突然眼が覚めた。正確な時刻はわからないけどきっと真夜中。体に残る気だるさから、まだ本の数時間も経っていないのではないでしょうか?
また寝ようと再び眼を閉じようとも思いましたけど、どうやら汗をかいたらしく体と寝間着の湿りから来る不快感、そしてどうしようもない喉の渇きでできそうにありません。
不快感は朝にシャワーを浴びればいいにしろ、喉の渇きはどうしようもないです。
けど、本来ならベッド横に置いてあるミネラルウォーターを今日は榛名が入れ忘れたと寝る前に謝ってきたのを思い出た。水道水でもいいのですが、いつも飲んでいるのは艦娘用に間宮がわざわざ用意してくれている水なので、どうせならそれが飲みたい。
人の体とはこういうときが不便です。ようせいさんもわざわざこんな所まで再現しなくてもいいのに。
仕方が無いと私はベッドから起き上がり、テーブルに置いてあったランプに火を灯す。すると部屋は薄らと温かな光に照らされた。
私は枕元に置いてあった小さい懐中時計を取り時間を確認する。これは以前テイトクと街にデートしたときに買って貰った大切なもの。時刻は午前一時。就寝してから一時間しか経っていなかった。ホント、何なのでしょうか?
ここで向かいのベッドで寝ている榛名を確認する。明かりを灯してしまった為に起こしてしまわなかったかと心配でしたが、よく眠っているようで私はほっと一つ息をついた。榛名は最初、この鎮守府に来たばかりの時は、子供の様に涙を浮かべては私のベッドに潜り込んで来ましたが、最近は落ち着いたらしく、しっかりと自分のベッドで寝ている。
『榛名、良い夢を』
私は榛名の額に小さくキスを落として部屋を出るのだった。
浴場で汗を流した私は、シャワーを浴びたからか眼が冴えてしまい、眠る気になれず、そのまま鎮守府の中を歩いていた。今日は満月らしく、窓から入ってくる明かりが廊下を優しく照らす。あまりに明るく、もったいないのでランプも先程消してしまいました。
そして、暫く歩き、気が付くと執務室の前まで来ていた。無意識の内にここを目指して歩いていたようです。
「流石にこれはナイネー……」
私は自分自身の行動に思わず苦笑してしまう。この時間ではもうテイトクも自分の部屋に帰っている筈なのに、ここに来ればテイトクに会えるとでも考えてしまっていたのだろうか、と。
シン・アスカ。それが私達のいる鎮守府のテイトクの名前だった。まだ幼さの残る整った顔立ちに、綺麗な黒い髪、此方が羨ましくなる位に透き通った白い肌。何より眼を引くのは、ルビーの様に綺麗な真紅の瞳。駆逐艦の、特に潮等の気の弱い子達の中には怖がる子も居るが、最初に出会ったときから私はあの真紅の瞳に惹かれている。いわゆる一目ぼれと言うものだ。まだ艦だった頃に、多くの兵士の恋の話を聞いて来たので、私も恋に憧れてはいたのだが、まさか艦娘になった瞬間にその気持ちを知ることになるとは思っても居なかった。
だが、厳密には違う。
建造のときに私は彼に自分の過去を見られた。それと同時に、私達は彼の――――建造者過去を見れるようになっている。彼の過去はあまりいいものだったとはいえない過去だった。彼はもがき、苦しみ、それでも戦い続けた、あの人達と同じように。その思い出の中のテイトクが不器用で、子供で、生意気で、誰より一生懸命で、そんな一生懸命に生きる彼を好ましく思ったのだ。
提督に思い馳せているそんな時、突然何か苦しむような声が私の耳に聞こえた。
「……ぅ…………ぅぅ………………」
「え?」
これは執務室の中から?
恐る恐る執務室の扉を開けるけど、月明かりに照らされた部屋には誰も居なかった。しかし、やはりうめき声は聞こえてくる。この部屋には、隣に仮眠室があり、もしやそこかと私はそこの扉を開けるとやはり、ベッドでテイトクが魘されていた。
「テイトク!!」
慌てて駆け寄り、彼を揺する。テイトクは息が荒く、汗もかいている。私は持っていたタオルで額の汗をぬぐおうとした。
「マユ……ステラ……ルナ……レイ……」
ピタリと私の手が止まる。その名前は彼の記憶を覗いたときに、彼が大切そうに呼んでいた名前だった。
「……おいてかないでくれ……」
テイトクの眼から一筋の涙が流れた。
覗いた記憶の中の彼もたくさん泣いていた。悔しくて、苦しくて、悲しくて、たくさんの涙を流していた。けど、こうして彼が泣いている姿を直接見るのは今日が初めてだった。私はまだ今一泣くという感情を理解していない。しかし、私がテイトクの記憶を含めて見た、見てきた泣き顔というものは、どれも悲しそうな、悔しそうなものだった。見ているこちらも悲しくなるほどに。
だから私は彼が私を呼び出したときの言葉に同意したのだ。けど――――
「テイトクー、私が泣き顔を見たくないって言ったのにはテイトクのもなんダヨー?」
私は出来る限り優しく彼の両手を握った。私に出来ることは、きっとこれくらい。これで少しでも、テイトクの悲しみが柔いでくれればいい。
そして、今改めて言葉にしよう。彼と、彼を見守っているであろう彼の大切な人達へ。私の心を。私が彼と共に戦おうというその決意を。
『戦いの痛みを知り、残され、傷つき、ぼろぼろになったはずなのに、自分と同じ思いをしそうな誰かを守ろうと戦った貴方の元だからこそ、私は答えました。貴方となら、今度は守れると思ったから』
私は祈るように眼を閉じた。
『我が名に誓います、私はかつて帝国海軍を支えた戦艦金剛。例え世界が貴方の敵に回したとしても、その名の如く、最後のその時まで砕けることなく、貴方のそばに居て、貴方を守り続けます』
だからテイトクを見守っている皆さん、もう少しだけ、この方と共に居ることを認めてください。
テイトクの吐息が少し落ち着き、呼吸が柔らかくなった。思いが届いたのだろうか?私はほっと一息ついた。それと同時に、
私をどうしようもない眠気が襲う。
『私もそろそろ寝ましょうか』
手を離して部屋に戻ろうかと思いましたが、テイトクの手が思いのほか強く握られており、離してくれない。寧ろ、引っこ抜こうとしたりすると更に強い力で握ってくる。私は困り、頬をかいたが、口元が自分でも緩んでいるのがわかった。単純に、この人の役に立てているのを嬉しく思っているからでしょう。
よし。もうここで寝てしまおう。私が我慢できません。
「このまま手を握りながら眠るくらいはいいデスヨネ?」
気をつけながらテイトクの横に寝転び、そのまま眼を閉じる。明日加賀辺りに怒られるかも知れないが知ったことか、今はこの人の隣は私のものだ。もう一度だけテイトクの寝顔を見る、この顔を知っているのはこの鎮守府で私だけ。それだけでとても嬉しくなる。
『おやすみなさいテイトク、良い夢を』
私は小さく呟き、そのまま瞳を閉じるのだった。
きっと今夜はいい夢を見れる。
夢を見ていた。向こうに居たときからずっと見続けている夢だ。何も無い白い空間。そこでマユ、ステラ、ルナ、レイ……皆が俺を置いて何処かに行ってしまう。俺の目の前には透明な壁のような物があり、絶対にそちらにはいけないで白い空間の先に消えていく皆を見送るしかないのだが、今日は違った。
皆が戻ってきたかと思うと、服を無理矢理こっちに来てから着ている軍服に着替えさせられ、背中を押された。数歩歩いて止まり、後ろを振り向くと、すでに皆はいなくなっていた。
そして気付く、そこは白い空間ではなく、海のど真ん中になっていた。俺は辺りを見渡すのだが、辺りには当然海しかない。暫くうろたえていると、水平線の彼方から朝日が立ち込めてきた。その太陽の眩しさに眼がくらみ、俺は思わず片手で顔を隠す。そんな俺の空いていたもう片方の手が優しく掴み取られた。俺は驚き振り向くのだが、眼がまだ回復していないようでうまくその相手が見れない。再び見えてきたその瞳に映るのは――――
そして、眼が覚めた俺の目に映ったのは、見慣れた顔だった。
「金剛……?」
何で隣で寝てるんだこいつはと思ったが、ここが仮眠室だと思い出す。そして、だんだんと意識がはっきりしてきて、金剛に自の手が強く握られているのがわかった。何でと思ったが、俺は夢の内容を思い出した。
「――――お前が、引っ張ってくれたのか?」
眠っている金剛は何も答えるわけが無いのだが、俺はわかっていた。この手から感じるぬくもりが確かにあのぬくもりだったことを。
「ありがとうな、金剛」
俺は金剛の頭へと手を伸ばし、彼女の頭を撫で様としたその瞬間、執務室に大きな音が響いた。ドアが少し乱雑に開かれたようだ。その証拠に、数人の声が聞こえてくる。
「司令官、レディの私が朝の挨拶に着たわよ!!」
「む、司令官がいない」
「おかしいのです、部屋に居なかったからもうここしかないのです」
「部屋に金剛お姉様も居なかったから、もうお仕事をしているのかと思いましたが……」
「朝は鳳翔さんも見てないと言っていたわ、全く何処へ行ったのやら」
「これは事件の匂いがしますね、取材し甲斐があります」
「仮眠室のドアが少し開いてるわ、そこにいるんじゃないかしら?」
金剛が開けっ放しにしたのか、声的に、今のは雷だな。この部屋の存在に気付き、足音が此方に向かってくる。
この状況、また青葉の所為で大騒ぎになるんだろうな……。
俺はこの後の加賀の説教や榛名や暁達の質問攻めをどういなそうかと考えながらとりあえず隣で笑顔で眠る金剛の頭を優しく、くしゃりと撫でるのだった。
さあ、今日も騒がしい一日が始まる。
最終更新:2017年02月11日 23:01