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ガンダムSEED DH 閑話02『戦争の反対』

閑話02『戦争の反対』

シン・アスカという戦争生活者が通路に歩いていた。その視線は低い。
上半身は皺だらけのグリーンカラーのジャケットを肘の下で袖をまくり、中は速乾性の黒い半袖のシャツ。下半身もまた皺だらけの黒っぽいジーンズにスニーカー。そこまでなら普通の若者なのだが、ジャケットの裏にはガんベルトがあり――左脇には黒い自動拳銃ヴォルク―47、右脇には黒い刀身の近接格闘術用のナイフが収められている。そして衣服の皺は故意につけられて残されたままのものであり、着ているものの動きを完璧に覚えた証であり――用事の際には動きの妨げにはならないだろう。それは一種の戦闘服といえた。
今のシン・アスカの現状を一言で言うでなれば、『自由』だった。
まるで野に解き放たれた獣のように・・・・。
好きな女を好きだと言い。
家族だっている。
仕事だってある。
上司にも恵まれている。
職場にも恵まれている。
自身の価値を確信できている。
もしかしたら誰よりもこの名前の無い戦争で満ち溢れた時代を謳歌しているのかもしれない。
理性が通じないことが――理不尽だということが地獄なら、今のC.E.はまさしく地獄だ。
ならばその地獄を心地よく過ごすシン・アスカという男は、地獄の悪鬼という存在なのだろう。
もちろん世界全体を地獄であふれさせたのはシン・アスカ自身ではないけれども。
だが無意識に本能で心地よいと感じているのは確かなことだった。
そんな自由な獣は珍しく不機嫌そうだった。
「はあ・・・・」
と、ため息をつき食堂に入る。地球なら夜の時間帯、ここ食堂は飲み屋になっている。
いらっしゃい、という声にも、珍しく誰の顔を見ることもなく手を上げて応えるだけの程度に無愛想。相当へこんでいた。
雰囲気を出すために少し薄暗くなった食堂の中で適当な席に座る。
すると誰だろうか、注文を聞くために女性が歩いてやってきた。歩く音や振動でで一定範囲内に関するいくつかが分かる――これも大戦の後の地獄めぐりの中で培った技術だ。
誰だろうか? まあ、どうでもい――
「や、やあ! いらしゃっい!」
「ぶべらッ!?」
シン・アスカが吹いた理由。それはミランダがそこにいたからだ。ピンク色の花柄の白いキャミソールにデニムの短パン、茶色い革製のブーツ。2つのメロンを隠す黒いエプロン。前から見ると裸エプロンに見えることのエロいことエロいこと。

「な、なんで、君がここに!?」
今の姿を親しい者に見せたくはなかったし、見せるつもりもなかった。だから、1人で飲みに来た・・・・筈なのに。予想外の人物。
今の落ち込んでいた顔を見られただろうか・・・・、何をやっているんだ自分は・・・・、と自己嫌悪にはまっていく。
「う~ん・・・・実はさ、お父さんが亡くなった時、生活費どうしようって考えて普段の食堂の仕事以外にもバイト入れちゃったんだよね、“こっち”に・・・・。
 ライが立ち直ってくれたのは良かったんだけど、でも、急に「やっぱ止めます」ってことにもできないし・・・2週間だけってことにもなったし・・・・」
「・・・・」
ここで必要以上にミランダを責めることができたなら少しは鬱憤がはらせたのだろうが、シンにはそれができなかった。そこでもう一度ため息をつき。
「酒。酔えればなんでもいい」
「あの・・ご注文は?」
「まかせる・・・・」
「・・・・」
なんだよそれ! と普通は言いたくなるだろう。
だがミランダは、「マスター、ジントニック1つ!」とジンとトニックウォーターのカクテルの注文を出してくれた。
カウンターにいる白髪の混じった黒い髪をオールバックにして手入れされた短い顎髭と口ひげをたくわえ、白いシャツに黒いジーンズのいでたち、黒いエプロンで熱い胸板を隠したマスターは、ミランダがカクテルを受け取るその時に顎を動かしてミランダに合図を出し、ミランダは無言で「ありがとう」と言った。
「はい、どうぞ」とミランダはカクテルをシンの前に置く。
「ん」
と、一口。トニックウォーターのさっぱりとした苦みが思い悩んで詰まったような感覚の胸に心地いい。
「そういえばライから聞いたよ、“先生”もやっているんだってね?」
先生・・・・、とシンは頭の中でその単語からミランダが自分のどんな行動を指しているのかを記憶の中から検索する。多分、MSに乗ること以外のことを教えていることだろう。もちろんシンは沢山のことを深くは知らない。だから知っていること、ちょっとした料理や、触れてきた文化、ディエチと一緒に見た映画の話もした・・・・戦うこと以外で自分の知っていることを出来る限りだ。
「ああ・・・あのことか? 戦闘やMSの動かし方以上に大切なものがあるのは当然だろ?」
「すごいね。僕なんかよりも物知りだ」
「そんなことはないよ。俺だってライに色々教えてもらっているんだから」
「でもMSでのことで敵の倒し方は教えてないんだね」
「ッ? ・・・・ああ。逃げ隠れることしか教えてない。というより、警備隊にも入れていない」
シンは正直に言った。
――兄貴は俺を認めてくれたんじゃなかったのかよ!――
脳裏に響くライゴの声。
違うんだ、俺は・・・・、と言いかけても本当のことは言えなかった。
「ねえ、教えて・・欲しいことがあるんだけど・・・・」
いつの間にか視線は落ちてテーブルだけを見ていた。そんなシンの顔をミランダは覗き込む。

「なんで、ライを弟にしたの?」
と、問われ。シンは絞るように目蓋を閉じて一気にジントニックを飲み干した。
あ、とミランダはそれを止める時間も無かった。
「これは“薬”だよ、腹を割って正直になるためのな」
ジントニックは苦い酒だ。しかしそれはあくまで心地よいサッパリしたものだ。
今、シンの胸を締め付けているのはドロドロして何か内から少しづつ自身を溶かしていく溶解液のような・・・・。
「大戦後、地球に遠征させられていた時、俺はとある貧しい街である姉弟と知り合った。君たちと同じように血は繋がってはいなかったけど仲のいい姉弟だったよ。」
脳裏に蘇る切なさを含んだ少女の笑顔と、無邪気に星を追いかけるような男の子の笑い顔。・・・・やはりその輝きはどこかライゴと似通っていた。
「2人には親も家も無くて・・弟は栄養失調と病気を患っていた。」
脳裏に蘇ってくる弟を心配する・・・・助からないと分ってはいても弟の世話をする涙の痕の残る少女の顔、痩せ細っても変わらぬ輝きを宿した瞳でシンを慕っていた男の子の笑い顔。
「街は貧しかったけど、だからこそ違法な少女売春のしやすい場所でもあった。テロリストはそれ目当てでこっそりと来た国の要人を誘拐するために町を襲おうとしていた。俺たちは町の外でMSに乗ったテロリスト達を食い止めて町を守った・・・・。
けど、俺が町に戻ったときには・・・・俺がいない間に、弟のほうは病気の容体が急に悪化して、死んでいた・・・・。
最期は目が見えなくなって、右手を姉に握ってもらいながら・・・・、左手でそこにいない俺をさがしながら・・・・ッ、「お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・」と俺を最期の時間を削って声を出して呼びながら・・・・ッ!」
その時、シンの頭に声が響く。
――あれは、日常茶飯事のように“よくあること”だった・・・・――
――悲しむほうがおかしい。だってそうだろう? 誰もが知っていながら無視してきた光景なのだから!――
――新聞やニュース、お前が知る機会はいくらでもあった! 1分の映像や1行の文行にそれらが込められている!――
――だが無視してきたのはお前だ、お前自身だ! 少し触れただけでセンチになるなよ『悪役』が!! 今のお前は立派な『戦争生活者(グリーンカラー)』だッ!!!――
その声は、誰でもないシン・アスカ自身のだった。
天国は存在しなくても、地獄は確かと存在する。脳のしわに地獄は存在する。生きている間は地獄の声が。死んだ後は地獄の口が。地獄からは誰も、誰として逃げられない。
「僕の弟はその代わりの存在?」
「誰もが掛け替えの無い存在だ。」
ミランダの声へ地獄からの声の注意をそらさせた。シンは平常を保ちつつ答えた。
何でもない。ディエチに会うまでは四六時中聞いていたものだ。慣れたものだ。少し前はこの声を“ノイズ”と言っていた。
聞えることも異常だが、聞いていてなおも平常でいられるようになったことはさらに異常なのだろう。
「じゃあなんで?」
「俺の“エゴ”だ。ライの為にとか言うと思ったか?」
もし、人生というものが何かのストーリーであり。シリアスさを演出するために悲劇とグロテスクが必要ならば、“それ”は自分1人だけでいい。罪を犯して背負う者が背負うべきだ。灰色を背負うのは自分1人だけでいい。
「――君は強いね、それでも闘っている、それでも生きてる」
「今は、闘い続ける理由がいくらでもあるからな。」

当たり前のことだけど、生きることは闘うことだ。現に虫や草木だって戦っている。当然闘いならいつかは負ける・・・・なら1人の人間としてその日まで精一杯闘うだけだ。
闘う理由はいくらでもある。
目の前にいるミランダだってその理由の1つだ。
ここで働いている1人1人がその理由の1つ1つだ。
さらに、顔は見てはいなくてもここで働く人たちの帰りを待つ家族の1つ1つが俺という1人の人間を1人の人間以上の働きをさせる理由だ。
「今の話、ようやく誰かに話せたんじゃないかな?」
ミランダは、シンの頭に響く“地獄からの声”には気付いてはいない。
「よくさあ、「誰かに話せば楽になる」っていうけど・・立場とか、心の整理とか、で話すことができる機会ってないんだよねえ・・・お酒の力でも借りない限り。
 そのお酒を飲むにしても、誰かがいることによって――むしろ誰かによってはこわくなる。当り散らしちゃうんじゃないかって・・・・」
だけど、何かを抱え込む苦しみは理解している。ミランダもまたそうだったからだ・・・・・。
「・・・・・・・・・」
「だからね、僕は、こわかったんだ。お父さんが死んじゃったあと、ライに触れることが・・・・。僕は・・今は触れないことが優しさなんだって決めつけた・・・・」
ミランダはあの時、ライゴに対してなにもしてやれなかった自分を悔やんでいた。
その様を見て、この女も馬鹿だ、とシンは思った。
「俺だって、人の人生に深く関わることが恐かったさ。」
シンはあの時の心情を打ち明ける。
「え」、とミランダは顔を上げた。
「なあ、空間把握能力者って、普通の人と何が違うと思う?」
「・・・・分からない」
言葉は知ってはいても本質は未知。それでも人に影響を及ぼす『言葉』というものは心底恐しい。だから俺は壊そう。
「俺、レイっていう親友がいるんだ。そいつも空間把握能力者だった」
今度の思い出話を話すシンは穏やかだった。
声の質にもそれが表れていた。
「で、どうやって分かり合ったかっていうと・・・・殴りあいだったんだよ」
頬を人差し指の爪でかきながら、昔の悪戯の告白のように苦笑い。
「お互いむきになってさ。きひひっ・・まあ、ぶつかりあったのは互いに譲れないものがあったからなんだけどさ」
けどそこにはある種の爽やかさすらあった。
「笑わせるよなあ。いったいいつの時代の青春ものなんだか・・・・」
まるでカモメの鳴き声の響く海風のような雰囲気をともなう様子。
「・・・・」
この男には何が真実なのか分からなくなる時がある。

「結局どんなに特別な能力をもったとしても、それは“少し変わった力をもっただけの人間”で、それ以上は超えられない。だから、『コーディネーター』って言葉も、『空間把握能力者』って言葉も、『SEED』って言葉も、所詮ただの言葉に過ぎない。言葉は所詮ただの言葉、幻想は所詮ただの幻想、人間は所詮ただの人間――ってことなんだろうぜ?」
しかし、シンはとある答えをミランダに導かせた。
「それじゃあライは!」
「君が幻想にとらわれなきゃ・・・」
「僕のただの可愛い可愛い弟ってことだ!! ああ~、良かった~、安心した~!!」
「・・・・なんで可愛いを2回言った?」
「大切なことだから!!」
「・・・・そうか。一応、公共の場だから声のボリュームは落とそうな」
「うんッ!!」
「・・・・ちゃんと聞いてんのか?」
まあいい、明るくなってくれたことはいいことだ。
「でも俺は・・・・・・その言葉の幻想を使ってライをだました・・・・。」
弱さの告白の次は、罪の告白だった。
「『ガンダム』っていう言葉の幻想のようにかな?」
「・・・・気付いていたかぁ」
『ガンダムのパイロット』という言葉の現実の意味・・・・つまりは『最低野郎』。
ガンダムはただの兵器だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの人殺しの道具――銃の延長したものでしかない。
でもだからこそ8が『アストレイ』という言葉を大切にしているのだと理解できる。
兵器(ガンダム)が戦闘をしない(アストレイ)からこそ意味がある。
戦闘に使えば『アストレイ』という言葉は消える。
そしてそれはただの独善的な最悪の物語だ。
どんなに最後のシーンを名言とキレイな画で仕上げたとしてもそれは、無意味。みんな楽しく地獄へいこう。
「俺はそんな幻想でライを騙したんだぜ? こんな最低野郎に大切な弟を任せていいのかよ?」
「ううん、気にしなくていいよ。」
優しげな雰囲気で首を振った。
「ライのお兄ちゃんになったってことは、君ももう僕の弟なんだから」
「・・・・」
        • 良い笑顔で言うなあ。触れないようにしてきたのに・・・・。
「・・・・やっぱそうなるのか?」
「うんッ、やっぱそうなるんだよ」
まるで本当に嬉しそうに言うミランダを見て毒気が抜かれてしまう。ディエチに次ぐ天敵の誕生だった。

「『家族になる』ってどういうことだと思う?」
唐突にミランダはシンに問う。
「・・・・」
言葉で答えられなかった。
考えたことがなかった。
欲しいとは望んだ。だけど、考えたことがなかった。つまり言葉というかたちの答えが無かった。
「『家族になる』ってことはね、『受け入れる』ってことなんだよ」
「・・・・受け入れる?」
「そう。その証拠にシンはライの心を受け入れた。否定せずにね」
「あれは、復讐心なんかじゃない。タイイチロウさんというもう一人の父親を大切に想う心だ。それを否定したら――ライは人を、誰かを、誰も大切に想えなくなっちゃうじゃないか」
過去に縛られるのはやめろ、なんていうまるで糞で出来たような言葉を口から出すことができるか。俺にはできない。
「ライを『受け入れる』シンを、シンとディエチを僕は『受け入れる』。ほら、これでもう『家族になった』!」
「へっ・・・そうかよ」
なんだかまだ半分は理解できない感じだ。けどもう半分はなんとなく分かる感じか・・・・。
しかし。
ということは、戦争の反対は平和じゃない・・・・ということになる、のか?
『否定』こそが争いの根本だ。
『受け入れない』――から戦争が起きる。
『受け入れる』――から家族になる。
なるほど・・・・いくら誰かが銃をマイクの代わりにして平和を訴えても戦争がなくならないわけだ。
でも、こちらが銃を持つ時点で相手は均衡を保つために銃を持たなくちゃいけなくなるんだから本当の平和が来るわけがないようなあ。
「それにね、全部理解する必要はないよ。『理解する』ことと、『受け入れる』ことは関係ないことだしね。あ、でも、僕にも分かることはあるよ」
「俺の何を信じられるんだ?」
「君はライをここの誰よりも信頼している!」
ミランダは自信満々に言った。
「・・・・・」
「敵を倒すことを教えない――これは『敵を戦う』という選択肢をあえて最初から無くすことで、逃げて隠れて生き残る可能性を極めて高くしているということといえるし。そしてライの最終的な役目は非戦闘員の避難の助力――つまりディエチや私たちが生き残ることに直結している。」 
「・・・・・」
2度の沈黙は肯定の証だった。
それは「正解」と言いたくないからの無言。ようするにシンの意地っ張り。
「そしてもう1つ。“あの時”の君は、『悪役』以上に『ヒーロー』でもあったよ!」

「・・・・くははっ。笑わせるなよ、ヒーローなんてものはいない――俺はただの『ピエロ』さ」
席を立つ。
これ以上、真意を目の前でばらされ続けるのはなんかイラつく。
勘定ここに置いとくぜ、とクシャクシャになった紙切れを置いて、立って急いで帰ろうとした。
背中を向けるシン。
「ライはずっと君の背中を追いかけている。それで焦って馬鹿やっちゃうかもしれないけど大目に見てあげてね」
その背中にミランダは「弟を頼むね」という意味の言葉を出した。
「・・・・そんなの、俺からしたらただの可愛げっていうんだ!」
背中でその言葉を受け止めて、力強く応えた。
あ、とそこで、ふと思い出す。
「そういえば、さっき・・ディエチを入れてくれてたようだけど・・・・」
「ああ、そのこと。僕はね、ものスッッッゴク嬉しかったんだ! あの子に、『お姉ちゃん』って呼んでもらって!!」
「いつの間に!?」
「いつの間にかかな♪」
「ねえ、どんな気持ち? ねえねえ、今どんな気持ち?」
「こぉんのアマ~~・・・・!」
「お返しだよ」
「へ?」
「僕だって悔しかったんだ。ライを君にとられたような感じがしてたんだ」
声には若干恨みの念がこもっていた。
「・・・・俺は俺でしかないんだ、君にはなれない。ミランダにできることを俺はできない・・・」
それは多分、天国へいく人間と、天国の外にいく人種の違いだろう。
「頼みがある。」
自分にしかできないこと、を考えるミランダにシンは頼みごとをした。
「ディエチに銃の無い世界での生き方と楽しみを教えてあげてほしい」
『平和』という状態は本来は人間にとって不自然な状態だ。
だから作るしかない。自分とみんなの意思と手で平和を作るしかない。
そのために銃が必要ならば俺が銃になる。必要がなくなれば喜んで破棄されてやる。『戦場』は必要ない。
「・・・・そんなことで、いいの?」
苦い顔をしたシンに対し、ミランダはその価値を理解してはいなかった。
シン・アスカの真価は『戦場』という非日常にこそある。つまり日常では・・・・・
「俺は・・・戦争に征ったらそのまんまで不安にさせながら待たせて、女の子らしい楽しみをさせてやれなかった・・・・。寂しさの根本を埋めてやることはできなかった・・・・ッ。君がディエチに『お姉ちゃん』と呼ばれているなら・・・・ッ」
剥がれていく『英雄』という言葉。
削がれていく『羅刹』という言葉。
最後に残ったものは、ただの自身の無力を嘆くシン・アスカという名の青年。
「頼む、ディエチに『お姉ちゃん』との楽しい時間を過ごさせてやってくれ・・・・ッ!!」
頭を下げて頼んだ。
握り込んで震えている拳は、自身の無力さに対する悔しさと怒り故に。

「お姉ちゃんにまかせなさい!!」
ミランダは胸を張り、右手で自身の胸を叩いて快く承諾してくれた。
「ただし!」
ビッ、とミランダはシンを指さし。
「今度、荷物持ちをすること!」
とウインクをしながら特権を振りかざすように笑顔で言った。
「了解したぜ、姉ちゃん」
フゥ・・、と観念したため息をつき、笑みを浮かべて了解した。気のせいだろうか、“また”背中に何かを背負った感じがしたが、その重みは心地いいものだった。
「あ、そうそう。次はシャンパンを一緒に飲もう」
「お酒は酔えればなんでも良かったんじゃないの?」
「しょっぱい酒には飽きたのさ」
と、少しだけ久しぶりに歳相応に生意気に大人ぶってみた。
「子供はホッとミルクでも飲んでなさい」
「ちっ・・・・やれやれだぜ」
シンはこの後ディエチのところへ帰るのが楽しみだった。
あの娘の話を聞きたい。
ディエチがミランダを『お姉ちゃん』と呼んだことは日常の何気ない数秒のことだったのだろう。
その数秒の前、ディエチは大きな勇気が必要だったはずだ。
けど数秒の後は宝石よりも輝く生涯において宝物なはずだ。
その宝物の自慢話を俺は聞きたい。笑顔で良いことがあったことを話すあの娘に早く触れたい。
そして明日ライに言おう、「信頼している」と。・・・・多分俺のことだから上手くは言えないだろうけど、けど話そう。
じゃなきゃ、ケンカは終わらない、仲直りは始まらない。





隅の席で、そのテーブルの下。
亜麻色の髪の少女と漆黒の髪の青い瞳の少年が身を縮めて聞き耳を立てていた。
「ね、だから言ったでしょ? シンさんはああいう人なんだよ。恨まれてもいいからという誤解を生みやすい人なんだよ」
「・・・・」
ライゴという少年は目に涙を浮かべかけていた。
「今回は信頼と心配のうち、心配が大きくなっちゃっただけなんだよ。はいティッシュ」
その滴をあえて見ない。
ライゴは鼻を思いっきりかんでそのついでに鼻水以外の液体も拭き取った。
「マスター、ホットミルク2つ、きな粉と砂糖入りでな」
とそのテーブルに座っているドクター・コクブンは子供の前で吸うことができない煙草の箱をイライラといじりながら注文をする。
「注文したのが来たら飲んで子供はとっとと寝んな」
テーブルを指でトントンと叩いて2人に熱いきな粉と砂糖の入ったホットミルクを飲むように促した。
無口で不器用で、でも、優しい男はいつの時代もいるものだ。

大変勝手で恐縮ですが、
ミランダのCVは又吉愛さん、
マスターのCVは大塚明夫さん、
ドクターのCVは金竜さん、でご想像お願いします。

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最終更新:2013年04月20日 20:41
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