「よし、ようせいさん、このレシピで頼む」
「りょうかいです」「ぼくらにおまかせ~」「べつにつくってしまってもかまわんのだろう」
俺が渡したレシピを持って工廠に向かっていくようせいさんの背中を見送り、俺は壁に凭れながら戻ってくるのを待つ。
戦闘中域でテロリストの殲滅任務を実行中、母艦を守り、爆発した思ったらこの鎮守府で眠らされていて、目が覚めるなり元帥に合わされ、ティンと来たと言われたと思ったら、この鎮守府を管理していた電を秘書に提督をやらされることになっていた。
そして、昨日、電の姉にあたる雷を元帥に建造してもらい、この鎮守府に迎えた。
そして今日。彼女達が任務に向かっている間に俺は試したいことがあった。
それが、戦艦レシピだ。初めての建造は駆逐艦がいいと言われた。しかし、昨日実際に彼女達、艦娘の実力を見せてもらい理解はしたが、雷と電の二人の見た目は良くて中学生、下手したら小学生のような外見と性格をしている。彼女達をより理解し、時に頼りになってくれる存在が必要だろうと思ったから戦艦レシピを試すことにしたのだ。まあ、言い訳だけど。
「何一人で格好つけてるのですか*」
顔面に電のドロップキックをモロに食らってぶっ飛ぶ俺。流石艦娘、威力が普通の子と段違いだ。マユにも昔ドロップキックは食らったことがあったが、それとは比べ物にならない。てかこいつらいつの間に戻ってきた?
「嫌な予感がして慌てて戻って来て見たら……何で戦艦レシピなんて回してしまうのですか** 一昨日までおじいちゃん(元帥)が居たから確かに資材の備蓄はありましたけど、ペーペーで余所者の司令官さんに責任者が変わっちゃったからこれからは資材が少しずつしか回されなのですよ?」
「電、落ち着いて*」
電が俺の首を前後に揺すり、雷は慌ててそれをなだめようとしてくれている。とりあえず本心を述べて二人に落ち着いてもらうことにした。
「俺は……まだお前らも小さいし、少しでも戦いが楽になればと……」
電はそれを聞くと、何か言おうとして開いただろう口を閉じた。そして、一つため息をつき、手を離す。
「あのですね、司令官さん。気持ちは確かに嬉しいのです。けど、ようせいさんは気まぐれですし、戦艦さん何てそんな簡単にーーーー」
「ねぇ、司令官、電」
「何なのですか、雷お姉ちゃん……えっ?」
何かを疑うような目で指をさす雷。その指が指し示す方向には建造時間を表すタイマーがあり、それには約四時間と表示されていた。ちなみに、ようせいさん達は人間とは比べ物にならない技術を持っているので、短時間で艦娘を作るなど、簡単にしてしまうのだ。が、俺は一昨日提督になったばかりなので、この表示の意味がいまいちよくわからなく、首を傾げる。
しかし、口を開けて唖然とする電を見る限り、何かがあるのは確かなようだ。
「なあ、これってーーーー」
「司令官さん、今すぐようせいさんを急かすのです** バーナーで焼くのです*」
バーナーとは高速開発材のことであり、これから出る不思議な炎は、ようせいさん曰く、浴びるとやる気が出るものらしく、建造時間を遥かに短縮してくれる。
ようせいさん達に炎を浴びせると言うのはなかなか躊躇われる行為だが、電が怖いので、工廠の中に居たようせいさん達に一度出て来てもらい、一人一人に炎を浴びせる(ちなみにようせいさん達曰く熱くはないらしい)。
最後のようせいさんに炎を浴びせて数秒たった後、工廠の扉が開き、最初に炎を浴びせたようせいさんから出来たと呼ばれ、相変わらずの仕事の早さに驚きつつ中に入ると、そこに寝ていたのは綺麗な栗色の髪に整った顔立ち、そして、旧日本の神社で見た神に仕えるとされる女性、巫女の格好をした少女だった。一部の人間には海を守る女神と呼ばれている存在にこの格好はどうなのかと思わなくはないが、所詮人間が勝手に呼んでるだけなので、俺は考えるのを辞めた。
「にんげんさん、どうぞ」
ようせいさんが差し出してきたのは、金と銀の工具、そして大きな歯車だった。
「これおそなえして、よんであげてください」「このこはまだここにいません」
「ここに……いない?」
「ここにはいます」「けどすべてはいない」「だからおむかえひつよう」
どう言うことなのかと考えていると、反対側にいた電が口を開いた。
「今のこの姿は……沈む前の私達の理想なのです」
「理想?」
「はい。私達は船として生まれ、戦いました。所詮最初は鉄の塊です。けど、たくさんの人間さん達が私達と共に戦い、喜び、悲しみ、憎しみ、哀れみ……たくさんの表情をするのを見て、その思いが私達の中にも流れてきていました。
そして、だから願いが生まれたのです。この人達と共にありたい……と、それは沈んだ後も変わりませんでした、そして、気が付いたらこの、願い求めた人と同じ姿で生まれていたのです」
昨日、ようせいさんは全てのものと会話が出来ると言う話を、そして、様々な思いを感じ取る力がある、と元帥が言っていたのを思い出す。きっと彼女達に乗っていた兵士達はいい人ばかりだったのだろう。彼女達がまた人間と共にあっていいと思いを持ってくれて、ようせいさんがそれを叶えたと言うことは。
だからきっと、今苦しみ、救いを求めていた人間と、かつて人と共に戦ってくれていたであろう彼女達が残して行った過去の思いの残滓。それをようせいさんは感じ取り、両方の願いを最良の形で叶えただけのではないだろうか。
まあ、俺の勝手な想像だろうが、俺はこの時、かつていた世界で、心中する筈が一人で逝かせてしまった運命の名を持つ愛機を思い出す。あいつは、俺と……人間とまた戦ってもいいと思いながら逝ってくれただろうか……と。
「俺は、どうすればいいんだ?」
「それをもたせる」「てをにぎる」「さあごになまえをよぶだけ」「にーとにもできるかんたんなおしごと」「くろいことなんてなかった」
ようせいさんってたまにわけわからないことを言うんだよな……。
「名前を呼ぶって言われても、俺はこの子の名前知らないぞ?」
「だいじょうぶ」「ぼくらしんじて」「すこしだけすこしだけ」
ようせいさん達に少し疑いの目を向けたが、そうしても仕方が無いと、電と雷に手伝ってもらって彼女のお腹に歯車を乗せ、両手に工具をもたせる。そして、俺は彼女の眠る台の横に傅き、その両手を握った。
すると、俺の脳裏に映像が流れ込んでくる。艦を囲むヨーロッパ風の人々、海を進む艦、最初映ったの艦とそれを囲むように進む3三隻の同型艦、砲撃戦、そして、一隻の同型艦の横で沈む艦。俺はこの沈んで行っているのが彼女なのだと理解した。
「そうか……お前、俺と同じなのか……」
最後に頑張ってもがいて日本に帰ろうとしていた、守る為に。けど、それは叶わなかった、何かを守ろうとしたが守れなかった存在。世界一硬い鉱物の和名を持ち、国を、姉妹を守ろうと戦った誇り高き彼女。
「俺はこの世界の人間じゃない。しかも、君と違って戦う力なんて持ってない。けど……人が泣く姿をみたくないんだ。だから……」
俺は彼女の名前を口にする。
「俺と共に戦って欲しいんだ、金剛」
歯車が青白く光り、工廠全体がその光に包まれた。俺はあまりの眩しさに目を閉じたが、その光は温かく、優しい光だった。
そして、その光が晴れ、彼女がどうなったかを見ると、彼女はゆっくりとその瞼を開いた。
『私も、誰かが泣くのはあまり見たくありません』
俺の顔を見るなり、その和装美人姿に似合わない英語で言う彼女。俺の思いは、彼女に無事届いてくれたようだ。
『提督、よく見たらかっこいい顔をしてますね、真紅の瞳もルビーのようでとても綺麗です。私好みの顔立ちですよ?』
先ほどより開いた目で、少し笑いながらの彼女の言葉に、少し頬が熱くなる。笑いながらなので、冗談だとわかってるのにだ。
しかし、まだ開けにくいのか、まだ少し、細めたり、こすったりしている。いや、そもそもで元は船だったんだから慣れないのは当然かと思っていると、袖が雷に引っ張られた。
「司令官、この人なんて言ってるの?」
雷と電は英語が出来ないのか、ようせいさんも万能じゃないんだな。
とりあえずそのまんま彼女の言った言葉を伝えたくはなかったから、適当に濁そうとすると、金剛は少し変な日本語で「一目惚れしたと言ったのデース」などと爆弾発言をし、時が止まる。
その間に金剛は立ち上がり、軽く伸びをしたり、その場で跳ねたりと、新たな体の確認作業をし、それが終わったからか、固まる俺たちの方を向いて一つ咳きをして喉の調子を確認。そのまま満面の笑みで、俺たちの方に手を向けて、大きな声で名乗ったのだ。
「英国で産まれた帰国子女、超弩級戦艦の金剛デース!
ヨロシクオネガイシマース!」
これが俺が初めて自分の手で現代に再び呼び出した艦娘、金剛との初めての出会いだった。
最終更新:2017年02月11日 22:34