<ロッキンガール>

<ロッキンガール>

 新曲発表を控え、レコード会社とのCD発売イベントに関しての打ち合わせを滞りなく済ませた帰り際、奇妙
な光景に出くわした。
 ――年齢は自分とそういくつも変わらないくらいだろうか、ヘッドフォンを付けた少女がいた。
 道行く人々の誰も彼もが振り向く……というほどではないが、目を引く可愛らしさを湛えている。
 そんな少女がショーウィンドーの前で立ち止まり中を眺めているのだ。尚更に注目してしまうというものだ。

(……あれ?)

 その横顔に見覚えがあることに気付き、こちらも足を止める。しばしの間思案し、思い切って近づいてみる。
 どうやら覗き込んでいるのはブティックで展示されている服らしかった。純白のフリルで装飾された清楚な
カラーのワンピース、10人中13人が『カワイイ衣装』と評するものだろう。
 ……なお、この評価は10人のうち3人は「大事なことなので2回言いました」という意味である。
 目の前の少女に再び視線を移す。こちらに気付く様子もなく、ガラス越しにワンピースを見てにへらとだらし
ない笑顔を浮かべていた。

「へー、こういう可愛いのが好きなのか」
「うんうん、可愛いよねぇ……え?」

 ひとしきり頷きを返して、はたと少女は視線を向けてくる。ようやくこちらの存在に気付いたらしい。
 とりあえず黙って相手の反応を待つ。ぱちくりと瞬きする少女はどうしていいのか分からないのか、その他
一切の動きを止めていた。
 たっぷり10秒ほど経過した後、

「そそそそ、そんなわけないじゃないですか! 私はこんなフリフリでフワフワの可愛らしい服に興味なんか
なくて、もっと、こう、ロックな……っていうか何ですかいきなり!」

 顔を真っ赤にしながらざっと2mほど距離を取られた。いや確かに唐突であったことは認めるし悪いと思うが、
ちょっと傷つく。
 そんな精神的ダメージを表に出ないよう努めて平静を装い答える。

「いや別に。うっとりと眺めていたからつい」
「ついじゃないですよ! っていうかあなた誰ですか!?」
「俺? こういうものだけど」

 名刺を少女の目の前に突き付けるように差し出す。顔を寄せて印字された文字をじっくりと読むように視線を
平行に動かし、はっとしたようにこちらの顔を上げる。

「765プロダクションの、プロデューサー?」
「まだ駆け出しだけどな。俺はシン・アスカ、よろしく」
「はぁ、どうも。多田李衣菜です……ってそうじゃなくて!」

 すんでのところで握手を回避され仕方なしに差し出した手を引っ込める。何やら目を白黒させているが、そこ
までの反応は想像しておらず逆にこちらが面食らってしまっていた。

「え? え!? 765プロ!? あの菊地真さんとか我那覇響さんがいる、あの765プロ!?」
「その765プロだけど」
「あの有名なアイドルの天海春香さんが所属している765プロ!?」
「……なんで春香だけ毎度毎度そう呼ばれてるのかいまいち分からないけど、その765プロだ」

 奇妙な知名度を誇るリボン付きのアイドルを思い浮かべて軽く頭を抱えるが、そんなこちらの様子も気にせず
何やらしたり顔で少女――李衣菜は頷いていた。


「そっかー。まだまだ見習いかと思ってたけど、こんな大手プロダクションのプロデューサーの目に止まっちゃ
うくらいだったかー」
「何の話だ?」
「またまたー、私のこの溢れ出るロックな魂に引かれてつい声をかけちゃったのは分かってますからー。いやー
765プロからヘッドハンティングかー。もうロックなアイドルとして大ヒット間違いなしって感じかなー、ウッヒョー!」

 服にプリントされた『Rock of MIND』の文字を見せつけるように誇らしげに李衣菜は胸を張る。
 ――何やら盛大に勘違いしているらしいが、まぁそれはいい。こちらの素性が分かるや否や態度が急変したの
もまぁいいだろう。いっそ馴れ馴れしいくらいの方がやりやすい。
 それはそれとして、

「ロックなアイドル、ねぇ……?」

 先程まで少女がうっとりと眺めていた服に目を向ける。繰り返すようだが10人中15人は『カワイイ衣装』と
断言する代物だった。
 間違ってもロックな要素は欠片も感じない。

「? あ!? えーっと、これはたまたま! たまたま見つけてちょっと気になっただけで!」

 こちらが見ている物に気付き、何を言いたいのかを察したのか李衣菜は慌てて言い繕い始める。

「気にはなったんだ」
「え!? ちょまうぇそうじゃなくて、こんなの着るのはお子様だよねーってそう思っただけだから!」
「そうか、でもこういう服もなかなか良いよな」
「そ、そう? 私としては好みじゃないけど……でも、こういうフリフリでフワフワなのとかはカワイイ、かな?」
「明るめの色合いも今の季節に合ってるな」
「うんうん、この青いいよねー」
「そうだな、こういうのが好きなんだよな」
「うんうん……うん?」

 はたと、自分が口にしたことを反芻するように繰り返した後、

「ってだからちがーう! 私はもっとこうロックな、そう! あの菊地真さんみたいにカッコイイ衣装の方が
いいんです!」
「そ、そうか?」
「そうですよ! 真さんみたいにああいうカワイイのなんか興味ないんです!」
「そ、そうか」

 当の真が選ぶとしたら間違いなくこのフリフリな方しか選ばない――そして強制的に衣装を変えられて凹む
ところまでで1セット――だろうが、あえて真実は言うまい。

「まぁ服はともかくとして、だ。本当にロック好きなのか?」
「なっ!? いきなりな上に失礼でしょその質問!?」
「いやぁなんというか、なんとなくだけどちょっとそこはかとなくミーハーな感じが」
「そ、そんなことないって! 私ほどロックを愛しているアイドルはいないって!」
「じゃあ好きなロックのジャンルは?」
「じゃ、ジャンル?」

 食ってかかるようにまくし立てていた李衣菜の勢いがピタリと止まる。
 ――あっ、と。その沈黙が意味することを察して妙な罪悪感を覚えてしまった。


「ゆ、UKロックとか?」
「……UKロックってどんなロックか説明できるか?」
「うっ」
「ロックとメタルの違いは?」
「ううぅ……」

 徐々に尻すぼみになっていくうめき声に確信する。どうやら第一印象以上にミーハーなようだった。

「ちなみに、ロックとメタルの違いはメタルが金属的なギターサウンドが特徴だから、ロックはハードロックっ
てジャンルがメタルの原石的な意味で位置づけられているからそう呼称されているらしい」
「そ、そうだったの!?」
「嘘だ」
「騙されたっ!?」

 オーバーリアクションにショックを受ける姿を見て、何やら胸の奥で目覚めてはいけない何かが目覚めそうに
なってくるのを感じる。いかん、静まらなければ。雪歩と接するときのような態度をこんな所でしてはいけない。

「実際のところ、ロックとメタルの違いは結構曖昧らしいからどうこう説明は難しいとは思うけどな」
「そ、そうかな?」
「あぁ。ヘヴィ・メタルの元はハード・ロックってのは聞いたことあるけどな」
「おぉ!」
「これは余談だけどヘヴィ・メタルもさらに種類が多くなって、独特の疾走感が特徴のサイクロン・メタル。
熱狂的なサウンドのヒート・メタル。幻想的な曲調のルナ・メタルなんかあるらしい」
「おおっ!!」
「もちろん嘘だ」
「また騙されたっ!?」

 ――いや、だから落ち着こう。伊織に犬と蔑まれつつも表面上は平静を装っていたあの頃を思い出そう。

「うう~! みんなして私のことミーハーだにわかだって決め付けて! 音楽を言葉で表現しようとするその
考え方がいけないってのに」
「開き直りにしか聞こえないけど……別にいいんじゃないか、ミーハーでも」
「えっ?」
「ロックが好きって気持ちにウソはないんだろ?」
「そ、そりゃ……そうだけど」
「だったらそれでいいじゃないか。それがお前の……多田李衣菜の自分らしさってやつだろ?」
「私の、私らしさ……」
「まぁ案の定ではあったけど、PV見た感じそこらへんは大丈夫そうだし」
「PV……って、え!? あのPVって仕事先にしか渡してないんじゃ?」
「うん。今度こっちと合同イベントすることになったから見させてもらった」
「う、うえぇっ!?」

 ポカンと立ち尽くす李衣菜に先ほど渡しそびれた名刺を改めて渡す。呆然としつつも受け取ったことを確認し
て一度頷き、背を向けてひらひらと手を振る。

「今日明日中にはそっちにも連絡あると思うし、とりあえず一足先に挨拶ってことで。あ、他の2人にもよろし
く伝えといてな」

 ゆっくりと離れる最中、「え? え?」という困惑した声が背中に届いたが、あえて無視してそのまま事務所
への道を辿る。
 ――また忙しくなりそうだとため息を漏らしつつ、それでも口元は笑っている自分に気付かないフリをしながら。


「ねぇねぇシン! 今度の雑誌の写真撮影ってグラビアも載せてるよね? だったらほら、先週号のこういう
可愛い服とか着たいんだけどいいかな?」
「あ、悪い。そこもう服装指定されてるから」
「え? それってこういう……」
「いや、メンズの新作」

 ふらっ、と笑顔をそのままに倒れそうになる真の襟首を掴んでそのまま引き起こす。しばし硬直していたが、
やがて膝を抱えてめそめそと泣き始めてしまった。その姿に思わず仕事の手を休めて律子が心底同情するように
哀れみの視線を向ける

「さすがにもう慣れたと思ったら……」
「うう~、みんなしてボクのこと男の子より男らしいとか決め付けるなんて酷いよ」
「だ、そうだけど。どう思う? 新人プロデューサー?」
「大丈夫だ真。俺よりずっと男らしい」
「そんなフォローいらないんだけど!?」

 目を真っ赤にしながら抗議する真をどうどうとなだめつつ、ふと耳に飛び込んできた歌にTVへと顔を向ける。

 ――Shooting star 闇を切り裂いて進むよ
 ――Beating my heart それは止められない
 ――すべてを輝かすよ

「……あら、この子今度ウチとイベントするとこの子ね」
「え? なになに?」

 こちらの視線を辿った律子と、彼女の言葉に興味の対象が移った真もTVへと注視する。

――無我夢中 きらめいて 流れる星のストライド
 ――才色兼備 いいけれど 三日月も綺麗だよね
 ――純真無垢に 見えるけど 星の海駆けるグライド
 ――賛否両論 いいじゃない

 あのときと同じようにヘッドフォンを付け、楽しそうに踊りながら歌う少女。
 可愛らしさと、ほんの少し背伸びをしたカッコよさが合わさったような衣装に身を包んでいた。

「へぇ~。なんかこう、可愛い子だね」
「そうだな。あ、真のファンみたいだぞ」
「そうなの? う、うーん。嬉しいんだけど複雑だなぁ」
「そんな情報出てたかしら……ひょっとして直接会った?」
「えぇ、この間少し。ってどうして2人揃って「またか……」みたいな顔を?」
「さぁ?」
「知らないよ?」

 そう口にしつつも傍から見ても分かるほどの呆れ顔を見せる2人から視線を外してTVへと戻す。

「なんにしても、これから忙しくなりそうだな」
「えぇ、そうね」
「うんうん、まったく」

 ……何やら話題がズレている気配を感じつつも、とりあえず気にせず次のイベントへの想いを馳せる。
 彼女の他にも参加する数多くのアイドルたち。真や律子らと同じくトップを目指す新たな可能性との出会いに
期待と不安を感じながら、彼女にとっても良い結果を残すことを願った。

 ――繋がって 離れる 連なって 輝く
 ――心を 追いかけてく


<おまけ:出会ってはいけない2人>

楓 「ただいま戻りました」
シン「あ、楓さん。お疲れ様です」
楓 「シン君もお疲れ様。今日は事務所にあまり人がいないのね」
シン「最近いろいろ仕事も増えてますから。楓さんも忙しいでしょうけど」
楓 「私は大丈夫。それに、お仕事ってわーくわくするから」
シン「…………」
楓 「…………」
シン「あ、甘いものとかどうです? 飴……は杏のやつが全部持って行きましたけどチョコならあるんで」
楓 「あら、それじゃあチョコを、ちょこっといただきます」
シン「…………」
楓 「…………」
シン「え、えぇと……あ、そうだ。この前出したCD売上好調みたいですよ」
楓 「そういえば、昨日の音楽番組でも紹介されてたわね。ふふっ、私もうれしーでーす。なんて、ふふっ」
シン「…………」
楓 「…………」
シン「あの、楓さん。ひとつお願いしたいんですが」
楓 「お願い?」
シン「えぇ、あのですね」

千早「~~~~~~~~~~~~~~っ(バンバン)」

シン「そろそろ千早が笑いすぎて過呼吸起こしそうで、壁叩きすぎて隣が迷惑なんで勘弁してください」
楓 「あら、大変。それじゃあ、壁に免じてかんべんしてあげます、ふふっ」
千早「っ!?」

 翌日、千早は仕事を休んだ。
 ギャグだけが原因であると信じたい。

楓 「シン君だけに、信じたい?」
シン「いやもうホント勘弁してください」

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最終更新:2014年02月02日 12:35
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