戦争が終わり、世界が少しずつ落ち着いてきた頃、俺はザフトを辞めた。
終戦からこれまでずっと共に戦ってきたキラさんは少し悲しそうな顔で俺にまだ共に戦いたいと言ってくれたが、俺はそれを断った。議長を否定したこの人達がこの世界をどう変えて行くのかを、外から見たいと思ったからだ。キラさんにそう素直に告げると、「なら、僕達は君に認め貰える様な世界に――――花の吹き飛ばない、植えた花が全て咲き誇るような世界に導いてみせるよ」と宣言し、俺達は握手で別れた。
それからずっと今日までバイクで旅を続け、今はアジアのとある島国からユーラシア大陸に向かうため港町に向かい走っていたのだが、綺麗な海に心を奪われ、まだ時間があるのを確認した俺は愛車を停め、戦争時に心を少し通わせた今は亡き少女に思いを馳せながら、のんびりと砂浜を歩いていると、波打ち際に倒れる一人の少女を見つけた。
「ここは……どこでしょうか?」
ゲームでしか見たこと無いような巫女装飾のような服に東洋風な顔立ちの、綺麗な黒髪のその少女。目を覚ました彼女は、自らの名前しか覚えていなかった。
「私は榛名と申します。今はそれしか思い出せません」
「旧日本の名前だな。俺もそこの血が流れてるんだ。俺は……シン・アスカ」
記憶を失ったその少女と旅をすることになった。
その途中で俺達を襲った盗賊のMS。それに踏み潰されそうになった俺を救ったのは、彼女の背中からはえた……まるで戦艦に載っているような砲台だった。
「榛名、それは……」
それをきっかけに戻る記憶。
「金剛姉様、比叡姉様、霧島――――榛名を、私を一人にしないでください」
頭を抑え子供の様に泣きじゃくる彼女。
「ワタシモ……ワタシモマタ!!」
そして――――榛名を狙い、迫り来る謎の艦隊、深海棲鑑。
「榛名は私の大事なsisterデス。支えてあげてくださいネ?」
俺の夢に出てきた、榛名に良く似た少女。そして――――。
「私は生きていたい、姉様や霧島達の分も!! 金剛型戦艦3番艦、榛名、出撃します」
少女はその瞳に決意を宿し、新たな提督と共に戦場へと赴くのだった。
――――
――
「と言う話デース。現実では提督がこの世界に来ましたが、もし榛名が提督の世界に行ったらで考えてみたヨー。私は自分の才能が怖いネー」
ニコニコと笑みを浮かべながらカタコトな日本語で俺に話しかけてくる金剛。コイツ、朝の会議サボってまで何してるのかと思ったらこんなことしてたのか。てか喋れはしないくせに書けるのか。
「けど……なんでヒロインが榛名なんだ? お前、いつもは俺にバーニングラブ!! とかいってくるじゃん」
「もー提督ったら、細かいこと気にしたらNO-なんだから」
「何があった? お前、この間榛名が来たときも、嬉しそうだったけど、何か少し悲しそうな顔してたし……」
それを尋ねた瞬間、金剛の笑顔が固まった。
数日前、金剛の妹に当たる榛名をこの鎮守府に迎えた。この鎮守府はまだ出来たばかりなので、戦艦は二人目それも、自分の妹だ。金剛はとても嬉しそうに彼女を迎えていた。
しかし、榛名が他の艦の挨拶のためにその場を離れ様とした時だった。金剛は榛名を一度呼び止めた。そして、金剛には珍しく、煮え切らない態度を取った後に、この鎮守府にはまだちっちゃい子(駆逐艦)ばかりだからちゃんと目線を合わせて挨拶してやれとだけ言い、榛名を行かせた。俺もそれに着いて行こうとしたのだが、金剛の様子が気になり、目を向けると、軽巡艦達に連れられ鎮守府内に入っていく榛名の背中を少し悲しそうに見つめていたのだった。
それから数日、今日まで金剛を姉のように慕う第6駆逐隊や、同じ第一艦隊で出撃する機会の多い重巡洋艦や軽空母の連中を始とする鎮守府中の艦娘に金剛が元気が無いので俺が何かしたんじゃないかと何度も聞きにこられた。
「……私は、榛名に――――いえ、sister全員に姉として最低なことをシタネ」
「え?」
暫くの沈黙の後、金剛はポツリと呟く。そして、そこからダムが崩れたかの様に、英語で喋りだす。
『あの大戦で……比叡が沈み、霧島が沈み私と榛名だけになった。大丈夫だからって!! 絶対守るからって約束した榛名の為に一生懸命日本を目指しました!! けど――――帰れずに、榛名を一人にしてしまった!! ……私は姉なのに、妹を守れず、二人残されて!! その後に自らも沈んで、妹をたった一人残して寂しい思いをさせて何が姉ですか!!』
金剛の瞳から一滴の涙が零れ落ちた。
『まさか……沈むなんて思いませんでした、たった――――たった二発の魚雷で!!
守りたかったのに、共に居たかったのに!!』
「そんな自分が情けなくって……それを榛名に謝れなかった自分はさらに情けないのデス……」
痛いくらい、金剛の気持ちが伝わってきた。守りたかった、約束した。どの言葉も、自分の口から紡いだ事のある言葉だった。マユにステラに、レイに、そして――――ルナに。俺は残された側だけどわかる。一度言葉にした自分の言葉、意思、想い、約束。それを果たせない辛さは……俺達の痛みはきっと同じものなのだろう。俺は、もう会えないからこそ、過去にしないと決めたからその痛みを背負い、金剛は再び合えたから、それが過去じゃなくなったからその痛みを背負おうとしているのだ。
自分の気持ちを吐き出した事で冷静になったのか、最後にいつもの口調に戻り、先程俺に読ませた原稿をその手に取る。
「これは私の遺書……のようなものデス」
「遺書?」
「Yes。もし私が沈むような事があれば、提督にはこの物語のように榛名を……いえ、榛名だけじゃないデス。これから提督が出会うであろうsisterを支えてあげて欲しいネ」
皆寂しがりだから。と金剛は少しおどけた様に微笑みながら付け足した。その笑顔はいつのも金剛の笑顔ではなかった。
「……お前がそんな弱気になるなんて……妹がホントに大事なんだな」
「いつもそれでsisterの写真みてる提督には言われたくないネー。けど、お姉ちゃんなんだから当然デース」
俺の机の隅に置かれたケータイ電話を指さして言う。
「流石は秘書艦だな、俺のこと良く見てる」
金剛は胸を張って当然だと答えた。あ、いつもの笑顔に少しずつ戻った。
「昨日、榛名に寝言で、「もう一人にしないで」って言われました。無論沈む気なんてないデス。けど私達がしているのは戦争。自分がいつ沈むかなんてわからないネ」
再び悲しそうな顔をする金剛。やめろ、そんな顔をすんな。
気が付くと、俺は金剛を抱きしめた。その瞬間、金剛が小さく息を漏らしたのが耳に届く。
「安心しろ、俺がお前を――――お前だけじゃない。この鎮守府にいる全員、沈めさせない」
金剛は小さく笑うと、俺を抱き返し、肩に顔を埋めた。
「全く、提督ゥ、こういう時は、「お前を」だけにしとく所だヨー? けど、その方が提督らしいネ」
顔を上げた金剛は、瞳は少し潤んでいるものの、いつもの笑顔で、俺を見上げてくる。うん、金剛はやっぱこうじゃないとな。
「それに、覚悟はいいけど、残される辛さもわかってるならそう言うこともう言うなよ? なあ、榛名」
俺がドアに向かって言うと、ドアが静かに開き、ゆっくりと榛名が遠慮がちに入ってきた。
「すみません、姉様。聞くつもりはなかったのですが……」
「榛名……」
「姉様、残すなどその様な事を言わないでください。
折角二度目の生とはいえ、あの頃とは違い人の姿になれたのです。私は姉様達と一緒にいろいろな事がしたいです。だから……」
泣きそうになりながら自らの心を吐露する榛名の唇に、金剛は人指し指を当てて優しく制止する。
「もう大丈夫デスヨ、榛名。お姉ちゃんも少し昔を思い出してNervousになってたみたいデス。もうお姉ちゃんは榛名も、比叡も、霧島も、この鎮守府の皆も離さないワ」
「姉様……!!」
いい話だなー、俺は蚊帳の外だけど。
「ところで金剛姉様? 姉様は提督と相思相愛なのですよね?」
突然笑顔で首をかしげながら聞いてくる榛名。どうしてこの空気でその質問を?
あと金剛、普段そんなこと言ってるのか……。俺は金剛のほうを少し責めるように見ると、少し視線を泳がせた。全く、別に嫌なんて言ってないんだからもう少しスキンシップを控えてくれば俺ももう少し――――
「なら姉様、早く提督と子を生してください」
………………………コノコイマナンテイッタ?
榛名の口からでた突拍子も無い台詞の反応に困り、金剛のほうを見るが、彼女も固まっている。
「優しい姉様のことです。榛名にこう言っておきながら、心の中ではきっと榛名を――――いえ、この鎮守府にいる子全員ですね。自らが沈もうとも守ろうとするでしょう。けど、子供が出来てしまえば、姉様が絶対に沈めない理由にもなりますよね。それに小さい子がいれば、より駆逐艦たちの子もしっかりすると思います。という訳で、姉様が死ねぬように提督と早く子を生してください。榛名は(叔母になる覚悟があるから)大丈夫です」
「いや、その発想はおかしい。てかもう文脈が無さ過ぎてわけがわからない」
この子……もしかして寂しすぎたせいで少し変な方向にずれてしまったんじゃ……。隣で金剛も「榛名が……榛名がおかしくなってしまいました……」と肩を震わせている。
「あ、その前に結婚ですね。提督の事、今日から義兄様って呼んでもいいですか?」
「けっ、結婚!?」
榛名がそう言った瞬間、金剛は今度は一気に赤くなったかと思うと、そのまま固まってしまった。因みに俺も彼女の飛躍してゆく話についていけずに唖然としている。
そして、金剛の叫び声が響いて直ぐ、突然執務室のドアが開き第6駆逐隊とパパラッチの青葉が雪崩れ込むように室内に入ってきた。どうやら盗み聞きをしていたようだ。
「司令官、金剛さんと結婚するの?」
「はわわわ、これはおめでたいのです。初代秘書艦として挨拶はお任せなのです」
「結婚式、レディとしては憧れるわ。どんなドレスがいいかしらね、響?」
「姉さん、別に今の格好の方が私達らしいと思うけど?」
「これは良いニュースですね。青葉、皆に知らせてきます!!」
青葉はそう残し、あっという間にいなくなった。アイツも忙しいやつだな(逃避)
これからまた大変な騒ぎになるんだろうと、一つため息をついた。
そして、赤くなって慌てふためいている金剛を中心に集まる彼女達を見る。戦争中だと言うことを忘れ、この幸せなひと時の過ごせる事が嬉しく思い、顔には笑みが浮かんでいた。そして、少し意地悪く笑う榛名も目に入った。どうやらさっきの突拍子の無い話は冗談のようだ。彼女もきっと姉とじゃれたかったんのだろう。そうだ、冗談に違いない。目が本気だった様な気がしないでもなかったけどそう言うことにしておこう。
「こいつらが再び与えてくれた日常、もう壊させはしないさ。そうだろ、ルナ?」
終戦後にマユのケータイで撮った今は亡き彼女との最後のツーショット写真を眺め、その背景にはしゃぐ艦娘達の声を聞きながら俺は一人呟くのだった。
その後日、電からの手紙で今回の騒ぎを知った元帥から「いまはこれで我慢してもらえ」という手紙が添えられた指輪と書類が送られてきたおかげで、もう一騒動あったり、これがきっかけで、海軍全体でケッコンカッコカリというシステムが出来たのはまた別の話だ。
最終更新:2017年02月11日 21:32