頭上には紅い月。
俺の右手には巨大な剣。眼前にはモンスターの群れ。
ゲームのワンシーンを切り抜いてきたかのような、非常識な光景。
大分慣れてきたけど、時々これは夢なんじゃないかと思うときもある。
けど、この世界においてこれは紛れもない現実だ。
化け物の群れはこの世界を狙う侵略者(エミュレイター)で、倒さなければ地球は滅ぶ。
俺はこの世界の人間じゃないが、見ないふりなんて出来るわけがない。
理由も原因もわからないけど、俺はこの世界にやってきた。
俺の持つ力が、誰かの平和を守れるって言うなら、どんな化け物でも薙ぎ払ってやる。
まあ今は、
「行くぞデスティニー! 今日の特売を逃したら、俺達の食卓に明日は無い!!」
『イエッサァ――!!』
目前に迫った餓死の危機を乗り切らないといけないのだが。
俺の名前はシン・アスカ。
CE世界から流れ流れて、今は世界を守る手伝いをしている。
朝。
布団の中でのまどろみというものはとても心地よく、なかなか抜ける気にならない。
そろそろ起きたほうがいいと頭の片隅では理解していても、身体はなかなか動き出さない。
「マスター、朝ですよー」←小声
何か聞こえる。
だがどうにも布団の中の心地よさが恋しくて、聞こえないフリをしてしまう。
うーんと唸りながら、声から逃げるように身体を捻る。
「早く起きないと遅刻しますよー」←超小声
問題ない。学校はこの世界の人間でない俺にとって、そこまで重要ではない。
そもそもCEで一応アカデミーは出ているのだし。
「……困りました」
相も変らず誰かの声が聞こえる。
その誰かはさっきまで俺の枕元で囁きかけていたが、今は立ち上がっているようだ。
「私はお腹が空いている。 だがマスターは起きる気配がない。
マスターは私に朝食を提供する義務がある。
これらの要素から導き出される結論、それは……」
なにやら、背筋に液体窒素を流し込まれたような痛烈な悪寒。
「マスターをいただきます」
「何故そうなる。奥義、布団返し」
俺の布団目掛けて飛び掛ってくる襲撃者に掛け布団を放り投げ、素早く床を転がって緊急回避。
「くっ、人肌の温かさ残る布の壁が私の視界を!?」
妖怪塊布団と化して地面に落ちる襲撃者。
布団を上手く跳ね除けられないのか、ごろごろともがいている様がまるで芋虫だ。
「ふっ、この程度の障害でザフト最新鋭の私をどうにかできるとで……zzz」
寝やがったこいつ。
そのまま寝ていても別に問題ないのだが、何かシャクなので布団を引き剥がす。
「zzz……はっ!?」
引き剥がした布団から一人の少女が転がり出てくる。
名を、デスティニー。
オレンジがかった金髪と碧の瞳を持ち、整いすぎた顔立ちと小柄さが人形の印象を抱かせる。
デスティニー。そう、デスティニーガンダム。
俺のかつての愛機――デスティニーは、この世界に来た際に何故か少女の姿に変っていた。
この謎の変化現象については、俺もデスティニーも詳しい事は把握していない。
世界において最も相応しい姿に適応変換されたのでは、とはデスティニーの推測である。
「駄目ですマスター。おなかの皮が背中貫通せんばかりの勢いで空腹です。
即刻質と量が伴う朝食を用意してください。あ、私二食分で」
「あ、じゃねえ……とりあえず今作るから待ってろ」
さて。 今俺が住んでいるのは城だ。
……すごい豪華なのを想像したのなら全然違う。正確には城の中にある謎空間の一角だ。
というか西洋の城の中に何故こんな畳に卓袱台な空間があるのだろう。
まあそれは今は置いておこう。
布団を適当にたたみ、寝床スペースから畳を踏み締めつつ居間を抜ける。
台所に到着、炊飯器が無事に米を炊き終えている事を確認。
ふと時計を見ると、なかなかに早い時間だ。今から準備して普通に学校に間に合う。
たまには学校に行くのもいいかもしれないな。普段ほとんど出てないし。
無論、任務が入らなければの話だが。
「あー……朝飯はおにぎりとかでいいか。デスティニー、具何がいい? 俺しゃけ」
冷蔵庫を開けて具に使えそうなものを探す。ちなみに俺のしゃけは願望だ。
うちの冷蔵庫は常にたくさんのスペースが余っている。どこぞのメカ娘のせいで。
なので、具を聞いたのはある意味嫌がらせも兼ねている。
「おかかとたらことベーコンで」
多い。せめて一つに絞れ。あとベーコンは無いだろう。
「ツナマヨで」
コンビニ行け……って。
――あれ、なんか一人多いよ?
ギギギと首を捻らせてみると、背後の卓袱台には何故か少女が二人。
一人は無論デスティニー。空腹がピークなのか目がいい感じに据わってきている。
そしてもうひとり、銀髪の少女――アンゼロットがそこに居た。
このアンゼロットは外見年齢は14歳程だが、この世界の『守護者』であり、俺の雇い主でもある少女だ。
漂う気品といい身に着けたゴスロリ調の服といい、素晴らしいまでに畳と卓袱台が似合わない。
……違う。
問題なのはアンゼロットと和風が合わない事じゃない。
俺の前にアンゼロットが居るという事そのものだ。
「大変だデスティニー。お前の朝食を脅かす存在が紛れ込んでるぞ、排除したほうがいいんじゃないか」
「大丈夫です。マスターが自分の分を私にくれれば――ほら、私のぶんはちゃんと二食」
「武器状態で塩水に漬けるぞこのハラペコ娘」
とりあえずデスティニー、お前が役に立たないのはわかった。
「……で、何か用でもあるのか?」
作業を一時中断し、アンゼロットに向かい合うように卓袱台に参列する。
デスティニーが恨みがましい視線を向けてくるが無視だ。
「あら、女の子が部屋に来ているというのに。シンさんったら冷たいこと」
優雅にくすくす笑い、ティーカップに口をつけるアンゼロット。
相変わらず裏に何かありそうな笑顔だ。
ていうか何時の間に紅茶を持ち込んだ。さっきまで無かった気が……?
「まあいいでしょう。それではシン・アスカさん、今から言う私のお願いにはいかイエスで答えてくださいね」
――来た。意識が少し引き締まる。
アンゼロットは任務を言い渡す際にこのフレーズを使う。このフレーズが出た時点でこちらに拒否権は無いとみていい。
それにアンゼロットとの契約はこの世界での俺の大元の収入源。元々拒否権は無いし、拒否する気もない。
元々俺は戦う為にここに居るのだ。
どうも最近忙しくなってきているから、近々大きな動きがあるのだろう。
「とりあえず、これは前金代わりということで」
どこからともなく現れた男達の手によって卓袱台の上に並べられる食料品。
『『全 力 で 引 き 受 け ま す』』
俺とデスティニー。脅威のシンクロニシティ。
俺たちが求めているのは現金じゃなく、カロリーである。
「それでは、その任務の前に少し敵の掃討をお願いしますね」
ガパアと下の畳が口を開ける。
「!? ちょ、ちょっと待て! デスティニーに何か食わせてからじゃないと、俺が食わ――」
このままでは俺がデスティニーの朝食になる!!
『シン・アスカ、発進シークエンス、スタート』
だが抵抗むなしく俺の身体は落下。無骨な金属のアームにガッチリと掴まれる。
そのアームによって運ばれた先に、モビルスーツの発進カタパルトに酷似した設備が見えてくる。
ただしサイズは人間用だが。
「――――……マスター。朝食は、何、処ですか?」
やばい! デスティニーの声が恐ろしく堅い! あと句読点の位置が変だ!!
「落ち着けデスティニー! というか何時の間に俺の足にしがみついた!?」
『ゲートオープン。進路オールグリーン』
必死にデスティニーを引き剥がそうとする。
だが、見た目からは想像できない力で張り付いているデスティニーはビクともしない。
ガチンと足とプレートが接続される。もう逃げられない。
刻一刻と発進の準備が進む中、デスティニーの怒りゲージも順調に充填されていく。
『いってらっしゃ~い♪』
なんとも楽しそうなアンゼロットの声。これは間違いなく確信犯……!
「謀ったなアンゼロット痛づあああああぁ――ッ!?」
カタパルトから俺が射出されるのと、デスティニーが俺の足にかじりつくのはほぼ同時だった。
最終更新:2008年07月18日 15:56