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飛鳥さんへの道
『………なんだったんだ、あの機体は?』
竜宮島から去っていくアンノウン・エクストライカーズと呼ばれた二機をシンは訝しげな目で眺めるしかなかった。
通信から聞こえた反応からすればカガリが呼んだようではあるが、何者なのだろうか。
ああいった「戦場に突然現れる敵か味方か分からない謎勢力」には碌な思い出がない。
正直、歌姫の騎士団やらソレスタルビーイングやらダンクーガやらでもう心底うんざりなのだが。
今すぐにでもカガリを問い詰めたくなるが、今はそれどころではない。先ほどから鳴り響いている警告音を何とかしなくては。
『シン、それよりも腕が!』
ルナマリアの言う通り、先ほどのスフィンクス型との接触で両腕が同化され始めている。
VPS装甲のおかげで速度こそそう速くはないが、胴体にまで浸食されると取り返しがつかなくなる。
幸い、インパルスは無事なのだから腕が同化されるだけで済みそうだ。
『ああ、分かって―――!?』
ルナマリアに返事をしようとした瞬間にアラートが鳴り響く。
見れば海中からフェストゥムが浮かぶように現れていた。
数こそグレンデル型が5体にスフィンクス型が1体と少ないが、一匹でも通したら竜宮島そのものが終わりかねない。
焦れる心とは裏腹に頭は冷静に状況を分析しだす。
たとえ少数と言えど、ルナマリアでは対応しきれないだろう。
かと言って腕がないデスティニーでは倒しきるのはキツイものがある。
やはりファフナーに任せるべきなのだろうが、そのファフナーもまともな武装がない状態。
ナックルガードこそあるが、今日乗ったばかりの相手に距離を完全に詰めての接近戦を強いるのは酷だろう。
しかしだからと言ってスコーピオンでは火力不足、正直あってもなくても大差がない。
それらを踏まえたうえでとるべきは。ルナマリアもその結論に達したのかビームサーベルを構えている。
ただし、それはフェストゥムに対してではない。デスティニーに向けて、だ。
『………ルナ、ファフナーの護衛を!』
『くぅっ、分かってるわよ!』
まずは腕の同化を食い止めなくてはならない。これ以上の浸食を防ぐためにインパルスに両腕を切り落としてもらう。
地面に重い音を響かせて腕が落ちた。しかしその腕もすぐに気味の悪い色をした結晶へと変化。
だが、いい。あのまま放置していたのなら機体ごと同化されてしまうのだ、それよりはマシ。
『ありがとう………真壁司令、使えるファフナーの武装は!?』
『格納庫にならルガーランスがあるが、何をするつもりだ?』
『一度引っ込ませて下さい、こちらで時間を稼ぎます!』
シンの言葉に、真壁司令は言葉を失ったかのように黙り込む。
自分の命を慮ってくれるようなその反応に少しだけ嬉しくなる。
少しだけトダカのことを思い出したが、しかし今は喜んでいる場合でないことも事実。
『どっちみちスコーピオンだけじゃ無理でしょう、ルナマリアに護衛させますから急いで!』
『………8番格納庫へのルート情報をそちらに送る、多少距離があるが持たせられるか?』
『持たせてみせますよ………ファフナーのパイロット、聞こえてたな!』
『え、あ、ハ、ハイ!』
いきなり話を振られて一騎は動揺した声をあげるが、しかしシンは構うことなくファフナーを庇うように前に出る。
『よし、ならすぐに下がれ!』
『ま、待って下さい、それじゃ貴方が!』
シンの言葉に、しかし一騎は納得できないのか不安げな声を上げた。
実際、一騎の言うとおりデスティニーは腕を失っている。
戦力の低下は火を見るよりも明らかだろう。しかし、それでもだ。
『お前よりはもたせられる! ルナ、引っ張ってでも連れてけ!』
『ええ、必ず間に合わせるからね! ホラ、行くわよ!』
そう言い残し、強引にマークエルフを押すかのように格納庫まで飛行していった。
インパルスとマークエルフを見届けると、コックピットの中で一人ごちる。
『………さて。腕がない、わけだけど』
「あなたは、そこにいますか?」
しかしご丁寧にもフェストゥムは頭の中に質問をしてきてうっとおしいったらない。
そのうっとおしい言葉を無視して誰に語りかけるでもなくシンは言葉を重ねる。
『腕がなきゃデスティニーは戦えない、とか思ってんだろ?』
「あなたは、そこにいますか?」
『生憎だけど、腕がないぐらいでデスティニーは戦えなくなったりしないぞ』
「あなたは、そこにいますか?」
『そんな状況、何度かあったけどそれでも俺生きてるしな」
「あなたは、そこにいますか?」
『………ああ、もう、見れば分かるだろ! 少しは自分で考えたらどうなんだ!?』
シンがそう怒鳴り返すと否定の言葉とみなしたのか一斉に襲い掛かってきた。
グレンデル型が2匹ほどインパルスの方へ向かったが、それはもうルナマリアに任せるしかないだろう。
今はこれ以上通させないのが先決、大体庇ってやれるほどの余裕はないのだから。
ただ、なんにしても来るのなら叩き潰すだけだ、容赦してやる必要なんかない。
まずはアロンダイトをウェポンラックの中で展開させる、しかし流石に背負ったこれを直接ぶつけるのは無謀だろう。
だから。デッドウェイトになる前に放棄する。器用に空中で宙返りをしてアロンダイトを地面へと落下させる。
当然、地面を這いずり回るグレンデル型の真上に、だ。
回避が間に合わずに身体の中央に突き刺さり、同化するよりも早くグレンデル型は消滅。
そのまま地面すれすれを飛び回りながら右脚でグレンデル型を蹴ってアロンダイトの刃にぶつけて叩き斬る。
しかし蹴った右脚に同化現象が始まる、それならばと右膝で残る一匹のグレンデル型を勢いよく押しつぶした。
膝からも同化現象が起こるが、どちらにしても同じことだ。地面に突き刺さったままのアロンダイトの刃めがけて蹴りを放つ。
当然、デスティニーの右脚は太腿から切り落とされてしまう。しかし同化現象を食い止めるにはこれしかない。
(これで、やれるのか? いや、やらなけりゃあ!)
両腕はなく、右脚もない。そんな状態でスフィンクス型を相手取れるのかと不安で押しつぶされそうになってしまう。
だが、やらなくては。少なくとも現時点では最善の手を打ち続けているのだ。
これからも最善を尽くす。いつだってそうしてきた。
―――もっとも。最善を尽くしたからといって結果がついて回るわけではない、ということも理解はしている。
インパルスに先導されながら、一騎は後ろ髪をひかれる思いでフェストゥムを引き受けているモビルスーツを見る。
どんどんとボロボロになっていく機体がひどく痛々しい。
沈痛な思いもだが、それ以上に疑問がわく。どうしてあそこまでするのだろうか、という思い。
焦れる思いのままに、気づけば口を開いていた。
『あの、なんであのガンダムのパイロット』
『黙ってなさい、舌噛むわよ』
『あんな無茶な真似をするんです?』
『だから黙ってなさいって、のっ!』
近くに寄ってきたグレンデル型をサーベルで斬ろうとするが避けられる。
しかしマークエルフがどうにか照準を合わせてスコーピオンを撃ち込んだ。
二度、三度と痙攣するように震えたが、直に動きを止めて消滅していった。
『あんがと。とにかくあなたは格納庫に向かうことだけを考えてなさい!』
『………でも、あの人がっ!』
『あなたを』
納得がいかない一騎に対して、戦場に不釣り合いな程に穏やかな、諭すような声が返ってきた。
『あなたを生かすためにあいつは今あそこで踏ん張ってるの。ここであなたが突っ込んで行ったらあいつの頑張りが無駄になるわ』
『っ、けどっ!』
『今あなたが何の考えもなしに突っ込んで死んだりしたら』
そんなつもりはない。そう言い返そうとするがしかしインパルスのパイロットはそんな暇を与えることもなく言葉を続けた。
一騎にとっては全くの予想外となる言葉を。
『私は、何が何でもあなたを生き返らせて、それからあんたを殺すわよ?』
『っ!?』
言葉の剣呑さとは不釣り合いな、相変わらず穏やかな声。
だからこそ、その穏やかな調子で紡がれた言葉は何よりも一騎の心に突き刺さった。
『生き残るの。あんたはそれだけ考えてなさい、今はそれでいいから』
それでいい。そうは言うけれど、それでも心は納得してくれなくて。
しかしだからと言って彼女の言ったように彼の頑張りを無駄にするわけにもいかない。
どうすれば、と焦れる一騎の頭に、相変わらず冷静な総士の声が響いた。
『一騎。どちらにしても今の兵装では前に出たところで足を引っ張るだけだ』
『分かってる、分かってるんだよ! だけど、さあ』
『だから兵装を追加しろ、そうすれば足手まといにはならない』
総士の言っていることが一瞬理解できずに二度、三度と瞬きをした。
そうしているうちに言葉の意味が染み渡る。要するに、だ。
『ルガーランスひっつかんだら、そのまま突っ込めってことか?』
『………サポートはこちらで行う』
親友の相変わらずの不器用さに、こんなときだというのに思わず苦笑してしまいそうになる。
そうだ、生き延びなくてはならない。だが、それは自分だけに言えることではないはずだ。
名前すら知らない彼だってこんなに思ってくれている人がいるのだ。
だったら、それはひょっとしたら自分よりもずっと「在る」べき人だと一騎は思う。
『死なせる、もんかよ………!』
静かに、しかし確かな意思を込めて一騎はそう、呟いた。
『流石に、ヤバい、か………!』
言葉もなくスフィンクス型はデスティニーを叩きつぶそうと腕―――恐らくは腕だろう―――を振るってくる。
紙一重の差で避けれてはいるが、本当にギリギリの回避だ。いつ当たったっておかしくはない。
SEEDの反応に加えて相手の動きを読んでこれだ、フェストゥムの読心能力を考えればよくもった方だろう。
装甲の各部はワームスフィアーによって所々消滅し電装やフレームが露出してしまっている。
ウイングバインダーの片方は根元から千切れ飛び、残ったほうもスフィンクス型の腕に当たって同化された。
地面に刺さったアロンダイトで焼き切ってそれ以上の浸食は防いだが、もういよいよだろうなという実感がある。
間に合わなかった。そんな考えは実のところない。格納庫までマークエルフが退避できたのは通信で確認している。
だったら十分だ、やれるだけのことはやれた。心残りがないと言えば嘘になるが、これなら上出来だ。
もっとも。だからと言って生きることを諦めるつもりは毛頭ないのだけれど。
(ない。けど………流石に、これ以上はっ!)
スフィンクス型がコクピットめがけて腕を伸ばそうとしているのが見え、よけようとするが機体の動きが鈍い。
ここまでか。そう感じたその刹那。
『―――――――――ぅぅぅぁぁぁああああああああっ!!』
後方から迫る声。ファフナーのパイロットの声だと感じるのとレバーを操作するのはほとんど同時だった。
機体を強引に動かし、スフィンクス型の腕めがけてCIWSを叩きこむ。
その程度では腕が吹き飛ぶはずもない、しかし僅かにその腕の軌道がずれる。
そしてデスティニーの頭部にそれた腕が突き刺さり、スフィンクス型の胴体にはマークエルフのルガーランスが深々と突き立てられていた。
ファフナーのパイロットの荒い息がデスティニーのコクピットにも聞こえてきた、無我夢中だったのだろう。
だから、ルガーランスの使い方もまだちゃんとわかっていないのだ。
『ファフナーのパイロット、まだ終わりじゃない!』
『くっ、こいつ、まだ生きて!』
腕を動かすスフィンクス型に思わず突き刺さったルガーランスを引き抜こうとする。
だが、その動作はデスティニーからの叫びで引きとめられた。
『そうじゃない! 終わってないのは「ルガーランス」の方だッ!!』
シンの言葉に一騎は戸惑う声を上げる、しかし総士が用意してくれたのかルガーランスの説明が頭の中に流れる。
終わりじゃないとはそういう意味だったのか、そう理解するのと総士の声は同時だった。
『一騎、そのまま撃ち込め!』
『吹き飛べええぇっ!!』
一騎の叫びとともにルガーランスが展開し、内部のレールガンがスフィンクス型へと撃ち込まれた。
ルガーランスによって身体の半分以上が消し飛んだスフィンクス型はそのまま消滅していった。
『や、やった………のか?』
『ああ、周囲に反応はない。これで全てのはずだ』
総司の言葉に一騎は気が抜けたのか、大きく息を吐いた。
初めての実践を潜り抜けた一騎にシンは労いの言葉をかけてやりたかったが、それにはまだ早い。
まだ、やらなくてはならないことが残っている。
『ファフナーのパイロット』
『あ、ハイ。えっと?』
『自己紹介は後でな。どうしても、まだやらなきゃいけないことがある』
シンの言葉に一騎は不思議そうに眉を寄せた。やらなければならないこと、とは言うがもうフェストゥムはいないはずだ。
それに、あのガンダムのパイロットはなんだってああも重い口調なのだろうか。
ファフナーのパイロットがよく分かっていないことに気付いたのか、改めてシンは用件を伝える。
『頭部にフェストゥムの攻撃を受けたんだ、このまま放っておいたらすぐに同化される。だから』
一度区切り、軽く息を吸う声が聞こえた。
『頭部を、切り落としてくれ』
『―――――え』
言葉の意味が一瞬理解できず一騎は思わず呆けた声をあげてしまう。
戦いの熱で熱いままの頭の中で言葉を整理し、意味がようやく理解できた。
もっとも、納得できたかどうかは別なのだけれど。
『そんな、でも!』
『早くしろよ、まだ頭部だけで済んでるんだ。胴体まで達したら脱出も難しくなる』
言いたいことはわかるのだ、わかるのだが心が納得してくれない。
このモビルスーツは先ほどまで自分を逃がすために戦ってくれていたではないか。
言わば一騎にとっては恩人だ、その恩人の首を切り落とすという行為はどうしても一騎の心をざわめかせてしまう。
命を奪うことではないとは分かっていても、ひどく嫌な気分だ。
『一騎、インパルス―――お前を護衛していたモビルスーツを待ってはいられない』
『けど総士、そんなの』
『お前がやらなければ、あの機体はこのまま同化される』
『~っ』
歯を食いしばる。これがフェストゥムと戦うということなのか。
恩人すらも呆気なくいなくなってしまう。それを防ぐためにひどく無残なことを行わなくてはならない。
それを、このファフナーに乗ってやらなくてはならない。
嫌悪感に一騎は顔を歪めるが、モビルスーツからは対照的に穏やかな声が返ってきた。
『いい気分はしないだろうけど――――頼むよ。俺の相棒なんだ。まだ、ここにいて欲しいんだ』
さっさとしろ、いつまで迷っているんだ。そんな言葉だったのなら踏ん切りはつかなかっただろう。
叱咤激励でもない、切実な願い。それに突き動かされるようにルガーランスを構えた。
『………一騎、迷わずに振りぬけ。真っすぐ振らないと斬れないぞ』
総士の言葉に痺れる頭と乾いた口でああ、とだけ答える。
やらなくては、ならない。それが恩人に対する恩返しだ。
穏やかな言葉を口にした者に対する、せめてもの感謝の気持ちのはずだから。
息を吸い、吐く。二度、三度と繰り返して覚悟は決まった。
しっかりと斬るべき箇所を見据える。切り落としやすいようにわざわざ首を動かしてくれていた。
ごめん。目の前のモビルスーツに対してそう心の中で口にして―――――ルガーランスを振りおろした。
嫌な衝撃が伝わり、次いで重い物が落ちる音が聞こえた。
『………ありがとうな。見た感じだけど胴体の方に浸食はない、このまま修理に回せそうだ』
『はい』
暗い声を返すファフナーのパイロットにどう返したものかと考えあぐねる。
正しいことをしたんだから気にする必要はない、お前は悪くない。
確かにそうではあるが、それは理屈だ。理屈で人は納得しきれない。
色々と考えるが、結局大した言葉は浮かばない。だから、自分がいま思っていることをぶつけるだけだ。
『………あのさ。気にするなよ、俺は気にしないから』
『しますよっ』
そりゃそうだよな。口にはしないがそんな言葉が頭をよぎる。
気不味さで二人とも黙りこむが、いつまでもそうしてるわけにはいかない。
どうにか話題を見つけようとして強引に口を開く。
『ええっと。なんだ、なんにしても助かったよ』
『役に立ったんでしょうか、俺』
『立ったさ。俺がここにいるじゃないか、お前がいなきゃ俺、いなくなってるんだぞ?』
『………けど、モビルスーツが』
デスティニーの状態を確認する。確かにファフナーのパイロットが心配するのも当然な、ひどい有様だった。
だが、それでもちゃんと生きているのだ。どんなにひどくても、生きている。
『いいよ別に………俺は生きてるからな。生きていれば、明日ってのはきっとやってくるよ』
そう言い、コックピットのハッチを開け放ち空を見上げた。
清々しいぐらいの蒼い空が広がり思わず顔をしかめてしまう。
先ほどまでの激戦などまるでなかったかのようなこの蒼穹が何となく面白くなかった。
だから。横を向いた。デスティニーを救ってくれたファフナーを。
マークエルフもまた「蒼い」機体だったが、空ほどの不快感を感じることはなかった。
一騎はファフナーから降りた後、整備班に無理を言ってデスティニーの回収現場に連れてきてもらった。
自分が首を切り落とした機体だ、どうしても気になってしまい付いてきたのだが。
「なんだかな………」
来てから気づいたのだが、することが何もない。
無理を言ってしまって悪かったなと思いながらデスティニーの回収作業をぼんやりと眺めていた。
デスティニーは本当にひどい有様だった。両手両足ともに切り落とされ背中の翼も千切れ飛び。
装甲も削り取られている箇所以外にも細かい傷が付いていてひどく痛々しい。
そしてとどめとばかりに切り落とされた頭。
その損傷のほとんどが自分から切り落としたものなのだからフェストゥムと戦うということの意味をまざまざと現わしていた。
そんな無残な姿をさらすデスティニーを、シンは何も言わずにただじっと見ていた。
一騎はシンの背中を眺めるだけで、その表情を窺うことはできない。
前にひょいと回ってみればいいではないかと頭では言うのだが、それはしてはならないことだと思う。
彼の握りしめたまま開こうとしない拳を見ていれば、好奇心だけで見る気にはなれない。
最早残骸とすら呼べる自分の乗機を、彼は一体どんな気持ちで見ているのだろう。
何となくではあるが、一騎は知りたいと思った。彼の気持ちも、彼がどんな人なのかも。
そんなことを思っていたら、後ろから肩を叩かれた。振り向いてみればそこには先ほどのインパルスのパイロットが。
「ど、どうも」
「なに、あいつのこと気になるの?」
「………まあ、首、切り落としましたし」
ああ、と何かを察したように彼女は軽く笑った。なんだか見透かされているようでむず痒い気持ちになってしまう。
軽く頬を書いていると、彼女の方から頭を下げてきた。
「さっきはゴメンね」
「ちょ、な、謝ることなんて別にないでしょう!?」
「あーいや、結構な暴言吐いちゃったし………中学生にはきつかったでしょ」
「いえ………それだけ、あの人のことを心配してるってことでしょ?」
恋人同士なのかな、と思っての発言だったが、しかし一騎の予想に反して彼女は何とも言えない表情を浮かべるだけ。
何か不味いことを言ってしまったのだろうかと逃げ出してしまいたくなるがなんとか我慢。
「あの、なにか不味いことでもいいましたか、俺」
「あー………いや言ってない言ってない。まーなんていうの、私の心配とかあいつ絶対気づいてないんだろうなーとか」
「さ、流石にそんなこと」
「ていうかね、何が悲しくてモビルスーツに嫉妬しなくちゃならんわけよ。なんなのよあの恋人見るような目」
恋人を見るような、とは言うが一騎はさっきから彼の後ろ姿しか見ていない。
それは彼女も同じのはずだ。そんな考えが顔に出てたのか、彼女はくすくすとおかしそうに笑う。
「そこそこ付き合い長いからね、どんな顔してるかぐらい予想付くわよ」
「あの、やっぱり恋人同士なんですか?」
「よう分からん。あンの朴念仁、恋人らしいことしてくれないのよねー」
愚痴じみたことを言いながらも、しかしその表情はどこか嬉しそうでもある。
惚気られたんだろうかと少し真面目に考え込むが、彼女から背中を強く叩かれて思考はとび散ってしまった。
「っっっ、つ~!」
「まっ。無事生き延びれてよかったよかった」
「だからって叩く必要はないでしょうが!」
「文句言わない、男の子でしょ。そんなんで文句言ってたらね、女の子って不安になるのよ」
彼女の言葉に一瞬ある女の子の顔が脳裏によぎったが、正直なところ痛みでそれどころではない。
「痛みでとばなきゃ覚えときますよっ」
「あっはっは。自己紹介がまだだったわね、私はルナマリア=ホーク」
マイペースな彼女―――ルナマリアに恨みがましい目を向けるが全く気にした様子もない。
そんな自分が少し子供っぽいような気がして、気を取り直したように咳ばらいをした。
「真壁一騎です。えっと、あの人は」
「ああ、んー。まあ直接話せば?」
ルナマリアの言葉に、一騎は意外そうな顔を浮かべた。
いや、確かにルナマリアの言う通りではあるのだが。
こんな風にあっさり言われると、それはそれで虚をつかれてしまう。
「ま、頑張んなさいよ中学生。あいつあれで結構面倒見はいいから」
することがあるのか、そう言い残してルナマリアは立ち去ってしまった。
呆気にとられてルナマリアの背中を眺めるしかなかった。
別に、彼女の見えそうで見えないミニスカートが気になったわけではない、断じてない。
総士と違って自分はムッツリではないのだから断じてない。
馬鹿なことを考える頭を軽く振って気持ちを切り替える。確かにルナマリアの言うとおり直接話せばいいだけだ。
先ほどは通信でとはいえ出来ていたことだ、出来ないはずがない。
近寄ってくる気配を感じたのか、彼がごく自然に振りむく。
その、赤い瞳がひどく印象的な彼に向って軽く頭を下げる。
「あの、すいません。俺は――――」
それが、彼―――シン・アスカとの長い付き合いになるとは、一騎は予想だにしていなかった―――
2
「準備はいいか、二人とも!」
「大丈夫ですアスカさん、いつでもいけます!」
「見せてやりますよ、正義の力って奴をサァ!」
シンの言葉に一騎と浩一は頷く。しかしその顔に浮かぶ表情は対照的なものだ。
一騎は唇を固く引き結んだ決意の表情、浩一はにっと笑いを浮かべた不敵な表情。
だが、二人から感じられるのは確かな頼もしさ。あの二人がよくここまで成長してくれたものだとシンは嬉しくなってくる。
「よし………いくぞ!」
シンの言葉と共にデスティニーはウイングバインダーを広げて紫に輝く光を放出し、一気にライオットXへと接近する。
その動きが合図だったかのようにマークザインとラインバレルはルガーランスとエグゼキューターを展開。
エネルギーが集束していく中、ラインバレルの機体色が黒へと変化していく。
オーバーライドのためのカウンターナノマシンを起動したラインバレルと共にマークザインはエネルギーを解き放つ。
「俺がお前を消してやる!」
「オーバーライド…いくぞ、ラインバレル!」
二機はルガーランスのプラズマ光とエグゼキューターのビームを最大出力でライオットX目がけて放出する。
そのエネルギーから逃れようとライオットXは上昇するが、させるものかとばかりにデスティニーがその頭部に掌を押し当てた。
「このまま、押し込むっ!!」
そして、パルマフィオキーナを連射しながらルガーランスとエグゼキューターへとライオットXを押し当てていく。
エネルギーの奔流を受けライオットXの装甲がじりじりと融解していく、だがこれだけでは仕留め切れそうにはない。
一騎と浩一もそのことに気付いたのか、ラインバレルが太刀を抜き払い転送を行う。
「これで、どうだっ!」
右腕からの袈裟切り、左手からの逆袈裟。そしてそこからの交差切りへと繋げる連続切りで装甲を切り裂いていく。
剣術と呼ぶにはまだまだ荒削りで未熟な物だが、確実にライオットXにダメージを与えている。
デスティニーもまたフラッシュエッジⅡを抜き払いラインバレルの隙をカバーするようにライオットXを切りつける。
ラインバレルが足を止めて何度も切りつける中、デスティニーが周囲を飛び回りながら切りつけて離脱することを繰り返す。
しかし、それもでも尚決定打にはなりえない。どうするかと思案し、こちらに向けて接近するマークザインを確認。
それならば仕留めようがある。そのための策をまずは浩一に伝えようとしたが、それよりも早くラインバレルは転送で離脱する。
浩一は、そして恐らくは一騎も今できる最善の手にいきついたのだろう、そしてそれはシンの考えていることと一致する。
―――本当に二人とも頼もしくなった。二人の少年は自分と並び立ち、そしていつかはきっと自分を追い抜いていく。
嬉しさに頬が綻びそうになるがぐっとこらえる。喜ぶのは後からでも出来る、今は自分に出来ることを。
離脱したラインバレルがエグゼキューターを構え、エネルギーを充填している姿を横目にデスティニーはライオットXを蹴り飛ばす。
引き剥がされ吹き飛ぶライオットXに向けてCIWSを撃ち込む、しかしそれはあくまでも牽制のためのもの。
本命――――アロンダイトを右手で掴んでウェポンラックから引き抜き展開、そのまま真っすぐに投げつける。
見事にライオットXの腹に突き刺さったアロンダイト、しかしデスティニーはビームライフルと長射程砲を構えて連射し更なる追撃を。
ビームがライオットXを貫いていく、そしてそのビームの雨の中をルガーランスを構えたマークザインの巨体が掻い潜る。
「そこだぁーっ!」
一騎の叫びとともにルガーランスがライオットXに叩きつけられる、その姿は軽やかともいえるラインバレルとは対照的に重厚感に満ち溢れたもの。
一度、二度と切りつけてから既にアロンダイトを突き立てられたライオットXの腹に深々と突き刺した。
マークザインはルガーランスを展開させ、同時にアロンダイトを掴んで自らの腕と同化させる。
ルガーランスのチャージ音と共にアロンダイトが同化し緑色の綺麗な結晶に包まれていく。
そして、ラインバレルの構えたエグゼキューターには超高密度で圧縮され、物質となったエネルギーの刃が。
「エグゼキューター、充填完了! 跳べっ、ラインバレル!」
浩一の声に応じラインバレルはライオットXの眼前へと転送を行い、同時にルガーランスからプラズマ光が発射される。
だが、それで終わりはしない。ルガーランスとすでに同化が完了したアロンダイトを同時に引き抜こうとする。
そしてラインバレルもまたエグゼキューターの刃をライオットXの首に狙いを定めて振りかぶっていた。
「俺たちは、ここにいるんだぁぁっ!!」
「いっけええええっ!!」
ルガーランスとアロンダイトを引き抜きながらの交差切りとエグゼキューターによって首を切り落とされたライオットX。
しかし、それでもまだ動こうとし、離脱していく二機に狙いを定めようとする。
だが、少し離れていたところにいたデスティニーはその行動を阻止するために右手を真っ直ぐに伸ばし一直線に突っ込んでいく。
「これで、終わりだぁっ!!」
パルマフィオキーナの青い光がライオットXの胴体を貫き、ジ、ジ、と火花が散るような音の後にようやく爆散する。
爆発の中をデスティニーが突っ切りながら地面に着地。勢いを止めきれずに土が抉られる中で背中のウイングバインダーが閉じる。
その側ではマークザインがライオットXが「いた」ことを心に刻みつけるかのように爆発を見ながら佇んでいる。
ラインバレルは爆発を背に腕を組み、ゆっくりと機体の色が黒から白へと変化しオーバーライドの終了を告げていた。
運命の翼。存在を選んだ巨人。正義の鬼神。三機による連携によってライオットXは完膚なきまでに破壊された―――
最終更新:2014年02月02日 13:22