―――ZGMF-X42S、デスティニーの強化案は非常に難航を極めたと言える。何せ元々が欠陥機と呼ばれるほどに難のある機体だ。
シンのデスティニーへの習熟によりある程度は補えてはいるがそれでも辛いものはあった。
だからこそ強化案はや改修策は何度も立ち上がり、しかしそのたびに立ち消えていった。
理由は単純である、その強化をデスティニーで行う必要がない、改修すればデスティニーの強みが消える。これに尽きた。
例えば、近接戦に特化する案。一撃離脱を主とするデスティニーからすれば確かに魅力はあったのだがその場合砲戦がほぼ死ぬ。
例えば、射撃戦に特化する策。急加速、急制動を行えるデスティニーからすれば悪くはないがそうすると今度は寄られると不味い。
その他様々な案が出されたのだが全て採用されることはなかった。
もしも採用して強化したとしてもそれはもうデスティニーである必要性がないものばかり。
デスティニーだけの魅力を持つことが出来ない、早い話が他の機体に乗り換えた方が早かったのだ。
だからこそデスティニーの強化は極々普通な装甲の強度や動力の上昇、機動性の向上ぐらいのものしか行われなかった。
改修と呼べることは精々がパルマフィオキーナの周辺にゲシュマイディッヒ・パンツァーを仕込むことぐらい。
そんな中、ジャンク屋ギルドのデータを漁っているときにパワーシリンダーについての記述を見た。
その時は特に気にすることもなくそのまま読み流したのだが、デスティニーの特性を考えている内にふと思い付いた案。
デスティニーは一対一という状況に強く設計されている。それならばいっそのこと一対一に特化させればいいのではないか、という考え。
相手の能力に応じてその加速力で適切な位置を取り続け、距離に応じて兵装を使い分けるという戦い方は一対一で真価を発揮する。
火力はすでに十分、ならば必要とされるのは加速力の向上。推進力は現状で劇的な向上が望めないのだからまずは初速に狙いを絞る。
初速を得る手段はスラスターによるものだけではない、脚部で地面―――正確に言えば大質量の物体――を蹴って加速。
戦艦を蹴って増加した機動力は、対峙したパイロットからしてみれば通常の三倍とも言ってもいいほどに爆発的なもの。
パワーシリンダーを用いれば通常の三倍というのも誇張ではなくなってくるかもしれないのだ。
また、脚部に限定せずとも有用な代物だ、パワーシリンダーの全力を以て殴りつければPS装甲であってもただでは済まない。
例え装甲が持ったとしても間違いなく内部の電装系やフレームは衝撃に耐えきれないだろう。況や、パイロットは尚のことだ。
そう考えて強化プランをパワーシリンダーを組み込む形で引き直す。その上でまず見直さなければならなかったのは装甲。
爆発的な加速により上昇する相対速度で、シンの反応速度では間違いなく敵機の攻撃を碌に避けられないことは目に見えていた。
加えてパワーシリンダーの圧倒的な力である。下手にMSを殴りつけたら逆にデスティニーのフレームが歪むことは明白。
VPS装甲にかける電圧を上げ、フレームにはVPS装甲の技術を応用して強度を高めることでそれはクリア、しかし問題はまだあった。
シンの反応速度は決して早いわけではない、現時点でさえデスティニーの速度には徹底した予測を行うことでどうにかついていけるレベル。
パワーシリンダーでさらに上がった初速にはとてもじゃないが反応しきれない。
被弾ならば硬度を増したVPS装甲で多少は問題ないのだが、問題は敵を通り越しかねないということ。
それなればいっそのこと、通り越しても絶対に敵機を補足し続けられるようにすればいいと考えた。
具体的にはマルチロックオンシステムを搭載し、その増加した管制能力でただ一機だけをロックオンし続ける。
本来ならば多数の敵機を捕捉することを前提としたミーティアの飽和攻撃の管制に使われるそれによりシンでも扱えるレベルに抑えられる。
また、あくまでも一機のみを捕捉するのだからコンソールには然程手を加えなくて済んだというのもありがたかった。
その他に頭部排熱機構の追加や加速の際に機体のバランスを取るためのテールスタビライザーを追加していったのだが。
そこまできて根本的な問題が発生してきた。とてもじゃないがエネルギーが持たなかったのだ。
パワーシリンダーに加えてVPS装甲にかける電圧の増加、加えてフレーム部にも電圧をかけている。
マルチロックオンやスタビライザー、その他の細かい処理も馬鹿にはならない。
結果。ハイパーデュートリオンですら賄いきれないほどの途方もないエネルギーが必要となってしまったのである。
どんなに理想的に動いたとしてもまず20分程でフェイズシフトダウンを起こしてしまうほどの燃費の悪さ。
そのままお蔵入りになるかと思われたが、しかしその燃費の悪さは「恒常的に運用するなら」という前提があった。
そもそもパワーシリンダー等を常に起動させるからエネルギーが足りなくなるのである。
ならば逆に必要に応じてそれらを起動―――言うなれば、形態を移行させる形で運用すればエネルギーの面ではどうにかなる。
何より、こんな機能を持ったMSなど間違いなく新機体として開発することなど出来ないだろう。
それに加えてどう足掻いても払拭できない致命的な欠陥を考えれば形態の移行こそがベスト、それ以外では運用できる代物ではない。
デスティニーの強みを失わせず、特徴をより強く反映させ、なおかつデスティニーだけの魅力を持つ。
それら全てを満たすそれを、シンは極限的なまでの破壊を行うための形態―――エクストリームブラストと呼んだ。
尚、その結果デスティニーのデザインが非常に、所謂「悪役」染みた物になったことにはシン以外には不満を持たれてはいない。
シン以外からはデスティニーらしさが強調されたいいデザイン、相手からしてみれば威圧感があると好評であった。シン以外には。
何が悲しくてあいつ悪役っぽいのに乗ってるとか言われなきゃいけないんだ、とは某パイロットS・Aさんの言葉である――――
『おおおおおオオオオオッ!!』
放熱のためにスピーカーから発せられる音はまるで悪魔のようなしゃがれ割れた物。
紫に迫るデスティニーは咆哮染みた叫びと共に拳で紫が立っていた岩塊を殴りつけた。
自分を直接狙わないデスティニーの行動に紫は訝しげに眉を寄せたが、元々紫を狙ったものではない。
デスティニーの拳を受けた岩塊は瞬時に粉々に砕ける、あくまで狙うのは足場の破壊。
そしてそれにより生まれるであろう体勢の崩れ、狙うべきはそこだ。
「あら」
デスティニーの目論見通り岩塊は粉微塵に砕け散る、しかしそれに紫が驚くことはなかった。
結界ごと自分を殴り飛ばしたのだからこの程度ならまず造作もないだろう、今更驚くようなことではない。
問題はこのデスティニーにどう攻めるのか、である。細かな光弾ではまずダメージにはならない。
もしそれでダメージを負う、或いはその可能性があるのならデスティニーは弾幕の中を突っ切ってきたりはしないだろう。
ならば大技? それも困難だろう、デスティニーの瞬発力はまるで爆発するかのような凄まじさ。
それよりも早く大技を準備し打ち込むというのは流石に現実的ではない。それは境界を操ることにしても同じこと。
どうしたって集中するための時間がいる、それは普段ならば大して問題にもならないような僅かな時間。
しかし、こういった小細工無しの真っ向勝負を挑んでくる相手にはその僅かな時間さえも致命的となる。
恐らくそれをデスティニーは予測していたのだろう、だからこそ紫に挑んできていると見るべきか。
どちらにしても、大技も境界弄りも出来ないと考えた方がいい、ならば残るは。
(物理的衝撃による攻撃、か。VPS装甲でならむしろそれが最善かしらね)
紫は正直なところ妖怪の中では非力な方である。どんなに効率的に攻撃したとしても間違いなくVPS装甲は抜けないだろう。
ストライクフリーダムの白色の装甲ですら大したダメージは与えられなかったのだ、黒色の装甲なら言わずもがなだ。
しかし、である。VPS、と言うよりフェイズシフトの系列には衝撃を受ける度にエネルギーを消耗するという難点が存在する。
核動力ならばフェイズシフトダウンは起こらないと思われがちだが、実際には多量のエネルギーを一気に消耗すれば十分起こり得る。
(その形態、燃費はどうなのかしらねぇ?)
ましてや、エクストリームブラストならば尚のことだ、細かな衝撃でも間違いなく稼働時間に影響が出てくるレベル。
恐らく最初から長期戦は捨てているのだろう、多少被弾してでもエネルギー切れを起こす前に相手を沈めるための形態。
それならば、大技で直接仕留めるのではなく細かな弾幕や物理攻撃でエネルギーを削り切る。
デスティニーからしてみれば一番厄介な攻撃であり、正解はそれなのだ、とは思うのだが。
(素直には狙わせてくれない、か)
エクストリームブラストの欠点など、間違いなくシンは気付いているだろう。
紫がちょっと見ただけで分かるようなことなど、気付いていないはずがない。
と言うよりも、その欠点を分かり切っているからこそ形態変化という形で運用しているはずだ。
それに、エネルギーを削り切る前にこちらが沈められる可能性だって十分にある。
むしろそれを可能にするためのエクストリームブラストだと考えて動くべき。
この男が行っているのは奇策でも何でもない、徹底した理詰めによる戦法。
これぐらいなら大丈夫。そんな理も何もない考えこそデスティニーにとって最大の好機となる。
全力で来い。そう言った以上、こちらも全霊をかけて挑むのが礼儀と言うもの。
(まあ、藍を使ってないのに全霊も何もないとも言うけど)
それはそれである、なんにしても手は抜けない。事実上境界を操ることは封じられているのだ。
手を抜いたら間違いなくこちらがやられる。能力無しでは紫は決してそこまで強いわけではないのだから。
砕けた岩塊から離れ、空間の下に向かって飛びながら上に目がけてスキマから引きずり出した墓石を落としていく。
その光景に流石にデスティニーも仰天してしまい思わず場違いな言葉を叫んでしまった。
『罰当たりなっ!』
「当たります、石が」
普段のデスティニーなら皮肉の一つや二つが即座に飛んでくるところだが、しかし今はそうではない。
思考のリソースを機体制御に回しているため、返ってきたのは冷淡で平静そのものと言った言葉。
無造作に落としたようにも見えた墓石だが、しかし全てデスティニーを狙って落とされたもの。
デスティニーの言うようにこのままでは落ちてくる墓石が直撃してしまう。
装甲は持つだろうが、だからと言ってそう何度も当たっていたらエネルギーが持たなくなる。
それならばどうするか。決まっている、このエクストリームブラストで砕くのみだ。
『邪魔ァッ!』
その言葉通り、邪魔な物をどけるかのように腕を軽く振るう、ただそれだけで当たった墓石が粉微塵に砕け散っていく。
そうして墓石を砕きながら、デスティニーは紫目がけて地面を蹴った。
「まあ、罰当たりね」
墓石を粉砕するデスティニーに呆れたような声を上げながらも紫は落ち着き払った様子で長物を構えた。
このスキマに漂っている何の変哲もない標識だ、しかし妖怪が振り回す以上、標識と言って侮ることはできない。
それに、紫は何もたった一本の標識でデスティニーを相手取るつもりはない。
一本で足りないのなら二本、それでも足りないのならよりたくさん。多数の標識を周囲に漂わせながら紫は微笑む。
「残念ながら通行禁止ですのよ、守ってくださるかしら?」
艶然と微笑んだまま距離を詰めてきたデスティニーの首を狙い、まるで斬首刀を扱うかのように標識を振り抜いた。
しかし紫が詰めてきた自分にカウンターを合わせてくることはデスティニーも予測していたのか、腕で標識を防ぐ。
金属同士がぶつかり合う派手な音を響かせながら標識がまるで飴細工のようにぐにゃりと曲がるが、デスティニーの装甲には傷一つ付かない。
そのことは紫も予想していたのだろう、動揺することなく標識を投げ捨て別の標識を手に取った。
振りかぶってデスティニーの脳天に叩きつけようとするが、振り下ろされる標識に手刀を打ちつけて力任せに叩き切る。
空間の果てへと吹き飛んでいく標識の先端を見て紫はどうしたものかと僅かに思案した。
「交通法は守りなさいな」
『知ったことか!』
最悪ですね、とデスティニーに言われたが気にすることもなく右脚を軸にし、頭めがけて回し蹴りを放つ。
ボ、と空気が爆ぜる音が聞こえるほどの回し蹴りが紫に当たった、人間に直撃すればそのまま挽肉になるであろう一撃。
しかし紫は事前に結界を張っていたのか、何事もなくただ周囲の標識と共に吹き飛ばされるだけ。
そしてそれは紫にとっては願ったりの状況でもある。甘く見ていたつもりはないが、認識を改める必要がある。
境界を操る程度の能力が使いづらい以上、やはり今のデスティニーに接近戦は挑むべきではない。
徹底して距離を保つべき、それがデスティニーに対する最善手である、のだが。
(当然、読んでるわよね?)
そう考えて動く相手に対する対処もとっているはずだろう。そうでなければエクストリームブラストなど採用するはずがない。
最善だけを取って勝てはしない、それはシン・アスカという人間を相手にしているからこそだ。
人間であるからこそある程度の揺らぎを生じさせる、そしてシンはその揺らぎを認識している類いの人間だ。
そういった人間は往々にして厄介である、何せそういった人間は間違いなく自分の弱さを理解している。
弱くて揺らぐ、曖昧な存在。そのようなものが人間性と呼ばれるものであり、同時に紫が愛する存在である。
最善手は、とる。当然だ、最善を無視し続けて勝つなど相当に実力差がなければとても出来るものではない。
取るが、それは最善の手を打っていると読まれても問題がないか、或いは最善手であることを読まれないよう偽装するか、だ。
馬鹿正直に最善手を取ったりしたのなら、この男は間違いなくそれを狙い撃ちにしてくる。
(んじゃあ、どうすっかしらねー)
距離があいたのだからこの距離を保つ。まあそれが最善だろう、問題はその最善を保ち続けるべきか否か。
最善手に固執しすぎるべきではない、だからといって距離を詰められるのも不味い。
どうするにしても攻撃は加えなければならない、デスティニーが長期戦を嫌うのならこちらから長期戦に持ち込むだけだ。
そう決めると紫は自分に追随する標識全てを妖力で動かしデスティニー目がけて投げつける。
大量に飛んできた標識にデスティニーは小さく舌打ちをした。紫が知っての行動ではないだろうがこれは少しだけ不味い。
何故不味いのかをどうすれば紫に悟られずに済むのかを考えるが標識だって止まっているわけではない。
迫る標識はすぐ目前まで近づいている、このまま考え込んでいたらそれこそ紫に気づかれかねない。
どうするか一瞬考え、結局エクストリームブラストの本懐である短期決戦に沿うことにした。
『そこぉ!』
腕を振るって標識を叩き落とす、マイクが拾う騒音に辟易としながらも間をおかずにまた飛んできた標識に意識を集中させる。
装甲で受けることはそうそう何度も出来ない、装甲以上にエネルギーが持たなくなってくるからだ。
それならどうするか。その答えはそう難しいことではない、飛んできた標識をマニュピレイターで掴み、握り潰すだけ。
十本以上あった標識を全て掴み、握った部分を握り潰すと標識の支柱は紙屑か何かのように細くなっていた。
全ての標識を握りつぶすと、それは最早一本の支柱から多数の標識が生えているかのような冗談じみた光景。
その冗談みたいな光景の中、デスティニーは大きく体を仰け反らせながら両手に持っていたその標識を紫目がけて投げ付ける。
『く・ら・えぇぇぇっ!!』
まるでヘリのローターのような音を鳴らしながら標識が紫へと迫る、しかし紫の注意は標識には然程向いていなかった。
いくらパワーシリンダーによる投的といえどその速度は決して早いものではない、少なくとも紫ならば十分捉えられるもの。
重要なのは投げ付けた標識にどのような意味を持たせるのかということ。当てるつもり、ではないだろう。
それならば近づいて振り回した方が当てやすいはず、わざわざ投げる必要は低い。そのことに気付かないような愚図ではないはずだ。
少なくとも、エクストリームブラストの致命的な欠点をどうすれば隠せるかに頭が回る程度の知恵はあると紫は踏んでいた。
(割と綱渡りよね、その行動。それでもやるってのは、いい判断と決意よ)
さて、そんな知恵があるとするのなら狙いは何か。避けたところを狙い撃ちにする?
悪くはないがもう一声欲しいところだ、見え見えすぎて予想も何もあったものではない。
避けたところを狙うというのは方針としてはそう間違ってはいないだろう、それ以外に何をしてくるか。
デスティニーの兵装を一つずつ吟味し、一つの可能性に思い当る。それは標識が飛んでくる音を聞いて確信に変わった。
いや、正確に言えば標識が飛んでくる音に混じって聞こえてきた音によって、である。
フラッシュエッジ?。標識を投げた直後に一緒に投げたのであろう、それも標識を避けたら刃に斬り裂かれる絶妙な軌跡。
舌打ちと共にフラッシュエッジを避けられるよう大きく動くと、風切り音を鳴らしながら標識が通り過ぎていった。
標識もフラッシュエッジも難なく避けられた。無知な子供ならばいっそ拍子抜けしてしまいそうなほど。しかし、分かっている。
デスティニーがこんな簡単に避けられるような温い攻撃など許すはずもない、本命が来る。
その予感と共に結界を張るが、張り終えた瞬間に空気を焼く音と共に長射程砲の強烈な熱と閃光が撃ち込まれる。
長射程砲の攻撃も防がれてしまった、だがその程度で動揺なんてしていられない。当たらなかった、だったらどうだというのだ。
『まだだっ、逃がすかぁッ!』
大事なのは当たるという確信ではなく当てるという意思だ、まだ意思は死んではいない。
そのまま長射程砲を連射しながら前進。パワーシリンダーで増大した力で長射程砲を発射する際の反動を強引に抑え込む。
放たれる高出力の砲撃を避けながら紫は光弾を撃ち出してくる。
弾幕と呼べるほど高密度なものではないがデスティニーの虚を突く形で放つ絶妙なもの。
知ったことかと被弾に構うことなく前進したくなるが、まだ紫を倒せる目処は立っていない。
短期決戦を狙うべきではあるが紫の底がまだ見えない以上、考えなしに突っ込んでいくのは馬鹿のやることだ。
そしてデスティニー、特にエクストリームブラストはそんな馬鹿な考えで成り立たせることは不可能。
『デスティニー、残り時間!』
「現時点で十七分二十一秒、消費エネルギーが12%です」
細かいことを、と内心で疎ましく感じながらも自分の予想以上にエネルギーを消耗していることに舌打ちをつく。
今はまだ誤差の範囲内だが、無計画に動きまわればすぐに支障が出てくることは明白。
それにまだ15分以上あるとは言うが、それは動き回らず被弾しなければの話。実際の稼働時間はもっと短くなるだろう。
被弾に構わず突っ込むべき状況はしっかりと見極める必要がある、そしてその状況は今ではない。
どうすべきか逡巡し、敢えて紫から距離を離す。接近戦だけがエクストリームブラストではない。
一気に距離を変えられ、変えた距離に合わせた戦いが出来るのがデスティニーの一番の強みだとシンは考えている。
一対一に強いというのはその強みによる結果だ、それはエクストリームブラストにおいても例外ではない。
何も考えずに接近するのも距離を空けるのもデスティニーでは意味がない、重要なのはそれで何をするのかだ。
性能だけで押し切れるほどデスティニーは強い機体ではない。その性能をパイロットが活かしてやらなくてはならない。
………もっとも、そうやってパイロットに求められるものが多すぎるからこそデスティニーは欠陥機と呼ばれているのだけれど。
『偏差射撃に集中したい、誤差の修正頼む!』
「了解しました、マルチロックオンシステムよりMA-BAR73/S及びM2000GXの同期を行います」
その言葉を聞き終わる前にデスティニーはビームライフルと長射程砲を構えていた。
ロックをかけた瞬間に紫目がけて乱射しながら岩塊を蹴って距離を開ける。
多重に掛けたロックオンのおかげで通常形態よりもその射撃の精度は高まっている。
岩塊に足をかけ飛び回りながら同じく空間を縦横無尽に飛び回る紫の行動を読みながら射撃を行う。
今度は距離を開けた時のような乱射はしない、そんなことをしてはあっという間にエネルギーが底をつく。
長射程砲を撃つがそれは牽制、本命であるライフルを紫の進行方向に設置するかのように発射。
結界で阻まれたが、しかしそれは逆に言えば結界で防がなくてはならなかったという避けられなかった証でもある。
(ふうん、偏差射撃? 丁寧にやってくるわね)
丁寧。デスティニーの戦い方はそう呼ぶのが的確であろう。豪快さはあってもそれは決して雑なものではない。
相手の隙を突くという基本を徹底して行い続けている、豪快さも奇抜さも全てはその基本を貫くためのもの。
教本にはまず乗せられないだろうが実に理想的な立ち回り、基本も何も知ったことかとばかりのキラとは真逆だ。
もっとも、それでも尚相手を踏みにじり蹂躙できるからこそキラの戦い方は王道と呼べるのだが。
デスティニーが行っているのは自分の弱さを補う、悪く言えば誤魔化すための小細工だ。
少なくとも万人が認める強さではないだろう。しかし紫はそれでこそだと思っている。
(それでこそ、人間なのよ)
弱さを認め弱さを補い弱さと付き合う。だからこそ人間とは美しい。決して化け物には持ちえない美しさだ。
少しずつではあるがこの男のことが見えてきた。同時に、何故キラがこの男に拘っているのかも。
今度はライフルで牽制しながら長射程砲を撃ちこんでくる。それを結界で防ぎながらも、くすり、と笑う。
嬉しい。こうやって必死になっている姿は実に嬉しい、自分に出来る最善を必死に探し当て実行する勇気は実に喜ばしいものだ。
適当にやる、とまでは言わないがある程度命は慮ってやるつもりだった。しかし、ここまで必死だと試したくなってくるではないか。
どこまでこの男がやれるのか、どこまで人間のままで化け物に挑めるのか試したくなってしまう。
そうと決めたのなら行動は迅速に、だ。結界を張ったままデスティニーに強引に接近を試みる。
(う? よって? 来た………どうする、どうするっ?)
そのまま殴り飛ばせばいいと単純に考えるべきではないだろう。間違いなく何らかの対策があると見るべき。
ならば自分はどうするか。敢えて距離を取るべきか、それとも紫の対策を力ずくで叩き潰すのか。
どうすべきか一瞬の迷い、そしてその迷いは相変わらず致命的で。
迫る紫は光弾を乱射しながら接近してくる、装甲は耐えられるだろうがエネルギーの消費がいい加減馬鹿にならない。
デスティニーからソリドゥス・フルゴールで防いだ方がエネルギーの消費を抑えられると進言される。
無論それは極力避けた上での話だ、そして避けるために必要なのは自分自身の操縦技術。
『避けて見せるさ………デスティニー、ソリドゥスの制御をっ!』
「単位相値の安定を確認、回避マニューバに合わせ形状の調整を行います」
『パルマもだっ、中から撃つ!』
両の手甲に光波盾を発生させながらパルマフィオキーナを拡散ビーム状にして光波盾の内側から紫目がけて撃ち放つ。
パルマフィオキーナの出力は抑えたものだ、今この状況で最大出力のパルマフィオキーナを撃ち込めはしないだろう。
あくまでも牽制のためのもの、紫の出方が分からない以上下手に自分の手の内をさらけ出したくはなかった。
光波盾で光弾を受けながらデスティニーは紫の目的を必死で考える。わざわざ接近戦を挑みに来た?
それはないだろう、パワーシリンダーの力を目の当たりにしてそれを受ける危険を冒すほど紫は自惚れが強くないはずだ。
だったらなんだ、何故寄ってくる。砲戦では埒があかないからこちらのペースを乱しに来たのか、それとも或いは。
取りとめのないことばかりが浮かんでは消えた、紫の目的を絞り切れないことに胃が焦れそうになる。
デスティニーの考えなど知ったことではないのか、撃ち込まれるパルマフィオキーナを危なげなく避けながら紫は尚も距離を詰める。
『く、ぅっ!?』
一度も撃たれることなく距離を詰めてきた紫の顔面目がけて拳を叩きつけようとしたが、ゆらりと動いて避けられてしまう。
あまりに呆気なく避けられたことに悔しさ混じりの声を上げたが、紫はそんな声など意に介することはなかった。
それどころか、まるで幽霊か何かのような、存在していることさえ妖しいほどの動きでデスティニーの頬をするりと撫でてきた。
何をする、そう言って振りほどこうとするがそれよりも早く紫はデスティニーの顔を掴む。
「藍、ちょっと場所移すからしばらくお願いねー?」
仰せのままに。そう言いたげに肩をすくめた藍がモニターの端に映ったがデスティニーの思考は別のことに向けられる。
場所を移すとはどういうことなのだろうか、この空間ではどこに場所を移したところで大して変わらないはず。
そう考えていたデスティニーだったが、自分が相対している存在が妖しくも怪しい妖怪であるということを思い出し考えを改める。
そしてその改められた考えは実に正しいものであった。周囲の景色が不可思議な異空間から黄昏時の空へと一瞬で切り替わる。
まるで映写機で場面が切り替わったときのように何の継ぎ目のない変化にデスティニーは困惑した声を出すしかない。
あまりにも明瞭であるからこそ逆に不明瞭さを感じさせてしまう。畏怖の念を感じ、それを振り払うかのように声を張り上げる。
『何をした!? 何が………デスティニー、どこだぁっ!?』
間。デスティニーも場所の確認に時間がかかっているのか返事が返ってこない。
紫から強引に距離をとり、どうにかここがどこなのか探ろうと必死になって辺りを見渡す。
眼下に見えるのは和を感じさせる館、そして石造りの階段に点在する桜の木。
その風景には見覚えがあった、しかし戦闘の熱で浮かれる頭ではそれがどこだったのかぴたりと当てはまらない。
『桜………桜って?』
頭の中にあった疑問を思わず口にするがデスティニーから返事はない。
元々返答を期待していたわけではないのだから気にはしないが、口にしたことで少しずつ頭が動いてきた。
桜の木なら先ほど散々見たではないか、あまりにも状況が変わりすぎて頭が追いつかなかったが今なら分かる。
高度を示す数値も非常に高いものを示している、天空にある桜が咲く楼閣、そうだ、ここは。
「地軸より測定を完了、白玉楼の上空です」
『見りゃわかるっ! エネルギー、残りは!?』
「現時点で64%、時刻に換算して11分49秒です。予測との誤差をログに出力しますか?」
後でな、と答えデスティニーは予測よりも消耗が激しいことに内心歯噛みする。
15分を切り出したことが問題なのではない。予測よりも多くエネルギーを消耗しているということのほうが問題だ。
それは即ち主導権が紫に傾いているということでもあるのだ、予測との誤差はその表れに過ぎない。
どうにかして主導権を取りたいところだが、しかし無理に狙っていけばそれこそ大きな隙にしかならない。
デスティニー、特にエクストリームブラストでは雑な行動こそが何よりの大敵となる。
焦るな、逸るな、落ち着け。行動の雑さなど九割九分心中の動揺が招く行為に過ぎない。
震え、怯えた叫び声を出しそうになる自分にそう言い聞かせながら五感から伝わる情報を必死で処理する。
自分をしっかり持て。レイ・ザ・バレルの様に冷静でい続けろ。ルナマリア・ホークの様に熱を捨てるな。
デスティニーに必要なものは才覚ではない、只管の努力と揺るがない意思なのだから。
「上空より質量を確認、多数来ます」
質量と言われ何のことだと返しそうになったデスティニーだったが、上空を見上げて納得した。
紫がスキマから零した大量の墓石がデスティニーめがけて降り注ぐところだったのだから。
空を埋め尽くす墓石という、あまりにも非現実的な光景に目を疑うが、このまま呆けていたら直撃は免れない。
スラスターを噴射して後退すると、装甲を僅かに掠めて火花と耳障りな音を散らしていった。
だが、音はそれだけだった。墓石が地面に落ち、砕け散る音をセンサーは拾っていない。
『聞こえない? 何だ、なに!?』
「質量、下方より接近中。多数です」
『下ぁ?』
その言葉に地面を見れば、落ちて行ったはずの墓石が向きを変えて上空めがけて突撃しているところ。
誘導追尾を行う墓石にデスティニーは絶句するが、止まったところで相手が止まるわけもない。
迫る墓石を大きく動いて避け、避けきれなかったものは手刀で砕いたが執念深く追尾を行ってくる。
『うぅっ、埒が………デスティニー、地上まで降りる! 奴からロックは切るなよ!』
地上に向けてスラスターを噴射して加速、地表寸前で胸部スラスターによる急停止を行い石畳を砕き割りながら着地した。
紫が制御しきれなかったのか、墓石の幾つかは地面に叩きつけられ粉微塵となるがそれでもまだ大量に残っている。
強引にスピードを殺したことによる苦しみで止まりたくなるが、なおも迫る墓石を見ればそんな気も吹き飛んだ。
石畳を強く蹴って連続でバックステップを繰り返した。蹴る度に石畳は砕け、周りの石畳が衝撃でひっくり返る。
ひっくり返った石畳に当たって墓石が砕けていく、それで一気に墓石の数は減ったがそれでもまだ幾つか残っている。
大質量の石がぶつかり合って砕ける音を聞きながらデスティニーは眼前に迫る墓石に拳を叩きつけた。
二度、三度と墓石を砕くが、しかしデスティニーはその行動に違和感を感じる。
こんな単調で碌に通じないような攻撃を八雲紫が行うものなのか、という疑問。
少なくとも妖怪の賢者と呼ばれるような者の行う行動としては温いものだ。
墓石を当てられる自信があった? いや、その可能性は低いだろう。
地面に墓石を叩きつけ、石畳を回避できなかったことを鑑みればその反応速度は決して速くはない。
下手をすれば対して早くもないデスティニーの反応より遅い可能性すらある。
そして自己のそんな遅さを紫が認識していないのか、そんなことも分からない阿呆なのかと問われれば否だろう。
なにかある。そう感じるのとアラート音が鳴るのは同時だった。
「上空より質量を確認、一つです」
先程の様に墓石を降らそうというのか、そうも思ったがそれならば反応が一つだけというのはおかしい。
何をしようとしているのか分からず空を見上げた。瞬間、意識が一瞬凍った。
空にあったのはひび割れた窓ガラスと赤いランプがついた緑色の板、しかしそう見えたのは一瞬だけ。
近づいてくるにつれてそれが何なのか分かった。天井に付いたパンタグラフ、台枠に取り付けられた輪軸。
そしてその巨体が何台も連結されたその姿。全体的に錆びついているが間違いない。
列車である。本来ならばレールの上を走行するはずのそれが空から地面にいるデスティニーめがけて降ってきていた。
『何だとぉぉォォオオオオオッ!?』
迫りくる巨体に絶叫し、地面を転げるかのように飛びのいた。無様ささえ感じさせるほどの回避行動。
しかし巨大な鉄の塊が落下してくるという本能的な恐怖に突き動かされたからこその無様さである。
落ちてきた列車はそのまま地面に叩きつけられるはずだったが、しかし音もなく地面へと吸い込まれるように消えていった。
いや、本当に吸い込まれたのだ。その証拠に地面には先程までデスティニーがいた紫色の異空間がスキマを広げていた。
デスティニーはあまりの恐怖感に荒い息をつくが、紫の姿が上空にないことに気づく。
『いない? デスティニー、ロックはどうなってる!?』
「現在探知を、っ、いました。ですが遠いです」
『遠い、瞬間移動? なにするってんだ』
デスティニーが感知した座標のほうを見るが、限界までモニターをズームさせても豆粒ほどの大きさにしか見えないほどの遠距離。
何をしようとしているのかが分からずに訝しげな声を上げたが、背後から声が聞こえてきた。
恐らくは白玉楼の住人たちだろう、戦闘の音に気付き様子を見に来たといったところか。
その中にはハイネの声も含まれていた。デスティニーに刀を向ける妖夢を宥め賺しながらも困惑した声をあげている。
まあそれはそうだろうな、と内心で思いながら紫の様子を窺っていたが、奇妙な音をセンサーが拾った。
カン、カン、という鐘を鳴らすかのような断続的な音。それが紫のほうから聞こえてきた。
何でもないはずのその音は、しかしデスティニーには何故か途方もなく警戒心を呼び立たせる音だった。
「黒いMSだと? ブリッツじゃあない、ってことは………デスティニー? シンか!?」
『すいません、それは後で………避難誘導お願いします、ハイネ!』
普段だったなら強烈な違和感を感じたであろうハイネの言い回しだが、今はそんなことに構っていられなかった。
予感がするのだ。あの音は人の生命に対する危機を知らせる警戒音であり警鐘であると、その予兆であると。
デスティニーの言葉にハイネは一瞬訝しげに眉を寄せたものの、聞こえてくる音に気付くと白玉楼に振り返る。
「全員退避だ、白玉楼は捨て置け! 退避、退避しろぉっ!!」
「え、ちょ、ハイネ、突然何言ってるんですか、っていうかなんですかその黒一色!?」
状況をつかめずハイネとデスティニーを見比べる妖夢に、ハイネは苛立たしげに舌打ちをすると妖夢の襟首を掴んだ。
その表情は先程までの飄々としたものとは違い焦燥感と危機感に煽られ歯を剥き出しにしながら歪んでいる。
「放してくださいよ、猫か何かみたいに掴まないでください!」
「文句いう暇があったらさっさと避難しろ、死んでから文句いう気か!?」
普段の彼とは違う剣幕で怒鳴りつけるハイネに妖夢は言葉を失うしかない。
それは、ハイネが余裕をかなぐり捨てていることに対して危機感を感じられない未熟さだともいえる。
とはいえ、おっとりがたなで駆けつけてきた幽々子にも怒鳴るかのような勢いで全員の避難を行えと言う姿には流石に文句を言おうとした。
しかし妖夢が文句を言おうとしていることを察したのか、苛立った様子でハイネは舌打ちをする。
「うるっせぇな………お嬢、こいつ頼むぞ、俺はだれか残ってないか確認してくる!」
「ええ、心得ているわ。お気をつけてね、ハイネさん」
ほとんど投げつけるかのような勢いで妖夢を幽々子に預けたハイネは残っている奴はいるかと叫びながら白玉楼に駆けていく。
何が起こっているのか分からず妖夢は目を白黒させるばかり、そんな妖夢を仕方がないなあと言わんばかりの目で幽々子は見つめていた。
「ひ、ふ、みの、よ………うん、全員いるわね。それじゃあ避難するわよ、妖夢」
ハイネに対しては蝶を送って合図する、不安もなくはないがハイネなら上手くやれるだろうという目算もあった。
それにしても、と心の中で幽々子は呟いた。なんだって紫は「あれ」を使う気になったのだろうか。
「あれ」は下手をすれば白玉楼にさえ被害が及ぶ、およそたった一体の敵に対して使うような代物ではないはずだ。
白玉楼に被害が出たとしても紫の能力を考えれば被害などあってないようなものだ、そのことに関してはさほど気にしていない。
気になるのは「あれ」を使う気になった紫の心境か。それと、使わせる気にさせた黒いロボット。
うぅん、と一声唸り、やがて頭を軽く振った。気になることは気になるのだが、今は避難することが先決だ。
すでに何が起きているのかが肉眼で確認できるほど。先程からなっている音は遮断機から出ている音だ。
地面から生えた遮断機、それが一本、二本、三本四本五本六本七本八本九本――――百を超えようという数の遮断機が音を鳴らしている。
その量ゆえに、もはやカン、カン、という断続的な音ではなくカカカカカカ、と連続した異常な音になってしまっている。
(悪乗りが過ぎるわよ、紫?)
ここまで異常な状況を作り出すのは黒いロボットに対する心理的影響を狙ってのことなのだろうが、正直やりすぎだとは思う。
やりすぎなのも異常なのも、そのどちらも紫らしいと言ってしまえばそれまでなのだが。
紫との付き合いはそれなりには長いつもりだが、それでも完全に彼女のことを理解できているというわけではないのだ。
何にしても、避難しないと自分はまだしも妖夢は危険だろう。あの質量は半人半霊といえども耐えられるものではない。
遮断機が生えるのに合わせて枕木が敷かれレールが伸びていくのが遠目にも見えるようになった。
妖力で動かすのだから必要ないだろうとは思うのだが、それは紫にとって譲れないものなのだろうか。
そんなことを考えていたら肩を強い力で掴まれた。この白玉楼で自分にこのような事をする存在というのは決まっている。
「早かったわね、ハイネさん」
「行動は迅速でなきゃあさ………シン、お前はどうする気だ!?」
どうする、と言われデスティニーは自分がどうしたいのかを考える。
向かってくる「あれ」を避けるのが最善なのだろうが、しかしそれをやったところで何の解決にもならないだろう。
紫が「あれ」を使って自分を狙うのをやめるとは到底思えないからだ。
それに、紫は恐らく避けるだろうと考えている、その考えの通りに動くのは面白くない。
個人的感情を抜きにしても、主導権を握られたままというのは状況としては芳しいものではない。
思い通りに動き続けては、最終的には相手の思い通りに負けてしまう。
どうにかして紫の度肝を抜いてやらなくてはならない、主導権を握るのだ。
そんなデスティニーの意志が伝わったのか、幽々子は扇子を口元に当てて興味深そうに喉を鳴らす。
「まあ。やるというのならば頑張りなさいな。多少の被害なら目を瞑りますので」
どこまでこの男が紫に立ち向かえるのか少し興味が湧いた。恐らくは紫も同じ気持ちなのだろうとは思っている。
それを見届けるためならば白玉楼が多少損壊しても構わない、加えてハイネの言い草からすればシン・アスカの変異した姿なのだろう。
ハイネから聞いていた存在でもあるし、悪魔の妹に勝った存在でもあるという。
その実力を見極めたいという気持ちが最終的な決め手となった。
まあ、紫にたまには痛い目を見てもらうのもいいかという思いも無くはないのだが。
最悪白玉楼は紫の能力をコキ使って修復させればいいのだ、自分たちは太平楽に眺めていればそれでいい。
「だ、そうだぜシン。思いっきりやりな」
ハイネの言葉にデスティニーは何も言わず、ただ意志を示すために握った拳同士をがぁん、とぶつけ打ち鳴らした。
その動作に満足したかのようにハイネはにっと笑いながら頷き、不満げな声を上げる妖夢を引きずりながらデスティニーから離れる。
去っていくハイネたちをモニターの端に捉えながら、デスティニーは機体の状態をチェックしていく。
思い切りやれ、というのなら遠慮はしない。少しでも紫の鼻を明かしてみせる。
遥か遠くに見えていたはずの「それ」はすでに肉眼で十分見える距離にまで迫っていた。
地面から生えていく遮断機を横切り、敷かれた鉄製のレールの上を走行する「それ」が、吠えた。
ぷぁーん、とけたたましい警笛を鳴らすそれ―――列車がデスティニーを跳ね飛ばさんと一直線に迫りくる。
『来たか………デスティニー、やれると思うか?』
ただ避けたって紫は驚きもしないしどうとも思わないだろう。だったらどうすれば驚かせられる?
どうすれば奴の思惑を超えられる、鼻をあかせられる、度肝を抜かせられる。
色々考えたがエクストリームブラストの能力を考えるとある結論が出た。
即ち、列車を受け止める。最高速度時速100?以上、重量にして30tもの鉄の塊が何基も連結されたそれを止める。
自分がやろうとしていることをコンソールに打ち込みデスティニーに伝えた。
無茶だとは自分でもわかっている、しかしこのままただ避けてしまっては紫の思うままだ。
そんなものを見過ごしたまま勝ててしまえるほど、このデスティニーという機体は温い機体ではない。
そのことは心の底からよくわかっている。それなりには長い付き合いだ、少なくとも自分が一番長くこの機体に乗っているのだから。
一瞬間があって、やがてデスティニーの落ち着き払った声が返ってくる。
「スペック上は可能です」
『じゃあ後は、俺次第ってことか?』
「接触部の電圧を引き上げます、及び接触から3秒後に強制廃熱を開始」
デスティニーから返ってきた言葉は事務的なもの、しかしそれが今は頼もしい。
憶測でもなくやれることを全てしようとしてくれている、下手な慰めよりも今は必要なものだ。
やってくれるというのなら、自分もまたやれることを全てやるだけ。要はいつものこと、である。
軽く息をつくと騒音と轟音を立てながら向かってくる列車を真っ直ぐに見据える。
そして、列車の最後尾に悠然と立っている紫をも見据え、デスティニーは腰を僅かに落とした。
「―――来ます」
その言葉と共に機体を粉砕するかのような衝撃がデスティニーを貫いた。
デスティニーを―――幻想郷でダウンサイジングされる前の巨体であったとしても―――遥かに上回る質量だ。
その大質量が、なにも構えずに当ったのなら機体がばらばらにされてもおかしくないほどの衝撃を生み出す。
衝撃で意識が放り出されそうになるが必死に食らいつく、そしてそれは列車にも同じことだ。
腕を伸ばし、マニュピレイターを鉄板に食い込ませる。地面を足で踏みしめようとするがあまりの勢いで引き剥がされてしまう。
脚部、腰部、ウイングバインダー、メイン。全スラスターのベクトルを一致させた上で出力を全開。
それでどうにか弾き飛ばされないでいるがだからと言って楽な状況というわけではない。
列車の駆動音と地面の破砕音で鳴り響くアラートがかき消されてしまいそう、それほどまでに凄まじい轟音だった。
地面を踏み締めて勢いを少しでも殺そうとするが、碌に踏み締めることもできずに地面から引き剥がされてしまう。
引き剥がされる度に地面に足をつけるのだが、それでも再び引き剥がされることを何度も繰り返す。
ダウンサイジングされる以前のデスティニーを遥かに上回る質量を止めるのはエクストリームブラストと言えど容易いことではない。
それでも必死で食らいつくうちにどうにか完全に足を接地することができるようにはなった。
だが列車を受け止めていることによる負荷は尋常なものではなく、全身のパワーシリンダーの温度が一気に上昇する。
特に脚部に係る負荷は凄まじく、舞い上がった枯葉が露出しているシリンダーに触れた瞬間炎上するほど。
自然冷却など機体の温度上昇に全く追いつかない、このまま放置していたらエンジンが爆発してもおかしくない。
とはいえそうなることは予測済みだ、だからこそデスティニーは事前に強制廃熱の準備をしていたのだから。
デスティニーが列車を受け止めてからきっかり三秒、強制廃熱が始まった。
ウイングバインダーから噴き出すコロイド粒子の色が通常の紫からドス黒い赤へと変色していく。
機体各部に取り付けられた冷却材も半分近く使用、装甲の継ぎ目から漏れる冷却ガスが機体の温度を引き下げる。
そしてそれでも排出しきれなかった熱を逃がすべく、頭部ユニットが装甲を展開させ廃熱機構を露出させた。
悪魔の如き面持ちとなったデスティニーから廃熱の際に生じる轟音が発せられるが、奇しくも列車も同時に警笛を鳴らす。
ガオーッ。ぷぁーん。どちらも機械が発したはずのそれは、しかしまるで野獣が雄叫びをあげているかのよう。
がりがりと石畳を削り割りながらデスティニーは列車に押し込まれていく、だがそれは同時に石畳をしっかりと踏みしめている証でもある。
そしてその大地を踏みしめる力によって少しずつだが列車の速度が落ちていく、止まっていく。
パワーシリンダーとデスティニーの全スラスターの推力によって徐々に列車を力づくで停止させる。
列車がどれほど車輪を回そうとしても、デスティニーの力で先頭車両が僅かに宙に浮いており動力は地面へとは伝わらない。
一機のMSが列車を受け止めるという光景に紫は少し驚いたように目を見開いていた。
だが、まだだ。この程度で度肝を抜いたとは到底言えない、まだこの程度では八雲紫の思考の上を行ってはいない。
未だ紫の掌の上でしかないのだと論理ではなく直感で感じる、このままでいいはずがない、このままでは勝てはしない。
だったらどうする、どうすればいい。どうすれば紫の思惑を超えられる、列車を止める以上のこととは何か。
そんなことを考えていたら列車の最後尾、その屋根に腰かけている紫と目があった。
列車を受け止めたことに少しは驚いたのだろうが、それはある程度は予測できていたのか悠然と蟲惑的な笑みを浮かべている。
その表情に腹が立たなかったわけではない、苛立ちは確かにある。しかし感情に流されては彼女の思うつぼだろう。
列車を持ち上げている腕に力を込める。鉄板がひしゃげ、ぎぃぎぃと耳障りな音を立てた。
まだ機体の状態には余裕がある、衝突した瞬間こそ大量のアラートを吐き出したがそれも今は無視できる量。
要はまだやれるということだ。重要なのはそこ、まだこれ以上、列車を止める以上のことができる。
(これ以上、か………なら、さぁっ!)
意を決し、腕に込める力をさらに強めると、徐々に列車が浮き上がっていく。
車輪が僅かにレールから離れている程度だったのが、車体が傾き連結部を通して後部車両まで浮き上がる。
ぎしり、ぎしりと列車が嫌な音を立てる、しかしそれはデスティニーも同じだ。
列車を受け止め、更には持ち上げようという無茶で機体の全身が悲鳴をあげている。
だが、その悲鳴に応じるかのように列車の傾きが大きくなる、どんどんと持ち上がっていく。
後部車両に腰かけていた紫は滑り落ちてはかなわないと窓枠に手をかけて、腰かける位置を屋根から妻へふわりと変えた。
飛行はしなかった、まだ余裕ということなのか。しかし、それは大きな見誤りであった。
傾きはなおも大きくなる、もはや車両の全てが宙に浮きあがっているのにそれでもまだ込める力を緩めることはない。
そうやって力任せに列車を持ち上げた結果、列車が地面に対して垂直にたちあがる。
ぎしぎしと機体が軋む音を立てる中で一瞬、腰かけていた紫と視線があった。
ひく、と引き攣った顔を浮かべている。その顔だ、とアラートが鳴り響く中でデスティニーはそう思った。
その顔を浮かべさせてやりたかった。自分の想像を超える状況に陥ったその顔を見たかった。
それに、その顔はさらに引き攣ることであろう。なにしろ、この状況はまだ終わりではない。
力をさらに込めて列車を尚も傾ける、とはいえ力を込めるのはこれで最後だ、後は重力がやってくれる。
垂直にたちあがった状態からさらに傾いたことで列車は徐々に徐々に、傾きを増していく。
ぎぃ、ぎぃと不吉な音を立てながら地面に向けて傾いていく。その状況に、さしもの紫も驚愕の声を上げるしかなかった。
「しょ」
恐らくは正気か、と問うたのだろう。思わずそう言ってしまうのも無理はないことだ。
しかしその言葉は地面に、そしてすぐ傍に建っていた白玉楼に列車が叩きつけられる音によってかき消されてしまった。
白玉楼の屋根瓦が砕け木の柱が割れ爆ぜる、漆喰はがらがらと崩れていき四方八方に欠片を飛散させる。
列車は白玉楼に叩きつけられた瞬間こそ原形を保っていたものの、地面に打ち付けられた瞬間ばらばらになった。
鉄の板は裂け内部の鉄製フレームはひしゃげ嫌な音を立てながら折れ曲がる。
運転席に合った機械や座席は内部でただの残骸となるか、勢いで外へと吹き飛ばされるかのどちらかであった。
車輪は外れて吹き飛ぶ、中には遥か天高くへと飛ばされたものまであり、恐らくは二、三秒は落ちてこないだろう。
地面も列車が叩きつけられた衝撃によって陥没、ぐらぐらと地面が揺れ足を取られて転倒している亡霊や妖夢もいた。
かろうじて列車は台枠と床部分、一部の外板は無事だったがそれ以外はひどい有様、それを列車だと分かる者は少ないだろう。
白玉楼に至ってはただの瓦礫の山へと変わってしまっている、無事と呼べる箇所は一つたりともない。
地面に叩きつけられる直前にかろうじて飛び降りた紫は茫然とその惨状を目の当たりにするしかなかった。
いくらなんでもこんなことをやってくるとは思わなかった、列車を受け止めるどころか投げ飛ばすとは。
そもそもデスティニーは避けるだろうと思っていたのだ、受け止めた時点で十分驚いたのだがその上を行かれた。
轟音と震動で痺れる頭だったが、デスティニーがやってのけたことに驚きを隠せなかった。
―――そんな驚愕があったからだろうか、デスティニーが動き出していることに気づくのが一瞬遅れた。
自らも倒れこむかのように列車を投げ飛ばしたデスティニーだったが、即座に起き上がると倒れた列車の上を駆ける。
台枠を踏みしめ、込めすぎた力で踏み割りながらデスティニーは右手を固く握りしめた。
同時に左掌部のジェネレーターにエネルギーを回しパルマフィオキキーナを起動。
掌部周辺のゲシュマイディッヒパンツァーで熱せられたコロイド粒子を掌の中で循環させていく。
列車の台枠の上をデスティニーは猛然と驀進する、パワーシリンダーの脚力で台枠が歪み、砕けることなど意にも介さずに。
ただ只管に我武者羅に、紫目掛けて駆けていく。その拳を打ち付けるために。その輝きを叩きこむために。
向かってくるデスティニーに気付くと紫は舌打ちを一つして結界を張った。
しかしその結界はただ一層の、多重に張られたものではなかった。列車に意識をそらされて反応が遅れてしまった。
そしてその程度の結界ではデスティニーの拳は防ぎきれないことは紫も分かっていた。
(それすらも思惑通りと言ったところ、かしらね?)
だが同時に、紫は感心もしていた。列車を受け止め投げ飛ばすなど想像もつかず、実際してやられたといったところだ。
それはデスティニーが必死に紫の思惑を超えようとした結果だ、必死に化け物に抗った結果だ。
人間とはそうでなくてはならない、そうだからこそ紫は人間を愛おしいと感じるのだから。
紫はそう思いながらすぐ目の前に迫るデスティニーの拳を見、直後全身を襲った衝撃に歯を食いしばる。
結界はただの一撃で力任せに粉砕された、防ぎきれなかった衝撃で紫の身体は吹き飛ばされてしまう。
拳自体は決壊で防ぎ切ったため致命的な傷こそないが、しかしただ弾き飛ばしただけでデスティニーが止まるはずもない。
むしろ本命がまだ残っている、左手のパルマフィオキーナだ。結界もないこの状況では直撃は流石に不味い。
そうでなくともちらりと見ただけであれの出力の高さは見てとれる、下手をすれば二重結界ごと蒸発させられかねない。
当たるわけにはいかない。吹き飛ばされとんでもない速度で移り変わる景色の中、こちらに迫るデスティニーを見てそう考える。
ならばどうするか。少なくとも今のこの状況ではどうにもならないということは明白だ。それならば、その状況を変えるのみ。
そして紫は自分がそれができることをちゃんと理解している。思考を定めた後は早かった。
即座に自身の背後にスキマを開く、デスティニーに吹き飛ばされた紫は当然そのスキマの中へと吸い込まれていく。
それは紫を追うデスティニーも同じことだった、突如開いたスキマに反応しきれずその中へと突っ込んでいってしまった。
デスティニーと紫が消えた後、残ったのは白玉楼の残骸とその上に投げ捨てられた列車。
そして、ただの瓦礫の山と化したそれを、しんとした静寂の中、言葉もなく見る幽々子たちだけであった。
最終更新:2017年02月11日 21:52