「新年明けまして、」
『おめでとうございます!』
ずらりと並んだアイドル・事務員の一同――といっても十数人程度だが――が一斉に三つ指をついて頭を下げる。アイドルたちはそれぞれがイメージカラーを基調とした振袖と袴、頭上には和風のリボンを身に付けている。
実はこれが新年最初の新しい衣装なのだが、その試着も兼ねて事務所で新年の食事会をすることになったのだ。
一月一日、765プロダクションはこうして新たな年の始まりを迎えた。
「うむ、『一年の計は元旦にあり』という言葉もある。堅苦しく感じるかもしれないが、礼節を弁えるということで……」
社長が上座にて新年の挨拶を一言一言を強調しながら語っている。
が、下座では……
「わ、わ! 見て見て伊織ちゃん! お餅がこんなにうにょ~んって!」
「う、うるさいわね。見れば分かるわよそんなこと」
そう言いつつもチラチラと雑煮に視線を向ける伊織だったが、こうした食事とはあまり縁のないやよいは興奮を
抑えきれずに今度はシンに話しかける。
「見てくださいシンさん! こんなに伸びますよこのお餅!」
「おー、凄いな。でも早く食べないと冷めるぞ、ほかの料理もあるし」
目の前に広がった重箱を目線で示しつつやよいを落ち着かせる。かく言うシン自身も滅多に食べられない
料理の数々をせっせと口に運んでいた。
「あ、これおいしい。シン、そっちのは?」
「ん? こっちのは美味かったな、こっちは少し……って雪歩? どうしたんだ?」
真と共に味の批評を行っていると、箸を持ったままおろおろしている雪歩に気付いた。
「あ、あの……いっぱいあってどれから食べていいのか分かりません~」
新年早々涙目になっている雪歩だったが、その隣ではあずさも同じように困った顔をしていた。
「おぉ! ねぇ真美、コレもすっごいおいしいよ!」
箸を伸ばせば亜美に横取りされ、
「あ、じゃあ亜美にはこっちあげるね!」
別のものを取ろうとすれば真美の箸に遮られる。
それの繰り返しだった。
「あら~、どうしましょう~」
「……俺が雪歩とあずささんの分取るか。あと亜美に真美、正月だからって騒ぎすぎるなよな」
一応注意はしたが、いつも通り聞く耳を持たない双子だった。
「まったく……みんな、あまり羽目を外しすぎないでよね!」
こういうときはプロデューサーが頼りになるはずなのだが、両サイドを春香と美希に抑えられて役に立たないことになっていた。社長も未だに挨拶を続けている以上、場を仕切る人間はシンと律子ぐらいしかいないのだ。
「あれ? 千早はもういいのか?」
「はい、私はこれくらいがちょうどいいんです」
早々に箸を置いた千早の手には瓶が握られていた。どうやら中身は牛乳らしく、ラベルがでかでかと貼られて
いる。
そこに書いてある文字は――『豊穣祈願(主に胸的な意味で)』。
「……千早、新年の初めからインチキ商品掴まされるのはちょっとどうかと思うぞ?」
よくよく見てみると千早の膝元に同じ牛乳瓶がいくつも並んでいた。いったいどこで買ったのか見当もつかない。
「ち、違います! これはその、どうしてもと勧められたので仕方なく……」
顔を真っ赤にしながら力強く否定した千早だったが、徐々に語尾が小さくなっていった。よく聞こえなかったの
だが、「私だってもう少しくらい」や「もう成長期は過ぎてしまってるし」という部分は聞き取れた。
「ち、千早さんっ! それいくらくらいで売ってますか!? わたしお年玉もらったから20円くらいならなんとか
出せるんですけど!」
「それ効果あるのかなぁ。も、もし本当に効いたら、ボクもボン! キュッ! ボーン! な女の子らしいナイスバディ
な体型に……アハ、アハハハハハ」
「とりあえず二人とも冷静になってくれ、いやホント頼むから」
少し取り乱し気味のやよいと真をなだめつつ、シンは頭を抱える。どうやら今年も前途多難な年になりそうである。
「みんな、そろそろ記念撮影をしたいんだけど」
視線が声の方へと集まる。その先には、いつもの事務韻の制服ではなくアイドルたちと同じく振袖の小鳥さん
がデジカメを掲げていた。
「仕事用じゃなくてプライベートなものだから、いつもみたいに気を張らなくても大丈夫よ」
「じゃ、じゃあ俺がカメラマンします! さぁ、春香も美希も並んだ並んだ!」
「え~、ミキはハニー……じゃなかった、プロデューサーさんと一緒がいいな」
「そうですよ、私と一緒に写りましょうよ~」
固い笑顔を浮かべつつプロデューサーは小鳥からカメラを受け取り、撮影ポジションに着いた。どうやらあの
状況から抜け出すチャンスを逃すつもりはさらさらないようだ。
「ほら、シン君も一緒に」
は? と呆気に取られるシンだったが、その隙に両手を引っ張られた。
「そうそう! 亜美たちだけじゃつまんないよ!」
「ピヨちゃんも早くはやくー!」
「わかった! わかったから手を引っ張るなっ!」
そんな言葉も何処吹く風、掴まれた手を振りほどくこともできずにアイドルたちのど真ん中へと連れ込まれた。
「ってなんで俺がセンター? 俺は端っこでいいって」
そう言って端に移ろうとするシンだったが、突然ズシリという重量感に襲われて膝をついた。
「いえーい! シン兄ちゃん登りー!」
「んー、あんまし高くないね」
こともあろうに双子は揃ってシンの頭にぶら下がった。子どもとはいえ二人分の重量に首が悲鳴を上げる。
「お、お前らっ、さすがにこれは洒落にならっ、ん? なんか背中に柔らかいものが……ってなんで俺の腕を
掴んでるんだよ千早っ!?」
「……別に、他意はないです」
「あ、それじゃボクはこっちに」
「両脇固められた!?」
「えっと、えっと……うぅ~、私どこにすれば」
「まぁ、私はどこに立てばいいんでしょう~」
「ちょ、ちょっと! なんでコイツがセンターなのよ!? この私を差し置いて図々しいにもほどがあるわ!」
「わたしの隣が空いてるよ、伊織ちゃん」
「む~、次はハニーと一緒がいいなぁ」
「プロデューサーさん! 私はこっちですよ、こっち!」
「はいはい、みんな動かないの! プロデューサーがシャッター押せないでしょ!」
一層騒がしさを増すアイドルたちとマネージャーに苦笑しつつ、プロデューサーは声を張り上げる。
「よーし撮るぞ! はい、チーズ!」
カシャッという音と同時に、シンと彼の周りを囲む素のままのアイドルたちの姿がフィルムに焼き付けられた。
ちなみに、社長の新年の挨拶はそれからさらに30分ほど続いていたのだが、それに気付いた者はいなかった。
最終更新:2008年10月13日 21:20