水銀燈

水銀燈「くぅっ、メイリンとか言うのは確か翠星石のミーディアム!
     こ、こんな辱めをされて黙っていられないわぁ……翠星石はどこに――」
蒼星石「翠星石ーーー!!!」
翠星石「…ん?なんですぅ、蒼星石?」
蒼星石「なんですぅじゃないよ。僕のところのマスターでも聞いたけどあんな物を!」
翠星石「あー。あの水銀燈が痛がってる奴ですぅ。ふふっ、アノ暴力人形も良い気味ですぅ」
蒼星石「翠星石が言うのも。いや、そうじゃなくてそ、その……えーと、変だよ!」

翠星石「??? 何のことですぅ?」
蒼星石「……い、いやだってその。変に勘違いしてるじゃないか他の人だって」
翠星石「蒼星石が何が言いたいのか解らないですぅ」
蒼星石「……って、いやえーとだからね! 人間とドールズ達はあくまでマスターと人形の関係だよ。
     それなのに変な目で見て愉しむなんて。僕達は穢れ無き少女になる為に作られたのに!」
水銀燈「……なぁにぃ、それはぁ? 私が穢れてるとでも良いたいのぉ?」
蒼星石「……!? 水銀燈! いや、だから僕は(視線逸らし)」
翠星石「ふふーんっ。水銀燈は最近はアリスゲームそっちのけだからそう言われるんですぅ(ふんっと胸を張りながら)」
水銀燈「なんですって!」
蒼星石「翠星石そうじゃなくて」
翠星石「だって、マスターの事ばっかりで、その内、御父様を裏切るに決まってますぅ」

水銀燈「……そんな、私が御父様を蔑ろになんて……裏切るなんて!!!
     良いわぁ、貴方達を今すぐ此処でジャンクにしてあげる!(剣を引き抜いて)」
翠星石「むぅ。暴力ドールはコレだからいけないですぅ。気に入らなかったらすぐ暴力でなんとかしようとするですぅ」
水銀燈「う、五月蝿い! 二度とそんな口がきけない様にジャンクにしてあげるわぁ!」
ルナ「こら!!! 貴女達、喧嘩はダメでしょ!」
蒼星石「ま、マスター今は危ない!」
水銀燈「黙れ人間! 今はアリスゲームを始めるのよぉ!
     其処のガラクタ人形二体を潰すところを其処で見てなさい!」
ルナ「止めなさい! もう、シンが倒れたってこんな時に何をやってるの!」
水銀燈「……え? し、シンが!? それはどういう事なの?」

――医務室

水銀燈「シン! シンは何処なの!?」
医療スタッフ「こら、騒がしくしない!」
水銀燈「誰か、何があったか説明しなさい! 私の契約者なのよ!」
レイ「落ち着け。別に命に別状はない」
蒼星石「シンさん! って、ほんとに倒れて……ってえーと何か透明な幕が掛かってる?」
薔薇水晶「……病気が移ると大変だかららしい。艦は閉鎖空間だから伝染するの早いから」

医療スタッフ「そういうことだ。レイも言ったが別に命の別状があるわけじゃない。はしかみたいなもんだ」
水銀燈「はしか? 何なのそれは? 何でシンはあんなに苦しそうなの!」
レイ「俺が説明する。コーディネイターは病気や怪我など体が丈夫に作られている傾向になる。
   親の望む最初の願いは子供の健康だからな。ただ、コレは落とし穴があって逆に一部の病気には抗体が弱くなる」
アーサー「特にシンは一般の出だし、オーブに居た位だから兵役とかも考えてなくコーディネイートされてるからね」
水銀燈「もっと解り易く言って頂戴!」
薔薇水晶「……要するに偶然の体が慣れない病気に掛かった。それで必要以上に反応して熱を出している」
医療スタッフ「最近は体力が落ちている様子だったけど、彼は一人で背負い込むタイプだったからね。
         少し無理がたたっていたのかも知れない。まぁ、3~4日絶対安静だ」

水銀燈「な、なによぅ。それじゃまるで私が悪いみたいじゃない……」
薔薇水晶「毎晩激しいから」
蒼星石「ま、毎晩!?(ドキドキ)」
タリア「けど、油断は出来ないわ。病院に搬送するにしても逆に其処をテロリストに狙われる危険もある。
    だから、艦内で出来るだけ安静にさせてるの。驚かせてごめんな――何処へ行くの?」
水銀燈「決まっているでしょぅ? 真紅を殴りに行くのよ。私の契約者をこんな目にあわせ――(ぱあんっとタリアが平手打ち)
     な、何をするのよぉ。 全部、全部アイツがいけないんじゃない! 私だって迷惑掛けたのに何もしないなんて」
タリア「貴女がすべき事はそんなことなの? 病気で彼が倒れている間にまた問題を起こすつもり!」
水銀燈「おだまり! 私にはそういうことしか出来ないのよぉ。……それに私が離れれば契約者の力を吸うのが減るし」
蒼星石「……水銀燈」
タリア「違う……違うわ。水銀燈? 確かに私達は貴女の課された使命について理解が足りていないかもしれない。
    けれどね。今、貴女がすべき事はそんなことなの? 貴女は苦しんでる彼を放り出して何処へ行こうというの?」

水銀燈「放り出すなんて! 違うわ、そんなんじゃぁ……」
レイ「約束していただろう? ちゃんと寝ずに看病すると。その後殴りに行くんじゃなかったのか?」
薔薇水晶「……約束不履行?」
医療スタッフ「そうだね。君達は人間の病気に掛かるとは思えないから手伝ってくれると助かるよ」
水銀燈「う、五月蝿い! 解ったわ。そ、傍に居ればいいんでしょぅ! 下働きなんて好きじゃないけど
     契約者の為だし、約束を守らないといけないし(ぶつぶつ)」

 熱い……熱いんだ。感覚が……体が……まるで焦がす為にローストされている様な熱さを感じされる。
 頭はぼーーっとするし、咳は止まらないし、体も痺れているのかだるくて手も上げられない。
 何となくこの感覚はあの時と似ている。忘れようったって忘れられない、オーブが焼かれた時のことだ。
 俺は何も出来なくて、爆風や爆音、あちこちで焼けた人や家の匂いと熱風の中、走って逃げていたあの日。
 力が無くて、守れなくて、結局俺は何もかも失ってしまっていたあの日。もう戻れない過去の日々。
 俺はマユの手をしっかり握っていたのに離してしまったんだ。結果、その手は二度と届かない所へと逝ってしまった。

「マ……マユ」
「……シ……?――じょうぶ?」

 ああ、行かないでくれマユ。俺はマユを守りたかったんだ。今でもそう、その先もずっとだ。
 あんな腕だけのジャンクにしたかった訳じゃ……ん? ジャンク? アノ子の口癖か。何時の間にか移ってたみたいだ。
 そういや、倒れる直前のアノ一件はマユには黙って居たいな。それより水銀燈大丈夫か?
 恥かしいのは確かだけど、このまま気を病んでたり暴れたりいなければ……って、こんな常態で気にするのはお門違いか。
 ごめんよ。マユ、また俺は何か大事なモノを失ってしまいそうだ。けど、そんなのは嫌だ。
 だから、その手を……離さないでくれ。俺はもう寂しいのは嫌だ。解っているけど、認めたくないんだ。
 一人で泣くのも、携帯を見つめてもう取り返せないと解っていても戻ってきてくれと願いたいんだ。
 う、何か考えが全然纏まらない。コレが走馬灯って奴なのか? 手に残る感触しか解らない。

「マユぅ……いかないでく……」
「シ…シン!?……や、あのちょ……そのぉ」

 お願いだ。戻ってきてくれ……うっ、こんなに手が小さくて体も冷たくなって……でも、俺が悪いんだ。
 あの時、俺が守れなかったから。やだ。離れたくない。其処か其処に居るのかマユ?
 絶対に絶対にもう離さないから、手を離さないから、だから……だから、戻ってきてく……ん?
 何だか、明らかにサイズがオカシイ。マユってこんなに小さかったっけ?
 後なんだか服がふわふわしてるし……ん。コレは羽? そうか、マユは天国へ逝けたんだな。
 可愛かったし良い子だからきっと天使になれたんだろう。それは兄として誇らしいが逆に自分が情けない。
 まさか、たかが病気で死ぬなんて。あれ? けど、何だか羽の色が白くない?

「天使だ……そうか此処は天国か」
「……なななななななな、人を……否、人形を抱きながら何をぅ!?」
「……え?……なんか黒!」
「…………第二声がそんなセリフなんて許せないわぁーーーーーーーーーーーー!!!」
「ふげら!!」

 俺は朦朧としていた意識がようやく回復をしていた所、視界の先にあった黒い羽を見た感想を思わず零せば
 その刹那に水銀燈の虎拳が顎に炸裂し、意識をはっきりと取り戻す事が出来た。ただ、本気で危なかった。
 普段から鍛えておかなかったら、顎をそのままこそげ落としていただろう。全く何処であんな技を覚えたんだろうか。
 ふと状況を確認してみる。まず、体は鉛の様に重く凄くだるい。さっき熱で倒れた所為だろうか。
 周りには薄いビニールの幕が垂れており、結構やばい病気だったんだろうか? 一気に不安になってくる。
 そして、俺の腕の中でずっと抱き締めて握っていた手の主を見る。其処には何時も部屋でおかえりを言ってくれる
 ドメスティックヴァイオレンス炸裂の銀髪黒服のお人形が顔を真赤にしながらもふるふると小さく震えていた。
 む、何時もとのギャップなのだろうか? 凄く可愛く見える。

「って、水銀燈何でこんな所に」
「は?……なんですって!? 貴方の傍に居たら急に引っ張って抱いて来た癖に」
「本当か。なら、ずっと手を握ってたのは水銀燈?」
「……そうよ。全く”マユ~マユ~”って死んだ妹だったかしらぁ? そんなのずっと呼んじゃってたわぁ(なんで私じゃないのよぉ)」
「ん?何か最後が聞き取れなかったが」
「おだまり!」

 水銀燈は何時もの様に拳を俺に叩き込むが……ちゃんと手加減をしてくれていた様だ。あまり痛くない。
 その気遣いがあるなら最初から殴らないで欲しいのだが本気で殴り返されそうなので言葉は飲んでおく。
 となると、俺がずっと握っていたのはやっぱり彼女の手だった様だ。少し意外な印象を受けた。
 小さいとは思っていたがなんでだろう? あまり違和感が無かったのだ。人形の彼女の手が。
 何となくマユを連想した訳じゃないが何処かその手は冷たいのに心地良かったのだ。
 確かに水銀燈の体は人形だから体温も無いしやはり人の温もりとは違うのかもしれない。
 それでも、その手に馴染んだ感覚は一体なんだったんだろう? しばしうつむきながら考えて居ると
 水銀燈がくいっと服の胸元を引っ張りながらも視線を高く俺の顔へと向けている。

「シン……その、あの。……ごめんなさい」
「は? どうした急に?」
「その……貴方が倒れたのは私が一因があるのよぉ。体力を吸い過ぎたのと」
「毎晩のあの”激しい”のか」
「そ、それはそうだけど、帰って来てからのは……そ、そのぉ……けど、結果倒れたのよぉ。
 やっぱり、私は貴方にとっても邪魔な存在なのよ。…私はミーディアムが居なくても動けるし――」
「お前が居なくなったら誰がお帰りなさいを言ってくれるんだ?」
「……え?」

 そっと手を触れれば何時もあんなに気にしていた水銀燈の髪に少し違和感を覚えた。
 銀糸の様な綺麗な銀髪が少しくすんでいる様に指の間に引っ掛かっている。
 ぎしりっとなりそうな手櫛を途中で止めて頭をそっと撫でながらもしばしそのゆっくりとした時の中を噛み締めながら
 俺大きく息を整えていく。そうだ、マユがあんな夢で出てきたのも俺がしっかりしていないからだ。
 忘れている訳じゃない。けど、死んだ後まで心配させてどうする。
 人形の女の子すら守れてないなんて、そんなことじゃマユだって化けて夢に出て来たくもなるもんだ。
 珍しく大人しい水銀燈は小さな震えも段々と収まってきたのか目をそっと閉じながらも言葉を聞いてくれている。

「俺がやらなかったら誰がこの髪の手入れをするんだ?」
「そ、それ位一人でやるわよぉ」
「この髪は? 俺が寝てる間に一人でやれてたか?」
「そ、それはぁ……」
「最初に言っただろ。途中で投げ出すのは嫌なんだ。例えどんなに殴ろうが
 ぶっ倒れようが何をされたってそうだ。俺からは辞めるつもりはない」

 じっと語り掛けるように言葉をゆっくりと紡いで相手に語り掛けていった。
 "何が解る"か"出来ない"とかは解らない。だが、覚悟だけは決めて最後まで遣り通す努力をする。
 俺に出来るのは後にも前にもこんな事位だ。なら出来るだけの事を遣れば良い。
 コイツも根は多分良い奴なんだろうと思う。ただ、上手く消化出来てないんだ。
 俺がアカデミーで荒れていた時みたいに一杯一杯で、がむしゃらで、貪欲で、それしか支えが無い。
 俺は殴られたって、病気でぶっ倒れても何とか治ることが出来る。それは人間だからだ。
 ただ、心の傷と言うのは時間だけでは解決してくれないのは俺自身が一番良く解っている。

「……貴方はほんとぅにおばぁかぁさんね……私と居ても良い事無いのに」
「そりゃ、確かに毎晩殴られるのは良い事じゃないな」
「……じゃあなんでなの?」
「俺は契約者で少なくともアリスゲームが終わるまでずっと一緒に居るって決めたんだ。
 その後はどうなるか解らないけど、今は絶対にそれを反故するつもりはない」
「……シン」
「水銀燈。お前は焦らなくて良いからさ。もっと俺のことを信じてくれよ」
「な、何よぉ。それじゃ私が信じてなかったみたいじゃなぃ……私はずっと貴方を信じてたのに」
「んじゃなんで彼是言うんだよ?」
「それは……そ、それはね」
「水銀燈。シンさんの様子は…………へ?」

 言葉と共に視線が泳いで急に動揺をし始める水銀燈。俺を信用し切れてないからだと思ったが違ったのか?
 うーん、人形の考える事は良く解らないと突き放してしまえるほど今の俺達の距離は近くなってるし。
 ……近くなってる? あ、そういえば何か重要な事を忘れている様な気がする。
 凄い自然に馴染みすぎてしまっているのだが、そんなことを考えて居ると医務室のドアが開かれる。
 そして俺達が視界には行った刹那、まるで蛇に睨まれたかえるの様に硬直している。
 しばし、視線を交差させながらもゆっくりとした時間が流れており、その静寂を噛み締めていた。


「あら、蒼星石。シンなら目が覚めたわぁ」
「…………………WAWAWA忘れものぉ~、ご、ごゆっくりぃっーーーー!!!」
「は?」
「どうしたのかしら?」
「……さぁ? まぁ、だるいからもう少し寝るな? すぐに治すからな? そしたら、髪の手入れをしてやるから」
「……わ、解ったわぁ。早く元気になりなさぁい? 貴方は私の大切な大切なミーディアムなんだから」
「ああ、解っているって」

 蒼星石は何やら変な呪文?と言うかセリフを残してそのままぴしゃりっとドアを閉めて何処かへ行ってしまった。
 この間も同じセリフを言っていたのだがあれはなんなんだろうか?
 思考して見ようにも体に残る微熱でイマイチ考えも纏まらないのでもう一度寝ることにした。
 体を横にすれば水銀燈も体をよじ登って顔を合わせようとする。何だか今日の彼女は違和感を感じる。
 いや、俺が病気だから感覚や意識がちょっとぼやけているのだろう。
 けど、この違和感のある可愛い水銀燈のままってのも良いなぁっとちょっと思ってしまった。

 ちなみにその日、蒼星石が見たのは薄いビニール越しに
”ベットでお互いを抱き締めあいながらも談話をしつつ”
”水銀燈は髪を乱れながらも寄り添って指を相手の手に絡めており”
”シンは体が汗でびっしょりで息も絶え絶えな様子”
 と言った感じの光景であった。無論、彼女の頭の中は今宵も勘違いが耐えない。

「アンインストール~、アンインストール~、あんな光景はさっさと忘れないとぉ、寝れないんだぁ、アンインストールぅ」
「蒼星石? 何をぶつぶつ言ってるですぅ?」
「な、なんでもないよ! ほんと何も無かったよ! ほんとだって!」
「??? 変な蒼星石ですぅ」

 蒼星石の悶々と過ごされる夜は今夜も続いていた。





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最終更新:2008年07月16日 02:58
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