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東方種子語15話(後編)

いい加減霊夢達を放っておくのもよくないかと考えてシンはハイネに案内を頼んだ。
快諾し、白玉楼へと続く階段を昇りながらハイネは誰ともなしに口を開いた。
「しかし、なんだな。デスティニープランか………議長がそんなことをなさるとはな」
「そうですね、俺も議長がそんなことを考えるだなんて思いもしませんでしたよ」
デスティニープラン。人が遺伝子に従うことによって争いを未然に防ぐための政策。
今から考えてみればそれは人類すべてを管理するという究極の独裁体制だと言える。
こうして落ち着いて考えてみればそれはとんでもない危険思想だ、エゴイストにも程がある。
そのような考えを持っていることに気付けなかったことはそれだけデュランダル議長に踊らされていたということか。
深く考えずに乗っかった自分が言えた義理ではないのだろうが、しかし提言されるまで誰も気付けなかったのも事実。
シン自体あまり政治家というものはよく分からないことも多いのだが、デュランダル議長のような人がよい指導者なのだろうなとは今でも思っている。
ブレイク・ザ・ワールドによる被災地への支援を行う姿からはデスティニープランなどと言う計画を腹の中で考えていたとはとても思えなかった。
だからなのだろう、デスティニープランに対するハイネの考えが聞きたいと思ったのは。

「ハイネは、デスティニープランってどう思います?」
「俺か。ン……そうだな」
口元に手を当てて遠い目をするハイネを横目に自分は今はどう思っているのかをつらつらと考えだす。
もし今デスティニープランが実現できるのだとしたら、自分はどうするのか。
正直なところ魅力がないわけではない、戦争を無くせる可能性があるのなら無価値な政策と一蹴することはできない。
できないが、しかし実際には阻止する側に回るのだろうなと冷静に考える。
現在所属しているザフトのラクス・クライン議長が否定するから、ではない。
無論彼女が言う人の夢を奪うという理由だって十分立派な理由だとは思う、少なくとも無視していい言葉ではない。
しかしそれ以上に、今現在のC・Eの現状にデスティニープランが即しているとは言えないからだ。
戦後のごたごたで未だに水面下では再戦の緊張感が漂っているという極めて危険な状況。
終戦直後のいつ火がついてもおかしくない火薬庫という雰囲気こそ脱したが、それでもいつ何が起こって戦火の火蓋が切られてもおかしくはない。
事実、現行の体制に不満のあるテロリストやブルーコスモスの過激派の掃討がここ最近の自分たちの任務であったのだ。
そんな状況でデスティニープランを実行したところで更なる混乱を招くだけだろう。それぐらいならやるべきではない。
そもそも自分がデスティニープランに惹かれたのは戦わなくていい人達がこれ以上戦いに巻き込まれてほしくないからだ。
少なくとも誰かを戦火に巻き込んでまでやることじゃない。それでもやるべきだと答える者がいたのなら、きっと自分は阻止するのだろう。
そんなことを考えていたらハイネが口元から手を離した。

「ま、現実的じゃないな。断言したっていいが、一年も持たないだろうよ」
「バッサリいきましたね……ま、人の心を無視することなんて出来ませんしね」
ラクスが言う人の可能性を蔑ろにする、という考え方とは少し違う。
それ以上にもっと身近な心―――自分自身の心だ。それを蔑ろにはできない。
自分が戦士として生きるべきだ、と言われたのならそれでいいとは思う、しかし。
「もしもね。俺の妹……もう死んじゃったけどいたんですよ、妹」
マユ・アスカ。彼女と父と母と暮らした日々はシンにとっての平和の象徴だと言える。
もう死んでしまった妹だが、しかしだからこそ彼女のあり得たかもしれない未来にはどうしても敏感になってしまう。
もしも彼女にデスティニープランを適応した未来、それを思うと結論は自然に出てくれた。
「妹に、貴女には戦士の才能があります、だからこれからは戦士として生きるのです、なーんて言われたら」
「どうするよ?」
「ふざけんなこのクソ政策マユの道を勝手に決めるなよ、って言うと思います」
シンの言い草がおかしかったのか、ハイネがくすりと笑い、それを見てシンも軽く笑った。
少し気恥ずかしくなってがりがりと頭を乱暴に掻いて気持ちを切り替える。


冗談めかした言葉だったが、しかしそれは紛れもなく自分の本心。
大切な家族の未来を遺伝子なんてものに勝手に決められることに対する不快感は確かにあって。
デスティニープランに関わることなく生きていたのなら、多分反対していただろう。
理屈ではないのだ、反対してしまう理由は感情論に基づくもの。だが、今となってはそれはそれでいいのだろうと思う。
「そんなもんなんですよね、結局感情を無視することなんて人間出来やしない。少なくとも俺には無理です」
無視できないからオーブにこだわり続けた。無視できないからステラを助けたかった。無視できないから戦争を無くしたかった。
自分の感情を思いのままに操ることなんて出来やしない、いつだって簡単に揺れ動いてしまう。
ラクスの言っていたことにだってそうだ、これっぽっちも影響を受けなかったなんてこと、あるわけがない。
心のどこかでは彼女の言っていることも正しいと感じていたくせに、だけどそれでも議長の言う戦争のない世界なんて言葉に縋ってしまって。

そうだ、縋っていたのだ。あの時は自分が決めたことだと言っていたが、結局それだって議長の目的に乗っかっていただけだ。
そうで無ければアスランの言葉にあんなにも動揺することなどなかった。本心から決めていたことならばただ事実を突き付けられただけで動揺はしない。
心が揺らいでしまうのは、心の底から覚悟しきれなかったから。たまたま目的が合致したことに乗っかっただけだ、それを決意とは言わない。
目の前に釣り下げられた餌に意地汚く飛びついただけ、それをアスランは見抜いていたのだろう。
「自分に都合の悪いことだって起こるのに、メリットにしか目を向けないで、戦争を無くせるなんて甘い言葉に踊らされて」
もし実施された後で悔やんだところでもう遅い。お前だって実行犯の一人だろうと言い返されるのが目に見えている。
戦争を無くすという名目は立派なものだ、しかしその立派なお題目に甘えていたということは紛れもない事実。
確かに自分が行った行動は軍人としては正しく立派なものだろう、ザフトを裏切るという軍人としてあるまじき行為を行ったアスランとは比べるまでもない。
軍人だから。命令だから。そんな言葉は正しいのだろう。だが正しいだけだ。それだけで人は生きていけない。

結局のところ、自分はその言葉をただの免罪符にしかしていなかった。軍人だから、命令だから、正しいから。
「だから」いいだろう、という甘えた考え。それはただ自分を正当化しているだけだ、軍人としてあるべき姿ではない。
無論軍人である以上命令には従わなくてはならない、個々の判断で動くことは許されることではない。
だが、それに甘えてはならないのだ。軍人としてのモラルを高く持たなければならない。
そのモラルがアスランを裏切りに走らせた。それがいいことだったのかは、未だに分からないでいるのだけれど。
「そんなんだから俺、アスランから叱られるんですよね」
アスランがそこまで考えて叱りつけたのか。それは、正直なところ分からない。
そこまで深く考えていない可能性だってある、ただ自分が勝手にそう思い込んでいるだけなのかもしれない。
だが、それでいいとシンは思っている。もしかしたら違うのかもしれない、そんな言葉がなんだというのだろう。
シンにとっては「そう」なのだと思っている、それで終わりだ。事実が違ったとしても自分が感じた思いを消すには至れない。
少なくとも、シンにとっての真実のアスランはシンを叱りつけられる高いモラルをもった人物というもの。
もっとも、それがアスランにとってのアスラン・ザラの真実とは違うのかもしれないけれど。

「成程。俺が思ってた理由とは違うが、意外としっかり考えてるじゃないの」
「まだまだですよ、結構未練タラタラですし……しかし、それならハイネが思ってた理由って何なんです、俺とは違うんですよね?」
人の未来を奪ってしまうから。シンはそう思ったからこそ今はデスティニープランを否定しているが、それ以外の可能性となると今一思いつかない。
いったい何なのだろうかと首を傾げるシンを見てハイネはおかしそうに笑う。
「ん、まあそいつは自分で考えてみな。俺からの宿題さ」
「学生以来ですよ、宿題なんて。うーん、なんだろ………ヒントあります?」
「それぐらい自分で考えろっての、ったく」
しかし言葉とは裏腹にハイネの表情に険はない。
どちらかと言えば頼りにされたことを喜んでいるようにも見える。
「とはいえ、ノーヒントってのも味気ないか。んじゃ一つだけ」
ぴ、と人差し指を立てて茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべる。
そんなハイネをシンはあえて真面目くさった表情で見つめてみた。
シンのそんな表情がおかしかったのかハイネは笑みをさらに深めていて。

「俺やお前なら思いつけるが、この幻想郷の住人は思いつけないさ」
「………………なんか、余計難しくなった気がしますけど」
「頑張りな青少年。んで、だ。俺からもちょいと聞きたいんだが」
目を少し細めてハイネがシンの目をまっすぐに見てくる。
相変わらず笑っているものの、しかしその表情は先ほどまでの茶目っ気の混じったものから一変したように感じた。
その視線はどこか探るように見えてしまい、少しだけ怯んでしまう。
シンのそんな雰囲気を察したのかハイネは軽く咳払いをしてから改めて口を開く。

「デスティニープランってのは、本当にギルバート・デュランダル議長が提案した物か?」
「え? ええ、まあ、間違いなく。なんでまたそんなことを」
確かにデスティニープランは議長の口から直接世界に向けて発せられたものだ。
その後の手際の良さから考えるに前々から考えていた計画だっただろうとシンは思っている。
議長が誰かの受け売りで言ったという可能性は無くはないが、その可能性は低いと言わざるを得ないだろう。
「議長が提案したデスティニープランは遺伝子によって人の人生を決めるもの、これも間違いないか?」
「ええ、間違いないですけど、どうしたんですかハイネ?」
ハイネが何を言わんとしているのかが分からずに困惑の表情を浮かべるしかない。
いったいどうしたというのだろう、何故こうもハイネはデスティニープランにこだわっているのか。
それとも、デュランダル議長がそんな政策を立ち上げようとしたことが信じられないのだろうか。

「これで最後だ。デスティニープランを提唱した議長は―――偽物だった可能性はないか?」
「あの、ハイネ。信じたくない気持ちも分かりますけど」
「ン、すまん、お前を責めるわけじゃなかったんだがな………お前から見てでいい、どうだった?」
「………………判断し辛いですけど、偽物ってことはなかったと思います。多分ですけど」
正直なところ、もう時間がたち過ぎていて完全に憶えているわけではない。
当時のことを思い出してはみるが、豹変に戸惑っていたことは確かに事実だ。
実は偽物だった、と明かされれば頷けるものがあった。それほどまでにデュランダル議長の豹変は激しいものだったのだから。
だが、彼から独裁者じみた気質を感じ取れなかったのかと言われれば否定せざるを得ない。
豹変に驚きはしたが、心のどこかでああ、この人ならそういうことを考えつきそうだと思っていたのもまた事実。
それらを踏まえるとデスティニープランを提唱した議長は偽物だったと断定することはどうしてもできない。
シンの言葉にハイネはしばし何も言わずにただシンをじっと見ていたが、やがて軽く息を吐き、頭を下げた。

「そうか。いや、悪かったな、疑るような言い草を」
「いえ、いいですよ。それだけあの人の豹変が大きかったってことですから」
自分だってどうしてああも変わってしまったのか、疑問に思っている部分がある。
経緯だけを聞かされたハイネなら尚更だろう、加えてシンも説明がうまいわけではない。
それならハイネの疑念も当然だ、むしろ手間をかけさせた申し訳なさがたってしまう。
そんなことを話しているうちに白玉楼の縁側に腰掛けてシンに手を振る魔理沙が目に入った。
シンも軽く笑って手を振り返して近づいていく。そんなシンをハイネは見ていたが、やがてぽつりと呟いた。

「デスティニープラン、人が運命のままに生きる計画、か」
そして、不機嫌そうに眉を寄せると彼らしからぬ舌打ちを一つして。
「――――そういう計画じゃ、無かったはずだがな」








客間に入ってきたハイネを見て幽々子は合わせた手を口元に当てて不思議そうな顔を浮かべた。
「あらハイネさん、お帰りなさい。もういいのかしら?」
「大体はな。後は追々聞いてくとするよ、お嬢の方こそ話は済んだかい?」
「ええ、後は藍を待つだけなんですけれど………かかるわねえ」
「ま、あのプリンセス天狐も忙しいんだろう、仕方あるめえ。待つのもいい女の条件だぜ、お嬢?」
「あら、それなら仕方ないわね、待っちゃおうかしら」
とても仲睦まじい様子のハイネと幽々子、そんな二人を見て妖夢は唇を尖らせるしかない。
面白くない。非常に面白くない。ハイネがこの白玉楼に姿を見せてから幾度となく抱いた感情を妖夢は再び感じていた。
この男が来てからというもの、幽々子はいつもこの男にべったりだ。自分と話す時間も目に見えて減っている。
幽々子と仲良くするのは自分の役回りだ、断じてぽっと出のこのいけすかない男ではないはずだ。
そう思いながらもそれを直接言葉には出せない。それを口にしたら負けだろうという直感が妖夢にはある。
とはいえ納得いかないのもまた事実、ほぞを噛んで現状に耐えるしかない。

「ぐぬぬ………」
「一体どうしたっていうの妖夢、まるで恋人取られた女みたいに! うふふ!」
「霊夢が楽しそうで何よりだぜ。しかし、ま、なんだな。ハイネを幽々子に取られて残念だったな妖夢」
「何を言ってるの魔理沙」
魔理沙の言葉に、しかし馬鹿にしたように鼻を鳴らして軽く目を伏せる。
訝しげに眉をひそめた魔理沙の肩に手を置いて一呼吸後、かっ、と目を見開く。
「幽々子様を! ハイネなんかに取られてるみたいで腹立つの! あとまだ確定してないから、ノーカンだから!」
「さよけ………しっかし、ホント仲いいなあ」
微笑みながらハイネと談笑する幽々子を見てぽつりと呟く。
ちらり、とシンの方を見てしまい思わず自分だったらどうなのだろうと考えて。

「どうかしたのか魔理沙、顔赤いぞ?」
「………別に。なんでもないぜ」
分かりやすい反応を示す魔理沙を見てハイネが、ほう、と興味深そうな声をあげた。
そしてそれは隣にいる幽々子も同様だ、亡霊になってから長いとはいえ他人の色恋沙汰には興味があるのだろう。
ましてやそれがまっすぐな性根の魔理沙なら尚更だ、見ていて飽きることがない。
というより、そもそも魔理沙は分かりやす過ぎるのだ。そう思いアリスは気付かれないようそっと溜息をつく。
給仕中の妖夢だって、あんなののどこがいいの、と言いたげな顔を浮かべているではないか。
一目見ただけで看破されるほどに分かりやすいのに、なんだって気付かないのかあの朴念仁は。

そんな苛立ちをおくびにも出さずにアリスはスマートに肩を一つすくめるだけ。
本音を言ったところで誰かが幸せになれるわけでもなし、ここは何も言うべきではない。
しかし当のシンはと言えば、そんなアリスの心境に気付かずにどうして肩をすくめたのかと首をかしげるばかり。
不思議そうな顔を浮かべているシンがおかしかったのかハイネは笑みを浮かべている。
「シンもなかなか罪作りじゃないの」
「何の話ですか、いきなり」
「さあてね、そいつは俺からは教えられないな。教えるべきは俺じゃない………だろ?」
「なんのことやら、さっぱりだぜ」
ハイネに揶揄するような目を向けられて魔理沙は少し顔を赤らめたままそっぽを向く。
その動作がまたハイネのツボに入ったのか笑みをますます深めていった。

シンはそんな二人のやり取りに怪訝そうな顔を浮かべるだけ、何か気付いた様子は全くない。
妖夢は馬鹿にしたような眼を浮かべていたが、外から感じる気配に門の方を見やる。
おそらくは来客、それも待ち人だろう。応対をするために妖夢は立ち上がり幽々子に一礼した。
幽々子は特に気にした様子もなくいってらっしゃいとばかりに笑って手を振っている。
ハイネも同じように手を振っていたが、妖夢はむすっとした顔でそのまま出て行ってしまった。
「なんか嫌われてますね、ハイネ」
明らかに不機嫌な妖夢の様子にあっけにとられていたシンだったが、どうにか感想をねじりだした。
しかしシンの言葉にハイネはカラカラと笑うだけで気に留めた様子もない。

「可愛いもんさ、あれぐらいはな」
「そういうもんですかね………ああ、すみません、ちょっとトイレ借りても?」
「ええ、どうぞ。案内してあげてね、ハイネさん」
幽々子の言葉にハイネは頷く代わりに人差し指と中指を揃えて立て、ついてこいとばかりにシンに対して顎をしゃくる。
シンは幽々子たちに軽く頭を下げて、シンを待たずに廊下に出ていたハイネについて行った。
魔理沙はそんなシンを何となく目で追っていたが、妖夢が誰か連れて戻ってきたことに気付くとおや、と眉をあげた。
その女性は魔理沙にも面識のある女性だったからだ。とはいえ、八雲紫のところまで向かうのなら彼女がいた方が都合がいいだろう。

白を基調とした衣服に藍色の前掛けをかけた中華を思わせる服装をまとった金髪の美女。
まるで狐の耳のように二股に分かれた白い帽子には所々に黄色い布地が見栄え良く縫い合わされている。
利発さと同時にどこか感じる怜悧さを浮かべた美顔には髪同様に金色の瞳が細められていた。
母性的な親しみやすいお姉さんともどこか危うさを感じさせる傾国の美女とも取れるその雰囲気。
しかし彼女の印象を決定づけているものはそんな雰囲気ではなく、彼女から生えている九本の狐の尻尾だろう。
柔らかくふかふかとしたその尻尾の金毛の色合いは非常に美しいものだ。
ただ全てが金一色なのではなく、先端に行くにつれて僅かに色素が抜けて白色化しているのもまた優美さを感じさせる。
そして一尾一尾の毛並みの肌理は見ているだけでも今すぐにでも頬ずりをしてしまいたいほど。
彼女こそが妖怪の賢者、八雲紫に使役される「式」、ハイネが称して曰くプリンセス天狐、八雲藍である。
そんな彼女は幽々子の対面に正座をすると深々と頭を下げた。

「申し訳ありません幽々子様、遅くなってしまいました」
「いいわよぅ気にしないわ。でも珍しいわね、貴女が遅れるだなんて」
本来ならもうとっくに白玉楼についているはずの時間だ、幽々子の言葉にバツが悪そうに再び申し訳ありませんと藍は返す。
そして藍は心を整理するかのようにふう、と一つ息をつくと彼女にしては珍しく苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべた。
「少しその、紫様と客人の相手をしていまして」
「ああ、紫の相手なら仕方ないわねえ。それにあのお客さんもなら尚更」
藍の言う客人を頭の中で思い浮かべながら幽々子は藍を労うように何度も頷く。
元々紫は非常に捉えどころのない性格だ、付き合いの長い幽々子にも時折真意がつかめないこともある。
それに加えてあの客人の途方もなく屈折した性格である、藍の苦労も推し量れるというものだ。

「なんにしても、ちゃんと来たんだからいいわよ。それよりもこの子達の案内をお願いね?」
「それはもちろん。では準備はできているか霊夢………って、どうした仏頂面で」
「べっつにー」
藍の言うとおり、霊夢はぶすっとした表情を浮かべて気のない返事を返してくる。
早苗はそんな霊夢にどう声をかけていいものか分からずにおろおろと藍と霊夢の間で視線を彷徨わせるしかない。
それはデスティニーにしても同様だ、先ほどからの霊夢の態度に困惑の表情を隠しきれない。
確かに霊夢は面倒臭がりな性格ではあるが、しかし白玉楼、ひいては八雲紫に会うことを決めたのは他ならぬ霊夢なのだ。
にもかかわらずこの面白くなさそうな表情である。早苗とデスティニーが面くらうのも無理はない。


しかし、そんな二人とは対照的に魔理沙とアリスは霊夢が藍の言葉のどこで機嫌を悪くしたのかが分かっていた。
客人。その言葉を境に霊夢の機嫌が悪くなっていった。そしてその理由も、なんとなく察しがついてしまった。
そしてひいては白玉楼に来る以前から機嫌が悪い理由も、だ。
「あによ」
「うんにゃ、何でもないぜ?」
「相変わらず面倒な性格ね」
ニヤニヤと笑う魔理沙と呆れたように肩をすくめるアリスに霊夢は唇を尖らせる。
何かを知っているのかと早苗は聞きたかったが、もし聞いたら霊夢が何をしでかすか分からないのでやめておいた。
と、そんなことをやっていたらシンとハイネがトイレから戻ってきた。
これで全員揃ったのだから問題なく紫のもとへ向かえる、そう思っていたのだが。

藍の姿を見たとたんシンが顔を強張らせる、同時に藍もまた不快そうに眉をしかめていて。
「アンタは………ッ!」
「―――ああ、なんだお前までいたのか。すまないな、塵芥に注意を払うほど暇でもないんだ」
慇懃無礼、という言葉をこれ以上ないほどに実行する藍にシンはぎり、と音が聞こえるほどの歯ぎしりをしながら睨みつけている。
そんなシンに対して藍もまた冷たい視線を投げかけるだけ。一触即発の空気を漂わせる二人に霊夢は不思議そうな顔を浮かべた。
「なに、知り合いだったの?」
「…………少し、な。なんだってこいつがここに」
ふうん、と気のない返事をする霊夢だったが、藍にしては珍しいなと内心思っていた。
彼女が悪意を込めた言葉を使うことを見たことがないわけではなかったが、それは悪意に相応しい相手に対してだ。
シンがそんな存在だとは思えない、正直いてもいなくてもどうでもいいモブなのに何故という疑問が霊夢に湧き立つ。
そしてそれは幽々子たちも同様に疑問に感じていたのか、訝しげな視線を欄に送っている。

「ふむ? シンと何かあったのかい、藍さんよ」
「大して気に病むことではないよ、ハイネ殿」
「美女には笑っていてもらいたいものでね」
気障ったらしく微笑むハイネの顔を藍は軽く笑いながらもうっとおしそうに押しのける。
押しのけられたハイネは大げさに仰け反りながらシンへと視線を移す。
険の寄った表情で睨んでいる、かつて自分が見たものに近いそれを見てもう一度ふむ、と声を漏らした。
「マジな話、何があったんだ藍さん。俺ぁこれでもあいつの元上司でね、知らぬ存ぜぬは流石に出来んのよ」
親しげなハイネの言葉、しかしその裏に潜むのは探るような響き。
それを感じ取り藍はこのまま気にするなの一言で切り抜けられそうにないと判断して軽くため息をつく。
あまり聞かれたくないことなのか、ハイネの耳元に口を近づけて小さな声で耳打ち。

黙って藍の言葉を聞いていたハイネだったが、藍が口を離すと何とも言えない表情を浮かべていた。
そしてその表情のままシンと藍を見比べ、やがて深いため息をついた。
「………この場合、あんたが大人げないのかシンが子供なのかどっちなのかね?」
「決まっている、奴が餓鬼なだけだ。まったく度し難い」
「アンタに言われたくはない。あんなの、大人のやる事かよっ」
不穏な空気がまた二人の間に流れ出す、魔理沙と早苗は心配そうにシンを見、アリスとデスティニーは困惑の目で藍を見ている。
それは幽々子と妖夢も同じことだ、ただ違う反応をみせているのは藍から真相を聞いたハイネだけ。
「じゃ、シンも来たことだし紫のところまで案内お願いねー」
しかしそんなの知った事かとばかりに霊夢が呑気な声をあげて空気をぶち壊した。
空気読めよ。その場にいる全員がそんな目で霊夢を見るしかないがそれこそ知った事かと鼻を鳴らす。


「何となくだけどものすごい茶番臭がするのよね、私の勘だけど」
「勘だけで暴言を吐くなよ………まあいい。それで? アンタが案内してくれるってのかよ」
「ふ、ん。お前はともかく、霊夢達は紫様のところまで案内する必要があるからな」
「もう、駄目よ二人とも喧嘩なんかしちゃ」
喧嘩腰の二人を宥めるように幽々子がやんわりと二人の間に割って入る。
その穏やかな雰囲気に毒気を抜かれたのかシンは頭をかき、主人の友人の手を煩わせたことに藍は頭を下げた。
そんな二人を見て満足げに幽々子は頷くと霊夢へ綺麗に一礼をする。
「それではいってらっしゃい。紫によろしくね」
「へーいへい。まー適当になんか言っとくわよ」
適当極まりない返事の霊夢に妖夢は面白くなさそうに頬を膨らませるが、しかし幽々子はおかしそうに笑うだけ。
どう見ても空回っている妖夢に早苗はなんとも言えない笑いを浮かべるしかない。
幽々子の何もかも見透かしたような態度に感心していたが、その幽々子から視線を向けられ思わずどきりとしてしまう。

「早苗さんもしっかりね?」
「は、はいっ、頑張りますっ!」
やっぱり何か頓珍漢な返答になってしまった。しかし幽々子はやはり気にした様子もなく優雅に笑うだけ。
勝てそうにないなあと思いながら早苗は全員を見渡す。
相変わらずシンは藍に警戒するような目を向けており魔理沙はそんなシンを心配そうな目で見ている。
その藍はというとシンの目を鼻で笑って受け流している、そんなシンと藍を見てアリスは肩をすくめるばかり。
そして霊夢。まあいつも通りである。いつも通りの無関心。ここまで我関せずを通されると逆に感心してしまう。
早苗はそんな皆を見て、せめて自分だけでもしっかりしておかなくてはという思いを強くする。
拳を握りしめる早苗を見てハイネはおかしそうに喉の奥で笑っていたが、やがて軽くシンの肩を叩いた。

「ま、色々カタがついたら紹介も兼ねて宴会でもしようじゃないの」
「宴会ですか………俺、あんまり酒って好きじゃないんですよね」
「そりゃもったいない。春は夜桜、夏には星。秋に満月、冬には雪。それで酒ってのは十分うまいもんさ」
議長からの受け売りだけどな、とハイネは笑う。ごくごく単純な季節の変化。
しかし確かにそれで十分酒の肴になるのだろうなということはシンも分かる。
「俺は酌に付き合ってくれる奴がいればうまいと思うぜ。お嬢はどうだい?」
「そうねえ………心に華があれば、大体おいしいと思うわ」
「だとさ。それでも酒が不味いってんなら、そいつは心とか、そういう何かが病んでいるんだろうな」
もう一度、今度はさっきよりも少し強く肩を叩かれた。ハイネなりに気合を入れてくれたのだろう。
確かに不抜けた態度で居続けるわけにはいかない、しっかりしなくては。

「じゃ、頑張りな、青少年と美少女共」
「ええ、頑張ってきますよ。それじゃあハイネ、またそのうち」
手を振って、空へと飛びあがっていくシン達にハイネは揃えて立てた人差し指と中指をスマートに振って見せた。
そのまま、シン達が見えなくなるまでずっと、何も言うこともなく見送っていた―――






八雲紫の住処に向けて飛んでいる間中、魔理沙はじっと前を飛ぶシンのことを見ていた。
妖夢との勘違いから始まった戦い、それを止めたハイネという男との会話。
そのどちらにも、自分は然程かかわっていない。精々ハイネを呼んだぐらい、それだって早苗もやったことだ。
自分はシンに対して何もしていないのだ、シンのことがこんなにも好きなのに。
何をしてやれるのか、それが分からずに難しい顔になってしまい唸り声をあげてしまう。
「うーん」
「どうかしましたか、魔理沙さん?」
そんな魔理沙に早苗は不思議そうな顔を向ける。
なんでもないと強がろうと思ったが、しかし自分一人ではもう思考の袋小路。
早苗に相談してみるかと思い自分の心情を吐露する。

「いや、何? なーんか私、あんまり役に立ってないなーってさ」
「そんなことは無いと思いますよ、あの状況じゃ急いでハイネさん呼びに行くぐらいしか無いですって」
それは、確かにその通りではある。少なくとも自分は妖夢だけを器用に止められたとは思えない。
だからあのときはああすることが最善、ではあるのだが。
「それに、藍さんとの間で何があったのか話してくれないし、役に立つも何もないんじゃないですか?」
それだってその通り。シンが何も言わない以上自分たちがヤキモキしたところでどうにもならない。
どちらも正論だ、言い返す言葉はないはずだ。しかし、それでも、という思いが魔理沙にはどうしても拭えなくて。

「そうかなあ、なんかやれたと思うんだよなあ」
「なんか、って…………何をです?」
「………なんか」
まったくもって煮え切らない魔理沙の言葉に早苗は何とも言えない表情を浮かべるしかない。
魔理沙もあんまりにもあんまりな言葉だということは気づいているのか、申し訳なさそうな顔になるだけ。
早苗だって魔理沙の言いたいことは分かるし気持ちだって分かる。
しかし、何をしてやれたというのかと聞かれれば魔理沙同様なにも思いつかない。
そんな風に悩んでいる魔理沙の肩をデスティニーは軽く叩く。

「あまり気にするものでもないと思うがね。いつも何かをしてやれるというわけではないだろう」
「そりゃそうだけどさあ、なんか………はあ」
「溜め息は幸せが逃げる、ではないのかね」
落胆する魔理沙に肩をすくめながらも、どう返したものかと少し思案する。
だが、自分がそうそう気の利いた事を言えるような性格ではないことぐらい自覚している。
どうせ言ったところで気休めにもならないような益体のない言葉ぐらいしか出てこない。
それぐらいならもっと意味のあることをするべき。そう考え、デスティニーは自分の中にある疑問を口にする。

「ン、ならば逆に聞くが。魔理沙は、何をしてやりたかったんだ?」
デスティニーの言葉に魔理沙は少しの間手を口を噤む。
シンから何かをしてもらう、ではない。それはそれで嬉しいのだが、それだけではきっと何かが足りない。
自分はシンに何をしてやりたいのか、ただそれだけを考える。
考えるが、明確な答えというものが出てきてくれない、だから自分の考えを訥々と口に出す。
「何かをしてやるためには、あいつの側にいなくちゃいけなくて」
無論、自分がシンの側にいたいという想いだってある、それは否定しない。
きっとそれが一番大事で、何よりも起点となる思いなのだろうから。
それを否定しない、しかしそれを肯定だけで終わらせてはならない。
その思いを、もっと先に進めなくてはならないという予感がある。

「だけど、何にも出来ないんならシンの側にいても邪魔なだけで」
思い出すのはこの白玉楼に来てから妖夢と戦ったことだけではない。
フォビドゥンとカラミティにボロボロにされる姿、武器もないのにレイダーに立ち向かった姿。
絶望には程遠いと本人が称したフランドール・スカーレットとの闘い。
そして自分にとっての始まりとも言える、ジンから自分と大妖精、チルノを守るための死闘。
いつだってボロボロだった、その姿が本当に痛々しくて、同時に格好いいとも思う。
だけど自分は何もしてやれていない、いつだってシンに守られるばかりだった。
確かにレイダーとの戦いのときには手を貸すことができたが、シンの負担を減らせたかといえば否。
別に、自分じゃなくてもよかった話だ、自分がいてシンにとって得となっているわけではない。


「だったら、だったら、私は」
「側にいない方がいいかい」
「それはヤだぜ。側にいたい、だから…………なんだろ」
魔理沙のぼけた言葉に早苗は思わず脱力してしまう。真剣な顔で言われたから尚更だ。
「そ、そこで聞かれても、答えられないですよ」
「だよなあ。何も出来ないんなら側にいるべきじゃない、何か出来なくちゃいけない」
早苗やデスティニーに対してではなく、むしろ自分に向けて言葉を連ねていく。
何も出来なくてもただ側にいるだけでいい、というのならそれは恋ではない、ただの憧れだ。
憧れで終わらせたくなどない、しかしそれならシンに対して何が出来れば自分は胸を張って恋をしていると言えるのか。
正直、その「何か」は考えても考えても明確な答えにならない。
例えば料理。例えば家事。確かにシンのためにしてやれることだ、大事なことなのだろう。
だけど、それは自分じゃなくったって出来ること。自分じゃなくちゃやれないことではない。

「何かが出来るってことを、出来るぐらいに「大丈夫」なんだってことを証明しなくちゃいけない」
「証明、出来そうかね?」
「分からんっ。正直何をすれば証明できるのかもさっぱり分からんぜ」
むしろ自分でも何を言っているのかよく分からないという体たらく。
そもそも何がどう大丈夫なのかすらも全く分からない。
それでも、だ。ひとつだけ、これだけははっきりしているものがある。
「でも………うん、そうだな。あいつのために何かをしてやりたいんだ、そこだけははっきりしてるぜ」
「おやおや、乙女だねえ」
自分の言ったことに今更ながら気付き顔を赤くする魔理沙。
今までの自分の思考に気づいてしまうと赤面が止まらなくなってしまう。
そんな彼女を見てデスティニーは喉の奥から鳴らすようなシニカルな笑いをこぼす。

「だが、応援するよ。君だってそうなのだろう、早苗?」
「そりゃもちろん。そうするって決めてますからね」
二人の言葉に照れる魔理沙は真っ赤になった顔を俯かせてしまう。
そんな魔理沙に気づいているアリスはシンの背中を睨みつけるが当のシンは気づくよしもなく。
と、そんなことをしているうちに和式とも洋式ともとれない家が見えてきた。
霊夢と魔理沙、アリスにとっては久しぶりだが、初めてそれを見るシンと早苗はそのちぐはぐさに何とも言えない声を上げるしかない。
近づいて行くうちに、一人の少女が立ってシン達を待ち構えているのが見えた。

緑色の帽子をかぶり胸元に黄色いリボンがついた赤い服を着た少女、その出で立ちはどこか中華じみた雰囲気を放っている。
栗色の髪を首元まで伸ばしくりくりとした橙色の瞳を戻ってきた藍に向けている少女。
しかしそんな彼女の頭と背中にはとてもただの少女と呼べないものが存在している。
黒い耳と尻尾。まるで猫のような―――というより、猫そのものの耳と尻尾が生えていた。
そしてそれは彼女の正体を考えればあって当然のもの、彼女は藍が黒猫の妖怪に式神を付けたものなのだから。
そんな彼女、妖怪の式の式である橙は藍に向けて弾けんばかりの笑顔を元気いっぱいに浮かべていた。
「おかえりなさいませ、藍さまっ」
「橙か、いつもかわゆい………もとい、出迎え御苦労」
一瞬藍が出した黄色い声にシンは不審げな目を向けるが、霊夢たちはいつものこととばかりに特に反応することはない。
むしろ、かろうじてではあるがカリスマを取り戻せたことの方がよっぽど驚きだ。
藍の主に鼻から溢れ出そうなカリスマなど気づくこともなく、橙は嬉しそうに藍にすり寄ってくる。


「はいっ、藍さま。紫様とあいつならお部屋で待っているそうです」
橙の言葉にうなずくと、藍は入れ、ということなのか屋敷を顎でしゃくる。
その顔はどこか不機嫌そうでもある、それほどまでに己の主人と客人とやらが気に入らないのだろうか。
案内されるまま藍についていく霊夢たち、シンもそれに倣おうとするが、橙からの視線を感じて首をかしげる。
「え、ええっと?」
「むー。なんかあいつに似てるなあ………兄弟とかじゃないんだろうけど、なんだろ」
ぶつぶつと呟く橙に戸惑った目を向けるしかない。自分に似ているというあいつとは誰なのか。
そう聞こうとしたが、それよりも早く藍からの早く来いという催促の言葉が。
遅れていることへの文句、というよりもどちらかと言えば橙と自分を引き離したかったのだろうなと予想する。
敢えてこのまま話をつづけてやろうかとも思ったが、藍の言葉に橙が自分から離れていったためにその目論見は無駄に終わる。
まあ、いいか。どちらにしてもすぐにその「あいつ」とやらとは面通しが出来るのだ、気にしても仕方がない。
そう結論付けて藍の後を追い、屋敷の中へと入っていく。中は薄暗かったが、廊下に掛けられたランプに音もなく光が灯っていく。

相変わらず悪趣味な奴、という霊夢の言葉。シンも悪趣味とまでは思わなかったが随分と大仰なことだと呆れる気持ちはある。
だが文句を言っても始まらない、ランプに導かれるように奥の部屋へと足を進めていく。
そうしてしばらく―――すぐだったようにも感じるし途方もなく長かったようにも感じる―――歩いていると襖に突き当たる。
「紫様、ただ今戻りました」
藍の言葉に、しかし返事は返ってこない。留守なのかとシンは眉を寄せるが藍は別段気にする様子はない。
見れば何度か来ているであろう霊夢と魔理沙、アリスも呆れたような顔。
要するに八雲紫なる人物にとっていつものこと、ということなのだろうかと自分の中で結論付ける。
しばらく藍は押し黙ったまま襖の前で待っていたが、やがて失礼しますと声をかけて襖を開け放った。

開かれた部屋の中を見て、シンは息をのむ。そこにあったものは完全に予想から外れた存在。
男性が女性に後ろから抱きつかれている、はたから見ればただそれだけの状況。
しかしその抱きついている女性も抱きつかれている男性も、どちらも異常ともいえる違和感の塊だ。
所々にフリルを付けた紫色のドレスを纏い、赤いリボンをあしらった白い帽子を付けた緩やかなウェーブがかかった金髪の女性。
その服装は霊夢と魔理沙にとっては最早懐かしいともいえるものだ。
男を抱きすくめながら器用に両手を自分の頬に当てる、その表情は艶然とした蕩けたもの。
しかしそんな男ならば何かを感じ入りそうな表情を見てもシンは色めき立つ気にはなれなかった。
童女のようでもあり老婆のようでもある、そんな彼女が漂わせる雰囲気はただひたすらに胡散臭い。
むしろ、その名の通りの紫色の瞳を見ていると深淵へと引きずり込まれてしまいそうな危うさすら感じる。

そしてその危うさは男の方だってそうだ、服装から雰囲気までとても真っ当とは言い難い。
真っ白な革製のぴっちりとした衣装はまるで拘束服のようでもある、金の金具が付けられたベルトがその印象を加速させる。
なにしろそのベルトは全身の至る所についているのだ、腕に至っては最早ベルトだけで構成されていると言っても過言ではない。
当然のように服につけられているのはベルトだけではない、金色の鋲や輪も当然のようにつけられている。
その服装には不釣り合いなほどの優男じみた顔、しかしその顔もあまりに美しすぎて逆に不気味さを醸し出している。
抱きついている女性同様の紫の瞳は決して自然の中には馴染まない不吉極まりない色合い。
まるで演劇かなにかのように大仰に手を広げる、そんな彼のことをシンは知っている。
忘れることなど出来ない、C・Eにおける上司であり頼れる仲間でもありかつての敵でもある、そんな彼。

「――――キラさん?」

思わず彼の名を呟いた。そしてそれは霊夢も同様なのだろう、彼女の名前を呟いている。
コズミック・イラ。幻想郷。互いに違う世界ではあるが、その世界において最強と呼ばれうる存在。
キラ・ヤマトと八雲紫は間違いなくその最強に限りなく近い存在だと言える、そんな二人が―――

































「ゆかりんかわいいよゆっかりん♪」
「やぁ~ん、そんなかわいいだなんてキラきゅんったら、や~んや~ん♪」
そんな二人が、なにか、こう、カオスなやりとりを。
一瞬の間があり、早苗は言葉の意味が理解できた。もとい、出来てしまった。
出来てしまった以上、自分の知るキラ・ヤマト象と照らし合わせるしかない。
そして、頭の中で照会が済みどれだけあり得ないカオスの渦が巻き起こっているのかが分かり。

「って、ええええええええええええええええええええええええ!!!!??」
八雲家に、早苗の心底理解できないと言いたげな絶叫が響き渡った――――

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最終更新:2014年02月02日 12:28
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