延々と――
上空を渡る雲を、シンは呆けたように見ていた。
目的があって見ているわけではない。ただ甲板に仰向けでいるから否応なく目に入るだけのことだ。
(いや……違うか)
苦笑して、自らの考えを否定する。
シンは、こうして青空を見上げているのが好きだった。特に、このリィンバウムでは。
コズミック・イラを始めとする進歩した文明圏では決して見られない何か。この青空にはそれがある。
このまま目を閉じて眠ってしまえば、どんなに気持ちのいいことだろうか――
「やっぱり、ここにいたんですね」
曇りかけていた意識が、その声で一気に覚醒する。
シンは首を動かして、船内と甲板を繋ぐ跳ね上げ扉の一つに目を向けた。
跳ね上げられた扉から、一人の女性が顔を出している。
アティ。
シンは口の中で、その女性の名前を呟いた。いつもは先生、と呼んでいるが。
彼女はいつものように優しい――そして気楽そうな――笑顔で、こちらを見ている。
「どうして、俺がここにいると思ったんだ?」
なんとなく、そんな疑問が口から出た。シンがここにいる頻度は、実はそれほど高くない。
アティはシンの言葉に困った顔になって、しどろもどろと言葉を紡いだ。
「それは……えっと……」
しばらくはもごもごと何やら呟いていたが、やがて降参したように首を傾げる。
「なんででしょう?」
「……うん、ごめん。俺が悪かった」
ばつが悪くなって、シンは謝る。元々勘のいい女性なのだ、特に不思議はないだろう。
話題を変える為――という訳でもないが、シンは別のことを口に出した。
「先生はさ」
「はい?」
「どうして、いつも笑っていられるんだ?」
「……どうしたんです、急に?」
「んー、いや……」
問われて、シンは言葉に詰まる。特別な理由などないはずだったが、言葉は曖昧なものになった。
「……なんでだろう?」
くす、とアティが小さく笑った。シンは上体を起こして、身体を半分だけ甲板に乗り出しているアティに向き直る。
「笑うなよ!」
「ご、ごめんなさい……」
笑うな、と言ったところで彼女は笑うことをやめない。何故か気恥ずかしくなって、シンはそっぽを向いた。
視界の外で、まだアティがくすくすと笑っている。彼女は笑いながら、シンの問いに答えた。
「どうして……と言われても答えにくいんですけど……」
と。そこで、彼女の笑い声が止まった。
怪訝に思ってシンが視線を動かすと、彼女はいつも変わらない微笑みを讃えたままこちらを見ている。
いや……
(変わらない……か?)
どこか違う。だがどこが違うのかと問われれば答えられない、その程度の違和感。
シンが違和感に答えを出せずにいる内にも、彼女の言葉は続く。
「やっぱり、皆のおかげだと思います」
「……皆って、どの皆?」
「皆、です。私の生まれた村の皆。帝国士官学校の皆。そして、この島の皆。皆が笑顔だと、私も嬉しいから」
その答えは、実に彼女らしい。シンはそう思う。
「後、ですね?」
「え?」
続きがあるとは予想していなかったシンは、間の抜けた声を上げた。
そんな彼に――彼女は、にっこりと微笑みを深くして、
「シン君が笑顔だったら、もっと嬉しいんですけど」
「――――――」
一瞬、思考が止まる。
正直に言って、その笑顔は――非常に魅力的だった。
「……ど、どういう意味だ?」
誤魔化すように尋ねた言葉が震える。
頬が紅潮しているのが分かる。それを隠すこともできず、シンは再び顔を逸らす。
視界の外で、アティが告げた。
「……さあ? なんでしょう?」
それは他意を含んだ物言いではない。
変わらぬ笑顔でいるであろう彼女の顔を見ることもできず、シンは逃げるように仰向けになった。
空は、相も変わらず律義に雲を運んでいる。
それとも雲が勝手に流れているだけか、それはさておき――
「シン君、顔が赤いですよ? ひょ、ひょっとして風邪引いちゃいましたか?」
「な、何でもないって!」
心底心配そうに上から覗きこんでくる彼女から、必至に顔の赤みを隠しつつ。
シンは、先ほどの彼女の言葉の意味を考えていた。
最終更新:2008年07月22日 18:05