プの字氏の小ネタ-01

「はぁ、はぁ、はぁ」

夜闇が覆う街を駆ける者が一人。まだ少年と青年の間ぐらいの年齢のその男は両の足を
必死に動かしアスファルトを蹴っている。

「あっちに逃げたぞォーーーッ!」
「追えッ!終えェッ!」

男は追われていたのだ。彼を追うのは黒いスーツにサングラスというフィクションから
抜け出してきたんじゃあないか?と言わんばかりの“追っ手”達だ。黒いスーツは闇に
溶け込むばかりか逆に彼らの存在を浮き上がらせている。

(間抜けめ)

追われる男は思ったが、しかし追っ手達の持つ銃は彼は明確に脅威だ。
人の少ない街ゆえに深夜に出歩いているものはいない。追われる男にとってそれが救い
だった。余計な人が少なければ少ないほど男にとっては都合がいい。男の“特殊な”感
覚の邪魔をする者が減るからだ。

騒々しい足音とともに追っ手たちがついてきているのが分かる。敵はどうやら「忍び寄
って奇襲」ということをするつもりはないらしい。いや、それが無駄なことだと分かっ
ているのだ。
なぜならこの追っ手達こそが男が逃げる理由を与えたものなのだから。男が持っている
超常の力は追っ手の組織が与えたものなのだから。

男は鼻をひくつかせ、歯をかみ締めた。追っ手たちへの怒りだ。
嫌な“匂い”のする奴等だと男は思った。もうすぐだ。もうすぐこの“匂い”をとめて
やる。

男がたどり着いたのは打ち捨てられたマンションだった。見捨てられたのか老朽化はと
どまるところを知らず、鉄骨が見えているようなところもある。雑草がはびこり、蔦が
絡み付いている。街の明かりからはすでに遠ざかり、月明かりだけが照らすその姿は如
何にも無残だ。

「ようやく観念したようだな、シン・アスカ」
「てこずらせやがって、とっとと檻に入りやがれェ!」

先ほどまで逃げていた男-シン・アスカは追っ手たちにすでに囲まれていた。特殊弾を
仕込んだ奇妙に大きな銃口が幾つも向けられている。追っ手たちは口々にシンに罵声を
投げていた。この追っ手たちもシンを追う組織のほんの末端に過ぎないのだ。

ふいにため息をつきたいような気分になった。こんな下っ端の相手をしているようでは
自分は目的にたどり着けない。そんなことを思った。

「良い夜だな」

シンはぽつりとつぶやいた。追っ手たちがピタリと騒ぐのをやめた。こういう手合いは
標的が命乞いをする声を聞きたがっている。こいつらはシンがどんな風に泣き喚くのか
を聞きたがっているのだ。
シンはそれを経験から理解していた。

「壊れた建物というのはそれはそれで趣がある。壊れて、朽ち、新たな生命が集いだす
。それは自然の摂理だからだ。そこには人間の及ばない偉大な時の流れの一端がある」
「何が言いたいんだこのクソガキッ!」

追っ手達の期待する言葉ではなかったからか。また口々に騒ぎ出し始める。こんどこそ
シンはため息をついた。そして、今度ははっきりと追っ手達に宣告する。

「アンタ達をこの場にふさわしい存在に変えてやろうというんだ!命を捻じ曲げ続ける
そのゲスな“匂い”を止めてやるッ!!」

追っ手達は言われたことを理解した瞬間、全くためらわずトリガーをひいた。下っ端の
追っ手ではあったけれども、彼らは訓練された追っ手だった。取り囲んでいるお互いに
あたらないような角度で中央のシンを狙った。
しかし、銃声の生む結果は同時に生じた土ぼこりに隠されてしまった。

いったい何が起こったのか――

土ぼこりが晴れたとき追っ手達は標的の姿を見失ってしまう。

「探せ、探せ!」

リーダー格の男が叫んだ。追っ手達の額には汗が浮かんでいた。彼等が所属する組織は
失敗を許さない。秘密結社“ドレス”は厳しい組織だ。

程なく追っ手達が見つけたのはおよそ常人離れした「足跡」だ。人間の靴の形をしてい
るのに人間ではなし得ぬほどの強烈な深さ。追っ手達は悟った。標的は、その超常の力
をもって跳躍したのだ。
とすればいるのは周囲唯一の建造物。追っ手達は廃マンションを見た。その天辺、月明
かりを背負い立つそいつを見た。


そいつの肌は青く、乾いたようにひび割れていた!

毛もそうだ!青く伸びた髪は風も吹かないというのに逆立っている!

そいつの額には黄色く小さな角があった!

そしてなによりそいつは人の形をしていた!先ほど追っ手達が取り囲んだ男と同じ服を
着ていた!


「あっあれは!」
「なんてことだ!」


そいつの立った建物が蒸気を上げて溶けて行く。

そいつの腕には鋭利な刃が生み出されている。

それはある寄生虫によって目覚める怪物!

全ての生物を超越した新たなる生き物!

それはシン・アスカに与えられた“力”ッ!!

「バルバルバルバルバルバルバルバルッ!」


これがッ!これがッ!これがッ!


こ れ が バ オ ー だ ッ !


そいつに触れることは死を意味する!


W O O O O O O O O O O O M O !


雄叫びが戦場を支配した。追っ手の誰一人として、反撃の銃声を鳴らすことはできなか
った。彼らは恐怖していた。蛇の前に立つ蛙の気持ちか、あるいは蜘蛛の糸にとらわれ
た蝶の気持ちか。彼らは避けられない死の運命を悟ったのだ。自分達の間を通り抜けた
青い怪物を認識すらできないまま、彼等の意識は永遠の闇の中へと落ちていった。



「やはりこいつらは何も持っていない……“ドレス”の奴等もそう簡単に尻尾は出さな
いか」

バラバラになった追っ手の死体を探るも組織の手がかりになるようなものは見つからな
い。

シン達家族に「寄生虫バオー」を植えつけた組織、“ドレス”ッ!
その組織の成立はかの第二次世界大戦時まで遡るという。大量破壊兵器、生物兵器、ウ
イルス兵器、ありとあらゆる“兵器”を生み出した死の商人“ドレス”はこのC.E.まで
拠点、名前、形態を変えて生き残ってきたのだという。彼らは「商品」の開発に手段を
選ばず、しかも彼等のネットワークは世界の国家にまで食い込んでいた。

シン達一家もその毒牙にかかった者たちの一部だ。彼ら“ドレス”は一家を生体実験の
生贄にした。宿主を異形の超人に変えてしまう「寄生虫バオー」を彼ら一家は植えつけ
られていた。
一家そろっての殺しあい実験をさせられる前、からくも脱出した彼ら一家はさまざまな
国家を渡り歩き、安住の地を探していた。“ドレス”のネットワークに入っていない海
洋国家オーブは彼ら一家の楽園となるはずだった。

しかしその家族ももういない――

家族を失い、シンは一人でプラントに渡った。バオーを植えつけられてばかりのころと
比べ随分成長した。そして一人だけであった。幸運と言えるのだろうか、これがドレス
の追跡の目をくらました。

「家族が自分を生かしてくれたのだ」

シンは失った家族の思いをそう受け止めた。
プラント国防軍ZAFTに入ったのは別に自暴自棄になったというわけではない。ただ、金
もなく手に職のない小僧が、教育と生活する基盤を得るには軍隊に入るのが一番楽な選
択肢だっただけだ。

「この場で新しい生活を始めるのだ。パイロットだろうか?エンジニアだろうか?何に
なるのかはまだ分からないがとにかく自分は生きていくのだ」

自分の経歴を秘密にしていたことから周囲に壁を作っていたシンだったが、アカデミー
での生活、そしてZAFT軍人としての生活が次第にシンを孤独から脱出させた。親友がで
きた。ライバルができた。悪友ができた。尊敬する先輩もできた。シンは少しずつ希望
を手に入れていった。


しかし、過去からやってくる恐怖がシンの運命に絡まってきたのはそう時間が経っての
ことではなかなった!逃れられない運命というものをその時シンは実感した!


軍務の一環で訪れたロドニアの地球軍秘密ラボ、そこで行われていたおぞましい実験が
シンの過去と結びついた。子供を薬品で調整し、優れた兵士を生み出す邪悪な実験。同
行していた仲間たちは誰一人として理解していなかったが、シンは地球連合軍が「ドレ
ス」と癒着していることを悟った。「ブルーコスモス」が「ドレス」を利用しているこ
とを悟ったのだ。


「コーディネーターを“不自然”と迫害しておきながら神を毛ほどにも思わないこの所
業!断じて許すものかッ!!」


シンは“ドレス”の野望を打ち砕くのが己に与えられた使命なのだと受け取った。親友
の伝手を通して、プラントのトップ“ギルバート・デュランダル”と面会するのは容易
かった。ドレスの悪行を暴くことはそのままブルーコスモスにも打撃を与えることを意
味する。「青き清浄なる世界」を掲げる組織が外道の実験を行うというスキャンダルは
世界を大きく動かすだろう。デュランダルとシンの思いが一致した。元々デュランダル
自身、親友と息子同然の少年の経歴から、命を歪めるものへの怒りがあった。シンには
FAITHの資格と「ドレス壊滅」の単独任務が与えられた。軍務を降り、ZAFTの影ながらの
支援の下、ドレスを追うシンの戦いが始まった。

艦を降りるのは惜しかったし仲間たちからも惜しまられたが、使命がシンを突き動かし
た。ブルーコスモスの活動が活発な国に侵入し、自分を囮にしながらドレスの手がかり
を探した。今晩の追ってたちもそんなシンにおびき出された者達だった。


「だが諦めないぞ……俺達家族の運命をゆがめ、そして今なお多くの命を踏みにじり続
ける“ドレス”!必ず報いを受けさせてやるッ!!」


誰でもない自分の未来に誓うのだ。運命に決着をつけるためにシンは戦うのだ。恐怖の
来訪者が“ドレス”の喉元に刃を突きつける日はそう遠くないだろう。爛々と光る真紅
の目は確かにこの世界の歪みを睨み付けているのだ。


バオー来訪者 ~アスカの運命~ 完

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年02月11日 22:08
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。