「だ、大丈夫です! こ、今度からすごく気をつけます!」
「そ、そう? それじゃ今回はこれでいいわ。次の授業に遅れないようにね」

みゆきの様子を不審に思いながらも、次の授業が近い事もあり、みゆきを解放する事にした。
ぺこぺこと、何度も頭を下げると、みゆきは足早に職員室を後にする。
みゆきが職員室から出て行くのを見送り、なみえは次の授業の準備に取り掛かる。
その途中、一つの疑問が浮かび上がる。

「……星空さんにお兄さんなんていたかしら?」

その疑問の声も考えも、自分を呼ぶ他の教員の声にかき消された。


 ・ ・ ・


職員室を後にしたみゆきには、どんよりとした重苦しい雰囲気がまとわり付いていて、それにひっぱらられるかの様に、足取りも重い様に
見える。
なみえの注意が堪えた訳ではない、もっと別の問題が、彼女を大いに悩ませていた。

「何で“お兄さん”なんて言っちゃったの……」

溜息交じりの愚痴。
今は目の前にいない、ある一人の人物に向けられた恨み言。

なみえが疑問に感じた様に、みゆきに兄弟はいない。
その事を知ってる人間に、まかり間違って兄だと名乗れば、怪しまれるのは当然だ。
幸い、今回は気付かれずにすんだが、この以降も“そう”なる保証はない。

まだまだ自由がきかないであろう体で、忘れ物を届けに来てくれた事には感謝している。
その事に感謝しているから、一方的に責めたてる気になれないでいる。
それ以前に、人を責め立てたりする事を、みゆきは好まない。
むしろ、この様な事態への対策を怠った自分に非があるのだと考える。
今朝の様に、クラスメイトや友人達に彼――シンの存在が露見するのは免れない事だ。
兄弟と誤解している人間がなみえ一人だけであるなら、この後も誤魔化し続ける事も、フォローする事も可能だろう。

次に問題なのは、こちらは関係を誤解している友人達への対応だ。
家族ぐるみの付き合いがある友人達に、同じ様に“兄”と釈明すれば、その場で嘘がばれてしまう。
かと言って、恋人であるなどと説明するのも上策ではないだろう。
今の所、誰にも知られていないのだが、諸事情あってシンとみゆきは、星空家の同じ屋根の下で暮らしている。
異性、それも恋人と一つ屋根の下で暮らしている等と誤解されてしまえば、クラス中はおろか、学校中に噂が広まりかねない。
今の所、最も避けるべき事態。

「親戚のお兄さん、って説明するのが無難なのかな」

同居の事がばれたとしても、しばらくの間は誤魔化しは十分に効く立場だろう。
しばらくと言う時間がどれほどになるかは分からないが、今のみゆきには必要な時間だ。
この後、諦めずに追求してくる友人達には、この言い訳を通し、家に帰った後はシンとも口裏を合わせ、この後を凌いでいく。
導き出した最善であろう策を頭の中で固め、ちゃんとした足取りに切り替えると、教室へとまっすぐ……向かわずに、少し回り道となるコ
ースを歩き出す。


……自分の知らぬ間に、事態はさらに悪化している事を、露ほども知らずに。

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最終更新:2013年04月20日 20:35
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