それは、あついあつい夏の日の出来事だった。
シン・アスカという、その日オーブ連合首長国のとある公園でうなだれている男に与えられていたのは2か月の長期
休暇だった。ZAFT軍の健康診断で、疲労過多、休養の必要ありと診断されたシンは、たまっていた有給休暇も合わせ
て、「お前絶対休んで来いよ絶対だぞ」と休暇を押し付けられた。
宙賊、テロリストならばもはや恐れもしないシンだったが、困ったのが二か月の身の振りようだった。
13でプラントに渡ってから、訓練と仕事にドップリの生活だったものだから、すっかりワーカーホリックになってい
たシンは休暇を与えられてもそれこそ途方に暮れた迷い犬のようであった。
既に恋人(のような何か)だったルナマリア・ホークとはお互いの将来のために別れていた。最近は時々あって飲み
友達のような間柄になっているのだがこれは閑話休題。
とにかく、18歳にして仕事人間になっていたシンには上手い休暇の使い方が思いつかなかったのだった。
そんなシンが立ったひとつ思いついたのが「墓参り」だ。思えばメサイア攻防戦が集結してから直後に訪れただけで
、もう二年も行っていない。このまま時間だけを持て余していても仕方ないと思いついた日のうちにオーブ行きのシャ
トルのチケットを申請し、ホテルもとって、今このオーブで項垂れているというわけだった。
項垂れているのも、深い理由があっての事ではない。例えば、割と真剣に死んでほしいと思っている金髪の国家元首
だとか、生え際が後退している元上司にあってしまったとかそういうことではないのだ。
(やること終わったー……)
既に墓参りを済ませてしまい(とはいってもアスカ家の墓ではなく家族が死んだ戦争の死者を祀った施設だが)、か
つて住んでいたあたりの様子が全く面影を残していなかったのを確認して、当初の予定を全て消化してしまったのだ。
結局時間の使い方に悩んでいるのである。あと暑い。赤道直下の夏マジヤバイ。
その出来事が起こったのは、そんな年齢不相応な悩みを持て余していたシン・アスカが、ジュース飲みたさに立ちあ
がった瞬間だった。
突風が吹き、空間に穴が開いたように見えた瞬間、ピンク色の光がその場に弾けた。
そしてその中央に「彼女」はいた。
小柄な体に纏ったひらひらとした純白のドレスのような装束、小さな手に握り占めた身の丈ほどの大きな杖、絵にかい
たような「魔法少女」。
いつか見た、天空の城を探す映画のヒロインのように宙に横たわるその少女が下りてくる様を、シンはあんぐりと口
を開けて見ていた。
そうこうしているうちにも目の前の少女は新しい情報をシンの頭に詰め込んでくる。少女の握りしめた杖が霧散し、
それと同時に少女の白い服もピンク色の光に包まれどこかの学校の制服のような衣服に変化した。
支えを失ったかのようにストン、と落ちかける少女を見て、シンは反射的に手を伸ばして抱きかかえる。
(落とさずにすんだのはいいけど、一体どうするんだこれ!)
情報がぎゅう詰めになり混乱するシンの思考を導いたのは、これもまた突拍子もないことに、頭の中に響くように語
りかける声だった。
<<そこの方、助けていただけませんか>>
だれだ!?とシンが思わず声を出すと、まるで応答するかのように、抱えた少女が首にかけている赤い球のペンダント
がチカチカと光る。
<<私はここですよ>>
仰天するシンに、声は言った。
<<マスターを安全な場所に運んでほしいのです。酷く疲労している>>
マスターという言葉がこの少女の事を指しているのだと、一拍おいて理解したシンは、少女の具合が酷く悪そうであ
ることを確認する。見ただけで発熱しているのだとわかるほど顔が上気している。呼吸も不安定だ。放っておくとただ
ならない事態を招いてしまうだろうということが分かった。
18年間を共に生きてきた反射神経が肯定の返事をした。宿泊していたホテルに電話をかけ、隣の部屋を一部屋と氷枕
などの手配をしてもらう。これ幼女誘拐に見られやしないかという思考が頭をかすめたものの、「ええいままよ」と無
視して少女を背中に背負う。酷く軽かった。
シンは思った。「なんだか奇妙なことが始まりそうだ」と。
太陽がひときわ強く輝いた。島国の潮風がシンと少女を撫でる。
シンの人生を変えるひと夏の旅が始まる。
最終更新:2017年02月11日 21:38