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東方種子語15話(前編)

「貴女が妖怪の山にいらっしゃったという風祝ね」
ぴしり、と背筋を伸ばして正座をする空色の着物を着た女性が優雅に微笑む。
しかしその衣服には所々に純白のフリルが付けられていてどこか妖夢と同じ、しかし妖夢以上に気品のあるハイカラさを感じさせる。
着物と同じ色の帽子にはまるで幽霊がつけるような白い三角巾、その中央には反時計回りの赤い霊魂のような模様が描かれていた。
ウェーブがかかった桜色の髪を揺らしながらまるで死人のような、しかし美しい白い肌に紅梅色の瞳が映える。
彼女の周りを感覚の目を凝らしてみてみれば色とりどりの蝶が優雅に飛び交っているのが見えるだろう。
その蝶は儚げであり、しかしそれ以上に触れることへの忌避感を感じさせるどこか不吉さを感じさせるもの。
そんなものを周囲に漂わせているというのに、彼女に対する印象は危うさを全く感じさせない。
むしろどこまでも美しく優雅であり典雅極まりない。彼女こそがこの白玉楼の主にして幽冥楼閣の亡霊少女、西行寺幽々子その人である。

「初めまして、この白玉楼の主人を務めている西行寺幽々子と申します」
「は、はいっ、お、お構いなく」
緊張のためか頓珍漢な答えを返してしまった早苗に気を悪くすることもなく、むしろくすりと優雅に笑うだけ。
しかしそこに馬鹿にするような響きはまるでなく、
気にする必要はないという気遣いだけが
伝わってくる。
緊張でしびれる頭だったが、神奈子や諏訪子とはまた違うものの彼女もまた人の上に立つものなのだなとぼんやりと理解出来た。
「どうぞ、ごゆるりと。ところで」
ぺこりと頭を下げてからようやく幽々子は先ほどから気になっていた物に視線を向けた。
そう、この部屋に入ってきてからというものずっと頭を押さえているその姿。
何故そんな事をしているのか、何故そんな事をしなくてはならないのか、何故そんな事をすることになったのか。
そんな思いを込めながら心底不思議そうに首を傾げて。

「どうしたの霊夢?」
「なんでもないわよチクショー」
先ほどから頭を押さえて悶えている霊夢に問いかけるが、そう言ってむくれる霊夢の頭には立派なたんこぶが。
二人のやり取りに早苗は何とも言えない微妙な表情を浮かべざるを得ない。
これが事故によるものなら早苗も心配するのだが、至って自己による責任なものだからそんな表情になってしまう。
ちなみに魔理沙はニヤニヤと噴き出す直前の顔を、アリスは呆れ返った顔を、デスティニーは面白くもなさそうな顔を。

三者三様の反応ではあるがとりあえず共通点としては。
「ほっとけほっとけ、自業自得だぜ」
「フォローしようがないわねえ」
「ま、主人を危険にあわされたのでは、ね」
まあ、誰一人同情していなかった。魔理沙の言うとおりまさしく自業自得である。
たんこぶの原因はシンである。霊夢達が妖夢に連れられて客間に通される直前にがつんとやっていた。
女性に暴力を振るうんじゃないわよと霊夢はぼやいていたが、霊夢は霊夢で散々妖夢を煽ったのだから当然と言えば当然だろう。
だが、それを知らない幽々子は唇に人差し指を当ててしばし考え込んで。

「………野獣と化したシン・アスカ?」
「違うぜ!?」
頓珍漢な事をのたまう幽々子に魔理沙は片手でツッコミを入れておいた。
しかし幽々子は頬を子供のように膨らましながらもどこか嬉しそうに笑っている。
霊夢とは違った方向性でマイペースな彼女に魔理沙は疲れた目を向けるしかない。
そんな二人のやり取りを見ていたアリスはなんとなく頭に浮かんだフレーズを口ずさんだ。
「おっとこはおおかみなのっよー」
「きっをつっけなさっいー。僕もだがよく知っているね、アリス?」
「いや自分でもなんでなんだか」
「私、そっちより探偵局の方が好きでした」
懐かしいのか、うんうんと感慨深げに頷いている早苗にアリスはそんなのもあったなあと懐かしくなる。
分かる人の歳がばれそうな会話をしている三人に魔理沙は不思議そうな顔を浮かべた。


「何の話だぜ? なんにしてもシンはそんなことはしないぜ、幽々子」
「正直、私は今でも疑ってるけどね」
魔理沙のフォローを否定するのはお茶を入れに部屋から出ていた妖夢だ。
その声に魔理沙は不満そうに唇を尖らせるが、妖夢は大して気にもしていないのだろう。
何を言ってやろうか考えていた魔理沙だったが、妖夢の髪型が変わっていることに気付く。
変わっている、というよりは前と同じ髪型に戻していると言った方が正確か。
魔理沙の視線を感じたのか、妖夢は余計なことを言うなよとばかりに魔理沙を視線で制する。
その視線が一瞬、外の方に向けられていることに本人は気付いているのかは定かではなかったが。
人数分のお茶を持ってきた彼女は襖を静かに閉めて幽々子に一礼をした。
「幽々子様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、妖夢。最近すっかり冷え込むからあったかいのが欲しくて欲しくて」
「いえ、これぐらい当然です」
ことり、と小さな音を立てて目の前に置かれた湯呑みを、幽々子は両手で持ってその熱に頬を緩ませる。
それは霊夢達も同じことだ、初冬に差し掛かろうというこの寒さは流石に堪える。
しばらくはそうやってお茶を飲んで体を温めていたが、やがて幽々子が妖夢にねだるような目を向け。

「ところでお茶菓子は?」
「お煎餅を要求するわ、あ、当然醤油ね」
「最中の甘さが欲しいところだぜ」
「ははっ、砂でも食ってなさいよ。というか幽々子様、ただご自分が食べたいだけでしょう?」
「ち、違うわよう。風祝さんにこの幻想郷ならではのお菓子を振舞いたいだけよ。ね、あなたも食べたいでしょう、お菓子」
「ええと。確かに気にはなりますが、お気持ちだけ受け取っておきます。ここのご飯はおいしすぎるので」
「いいことじゃない」
「乙女的に不味いことになりそうなんですよ! というかなった!」
切実な早苗の叫びにその場にいる全員があー、と何とも言えない声をあげて納得する。
要するに、体重が増えたのだ。なにせここは幻想郷、外の世界、というより都会と違って食材がどれもこれも新鮮そのもの。
おいしいおいしいと言ってご飯をおかわりする早苗の姿が脳裏によぎってしまう。
その結果が体重計に現れたのだろう。胸にも大して脂肪がいかなかったその時の早苗の絶望はいかばかりか。
全員女性―――デスティニーは微妙なラインだが―――なのだ、早苗の気持ちはよく分かる。

「は? 食事できるのに贅沢言ってんじゃないわよ、食うわよあんた食欲的な意味で」
とある巫女Rさんを除いて。
「落ちつけ霊夢、妖怪かなんかかお前は。というかなんだな、ここ最近お前妙に機嫌悪くないか?」
「べっつにー。魔理沙の勘違いでしょ」
にべもなくぴしゃりと言い切られてしまった。しかし普段の霊夢なら妖夢を煽ったりはしないだろうとも魔理沙は思っている。
魔理沙としてはもう少し食い下がりたいところなのだが、霊夢からはこれ以上触れるなという気配がひしひしと伝わってきて。
これ以上せっつくと今度はどんな理不尽な仕打ちをしてくるかわかったものではない、付き合いだって長いのだからそれぐらいわかる。
軽く肩をすくめて追及は諦める、何か話題を切り替えられないものかと頭を巡らせ、外にいるシンのことに思い当る。

「ところでさ、よかったのかデスティニー」
「よかった、と言うと………御主人かい?」
「うん。あのハイネっての、お前の世界の知り合いなんだろ?」
魔理沙の言葉に、しかしデスティニーは軽く肩をすくめて皮肉っぽい笑いを浮かべるだけ。
「まあ確かにそうではあるんだが。付喪神だからねえ、僕」
「むう………」
「それに………シンだって、積もる話ぐらいあるだろうからね」
そういい、デスティニーは外を見やる。ちょうど今、その積もる話をしているであろうシンとハイネがいる方向を。
つられるように魔理沙も同じ方向を見ながら、どんな話をしているのだろうかと思いをはせていた。






時間は少女達が幽々子に挨拶をしている時より少し遡り。
階段の上からシンに指を振ったハイネを見てシンと妖夢の二人はしばし呆然としていた。
妖夢は最早確実に勝てる戦い、その決着をつけようとした寸前で邪魔されたことに対して。
シンは自分がまったく予想していなかった―――或いは気付いていて目を逸らしていたか―――人物が現れたことで。
そんな二人をハイネは面白そうに眺めている、唇を持ちあげているその表情に険は見当たらない。
先に我に返ったのは妖夢だった。ぶん、と楼観剣を振りながら口火を切る。
「――――って、何を邪魔してるんですかハイネ!」
「何してるんだはこっちの台詞なんだがな」
しかし、妖夢の剣幕にもハイネは全く怯む様子はない。軽く肩をすくめて妖夢の怒りを受け流すばかりだ。
そんな飄々としたハイネの態度に苛立ったのか、妖夢はさらに詰め寄ろうとする。

刃物を持った少女に詰め寄られる、常人ならば大なり小なり動揺しそうなものだがハイネは依然として態度を崩すことはない。
それどころか、妖夢の様子を見て面白がっているようですらある。
くつくつとハイネは喉の奥で笑いながらシンを親指で指差した。
「俺の客だぞ、そいつ」
「それは………分かってますが。幽々子様に何しでかすか分からないじゃないですか」
女性の胸を事故にかこつけて揉みしだく破廉恥な男。
咲夜から聞いた話を総合するとどうしたってその結論になってしまう。
そんな男をとてもじゃないが幽々子には会わせられない。どんな破廉恥なことをされてしまうのか考えただけで恐ろしい。
唇を尖らせた妖夢の言葉に、ハイネは意外そうにシンを見る。

「あン? おいシン、お前お嬢に何かする気か?」
「え? い、いえ、そんなことしませんよ」
シンの慌てた言葉に、そうか、とだけ答えてハイネは頷いた。
そして、妖夢に真面目くさった表情を浮かべて神妙な態度で手振りを加えて。
「なんもしないってよ」
「子供ですか貴方はっ!」
声を荒げる妖夢にハイネは面白そうに喉の奥で笑うだけだ。
からかわれていると感じたのか妖夢はハイネを睨むが当のハイネは全く気にした様子もない。
むしろ、肩をすくめて砕け散った―――その直前に妖夢が斬った痕跡がある―――石燈籠を指し示し。

「あれは、子供の反応って言わないのかい、妖夢よ?」
至極真っ当な言葉を返されてしまった。無論ハイネが言っているのは石燈籠を斬ったことだけではないだろう。
シンと大立ち周りを演じてしまったこと、もっと言ってしまえばシンに対する対応そのものが子供だと言っている。
そのことは妖夢も分かっているのか、バツの悪そうな顔を浮かべて頭を下げた。
「ン、いや、確かに私も軽率だったとは思いますけど、本当に信用できるんですかそいつ」
「俺はしてるぜ、ってああ、分かった分かった、そう睨むなよ、怖いじゃないか」
睨みつける妖夢が本当に怖かったわけではないのだろうが、ハイネは肩をすくめる。
かと思えば両手を大仰に広げながら唇をにっと持ち上げて笑う。

「女性に対して不埒な真似をする奴ぁ我がザフトにはいないのさ」
「本当ですかぁ?」
いくらなんでもその言い草はないだろうと妖夢は思う。シンが信用できる根拠には全くなっていない。
そもそも妖夢はそのハイネが幻想郷に流れ着く前に所属していたザフトとやらのことは詳しく知らないのだが。
あまりの胡散臭さに白い目を向ける妖夢だったが、くつくつと喉の奥で笑いながらもハイネの目がすっと細まる。
「おう、誓う誓う。ザフト軍人の誇りとFAITHの名誉に誓うぜ」
馬鹿じゃないのかと言い返してやりたかった。だが、口調こそふざけているがハイネの雰囲気はどこか真剣さを感じさせて。
口の中でもごもごと言葉を転がすが、結局何も言うことができなかった。
ハイネに気圧されたわけではない、これ以上問答しても意味がないのだと自分を誤魔化しながら咳払いを一つ。


「………まあ、何かあったのなら斬ればいいだけですしね。いいでしょう、ハイネに免じて白玉楼に足を踏み入れることを許可しますよ、シン・アスカ」
若干不穏な発言もあったが、どうにか妖夢からは認められたということか。
先ほどから続いていた緊張感が抜けてほっと一息つく。納得いかない部分は無くはないが、そこをつついても水掛け論で終わるだけ。
だったらここはぐっと我慢するしかないだろう。そう考えて妖夢にぺこりと頭を下げておいた。
ある程度話がまとまったのを見て、ハイネが魔理沙に視線を巡らせる。
「君がまりさだっけか。ほお、ホントに白黒なんだな」
ハイネの感心したような言葉に魔理沙は満足げに胸を張る。
が、間違いなく初対面の彼がどうして自分のことを知っているのかという疑問も同時に湧いて首を傾げた。
「あれ、何で私のこと知ってるんだ。初対面だよな?」
「初対面さ。ただ話だけは霖之助から聞いててな、あいつの大事な大事な妹分だろ?」
森近霖之助。古道具店、香霖堂の店主であり同時に魔理沙にとっての兄代わりの青年。
眼鏡をかけた銀髪の彼を脳裏に浮かべてるのだが、客商売とは思えないほど愛想のない彼が世間話をするというのが何となくイメージしづらい。

「む、香霖がそんなこと言ってたのか、なんからしくないぜ」
首を傾げる魔理沙とは対照的に得心がいったと言わんばかりに霊夢は頷いた。
以前香霖堂に立ち寄ったときに見たこともないような酒があり、彼はそれを白玉楼の友人からの貰い物だと言っていた。
ならば目の前の男がその友人ということか。気さくなこの男と無愛想な霖之助。バランスは取れていると言えば取れているのか。
「らしくなかろうがどうだろうが、言ったって言うんなら言ったんじゃないの、レイ・ザ・バレルさん?」
霊夢の言葉にハイネは訝しげな表情を浮かべた。とはいえその表情は霊夢にとっては予想内のものである。
そして苦しそうに顔を歪めるシンも、気不味そうな表情を浮かべる魔理沙と早苗も。
シンの浮かべる表情を片目に映しながらもハイネはひょいとスマートに肩をすくめた。
「残念だがね、お譲ちゃん。俺の名前はハイネ・ヴェステンフルスっての、レイ・ザ・バレルじゃないんだな、これが」
「そう、実は何となくそう思ってたりしたわ、これがね」
したり顔でのたまう霊夢にハイネは虚を突かれたように一瞬黙りこんだが、彼女の言葉が面白かったのか、それとも何か別の意味合いがあるのか。
すぐに楽しそうに唇を持ち上げた。喉の奥で笑いながらもその目は興味深そうに霊夢に注がれていて。

「いい性格してるよ………それと、妹分だのなんだのは直接は言ってないぜ? 言っては無いんだが」
香霖堂のある方角に視線を移し、ひょい、とスマートに肩をすくめてみせた。
その表情は笑ってこそいるものの、どこか呆れているようでもあり。
「あのシスコンから、手ぇ出したら殺すと脅されててな」
あー、と霖之助のことを知る霊夢とアリスは納得したような声をあげた。
他人には無干渉を貫いている彼だが魔理沙に関しては別、非常に過保護なのだ。
彼のことをよく知らないものなら少し心配しているとしか感じないだろうが、そもそも心配するということ自体が彼にとっては珍しい行為。
魔理沙の次に付き合いが長い霊夢だって霖之助から心配されたことなど片手で数えられるほどだ。
「相変わらず霖之助さんはシスコンねえ。ところで、私のことは何か聞いているかしら?」
「ん? んー、紅白………博麗霊夢ってのは君かい?」
「ええ、そうよ。で、他には何か聞いてる?」
何気なく聞いてはいるが、霊夢からしてみれば決して無視することはできないことだ。
自分どころか魔理沙も知らなかった霖之助の交友関係。
そこからぽろっと霖之助の本音が聞けたりするのかもしれないと思うとここは聞くしかないだろう。
そんな思いを込めた霊夢の言葉だったが、しかし現実は非情である。

「他ぁ? 他ねえ、他、他、ん~………他ねえ」
「魔理沙、手を出してううん大丈夫よ何もしないから」
「その手に持ってる針の説明を求めるぜ!?」
「退魔針。刺すと痛い」
「求めてるのはそこじゃないぜ!?」
舌打ちをする霊夢に魔理沙は何とも言えない表情を向けるしかない。
霊夢がマイペースにドSなのは今に始まったことではないが、ここまでエキセントリックな反応は初めてだ。
というより、ここ最近の霊夢はなんだか妙に機嫌が悪いように見える。
何か機嫌が悪くなるようなことでもあっただろうかと魔理沙は首を傾げるが思い当たる節はない。
そんな二人のやり取りをハイネは面白そうに眺めていたが、会話が終わったと取ったのか妖夢に視線を移す。


「ま、お互い紹介は後に回すとしてだ、妖夢、そこの美少女どもをお嬢の所まで案内してさしあげな」
確かにハイネの言うとおりここで話していても埒はあかないだろう。
それに余計なのも何人かついてはきたが、元々霊夢と早苗は幽々子に会う予定だったのだから幽々子を待たせるわけにもいかない。
だからこそハイネの言葉に文句はないのだが、それでもどうしても引っかかる部分が一つ。
「え、いやそれはそうするつもりでしたが………美少女?」
「何か文句あんの?」
「いや文句しかない、じゃなくて、いいんですか?」
妖夢によって斬られシンによって砕かれた石灯籠を指差す。
散らかってしまったこれを放置するのは庭師としてはあまりいい気分はしない。
妖夢が何を考えていたのかはハイネも分かっているのか軽く肩をすくめる。

「ま、止めなかった俺にも責任はあらぁな。だからってお前に責任が無いわけでもないからな」
笑い混じりながらも非を無かったことにしないハイネの言葉に妖夢は言葉に詰まってしまう。
霊夢に乗せられた形とはいえ、確かに少々やりすぎた。
神妙な顔を浮かべている妖夢にハイネは満足げに頷き、白玉楼を顎でしゃくった。
「便所掃除三日分。それでチャラにしてやるよ」
「本当ですか?」
「おう、俺はな。シンとはお前との間でその内にでも話を付けとけ」
唇の端を持ち上げて笑うハイネに言われ、妖夢はシンにちらりと視線を向けた。
相変わらずハイネのことを複雑な面持ちで見ているだけだったが、こうして落ち着いてみて見れば自分が抱いていた印象とはまた違って見える。
ただの好色漢だと思っていたが、自分からそういったことをしそうな人物には見えない。
実際彼も魔理沙もそんなことはしないと明言していたのだからある程度は事実なのだろう。
シンの前評判を聞いていたから色眼鏡で見ていた部分もあるが、それを抜いても冷静さを欠く行動だったのは事実。

警戒はする、シンが幽々子に不埒な真似をしないか警戒は続けるが、過剰に敵意を抱く必要はないのかもしれない。
幽々子をこれ以上待たすわけにはいかないのだから今すぐ、という訳にはいかないが後で謝っておかなくては。
そう結論付けて霊夢達について来いと手を振る。
そんな妖夢をシンは横目で見ていたが、霊夢が言われた通りついていこうとするのを見て呼びとめた。
「ああ、そうだ。ちょっと待ってくれるか霊夢」
「ん、どうかしたの?」
「うん、まあどうかしたって言うかお前がどうかしてるって言うか。とりあえず」
頭をかき、どこか億劫そうではあるがその目はじろりと霊夢を見据えている。
右の拳を固く握り、はーっ、と息を吹きかける。
何をするつもりなのか気付いた霊夢が逃げようとするが、すでにシンはその首根っこを掴んで。


「なんで煽るんだよお前って奴はあああアアアァァァ!!」


鼓膜をびりびりと震わせる大声と共にゴン、と霊夢の頭に拳骨を喰らわせた鈍い音が。
実に自業自得である。流石に誰も霊夢のフォローに入ろうとはしなかった。
痛みに悶える霊夢を横目に、アリスはため息をつきながら軽く肩をすくめた。
「気はすんだ? それじゃあ妖夢、案内してもらえるかしら」
「ちょっと、アリス、心配、ぐらい、しても………いっ、つー」
「自業自得でしょ、煽らなきゃここまで大騒ぎにはならなかったんだから。ね、妖夢」
「えっ? え、あ、うん、ソウデスネ?」
思い切り目を泳がせながら片言で返事をする妖夢にアリスは何とも言えない視線を向ける。
妖夢の言い草は霊夢は関係なしに大騒ぎにするつもりだと言外に言っていて。
アリスからしてみればシンが多少痛い目を見るぐらいは別にどうとも思わないのだが、流石にこれは。


「…………流石に、同情するわ」
「あんがとよ。えっと、俺は」
「いいわよ別に。そもそもあんたが白玉楼に来たのはその人に会うためでしょ」
アリスの何げない言葉にシンは言葉に詰まる。その表情はここに来た時と違って曇っていて。
そんな表情を浮かべるシンをしばらく何も言わずに見ていたが、やがて肩をすくめた。
「ま、同郷同士仲良くすればいいんじゃない?」
アリスの言葉に顔が強張ってしまう。確かにアリスの言う通りではあるのだ。
決してハイネとの関係は険悪なものではなかったのだから、つもる話だってある。
しかし、同時に「それでいいのか?」という気持ちも確かに存在していて。
そんなシンの葛藤を気づいているのかは定かではないが、アリスはスマートに肩を竦めてみせて。

「あんたがどうであれ、ね」
シンからしてみればどきり、とすることを言い残して妖夢の後をついて行った。
自分の考えを見透かされているような居心地の悪さを感じながらも軽く頭を振って思考を切り替えようとする。
アリスの言う通りではある、とは思う。自分がどう思っていようとそれはどこまで行っても自分の考えだ。
再会に暗い感情を見せないハイネにはまるで関係ないこと、仲良くするのが自然なことなのだろう。
だけど、でも。

(それでいいのか?)

先ほど考えたことを、再び頭の中で呟いてしまう。
自分の悪癖だということは分かっている。いっつも考えなしに突っ込んでいって後から後悔ばかり重ねる。
子供の頃からまるで成長していないような気分に陥るが、結局それの繰り返しばかりだ。
本当は良くないんじゃないのか、もっと良くできるんじゃないのか、最良の手を見逃しているんじゃないのか。
どうしたって、その感情をなくすことはできなくて。
本人は無表情を装っているのだろうが葛藤が明らかに顔に出ているシンをデスティニーは見ていた。
呆れた顔を浮かべながらも、しかし彼女自身はそれでこそシンなのだろうなとある程度は受け入れている。
そしてシンは自分で答えを出せるのだろうということも。ならば自分に出来ることをやっていくしかないのだろう。
デスティニーの名前を知らないハイネがどう声をかけようか考えあぐねているのだから、まずはそこからだ。

「どうも、初めまして。ZGMF-X42S、デスティニーの付喪神だ、と言っても貴方は知らないかもしれないが、ね」
デスティニーの言葉に一瞬ハイネは目を瞬かせたが、言葉の意味を理解すると軽く頷いた。
「成程な、あの見た目からすれば確かにそんな外見になるか」
「あれ、デスティニーのこと知ってるんですか、ハイネ?」
「まあな、ミネルバと合流する前に議長がお話になられていたからな」
意外だった。シンがデスティニーを紹介されたのはハイネが戦死してからだいぶ後だったのだから知らないのだろうと思っていたのだが。
デスティニーもそう感じているのか、彼女にしては珍しく驚いたような顔を浮かべている。
とはいえ、ハイネが言ったように議長から聞いていたのならそこは然程不自然なことではない。
こちらが勝手に思い込んでいたことだ、それにハイネもFAITHなのだから議長から聞かされていてもおかしくはない。
気になったのはそこではない、デスティニーのことを知っていたのならば余計に不自然な一言。

どうして、デスティニーの外見をZGMF-X42Sの見た目から逆算できたのか。
ZGMF-X42Sの配色は赤、青、白のトリコロールカラ―であり、今でこそ巫女服だが元の服装が黒一色だったデスティニーとは大して似てはいない。
あえて共通点をあげるならば瞳の色ぐらいだろうか。それ以外はむしろシンと似通っていると表現する方が正しい。
何故かはわからないがデスティニーは妙にシンと酷似しているのだ、それこそまるでシンを女性にしたらそうなるだろうと言える外見。
だからシンに似てる、というのなら分かる。しかしZGMF-X42Sとは外見上の共通点がほとんどない彼女のどこを見てハイネは似ていると称したのか。
―――より正確に言えば似てないわけではない、のだが。しかしそれもロールアウトしてから散々好き勝手に強化改修を繰り返した後の姿の話。
少なくともハイネはまず知らない情報だ、デュランダル議長の死後に追加されたあの機能のことは議長だって知っているわけがないのだから。
そのことを詳しく聞こうとしたが、門をすでにくぐった妖夢からデスティニーに声がかけられる。
「貴女は来なくていいんですかー!?」
妖夢の言葉にデスティニーはシンをちらりと見る。その視線は自分はどうすべきかと問いかけていて。
いてくれれば気は楽になる、というのは事実だ。同郷の者が―――例え付喪神だろうと―――いてくれるのは心強い。


だが、いたからと言って自分がやるべきことが何か変わるのか、と言われれば何も変わらないと答えざるを得ない。
デスティニーがいてもいなくても変わらないのなら、自分の感傷につき合わせるわけにもいかないだろう。
それに、今自分が感じていることは自分自身で決着をつけなくてはならないものなのだから。
「………行けよ。呼んでるだろ」
どう答えたものか一瞬黙りこむが、シンなりに考えての言葉なのだろうと納得する。
それならば主人の言葉には従うまでだ。そう考えてデスティニーはいつものように薄く笑う。
「ン、そうだね。では、自己紹介はまた後ほど」
「おう、構わんよ」
デスティニーの背中を見送りながら、シンはハイネにどんな言葉をかけようか迷っていた。
会えてうれしい、という気持ちは確かにある。しかし、同時にある思いも確かにあって。
そんなシンの心境を知ってか知らずか、ハイネは殊更に明るい声をかけてくる。

「さて、この石灯籠片さなけりゃな。シン、そっち持ってくれ」
「え、あ、どかすんですか?」
「見た目悪いだろこのままじゃ。んじゃいくぞー、せー、のっ!」
慌てて石燈籠に手を添え、ハイネの合図とともに持ち上げる。
二人がかりとはいえ、その重さは相当なもので腕にずっしりとした重みが伝わってきた。
そのまま階段をゆっくりと昇り、白玉楼の門をくぐる。
どこに行けば、とハイネに聞けば顎をしゃくって脇にある小さな建物を示した。
ハイネの指示通りに小屋まで運び、器用に足だけで扉を開ければカビ臭く埃っぽい空気がシンの鼻に飛び込んできた。
中を覗き込んでみれば箒やら古めかしい甕が見え、蔵だったのかと納得。
ゆっくりと音をたてないように石燈籠を蔵の中に下ろすとハイネが軽く伸びをした。

「よし、と。んじゃ後は破片を片さないとな………風呂敷取ってくるわ」
「あ、じゃあ俺箒で集めときます」
「おう、まかせた」
去っていくハイネの背中を見ながらシンはふう、と軽く息をついてそびえ立つ白玉楼を眺める。
先ほどまで運んでいた石燈籠の重さもあるのだが、それ以上にハイネの態度にどこか気圧されていた。
久々に会ったのに、特に気にした様子もなく自然体のままで接してくる。
そんなハイネにシンは気圧されて―――

「嘘、だな」
自嘲じみた呟きを漏らす。ハイネの態度に気圧されている? そんなものはただの言い訳だろう。
胸を先ほどから締め付けているこの不快な圧迫感はハイネの態度に起因するものではない。
彼の態度は文字通り自然体なのだ、再会を喜んでいないわけではないのだろうが、決して過剰な喜びを表さない。
普段だったのならそれを気にすることもなかったのだろうが、しかし今のシンにはどこか自分が責められているように感じてしまう。
そして、どうして自分がそんな風に感じているのかもシンには分かっている。それがどれだけ度し難い話なのかということも含めて、だ。
軽く頭を振って蔵から箒を持ち出す。自分の感情はともかく、まかせたと言われたのだ。
破片は片づけなくてはならない。それが問題を先送りにするだけの甘えだということも理解してはいるのだけれど。






しばらく黙々と飛び散った石燈籠の欠片を箒で掃き集めていたが、地面に映った影に顔をあげる。
見れば傍らに楽器を浮かべた少女が三人空に浮かんでいてシンのことを三者三様に見ていた。
ヴァイオリンを持った黒い服に金の髪の少女はシンを警戒しているのか細い眼の奥で不審そうな瞳を浮かべている。
どこか憂鬱そうな雰囲気を漂わせながらも他の二人を気遣う気配を持っており、年長者のように見えた。
トランペットを持った白い服に青い髪の少女は一切警戒することもなくニコニコと笑っている。
しかしその浮かべた笑顔が逆に真意を推し量れなくなっており、どこか胡散臭い雰囲気を感じる。
キーボードを持った赤い服に茶の髪の少女は他の二人とは違いシンのことを興味深そうに眺めている。
もっともそれも他二人の背後に隠れるような形だったが。その仕草から二人の妹なのだろうかとシンに感じさせた。
三人の少女と視線が交差し、どう声をかけたものか考えあぐねていると階段の上の方からハイネの声が聞こえてきた。


「お、なんだお前らか。どうかしたのか?」
「いやー、なんだか見たことないのがいたので!」
相変わらずニコニコと笑いながらトランペットの少女がハイネに元気よく、いっそやかましいほどの大声で返事をした。
大声を出す少女を見ながらヴァイオリンの少女は仕方がないと言いたげに気だるげなため息をついていた。
しかしハイネは少女の大声に怯むこともなく一つ頷いてシンを顎でしゃくった。
「おう、俺の元部下だ」
「そうなんだー、へー、私は真ん中のメルラン・プリズムリバー。よろしくー」
「あ、はい、シン・アスカです、こちらこそよろしく」
降りてきてシンに握手をしようと手を差し伸べるメルランに気後れしながらその手を握る。
他の二人も降りてきてハイネに親しげに片手をあげている姿を何とはなしにシンは眺めていた。
自分が知らない、ハイネがここにきてから築いてきた交友関係。
それを目の当たりにして先ほどまで感じていたあの嫌な気分がまた込み上げてきてしまう。
もっと元気のいい返事を期待していたのか、そんなシンを見てメルランは不満げに唇を尖らせる。

「むぅ、なんか暗いなー。ルナサ姉さんと仲良くなれそう?」
「………個人的には、リリカと仲良くなれそうな気がするわ、何となくだけど」
「え、そう?」
「ええ、なにかこう、影が薄そうというか」
「ルナサ姉さん、そういうことはせめて私がいないときに言おうよ?」
影が薄いことを気にしているのか、リリカはひきつった顔を浮かべながら姉に抗議する。
その姿をシンは気の毒だなあと思いながら眺めていたが、少しぼんやりと考え込んでからフォローぐらいすべきだったかと思い直す。
普段だったなら別にそんなことはないだろと言っているのだが、そのことも思いつかなかった。
さっきからどうにも思考に膜が張っているような、はっきりとしない感じだ。原因は分かっているのだから余計に性質が悪い。
その苛立ちで僅かに眉をしかめるが、シンの表情など気にも留めていないのかメルランが笑顔を崩すことなくまたハイネを見る。

「というかハイネ兄さん相変わらずよく分かんない人脈だね」
「あの古道具屋の主人とも知り合いなのでしょう? 確かに謎よね」
「まあ酒飲み仲間程度だがね。というか、そこは俺に人望があると言うんだな、メルラン、ルナサ」
それはシンにも意外だった。ハイネと霖之助が知り合いである、ということは魔理沙とのやり取りで知ってはいた。
しかし、あの森近霖之助が酒を飲み交わすぐらいの知人を持つというのがイメージできなかったからだ。
他人に無関心な―――例外は魔理沙と霊夢ぐらいのものか―――霖之助がどんな顔でハイネと酒を飲むのか想像もつかない。
確かに、彼自身が言うとおりよく分からない人脈が持てる程度には人望があるということか。

「ここまで人脈持ってる幽霊も珍しいよねー。私らなんか姉さんが暗すぎてチンドン屋でしか呼ばれないよ」
「それは貴女がネアカすぎるだけでしょう、メルラン」
「姉さん達が個性強すぎて私の存在感薄いんだけど、どうすればいいの?」
「三人揃ってちょうどいいと思うがね、俺は。それに目立てばいいってもんでもないだろうよ、出る杭は打たれるぜ?」
「打たれるどころか見向きもされてないよ!」
リリカは涙目になりながらハイネに噛みついた。その気持ちは正直なところシンには分からない。
わざわざ目立っても、それがどうだというのだろう。ハイネも言うように目立つということはいいことばかりではないと思う。
無論優越感は感じるのだろうし、自分を見てもらいたいという気持ちももちろん理解できる。
だが、だからと言って過剰に目立ったってしまえばそれが満たされるだけではなくなってくる。
周囲からのやっかみや評価の独り歩きによる自身の力を越えた課題を突き付けられてしまう。
どう上手く立ち回っても、むしろ上手く立ち回れば立ち回るほど悪いことも増えていく。それで潰されていった者もシンは少なからず見てきていた。


主人公になんてなるものじゃないと思う。少なくとも自分は絶対にごめんだ、もしなったとしても誰かにさっさと譲りたい。
そう思ったから、リリカの言葉に思わずぽつりと勝手に口が開いていた。
「………別に、見向きもされなくたっていいと思うけどな」
「むー。貴方には分かんないよ」
「まあそりゃ分かんないけどさ。でも、ハイネの言うことも正しいと思うよ?」
シンの言葉にリリカは言葉を詰まらせる。彼女も正論だとは思っているのだろうか。
だが、それでも納得しきれないのだろう、何か言いたそうに表情をくるくると変えている。
そんなリリカにどう言えばいいものかとシンは考え込むが、彼女が持っている楽器が目に入ると言うべき言葉が何となく見えてきた。
「えーと、ピアノだっけ、それ?」
「いや全然違うよ、これはキーボード。ピアノなんて持ち歩けるわけないでしょ」
「ああそう………そのキーボードって、オーケストラなんだってさ」
唐突すぎるシンの言葉にリリカは何言ってるんだこいつとばかりにぱちくりと目を瞬かせるしかない。
しかしそんなリリカとは対照的に他の三人はシンの言わんとしていることが分かったのかさもありなんと頷いている。
シンもさすがに言葉が足りなかったことに気付き頭をかきながら説明を加える。

「ああと、正確にはピアノの話なんだけどさ、ピアノってのはほとんどどんな音でも出せるからそれだけでオーケストラみたいなものなんだって」
「………えーと?」
「いや、だからさ、調律だっけ? どんな楽器にも合わせられる汎用性があるんだ。だから、えーと、そう。キーボードも同じじゃないのかな」
いや違うわよ色々、とルナサは思ったのだがそれは口にしない。
妹のことを思って言ってくれているのだ、それは野暮というもの。
「ただそこにいて、最善を尽くすだけで全体の音がどんどん良くなるってのは三人の中では君だけができることだと思う」
だから無理に目立たなくても、ただ自分の仕事を立派にやり遂げれば自然に認められる。そう締めくくった。
シンの言葉に感じ入るものがあったのか、リリカは顎に手を当てて少し考え込んでいたが、やがて口を開く。

「言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず」
「お、おう」
「根本的な解決にはなっていないよね?」
少なくとも目立ちたいという欲求に対する答えとしては微妙にずれた答えだろう。
シンもそのことに気付いたのか「あ」とだけ言って視線を宙に浮かばせている。
「んでもう一つ。それって誰かからの受け売りじゃない? 音楽の知識なさそうだし」
見事にその通りである。リリカにかけた音楽関係の言葉は全てレイからの受け売りだ。
シンには音楽の知識はほとんどない、精々が軍人になる前、ラクスの歌をいいなーと思って聞いていたぐらい。
付け焼刃もいいところの上に他人の受け売りでは上手くいくはずもない。
完全に言い当てられてぐうの音も出ないシン、しかしリリカの表情はシンを責めるようなものではなくて。

「でも………ま、そこそこ嬉しいかな。私を気遣ってくれたんだよね?」
「あんまり上手くいかなかったみたいだけどな」
「その気持ちだけで十分だよ。具体的な解決法を見つけてくれればもっとよかったけど、そんな簡単に見つかるようなものじゃないよね」
だから、と前置きして。
「解決法、見つけるの手伝ってね?」
「………その内でよければ」
「ん、約束」
手を差し出して握手を求めてくる。自分の至らなさに申し訳なく思いながら頭をかき、息を一つついてからリリカの手を握り返した。
自分の言ったことが少し照れくさくなったのか、リリカは頬を少し染めながらも嬉しそうに笑っていた。
そんなリリカとシンを見てルナサはぽつりと呟く。


「………春告精探さないと」
「今の時期にいるかね?」
「いてほしいなー。それじゃハイネ兄さん、またその内音楽のお話しようねー」
「おー、宴会のときには来てくれよ、チンドン屋ー」
メルランに大きく手を振るハイネ、その姿は自分が来るよりもずっと前からこの幻想郷にいたのだと物語っていて。
ひとしきり手を振っていたが、やがて三人が見えなくなると石灯籠の欠片を風呂敷に包みながらシンに視線を移してきた。
それだけだ、それだけで何も言ってこない。だのに妙な居心地の悪さを感じてしまう。
「なん、ですか」
「何って。いやほら、バッジ」
ああ、と得心がいき思わず声が出た。確かにハイネのFAITHバッジは今自分が持っている。
ハイネにとっては貴重なコズミック・イラの思い出の品だ、返却を望むのは当然のことだろう。
ズボンのポケットをあさって取り出す、しかしそんなシンにハイネは渋い顔を浮かべる。

「もうちょっと大事に扱えっての、FAITHの証だろうがよ」
「すいません、つい………はい」
手渡されたバッジをハイネは目を細めてじっと見据えている。
その横顔は、ずいぶんと嬉しそうに見えた。ただの思い出の品にしては思い入れがあるのだなとシンは意外に感じる。
と、そのハイネがまた自分を見てきた。先ほどと同じ居心地の悪さを感じてなんですかと少しぶっきらぼうに答える。
「俺が死んでからどうなったのかってのは聞いちゃいかんことかい?」
自分の死はもうとっくに受け入れているのだろう、笑いながら死んだ後のことを聞いてくるハイネからも時間を感じられる。
同時に、死を迎えても状況の把握を行おうとする彼の軍人としての心構えに感嘆していた。
自分だったのなら死に別れてしまった仲間に出会ったらきっと思い出話ばかりで現状に心をはせることはなかっただろうから。
ハイネの言葉にシンは一度頷き、掻い摘んでですがと前置きしてからハイネが戦死してからのことを話し出した。

エンジェルダウン作戦。アスランの脱走。ヘブンズゲート攻防戦。オーブに対してのロード・ジブリールの身柄明け渡しの要求。
ダイダロス基地攻略戦。全世界に向けたデスティニープランの提唱。そしてメサイヤ攻防戦、その顛末。
それから先のことも含めて色々と話した、出来るだけ内容は選んだつもりだったがそれでも10分はかかっただろうか。
ハイネは途中分かり辛かったことに対して二言、三言質問をするだけで何も言わずにシンの言葉に聞き入っていた。
シンが話したことは事実だけ、説明に対して個人的感情は含めないように努めていた。
特にアスラン、オーブ、敗戦のことは感情を入れると絶対に事実が伝わらなくなるだろうから尚更だ。
「…………とりあえずは、こんなところですか」
「なるほどね、そして今はテロリストを処理する日々か。中々面倒そうじゃない」
「これでも少しずつはよくなってきてるんですけどね」
ふうん、とだけ返してシンの顔をじっと見てくる。
ハイネのその態度に何となく心がざわめいてしまう、その理由も分かってはいるのだがどうしても誤魔化しが先に立ってしまい。


「っ、なんなんですか、さっきから」
「いやね、お前こそ何か言いたいことでもあるんじゃないか?」
しれっと何でも無い顔で見てくるハイネ、その瞳に耐えきれず思わず目を逸らしてしまう。
目だけではなく、徐々に顔もハイネから隠すように俯きがちになって。
それでも自分を見ているハイネの視線を感じる、責めるわけでも急かすわけでもない、ただ待っていてくれる瞳。
このまま黙っているわけにもいかないということぐらいシンだって分かっている。
だけど、それでも自分の中にある「言いたいこと」は嫌なぐらい身勝手で浅ましくて。
「俺は………俺はっ。無かったんだ」
それでも、どうにか絞り出した声は微かではあるが確かにハイネの耳へと届く。
何を、とも、何が、とも何も言わずにハイネはただ黙ってシンの言葉を待つ。
その表情は今までの飄々としたものではなくどこか穏やかな物で。
ハイネの表情の変化にきずくこともなくシンは自分の思いを吐露し続ける。
「フェイスのバッジを贈ったのが貴方だって、ハイネかもしれないって、その可能性が……頭に、無かったんだっ」
全くだ、欠片も思わなかった。自分のことを知っていて、フェイスで、故人。
その条件はハイネだって満たしているのに、全くハイネのことが思い浮かばなかった。

「レイだって、思ってたんだ」
自分の破廉恥ぶりにシンは力なくかぶりを振る。
破廉恥さと浅ましさに消えてしまいたくなるが、言葉は止まらない。
「レイだったらいいな、って思ってたんだ……レイがここにいるんだって、思いたかったんだっ」
それが、ハイネに対して感じていた罪悪感。ハイネと再会できたことを純粋に喜べなかったこと。
冷静に考えたのなら手紙に書いてあった白玉楼の客人がハイネである可能性も考えられたはずなのだ。
なのに、その可能性に微塵も目を向けなかった。ただ自分に都合がいい可能性しか見ない、自分勝手な考え方。
ハイネであっても喜ばしいことだったのだ、だのにそれに目もくれずにレイであることを願った、妄想した。
それは命に順番を付けるような行為だ。それがレイが嫌うであろう行為だということにも気付かずに。

「勝手な話ですよね、ハイネにも………レイにも」
あいつは、と続けようとして言葉にならず詰まってしまう。悲しいだけでも申し訳ないだけでもない、自分の感情を抑制しきれない。
溢れそうになる感情を上手く言葉に変えることが出来ず、それでもどうにか言葉にしようとつっかえつっかえになりながら続けた。
「あいつは、議長とグラディス艦長と一緒がいいって、家族といる方がいいって、そう決めたから、そう決めて、決めたことだってのに」
色んな人たちから聞いた話を総合すればどうしたってその結論にたどり着く。
間違っている、と断じることは実のところ容易い。独裁者としての我を通し続けた議長。彼についていくこと以外の意義を見出さなかったレイ。
そして、そんな彼らを止めることなくただ受け止めるだけだった艦長。どう考えたって彼らが選んだ道は正しくなどない。
だが、それを言えるのだろうか。レイ・ザ・バレルを目の当たりにしてしたり顔でお前は間違っていると言えることが出来るのだろうか。
それ以前に、もしも自分だったらどうしていた? レイと同じ道を選ばなかった保証がどこにある。
どんな言葉を重ねたって自分に彼らが選んだことにケチをつけることは出来ない、それは自分を棚に上げる行為だ。
それに、ようやく自分の親友が家族を得ることが出来た。生きて会いたいと願うのはレイを家族から引き離すことに他ならない。

もしも自分だったらそんなことをされてどうしたか。考えるまでもない、きっとレイを罵ってしまっただろう。
せっかく家族といて平穏なのに余計なことをするな、と。そんなことを考えることもなくただ自分の都合だけで会いたいと願う。
―――浅ましい。友人の安らぎを踏みにじりただ自分の独りよがりな友情を満たすだけの感情、それを浅ましいと呼ばずに何と呼ぶ。
「死んだ人は生きている人とこれ以上かかずり合っちゃいけないってのに」
亡くなった人たちの無念を晴らす。美しい言葉だと思う、しかしそれはただの言葉だ。
死んだ人達がそれを望むのか? いや、それ以上にその行為はただ自分の独りよがりな感情を満たすだけの行為ではないのか。
その感情の都合のいい捌け口として死人を利用しているだけではないのか。
テロリスト共を見ていて大なり小なり感じていた思い、それを棚に上げて今自分はテロリスト共と同じことをしていたのだ。


「生きてる人は、死んだ人の力を借りちゃいけないってのに、穏やかな場所から引きずりだしちゃいけないってのに」
こんなところにいちゃいけない。メサイア攻防戦の最中、ステラに向けて言った言葉だ。
あのステラが超自然的、所謂霊的な存在だったのか自分の妄想の産物だったのかは分からない。
いい加減戦いを止めたがっていた自分の妄想なのだろうと今はそう考えているが、しかし例え本当に会いに来たのだとしても同じことだ。
きっと同じことを言ったはず。もう穏やかな場所にいるのだからこれ以上傷ついてほしくなかった。
そう、思っていたのに、そのはずなのに。

「なのに、俺は、手前勝手な理屈でレイと会いたがって」
レイが生きているかもしれないと思っただけでこの様だ、最早言葉もない。
もうレイは死んだのだ。それを未だに自分は受け入れていないということではないか。
死んだ人はこれ以上傷つくことはないのに、生きている人が死んだことを受け入れてやらなければ終わらせてやることはできない。
誰かの死は悲しいものだ、それが親しければ親しいほど身を裂かれるほど辛い。
だが、受け入れなくてはならない。それが死んだ人―――これ以上傷つかずに済む人に対する最大の供養のはずなのだから。
そんなこともできないで、どうしてレイを親友だと言えるのか。供養しないから、ハイネのことをないがしろにしてしまう。
ひいてはそれがレイをないがしろにすることにも繋がる。供養してやらないでどうするというのか。

「それで、貴方をないがしろにしてるんだから――――勝手、ですよね。自分勝手にも程がある」
小さく、シンが息をついた。ハイネに伝わったかどうかはシンには分からないが、どうにか話すことが出来た。
シンの言葉―――或いは懺悔か―――を聞いた後目を閉じてしばらく黙っていたハイネ。
自分の中で言うべき言葉が固まったのかゆっくりと目を開き、どこか感慨深げな息をついた。
「そうか………お前も、ガキのままなわけない、か」
そうは言うが、シンからしてみれば自分が成長していないことを今改めて認識したところなのだ。
ハイネなりの慰めなのだろうかと申し訳ない気分になってしまうが、しかしハイネは穏やかに笑っていて。

「俺の知っているシン・アスカって奴は、もう少し自分勝手な奴だと思ってたんだが、な」
「………自分勝手、ですよ俺は」
「本当に自分勝手な奴はそんなことは言わない」
冗談めかした口調でハイネはさらに笑みを深める。ハイネが何を言わんとしているのか分からず訝しげな表情を浮かべるしかない。
そんな表情を浮かべているシンにハイネは何がそんなに嬉しいのか笑うばかり。
「本当に、ただの自分勝手なガキだと思ってたんだがなあ。そのままで、止まってるわきゃ、無いもの、な」
そうか、ともう一度呟いてハイネは静かに目を閉じた。その心のうちでどんなことを考えているのかシンには分からない。
分からないのだが、ハイネの表情は心から嬉しそうなものに見えた。まるで「いいものを見た」と言わんばかりの顔。
しばらくはそうやって目を伏せていたハイネだったが、やがて閉じたときと同じように静かに目を開いてシンを見やった。

「なあ、シン。そう言う風に考えるのは、そんなにおかしいことか?」
静かに、決して感情を高ぶらせることなく落ち着いた口調でハイネはシンに話しかける。
視線を投げかけられていると分かってはいるが、それでもシンの視線は自然と地面に落ちてしまい。
だがそんなシンの反応にもハイネは声を荒げることなく、静かに言葉を重ねていく。
「誰だって死んでしまった人に会いたいって思うもんさ。友人なり、家族なり、恋人なり」
自分だってそうだ、と言いたげな口調にどう返していいのか分からず曖昧な言葉を口の中で呟くしかない。
ハイネに失礼だと思うが、しかしハイネは気にした様子もない。それでいいとばかりに頷くだけだ。
何を言わんとしているのかが分からず、シンは俯きながら訝しげな表情を浮かべてしまう。
そんなシンの雰囲気を察したのか、ハイネは軽く苦笑してから言葉を続ける。

「そんなときに親友………親友で合ってるか?」
ハイネの言葉にシンは俯きながらもこくり、と小さく頷いた。
レイは親友。向こうがどう思っているのかはもうどうやったって分からないが、自分にとっては間違い無く親友だ。
同時に、その親友を手前勝手な理由で引きずりだそうとしておいてよく臆面もなく親友だなんて頷けるな、という思いも間違いなく存在している。
シンの葛藤を知ってか知らずか、それともただ確認しただけなのかあっさりと頷く。
「あ、合ってる。親友が生きてるかもって可能性が出てきたらそりゃそれ以外の可能性なんて頭から無くなるだろうよ」
ハイネの言っていることは正しい。論理展開として以前に一般心理として至って正しいものだ。
確かにハイネの言う通りなのだ、至って正論だし理解だって十分に出来る言葉。
だが。それでもどうしても「だけど」という気持ちが収まってくれない。理解は出来るけれどどうしても納得しきれない。

「……でも」
その気持ちを口にしようとしたシンよりも先にハイネが言葉を続ける。
どこか気楽そうに軽く伸びをしながらゆっくりとした口調で、しかし決して適当に話しているわけでもない。
「俺だってそうさ、デュランダル議長閣下が生きていらっしゃるかもしれない、そんな可能性がありゃあそれ以外の誰か……」
くすり、とハイネは笑ってシンを指差した、そこに悪意は感じられない。
あるのはただ事実を告げようとしてくれる誠意だけ。
「お前だって、頭から吹っ飛ぶぜ?」
ハイネの言うことだって分かる、誰だってそうだと言われれば確かに「そう」なのだろう。
理解は出来た、納得もした。しかし、それでもどうしてもそれでいいのかという思いは消せなくて。
自分の中にある靄がかかったような感情、それを喉の奥から絞り出すように言葉にする。

「………けど、けどっ。貴方に対して、不義理じゃないですかっ」
それがどうしてもシンの中にあるしこり。理屈の上では問題はない、自分に対する感情もある程度は許容できる。
しかしそれはどこまでいっても自分の中の問題だ、ハイネが抱く感情とはまるで関係がない。
だからこそ、ハイネに対して申し訳ないと思ってしまう。
だが、シンの絞り出した言葉にもハイネは素っ気ないとすら感じられるほど冷静な言葉を返すだけ。
「そいつはお前の心の中の問題だ、俺には関係ない。冷たいかもしれないが、な?」
冷たい言い草だ、だがその言葉には確かな暖かさと優しさが感じられて。
どちらも何も言わないまましばらく間が空き、やがてシンは小さく頷いた。
その姿を見てハイネは満足げに唇を持ち上げる。

「少なくとも俺はお前に会えて嬉しかったぜ、お前はどうなんだ?」
「………嬉しい、です」
「レイよりもか?」
端的で、しかし何よりもシンにとっては辛い言葉。
嬉しいに決まっている、だが、レイだったのならもっと嬉しかったという思いは確かにあって。
何も言い返せずにシンは顔を歪めて言葉に詰まってしまう。
だが、ハイネはそんなシンの背中を思い切り叩いて気持ちよく笑った。
「―――それでいいんだよ。人間に優先順位なんてつけられないかもしれんが、お前の心の中でだけならつけていいのさ」
「………そんなの、よくないですよ」
「いいんだよ、誰かの一番でいたいだなんてただのエゴだ、我儘ってもんだろ」
ハイネが言っていること、それは自分にも当てはまることだ。
例えば、レイにとっての一番の親友でありたいという思い。無いだなんていうことはできない
レイにとって一番大事な人は自分ではないのだろう、それを残念に思う気持ちは否定しない。
しかしそれを口にすることはなかった、そんなことを言ったってレイを困らせる、或いは不快にさせるだけだ。
彼の言うとおりそんな感情は身勝手な我儘である、少なくとも貫いていい類のものではない。
ハイネの言葉にシンは反論できずに黙りこんだ。そんなシンの姿を見てハイネは微かに笑う。


「ま、ちょいと残念だと思う部分は無くはないさ。無くはないが、その程度だ、騒ぐこっちゃあない………納得いかないか?」
「……あまり」
「ならお前が納得いくように割り切りな、でなけりゃお前が辛いだけだぜ」
「………はい。納得いくまで、悩んでみます」
割り切れば楽になれるのだろうなとは思う。だが、割り切ったところで「それでいいの?」という思いが消せるとは思えない。
だったら、きっちり悩みきって自分が納得がいく結論を出すしかないではないか。
きっとそれは弱い考え方だ、強い人はそんなことをしなくても迷うことなく正しい結論を導き出せるのだろう。
だが―――だが、これが自分だ。シン・アスカという人間は到底強くない。
迷って悩んで苦しんで。それで出した結論が正しいとは限らなくて、また迷う。
全てに正しい結論を出すなど自分の丈を越えた考えを持つのではなく、自分の身の丈に合った考え方。
どんな結論が出せるのかはまだ分からないが、それでも出した声は先ほどまでとは違う意思がこもった声。
そんなシンの言葉に不意を突かれたようにハイネは目を瞬かせる。

「そ……か。そうか。好きなようにしろよ、お前が納得いくようにな。頑張りな、青少年」
シンの頭をわしわしと撫でてハイネは立ち上がった。そんなハイネに不満げな顔を浮かべてしまう。
悪い悪いと言いながら笑うハイネを座り込んだままシンは見上げた。その顔にはもう暗い色は見えなくて。
「さて………と、俺は中に戻るとするよ、お前はどうする?」
「置いてかんでくださいよ、道分かんないんだから………あの、ハイネ」
振り返るハイネにシンは頬をかきながらどんな言葉を言ってやろうかと少し考える。
言いたいことは決まっている、後はそれをどんな形でハイネに伝えるか、だ。
何か気の利いた言葉はないかと探すがどうにも思いつかない。
んー、と喉の奥で言葉を転がし、結局思いつかないまま、伝えたい意思をそのまま言葉に変えた。
「お久しぶりです」
そんなシンの言葉にハイネは軽く笑い、背中を見せたまま人差し指と中指を立てて、しゅっ、とスマートに振って見せた。

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最終更新:2014年02月02日 12:26
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